クリスマスイベント2016

Last-modified: 2019-11-16 (土) 16:57:28

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「クランプスを追え!」

その日、オレは導き手から休息を命ぜられていた。
ここんとこ探索だ模擬戦だと忙しくしてたから、たまには休めよってことなんだろうけど。
突然、導き手から「今回は待機です」なんて無表情に言われると、ちょっと怖いよなあ。
そんな訳で、久しぶりに何もない日というのを堪能している。
……筈だったんだけどなー。


館の廊下から外の陰鬱な景色を何気なく眺めていると、誰かがオレにぶつかってきた。
「うわ!?何すんだオイコラ!?……って、あれ?」
ぶつかってきた何者かは、オレのことなんか見てませんよとでも言わんばかりに、そのままのスピードで走り去っていった。
そいつが過ぎ去った方を見ると、オレとぶつかった衝撃なのか、ホワイトヒースやら謎のチケットやらを落っことしている。
散らばったホワイトヒースやチケットを眺めながら、オレは考える。
(ルートか誰かが、運んでた商品を落っことしたにしては妙だよなぁ。)
館のアコライト達って何だかんだ礼儀正しいから、どれだけ急いでいたとしても、ぶつかったら必ず謝るだろうし。
オレはホワイトヒースとチケットを拾い上げると、汚れを払う。
「大人しくしろ!」
突然、ルートの鋭い声が聞こえる。同時に風を切る音がして、オレの腕に痛みと共に何かが巻きついた。
「痛ってぇ!?何なんだよ!」
よく見ると、ルートがいつも武器にしている鞭だった。
「それはこっちが言いたい。お前の手癖の悪さは知っていたが、とうとう店のものにまで手を出すとは」
ルートの奴は怒り心頭といった様子でオレに詰め寄った。
ってかこれ、いつもは魔物に向けて振るってる鞭だよな……。
えっ、オレ魔物と同列扱いってこと?
「ハァ?オレは何もしてねーよ!」
いきなり泥棒扱いされたことに対してオレは抗議の声を上げる。
「じゃあ、お前が持っているそれは何だ!それは聖女様がお嬢様のために誂えた大事なものだぞ」
「さっき変な奴がぶつかってきたから、そいつが持ち出したんだろ!勝手にオレのせいにすんなよな!」
「全く、お嬢様がいない時にこんなことをするなんて。何故聖女様はこのような輩をお呼びになられたのだ……」
コイツ、オレの話聞いてんのか?ってくらい話が通じない。
「だから違うってーの!大体、こんなチケット何に使うんだよ!」
「とぼけるのもいい加減にしろ!」
「何をしている?」
ギャーギャーと言い合いをしているところにエプシロンが現れた。
「この者が私の店の商品を盗んだのだ。お前はこの者と仲がいいのだろう?ちゃんと見張っておいてくれ」
「だからちげーっての!ルートが何の証拠もなく決め付けてるだけなんだって!」
「なるほど。ヒューゴ、悪戯もほどほどにしておいた方がよいのではないか?」
「だーかーらー!違うって言ってるだろうが!」
必死になって否定するオレとルート、床に散らばるアイテム類に視線を送った後、エプシロンはこてんと首を傾げた。
「なあルート、盗まれたものは床に落ちているもので全部なのか?」
「いや、在庫の品を丸ごと狙われたのでな。妖精の薬や時の砂時計なども盗まれた」
「そうか。だとすると、ヒューゴはそれらを持っていないように見えるが?服の中に隠し持つにも限度があるだろう」
「む、そういえば……。盗まれたことに気が取られすぎて気付かなかったが」
エプシロンに言われてオレもはたと気が付いた。そーだよ、オレの服じゃ謎のチケットはともかく、薬や砂時計までは隠せねーぞ!
さっすがエプシロン!あとで美味いリンゴを持ってくからな!
「では誰が……」
「先程、随分と大きな袋を抱えた人物が走り去ったが、それではないか?」
「大きな袋……、クランプスか!?奴め、懲りもせずまた館に侵入したな!」
どうやら、ルートは泥棒ヤロウに心当たりがあるらしい。
「疑ってすまなかった」
そうして、ルートはオレに向き直ると深々と頭を下げた。
「疑いが晴れればオレはそれでいいし?ってか、それなら早く追い掛けたほうがいいんじゃね?手伝う?」
「そうだな。手が必要なら手伝うぞ」
「重ね重ねすまない。厚かましいのは承知の上で、頼む」
ルートは頭を下げたままお願いしてきた。まぁ、導き手の探索に支障が出ると困るのは、記憶を取り戻さないといけないオレらだしな。


そんな訳で、オレとエプシロンはクランプスを追い掛けることになった。
ルートは他のアコライトにも協力を仰ぐってことで別行動だ。
クランプスを追う途中、オレと同じように零れ落ちたアイテム類を拾って困惑しているセルファースとリュカに出会ったので、とりあえずルートの店に戻しておいてくれと伝え、アイテムが落ちていた場所を聞き出した。
セルファース達が教えてくれた方向に小走りで向かう。
少しすると、どこかの部屋に続く通路からクランプスが出てくるのが見えた。
「エプシロン、あれだ!」
クランプスらしき姿を追い掛けようと足を速めたその時だった。
「逃がさないわ」
寒冷地帯もかくやと思われる女の子の声がして、オレ達の眼前に氷の盾が出現する。
「え、うわっ!?」
「ぐ……」
氷の盾に見事にぶつかり、オレとエプシロンは床に尻餅をついてしまった。
「大事な試作品を盗んだのは、貴様か」
次いで、地獄の底から響くような男の声。
振り向くと、ブリザードの如き冷たい視線でオレを睨みつけるベリンダとロッソの姿があった。
「違うっての。クランプスが侵入したんだって!」
「嘘を吐くな。おい、木偶の坊。一緒にいるならちゃんとこの手癖の悪い小僧を見張っとけ!」
「だから、オレじゃねーっつうの!」
またか。またこれか。
エプシロンも一緒にいるのに、オレだけがここまで疑われるって、やっぱり日頃の行いのせいなのかね。
「何が盗られたのだ?」
エプシロンは何事もなかったかのように立ち上がると、冷静にベリンダに問う。
「人間を死者のように操る薬の試作品よ。ちょっと目を離した隙に持っていかれたの」
「何でそんなの作ってんだよ!?そんなモン、頼まれたって盗まねーよ!」
反射的に叫んでしまった。しっかし、随分と物騒なことなのに、ベリンダは笑顔で言い募ってくれるなー。
「だって、この人のやることが面白そうだったんだもの」
「この女の能力には凄まじいものがある。それを実証しただけに過ぎん。何を騒ぐ必要がある?」
「おおアリだよ」
「下手なことをして聖女の怒りに触れれば、地上に戻れる可能性が低くなるのでは?」
「盗人と怪物モドキの説教なぞいらん。もし聖女が地上への帰還を邪魔するのなら、倒すまでだ」
ロッソはゴーグルから覗く目をギラつかせながら、はっきり言い切った。
記憶を取り戻しかけてる奴ってのは、やっぱり違うのかねー。
「って、ここで足止めされてる場合じゃねえ。そんな危険なもの、早く取り返さねーと!」
「貴方が盗んだものを返してくれれば、それで解決なんじゃない?」
「だから、盗んだのはクランプスだっての!」
「ヒューゴの言う通りだ。クランプスがこの館に侵入している。俺達は奴を捕まえ、盗まれたものを取り返す手伝いを頼まれた」
オレの言葉に重ねるように、エプシロンがルートから頼まれたことを捕捉する。
「クランプス?確か以前にも侵入されたことがなかったかしら?」
「あったな。あの時は確か、人形が偶然見つけて騒ぎになった。その後、館の連中が総出で倒した筈だ」
人望の差が如実に現れて、オレは少し悲しい気分になる。模擬戦で武器を盗みまくってるのがいけないのかもなー。とはいえ、それがオレの戦い方だからやめる気もないけど。
「じゃあ、クランプスを見かけたら倒しておいてくれ。あの野郎、ルートの店の品も盗んでるんだ」
「気が向いたらそうしてやる」
「そうね。気が向いたらそうするわ」
よし、駄目だ。こいつらは自分の興味がそそる以外のものに関知する気は微塵もない。
だけど、こいつらが作った危ない薬を処分するには好都合かな。こっそりアコライトに渡して処分してもらおう。それがいいに決まってる。
「ヒューゴ、急ぐぞ」
気乗りしない二人は放っておいて、オレ達は見失ったクランプスを再度追い掛けることにした。


「うーん、見失ったか。外に逃げてないといいんだけど……」
「何が目的かわからんのがな……」
破られたりした窓が無いかを注意しつつ、オレ達は館の中を探す。
あとは裏庭だけとなった時、裏庭に通じる扉の前で尻餅をついているカレンベルクを見つける。
「大丈夫か!何があったんだよ」
慌ててカレンベルクを起こしてやる。
「裏庭から戻って来たら、急に誰かにぶつかられてね。いや、不覚を取ったよ」
「多分クランプスだな。奴が館に侵入してるようなんだ」
「またか。前に侵入した奴は倒したから、別の個体かな」
「どっちに逃げてったかわかるか?」
「二階に上がって行ったと思う。ぶつかられたすぐ後に、そこの階段を駆け上がる音が聞こえたからね」
「よし。ありがとな、カレンベルク」
「ああ。こっちも奴を見つけたら、僕のバイオリンの音で報復しておくことにするよ」
「頼んだ」


オレ達はクランプスが駆けて行ったらしい階段を上がり、二階へ向かう。
二階の廊下を進んでいると、雑誌を持ってどこかへ向かうブロウニングに出会った。
事情を説明すると「クランプス?奴さん、また侵入したのか」と、別の方向を探してくれることになった。やっぱ探偵は頼りになるな。
少しずつクランプス包囲網が出来上がっていく気がする。事件の解決も時間の問題だな。


そうして二階でクランプスを探していると、開け放たれた扉が見えた。その先からシェリとベルンハルトが言い合っている声が聞こえてくる。
「返しなさいって言ってるでしょう?素直に返すなら痛くしないであげるわ」
「だから俺ではない。やったとすれば俺にぶつかってきた何かだ。勘違いもいい加減にしてくれ」
彼女らの足元では、シェリの飼い犬が今にもベルンハルトに噛み付かんばかりに牙を剥き出しにしている。
「おおい、どうした?」
二人に声を掛けると、シェリはちらりとこっちを見て関わるなという風に睨み、ベルンハルトは困惑した表情をこちらに向けてきた。
「何なの?邪魔しないで」
「そうもいかない訳があってな。何があった?」
「わからん。俺がナイフを盗んだと主張するだけでな。違うと言っているのだが……」
「とぼけるんじゃないわよ!盗みを働いた愚か者を追い掛けてたら、その先にアンタがいた。それが証拠よ」
「だから違うと……」
詰め寄るシェリに困惑しきりのベルンハルト。うんうん、可愛い女の子から近付かれると、そりゃ困っちゃうよなあ。
ベルンハルトに少し同情しつつ、オレはまあまあと二人の間に割って入った。
「何よアンタ。コイツの肩を持つ気?」
「いや、そうじゃなくてさ。よく考えてみなよ、ベルンハルトは自分の得物をとっても大事にする奴だ。そんな奴がさ、人様の得物を盗んだりするか?」
オレの言葉にシェリは少し考えて、あ、と呟く。
「言われてみればそうね。アンタじゃないんだし」
「……最後の一言、余計じゃない?」
「事実を言ったまでよ。そうすると、誰が盗ったのかしら?」
「それはクラ――」
「あはははははははははははは、待ちなさいってば!」
エプシロンの声に重なるようにステイシアの声が響く。全員でその方を振り向くと、パンパンに膨れた大袋を抱えたクランプスと、それを追うステイシアが通り過ぎていった。
「あれ、クランプスじゃない。アイツまた侵入したの?」
「前回で終わりだと思っていたが……」
クランプスとステイシアが走り去った方向を見て、二人は呆然としたように呟いた。
「まあ、そういうこと。シェリのナイフも多分アイツが盗んだんだと思う」
「奴はまだ館からは出ないだろう。切り刻むなりそこの飼い犬に食わせるなり、好きな罰を奴に与えればいい」
「じゃあ、オレ達は追い掛けるから。また後でな!」
「善処しよう」
「そうするわ」


シェリとベルンハルトと別れ、ステイシアの後を追い掛ける。
一度は見失ったものの、通りかかったレッドグレイヴが「余計な混乱を招かぬためじゃ」と言って助けてくれて、その高性能な聴覚によってすぐにステイシアのいる方向を見つけてくれた。
ステイシアは何というか、どこにそんな体力があるのかわかんねーけど、笑いながら走ってるからね……。


その方向に向かうと、リカルドをとっ捕まえてじっと凝視するステイシアがいた。
じっと見られているリカルドはメチャクチャ困惑していたが、オレ達がステイシアに話し掛けると開放されて、「ありがとよ」と一言だけ残してどこかに向かっていった。
「おいステイシア、クランプスを追ってたんじゃないのかよ」
「もう飽きちゃった」
「あいつがどこへ行ったか覚えているか?」
「あっち。エントランスの方。もう館から逃げる気なんじゃないかしら?」
クランプスには興味をなくしたのか、どうでもいいと言わんばかり。とはいえ、奴が逃げ出すであろう情報を得た以上、急がないと。


オレとエプシロンはいつも以上の速さで館の廊下を駆け、エントランスに通じる廊下でなんとかクランプスに追いついた。
あとはエントランスまで一直線。これならエプシロンの力で奴を引き寄せられる、ハズだ。
「エプシロン頼む!」
「ああ、任せておけ」
エプシロンの眼前の空間が歪むと、大袋を背負うクランプスの姿が目と鼻の先に映る。
その空間にエプシロンは躊躇いなく手を突っ込み、大袋を掴んだ。
「よっしゃ!」
そのまま大袋を引っ張ると、クランプスも一緒にこちらに引き摺られる。
大袋から手を放す気はないのか、袋ごと大暴れするクランプス。
「っ、く……しまった!」
大暴れした衝撃でエプシロンの腹にクランプスの足が直撃。そのせいでエプシロンは大袋を離してしまった。
一瞬の隙に、クランプスは再び逃走を試みる。
「逃がすかってんだよ!」
オレはナイフをクランプスに向かって投げた。命中すれば良し、外しても影に当たれば拘束できる。
渾身の力でブン投げたナイフは、見事にクランプスの脳天に直撃。
クランプスはそのまま倒れると、ぴくりとも動かなくなった。


かくして、導き手が館に帰ってくる前にクランプスの泥棒騒ぎは収束した。
何でクランプスがこんな騒ぎを起こしたのかは、謎のままだったけど。
ともかく、オレとエプシロンは騒ぎを解決した功労者として、アコライト達からささやかに労ってもらった。
といっても、大量のクッキーを振舞ってもらったくらいだけどな。
まぁ、女の子達が代わる代わるやって来たので(クッキー目当てだけど)、とても楽しめたからそれでヨシ!


女の子達が来なくなった頃、導き手が探索から帰ってきた。
何をしているのかと言いたげな目でオレを見上げてきたから、クッキーを一枚見せる。
「お、お嬢ちゃんもクッキー食べる?」
その言葉に導き手は少し考えるような仕草をした後、小さく頷いた。
オレは数枚のクッキーを皿に載せる。その間にエプシロンが導き手を椅子に座らせた。
導き手がクッキーを食べ始めたのを見て、オレもまた、一枚クッキーを手に取った。


「―了―」