クロヴィス

Last-modified: 2018-09-09 (日) 22:47:37

クロヴィス

2779年 「細菌」

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夜の住宅街に、二台の大型自動車がやって来た。
その二台は大通りに面した邸宅の付近に止まった。
一台のドアが静かに開くと、中からスーツ姿の男性が数人降りてくる。
もう一台からは、国家保安局の制服と防弾着を着用した男性達が降りる。
クロヴィスは無言で合図を出す。合図を受けた制服姿の男性達が配置に着く。
それを確認したクロヴィスは邸宅の玄関口に立った。彼の背後には同じスーツ姿の同僚二人が控えていた。
クロヴィスがベルを鳴らすと、その家の使用人らしき人物が扉を開けて顔を覗かせる。
クロヴィスは書状を使用人が見やすい高さに掲げると、静かに言葉を発した。
「国家保安局の者です。こちらの邸宅に住居捜索の令状が出ています。拒否することはできません」
クロヴィスの言葉に使用人の顔から血の気が引いた。使用人は扉を閉める。次いで足音が邸宅の奥の方へと消えていった。
「入るぞ」
その音を聞いたクロヴィスは、背後にいた同僚達に突入の合図を出したのだった。
ニヴェル地区で違法な武器密売組織の摘発が行われ、関係者全員が逮捕されたというニュースが大々的に報道されている。
その報道をバックミュージックに、クロヴィスはその検挙したばかりの犯罪組織に関する報告書を纏めていた。
 
クロヴィスは国家保安局に勤める組織犯罪専門の捜査官だ。
市民は義務化されている遺伝子スクリーニングの結果により、適正に見合った教育プログラムが施される。そして十五歳になると、統治機構から将来的に就く職業の最終的な選択肢が示されるようになっている。
クロヴィスはその提示された選択肢の中から組織犯罪捜査官を選んだ。両親にそのことを報告すると、幼少より正義感が強いクロヴィスらしい選択だと、心から祝福してくれたのだった。
 
ニヴェル地区の組織に関する残務が終わってひと月も経たぬ内に、クロヴィスは大規模犯罪の捜査のため、東方のヒマガ地区 へと赴いていた。
「君はクロヴィス・デュバル刑事だね。宜しく」
ヒマガ地区保安局の面々と軽い挨拶をしていると、保安局の人間とは信じがたい風貌の男性から声を掛けられた。
クロヴィスと同じくスーツ姿ではあるが、その容姿は十代の青年のように若かった。
「よろしくお願いします。ええと、協力者の方ですね?」
「ああ、なにぶんこういった場所は初めてなんだ。邪魔になるようだったら遠慮なく言ってくれ」
若い男性はそれだけを言うと、別の刑事のところへ挨拶に行ってしまった。
「すみません、彼は?」
近くにいたヒマガ地区保安官のガードナーにこっそりと尋ね た。
「ああ、バイオニクスの権威であるギュスターヴ技師さ」
「テクノクラートの……」
その名前には覚えがあった。彼がテクノクラートであるというのなら、一見異様にも思える若さにも納得がいった。
高位のテクノクラートは最先端の医療技術により老化を遅らせることが可能だ。そして一般市民よりも遥かに長く生き、その人生と頭脳を人類の繁栄のために捧げる。
不老長寿という誰もが一度は憧れる技術を一身に享受している存在だが、それは自由な人生との引き換えで成り立っている。
クロヴィスはテクノクラートに対してそんな認識を持っていた。だが、同時に疑問も膨れ上がる。
「しかし、彼ほどの権威者がなぜ?テクノクラートの手を煩わせなければならない程、今回の相手は狡猾なのですか?」
「すぐにブリーフィングが始まる。その時にわかるさ」
クロヴィスはガードナーと共に会議室へ向かった。間もなくヒマガ地区保安局局長が壇上に上がり、ブリーフィングが開始された。
挨拶もそこそこに、局長は説明を始める。
――数ヶ月前、小さな酒場で一人の男性が突如発狂して暴れだした。通報を受けた官憲が取り押さえるも、男性はそのまま憤死した。
――当初は精神的な病を患った挙句の死であろうと思われたので だが、検死の結果、体内から未知の細菌が検出された。
――動物実験によりこの細菌は嫌気性でありヒトからヒトへの感染能力はほぼ無いことが証明されたのだが、ヒマガ地区に流通している食料品からも、また水源からも同様の細菌を発見するには至らなかった。
――ならばどうしてこの男性が細菌を保持していたのかという疑問と、この細菌が一体なんなのかという疑問が残る。
――ヒマガ地区保安局が細菌の解析に手間取っている間にも、同様の事件が規模を拡大しつつ発生している。
――いずれの事件においても、死亡した当事者の体内から最初の事件と同じ細菌が検出されたため、犯罪組織による生物兵器を使用したテロの可能性があるとして、統治機構から事件として扱うことが決定された。
そのようなことが説明された。
「なお、事態を重く見た統治機構の指示により、バイオニクスの権威であるギュスターヴ氏を協力者としてお迎えしている」
局長が促すと、離れたところに座っていたギュスターヴが壇上に上がり、一礼した。
「ギュスターヴ氏にはこの細菌の詳細な調査を依頼している。氏が現場に赴くことを希望された際は、協力を頼む」
「宜しくお願いします。こういった場所での行動には慣れていて ないので、不手際があれば遠慮なく申し出ていただきたい」
 
ブリーフィングが終わった後、クロヴィスはガードナーに事件現場の案内を頼むことにした。
「殆どの現場が検分を終えている。新しい発見があるとは思えないんだが」
「実際に現場を見てみないと気が済まない性分でして。すみません」
「いや、構わんよ。刑事であれば誰もが持つ性分さ」
では、と外へ向かうべく足を向けた二人に、意外な人物が声を掛けてきた。
「現場に行くのなら私も同行したい。いいかな?」
ギュスターヴだった。調査用なのか、少々大きな荷物を持っている。
「あ、あの、実働隊のデュバル刑事はともかく、貴方が行かれる必要は……」
「少々調べたいことがあるのだ。邪魔だというのなら別の手を考えるが?」
「い、いえ。決してそのような……」
ガードナーは通常ならば関わる筈もないテクノクラートの扱いに困っているように見えた。
「ガードナー刑事、彼は専門家です。我々が見落としているものの発見に繋がるかもしれません」
クロヴィスは余計なお節介かと思いつつも、ガードナーに助言する。
「そ、それもそうか」
「デュバル刑事は話がわかるな。では行こうか」
ギュスターヴは人好きのしそうな笑みを浮かべた。これから事件現場に向かうというのに暢気なものだと、クロヴィスは少々呆れていた。
 
事件現場はどこも封鎖されており、人々は事件現場を避けるよ うにして往来している。
最初の事件現場から一通り案内され、今は直近の事件現場である商店にいた。
クロヴィスは現場の一つ一つを確認するように見ていった。資料と相違ないのは当然として、何か新しい手掛かりがないか探そうと考えたのだ。
背後では、ギュスターヴが調査用の道具を取り出して床の隙間を見分しているようだった。訪れた現場各所でやっていたので、もし何かしらの変化があれば追々耳に入るだろう。
「ふうむ……。ガードナー刑事、デュバル刑事、これを見てくれ」
幾許かして見せられたのは、何かの粒のような物だった。
壁と床の境目に挟まっていたとのことで、ギュスターヴの使っている装置か高性能な拡大鏡でなければ、視認すら難しい程の小ささだった。
「薬の粒、のようにも見えますね」
風邪薬や胃腸薬などでよく見る、少し黄色がかった顆粒剤のよ うに見えたクロヴィスは、率直に述べる。
「検査してみないと断言できないが、おそらくそうだろうな。ガードナー刑事、死亡した者達の薬暦は調査してあるか?」
「通院歴、処方された薬の種類、服用日数、それらは調査済みです」
「後でその資料を科学検査室に送ってくれ。私はこの粒状物質を調べる」
ギュスターヴは装置を操作しながら慎重に粒状の物を確保した。
 
新たな手掛かりが見つかったため、クロヴィス達は一度保安局に戻ることにした。
帰路の車中に緊急通信が入る。
「何があった?」
「西区大通りで暴動が発生しました。詳細は不明ですが、目撃証言からすると例の細菌による現象かと思われます。至急現場に向かってください」
通信相手の声は落ち着いてはいるが、若干の焦りが含まれているように感じられた。
南区であるここからでは暴動の喧騒は聞こえないものの、異なる地区にいるこちらにも応援要請が掛かったということは、かなり大規模な暴動となっている可能性がある。
「了解、すぐに向かう」
通信を切ると、ガードナーは車を止めた。
「ギュスターヴ技師、緊急事態です。大変申し訳ありませんが現場は危険なためここで降りてください。すぐに迎えを寄越しますので」
「わかった。暴動が沈静した後で検証に向かうことにしよう」
ギュスターヴは素直にガードナーの提案を受け入れる。
「その時はよろしくお願いします」
「では、無事を祈る」
そう言ってギュスターヴは車から降りた。
「さあ、急ぐぞ」
「はい!」
クロヴィスはガードナーと共に、暴動が起きている現場へと急ぐのだった。

「―了―」

2779年 「懐疑」

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西区大通りで起きた暴動は、首謀者達が全員突然死するという結末で幕を下ろした。
これ以上暴動が拡がるようであれば、防疫対策としてヒマガ地区全体を隔離することも考えなければならない。
捜査本部は一刻も早く事件を解決しようと、奔走していた。
 
暴動によって被疑者の数が増えたことは、捜査の進展に影響した。死亡した首謀者達の部屋から、同じ種類の薬がいくつか発見されたのだ。
それらはすぐさまギュスターヴの科学捜査室に運ばれ、調査が行われた。
調査の結果、この薬は一見ごく一般的な抗菌薬に見えるが、実は本物の薬に偽装したもので、中身は全くの別物であることが発覚した。
加えてこの薬の中身には、ヒマガ地区に蔓延る謎の細菌が含ま れていたことも判明した。
本事件に関する検証が進むにつれて、細菌の正体が徐々に明らかになっていった。
「この細菌には何者かによって手が加えられた形跡がある。突然変異などではなく、遺伝子改造であると断定しても問題ない」
ギュスターヴは淡々と報告する。
「犯罪組織が存在すると仮定して、ほぼ間違いなく、その組織には遺伝子工学を学んだ構成員がいるだろう」
「わかりました。捜査の参考にします」
「うん。それと報告書を提出しておくから、併せて読んでおくといい」
クロヴィスはギュスターヴの報告を記録した。
 
捜査官による聞き込みの結果、最初に発見した顆粒剤がどうしてあんな隙間にあったのかも判明した。
「現場となった店での証言なんですが、死亡した男はいつもカプセルの中身を開封して薬を服用しており、事件当日も同じように開封して服用していたとのことです」
「なるほど、開封時に何らかの要因で飛び散ったものの一部が発見された、という訳か」
「メーカーの説明によりますと、あの薬は食後に服用するものことです。事件が発生した時間から逆算すると、薬は現場であるあの店で服用した可能性が高いと思われます」
捜査本部は事件の関係者達が利用したドラッグストアや病院、 そして薬の流通ルートの徹底的な洗い出しに着手した。 その結果、捜査線上に一つの卸売業者の存在が浮かび上がってきた。
その会社は数年前に起業された新興企業であったが、起業資金の出所に不明瞭な点があり、更に従業員に関する調査を進めた結果、その殆どが後ろ暗い過去を持つ人間ばかりであることが 明らかになった。
 
「メーカー販売薬を偽装して細菌テロを行う犯罪組織か……」
「被害の拡大を防ぐために、まずは販売されている当該薬の回収を管理局に要請しよう」
「回収は隠密に進めた方がいいだろう。回収が犯罪組織に感付かれると、逃亡される可能性がある」
「となると、市民への警報システムを利用するのも駄目ですね」
「それと、既に市民が所持している当該薬についてはどうしましょう?」
「病院やドラックストアの購入情報から洗い出して個別に接触、その上で注意喚起を行うしかあるまい」
捜査本部で物事が急速に決定されていった。
 
間もなく、偽装した薬を運搬していた卸売業者の従業員を現行犯逮捕し、バックに付いていた組織に関する情報を吐かせた。
その情報から犯罪組織の拠点に関する位置情報を割り出し、間髪入れずに強制捜査に着手。乗り込んだ拠点では培養した細菌を搬出しようとしていた最中であり、全員が一斉検挙と相成った。
犯罪組織の構成員達は抵抗したが、検挙自体はスムーズに進んでいった。
 
犯罪組織の拠点となっていたビルにあるソファを調べていたクロヴィスは、ソファの隙間に押し込まれているレコーダーを発見した。
レコーダーの電源を入れると、何らかの会話を記録した形跡が見受けられた。会話の内容が気に掛かったが、今は再生できるほどの時間的余裕は無さそうだった。
「デュバル刑事、どうした?そろそろ撤収の時間だ」
「はい。組織内の会話を記録したと思われるレコーダーを発見しました」
「そうか。では、押収品のリストに入れておいてくれ」
拠点の捜索には、かなりの時間を要した。
だが、逮捕者の中にギュスターヴが示唆した『細菌を作り出せる知識を持つ、遺伝子工学を学んだ人物』の存在は見当たらず、この該当人物に関しては継続捜査がされることになった。
 
クロヴィスが捜査本部に帰ったときは、既に真夜中であった。
他の捜査員達は翌日に備えて解散となっていたが、レコーダーの内容が気になったクロヴィスは、押収品が保管された倉庫を訪れていた。
倉庫ではギュスターヴが遺伝子改造に使われていた装置や器具を分別するために作業をしており、物音が響いていた。
「やあ、デュバル刑事。どうかしたかね?」
「ギュスターヴ技師こそ。もう捜査員達は解散しています。貴方もお休みになった方がよろしいのでは?」
「おっと、もうそんな時間だったのか。では、一度戻るとしよう。ところで君は何をしにここへ?私を迎えに来たのではあるまい?」
「押収したレコーダーの内容を確認しようと思いまして」
「ほう。そんな物が見つかっていたのか。私も一緒に確認していいかな?」
「ええ、勿論。遺伝子改造についても何かが記録されているかもしれませんし」
ギュスターヴ立会いの下、レコーダーの再生が始まった。
組織の拠点で逮捕したリーダー格の男の声が聞こえてきた。随分と酔っ払っているようで、何とか話している内容は聞き取れるものの、呂律が回っていない箇所が多々あった。
『なんだよ。まだ疑ってんのか? 逮捕されたって、その後は ぜんぶ統治局が何とかしてくれるんだって。何べん言やあ理解すんだよ?』
『だから、その統治局ってのが怪しいんじゃねえか。なあ、本当に俺達、捕まっても大丈夫なのか?』
『だいじょうぶ、だいじょうぶ。お前だって見ただろ?統治局が用意した新しい住居と職をよ。それにだぜ、逮捕されたあと、ちょっとの間だけブタ箱を我慢すりゃ、それだけで中央の特別病院で整形手術までしてくれるってんだぜ?まさに新しい人生を歩めるってもんじゃねえか』
『そんな都合のいい話、本当に信じて大丈夫なのかよ?』
『昔の仲間がよ、同じようにやって成功してんだ。安心しろっ て。ぜんぶ統治局様に任せておけば、万事上手くいくんだよ』
このレコーダーはわざわざ隠されていた。つまりそれは、リーダー格の話が信用できずに疑心暗鬼となった誰かが、言質を記録するために仕込んだ可能性が非常に高い。
「こ、これは……」
「ふむ」
動揺を隠せないクロヴィスに対し、ギュスターヴは顔色一つ変えずに記録を聞いていた。
この会話記録をそのまま受け取れば、今回の細菌テロ事件は全て統治局によって仕組まれたものである、ということになってしまう。
「明日の朝、このレコーダーを捜査本部で公開しましょう」
「そうか、わかった」
クロヴィスはギュスターヴにそう告げる。ギュスターヴはそれに領き、その場は解散となった。
翌朝、クロヴィスはレコーダーを持ち出すために押収品が保管された倉庫へ向かった。しかし、件のレコーダーは忽然と消えていた。
おかしいと思い、押収品を管理する部署でレコーダーのことを尋ねたが、逆に事務官の一人に訝しげな顔で見られてしまった。
「会話記録が残ったレコーダーですか?そのような物が押収されたという記録はありません。何かの間違いでは?」
「そんな筈はない、私は確かに……」
「では、一応照会してみます」
「すまない。それと、照会用のリストが出たらこちらにも開示してもらえるかな?」
「わかりました」
程なくして、犯罪組織の拠点から押収した物品や通信記録などのリストが送られてきた。
しかし、レコーダーの存在はそのどこにもなかった。記録が改竄された形跡も見当たらない。つまり、レコーダーの存在だけが消え失せているのだ。
 
クロヴィスは倉庫を出たその足で、ギュスターヴが常駐しているであろう科学検査室を訪れた。
昨晩、レコーダーの記録を聞いたのは自分とギュスターヴである。自分以外にあのレコーダーの存在を知っている人間は彼しかいない。
それに、レコーダーの記録を聞いても彼は少しも動揺しなか た。その事に引っ掛かりを覚えていた。
ギュスターヴは最上位のテクノクラートだ。何か理由を知っている可能性が高かった。
 
「デュバル刑事、何かあったのか?」
ギュスターヴは必死な表情を浮かべるクロヴィスを、いつも通りの柔和な態度で迎え入れた。
「貴方は知っていたのですか?」
思い詰めたクロヴィスは、いきなりギュスターヴにそう問い掛けた。
「急にどうした?疲れているのなら、少し休んだほうがいいぞ?」
「いいえ、そうじゃありません。貴方は今回の事件の全てが統治局によって仕組まれたものだと知っていたのですか? だから――」
クロヴィスの搾り出すような声に、ギュスターヴは目を細めた。
彼の人好きのしそうな柔和な笑みが、少しだけ深くなったような気がした。
「君はちゃんと寝ているのか?捜査を円滑に進めるためには、十分な休息が必要不可欠だぞ」
「真面目に答えてください!」
茶化すようなギュスターヴの物言いに、クロヴィスは語気を強めて静かに言い放つ。
自らが信じている正義や体制が覆されるような事実の一端を知ってしまった以上、更なる欺瞞や嘘に翻弄されたくはなかった。
「そうか、そうだな……。どうしてもその疑問に答えが欲しいと言うのなら、今から君の端末に送る場所に来るといい」
ギュスターヴは自身の端末を操作すると、クロヴィスの端末に位置情報のデータを送信した。
「ここに行けば嘘の無い発言を聞かせていただけると、そう考えてよろしいのですね?」
「君が納得できる答えを用意できるかはわからないが、嘘や誤魔化しなどは存在しないことを保障しよう」
「いつ頃お伺いすればよろしいですか?」
「君の好きな時で構わんよ。覚悟が決まったら連絡を寄越してくれたまえ」
目の前のテクノクラートは柔和な笑みを消し、真剣な面差しでクロヴィスを見る。
クロヴィスもギュスターヴの目を見返した。彼の目には何かを偽ろうとするような意思は見て取れない。
「わかりました……。すみません、戻ります」
クロヴィスは頭を下げると、科学捜査室を退室すべく踵を返す。
「だが、一つだけ忠告しておこう。知れば戻れなくなるぞ。それだけは覚悟しておくように」
ギュスターヴの声が背中にぶつかるような感覚があった。
 
科学捜査室を出たクロヴィスは、自身の端末に送られてきた位置情報を確認した。その場所はテクノクラート達の研究施設と邸宅が置かれている区画であった。
その場所でギュスターヴの話を聞いてしまえば、今まで絶対的に抱いてきた価値観が全て崩れ去ってしまうのではないか。ふと、そんな予感がした。
クロヴィスを待ち受ける『何か』が、彼の心に重くのしかかってくるのであった。

「―了―」