セルファース

Last-modified: 2018-09-12 (水) 18:25:06

セルファース

3385年 「歴史」

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首都レイヴンズデール。
かつてこの国が王国であった頃、この街は王都として、そして王族や貴族達の腐敗と堕落の象徴として悪名を轟かせていた。だが、護国卿パランタインに率いられた反乱軍により、革命は成就した。
革命が起きてから約二年、インペローダは新たな歴史を紡ぎ始めていた。
 
レイヴンズデールにある大きな図書館の一室で、セルファースは助手のピムと共に王国時代の歴史資料を集めていた。
「先生、資料がまとまりました」
「ありがとうございます、では、それは黒い方の鞄に入れておいてください」
現在のセルファースは歴史編纂家として、革命の勃発から終結までの歴史を後世に残すべく活動していた。
 
ひとまずの資料集めが終わった二人は図書館を出る。
何気なしに辺りを見やると、遠目ではあるが、はっきりと王宮の姿が見えた。
「王宮もすっかり様変わりしちゃいましたね」
ピムは王宮の方を見ながら溜息を吐いた。
王権が崩壊する前の王宮は、過剰なまでに華美な装飾がそこかしこに施されていた。それが今では、単なる建造物としての佇まいを残すだけである。
「ええ、そうですね。ですが、解体されてしまうよりはよかったのではないでしょうか」
「ですねえ。自分が生まれるずっと前からある王宮ですし、残ったことに対しては、正直ほっとしてるんです」
「ピムさんは首都の生まれでしたね。ここの住民の方々は革命後かなり大変だったと聞いていますが」
「はい。戦闘で破壊されたものもありますけど、それ以外にも、昔からあるものがどんどん無くなっちゃって……」
ピムは王宮を寂しそうな目で見上げる。王宮に限らず、以前からあった建造物も制度も何もかもが、革命後のこの二年で一変したらしい。
らしい、というのも、革命が成功してからこの編纂業務に携わるまでの間、セルファースは故郷へ戻っていたため、その変遷の風景を見ていないのだ。
そのことがあり、ピムが感じる喪失感に対して、理解はすれども共感まではできなかった。
「復興によって失われたものも、少なくないと聞いています」
「どんな形でもいいんですが、かつての王都の姿を残せないもんですかね?」
「風景写真や絵画の保護が必要になりそうですね。政府に掛け合ってみましょう」
「そんなことができるんですか?」
ピムの声に嬉しそうな声色が混じった。王政に苦しんでいた民ではあっても、慣れ親しんだものが奪われていくという恐怖感は確かに存在する。
だが、こういったことも『国が変わった』ということの結果であろう。万人が納得し、諸手を挙げて賛同できるような革命など存在しない。セルファースはそう思うことにしていた。
「そういえば、先生はどうして革命の歴史を纏めようと思ったんですか?」
編纂室への帰路の途中、ピムが尋ねてきた。
「知りたいですか?」
「はい。この国はまだ革命が終わったばかりですし、まだまだ何が起きるかわからないじゃないですか。なのにどうしてなのかなと」
ピムの目が不安そうに泳いだ。確かに革命が終わったばかり 国は不安定だ。
護国卿パランタインの手腕は見事の一言に尽きるものの、王権に縋っていた人間も少なくない。王国派が反旗を翻して反乱を起こす可能性も否定できない。
「そうですね。ですが、もし何かが起きて革命そのものが無かったことにされてしまったら。私はそれを恐れています」
「だから、早めのうちに革命の歴史を残そうと?」
「ええ、その通りです。それと、できるだけ正確に編纂するつもりでもいます」
「革命が正しかったと証明するために、ですか?」
「それは違います。残る歴史に正義も悪もありません。ただ 『革命が起き、成功した』という事実だけが残るのです」
「では何故?」
「私はですね、「国民のための国を造るために戦った、勇敢な者達がいた』という事実を人々に忘れて欲しくないのです」
「忘れて欲しくない、ですか……」
そう言葉を濁すピムの表情はよくわからない。しかし、その声色には少しだけ煮え切らない何かが含まれているように、セルファースには聞こえた。
編纂室に戻ったセルファース達は、早速に資料を時系列順に整理し、本に書くべき事象を纏めていった。
そうする内に、すっかり陽が落ちていた。
ピムも帰宅して一人きりになったセルファースは、王国軍の成り立ちの資料を眺めながら、革命成功前夜のことを思い出していた。
 
革命軍と王国軍の戦いは、遂に決着を迎えようとしていた。
指導者パランタインの帰還によって、革命軍は革命成功への道を再び邁進し始めた。
パランタインの指導力は以前にも増して磨きが掛かっており、 彼が直接指揮を執る部隊はこれといった損害を被ることもなく、大勝に大勝を重ねた。
士気の低下と疲労により崩壊寸前にあった首都攻略の部隊も、パランタインの帰還に士気を取り戻し、ついには膠着状態を脱することに成功した。
帰還したパランタインには不可思議な噂が取り巻いていたものの、それは連勝を重ねる革命軍とって大きな問題ではなかった。
そして、ついに首都への道が切り開かれた。
頑強だった王国軍も、セルファースを初めとする複数の部隊が革命軍に寝返ったことにより、崩壊しつつあった。
「おそらくこれが最後の戦いになる。今までよく頑張ってくれた」
首都を目前に控えた野営地では、パランタインが士気高揚のための演説を行っていた。
王宮を陥落させる準備が整ったのだ。決戦は明朝。夜明けと同時に全軍をもって首都へとなだれ込む。
 
セルファースは各部隊が担う役割の最終確認を終え、一人物思いに耽っていた。
元々、セルファースは王国軍に所属していた。
国家国民のために戦うという志を持って軍に入ったものの、その軍の正体は、王族に反発する国民を虐げるだけの存在であった。
重税や圧政に苦しみ、反発する国民に対して銃口を向けることに疑問を抱いたセルファースは、同じ思いを持つ軍人と共に革命軍へと下ったのだった。
「浮かない顔をしているな。昔の仕事場に侵攻するのは不安か?」
革命軍に初期から参加しているラウルがやって来た。
セルファースとラウルは同郷であり、幼い頃は毎日のように遊んだ仲であった。
以前は革命軍と王国軍として対峙したこともあったが、今では 志を同じくする同志である。
「ああ、いや……そうですね。今なお王政を信じる前の仲間を見るのは、正直つらいものがあります」
「そうか。だが、俺達はやらなければならん」
ラウルは決意に満ちた瞳で言い切った。確固たる目標を持つが故の、強い言葉であった。
彼は重圧に苦しんだ民衆の一人だ。だからこそ、革命の先に待つ明るい未来を渇望している。民衆が政治による恐怖や不安に脅かされない国を造る。それをこの革命で成し得ようとしている。
セルファースはその考えに賛同したからこそ、革命軍に下ったのだ。かつての同僚や上官のことを考えて不安になっているような場合ではなかった。
「すみません、弱音なんか吐いてしまって」
「パランタインが言うように、これが最後の戦いになるだろう。不安も期待も混和してしまうのはわかる」
「それでも目標に向かって尽力するのが私達の役目です。不安がっている場合じゃありませんでしたね」
己の精神の弱さを誤魔化すように、セルファースは苦笑した。
「そういうことだ。例えこの戦いで死ぬようなことがあったとしても、それでも俺達は革命を成功させなきゃならん」
「何を言っているんですか。死ぬことは許されないでしょう?」
ラウルから死への言葉が出てきたことに驚いて、思わずラウルの言葉に被せるように声を上げてしまった。
「え、あ……そう、だな。これじゃまるで死にに行くようだ。すまん」
自身の命を軽く扱ったことに、ラウルも気付いたようだった。その言葉にセルファースは胸を撫で下ろした。民衆の解放を誰よりも望んだ人物がそれを見届けられないなど、断じてあってはならないのだ。
「驚かせないでください。私達にはこの国が安定するまでを見届ける義務があるのですから」
「そうだな。国の変革を成し遂げたならば、次は責任を持って安定させなきゃならん」
「革命が終わっても、お役目には事欠かなさそうですよ」
革命が成功したらそれで終了ではないのだ。次から次へとやるべきことが出てくる。
同時にそれは、自分達の生を繋ぐものともなる。
「しばらくは踏ん張らんとならんだろうが、お互い無理のない範囲で頑張ろう」
「ええ。レティにも安定した国の姿を見せなければなりませんし」
もう一人の幼馴染の名前が自然と出てきた。二人にとって、彼女の存在もまた大事なものなのだ。
セルファースとラウルは、お互いの目を見て領き合う。
それが、国を変えるという志を同じくした幼馴染との、決戦前夜に交わした約束だった。

「―了―」