タリスマン(ブレイズ)

Last-modified: 2018-09-22 (土) 11:49:38

bandicam 2017-08-10 22-07-28-452.png

「水辺の夢」

ブレイズの剣に一刀両断され、縦に真っ二つとなったカエルの化け物の残骸が地面に落ちる。
これ以上何者も襲ってこないことを気配で確認すると、ブレイズは剣を収めた。
「貴公……酷い顔をしているな」
寒暖さえ曖昧な継ぎ接ぎの世界。ブレイズ達のいる場所は、さながら炎天下といった有様であった。
そんな場所で、武装して戦えばどうなるか。
激しい戦闘の末に勝利したブレイズは、汗に塗れていた。
元々かなり着込んでいる上にこの炎天下である。汗をかかない方が不思議なくらいであった。
そんな状態のブレイズを見かねたのか、人形の手を引いていたマルセウスが近くの湖を視線で示した。
「あのカエルが飛び出してきた湖で汗を流すと良いだろう。ああ、我々も行くぞ。この臭気、到底耐え切れるものではないからな」
マルセウスが鼻の辺りを服の袖で覆う。
戦闘に集中していたため気付かなかったが、カエルの化け物の体液は熱された地面の上で気化し、何とも言えない酷い臭いを放っていた。
「……そうだな。行くとしよう」
臭気に顔を顰めながら、ブレイズはマルセウス達と共に湖へと向かった。
湖の水は透き通っており、とても綺麗だった。
鼻を突く体液の臭いも、少し離れれば感じられなくなっていた。
マルセウスと人形は木陰で涼んでいる。
戦闘に出ていなかったとはいえ、同じように着込んでいるにもかかわらず、マルセウスは汗一つかいていない。
涼しげな顔で平然としている様子に何か釈然としないものを感じたが、ブレイズは岸辺に屈み込むと、水を掬い上げて顔に掛けた。
冷たい水がブレイズの汗を流していく。同時に、冷たさで汗も引いていくような気がした。
幾度かそれを繰り返し、顔を上げる。
真夏のような日差しに照らされ、キラキラと光る湖面をブレイズは見つめていた。
湖面を見つめるうちに、霞が掛かったようにぼんやりとしていた記憶の一つが、不意に蘇ってきた。


うだるような暑い日。ブレイズはメリアを連れて家の近くにある湖に遊びに来ていた。
あまりの暑さに耐え切れなかったメリアにせがまれたような気がする。


「兄さんも入ろう!とっても気持ち良いよ!」
ブレイズが湖に到着すると、すでに水着になったメリアが水の中に足をつけていた。
気持ちが逸りすぎたのだろう。靴や服が、湖の岸辺に畳まれることなく散らばっていた。
ブレイズはその様子に苦笑しつつ、服と靴が濡れないようにバッグに収めた。
メリアが溺れたりしないように注意しつつ、ブレイズも足を水につけて涼を取る。
木陰と水の冷たさで、暑さはだいぶ和らいだように思えた。
――ぱしゃっ。
突然、ブレイズの顔に水が掛けられた。
大して濡れはしなかったが、完全に油断していたブレイズが迄驚するには十分だった。
「!?」
「あははは、兄さんずぶ濡れー!」
呆然とするブレイズの正面に、してやったりと笑っているメリアが立っている。
「まったく……」
ブレイズは一瞬呆れたような顔をしたが、気を取り直すと、濡れてしまった上着を脱いで水に入った。
「そらっ」
「きゃっ、冷たーい!」
水を掛け返され、楽しそうに悲鳴を上げると、メリアは負けじとブレイズに水を掛けた。
水の掛け合いでお互い濡れていないところが無い程になってしまった頃、メリアの顔が少し青くなっていることに気が付いた。
長い間遊んでいたようだ。ブレイズよりも長く水の中にいたメリアが冷えてしまったのも、領けることであった。
そういえば、日もかなり傾いてきている。もうじき風も冷たくなるだろう。
「大丈夫か?ほら、一度あがろう」
小さくくしゃみをするメリアの手を引いて水から上がらせると、持って来たタオルでメリアの髪を傷めないように優しく拭いた。
「ありがとう、兄さん」
背を向けているので表情こそわからなかったが、その言葉には、嬉しそうな響きがあった。
「まったく。寒くなったらちゃんと言わないと駄目だろう?風邪を引いてしまうぞ」
「ごめんなさい。だって、楽しかったんだもの」
素直に謝る言葉が返ってくる。夢中になると、自分の体のことには気が付かないものだ。
少々お小言じみてしまったかと、ブレイズは思った。
「ねえ、兄さん。また遊びにこようね」
夕景色の帰り道で、メリアはブレイズに問い掛けた。
「ああ、暑いときはまた来よう。ただし、今度は寒くなったらちゃんと言うんだぞ」
「うん!ありがとう!」


何気ない日常だった。何年か経てば風化してしまう程度の些細な日常だった。
だが、平凡で幸せに満ち溢れていた記憶だった。


顔を拭うのもそこそこに、ブレイズは立ち上がった。
幸せだったあの時を取り戻すためには、のんびりと立ち止まってはいられない。
ブレイズは物言わぬ人形とマルセウスの待つ場所へ戻っていった。

「―了―」