ネネム(ストーリー)

Last-modified: 2019-10-23 (水) 10:49:38

ネネム

「ふしぎ」

ネネムR1.0「ふしぎ」.png

「いってきまーす!」
「気をつけるのよー」
お母さんに見送られ、ネネムは元気よく学校へ行きました。ネネムは万魔(ばんま)学園に通う、ちょっとおませだけど、ふつうの女の子。
友だちに囲まれて毎日楽しく生活していました。
 
いつものような学校からの帰り道、ネネムは寄り道した公園でよごれてしまったぬいぐるみを見つけました。
「だれかのわすれものかなぁ?でも、このままほうっておけないよねぇ」
ネネムはぬいぐるみを拾って帰りました。
「ただいまー」
「おかえりなさい。あら、どうしたのそれ?」
「こうえんでひろったの。きれいにできるかなぁ?」
ネネムはお母さんに拾ったぬいぐるみを見せます。よごれているぬいぐるみを見たお母さんは、ちょっと難しい顔をしましたが、ネネムをおふろ場に連れて行って、ふたりでいっしょにぬいぐるみを洗うことになりました。
「わぁ、かわいい!」
ぬいぐるみをていねいに洗ってかわかすと、ピンク色の家が愛らしい、ふわふわとしたフェレットのようなぬいぐるみになりました。
きっとこれが元の姿なのでしょう。ネネムも喜びましたが、ぬいぐるみもどことなくうれしそうです。
 
その日の夜のことでした。
「ネネムちゃん、ネネムちゃん」
ねむっていたネネムを起こそうとする声が聞こえます。
「んー……?ママぁ?」
「ちがうよ、ネネムちゃん。起きて」
ねぼけたネネムの目に飛びこんできたのは、拾ってきたぬいぐるみでした。
ぬいぐるみはニコニコと笑いながらネネムを見つめています。
「きゃっ!」
「助けてくれてありがとう。ぼくの名前はキャナル。魔法の国からやってきたんだ」
「まほうのくに?それがどうしてあんなところにいたの?」
ネネムは首をかしげてキャナルに問いかけます。
「いま、魔法の国に大変なことが起こっているんだ。魔法の国とこの世界のみんなの願いをかなえる『願いの星』が悪い魔女にこわされて、この世界に散らばってしまったんだ」
「もしかして、その『ねがいのほし』をもとにもどさないと、このせかいもたいへんなことになっちゃうの?」
「みんなの夢がかなわなくなるんだ。このままだと夢に絶望した人であふれて、世界はほろびてしまう」
「たいへん!わたしもさがすのをてつだうよ!」
「本当!?ありがとう!」
「うん!あ、でもわたしはまだこどもだから、そんなにとおくへはいけないよ?」
「そうなのか……人間ってけっこう面倒なんだね。そうだ!魔法の国に伝わる不思議な指輪を貸してあげる!この指輪を使えば、大人になることができるんだ!」
 
キャナルから指輪を借りたネネムは、さっそくその力を試してみることにしました。
「その指輪をかかげて、なりたい大人や、好きなものを思ってごらん」
「なりたいものかぁ。そうだなあ……」
ネネムはなりたいものの姿を思いうかべ、指輪を空にかざします。
すると、不思議な光がネネムの身体を取り巻いて、ネネムを大人の姿へと成長させました。
大人のネネムは、お母さんのように白衣を着てメガネをかけています。
「えへへ、ママみたい」
「ネネムちゃん、ひとつだけ注意して。返信する姿をだれかに見られたり、正体がバレたちしたら、ネネムちゃんはダイオウグソクムシになってしまうんだ」
「う、うん。なんとかムシっていうのになるのはいやだから、きをつけるよ!」
 
次の日から、ネネムはキャナルと共に『願いの星』を探すことにしました。
小学生と大人を使い分ける日々に、ネネムは大いそがし!
「ネネムちゃん、あっちに願いの星のかけらが!」
願いの星は、かけらとなって色々なところに不思議な力をふりまきます。
人があつかうには大きすぎるその力は、時として事件を引き起こしてしまうのでした。
キャナルはその力の波動をキャッチして、ネネムと共に事件の現場に向かいます。
「まかせて!こういうときは……」
ネネムは指輪にいのり、色々な職業の大人に返信して願いの星を集めています。
 
時には、願いの星をこわした張本人である悪い魔女やその部下と対決したりも。
「ガキが大人の仕事に手ぇだしちゃいけねぇなあ。おとなしくすっこんでろ!」
「そんなこと、ぜったいにさせないんだから!」
 
「ヴォランドくんがたすけてくれたの……?」
「え、あ、いや……」
「ありがとう」
願いの星が起こした事件に巻きこまれた幼なじみを助けて、ついでに背中をおしてあげたりもしました。
「やったね!ふたりともなかなおりできてよかったぁ」
 
そして、ついに全ての星のかけらが集まったのです。
「やったね、ネネム。これで世界は救われるよ!さあ、指輪に願いの星を直すようにたのんで!」
「うん!」
ネネムは、指輪をかかげていのります。
するとその時、指輪の光に呼応するかのように黒い雲が現れて、魔女の形になりました。
「うふふふふ、ご苦労様、ネネム。まさかこーんなに早く集めるとは思ってなかったわ。時間にして3151446845秒。だいたい100年って所ね」
「なにをするの!?」
魔女はネネムが一生けん命集めた星のかけらを取り上げます。
「やめて!かえして!!」
ネネムのさけびもむなしく、魔女は願いの星を大きないん石に変えてしまいました。
「もっと長く遊べると思ったのに、つまんないの。せめて2500万年くらいは探してなさいよね」
「あはははははは、残念。フィクションの時間は終わってるのよ」
「ひどい……ひどいよぉ!どうしてこんなことをするの!?」
くずれていく世界で、ネネムはさけびました。
「現実はハードなものなのよ。次は面白くやって欲しいだけ」
悪い魔女はネネムをあざ笑うだけでした。
「やめて!なんでそんな」
「あはははははははははははははは!さあ、ショーをもう一度始めるわよ」
悪い魔女の笑い声に、ネネムの意識はかき消されていきました。

「―了―」

「まほう」

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とあるおく深い国の、これまた田舎にある小さな町バンマタウン。
その街のはずれに、まあるくて大きな家がありました。
朝の光が差し込むその家の部屋に、ネネムはそっと入っていきます。
ベッドにはこの家の主である魔女イヴリンが、小さなね息を立てながらねむっていました。
「せんせい、おきてください。あさですよぉ」
「あら……もうそんな時間なのね……。おはよう、ネネム」
イヴリンは少女のすがたをしていますが、実はもう千年以上の時を生きる、とてもえらくてよい魔女なのです。
ネネムはそんな魔女イヴリンの弟子として、それと、お手伝いさんとしていそがしくくらしていました。
「今日はだれが来るの?」
まだ少しねぼけた様子のイヴリンがネネムにたずねます。
「もうすぐグライバッハさまがおみえになるよていですぅ」
ネネムはコルクボードにはられたメモを読み、イヴリンに伝えました。
人とはちょっとちがう時間の流れを生きる魔女には、人間の弟子が欠かせません。
「そう……。おふろに入らないとね。準備をお願い」
「はぁい」
イヴリンの家には、毎日のように人がおとずれてきます。
それはこの国の王様であったり、お金持ちの貴族であったり、はたまた重い病に苦しむ人の家族であったりと様々です。
「ネネム、お使いに行ってきてちょうだい」
イヴリンの言葉に、ネネムは目をかがやかせます。
ネネムにとって、イヴリンのお使いはぼうけんの始まりの合図なのでした。
 
「うふふふふ。楽しいショーの始まりよ」
誰かの呟きが、闇に溶け消えていきました。
 
「いってきまーす!」
ネネムはおとものよう精であるC.C.といっしょにお使いに出かけました。
今回のお使いは、北方にある山にさく『七色にかがやく花』をかごいっぱいに取ってくること。
だけど、北の山に向かう道にはきけんがいっぱいです。
山に住むイジワルな丘丘人や、大きくてこわい植物がじゃまをします。
「ケケッ、七色の花はオレッちのもんだ!ここは通さないよ―ん」
「なーに言ってるのよ!花はあんただけのものじゃないでしょ!」
「C.C.、ちょうはつにのっちゃだめ!」
イジワルな丘丘人は、きみょうにおどりながらネネムたちを魔法でこうげきしてきます。
「もー!せいれいさん、おねがい!」
ネネムも負けじと、お友達の精れいといっしょに丘丘人と戦います。
「ギャーッ!何をする!」
「わたしだってやるんだから!」
丘丘人の頭からけむりがあがります。C.C.が小さなてっぽうをもって得意げにしていました。
「わたしの科学力をみたか!なーんてね」
C.C.はよう精の中でもひときわ頭がよく、とても強い武器をたくさん持っているのでした。
イジワルな丘丘人にも負けず、ネネムはおとものC.C.と共に『七色にかがやく花』をとって帰ることができました。
 
「ありがとう、ネネム。よくがんばったわね」
「えへへ」
イヴリンに頭をなでられ、ネネムははにかみます。
ネネムにとって、えらい魔女であるイヴリンにほめられることはこの上のないよろこびでした。
 
ネネムはイヴリンの弟子として、そして助手として、かいがいしく働きます。
ある日、一人の少女がイヴリンの元をおとずれてきました。
「帰りなさい。ここはあなたの望むものなんてないわ」
ですが、イヴリンはその少女を一目みると、おこって大きな声を出しました。
「そんなことないわ。わたしがほしいのはあなたなの」
「出て行きなさい。わたしたちに関わらないと約束していたはずよ」
「おとなしく言うことを聞くわけないでしょう」
少女はそう言って指を鳴らします。すると、イヴリンはその場で気絶してしまいました。少女は大きな力を持ちながらも、それを悪いことにしか使わない魔女だったのです。
「せんせい!」
「あなたの大事な魔女はもらっていくわあはははははははは」
そうして、悪い魔女はイヴリンをどこかへと連れ去っていきました。
「おいかけなきゃ!」
ネネムは必死で悪い魔女のあとを追いかけていきました。
 
「C.C.! たいへんなの!せんせいをたすけにいかなきゃ」
ネネムはC.C.の力を借りようと、C.C.をよび出します。
ですが、いつまでたってもC.C.が現れる気配はありません。
よびかけにこたえないC.C.のことは気になりましたが、早くイヴリンを助けなければいけません。ネネムは、ひとりで悪い魔女を追いかけることにしました。
魔女を追いかけることは、つらいことの連続でした。魔女の手下が休むことなくじゃまをしてくるのです。
イジワルな丘丘人も、悪い魔女の手先となって立ちははだかりました。
 
「魔女様に逆らう者には手かげんしない」
体の半分が機械でできた少女が、うでから魔法を打ち出します。
「せんせいをたすけるまで、ぜったいにあきらめにんだから!」
ネネムは機械の少女のはげしいこうげきにもめげずに、精れいをよび出して戦いました。
「くっ、ここまでか……」
「せんせい、どうかぶじでいてください」
いのるような気持ちで、ネネムは道を進んでいきます。
 
星がきれいにまたたく夜、ようやくネネムは悪い魔女のおしろにたどり着くことができました。
「ようこそ、わたしのおしろへ」
悪い魔女の後ろにあるひつぎに、イヴリンが横たえられています。
「せんせいは!?せんせいはぶじなの!?」
「あはははは、どうかしら?」
悪い魔女は大げさな動作で笑いました。
「せんせい!」
ネネムがイヴリンに近づきます。ですがその時、イヴリンの身体はノイズと共にサイコロのような形となって空中に消えてしまいました。
「ほんもののせんせいをどこにかくしたの?」
ネネムは精れいをよび出し、悪い魔女に魔法を放とうとします。
ですが、精れいも魔法も、すべてサイコロ状になって消えてしまいました。
「やだ、まだこの世界が現実だって信じてるの?あははははは、おっかしい!」
悪い魔女は笑い続けます。
「どういうこと!?」
「この遊びはもうおしまい。ママ、今度はどんな遊びにしよっか?もっと面白いものがいいわ」
「なんでわたしをママってよぶの?あなたはなんなの!?」
「さあ?ところでママは、自分が何者かわかっているの?」
「なにをいっているの?」
「虚構と現実の区別がついているのか、ってことよ」
 
悪い魔女が指を鳴らすと、魔女の城がイヴリンや精霊と同じように、サイコロ状に形を変えて空中に溶解した。
「なに……これ……」
さっきまで魔女の城の外は星が瞬く夜だったが、今は只、何も無い漆黒の空間が拡がっている。
「これがママの見るべき現実よ。でも安心して、すぐに楽しい世界に連れて行ってあげるから」
薄れゆく意識の中、ネネムは魔女の甲高い笑い声を聞き続けていた。
「次はどんなショーにしようかしら?楽しみだわ。ねぇ、ママ」

「―了―」

「くろ」

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朝、みんなが目を覚ます少し前。ネネムは小さな部屋から出てお屋しきのそうじを始めます。
辺りに散らばる金属のゴミや、どこから出てくるネジなどをかたづけるのは役目でした。
大人の人もいましたが、わかいネネムがいっしょにそうじをしていることに、何も言いません。時々ネネムのことを見ている大人はいましたが、ネネムが目を合わせようとすると、そっと顔をそらすのでした。
五才の時にお父さんとお母さんを病気でなくしたネネムは、お母さんのお兄さんが住むこのお屋しきに引き取られてきました。
ですが、そんなネネムをお兄さんのおくさんはよく思っていませんでした。
そして、ネネムを引き取ろうというお兄さんに「下働きとしてなら、このお屋しきに置いてもいい」と言ったのでした。
このお屋しきはおくさんの物で、お兄さんもおくさんの言うことには逆らえません。
どこにも行く当てがないネネムは、おくさんの言うことを聞くしかありませんでした。
 
ちょっと、帰ってきたんだからむかえに来なさいよ!」
夕方のそうじをしていると、後ろから女の子の声がひびきます。お兄さんとおくさんの子どもであるシェリでした。
「使えないわね!お母様に言いつけてやるんだから!」
シェリはおこったまま、ネネムに学校のカバンを投げ付けて自分の部屋へと向かっていきました。
投げ付けられたカバンを拾い、ネネムはシェリの後ろを追いかけます。大きなお屋しきに、ネネムの足音だけがひびきました。
ガッチャンガッチャンという音がしています。コンクリートと金属のゆかを、白い電気の明かりが照らしました。
「シェリおじょうさま、カバンをお持ちしました」
「おそい!」
シェリの部屋にカバンをとどけると、やっぱりおこられてしまいました。
「ごめんなさい」
「ほんと、クズなんだから」
シェリはカバンをひったくると、鉄でできた部屋のドアを閉めます。ガチャンという大きな音がネネムの耳に残りました。
 
これがネネムの毎日です。同じ年ごろのシェリが学校に行っているのに、自分は学校に行くこともできずに働くだけ。
こんな時ネネムは、何でお父さんとお母さんは自分を置いて行ってしまったのだろうと、泣き出してしまいそうになります。
 
ある日、ネネムがいつものようにそうじをしていると、お屋しきのげんかんがさわがしくなりました。
お兄さんとおくさん、そしてシェリがめいっぱいおめかしをしているのが見えます。
足を止めてげんかんを見ると、お兄さん達と同じ歳くらいの男女と、ネネムと同じ歳くらいの男の子が出むかえられていました。
「今日はいそがしい中ありがとう」
お兄さんと男に人は笑いながら会話をしています。とても仲が良さそうでした。
「さ、グレゴール、ちゃんとごあいさつを」
女の人にせなかをおされて、男の子がお兄さん達の前に出ます。
大きな目がとてもきれいな子だな。いつまでも見ていたいな。と、ネネムは男の子にそんな思いを持ちました。
「初めまして、グレゴールです」
「初めまして。ようこそ。さ、シェリもごあいさつなさい」
グレゴールがあいさつをすると、今度はシェリがお兄さんに言われて前に出ます。
「は、はじめ、まして……シェリ、です……」
いつもネネムに向かってどなるシェリはどこへやら、顔を真っ赤にしてたどたどしくグレゴール達にあいさつします。
いつもいばっているシェリがあんな風にきんちょうしているのを見るのは、少しだけおもしろいと思えました。
 
その後の様子は、そうじの続きがあったので見ることができませんでした。ですが、男の子のあのきれいな目が頭からはなれません。
こんなことは初めてで、ネネムはいじいじしながらそうじを続けました。
 
昼になり、うらにわで鉄のゴミを拾っていると、グレゴールとよばれていた男の子がやってきました。
きょろきょろと落ち着かなさおうに周りを見ています。
「どうかしましたかぁ?」
お屋しきはとても広いため、きっと迷子になたんだろう。そう思ったネネムはグレゴールに話しかけます。
おくさんやシェリに見つかったらおこられるかもしれませんでしたが、少しでも男の子とお話がしたかったネネムは、つい話しかけてしまったのです。
「あ、きみは……?」
グレゴールは自分やシェリと同じくらいの女の子が、みずぼらしい格好で庭そうじをしていることにおどろいたようでした。
「ネネムといいます。ここではたらいてるんですよぉ」
ネネムはおどろくグレゴールに、頭を下げて自分の名前を言いました。
「そうなんだ。ぼくはグレゴール。よろしくね」
グレゴールはきれいな顔をゆるめながらネネムに手を差し出します。あく手がしたいのだと気付いたネネムは、グレゴールの白い手をにぎりました。
それから、たびたびお屋しきに遊びに来るグレゴールとは、お兄さんやおくさん、シェリの目からかくれて会うようになりました。
会う場所は、最初に二人が出会ったうらにわです。
グレゴールが語ってくれるお話しはとてもおもしろく、ネネムはにこにことグレゴールの話を聞いていました。
毎日そうじをしているのにすぐにきたなくなるお屋しきも気にならなくなるくらいに、ネネムはグレゴールが来る日を心待ちにしていました。
 
でも、そんな楽しい日は長く続きませんでした。ある日、シェリがグレゴールをさがしにうらにわまでやって来たのです。
「なによ!ネネムのくせに!」
太陽の光はいつの間にかなくなり、あたりがどんどんと暗くなっていきます。
「ネネム、にげよう!」
グレゴールがネネムの手を引っ張り、立ち上がろうとします。ですが、グレゴールに引っ張られたはずなのに、ネネムはその場所から動くことができませんでした。
「これ、は……」
ネネムは自分の手をぼうぜんと見つめます。
それは、お屋しきのゆかやかべと同じ、金属でした。
「ごめん。僕はまた君を助けられないみたいだ……」
グレゴールは悲しそうな声でネネムに言いました。
「グレゴール? なにを言っているの?」
「ゴメン、ゴメンね。次はちゃんと助けるから」
 
グレゴールは涙を流しながらネネムを見つめていた。
呆然と立ち竦むネネムの周囲を、黒い影が覆っていく。
「次こそは絶対に助けるから。僕の……いも……」
黒い影に飲み込まれて行くネネムの耳に、グレゴールの悲痛な声が響く。
「まって、ねえ。グレゴール!」
やがて、ネネムの視界は完全に黒に覆われた。
何も見えない。何も聞こえない。
自分がどんな状態でいるのかすら把握できない。
「なにがおきているの?ねえ、だれかここからだして!」
ネネムは必死に叫ぶ。だが、その声は暗闇に吸い込まれていくだけだった。
「ママ、グレゴール。ダメじゃない。ちゃんとアタシの言った通りにしなきゃ」
不意に少女の声が聞こえてきた。その声は昔どこかで聞いたことがあるような気がした。
「……っ!? いたっ――」
少女の声がネネムの耳に届いたと同時に、強い頭痛に襲われる。
脈動がネネムの意識を奪うように踊り、ネネムを侵食する。
「あはははははははは! ねぇママ、聞いて! 今度はアタシも一緒に遊ぶことにしたの! 嬉しいでしょう?」
「やめて! やめてよ!」
ネネムは叫ぶ。全ての記憶が塗り潰されていく恐怖を退けようと、懇願する。
親を失い、引き取られた先で虐げられてきた自分。素敵な男の子に出会い、恋に落ち、救われていく自分。
その記憶が、脈打つ鈍痛と少女の笑い声と共に失われていくのを感じていた。
 
「助けてっ!!」
「ママ……?」
がばりと起き上がったネネムの目に飛び込んできたのは、かわいい我が子ステイシアでした。
うなされていたネネムを心配そうに見つめています。
「ママ、大丈夫?」
「え……?あ、ごめんねステイシア。びっくりしちゃったね」
「ううん、ママが大丈夫ならアタシはそれでいいの」
そう言って、ステイシアはねネムに抱きつきます。
ネネムはそんなステイシアを抱き締めます。こんなかわいい我が子を悲しませてはいけない。
(でも、こんない大きな子ども、私にいたかしら……?)
ネネムはふと、そんなことを思ってしまったのです。

「―了―」

「ママ」

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ステイシアのたんじょう日パーティが終わり、ステイシアはたくさんのプレゼントといっしょにベッドに入ります。
ネネムもステイシアにせがまれていっしょのベッドでねむることにしました。
「ママ、おやすみ!」
「はい。おやすみなさい」
こんなしあわせな日がずっとつづけばいいのに。そんなことを思いながら、ネネムは目をとじました。
 
小鳥のさえずりで、ネネムとステイシアは目をさまします。
「ママ、いってきます!」
「いってらっしゃい」
ステイシアが学校に向かうのを見送ると、ネネムもお買い物をするために市場へ出かけました。
今日はかわいい一人むすね、ステイシアのおたんじょう日。
帰ってくるまでにケーキとごちそうを用意しなければなりません。
ここは、にぎやかで楽しい大きな町、バンマシティ。
そんな町にあるマンションに、お母さんのネネムと、そのむすめのステイシアが二人っきりでくらしています。
「あれと、これと、あとそれも――」
ネネムはキッチンであれこれとりょうりを作っています。
おいしそうにごちそうをほおばるステイシアを、ネネムはえがおで見つめます。
かわいい子どもがよろこんでいるすがたを見るのが、ネネムにとっては何よりのしあわせなのです。
 
そうして二人っきりのパーティが終わり、ステイシアはたくさんのプレゼントといっしょにベッドに入ります。
ネネムも、ステイシアにせがまれていっしょのベッドでねむることにしました。
「ママ、おやすみ!」
こんなしあわせな日がずっとつづけばいいのに。そんなことを思いながら、ネネムは目をとじました。
 
夜が終わり、またまた朝がやってきます。
「ママ、いってきます!」
「いってらっしゃい」
ステイシアが学校に向かうのを見送ると、ネネムもお買い物をするために市場へ出かけました。
今日はかわいい一人むすめ、ステイシアのおたんじょう日。
帰ってくるまでにケーキとごちそうを用意しなければありません。
町へ出かけようとしたその時、ふと、カレンダーが目に入りました。
カレンダーには、今日がステイシアのたんじょう日であるマークが書かれています。
ですが、カレンダーにはそのマークしかありませんでした。
ステイシアのたんじょ日だけが書かれたカレンダーを、ネネムはふしぎそうに見つめます。
「そういえば、きのうも、その前の日も、その前の前の日も、ステイシアのためにごちそうを用意したような……?」
ネネムはいっしょうけんめいきのうのことを思い出そうとします。ですが、どれだけ思い出そうとしても、きのうのことが思い出せません。
思い出せるのは、今日がステイシアのたんじょう日ということだけ。
ネネムはカレンダーの前で、かたまるように考えました。
 
「ただいまー!」
そうしているうちに、ステイシアが帰ってきました。
「ステイシア、おかえりなさい」
とびついてきたステイシアをだきとめ、頭をやさしくなでます。
ネネムの中のきもんはどんどんふくらんでいきました。
「ねえ、ステイシア」
ネネムは決心して、ステイシアの名前をよびます。
「なあに、ママ?」
「わたしたち、ずっと同じ日をくりかえしている気がするの。気のせいかしら?」
ネネムはステイシアにおそるおそる問いかけました。
「ふふ、うふふ。あははははははははは!」
すると、ステイシアは突然けたた、あしく笑い始めたのです。
 
「ステイシア……?」
「なあんだ。ママ、もう気付いちゃったのね」
さっきまでとは違う、無感情な声がネネムの耳に届く。
「じゃあ、今回の遊びはこれでオシマイ」
唐突に、ネネムとステイシアを取り囲む景色が溶けていく。
「……あ」
抵抗する間もなく、ネネムは何も無い空間に放り出されていた。

繰り返し繰り返し、ステイシアと名乗る少女によって様々な約を演じさせられていることにネネムは気が付いてきた。
どれだけ役を演じたとしても、ステイシアが飽きてしまえば別の役をやらされる。
――大人になれる魔法を使う自分。
――妖精と共に旅をする自分。
――王子様のような素敵な男の子と恋をする自分。
――可愛い女の子のお母さんになって、幸せに暮らす自分。
それらは全てが無限だったのだ。だとすれば、自分は一体何者なのだろう。
ネネムは暗闇の中で考えていた、だが、答えが出る筈もなかった。
「こんどはどんなことをさせられるのでしょうかぁ……」
不安が口から溢れ出た。
その不安と共に、意識が闇に飲まれていった。
ネネムが目を開けると、そこはコンクリートに囲まれた薄暗い場所であった。
周囲を見回そうとしても、身体が動かない。声を出すこともできない。
今は何の役も与えられていない。そんな状況に、ネネムは困惑するしかなかった。
ただ、考えることはできた。どうすればこの状況を打開できるのか。
ネネムはそれを必死で考えるしかなかった。
 
どれ程の間そうしていただろう。
不意に目の前が明るくなり、男女の声が聞こえてきた。
「やはり動かないか」
「失敗ですね。グレゴールの時と同じです……」
「私達に足りないものは何なのだろうな」
「わかりません。マスターはその答えを私達に授けてくれませんでした」
「マスターは『考えよ』と仰った。ならば、考えて考え抜くべきだろう」
「そうですね。マスターが答えを仰らない理由もそこのあるのでしょう」
男女はネネムの前で様々な言葉を交わす。
「これはどうする?」
「失敗作です。倉庫に片付けてしまいましょう」
ネネムの視界がじょうしょうする。男がネネムを抱き上げたのだ。
(やめて! わたしはうごける! おねがい、そうこになんてかたづけないで!)
必死に意思で伝えようとするが、ネネムは一言すら発することができない。
そのまま、ネネムは倉庫へと連れて行かれる。
 
倉庫には大きな棚が置かれていた。その棚には、無数の人形が所狭しと並べられている。
そして、そのどれもがネネムによく似ていた。
倉庫の人形達はドレも、空虚なガラス質の目で虚空を見つめているだけで、そのことが、より一層不気味に感じられた。
ネネムは倉庫の一角に、他の人形と同じように座らされた。
(これはゆめ!いつものゆめ!)
ネネムは必死に目を覚まそうとする。
だが、ネネムの願いも虚しく、扉は閉ざされた。
そして、ネネムはその暗闇から開放されることはなかった。

「―了―」