ヒューゴ

Last-modified: 2018-09-09 (日) 16:28:52

ヒューゴ

3374年 「下層市民」

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人波で溢れかえる市場の道を、ヒューゴは早足に歩く。
擦れ違う人の中から隙の多い人物を物色するためだ。
狙いを定めたらすぐに行動に移す。同業者に獲物を奪われる前に、素早く、確実に。
ぶつかったふりをして、ちょっと道を尋ねるフリをして。
そうやって金目の物を奪っていく。
 
「へへっ……」
市場を出たヒューゴは人気のない場所に移動する。そこで戦利品が確かに自分の手にあることを確認すると、にんまりと笑った。
これで二、三日の遊び金には困らないだろう。そんなことを思いながら、ヒューゴは歓楽街の方へと足を向けた。
 
「お、今日は冴えてるじゃねえか」
「今日は朝から調子がイイんだよ。羨ましいだろ?」
馴染みの賭場でヒューゴは得意げに語る。朝の市場にカモがいたことや、さっきまで遊んでいたクラブで美女へのナンパが成功したこと。そしていま現在、賭博でかなり儲かっていること。
一般的に暮らしている人間から見れば、どれも自慢できるようなことではない。だが、この賭場に集う者達は皆どこか後ろ暗いことがある。となれば、このような話さえも自慢の種、会話の種として機能する。
「ま、ここしばらく不調だったもんな」
「そーそー、またいつ調子悪くなるかわかんねーからな。今のうちに楽しんでおかねえと」
 
ヒューゴはローゼンブルグの下層に暮らす市民だ。そんな場所に暮らす彼の生活はとても利那的だった。
幼い頃は中流階層で会社を経営する親と共にそれなりの暮らしをしていた。しかし両親が会社経営に失敗して負債を抱えてからは、下層まで階層を落とすことになった。
再び成功してあの頃の生活を取り戻すと嘯いていた両親も、ヒューゴが一〇歳になるかならないかの頃に、借金が原因で失踪していた。
今は順調に見えても次の瞬間に何が起きるかわからない。そのことをヒューゴは身をもって経験している。だから、今の瞬間さえ良ければいい。後のことなど考えても意味など無い。そんな考えがヒューゴの信条となっていた。
「そんなに調子がいいなら、俺らに協力しねえか?面白い話があるんだ」
賭場で顔馴染みの男であるタスカーが、いつになくニヤニヤしながら話し掛けてきた。
この男がこんな風に笑う時は、大体大儲けの話が待っていることをヒューゴは知っていた。
過去にも幾度かタスカーの話に乗り、その都度大金を手に入れてきた。ヘタをこいた事もあったが、それでもちょっと官憲のお世話になる程度で済むものだった。
「ラクして大金が手に入るならいいぜ」
「今回の相手は銀行だ。成功すりゃがっぽりだぜ」
「よっしゃ、乗った」
詳しい話の内容も聞かずにヒューゴは即答する。市場の小金持ちを相手にするのも少々退屈だと思っていたところだった。タスカーの話に乗っかっておけば、何かしらのスリルに出会えることは確証済みなのだ。
ヒューゴを含め、ここにいる人間は犯罪を犯すことに躊躇いは無い。
もし捕まっても数年刑務所に入る程度で済むだろうし、刑務所帰りとなれば箔も付く。
正直、死刑にさえならなければいい。ヒューゴを含め、誰もが、その程度にしか考えていなかった。
 
タスカーの主導の下で腕の立つならず者達が集められた。
ヒューゴがその一団に加わった時は、計画も実行に移すのみといった段階であり、拳銃や小銃などの武器、マスクなどの道具類も、既に準備が整っていた。
タスカーの視線の先には黒い乗用車があった。随分とボロい見た目ではあったが、ここは下層だ。動くだけで上等だ。
「三日後に、この一方通行の道をビクスビー銀行の現金輸送車が通る。俺達はあの車で道を塞いで足止めする」
ビクスビー銀行は下層でも比較的裕福な人々が利用する銀行だ。金融機関に縁の無いヒューゴでも名前を知っている。
そのような銀行の現金輸送車だ中に入っている金も相当なも のであることは簡単に予想がついた。
「わかった。俺はどこにいればいい?」
ヒューゴは渡された小銃を慣れた手付きで点検しながら尋ね た。
「お前はベンサム、ラット、アルフと一緒にこの地点で待ち伏せだ。俺と残りの奴が現金輸送車を止める。車が止まったのを合図に、お前達は背後から襲い掛かってくれ」
タスカーは地図を見せながら次々と指示を出した。全員が注意深くそれを聞き、領く。
「了解」
「わかった」
 
三日後の早朝、まだ人が寝静まっている時刻。ヒューゴは仲間のベンサム達と共に指定された路地で息を潜めていた。
ローゼンブルグでも滅多にお目にかかれない大型車両が目の前を通り過ぎる。
程なくしてブレーキ音が聞こえ、車の様子を窺っていたラットが手振りで突入の指示を出す。
ラット、ベンサムに続いてヒューゴは輸送車に襲い掛かった。 事は順調に進んでいった。輸送車の運転手達を気絶させて拘束し、輸送車の荷室に積み込まれていたケースをタスカーの車に移し替える。そしてそのままヒューゴはタスカーの車に乗り込み、怪しまれないように現場から離れた。
あとは大回りしてアジトへ帰る。それだけだった。
車の中でタスカー達と共にヒューゴは大笑いだった。暫くはこれで安泰だ。そんな気持ちが車中に溢れていた。
だがアジトに帰った瞬間、さっきまでの気持ちは木っ端微塵に打ち砕かれた。
「タスカー、すまねえ。 しくじった……」
先にアジトに戻っていたベンサム達を取り押さえる警官達。どこで計画が漏れたのか、誰にもわからなかった。
その光景を目にして抵抗を試みたヒューゴ達も、後からやって来た警官に取り押さえられ、全員がその場で逮捕された。
 
警察署の取調べ室で、見知った顔の刑事が疲れと呆れが混じった顔でヒューゴを見ていた。
「またお前か。最近は静かにしてると思ったのに」
「んだよ、誰かがタレ込まなきゃ捕まりゃしなかったよ」
「自分がした事がどれ程の大ごとなのか、わかっているのか!」
刑事は怒鳴る。ワッツというこの刑事は、ヒューゴが最初に犯罪を犯してから何かと縁のある刑事だった。
ヒューゴが置かれた環境を不憫がり、更正するように願って、何くれとなく目を掛けてくれていた。そんな彼の態度にも、ヒューゴは何処吹く風ではあったが。
「ワッツ刑事、お気持ちはわかりますが……」
隣に控えている若い警官がワッツを窘める。
「何をやったかだって?あんたら警察の方がよく知ってんじゃないの?」
「何故こんなことをしたんだ。親の負債が新しく発覚したのか?」
「別にー。タスカーが面白そうな事をするって言うから、 乗っかっただけだぜ」
ワッツはヒューゴの物言いにはっとしたような顔をする。
「お前……、何も知らされてないのか?」
「何のことだ?」
「いい、わかった……。 今は他に聞くことはない」
ワッツは疲れた顔を引き締めて立ち上がる。ヒューゴも若い警官二人に挟まれて、狭い拘置部屋へと押し込まれた。
その後の日々は目が回るように過ぎていった。詳しい取り調べが終わるとすぐに、相手から起こされた裁判に関する事柄が 次々と決まっていく。
そして、ヒューゴは裁判で驚くべき事実を耳にした。
――あの輸送車はビクスビー銀行の現金輸送車ではなく、全く別の警備会社が保有する貴重品輸送車であったこと。
――タスカーはそれを知りつつ、ヒューゴ達を騙して輸送中の物品を狙っていたこと。
――輸送中の物品は厳重な警護が付けられるような類のものであり、その警護の目があったからこそ、ヒューゴ達が速やかに現行犯逮捕されたこと。
ワッツが珍しく怒鳴り声を上げたのも、こういったことが関係ししているのだと悟った。
 
実行犯であるヒューゴには実刑判決が下り、刑務所への移送を待つだけとなった。
タスカーがどうなったのかはわからない。タスカーが何を目的として自分達を騙したのか、それが伝わってくることはついになかった。
ヒューゴは物置部屋でぼんやりと天井を眺めていた。暫くの間、綺麗なお姉ちゃんや賭場で遊ぶことができなくなると思うと、ちょっとつまらないとは思った。がしかし、捕まってしまった以上はその現実を見るしかない。
「ヒューゴ、出ろ」
ワッツだった。だが、形式に則った呼び方ではなかった。
「何?何かあったのか?」
「いいから出ろ。面会だ」
ワッツの物言いに文句はあったが、今までにない神妙さに、ヒューゴはおとなしく従った。
面会に来るような物好きな知り合いがいる筈もないのに不思議だなと思いつつ、二人の警官に挟まれたヒューゴは面会室へ向かう通路を歩く。
面会室に入る直前、ワッツがヒューゴの方を振り向いた。
「ヒューゴ、今から会う方はとても偉い方だ。くれぐれも粗相のないようにな」
「ん?わかった。気を付けはする」
ワッツが何故そんなことを言うのかわからなかった。
そんなに偉い人が自分に何の用なのかもわからない。もしかしたらタスカーに罪をなすり付けられたのかもしれない。
最悪の状況を覚悟して、ヒューゴは面会室へと入った。
 
ヒューゴが面会室に入ると、見知らぬ男が面会者側の椅子に 座っていた。
「君が最後か。ワッツさん、間違いはないね?」
ソングと呼ばれた男は、ヒューゴを値踏みするかのようにじろじろと見つめていた。

「―了―」

3374年「仲間」

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連隊の訓練施設に、威勢のいい男達の声が響く。
ヒューゴは世界各地から集められた強者達に混じって、どうにかこうにか訓練をこなしていた。
「ちょ、ちょっと休憩……」
「寝惚けたことを言うんじゃない。続けるぞ!」
「ひえええ!勘弁してくれー」
「弱音を吐くな!」
軍歴の長いハウスホッターが、へたり込むヒューゴに怒声を飛ばす。
今まで享楽的に生きてきたヒューゴは、体力面にかなりの不安を抱えていた。それ故の、特別な強化訓練であった。
地獄のような特別訓練が終了し、疲労でふらふらしながら食堂へと向かう。今日はこの特別訓練に加えて、夜からは全体で行う演習がスケジュールされている。ヒューゴの気は、それは れは重かった。
「はー、ったく。高い報酬に釣られるんじゃなかったぜ……」
食堂で提供された食事を前に、ヒューゴは大きく溜息を吐いた。
ひとまずパンを千切りながら、ここに来る二月ほど前の、ソングとのやり取りを思い出していた。
 
裁判が結審し、あとは 刑務所への移送を待つだけだった。そんなヒューゴの前に現れたソングは、ヒューゴを値踏みするよう に見つめ、一つ顔いた。
「ふむ。まだ若いのに、勿体ない話だね」
「ええ。我々としても、こいつには何とか更正してもらいたいと思っとりまして」
ソングとワッツは、ヒューゴを目の前に言いたい放題だ。
「さて、ヒューゴ君といったね。君に良い話を持ってきた」
「は、はあ……?」
てっきり、タスカーに騙された事件について容赦ない尋問か何かが待ち構えていると思っていた。
身構えていたヒューゴは、拍子抜けしたようにソングに顔を向けた。
「我々は世界を《渦》から救うための人材を探していてね」
「は?渦ってあの渦かよ!?痛ってえ!」
思わず声を上げる。ワッツが思いっきり背中を叩いてきたのだ。
「ソングさんの話をちゃんと聞くんだ」
「ははは。まあ、驚くのも無理はない。でだ、ヒューゴ君、改めて聞くが、我々と一緒に世界を救う気はないかね?」
ヒューゴは信じられないものを見る目つきでソングを見た。こいつはちっぽけな犯罪者の自分に何を言ってるんだと思った。
「オレ、これから刑務所に行くんだけど……」
「我々と共に来るのなら、君の刑事罰は免除される。少々きつい肉体労働をやってもらわねばならんが、衣食住は保障するし、報酬も定期的に出す」
見せられた一枚の紙には、スラム暮らしではお目にかかれないような金額が記載されていた。
「お、おい!これ本当か?」
つまらない刑務所暮らしが待ち受けていたヒューゴにとって、刑罰の免除とこの報酬金額は桁外れに魅力的であった。
「まあ、無理にとは言わんが、どうする?」
「行く!行きます。行きます行きます!!」
ソングの言葉に、ヒューゴは勢いよく首を縦に振った。
こうして、ヒューゴは連隊と呼ばれる組織に入隊したのだった。
 
連隊でヒューゴを待ち受けていたのは、規則正しい生活に厳しい訓練、そして苦手な勉学であった。しかもハウスホッターのような元グランデレニア軍人は非常に厳しく、少しでも規律を乱そうものなら容赦のない鉄拳制裁が降ってくる。その制裁を受けたくないがために、ヒューゴは今までの享楽的でアウトローな生活を改めざるをえなかった。
脱走を思い立ったことも一度や二度ではなかった。が、それでもヒューゴは逃げ出さなかった。それは、連隊での生活がスラムでの暮らしとは比べ物にならないほどに豊かだったからだ。
薄汚いスラムでの貧乏暮らしがすっかり染み付いていた筈だが、どうやらまともだった子供の頃が思い出されてしまったらしい。
衣食住が満たされ、定期的に報酬まで貰える生活。そんな生活 を手放す気には到底なれなかった。
 
「またハウスホッターにしごかれてたのか?お疲れさん」
溜息と一緒に食事を胃袋に流し込んでいると、ダニエルに肩を叩かれた。振り向くと、ダニエルとクラウスの二人がいた。
トレーに乗っている食器が空なところを見ると、食事が終わって食器の返却に向かっているのだろう。
「こいつは午前の座学で寝てたからな。その分の罰も含まれたんだろうさ」
「げっ。見てたんなら起こせよ。クラウスはオレの真後ろにいたじゃねえか」
「ははっ。真面目に講習を受けることをお前が覚えたら、考えてもいいかな?」
「ひっでえ」
この二人はヒューゴとほぼ同時期に入隊しており、入隊時の説明を一緒に受けた仲でもあった。それもあって、訓練や座学では何かと一緒になることが多く、いつの間にかヒューゴはこの二人と行動を共にするようになっていた。
「おい、早く食っちまわないと、夜間訓練に間に合わなくなるぞ」
「うわ、いっけね!」
「じゃあ、俺達は先に行ってるからな」
「ああ、また後でな」
立ち去る二人を見送るでもなく、ヒューゴは急いで食事を再開する。
ダニエルとクラウスは、出し抜きや抜け駆けが当然だったスラムの連中とは違い、裏表なくヒューゴに接してくれる。
育った環境の違いに少しだけ卑屈になりながらも、二人が自分とつるんでくれることに感謝するヒューゴであった。
 
ある日、エンジニアの指導の下、完成したばかりの新型アサルトライフルの取り扱い訓練が実施された。
各隊員の目の前には、分解された状態のアサルトライフルが置かれている。
「では、新型アサルトライフルの機構に関する説明を始める」
新しく開発された技術を使用しているために、今までのアサルトライフルとは扱い方が全く異なり、複雑になっている。その上、エンジニアは決して手本を見せようとしない。
いつもはガミガミと小言ばかりの先輩隊員達も、今回ばかりは 新米隊員と同じ立場だ。
大型モニターに説明図が映し出された。今までのアサルトライフルと何が変わったかの概要が説明される。
そして一通りの説明が終了すると、今度は組み立てと実射訓練となる。
エンジニアは組み立てに関する説明を行わない。ただ「やってみろ」と言うだけであった。
「組み立てが終わった者から順に試射を開始せよ」
エンジニアの言葉と共に、一斉に組み立て訓練が開始された。
 
「よっし、これでいけるだろ」
ミリアンやヘルムホルツら創設初期の隊員が手間取っているのを尻目に、ヒューゴは誰よりも早くアサルトライフルを組み立てると、標的に向かってその銃口を向けた。
新型のアサルトライフルは衝撃も少なく、小柄なヒューゴでも反動で仰け反るようなことはない。
「すっげえ……。前のボロとは全然違う」
ヒューゴが一人嬉々として試射を繰り返す中、周囲の隊員達は仮にざわついていた。
「おい、意外だな」
「どんな奴でも得意な分野がある、ということか」
先輩格の隊員達が目を見張る中、ヒューゴは意気揚々と試射を繰り返す。
「おい、ヒョロガリに負けてらんねーぞ」
「あいつにできて俺らにできねえなんぞ、有り得ねえ!」
「こりゃ、急がないと俺達も新人共に負けるぞ」
「おっと、こんなことでナメられちゃ敵わん」
皆、ヒューゴに負けていられないとばかりにアサルトライフルの組み立てを再開する。隊員全員が競い合い、続々と組み立て を終わらせて試射が始まった。
 
「あの説明でよくわかったな」
訓練が終わった後、ダニエルが感心したように尋ねてきた。
「んー、エンジニアは詳しく説明しなかったけど、モノ自体はごく普通のアサルトライフルと似たような感じだったぞ?」
「凄いな。俺はさっぱりわかんなかったぜ」
スラムにいた頃は犯罪絡みでメチャクチャ古い、薄暮の時代の遺産ともいえる銃を扱うことも珍しくなかった。当然、そんな ブツに丁寧な説明図が付いている訳もない。どこを修理すればいいのか、どう組み立てていいのかすらわからないものを、何とか暴発しないように扱っていたのだ。
犯罪で鍛え上げて身に付けた技術だった。それがどういう訳か、こんな形で身を助けるとは。
だが、そういう過去のことをダニエルとクラウスに話すのには抵抗があった。
出会って最初に「オレはスラム出身の犯罪者です」と自己紹介するわけもなし。連隊の中で自分の過去を知っているのは、おそらくソングだけだろう。
「前に似たようなケースによく遭遇してたからなー。慣れだ、 慣れ」
「機械技師みたいな仕事をやってたのか?」
「なるほど、なら図面を見るのも機械の扱うのも慣れてるよな」
クラウスの言葉にダニエルが領く。
「んー……まあ、そんなとこかな」
ヒューゴは少し悩んで、ぼかすような言葉を返した。
何となく、この二人には自分が犯罪者だった過去を知られたくないと思ったのだ。
いずれどこかでバレてしまうかもしれないが、そうなったらそれはその時だ。
少なくとも、今はまだ彼らを失望させたくない。そんな思いがヒューゴの胸の内にあった。

「―了―」