ポレット

Last-modified: 2018-09-25 (火) 11:24:39

ポレット

「姉」 

ul_paulette_r1_00.png
少女は暗闇の中に立っていた。
「お前の望みは何だ?」
女の声が少女の耳に届く。
「のぞみ?のぞみってなに?」
少女は女の言葉を理解できていない。
「お前の欲しいものは何だ?」
女は言葉を変えた。
私が欲しいもの――。その言葉に、少女の脳裏に一人の人物の姿が浮かんだ。
「ねえさま……」
「お前の望み、叶えよう」
女の声が響く。
少女の目の前が白んだ。
 
「ねえさまー」
「なあに、ポレット」
ポレットは広い屋敷の庭で、姉のアリアーヌと共に午後のお茶会を楽しんでいた。
「お茶が飲み終わっちゃったから、ねえさまと遊びたいなー」
空のティーカップを見せながら、ポレットは上目遣いでアリアーヌを見つめる。
「あらあら。お茶会は始まったばかりよ?もうすぐおかわりも来るのに」
「もうおなかいっぱいだよう。遊びたいよー」
ポレットの言葉に、アリアーヌは困ったように笑うだけだった。
それもその筈。アリアーヌの下半身はお茶会用に用意された椅子と融合している。
これではポレットの遊びに付き合うことはできない。
「お茶会のあたくしにわがままを言ってはダメよ、ポレット」
お茶とお菓子を載せたワゴンを押しながら、屋敷からアリアーヌがやって来た。
彼女はワゴンをテーブルの近くに止めると、お茶会のアリアーヌを困らせるポレットの頭を優しく撫でた。
その手はべとりとした感触をしており、少し生肉のような匂いがした。
「いい匂いね。さすが料理のあたくし」
「ふふ、今日のスコーンは自信作よ」
「ねー、ねえさまー」
笑顔で会話をするアリアーヌ達に、ポレットは口を尖らせて不満を表した。
「ああ、ごめんねポレット。遊べるあたくしは今、お屋敷の中にいるはずよ」
「行ってもいい?」
「ええ、もちろん。でも、お台所のお菓子やお料理をつまみ食いしてはダメよ?」
微笑みながら言うお茶会のアリアーヌの言葉に、ポレット少しだけ苛つきを覚えた。
「おなかが空いたら戻ってらっしゃい。貴女の分のお菓子は残しておくわ」
「……そうする」
「うふふ、いい子ね」
料理のアリアーヌが再びポレットの頭を撫でる。
「じゃあ、いってきまーす!」
ひとしきり撫でてもらったポレットは、椅子から立ち上がると屋敷に向かって走り出した。
クッキーで出来たお屋敷の扉を開けると、ゼリーで出来た窓を掃除するアリアーヌと、チョコレートで床を磨くアリアーヌと出会う。
「あら、ポレット。お茶会はもういいの?」
「うん。お茶は飲み終わっちゃったんだもん」
「遊べるあたくしなら、地下にいるわ」
床磨きのアリアーヌは地下へと続く滑り台を指差した。
「新しい玩具を作っているみたい。楽しみね」
「うん!ありがと!」
意気揚々とポレットは地下へ降りていく。キャンディで出来た滑り台に乗って、地下へ地下へと進んでいく。
「ねえさまー!」
滑り台の先には、お菓子で玩具を作っている二人のアリアーヌがいた 。
砂糖細工のお人形や甘いパンで出来たテニスラケットを、ポレットのために作っている最中であった。
「いらっしゃい、ポレット」
「えへへ、遊んで!」
「いいわよ。何をしましょうか?」
「えっとねー、ねえさまの髪を結びたい!」
「いつもはねえさまに結んでもらってるから、今日はわたしがねえさまの髪を結びたいの!」
「うふふ、いいわよ」
砂糖細工を作っていたアリアーヌが前に進み出る。
いつの間にか、ブレーツェルで出来た椅子がそこに用意されて いた。
ポレットは上機嫌で椅子に座るアリアーヌの髪を手に取った。
すると……
「え……?」
ずるり、という感触と共に、アリアーヌの髪がポレットの手に絡みついた。
その髪は薄く切り取った何かの肉だった。
「ポレット?」
呆然とするポレットをアリアーヌが覗き込む。
目の前のアリアーヌの肉の匂いが強くなる。
「どうしたの?あらあら大変。髪が抜けちゃったわ」
パンを片手にやって来たアリアーヌは、何でもないようにポレットから肉を取り上げる。
「ダメじゃない、砂糖細工作りのあたくし。髪の手入れはちゃんとしなきゃ」
アリアーヌを叱るアリアーヌ。だが、その眼は薄い緑色のキャンディで出来ていた。
 
――ねえさまはこんな肉の塊じゃない。
――ねえさまの髪は絹糸のように艶々としていた。
――ねえさまの眼はキャンディじゃない。
――じゃあ、この目の前のねえさま達は一体誰?
 
ポレットの思考は疑問で埋め尽くされた。
目の前にいるアリアーヌ達は誰なのか。
そもそも、自分の姉はただ一人のはずだ。
でも、目の前のねえさま達はわたしに優しい。
どんなお願いも、どんな我侭だって聞いてくれる。
でも、でも、でも。
 
「ちがう」
違和感が、拒絶の言葉となって零れ落ちた。
ポレットの手には、いつの間にか二丁の散弾銃が握られてい た。
よく手に馴染んでいるような気もするし、初めて握ったような慣れない感覚もあった。
だがポレットは、これこそがこの嘘の世界を壊すために必要な武器であると、瞬時に理解した。
「いらない」
引き金を引く。その瞬間、肉の髪を持つアリアーヌが蜂の巣になり、穴という穴から緑色の液体を噴出して倒れこんだ。
「これもいらない」
キャンディの眼をしたアリアーヌの顔を散弾が穿つ。アリアーヌから溢れ出る肉がその場を満たした。
ポレットは地上へと歩く。騒ぎを聞きつけたアリアーヌ達が、何事かとポレットに近寄ってくる。
「どうしたの、ポレット?何か気に入らないことでもあった?」
「まあポレット!そんなものを振り回して、一体どうしたの?」
 
――どんなに優しくされても。
――どんなに甘やかされても。
――どんなに一緒にいても。
――どれだけ名前を呼ばれようとも。
 
「これも、これも、これも、これもこれもあれもこれもそれも!!!」
ポレットの意志に呼応して、散弾銃がアリアーヌ達を粉砕していく。
「足りない……」
その呟きに応えるように、ポレットの手に大型のガトリングガンが現れる。
何の躊躇いもなくそれを手に取ると、ポレットはアリアーヌ達に向けて引き金を引いた。
発砲の反動をものともせず、ポレットはついさっきまで楽しく喋っていた筈のアリアーヌ達を毀棄していく。
あるアリアーヌは鮮やかな橙色の血を霧散させ、あるアリアーヌは抜けるような空色の挽肉となって四散する。まるで絵の具をぶちまけたような奇怪な光景だ。
それでも、アリアーヌ達だった肉はうぞうぞと蠢き、ポレットの周囲を這いずる。
「ぽ、れ……と……」
肉塊はそれでもアリアーヌのような顔を作り出し、ポレットに縋り付こうとする。
「きえちゃえ」
己でも意外だと思うほどに冷たい声で、ポレットはその肉塊を踏み潰した。
 
ポレットは行く道々で現れる姉であり姉ではない何かを、片っ端から撃ち殺していった。
姉のような何かの断末魔が、お菓子と肉で出来た世界に響き渡 る。
「あは、あはは」
これで本物のねえさまを探しに行ける。そう思うポレットの顔は笑顔に満ち溢れていた。
極彩色の血と肉の道を作り上げながら、ポレットは足取りも軽やかに進んでいった。

「―了―」