ラウル

Last-modified: 2018-09-25 (火) 11:22:09

ラウル

3373年 「革命家」

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日が暮れる。
ラウルは手元が見えにくくなるのにもかまわず、他の作業員と共に都市の路上修復作業を続けていた。
この日はラウルを含め三人ほどが修復作業を行っているが、作業量と作業員の数が見合っていないのは、傍から見ても明白だった。
にもかかわらず夜間に明かりを使った工事は組織側から禁止されていた。 組織長が言うには、市政側がこういった事業にまわす予算を段々減らしており様々なところで経費削減を行わなければならないとの事だった。
「ったく、こんなの終わるわけねぇての」
「大体、三人で今日中にどうにかしろってほうがおかしいんだ」
「ほんとにな。役所も馬鹿だと思うけど、ホイホイ従うのもどうなんだよ」
二人の作業員がぼやく傍ら、ラウルは黙々と作業を行っていた。
 
何とかその日の工程を終わらせ、ラウルたちは普段立ち寄る酒場へと赴いた。
貧しい暮らしを安酒で慰めるのはいつものことだった。
酒場に入ると、普段は見かけない男たちが酒場の一角を占拠している。
「荒野」に住むストームライダーを思わせるような格好をしており、作業服の男たちが大半を占めるこの酒場では異様に目立っていた。
一瞬、ラウルは戸惑うものの、仕事仲間たちに促されて空いている席に掛けた。
 
程なくして、よく見知ったウエイトレス姿の女性が注文をとりにラウルたちの席までやって来た。
「注文は?いつも通り?それとも違うものにする?」
ハキハキと喋る明快な女性はこの酒場を切り盛りする一家の娘だ。ラウルは幼い時分よりの付き合いがあった。
一通り注文をしてから、ラウルは女性にストームライダーと思しき一団のことを尋ねる。
「レティ、あの人たちは?ここらの住民じゃないよな?」
「ウチにも何がなんだか……。伯母さんが連れてきたから無碍にも出来ないし」
「おばさん?」
「うん。ああ、アンタに話したことなかったっけね。お父ちゃんのお姉さんなんだけど、ストームライダーの所に嫁いだんだ」
「なるほど。で、旦那たちと帰郷したってわけか」
「そういうこと、になるのかなぁ?」
レティは何処と無く歯切れの悪い物言いをする。ラウルには彼女も伯母が突然帰郷してきて驚いているように見えた。
「レティ!注文!」
「はぁーい!ごめん、また後でね!」
別卓からの声に、レティは慌しく駆けて行った。
 
愚痴を肴に安酒を飲む。ある種の現実逃避だが、彼らにはこれくらいしか日々の鬱屈を晴らせるものがない。
娯楽施設も市政資金の貧しさを理由に少なくなっていて、あったとしても一部の金持ちが遊ぶことを前提にしたような高価格が設定されている。
「やっぱ今度のデモ参加しようかな、俺。ラウルは参加するんだよな?」
「ああ。やれることはやろうと思ってな」
ラウルは領いた。明後日の朝より、増税などに反対するデモが行われる予定となっていた。
 
ラウルの住む都市は、インペローダ王国という有数の大型障壁を持つ国家に属している。
インペローダ王国は元は障壁を生産する工業都市であり、薄暮の時代の遺産として現在では生産不可能な高性能な小型障壁を多数所持している。
その障壁の恩恵に預かろうとした中規模都市を吸収することで、国家となったと伝えられている。しかし、時代が進むにつれインペローダを治める王族は腐敗しきっていた。
障壁が生み出す利益を、国のために使うことなく王族の都合のいいように動く役人や貴族達と共に独占している有様だ。
市民に課せられる税は増える一方で、反比例するかのように市民に回る金は減る。市民の憤怒は高まる一方にあった。
 
「やったところで役人連中には届かないんだし。無駄だと思うけどなあ」
「だが。このままというわけにもいかないだろう?」
「かといって、ハイデン州の連中みたいに死んでもな」
インペローダの都市に住む市民達の鬱屈はたまっていく一方であった。
だが、三年ほど前に起きたハイデン州での反乱で多くの市民が犠牲となっている。
州は王政からの命令に従い、反乱を行った市民を暴動鎮圧のためにやむなく殺害ということになっている。
「いつか政府も判ってくれるという時期はとうに過ぎた。行動は出来る時にしたいんだ」
このまま辛い生活を送るのも限界があった。ラウルは身体が動くうちに、できることをしなければと思っている。
その一環としてのデモ参加であった。
「相席してもいいか?」
ストームライダーらしき風体の男がラウルたちの席にやって来た。
「興味深い話が聞こえたんでな。ただとは言わん」
そういって、この酒場でもそれなりに値の張る酒瓶を差し出した。
「いや、楽しい話はなにも……」
「そうか?」
日々に疲れ果てた作業員とは違い、目に強い輝きがあった。よく見ればまだ若い。ラウルには自分と同じ位の年齢に見えた。
「デモの話しかしていないが……」
「それだ。詳しい話を聞かせて欲しい」
「こんな酒振舞われても愚痴しか出てこねえぞ」
「かまわん」
ラウルたちは突拍子も無いことを言う男を不思議なものを見る目で見た。
だが、普段は飲まないような値段の酒を提供されて拒否できるほどの胆力はない。
ラウルたちは不思議な男を席に招きいれた。
 
「デモの規模はどの程度なんだ?」
パランタインと名乗った男は、高い酒を惜しげもなくラウルたちに振舞った。
振舞うついでに、ラウルと目を合わせデモの内容を尋ねてくる。
「自分もきちんと把握しているわけではないが、百人程度が参加するときいている」
ラウルは、酔いすぎないように注意しつつ、パランタインにデモについて話す。
「なるほど。デモの主導者はどのような人物だ?」
「自分も良く知っているわけでは……」
「良く知らない人間のデモに参加するのか?」
「でも、何もしないままではいられない」
「仕事はどんどん辛くなるのに賃金は上がらないし、税金は重くなる一方だしでもう限界なんだ」
勧められるままに酒を飲み、市政への不満を言い募るラウルたちをパランタインはじっと見つめて領いていた。
「何故デモに参加すると決めたんだ?」
ひとしきりラウルたちの愚痴や不満を聞いたパランタインが口を開く。
「デモする以外に今の所手はないからな」
「闇雲に暴力に訴えても、武装した州兵に殺されるだけだしな」
ハイデン州で起きた暴動鎮圧のニュースは、反乱を考えていた市民達を萎縮させるには十分だった。
「そうだな。だが、ただのデモでは無意味だろう」
「あんた、喧嘩売ってんのか?」
ここにきて突然の否定。ラウルたちは酒の勢いも相俟って喧嘩腰になる。
パランタインが更に癪に障るようなことを言えば殴り合いにも発展しかねない空気があった。
「市政に向かってデモをしたところで、王族どもには届かない」
「王族は関係ないだろう?俺達は増税をとめたいだけだ」
「では、その税を増やさねばならなくなった原因はどこだ?国の政を指揮する王族ではないのか?」
「王都まで行ってデモをしろってか?無茶苦茶だ」
「市政を変えられないのなら国に変化を求めるしかない。違うか?」
パランタインは鋭い声でラウルたちに言い募り、次第に大きくなっていく。
気がつくと、ラウルたちのいる席は酒場にいる全員が固唾を呑んで見守っていた。
「どうやって?今回のデモだって百人集めるのが精一杯だと聞いているのに……」
ラウルはパランタインに問う。
「では、その百人のデモ集団が百集まればどうなる?二百、いや五百。国中でデモを実行する者を集めたらどうなる?」
「もっと規模の大きなデモが出来る?」
「違う。五千の市民が立ち上がり兵となる。軍が出来る。国と戦い、国を変えることさえ可能だ」
ラウルはパランタインに視線を合わせる。鋭い眼光は、とても 同じような年齢の男には見えない。 その目には力があった、人をひきつける魅力があった。
「そんなことが出来るのか?」
「出来る。いや、やって見せなければならないんだ。そのためには協力者が必要だ。国を変えたいと志す戦士が」
「それを指揮するのはあんただってか?」
「そうだ。俺が軍を指揮し、国を変える。俺と共に国を市民を救わないか?」
力強くパランタインは言いきった。
「それで自分も皆も救われるなら、自分は協力したい」
「お、 俺も!」
ラウルの言葉の後に、周囲の者達が続く。パランタインの言葉に、酒場にいた市民が動かされた。
「貴方は一体何者なんだ……?」
ラウルは盛り上がる酒場の人々をみやり、パランタインに問いかけた。
ストームライダーのようで、ストームライダーではないこの男が何なのか、気になった。
「俺は、ただの男だ。ああでも、皆は俺を指して革命家とも言っているな」
「革命家……」
それがラウルと、いずれ『不屈の闘士』の異名でインペローダに名を轟かせる男、パランタインとの出会いだった。

「―了―」