ルディア

Last-modified: 2018-09-19 (水) 16:16:34

ルディア
【死因】
【関連キャラ】メリー、リーズ

3389年 「施設」

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ミリガディアの首都ルーベスにある小さな食堂で、ルディアは一人で遅い夕食を取っていた。
出入り口がよく見える席に座り、常に周囲を警戒しながら食事を進めていた。
「ここにいたか」
「なんだ、ウェイザーか」
向かいから声を掛けてきた人物にはっとなって体を強張らせた。が、その声が見知った人物のものであることがわかると、胸を撫で下ろした。
「メリーからここにいると聞いたんだ」
ウェイザーはミリガディアに渡る船に居合わせ、偶然にルディアとインクジターとの争いに関ってしまった人物だった。
ルディアは現在、ミリガディアの大聖堂で僧侶をしている彼の力添えで、大聖堂併設の養護院に身を寄せていた。
「ジ・アイの跡地と『施設』についての詳しい場所がわかった」
「何から何まで、悪いな」
ルディアは申し訳なさそうに溜め息をついた。
「これも何かの縁だ。できることは手伝いたい。それにジ・アイについては以前から興味があった」
「何かお礼をしないとな」
「それなら、僕は君がどうしてジ・アイとその施設にこだわるのか。それを聞きたい」
「そうか。そういえば話してなかったな。だけど、そんなのでいいのか?」
「是非とも聞きたい。それともう一つ、君の不思議な力についても」
僧侶という職業がそうさせるのか、ウェイザーの言葉には人を引き付ける力があるように感じられた。
この人になら話しても良いかもしれないと、ルディアは大きく息を吸い込むと、昔のことを言葉にし始めた。


数年前、まだ渦が世界を脅かしていた頃、私はバラク王国の領土にある広大な原生林の一角で生活をしていた。
エンジニアである父と母は、渦が生態系に与えた影響を調査する調査員だった。
「行ってくる。留守は頼んだぞ」
「うん。どこまでいくの?」
「サベッジランドにある施設に行く予定よ。一週間程度で戻るわ」
「わかった。いってらっしゃい」
そう言って、両親はいつものように出掛けていった。だけど、予定の一週間が過ぎても両親は戻ってこなかった。
私は丸い体に手の付いた生活サポート用オートマタのエクセラと共に、住居で両親の帰りを待った。でも、父からも母からも、何一つ連絡は来なかった。
「ドレッセル技官夫妻の定時報告が途絶えている。何が起きているのか報告せよ」
数日が経って、父の上司だと名乗るパンデモニウムの技官から通信が入った。
「父と母は施設に行くと言って雨月七日にここを発ちました。それ以降、こちらに連絡は来ていません」
「そうか」
「父と母が帰ってこなかったら、私はどうしたらいいのでしょうか?」
「それは私が決めることではない。統制局の指示を待て」
それっきり、パンデモニウムからの通信が入ることはなかった。
何度かこちらからの通信を試みたけれど、家にある通信コードではパンデモニウムにコンタクトを取ることはできなかった。
故郷に見捨てられたと、その時は思った。


パンデモニウムに通信が取れないとわかった時点で、私は父と母の足取りを追うことにした。
母が出立する直前に言った『サベッジランドにある施設』、それだけが父と母の行方の手掛かりとなる唯一の言葉だった。
私はまず、父と母のコンソールを調べることにした。エクセラが持っていた緊急用の解除コードを使って、コンソール内部の データを参照した。
調査の合間に、父と母から仕事のことなどに関係する勉学をしていたのが役に立った。
あまりに難しい専門的なデータは理解できなかったけど、調査報告書や類型データ程度であれば読むことができた。
「これかな?エクセラ、この場所がどの地域かわかる?」
何日も掛けてコンソールにある膨大なデータを探っていると、一つのデータ化された地図を発見した。
そのデータはヨーラス大陸全体の地図で、いくつかの地域にマーキングがされていた。
マーカーに残された記述の中に、『施設』とだけ記入されたものを見つけた。
「データ照合が完了しました。旧サベッジランド南部。現在はペローダ領サラン州となっています。エマ様が仰っていた施設は、この場所で間違いないかと」
エクセラにはコミュニケーション用に高度なAIが備わっていて、適切な情報を拾ってくれる。
「ここに行けば、何かわかるかな?」
「判断できかねます。ですがトビアス様とエマ様がこの場所に向かったことは間違いないと思われます」
私は悩んだ。何度か両親の調査に同行したことがあり、そんなに大きくない魔物程度ならば、追い返すくらいのことはできた。
だけどそれは、両親がいて装備が充実したクリッパーに乗っていての話だ。
渦が発生し続ける大陸を、自分の判断で危険かそうでないかを判断しながら進むことなどできるのだろうか。だけど、悩んだところで両親は帰ってこないだろう。
「エクセラ、父さんたちを探しに行こうと思う」
「それは危険です。施設の近くには ジ・アイがあります。ルディア様お一人でそこに辿り着ける確率は……」
「凄く大変だろうし、もしかしたら途中で引き返しちゃうかもしれない。だけど、ここでずっと帰りを待ってることもできない」
「――承知しました。旅の支度をしましょう」
「ありがとう」
私は旅支度を整えると、エクセラと共にサベッジランドへ向けて旅立った。


エクセラとポータブルデバイスに地図データを入れ、まずはバラク王国にある大きな町へ向かうことにした。
目的の『施設』がある場所は、自分の足だけで進むにはとても遠かった。
私達には馬車なりなんなりの、徒歩以外の移動手段が必要だった。
便利なクリッパーや機械に頼れない道中は、人里離れた原生林の住居からバラク王国の町に向かうだけでも大変だった。
慣れない徒歩、慣れない野宿。エクセラの補助が無かったら、一週間と経たずに投げ出して住居に帰っていたかも知れない。だけど、本当の問題はそこじゃなかった。


町の形が見えてきたかこないかの地点に辿り着いた時に、私は大型の魔物と遭遇してしまった。
そいつは爬虫類めいた形をした、二足歩行の大きな魔物だった。人と同じように武器を持って、私達に襲いかかってきたんだ。
「ルディア様、危険です」
「わかってる。どこかに隠れる場所は……」
「周辺にはありません」
焦ってはいけない。焦りは更なる危険を呼ぶ。父さんが調査のときに繰り返し言っていたことだった。
父さんが以前作ってくれた、高周波ブレードの柄を握りしめる。
「戦うしかない」
「危険です。逃げましょう」
「隠れる場所も無いんだ。町に逃げ込めたとしても障壁があるかわからない。エクセラ、他に魔物は?」
「この爬虫類型一体のみです」
それを聞いた私は、高周波ブレードを構えた。
身体は震えていたし、緊張やら恐怖やらで吐き気さえ催していた。だけど、それでも目の前の魔物を倒さない限り、先に進むことはできない。
ここで運良くこいつから逃げることができても、旅を続けていればこんな魔物に遭遇することは珍しくないだろう。遅かれ早かれ凶暴な魔物に立ち向かわなきゃならない。それくらいは未熟な私でもわかっていた。
魔物は棒のような武器を私に振り下ろした。私は咄嗟にその場 を離れた。
魔物の武器が地面に大きな穴を穿った。動きは鈍重だけど、その巨体に相応しい力はある。一発でも攻撃を食らえば、私は死んでしまうと思った。
父さんと母さんを探すためにも、ここで怖じ気付いてはいけなかった。
魔物の武器がもう一度私に向かって振り下ろされる。地面にめり込んだ武器を引き抜くその隙を狙って、私は無防備な魔物の股下に潜り込もうとする。
だけど、魔物は私を踏み潰そうと足を思い切り上げた。
「ルディア様、伏せてください」
エクセラの声が聞こえた。エクセラの指示通りに伏せると、エクセラがテイザー銃を発射した。
魔物の腕に電磁ワイヤーが突き刺さり、電撃が流れるのが見えた。痺れている魔物をブレードで切り付け、股下を潜り抜ける。足を切り付けられた魔物はバランスを失い、後ろ向きに倒れ込んだ。
すかさず、倒れた魔物の眉間に高周波ブレードを突き立てる。振動により、固い鱗と頭蓋骨に覆われた頭部でも、容易に貫くことができた。
魔物の断末魔が周囲に響き渡る。ビリビリと鼓膜を揺さぶる咆哮に構わず、ブレードを引き抜いてもう一度別の場所に突き立てて、もがく魔物から遠ざかった。
魔物は暫くの間大きな痙攣を繰り返していたが、やがて動かなくなった。
「や、やった……。やったよ、エクセラ!」
「お怪我はありませんか、ルディア様」
「大丈夫。ありがとう」
動かなくなった魔物を見て、私は地面にへたり込んだ。腰が抜けたという表現の方が正しかったかもしれない。
間もなく、町の方から武器を携えた大人達がやって来た。町に近い所だったから、異変に気付いて様子を見に来たようだった。
「大丈夫か!?」
「おい、でかい魔物が死んでるぞ! 」
「君がこいつを?」
「凄いな!」
呆けたようにへたり込んだ私を、町の人達が色々と言いながら助け起こしてくれた。
少しずつ虚脱状態から抜けるにつれて、嬉しさが込み上げてきた。
大きな魔物を倒したことで自信が付いたんだろうな。これから先の旅も、エクセラと一緒ならなんとかやっていけると思ったんだ。


そう、ジ・アイが消滅して、インクジター達が私を追うようになるまでは。

「―了―」

3389年 「違反者」

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私達が辿り着いたのは、エタンというバラク国でも比較的規模の大きな町だった。
町の傍に彷徨く危険な魔物を退けたということで、町の人にちょっと過剰なくらい感謝され、宿と食事の提供をしてもらえることになった。
町の人達は私のような年齢の女性が旅をしているのを珍しがり、色々と質問をしてきた。ずっとエクセラ以外誰とも会話をしていなかったから、私もついつい色々と喋ってしまった。
行方不明となった父と母を捜していること、その移動手段として馬車を探していることなどを話す。だけど、馬車の話をしたところで町の人は一様に口を噤んでしまった。
「馬車か……。《渦》のせいでこの町を定期運行している馬車は無いんだ」
宿のおじさんが沈痛な表情で溜息と一緒に言う。
ストームライターと呼ばれる人達でなければ、馬車を出しても《渦》に巻き込まれてしまう危険が高いんだとか。
「そうですか。困ったな……」
「もっと大きな都市……たとえば他の国と交易をやっているような都市に行けば、もしかしたら使わなくなった馬車か馬を売ってくれるかもしれないね」
「ここから一番近い都市はどこになりますか?」
私はポータブルデバイスの地図を出しておじさんに尋ねた。
「お嬢さん、凄いもの持ってるねえ」
おじさんは目を丸くしていたが、すぐにバラクとメルツバウの国境にある交易都市の位置を指し示すと、そこまでの行き方を教えてくれた。


エタンの町を出て二日程歩いた高原地帯で、頭に茸を生やしたウサギのような魔物に出くわした。《渦》が活発に活動しているのか、エタンの町を出立して以降、幾度も魔物に襲われていた。
それと、その頃から散発的な頭痛に見舞われるようになっていた。こまめに休息を取りながら進んでいるものの、頭痛が治まりきらない内に魔物に出くわすことも多々あった。
ウサギは私達の進路を阻むようにして臨戦態勢を取っている。
威嚇行動なのか、ウサギは鋭い歯を剥き出しにしている。
「エクセラ、テイザーの準備をお願い」
「わかりました。発射のタイミングはお任せします」
私が高周波ブレードを抜くと同時に、ウサギが飛び掛ってくる。
「今だ!」
私の合図でエクセラがテイザーを発射する。間を置かずにテイザーで痺れたウサギをブレードで切り伏せる。
「別の魔物の反応を確認。数は四体です」
「まだいるのか」
周囲を見渡すと、さっき倒したのと同じ姿をしたウサギが私達の目の前に現れてきた。
じわじわとウサギ達は距離を詰めてくる。緊張で身体が張り詰めるのがわかった。
「くっ、こんな時に……」
緊張のせいか頭痛が酷くなる。それに伴ってか、視界に黒い露のようなものが現れ始めた。
「ルディア様!」
危険を知らせるエクセラの声が大きく響く。
ウサギ達が飛び掛ってきたのが見える。私はそのウサギ達に立ち向かっていく形で走り出し、ブレードを振るって一体を切り伏せた。
そのまま一気に走り抜けると、ウサギ達は機敏な動作で私達を追い掛けてきた。
一際すばしっこい動きを見せる一体が、私との距離を詰めてくる。
「まずい!エクセラ、テイザーを!」
「駄目です。間に合いません」
ブレードを振るうが、ウサギは軽やかにジャンプして回避してしまう。そのままウサギはブレードの峰の部分を蹴り飛ばして私の眼前に着地する。
「くっ!!」
私は距離を詰められないように動き回りながら、ウサギの様子を注視する。ふと、さっきの黒い靄のようなものがウサギにまとわりついていくのが見えた。
そして、その黒い靄のようなものと、ブレードから伸びる影が繋がっていることに気が付いた。
ブレードの柄を通して、靄のようなものの感覚が伝わってくる。
それを自覚した瞬間、私は傍にあった大きな岩の影に向かってブレードを突き刺した。
ブレードの影とウサギの周囲にまとわり付く靄が岩に縛り付けられた。そのままブレードを引き抜いて離れる。
再びウサギは飛び掛ってこようとするが、岩に繋がれた靄が縄のようにウサギを引っ張り、ウサギの体勢を崩した。
「テイザー、発射します」
エクセラの声と共にテイザーが発射される。痺れたウサギをブレードで貫き、沈黙させた。
「エクセラ、残りは?」
「あと二体です」
私は領いてブレードを構える。よく見ると、ブレードにも靄のようなものがまとわり付いているのがわかった。
ウサギ達との睨み合いが続く。ブレードの靄は少しずつ鋸の刃のように鋭く変貌していった。ブレードの靄が完全に刃のような形を取ったとき、ウサギ達は突然、何かに怯えたように毛を逆立てて走り去っていった。
「魔物の反応消失。どこかへ逃げたようです。大丈夫ですか、ルディア様」
「うん、大丈夫。ところでエクセラ、ブレードに黒い靄みたいなのが出てきてるんだけど、これが何かわかる?」
「申し訳ございません。高周波ブレードには何の反応も確認できません」
「そんなはずは……。あ、あれ?」
エクセラの言葉に驚いてブレードを見てみると、靄のようなものは消えていた。
「ルディア様、極端な疲労が検出されました。休憩を取りましょう」
エクセラに促されるまま、私は少し先にあった木陰で休息を取った。
確かに疲れてはいた。けれど、さっきまで断続的に襲ってきていた頭痛は、いつの間にか消え去っていた。
それ以降は危機に陥るようなこともなく、私達は高原地帯を越えることができた。
バラクとメルツバウの国境に位置する交易都市バイアントは、活気に溢れた大きな都市だった。
今も交易が行われているだけあって宿泊所も充実しており、暫くの滞在にも困らないように思われた。
安い宿泊所で手続きをしていると、宿のおばさんから号外と銘打たれた新聞を渡された。「旅をしているなら目を通しておいたほうがいいよ」との念も押されてしまい、不思議に思いながらもその新聞を受け取った。
宛がわれた部屋でエクセラと一緒にその新聞を見ると、レジメントの英雄達の手により《渦》が完全消滅した、という報せが大々的に書かれていた。
「渦が……。父さんと母さんに連絡が取れないのは、渦の消滅が関係してるのかな?」
「施設での事後処理に追われている可能性があるということでしょうか。一度、家に戻りますか?」
「ううん、このまま施設まで行こう」
「ご両親が家に戻られるとはお考えにならないので?」
「父さんのデバイスには定期的にこっちの居場所を送っているからね。連絡に気が付けば向こうから迎えに来てくれるよ」
「わかりました」
数日の情報収集の結果、バイアントの自治体がメルツバウの首都に使者を送る馬車に同乗させてもらえることになった。
他にもメルツバウに急ぐ人が何人かいたのもあって、自治体が特別に許可してくれたんだ。
メルツバウの首都へ向かうことにしたのは、渦の消滅に伴い交易が活発になるんじゃないか、であれば、様々な情報が集まる首都へ向かったほうが良いのでは。
エクセラがそう提案したからだった。


メルツバウの首都へは一週間程で辿り着くことができた。
途中、魔物の襲撃もあったけれど、旅の初め頃に出くわした魔物に比べれば、取るに足らない小物ばかりだった。
《渦》の消滅に伴って、魔物の数自体が減っているように思えた。
私達はメルツバウの首都に暫く滞在して各国の情勢を集め、サベッジランドへ向かう最短ルートを模索することにした。
《渦》が消えたことで移動は格段に楽になる。
だけど、そう簡単にはいかないことが起きてしまった。


メルツバウの首都に滞在してから三日程が経った、ある日の夜のことだった。その日は旅費や宿泊費を賄うために日雇いの仕事をし、エクセラの待つ宿に向かっていたんだ。
人気の少ない路地の更に裏の道から、真っ赤なローブを着た二人の男が出てきて、行く手を阻まれた。
「すみません、通してください」
見上げるようにして声を掛けると、男達は威圧的な態度を隠すこともなく口を開いた。
「我々は協定審問官だ」
「No―11544、ルディア・ドレッセル。協定違反により、お前の処分が決定した」
赤いローブの男達は矢継ぎ早にそう告げた。協定審問官《インクジター》という名前には聞き覚えがあった。
「意味がわかりません。私の父、ドレッセル技官はこのことを知っているのですか?」
「お前の質問は受け付けない」
男はにべもなく言い切ると、魔物退治用に売っているような鋼の剣を抜いた。
反射的にまずいと思った私は、踵を返してその場から逃げるように駆け出した。
「待て!」
剣を構えたままそんなことを言う奴の命令なんて、誰が聞くもんか。そんなことを思いながら、私は人通りの多い場所を目指した。
繁華街に出てからも暫く走り続けてから周囲を見回した。赤いローブの男達は追ってきていないようだった。
彼らは人目につくような場所では襲ってこないのかもしれない。そんなことを思いながら繁華街を行き交う人に紛れて宿に戻ると、エクセラに協定審問官について尋ねた。
「エクセラ、一体どういうことだと思う?」
「わかりません。私達の行動がキングストン協定に抵触しているのであれば、私の演算機に違反が検出されます」
「そっか……」
次の日の朝、私達は宿を引き払い、メルツバウの首都からフォンデラートへ向かう馬車へと乗り込んだ。彼らがこの首都で私達を探しているのだとしたら、これ以上の逗留は危険だと思った。
彼らは有無を言わせずに剣を抜いてきた。彼らに従えば、パンデモニウムに帰れるどころか殺されてしまう。そんなことくらいは容易に想像が付いた。
こうして、私達は理由もわからぬまま、インクジター達に追われることになった。
でも、父さんと母さんに会えれば、きっとパンデモニウムに掛け合ってくれる。違反なんかしてないことを証明してくれる。
そう信じて、私達は旅を続けたんだ。

「―了―」

3390年 「海」

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「くそっ……小娘のくせに!」
西に向かう馬車に乗るために訪れたフォンデラート東端の商業都市で、私は再びインクジターの襲撃を受けた。
メルツバウの時と状況はほぼ同じ。日雇いの仕事を終えて宿に帰る途中、人気のない路地で襲われたんだ。
それでも護身用に携帯していた高周波ブレードで咄嗟に反撃し、インクジターの右腕に深い傷を負わせることができた。
「さあ、話してくれ。何故私を襲う?協定違反とはどういうことなんだ?」
高周波ブレードをインクジターに向けたまま尋ねる。
「貴様に話すことなど何も無い……」
痛みで剣を落としたインクジターは、傷を庇うようにして狭い路地から立ち去った。
私は追わなかった。違反の内容を聞き出すことはできなかったけど、逃げたインクジターを追って武装クリッパーなんかに待ち伏せされたらひとたまりもない。
今回のインクジターは、正直に言ってしまうと特段強いとは感じなかった。奴の太刀筋は竜人の魔物よりも鈍かったし、動きも俊敏じゃなかった。
高周波ブレードを鞘に収めて宿への道を急ぐ。次またいつ襲われるかもわからなかったし、エクセラと今後の対策を検討したかった。
宿に戻り、エクセラに襲撃のことを話す。すると、エクセラはインクジターの行動からある仮説を導き出した。
「パンデモニウムは自分達の存在が露見するのを避けているのではないかと考えられます」
「どういうこと?」
「私達の住居が人里から離れた場所にあったことは覚えていらっしゃいますね」
「うん。確かに半径10リーグ圏内には町も村も無かったね。全部過で消えたって父さんが言ってたような」
「そうです。では、何故その様な場所に住居を設けたかといいますと、それは地上の住民との接触をなるべく避けるためです」
エクセラは自身のデータベースから地上へ降りた際の規則を表示した。それには確かに『地上の住民との接触は緊急時や特別な事情を除き原則禁止』といったようなことが書かれていた。
「父さん達から聞いたことがないな……」
「人里から隔絶された場所でしたから、特に注意を促す必要が無かったのだと思います」
「でも、規則違反かといわれればそうだけど、インクジターが出てくる程のことじゃないよね?」
「トビアス様達と連絡が付かないことが緊急事態に相当しますから、違反には当てはまりません」
「結局のところ、協定違反は謎のまま、か……」
大きく溜息を吐いて天井を仰いだ。父さんと母さんと連絡が取れればどうにかなるとは思うけど……。
「ルディア様、今後の旅をなるべく安全にするに当たって、一件提案があります」
エクセラはポータブルデバイスを取り出した。
「デバイスの測位観測機能を取り外しましょう。できれば通信機能も」
エクセラが言わんとしていることはわかる。パンデモニウムに私達の位置を知らせないためだ。
「このデバイスが私達の滞在場所を父さん達に送っている限り、パンデモニウムにも場所を知られるってことだよね?」
「そうです」
「でも、それを言ったらエクセラだって――」
エクセラだってパンデモニウム製の生活サポート用ドローンだ。このポータブルデバイスと同様に、こちらの位置を知らせる機能が付いているかもしれない。
「私には測位観測機能や通信機能は搭載されておりません。ですので、私を介してこちらの現在位置を特定される恐れはありません」
私の言葉にエクセラは即答する。
「それに、渦が無くなったことで様々な交通手段が復帰しつつあります。移動も格段にしやすくなるかと予想されますので、これらの機能の必要性も下がります」
「地図画像を残しておけば、何とかなるかな?」
「おそらくは。それに、私も余すことなくサポートを行います」
「わかった」
私はデバイスを起動させると、父さん宛てに、『施設に向かっているのでそこで待っていて欲しい』という旨の通信を送る。
もうずっと返事のない通信。だけど、父さん達は施設で忙しく事後処理をしているに違いない。だから、私に返事を送る暇もないのだ。
私はそう思い込むことで、色々な不安を押し殺していたんだ。
「これでいいかな?エクセラ、よろしく」
画像保存機能を使って施設までの道のりを保存すると、デバイスをエクセラに手渡す。エクセラはすぐさま作業を開始した。
それから私は、なるべく人の多い時間帯に行動して旅費を確保したり、移動したりを繰り返した。
銃やクリッパーで襲われないかと警戒していたが、対策が奏功したのか、それとも前回の反撃で警戒を強めたのか、インクジターは襲ってこなかった。
エクセラの言う通り、騒ぎになることを恐れているのだろうか。


それから一年くらいが経った頃、私達はフォシデラートの南西端にある港町にいた。
行動に制限が課せられた所為で、ここに来るまでに随分と時間が掛かった。
それでも道中、魔物に襲われることはあってもインクジターの襲撃を受けずにこられた。
加えて、私は土地を移動するごとにその土地の民族衣装を買ったり、髪を染めたりして変装するようにしていた。
というのも、行方不明者や賞金首の張り紙が張られる掲示板に、私の顔写真が入った張り紙が張られるようになったからだ。
こんなものを張り出すのはパンデモニウムだけだろう。何もしていないのに、と思うものの、私を協定違反者であると見なしている彼らからしてみれば、私は立派な犯罪者なのだろう。
私達は港町から海路でミリガディアを目指すことにした。この港町ではミリガディアに直接向かう定期便の試験運行を行っていたので、それに乗船させてもらうことにしたんだ。
陸路だと出入国管理所を何度も通って顔を曝さなければならない。しかも《渦》が消えた所為で管理はどんどん厳しくなっている。危険な状況に遭遇する回数はなるべく減らしたかった。


荷物を確認して船に乗り込む。船には私達以外にも十数人ほどの乗客がいた。
船内の小さな部屋に荷物を置き、エクセラを中から出して一息つく。
この港町からミリガディアに着くまでは暫く時間がある。船旅を楽しむという余裕は全く無かったけど。


ミリガディアの港まであと半日であると告げられた頃だ。私は飲料を受け取るために食堂に向かっていた。
食堂の付近まで来たとき、向かいからフードを目深に被った男が歩いてくるのが見えた。
ふらりふらりと覚束ない足取りで歩く様は、どことなく船酔いをしているように思えた。
「大丈夫ですか?」
私は男に話し掛けた。具合が悪いなら船員のところに連れて行った方がいいだろうなと思ったんだ。
「少し船酔いをしてしまいまして。申し訳ない……」
そう言って男は、何故か私に寄り掛かってくるように身を動かした。その動きが酷く不自然に見えた私は、さっと男から距離を取る。
上手く距離を取れなかったのか、男の身体が私の右腕を掠めた。同時に、鋭利な刃物で切りつけられたような痛みが走る。
私はすぐさま男から離れた。男の手には鋭い短刀が握られている。あのまま寄り掛かられていたら死んでいたかもしれない。
そう自覚すると冷や汗が流れてきた。
「ルディア様、この男は!」
「お前らは人目がある所では襲ってこないと思っていたよ」
鞄からエクセラが顔を出す。窮屈だけど、用心のために連れてきてよかった。
「協定違反者をいつまでものさばらせておく訳にはいかん」
威嚇が込められた言葉が返ってきた。フードを被ったインクジターの表情はわからないが、却ってそれが不気味だ。
インクジターは短刀を構え、じりじりと距離を詰めてくる。合わせるように私も後退せざるを得ない。距離が近い程インクジターが飛び込んでくる確率が上がってしまう。 高周波ブレードは携帯しているけど、こんな狭いところじゃ応戦はできない。
私は徐々に追い詰められていく。インクジターを睨んでいるうちに、視界に靄のようなものが見え始めた。
こんな時にと思ったが、魔物と戦った時のように何か力になるのなら、それで構わない。
腕に靄が集まるのを想像しながら、私は腕をインクジターに向けた。
靄が腕に集まると、短刀のような形を作る。
「それが貴様の力か。やはり……」
やはり?インクジターの言葉に引っ掛かりを覚えたけど、それを追求したところでインクジターは答えてくれないだろう。
「貴様をここで始末する」
インクジターは短刀を構えたまま私との距離を一気に詰めてくる。
短刀と靄が切り合う。靄はある程度の強度で私を守っていたけど、それでも実体の刃には敵わない。
私の右腕に無数の切り傷が走っていく。そしてついに、インクジターの短刀が私の身体を捉えた。
何とか体を捻ったものの、完全には回避できなかった。右肩に衝撃、続いて鋭い痛みが走る。
私はバランスを崩して壁にぶつかった。右肩にインクジターの短刀が刺さっている。
「何をしている!」
音に気付いた誰かが室内から出てきたのか、私の背後から男性の声がした。
靄は右腕にまとわりついたままだ。インクジターに見えているということは、この人物にも見えている。
見られた。そう思ったけど、痛みに意識を奪われていて、気になどしていられなかった。
男性は少しの沈黙の後、私が肩や右腕に傷を負っているのに気付いたのか、はっとなって口を開いた。
「誰か!女性が襲われているぞ!!」
「ちっ……」
インクジターは舌打ちすると、こちらに背を向けて階段の方へと走りだした。
「君、大丈夫か?」
少年とも青年ともつかない年齢に見える、優しそうな風貌の男性が私に駆け寄る。
「ごめんなさい、あとで……」
一言謝ると、私は肩の痛みを押して駆け出した。
あのインクジターに逃げられ、どこかに隠れられたら、私は暫く襲撃の恐怖に怯えなければならない。それは避けたいところだった。
「待つんだ!」
男性の制止を無視してインクジターを追う。奴が甲板へ向かう階段を昇っていく姿が見えた。
私が続いて甲板に上がった時、インクジターは右舷へ向かって走っていた。
「待て!」
インクジターは止まる筈もなく、右舷に設けられている安全柵を飛び越え、そのまま海へと身を投げた。
私は呆然とするしかなかった。インクジターのあれは、まるで自分から死にに行くようなものだった。
だけど、危機は去ったんだ。
「君、大丈夫か!?」
「え?あ、さっきの……」
「まずは治療が先だ」
男性に肩の応急処置をしてもらい、その後は何事もなくミリガディアの港に降りることができた。
肩の傷は思ったよりも深くて、大きな病院に行った方がいいだろうとのことだった。
それならば首都の病院へ連れて行こうと言い出したのは、私を助けるために大声を出し、手当てをしてくれた男性、ウェイザーだった。


私は一通り話し終えると、大きく息を吐いた。
「こんなところだな。ウェイザーがいなかったら、あそこで死んでいたかもしれない」
「困っている人を救うのも、僕達僧侶の仕事さ。気にしなくていい」
ウェイザーはにこりと微笑んだ。
ミリガディアに上陸してからというもの、彼には頼りっぱなしだ。怪我の治療にしてもそうだし、施設への道のりが不明瞭な私達に手を差し伸べてくれたのも彼だった。
旅が終わって協定違反の誤解が解けたら、礼を尽くさなければならないと思っていた。
「出発はいつにするつもりなんだ?」
「場所の詳細がわかったんだろう? なら、明日には出発したい」
「そうか。じゃあ、一つお願いをしてもいいかな?」
「ああ、なんだ?インペローダに荷物を運ぶくらいならお安いご用だぞ」
「……迷惑でなければでいいんだが、僕も一緒に施設とジ・アイの跡地に連れて行ってくれないか?」
ウェイザーは微笑みを崩さぬまま、散歩でも行くかのような雰囲気でとんでもないことを告げてきたのだった。

「―了―」

3391年 「力」

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ウェイザーと進路や日程を確認し、ついに『施設』へ向けて旅立つ時が来た。
「いよいよですね。トビアス様達もお待ちになっているかと」
「うん、だいぶ時間が掛かっちゃったけどね」
エクセラと話していると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「お姉さん、入ってもいい?」
ドアの向こうから養護院で暮らすメリーの声がする。怪我の療養を受けている間に仲良くなった女の子だった。
エクセラを鞄へ入れ、ドアを開ける。
すると、メリーは飛び掛かるように抱きついてきた。
「お姉さん、もう行っちゃうの?」
誰かから出立の話を聞いたらしい。メリーは寂しそうに私の顔を見る。
「全部終わったら、また戻ってくるよ」
「ほんと?」
「うん、約束する」
メリーの目を見て、私ははっきりと言い切った。
この養護院には随分とお世話になったし、全てが終わったら、改めてお礼をしに訪れよう。


馬車で一週間ほど掛けてやって来た『施設』は、遠目にもわかるほどに広い場所のようだった。
入り口らしい巨大な門の前に到着したものの、機械式の門は固く閉ざされており、クリッパーか何かを使って上空からでないと中の様子はわからなさそうだ。
守衛らしき人影も見当たらないし、呼び鈴のようなものも見つからない。一晩中待ってみたが、誰かが出てくる様子もない。
不気味なくらいに、この場所は静かだった。
その間、エクセラは門のシステムにアクセスできないかをずっと調べていた。
「申し訳ありません。私の権限ではここのシステムにアクセスすることはできないようです」
「どうしよう……」
夜明け近くになってエクセラにはっきり無理と言われ、途方に暮れるしかなかった。
父さんと母さんがこの『施設』の中にいる筈なのに。
「ジ・アイの跡地へ行ってみよう。この施設は《渦》を消滅させるための場所なのだから、跡地で調査や作業をしている人がいるかもしれない」
「……だったらいいんだけど」
気落ちする私を励ますように、ウェイザーは提案してくれた。


そうして、さらに一日を掛けて、私達はジ・アイの跡地付近まで足を伸ばした。
やっぱりというか当然というか、付近で作業をしているエンジニアの姿は見当たらない。
施設に行っても施設の中に入る方法がわからず、施設を出入りしている人もいない。施設に辿り着く前日に父さんと母さんに連絡を入れておいたが、それに対する返答も無かった。
「エクセラ、これからどうしようか……」
「ここは一旦、住居に戻るべきかもしれません」
鞄の中のエクセラとこれからの話をする。協定審問官に追われながら誰もいない住居へ戻るのは、気が重いどころの話ではない。
「どうするかな……」
「ならば、僕の組織に来るといい。君の不思議な力が欲しいと思ってたんだ」
悩む私達に、ウェイザーが俄には理解し難い提案を持ち掛けてきた。
「組織? 一体何の話だ?」
「実は、僕は君のような凄い力を持つ人材を集めて新しい世界を作ろうとしている組織の者でね」
「……何を言ってるんだ?」
「いま言った通りさ。僕の組織で君はその力を振るう。協定審問官なんかに手出しはさせないから、君の安全は保障される。それに、沢山の人手を用意できるから、君のご両親を探すのだってもっと簡単だ」
出会ったときと変わらない人好きのしそうな笑みを湛えたまま、ウェイザーはおかしなことを言い募る。
協定審問官の手から逃れられるといったことや両親を探す人手を増やせるといったことはとても魅力的な話に聞こえるけど、それ以外の話は突拍子もなさ過ぎて、到底受け入れられるものではない。
「ルディア様、この人物は――」
エクセラの言葉に警戒音が混じる。エクセラもウェイザーの話が奇怪なものだと判断したみたいだ。
「エクセラ、その言葉は冗談じゃなさそうだね。それに……」
いつの間にか、周囲を黒いローブを纏った連中に囲まれていた。
突然現れたこの連中の存在こそが、ウェイザーが言った言葉に偽りがないことの証明のように思えた。
「君のような力の持ち主は、今ではとても希少なんだ。是非にでも我々の組織の一員として迎えたい」
「こんな奴らまで用意して……。こんなことされて、ハイそうですかと領くわけないだろ」
「ふむ。ここまでしても駄目なのか」
「言うことを聞かなければ力づくでっていうこと? 僧侶が聞いて呆れるな」
いい人であるという所感は、どうやら思い違いだったらしい。
「僕は僧侶である以前に組織の一員なんでね。さあ、もう一度聞こう。我々の組織に来る気はないか?」
「お断りだ!」
こんなところで奇っ怪な組織に与するわけにはいかない。
甘い顔をしつつ一度も断ることを許さない組織なんて、絶対に信用できない。
そもそも拒絶を許さないなんてところは、協定審問官そっくりで身の毛がよだつ。
何とかしてこの場所から逃げなくては。
逃げ果せたとしても、待っているのは今よりも苛酷な逃亡生活だろう。だけど、ウェイザーのいいなりになるのは絶対に間違ってる。
突然、前に見た黒い靄のようなものが足にまとわりついてきた。
ここから脱出できるのなら何でもいい。せめて黒いローブの連中の囲みを突破できれば。
高周波ブレードを構えて勢いよく走り出す。武器を構えた私が真っ直ぐに突進すれば、奴らはまず最初に回避するしかないだろう。
そう考えて私は地を蹴った。筈だった。
ぐっと身体が何かに引っ張られるような感覚に襲われ、気が付けば、私はローブの連中の囲みを突破していた。
「逃がすな!」
ウェイザーが叫ぶ。ローブの連中が一斉にこちらに向かって駆けてくる。
ローブの連中が命令に従順なところを見ると、ウェイザーは若い割に高い地位にいるのだろう。


さっきの原理不明の跳躍がどれくらい使いものになるかわからない。でも、一番の目標は無事にこの場を逃げることだ。
もう一度、さっきと同じように足に靄をまとわせるイメージをして、この場を離れようとしてみる。だが今回は引っ張られるような感覚には襲われず、ただ単に走るだけだった。
(ああなるには、何か条件があるのか……)
だけど、その条件が何かをゆっくり考えている暇はない。ローブの奴らがざっと道を空けるように広がった。
その一番奥でウェイザーが手を振り翳している。遠目でよくわからないが、何か攻撃を仕掛けようとしているのかもしれない。
ブレードの周辺に靄がまとわりつくのが見えた。自然と自分を庇うようにブレードを構える。
それと同時に、ブレードに強い衝撃が走った。
「いっ痛ぅ……」
ブレードを持っていた手が痺れる。ウェイザーの手が輝いた時に何かが発射された。それだけはわかった。
ウェイザーがこちらへ向かってくる。また手を振り翳している。
次の瞬間、風と衝撃が走り、目の前の地面に穴が開いた。
「衝撃波?」
その衝撃波の正体が何かを考える間もなく、二つ、三つと私の周りに穴が開く。警告のつもりなのかもしれない。
ブレードの靄がより一層黒く、濃くなる。反撃できるかもしれ ない。本能的にそう感じた。
「次は当てる」
ウェイザーはいつの間にか声が届く距離にまで近付いている。
そして、再び手を振り翳した。
ウェイザーの動作に合わせて、私は高周波ブレードを振り抜いた。
ブレード越しに衝撃が伝わってくる。ウェイザーの衝撃波を切ったか弾き返したか、そのどちらかの筈だった。


突如、ブレードにまとわりついていた靄がうねり、空中に螺旋を描く。
それはそのまま停滞し、さながら黒い《渦》のようになった。
「何!?」
ウェイザーが驚いたような声を上げる。
《渦》のような何かの出現は、彼にとっても予想外の事態らしい。うねる黒い《渦》からは、私が使う力と同じような黒い靄が湧き出ていた。
「うわぁっ!?」
《渦》から出てきた黒い靄は私の足やブレードにまとわりついていた靄と融合し、私の全身を包み込むように絡まってくる。
身体が浮き上がる感覚がして、視界が上昇していく。
露は全く離れる気配を見せない。私は《渦》に引き寄せられていく。
「く……」
「ルディア!」
ウェイザーが駆け寄り、手を伸ばしてきた。靄に絡め取られた私を助けようというのだろうか。
だけど、彼の手が私に届こうとした瞬間、私は反射的に藻掻いて彼の手を撥ね除けた。
彼の行動の本心が何であれ、私は彼に助けられたくなかった。彼に助け出されたが最後、私は彼の組織に囚われてしまうだろう。


私は《渦》から出現した黒い靄に引っ張られるように、その向こう側へと引き摺り込まれていった。
この世界で最後に見たのは、ウェイザーが驚愕で目を見開いている姿だった。
「―了―」