ルート

Last-modified: 2020-02-10 (月) 16:46:20

ルート
【死因】
【関連キャラ】オウラン(同僚)、メレン(同僚)

2835年 「動物使い」

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市場の人集りの真ん中に、ルートと熊型自動人形のオウランがいた。
新たに訪れた町でサーカスの宣伝をするのは、動物使いのルートと熊型自動人形のオウラン、この一人と一匹の役目だった。
 
「フォーチュンサーカスがやって来たよ! 今夜から開演だ!」
宣伝用の派手な衣装に身を包んだルートと大柄な熊の自動人形はとても目を引く。町で遊ぶ子供達が寄ってきて、かなりの人集りができていた。
宣伝の一環で風船を配っていたオウランは、より多くの子供達に取り囲まれていた。
「クマさんだ! おっきいねー!」
「でも、こいつのもよう、なんか変だー」
群がって毛皮をべたべたと触る子供達に囲まれ、オウランは身動きが取れなくなっていた。
「ええい、離すのだ。一般市民どもよ。 オレは獅子より偉いのだぞ」
「なに言ってんだ、こいつー」
オウランの言葉を意に介さない子供達は、飛びつくようにオウランの耳を引っ張った。
「うーむ、餓鬼どもめ。 世が世なら大熊猫と呼ばれて皆に崇め奉られ、優雅に暮らしていたのだぞ!」
オウランは白い毛皮に目と耳、そして身体の一部に黒い模様が入った、変わった柄をしている。
そして、そんな自分のことを『大熊猫様』と呼び、尊大な態度を取って、子供達の注目を集めていた。
「うそつきめ! まだらのクマだろ。しかも、ただの白黒だ」
「だっせー」
「そーだそーだー」
口々に子供達に言われたオウランは、自尊心を傷つけられた様子を見せた。
「ああ。 昔ならば、ただ優雅に転がっていただけで、皆に愛されていたのに」
オウランの眼に涙が浮かんだ。
「あ、こいつ落ちこんだ」
「まさか泣いてね?」
「笑える」
子供達はますます、オウランに辛く当たった。中には蹴っ飛ばす者も出てくる。
「あんまりオウランをいじめないでやってくれ。 彼はなにも芸ができないんだ。でも、ちゃんとサーカスには芸のできる動物たちもやってくるよ」
ルートは象が芸をしている絵の入ったサーカスのチラシを子供達に配る。
「お父さんやお母さんと一緒に見においで! ライオンや象が芸をするショーが見られるよ!」
「すっげー! ほんとに?」
「ライオンとか触れる!?」
「触るのは無理かもね。 でも、そこのオウランはいっぱい触っても大丈夫だよ! それが仕事だからね」
「やったー!」
「ルート、おい! 何を言って……わあ! やめろ! 毛皮が!!」
次々と子供達がオウランに押し寄せる。オウランの毛皮の模様には、子供達を惹き付ける何かがあるらしい。
「ははは、人気者だね。オウラン」
「ええい、やめんか」
群がる子供達と涙目のオウランの絡みは、周りの大人達をも笑顔にしている。
 
興行の宣伝はうまくいっていた。国や町を渡り歩き、興行の宣伝ごとに繰り返されるやり取り。どの町へ行っても、オウランの姿とキャラクターは宣伝にもってこいだった。


その日の夜、ルートは動物ショーのために舞台袖で出番を待っていた。
舞台の上では、前座であるメレンのマジックショーが始まったばかり。
だが、動物ショーのトップに出演する象型の自動人形が起動しない。何度か電源を入れ直してみたものの、象型自動人形は起動する様子をみせなかった。
「駄目だ。起動しやがらねぇ」
マークは悪態を吐きながら象型自動人形を蹴り飛ばした。このサーカスにある自動人形の中でもかなり大型で、しかも重量がある象は、マークが蹴り飛ばした程度ではびくともしない。
「仕方がない。おい、誰か小僧を呼んでこい」
程なくして、マークに呼ばれた少年が工具を持って現れた。
彼は前回の興行地域で団長が拾ってきた孤児だった。名前が無いと言っていたが、誰かが名付けたのだろうか、ここ最近はノームと名乗っている。
ノームは手際よく電源のカバーを外して中を検分していたが、やがて小さく首を振った。
「電源の周辺に異常はありません。これ以上は分解検査してみないことにはちょっと……」
「ちっ、このオンボロが。団長、どうします?」
「あぁ? ……おい、オウラン、ヴィレア。お前ら、こいつの代わりにショーに出ろ」
突然の命令だった。ただそれは、幕間の寸劇のために控えていたオウランとヴィレアが、たまたま団長の視界に入っただけなのだろう。ルートはそう理解した。
「ルート、最初の演目を熊のショーに切り替えろ。いつもと同じようにやれ。いいな」
「わかりました」
団長からの指示が出る。
オウランは芸ができない訳ではない。そういうギミックが適しているから、宣伝やコミックリリーフをプログラミングされているだけだった。
「団長、なぜヴィレアまで? 熊のショーに切り替えるならオウランだけでよかったんじゃあ……」
「ん? ああ。 宣伝でのメインが象のショーだったからな。それを急遽取り止めたんだ、このくらいのサービスでもしないと、明日の興行に響く」
「あのポンコツにそんな大役が務まりますかね?」
「別にそこまで期待しちゃいない。ルートの鞭に転がされて笑いでも取ってくれれば、それでいい」
そんな会話がルートの耳に届く。しかし、ルートはそれを気にすることはない。
メレンのショーが終わる。慌しく動物ショーの準備が行われた。
 
「さあ、行ってこい。ルート」
団長の合図と共に、ルートはオウランとヴィレアを伴って舞台へ上がった。
宣伝用のチラシに描かれている猛獣や象ではなく、変な模様の熊と背の曲がった道化の自動人形だ。俄に観客席がざわつく。
「さて、今日は特別にプログラムを変更して、スペシャルなショーをご覧に入れます。 伝説の大熊猫オウラン!」
スポットライトがオウランに当たる。
「彼はこの日のためにたくさんの芸を練習しました。 いつもは駄目な彼に、暖かい拍手をお願いします」
「そして、そのアシスタント、ヴィレア!」
今度は背の曲がった醜い小男にスポットライトが当たった。
「彼はオウランと共に新しい自分を見せるため、一生懸命がんばります」
ルートの哀れみを誘う口上と奇妙な二体の演者に、観客の反応は良かった。ルートはルーチンに従って鞭を振るい、オウランに向かってフープを投げる。
オウランはフープを首でぎこちなくキャッチし、くるくると回してヴィレアに放り投げた。同時に客席から歓声が上がる。
ヴィレアはフープを手で受け止めると、フープを縄跳びのようにして使い、観客席ぎりぎりの所を飛び跳ねた。
途中、何かに躓いたかのように転び、その勢いで飛び出したフープがバウンドしながらルートの手に戻ってくる。
首を傾げるヴィレアを見て笑いに包まれる観客席に、ルートは対応する表情を作る。
フープの芸が終わると、ルートの膝丈程にある玉が小人達によって運ばれてきた。
ルートが鞭で合図をするとオウランがそれに乗り、玉乗り芸を披露する。盛大な拍手に、オウランは気をよくした風に胸を反らした。
そこから更にヴィレアが玉に乗る。危ういバランスだが、ヴィレアは器用にオウランによじ登り、頭の天辺で片足立ちを披露する。
観客席から更なる歓声と大きな拍手が聞こえてくる。
玉から降りるオウランとオウランの頭から転がり落ちるヴィレアは、再び笑いを誘った。
舞台袖から新たに別の動物が小人達と共に入ってくる。オウランとヴィレアの突発的なショーは終わりを告げた。
その後は、ライオン型や虎型の自動人形による猛獣の芸が続いた。
ルートは鞭や調教棒を駆使して猛獣を操る。典型的とも言えるショーではあるが、猛獣とそれを操る人という、躍動感溢れる取り合わせはとても人気がある。
子供達の驚いた顔と盛大な拍手。今夜のメインであった象のショーが急遽中止になったとはいえ、評価は上々であった。
そしてそれは、ルートの内部評価には無い、新しい経験であった。
 
無事にショーを終えて舞台袖へと戻るルート。入れ違いでオウランとヴィレアが本来の寸劇のために舞台に上がっていく。
「へぇ。 ヴィレアのヤツ、なかなか調子いいじゃねえか」
「ヴィレアだけじゃなく、小僧に修理された自動人形はみんな調子がよくなってます」
「思わぬ拾いもんをしたもんだ。街を出るときに捨てていかなくて正解だったな」
「まったくです」
ショーの準備室では、団長とマークが機嫌良く笑っていた。
「おう、ルート。お前も今度小僧に見てもらえ」
「メンテナンスってヤツだな。はははは!」
団長とマークの言葉を背に受けながら倉庫に戻る。そこには起動しなくなった象の整備をしているノームがいた。
ノームはルートが通り掛かるのに気が付き、ルートの方を見た。
「君も調子が悪いのかい?」
「いえ、問題はありません」
「そう。 どこかおかしいと感じたら、すぐに言ってくれ」
フードの中には暗く、ノームの表情はよくわからない。だが、ルートには彼が僅かに微笑んでいるのが見えた。

「―了―」

2835年 「価値」

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ショーの興奮が冷めやらないサーカスのテント内で、ルートはショーで使った道具を所定の場所へと運ぶ。
高い棚の上に道具を置こうとルートは足と腕を伸ばしたが、右足の関節部分から機械が軋むような音が聞こえた。
「どうしたルート、早く片付けろ。まだ運ぶ物があるんだぞ」
金庫に金を入れに来た会計係が、道具を持ったままのルートに声を掛けた。
「申し訳ありません。右足から異音がしました」
「なんだ、お前も調子が悪いのか。道具はそこに置いて、団長に言ってこい」
「わかりました」
会計係の命令を受けたルートは団長のところへ向かう。
しかし部屋に団長はおらず、ブラウが部屋を掃除しているだけだった。
ルートは団長が戻ってくるまで、部屋の前で立ち続けることにした。
 
「どうしたんだい?」
部屋の前で立ってから暫くの時間が過ぎた頃、ノームが声を掛けてきた。手には団長の小さな自動人形付き置き時計を持っている。
「右足から異音がしましたので。団長の命令を受けるようにと言われました」
「団長は町に遊びに行ったよ。今日は戻らないって聞いた。修理するのに団長の許可がいるなら、一度持ち場に戻ったほうがいい」
「わかりました」
そう言って、ノームは時計を置きに団長の部屋へ入っていった。
ルートはそれを見送ると倉庫へ戻り、休息機能を起動した。
 
翌日もルートの不調は続いた。右足の動きは更に鈍くなり、それを補完するために全身の動きまでもが拙いものになっていた。
団長はショーが始まる少し前に戻ってきた。団長はこの日のショーが終わったら修理すると言った。
危うい場面もあったが、どうにか無事にその日のショーを終了させることができた。
「ルート、修理の前にこれを運んどけ」
「わかりました」
ノームの所へ向かおうとするルートをマークが呼び止めた。そこには人間が運ぶには少々重過ぎる道具があった。
重い道具を倉庫まで運ぶ途中、人間でいうところの股関節にあたる部品の折れる音が、ルートには聞こえた。
「危ない!」
誰かの声がルートの耳に入る。ルートはその声に、咄嗟には反応できなかった。
右足が壊れたことで一気にバランスを失ったルートは、片付け途中の大道具が置かれている場所に倒れ込んだ。
周囲に重たい音が響き渡る。ルートは倒れ込んだ衝撃で、大量の道具の下敷きになっていた。
「何があった?」
団長やマークの声がする。
「おい、ルートの奴が埋もれてるぞ」
「あぁ? 仕方ねぇな。おいお前ら、ここを片付けとけ」
団長に命令された自動人形達が倒れた道具を片付ける。道具の下からルートの姿が見えてきたが、その足は奇妙な方向に捻じ曲がり、左腕から胸の辺りにかけては潰れ掛けていた。
「団長、どうする? これじゃ次のショーは……」
マークと団長の話し声がするが、ルートの耳にはやけに遠くから聞こえた。
「こうなったら捨てるだけさ。小僧に見せても無駄だろうよ」
「わかった」
 
それから何時間もしないうちに、ルートはサーカスのごみ捨て場に捨てられた。
自分を運んできた小人の自動人形達がけたたましい笑い声を上げながら、ごみ捨て場の周囲で遊んでいた。
ルートの電源はまだ生きていて、周囲の物事を認識することができた。だが、それ以上は何もできなかった。
自動人形は高度な人工知能によって人間に近い挙動をするが、所詮ただの機械でしかない。それ故、自動人形は与えられた命令を忠実にこなすことしかできないのだった。
「ヴィレア、ここかい?」
「そうです。ここにルートがいます」
声がした。小人達の笑い声が掻き消えると、ノームとヴィレアが現れた。
「ああ、これは……」
「直りますか?」
「うん、ちょっと大変だけど大丈夫。ヴィレア、小人たち、ルートを僕のテントに運んで」
ヴィレアと小人に持ち上げられ、ルートはテントに運ばれていく。
「おい、小僧。そいつは捨てるんだ。勝手に持ち出すな」
「ルートはまだ修理できますよ。明後日までには直してみせます」
途中、会計係の人間がノーム達を呼び咎めた。
「どうした?」
ノームと会計係がもめているのが聞こえたのか、団長が部屋から顔を出した。
「団長、小僧がルートを修理できると」
「ほう。本当か? 小僧」
「はい。少し時間はかかりますが、直せます」
「ですがこの状態では……」
「小僧ができるって言うならそうなんだろ。好きにさせとけ」
「それはそうですが……」
「小僧、そこにいると邪魔だ。とっととそいつを運んじまえ」
団長はまだ納得できなさそうな会計係を無視すると、ノームに対して追い払うような仕草をした。
「ありがとうございます」


テントにはシルフと呼ばれている子犬がうろついていたが、ルートの様子を一瞥すると自発的に隅のほうへ行き、丸くなって眠ってしまった。
ノームはルートを作業台に寝かせると、隅々まで検分をし、いくつかメモを取ってヴィレアに手渡した。
「このメモに書いてある物を持ってきて。ここに無かったらごみ捨て場にあると思う」
「わかりました。すぐに取ってきます」
ヴィレアはメモを見て頷くと、部品を探しにテントのあちこちを動き回りだした。
「じゃあ、一度電源を落とすよ。その前に何かあれば聞くけど」
「いえ、ありません」
「わかった。おやすみ、ルート」
ノームという少年は、自動人形を人と同じように扱う時があった。
 
何時間か過ぎて、ルートは再起動した。
首を動かすと、丁度ノームが股関節部分の修復を終えたところのようだった。
「おはよう、ルート。気分はどうだい?」
「ええ、とても良いです」
「学習過多になっていた演算プログラムも、少し調整したからね」
「ありがとうございます。とても晴れやかな気分です」
「そう。それはよかった」
ノームは笑う。ただ、フードに覆われているために表情までは見えないが。
「こんなものかな。バランスを見たいから起き上がって」
言われた通りに起き上がり、地面に足を着けた。
心なしか、以前よりも挙動がスムーズになった様な感覚があった。
「問題なさそうだね」
しばらく身体を動かしていると、ヴィレアがテントに入ってきた。その手には修復されたルートの服があった。
自分の服を見た瞬間、ルートは急に恥ずかしいという思いに囚われた。今の自分は古い人工皮膚が剥がれて剥き出しの箇所があり、とても人前に出られるものではなかった。
「持ってきました」
「ありがとう、ヴィレア。ルートに渡してあげて」
「はい」
「あ、ありがとう……」
ルートは急いで服を着る。いつもの舞台用の服を着ると恥ずかしさは消え、安堵した。
同時に、再起動する前までは感じなかった、慮外の感情が湧いたことに戸惑いを覚えた。
「あはは。驚かなくてもいいんだよ。今はこの状態が正常だからね」
ルートの様子に気付いたノームが笑う。団長達にも信頼される彼が言うのだからそうなのだろう。ルートはそう納得することにした。
 
再起動したルートは、修復箇所の具合を見るために作業台の片付けを手伝っていた。
ふとヴィレアの様子を見ると、ヴィレアは作業台に置かれていた部品を見つけ、ノームに一言告げてから、それを廃棄品が詰められている箱へ入れていた。
ポンコツと蔑まれ何もできないと思われていたヴィレアが、一つも無駄な挙動をすること無く動いてる。その姿にルートは衝撃を受けた。
「どうしたの?」
ぼんやりとヴィレアの動きを見ていると、ノームが不思議そうに声を掛けた。
「あ、いえ、ヴィレアが……」
「ああ、彼は良いオートマタだよ。古いけど、その分学習もしているから、とっさの事態でも動いてくれる」
「そうだったんですね」
「君も、メレンも、ここにいるオートマタたちには、他の人間にはわからない素晴らしい価値がある。いずれ君にもわかる時が来るよ」
ノームはそう言って笑った。含みのあるその言い方に、ルートは頼もしさのようなものを感じていた。

「―了―」

2835年 「土」

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男が一人、森の中を歩いていた。
最近いいことがなく苛立っていたその男は、さっきまで仲間と飲み明かしており、夜風に当たって酔いを醒まそうと外へ出たのだった。
その時、その男は森の中に入っていく不審な人影を見掛けた。不審な人影は二つ。何かが詰まった袋を抱えて歩くその姿は、とても不気味だった。
男は酔った勢いに任せて、不審な人影の後を付いていくことにしたのだった。
静まり返った真夜中の森で、ゆっくりと土を掘る音が周囲に響く。
一人の男と背の曲がった男が懸命に深い穴を掘っており、傍には何かが詰め込まれた麻の袋が置かれていた。ややあって、男は麻袋に包まれた『何か』をぞんざいに穴へと放り込み、掘り返した土を穴へと戻す。
土を重ねては踏み固めることを繰り返し、その場所が容易く掘り返されないようにしていた。
「なんだ? ありゃあ……」
夜の森の空気は、冷たさを増したようだった。
 
メレンの手品によって、その日のショーが開始される。
いつもと違うのは、舞台袖にいる筈の団長がいないことだ。
「団長は?」
「まだ具合が悪んだと。医者に行くか呼ぶかしてくれって言ってるんだが、金が掛かるとか言って断りやがる」
次のショーの待機をしているルートの近くで、マーク達は団長を心配するような会話をしていた。
ある日を境に、団長は一日の殆どを自分のテントで過ごすようになった。
以前は常に舞台袖に待機してショーの様子を眺めていたが、それもしなくなった。
団長はテントに入れる者をノームとブラウだけに限定し、他の誰も寄せ付けなくなっていた。
彼の様子の仔細を知るのは、出入りを許されたノームとブラウだけだ。しかしノームに団長の様子を尋ねても、困惑したように「誰も近付かないようにしてくれと言われている」としか答えない。
かといってブラウに聞こうにも、あれは只の召使型オートマタである。ノーム以上に団長に言われたらしい言葉を繰り返すだけだった。
マークは何度か団長と直接会おうとしたが、その度に具合が悪いと言って追い出される有様だった。
 
「邪魔だ、どけ!」
ショーが終わったメレンをサーカスの会計係が蹴り飛ばした。メレンはルートと交代するために通路の端に立っていただけであった。
メレンは抵抗することもなく倒れ込む。ルートはメレンに手を差し伸べそうになったが、人間がいたので堪えた。
自分が人間の命令以外の行動を取るのを見られるのは良くないことである、と電子頭脳に警告が走ったからだ。
「クソが」
会計係は悪態を吐きながらその場を立ち去る。ルートはその後ろ姿に、何とも表現し難い感情を覚えていた。
ずっと同じところで同じようなショーを続けていれば、当然そこの住民には飽きられる。言うまでもなく収入も落ちてきており、そろそろ移動を考えなければいけない時期だ。
にもかかわらず団長はショーの指示を出すだけで、テントから出る様子は見せない。
明らかな収入減による困窮が目の前に迫っていた団員達は、その苛立ちを無抵抗なオートマタ達にぶつけている。
ルートがショーを終えて舞台袖に戻ると、マークがオウランに、修理と称してスタンバトンを叩き付けていた。
その様子を見たルートは、相棒とも言えるオウランを助けに行きたいという気持ちが沸き上がった。だが、電子頭脳の警告に逆らってはいけないという気持ちもどこかにあり、実行に移すことはできなかった。
結局、オウランはマークの気が済むまで殴られ続けた。そんな様子を見ても何も行動を起こせないルートは、自分自身を腹立たしく感じていた。
 
その日の夜、ルートがヴィレアと共にノームの調整を受けている時のことだった。
「おい小僧、何か隠し事をしているだろう!」
修理テントに突然やって来た会計係が、テントに入るなりノームを怒鳴りつけた。顔は赤く、足取りもふらふらしているその様子は、かなり酔っているように見えた。
会計係は団長がテントに籠もるようになった少し前の日に、ノームだけをテントに呼び出していることを知っていた。
「だいたい団長が俺達を差し置いてお前なんかを傍に置くわけがねえ。団長に何をした! 言え!」
「何も隠していません! 団長の指示に従っているだけです!」
「嘘をつくな!」
会計係は思い通りの答えを返さないノームを容赦なく張り飛ばす。ノームはそのまま倒れてしまう。
「ノーム!」
動けないヴィレアが叫び、シルフが会計係に向かって威嚇するように唸り声を上げた。
ルートは調整中でうまく動かない身体を動かそうと、必死の思いでいた。
「うるさい!」
会計係は激昂すると、シルフをヴィレアに叩きつけるようにして投げ飛ばした。
シルフは弱々しく鳴くと、小さく荒い呼吸をし始める。ヴィレアもシルフを叩きつけられたショックでどこかの回路に異常を来したのか、ガタガタと震えるような動きをし始めた。
「シルフとヴィレアは何もしていないでしょう! やめてください!」
起き上がったノームがシルフ達を庇う。その様子が更に会計係の神経を逆撫でしたようだった。
「ガキの分際で!」
会計係は血走った眼でノームを睨むと、携行していたスタンバトンを取り出してノームに殴り掛かった。
「や……めて、ください……!」
ルートはついに電子頭脳の警告を振り切り、会計係に体当たりする。
「お前も俺に逆らうのか!」
会計係はルートに掴み掛かり、調整中で剥き出しになっていたコード類を引き千切ろうとしてきた。
「だ、め……です」
「くそっ、離せ!」
ルートはそれでも会計係を押さえ込もうと奮闘する。このまま会計係を解放すれば、再びノームに襲い掛かるのは明白だった。
だが、調整中で思うように身体が動かせず、逆に組み伏せられてしまう。
「この野郎! ちょっと動けるようになったからっていい気になりやがって!!」
会計係はスタンバトンを振り上げる。
ここで自分は終わるのか。そんなことを思いながら、ルートは会計係を凝視する。
だが、そのスタンバトンがルートの頭に振り下ろされることはなかった。
何か重い物で殴るような音が聞こえた。同時に、会計係が一言だけ低く呻ると、ルートに向かって倒れ込んできた。
ルートと会計係を見下ろすように、ヴィレアが立っているのが見える。
その手には、大型オートマタを持ち上げるための重いジャッキがあった。
「みんなをいじめる……ゆるさ……な、イ!!」
ルートは会計係の下から這い出る。会計係は何をしても動く様子がない。それどころか、会計係からは赤い液体が絶えず流れ出ていた。
「ヴィレア……、ごめんね……ごめんね……」
ノームはジャッキを下ろしたヴィレアに抱き着いていた。泣いているようにも見えた。
ノームだけが、会計係の身に起きたことを理解しているようだった。
「ノームのためなら、なんでもできる!」
「でも、もう団長と同じことはできない。会計係まで団長と同じになったら、マーク達は今度こそ……」
起きてしまった事態に、ノームは酷く動揺しているようだった。
ルートはこの場を切り抜けるにはどうすればいいか、記憶回路からヒントになるものはないか探っていた。
そうして一つの古い記録から、かつてサーカスのショーで演じたミステリー劇の一節を見つけ出した。
「彼の体を森の奥深くに埋めましょう」
「ルート……?」
「彼がこんなことになったのを知っているのは私達だけです。私とヴィレア、そしてノームが黙っていればきっと」
ルートは自分がとてつもなく恐ろしい提案をしていることに気付いていた。
それでも、ノームを守るために何かしなければ、という強い思いがあった。
 
ルートはノームに簡単な修復を施してもらうと、ヴィレアと共に会計係の入った麻袋を担ぎ、森の奥深くへと入る。
ノームはその間も「やめたほうがいい。マーク達にも事故としてとして説明しよう」と言い続けていた。
だが、それに反対したのは、意外にもヴィレアだった。
「人間はノームをいじめる、俺達もいじめる。みんな悪い奴だ。悪い奴がいなくなったって、誰も気にしない」
そう言って、無理矢理ノームを納得させたのだった。
「さあ、始めようか」
「わかった」
ルートとヴィレアは穴を掘り始める。
土を掘り返す音が周囲に響く。麻袋から赤い液体が滲み出ていたが、中身が動く様子はなかった。
 
ルートとヴイレアは一心不乱に穴を深く深く掘っていた。
「なんだ? ありゃあ……」
その光景を、酔い醒ましに森を散策していたマークが見ているとも知らずに。

「―了―」

2835年 「サーカス」

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会計係が入った麻袋を埋め終えたルートは、辺りを見回した。ルートの聴覚が何者かの息遣いを捕らえたのだ。
音のする方向を見つけ、そちらに視線を送る。すると、草を掻き分ける音と共に息遣いは遠ざかっていった。
「厄介だな。見られてしまったようだね」
「どうする?」
「私達のことを騒ぎ立てるようであれば、また同じことをしないといけないかもね」
「どうせ人間だ。コレと同じになっても構うことはない」
ルートの提案にヴィレアは即答した。
会計係を攻撃してからのヴィレアは、どうにも過激な発言が目立つ。長い間、人間からストレス解消の捌け口にされていたからだろうか、今やヴィレアにとって、人間とは排除するべきものであるという認識になっているようだ。
「……そうだね」
「どうする?」
「まずは埋めたものを別の場所に移動させよう。夜が明けてここを掘り返されたりしたら、会計係のことがばれてしまう」
「わかった」
麻袋を別の場所に埋め直してサーカスに戻ったルートは、次に会計係が管理する金庫を探し、近くの木の下に埋めた。
こうすれば、真夜中に会計係が金庫を持ち逃げしたと見せ掛けられる。古い記録から呼び出したミステリー劇の一節だった。
 
翌朝、会計係の姿が消えた件は、金庫も一緒に消えていることもあって、かなりの騒ぎとなった。
ルートはいつものルーチンに従ってショーの道具の手入れを行いつつ、人間達の様子を伺う。
騒然とするサーカスの人間達。さすがの事態に、団長も久々にテントから顔を出してきた。だが、団長はブラウとノームに支えられるようにしてようやっと歩いている状態で、顔色も悪かった。
「団長、会計係の奴が――」
「聞こえていたさ。奴は逃げたんだ、俺達の金を全部持ってな。糞ったれが。だが、やられちまったもんはどうしようもねえ。俺達はここに残ってサーカスを続ける」
「え!? 団長、どういうことです?」
「移動しようにも準備金がいる。そうだろう?」
金庫にはサーカスの運営資金が詰め込まれていた。サーカスが全財産を失ったのであれば、移動に必要な金はこの地域に留まって稼ぐしかない。
「そりゃあそうだが……」
「わかったらさっさとショーの準備に戻れ。一日でも早く移動できるよう、しっかり稼ぐんだ」
団長はそれだけを言うと、テントに戻ろうとした。
「団長、待ってくれ!」
それをマークが呼び止める。マークの顔は青ざめており、何かを知っているような素振りを見せていた。
「昨日の夜、俺は見たんだ。ルートとヴィレアがあの森で何かを埋めてるのを!」
マークはそう言って、ルートを指差した。
他の人間達はマークのことを冷ややかな目で見る。
「おいマーク、冗談はよせよ。あいつらは俺達の命令がないと何もできないんだぞ?」
「どうせ酒に酔って夢でも見たんだろう? 奴らはポンコツだ。そんな真似、できるわけがない」
「確かに酒は飲んでたが、俺は見たんだ! 夢なんかじゃねえ!」
マークは団長に食い下がる。
「これ以上は騒ぐな。俺は今後のことを考える、お前もさっさとショーの準備をしろ」
団長はマークの言い分を一蹴すると、ノームとブラウに支えられながらテントへと戻っていった。
「団長……」
 
それから二日が経った。マークはルートが埋めた麻袋を探すために、この二日間ずっと森に通い詰めていた。
マークが麻袋を探しているであろうことは容易に想像がついた。しかし麻袋は最初の場所とは違うところへ埋めてあり、掘った跡も落ち葉などで覆い隠してある。まず見つけ出すことはできないだろう。
 
団長は相変わらず具合が悪そうな顔をしており、具合が良くなるまではこの地でサーカスを続けると言い張った。
だが、もう収益には底が見えていた。サーカスは飽きられており、これ以上この地域で稼ぐのは不可能だった。
もっと大きな街へ行けば儲けもすぐ出るだろうし、病院で団長の治療もできる。そう提案した団員もいたが、団長の選択は、自身の体調を理由にまだこの地に留まる、というものであった。
「もう団長には付き合いきれん。何を考えてるんだ!」
「俺は団長やこのサーカスと心中する気はないからな!」
団長の態度に我慢のならなかった道具係と腹話術師は、サーカスを去って行った。
団長以外で残ったのはマークと、マークと師弟関係にある整備士のデイブだった。
デイブは気が弱い男で、道具係達と一緒に去ろうとしたところを、マークに恫喝紛いの説得をされて残ることになってしまった人物だ。オートマタへの態度は元々当たり障りのないものであったが、今はマークに何か言われているのか、整備などの仕事はしていない。
 
人間の団員が二人もいなくなったこと。
オートマタ達が何か隠し事をしているのに、その証明ができないこと。
体調が悪いといって、一切状況を改善しようとしない団長。
そんな状況にマークの苛立ちは募るばかりで、溜まったストレスはオートマタ達に当たり散らすことで発散させられていた。
「くそ、どいつもこいつもふざけやがって。俺は見たんだ、間違いねえんだ……」
ぶつぶつと同じことを呟きながら周囲のオートマタをスタンバトンで殴りつけ、蹴り飛ばす。まるで暴君のような有様だが、もう彼を止められる人間はこのサーカスにはいなかった。
「マークさん、もうやめましょうよ。俺達もそろそろ潮時なんですって。いつまでもここにいたら、俺達もどうなるか……」
「あん? てめえ、いつから俺に指図できる立場になったんだコラ!? 団長は俺に借金があるんだよ! そいつを返してもらうまでは、ここを動くわけにはいかねえんだよ!」
ふんと鼻を鳴らし、またオートマタに当たり始めたマーク。おろおろするだけのデイブ。そんな二人を、ルートはルーチンをこなしながらじっと観察していた。
 
その日の夜、団長のテントが俄に騒がしくなった。
ルートとメレンが駆けつけると、団長のテントの中でマークがノームに馬乗りになっているところだった。
「お前! やっぱりお前が団長をやったんだな!」
「マー、クさん……これは……」
「言い訳なんざいらねえんだよ!」
「ち、ちが、い……」
「じゃあこれは何だ? あ!? お前はこんなクズ鉄が団長だって言うのか!?」
マークが視線をやった方向には、ベッドに寝かされた団長がいた。
しかし団長の腹部からは、到底人間のものとは思えないコード類や機械部品が露出している。
「こ、これは……」
ルートはメレンを見やった。メレンも驚いたように団長を見ていた。
ルートがヴィレアと一緒に会計係を埋めるに至った要因は、団長の様子がおかしくなったことが始まりだ。
だというのなら、一体、最初に何が起きたのか?
ルートの演算装置が目まぐるしく思考を巡らせる。
「お前は人形を整備するのが得意だったな? おい、ふざけやがって! ええ!?」
マークは更に激昂した様子で、ノームに罵声を浴びせる。
その罵声でルートは演算を中止した。ノームの苦しそうな呻き声は、彼が首を締められている可能性があった。考え事をしている場合などではない。
このままではノームが殺される。咄嗟にそう判断したルートは、近くにあったレンチを手に取ると、マークの頭部めがけて振り下ろした。
それはヴィレアが会計係にしたことの真似だった。人間は頭部を強く叩けば動かなくなる。ルートはそれを学習していた。
学習したことを実践に移す。ルートは団長を『整備』していたであろうレンチで、マークの頭を何度も殴り付けた。
「うげっ……!」
呻き声のような音を発して動かなくなったマーク。ルートは急いで彼をノームから引き剥がす。すかさずメレンがノームを抱き起こし、怪我がないか手早くチェックする。
ノームは放心してされるがままであったが、はっと我に返り、信じられないものを見る目でルートを見た。
「ルート……」
「やはりノーム以外の人間は害悪だ。こいつも会計係のように、どこかへ埋めなければ」
「そんな……」
「それしか方法はない。こうなってしまった以上は隠すしかないんだ!」
強い口調で言い切ると、ルートは動かなくなったマークを引き摺るようにして団長のテントから運び出した。
 
途中やはり騒ぎに気付いて団長のテントに向かっていたデイブと鉢合わせた。
「ひぃっ!」
血塗れのマークを運ぶルートの姿を見たデイブは、息を吸うような悲鳴と共に後退った。自分も同じ目に遭わされるのでは、という恐怖の感情が湧き上がる。
「た、たすけっ、たすけてっ!!」
ルートはマークから手を放すと、許しを請うデイブをじっと見た。
この男は、マークのように暴力を振るうことはなかった。とはいえ、オートマタを助けようともしなかった。
この男をどうしてやろうか。ルートは考えていた。
「ひ、ひいいいいいい!!!」
錯乱したのか、デイブは悲鳴を上げるとその辺にあった棒を拾い上げ、ルートに向かって襲い掛かってきた。
ルートは冷静にデイブの足を払う。重心を失って崩れ落ちるデイブ。
――やはり、ノーム以外の人間は害悪だ。――
それが結論だった。
ルートは崩れ落ちたデイブの頭に、マークの血が付いたままのレンチを何度も何度も振り下ろした。
「あがっ! ぎっ! ひぐっ!」
殴打するたびにデイブの悲鳴が上がったが、四、五回目あたりからそれも聞こえなくなった。
埋めるものが増えてしまった。ただそんなことを思いながら、ルートは動かなくなったデイブとマークを見ていた。
「ルート……。ごめん、こんなことをさせるために君を治したわけじゃないのに……」
ノームが青ざめた顔で駆け寄ってきた。その声は鼻に掛かるような声で、彼が泣いていることがすぐにわかった。
「いいんだ。人間は君に危害を加える。こんな奴ら、こうなって当然だ」
ノームが一瞬驚いたようにルートを見る。彼のその表情に、ルートは胸の奥が重たくなるような感覚に襲われた。
予めプログラムされた情動とは違う何かが、ルートを突き動かしていた。
「マークとデイブを埋めたら、この街から離れよう。もうこの場所に留まることはできない」
至極当然な言葉だった。中心街から少し離れているとはいえ、遠からずサーカスの不審は感付かれる。人間がいなくなったサーカスがあると知られれば、必ず何が起きたか調べられてしまう。
そうなる前に、サーカスはこの街から消えなければならなかった。
 
人間のいなくなったサーカスは、オートマタ達によって移動準備が行われた。
皆、ノームの手によって自分の意志で動くことができるようになっていた。
サーカスは大きな森の中へ移動することになった。皆で知恵を出し合い、何か事が起こっても、森ならば姿を隠しやすいだろうという結論からだった。
「僕は人間に虐げられるオートマタを救おうと思う。いろんな街で、いろんなオートマタを救おうと思う」
移動の最中、ノームはヴィレアの頭を撫でながら、そんなことを口にした。
「人間は怖い存在だ。そんな奴らから君達を救うのが僕の役目なんだ。きっと……」
独り言のようだったが、サーカスの皆がその言葉に頷いた。
彼はオートマタの救世主なのかもしれない。ルートの思考回路に、そんな一文が思い浮かんだ。

「―了―」