レオン

Last-modified: 2019-03-05 (火) 15:49:42

レオン
【正体】レジメントの生き残りである元聖騎士でストームライダー。恩師アーチボルトの裏切りで投獄され、ラームの依頼により〈ジ・アイ〉消滅とレジメント壊滅の謎を解くため装置付設を引き受ける。再会したミリアンから仲間に加わるよう誘いを受けるが断ったためロッソに背後から撃たれ、アーチボルトに看取られる。
【死因】ロッソに打たれた負傷からの衰弱死
【関連キャラ】アベル(親友)、アーチボルト(かつての恩師)、サルガド(妨害者)、ミリアン(元戦友)、ロッソ、マルグリッド(ミリアンの仲間)

3394年 夏 「虜囚」

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レオンは夢を見ていた。懐かしい荒野の風景だった。
月のない夜に、地平線に見える「渦」―プロフォンド―が様々な光を混ぜ合わせて歪み輝いていた。ぼろぼろのキャラバンに連れられた子供のレオンは、荷馬車に揺られながら、きらきらと光るそれをいつまでも眺めていた。
安全な城塞都市に囲まれて住む人間達が、死ぬまで見ることのない風景だった。
その不思議な光にいつまでも魅了されていた。子供心にずっと見ていたいと思ったあの風景だった。
 
頭から水をかけられたレオンは目を覚ました。
魅惑的な光が一瞬で押し流され、体の痛みが熱さとなって戻ってきた。
「いい夢見てたんだぜ。もうすこし楽しませろよ」
鎖に繋がれたレオンは、呟くように言った。
「そろそろ吐かないと、死ぬことになるぞ」
拷問吏が冷たく突き放した調子で脅す。
レオンは捕まって何日経ったか思い出そうとしたが、無理だった。三日目まではわかったが、それ以降はだめだった。
繋がれた腕は赤く腫れ上がり、背中に受けた傷は心臓の鼓動に合わせて引き攣るように痛んだ。
「しぶとい男だ」
ブンッと空気の鳴る音がすると同時に、激しい痛みが背中を襲った。二度、三度と間髪入れずに鞭が振るわれた。
「仲間の情報を言え」
拷問吏の質問が遠くに響くのを感じたまま、レオンは意識を失った。
そして、アーチボルトの行動をもう一度思い出していた。
 
レオンは荒野で当てのない暮らしをしていた。
彼の一族はインペローダ周辺の荒野を拠点とする、ストームライダーの一族だった。
しかし、『渦』が世界から去り、都市間の交易を担った「ストームライダー」達もいなくなった。
世界は安全に変わった。しかしレオンは自分の居場所を確実に失った気分だった。まるで海が無くなった船乗りのような気分だった。
過去の生活は過酷で無残だったが、とても居心地がよかった。過去に生きることも未来に生きることもできない自分、にレオンは苛立っていた。
そんな生活のある日、アーチボルトが荒野にあるレオンの家にやってきた。
「久しぶりだな」
アーチボルトはレンジメントで共に戦った戦友であり、師とも言える存在の男だった。レジメントの崩壊後も残った数少ない戦士の一人だった。
「アーチボルト!生きていたとはな!どっかで野垂れ死んだんじゃないかと心配したぜ」
「憎まれ口は相変わらずだな。お前こそ、調子はどうだ?」
「気楽にやってるよ。ちょっと退屈だが、都市に住むよりはマシだ」
レオンは久しぶりの友人と出会えた嬉しさを隠さなかった。アーチボルトは鍔広の帽子を脱いで机に置き、椅子に座った。
レオンは気の置けない会話をアーチボルトと楽しんだ。もともと孤独を好む方ではなかった。レジメント時代の話や戦友達の話をした。久しぶりの会話だった。
そんな会話が一段落すると、アーチボルトは本題をを切り出した。
「お前に仕事を頼みに来た。ある隊商を襲う。お前の力を貸して欲しい。一人じゃどうしてもできない仕事なんでな」
「なにかヤバイものなのか?」
「普通に考えればな。ただ、俺とお前てなら難しくはない。分かるだろ?」
「詳しく話を聞かせてくれ」
アーチボルトが語る仕事とは、インペローダからミリガディアに送られる隊商を襲い、その荷を奪うことだった。
隊商の規模は四十人から五十人、守備隊はインペローダの正規軍。ただし秘密裏に運ぶ必要があるため、護衛はカモフラージュされ、経路も秘匿されていた。
アーチボルトは隊商のスケジュールと経路を既に掴んでいると言い、今すぐ準備に取り掛かる必要があると語った。
「わかった、やろう。ただし目的を教えてくれ。ただの金儲けや政治の為でもいいが、全くわからないってのは気分が悪い」
「目的か」
アーチボルトは息をついた。
「世界のため、さ」
「冗談でごまかすなよ」
「本気さ」
アーチボルトは帽子をかぶり直し、席を立った。
「言いたくねえのはわかったよ」
レオンは拗ねた素振りを見せたが、話自体には乗る気だった。何よりアーチボルトと共に戦える、というだけで、彼にとっては報酬だった。
「明日また来る。時間がないから、すぐに仕事に取り掛かろう」
アーチボルトは出て行った。
数日を掛けた「仕事」の準備はうまくいった。経路から罠を張るのに有利な地形を探し出し、爆薬を運び、隠し、陽動に使用する荷馬車も配置した。
あとは隊商を待つだけとなった。
待ち伏せの場所から少し離れた見晴らしの良い場所に監視ポイントを作り、翌日の襲撃まで待った。
「この仕事が終わったらどうするんだ?」
襲撃の前の晩に、レオンはアーチボルトに聞いた。
「まだ、いろいろやることがあるな。お前がよかったら協力してもらいたい」
「……そうか、考えておくよ」
レオンは答えた。
次の日の正午過ぎ、隊商が現れた。三台の荷馬車が隊商を組んでいた。
先頭の馬車が徐々に仕掛けた罠へと近付いていく。アーチボルトは爆薬のスイッチを押した。大きな爆煙が上がり、先頭の馬車は跡形も無く吹き飛んだ。
残りの馬車が足を止めて護衛の兵が飛び出してくる。レオンは用意しておいた馬車を駆り、一気に護衛の馬車に向かっていった。
護衛の兵は一斉にレオンの馬車へ銃を向けて発砲する。レオンは巧みに馬車を操り、後衛の馬車に近付いていく。同時にアーチボルトは馬で目的の荷を積んだ二番目の馬車に向かう。
アーチボルトの振るう二丁拳銃が、正確に護衛を打ち倒していく。その弾はまるでそうなるのが定めであるかのように、兵達に吸い込まれていく。
レオンは自分の乗る馬車を護衛の馬車にぶつけるために飛び降りた。馬車はぶつかると同時に爆発した。
アーチボルトはすでに二番目の馬車の護衛を殆どを打ち倒していた。レオンはすぐに立ち上がると、爆発後も生き残った兵を素早いナイフ捌きで倒していった。
最後の爆発から十分も経つと銃声は止み、ぱちぱちと一部の破壊された馬車が燃える音だけになった。
レオンは慎重に周りの安全を確かめると、アーチボルトを探した。
二番目の馬車の傍からアーチボルトの声がした。
「ここだ、レオン。手伝ってくれ」
「いま行く」
と、数歩進んだ瞬間、突然立ち眩みのような感覚に襲われて動けなくなった。
この感覚をレオンは知っていた。
「悪いな。レオン」
後ろからアーチボルトが近付いてくる。その表情をレオンは確認しようとするが、身体が動かなかった。
次の一瞬、重い衝撃を感じた後、レオンは意識を失った。
目を覚ますとインペローダの監獄だった。レオンはインペローダの軍に捕まっていた。もちろん、機密の重要物資を強奪した罪で。
物資はアーチボルトと共に消え、残されたレオンだけが捕まって、ここにいるのだった。
「お前は見捨てられたんだ。そんな仲間を庇い立てする意味があるのか?」
「意味?あってもお前には言いたかないね」
一旦視界から消えた拷問吏が矢床を両の手に持ち返ってきた。カチカチとならして威嚇する。
「今、そのくだらねぇ減らず口を叩けないようにしてやるからな」
マスクを被った拷問吏の顔が近付いてくる。脅すように矢床をレオンの顔前に持ってきた。
「つまらねえ前書きはいらねえぞ。やるならとっととやれよ」
レオンが言い放った。
その時、監獄の扉が開き、男が入ってきた。
「―了―」

3394年 「出発」

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監獄の扉が開き、男が入ってくる。その姿を認め、拷問吏がかしこまる。
「もういい。その男は解放する」
拷問吏は状況が呑み込めず所長とレオンの顔を交互に見比べるだけだった。
「所長、もう少しでこいつは落とせますよ。あと、ほんの数時間だけくれませんか?」
納得のいかない拷問吏は食い下がる。自らの仕事が無駄になろうとしているのだから無理もない。
所長はそれに答えず、自分の後ろに付いてきた男がいることをあごで示した。
背後には白い制服を着た初老の男が立っていた。エンジニアの高位を表す制服だった。
「早く鎖を解いていただけますかな?許可は上からも得てるのですよ」
初老のエンジニアは冷たくいいはなった。
「チッ」
拷問吏が煮え切らない表情のまま鎖を解くと、衣類と所持品をレオンへ投げつける。
現状で可能な精一杯の不満表明なのだろう。
レオンは立っているのもやっとの様子でそれを受け取る。
「あんたか……」
ぼやけた視界に映った、男の姿をみて小声でレオンはつぶやく。
「挨拶はあとだ、ずいぶんとひどくやられたようだからな。休みなさい」
戒めから解き放たれ自由の身となったものの体力の衰えは隠せず、レオンは男の言葉を最後まで聞くとゆっくりとその場で崩れ落ちた。
 
「……っ」
「目が覚めましたか。丸二日ほど眠っておられましたよ」
レオンの目の前には若い看護師の姿があった。
ベッドから上半身を起こし辺りを見回す。医療器具と薬品が目にとまる。どうやら、ここは医務室のようだ。
疲れが残っているせいか思考が上手くまとまらない。こういう時はストレートに聞いてみるに限る。
「ここは?」
「ここはアイアコス監獄の医務室です。お待ち下さい。ラーム様をお呼びしますね」
その名前を聞き、レオンは思い出した。この監獄で拷問されているときに、あのエンジニアが現れ自分を助けたことを。
 
医務室の扉が開きラームと呼ばれたエンジニアが現れた。
「レオン、眼をさましたか」
「まさか、アンタが助けてくれるとはな。ラーム」
「なに、お前のような男の命を、こんなつまらんところで失わせるわけにはいかんと思ってな」
「俺がここに捕まってるとなぜ?」
「お前らの盗んだ積み荷はエンジニアの資産だからな。当然盗んだ者の素性はこちらにも伝わる」
「なるほどな…」
「その様子じゃ、積み荷の中身もしらんようだな」
レオンは無言だ。
「アーチボルトがやったのは分かってる。一杯食わされたようだな」
「…なに、今度会ったら倍返しするさ」
「勇ましいな。しかし、あいつは食えん男だよ」
「あいつが持っていった物は何なんだ?」
「そいつは、お前は知らんほうがいいな。まあ、大まかに言えば戦争の道具だ」
「エンジニアどもの秘密主義ってのはほんと徹底してんな」
「それこそが我々の力の源だからな。まあ悪く思うな」
ラームは改めて切り出した。
「実はな、ひとつお前に頼みたいことがある。怪我あけで大変だとは思うがお前の力が必要でな」
「話によるぜ。すこし休みてえからな」
「なに、たいしたことじゃない。ある物を運んでほしい」
部下は片手で持てる程度の木箱を持ってきた。
「こいつだ。ある人物を助けるためにこいつを届けてほしい」
「どこに?」
「お前もよく知ってる場所。プロフォンドの『眼』だ」
「眼はなくなったぜ。本隊と同時に」
「そう、レジメント本隊が最後に消えた場所だ。しかし、今はその場所が重要なのだ」
『眼』と呼ばれる『渦』はレジメント本隊が全滅した場所であり、最後に消失したプロフォンドだった。
以後世界から『渦』は消失し、曙光の時代があけたのだった。
「あそこは渦こそなくなったが、今も普通の人間が行けるような場所ではない」
渦が引き込んだ化け物は数こそ少なくなったが存在していた。
そしてそんな危険な場所にわざわざ寄りつく人間も国家も存在していなかった。
「その場所にこの機械を置いてきてほしい」
「おいおい、ずいぶんとヤバイ話じゃねえか」
たいしたことがないといって始まった話にしては大げさだったので思わず苦笑しながら言い返した。
「たしかに。だがお前なら出来る。レジメントの最後の生き残りだからな」
レオンは真顔になってすこし思案した。
「あんたには二度、命を救われたことになるな」
レジメントは本隊が消滅し、渦が地上から消えた後解体された。
しかし、本隊に同行しなかった若年の騎士たちが残っていた。
「みな、アンタがいなければ、連隊の解体とともに処分されていた」
「まあ、そうなるが。私がお前達を助けたのは役得でも義務でもない。死ぬ必要がないと思ったからだ」
「借りたものは返さなきゃな」
「やってくれるか」
「ああ」
「で、そいつをどうすりゃいいんだ」
「若い技官に説明させよう」
ラームは再び若い部下を呼び、引き渡す機械の話をレオンに訊かせた。
 
「頼んだぞレオン」
ラーム達を乗せた馬車を見送り終えると自身も出発する事にした。
門の向こうでは拷問吏がこちらを睨んでいる。いい気味だ。
「さて」
今後すべき事に思いを張り巡らせると、荒野の乾燥した空気を大きく吸い、一度深呼吸を行う。
背負った荷物は思ったより重たく感じた。レオンは落ちた体力を恨んだ。
「面倒なことになりやがったぜ」
ラームより託された荷を背負い、レオンは荒野の中を一人歩き出した。

「―了―」

3394年 「列車」

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都市を都市を結ぶ弾丸列車網は、渦が消失してから急速に復旧していた。人が動き、時代が動いていた。
「少しは楽ができそうだな」
レオンは列車の席に座り、そうひとりごちた。
眼《ジ・アイ》は現在で言うところのサラン州の南の荒野にあった。
列車で国境の街へ行き、その後は馬を借りても、徒歩で何日掛けて行ってもいい。
その前に少しでも身体を回復させなければいけない。
治療は受けたが、落ちた体力はまだ戻っていなかった。
 
レオンは鞄を枕に仮眠をとることにした。
目を瞑り、しばらくの間このくそったれなトラブルを持ちこんだアーチボルトのことを考えていた。
奴の行動、裏切りの意味を一つずつ考えてみた、しかしどれも答えには遠いようだった。
 
考えを巡らすうちに眠りについたレオンは、しばらくすると奇妙な音で目をさました。
カシャン、カシャンという乾いた金属音が傍で鳴っている。
列車の規則的な振動音やブレーキ音とは明らかに異質な音だった。
「失礼、起こしてしまったようだね」
男が向かい側の席、廊下側に座っていた。義手をしきりに動かしている。
「ここは少々、埃が多いようだ。 動きが鈍くなってしまうと面倒なのでね」
初対面の相手に滔々と語る男。姿の詳細はフードで見えないが、この鉄道の他の乗客達とは異なる装いだった。
「地上の空気は苦手でね。この暑さと湿った空気、匂い。何もかもに虫唾が走る」
「なんの用だ、俺と世間話をしに来たんじゃねえんだろ」
「いや、話をしに来たんだよ。実際」
「俺はお前と話すつもりはねえよ」
レオンは椅子から少し身を起こした。
「つれないね。自己紹介させてもらおう、私は……」
男がそう語った瞬間、レオンは素早く胸元からリボルバーを出して男の頭をぶち抜いた。
「話はしないって言ったぜ」
立ち上がって荷物を持つ。座席を飛び越えながら男から離れた。打たれた男は廊下側に倒れていた。
あの手合いはヤバイ。そうレオンは判断した。生き残る嗅覚は鈍っていない筈だった。
離れた位置から奴を視る。男はゆっくりと立ち上がった。
ぶら下げた手から銃弾を落とす。ころころと揺れる列車の廊下を転がる。
 
「クソ面倒なことになったぜ」
愚痴とも挑発とも付かない言葉を大声で発した後、レオンは間合いを取るため隣の車両に移った。
車両に乗客の姿は無い。正確には生きた乗客の姿は無かった。
皆、鋭利な刃物で切り裂かれたかのように身体を引き裂かれていた。
廊下は血でぬかるみ、視界は赤一色だった。
無惨な光景だったが、レオンにそれを憐れむヒマはない。
あの男の覚悟と力はかなりのものだと言うのを認識しただけだ。
どうせタダではすまない旅になるとは思っていた。そうでなければ俺に頼む道理がない。
どうするべきか、この荷物とこの身体だ。うまくやらなければ悪運も尽きる。
そう考えながら辺りを見回し、奴との戦い方と突破口を探っていた。
死体を避け、素早く最後尾の車両まで進もうとする。
男がゆっくりと追ってくるのが血まみれの窓越しにも分かった。
最後の車両に男が入ってきた。
レオンの後ろに列車は無く、線路がまるで生きた蛇のようにぬるぬると遠ざかっていく光景が広がっているだけだった。
「聖騎士とまで謳われたレジメントの生き残りにしては卑怯なマネをしてくれる」
「ご託を並べんな、サイコ野郎」
「物事は暴力より話し合いの方が概ね建設的に進む。野蛮なマネはやめたまえ」
「つきあいきれねえ」
列車最後尾の扉を蹴破り、外に出る。このまま飛び降りて奴から離れるか、それとも……。
一瞬の思案をしている間に足に激痛が走った。何かで捕まれたように一気に扉側に引き寄せられる。
「やはり野蛮人共と対話は無理のようだ」
レオンの足には金属の光沢を放つワイヤーが幾重にも絡まっていた。その先には男の義手。
レオンは凄まじい力で引き寄せられる。
「その装置、どんなものか知っているのか?レオン」
レオンは無言でワイヤーの力に抵抗していた。腰からナイフを取り出し、切ろうと試みる。
「無駄だよ。単分子繊維で出来たワイヤーだ。話を聞け」
「切れない糸か。分かったよ」
今度はリボルバーに持ち替える。そして一瞬で回転弾倉が空になるまで男に弾を撃ち込んだ。
その弾はほぼすべて、一ヶ所に集中して命中した。
ワイヤーの出ていた男の義手が弾け、レオンの足に掛かっていた荷重は一気に軽くなった。
ワイヤーを引き摺ってはいたが、レオンは素早く車外に出ると屋根に登った。
今度は進行方向に向かって、レオンは屋根伝いに進む。
 
奴も同じように登ってきた。
片腕の壊れた義手は動かなくなっているようだが、まだもう一方の手が残っていた。
「本当に話の通じない男だな。君は」
そう言いながら、男は壊れていない方の腕を強く振った。
レオンの首に細いワイヤーが巻き付く。
油断していた訳ではなかったが、予想以上に相手の速度が速かった。
「クソッ」
「やっと私の話を聞いてもらえそうだな」
男は力を全く緩めずにレオンに語りかけ始めた。
「お前の持っているその装置は、この地上に厄災をもたらす。お前らが戦っていた渦と同じようにな」
「私は地上などどうなっても構わんが、その装置が作り出す結果は我々にとって非常に不都合なことになる」
「我々は敵ではないのだ、レオン。お前の力は惜しい」
藻掻くレオンに、また腕の力を込める。
「こちらがその気になればお前の首は、コロリと落ちる。」
「選択肢などない。降伏して装置と共にこちらに来い」
レオンは手を挙げ荷物を屋根の上に降ろした。恭順の姿勢をみせたレオンに男はワイヤーを緩めた。
「聞き分けの良い子は好きだよ」
「俺の負けだよ。ええと……名前を聞いてなかったな」
「サルガドだ」
「そうか、サルガド。そんなに大切なら荷物をやるよ。物騒なもんらしいしな」
レオンは足下に置いた荷物を空中に蹴り出した。
「貴様!」
片腕しか残っていないワイヤーをレオンから振り解き、落ちていく荷物に巻き付ける。
「せいぜい荒野の旅を楽しみな。サルガド」
レオンは再びリボルバーを取り出し、今度は義手にカバーされないよう足に向かって連射した。
もんどり打ってサルガドは荷物と共に列車の外、何もない荒野に転げ落ちていった。
 
落ちていったサルガドを確認するとレオンは列車に戻り、血まみれになった元の自分の荷物を取り出した。
死体と乗客の荷物が散乱する惨状は、物を安全に隠すにはもってこいの場所となっていた。
自分の座っていた元の座席に戻ると、次の駅に起こるであろう騒ぎからどう逃げるか思案した。
 
終点の駅から馬を使って三日、更に歩き続けること四日。
ようやく眼《ジ・アイ》のあった場所に辿り着くことができた。
何度となく化け物との戦闘に及ぶ事もあったが、あの頃とは違う。
奴らにとってもうこの世界は住みよい場所ではない。
 
レオンは滅入る気を払うように、装置を取り出してラームの部下に教わった起動方法を思い起こした。
「こんなもんか」
奇妙な光沢を放つ収縮式のポールで繋がれた三つの小さな装置を、三角を描くように地面へ設置する。
その上部にあるスイッチをレオンは押した。
すると、つい先程まで普通の地面でしかなかったその三角の内側では、不思議な光を生じさせながら様々な世界が映っては消えていく。
必然、渦《プロフォンド》の事が頭をよぎる。万が一、暴走でも起こった時には眼《ジ・アイ》の跡地に新たな渦《プロフォンド》ができることになる。笑えない冗談だった。
 
「サルガドの言ったこと、聞いておきゃよかったか?」
しかし、装置はそのまま奇妙な光景を瞬かせながら静かに動き続けるだけだった。
一晩経ち、二日目になっても装置に変化は無かった。
装置の設置は頼まれたが、それ以降の様子を確認することまでは頼まれていなかった。
しかしサルガドの言葉もあり、レオンはこの奇妙な装置が何を起こすのか見届けようという気になっていた。
 
十日ほど経った夕刻、装置に変化が起きた。傍で野宿するレオンにもすぐにその変化は分かった。
三角の内側の渦からまばゆい光が漏れ出し始めていた。辺りを白く染め上げる程の、強い光だった。
光柱の中、地上1アルレ程の高さにぼんやりと人影が浮かび上がり、それは徐々に色濃くなっていく。
固唾を呑んで見つめていると、人影がついには光柱の中から現れた。
その人物にレオンは驚愕した。

「―了―」

3394年 「再会」

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「嘘だろ」
レオンは我が目を疑った。
「レオンか?こんなところで出会うとはな」
光から出てきたのは。《ジ・アイ》突入後に行方不明となっていた、レジメントD中隊長ミリアンだった。
「生きていたのか、二人とも」
その後に続くのは、同じく中隊付きエンジニアのロッソだった。そしてもう一人、見知らぬ女性が現れた。
「ほかの皆は?」
「俺達だけだ」
ミリアンが答える。
「そうなのか……。でもよかった、あんた達だけでも無事で」
レオンは改めて右手を差し出して、ミリアンと握手をする。その時、ミリアンの腕が半分以上なくなっていることに気が付いた。
「戦いの途中でな。生きて帰れただけ、ましだ」
「話を聞かせてくれないか、皆がどうなったか」
レオンの胸にレジメントとして過ごした日々が蘇っていた。単純に理想に燃え、仲間と共にあった日々が。
「悪いが急いでいる。話はまた後だ」
「ああ……、わかった」
レオンが頷くと、ミリアンの後ろから若い女性が前に出た。
「あなたが助けてくれたのね?ありがとう。レオン……ね」
「ああ。あんたは?」
「私はマルグリッド」
マルグリッドは無表情に答える。ただ、その顔は作られたように美しかった。
「ラームは来ているの?」
「いや、来てはいない。街に戻れば会えるはずだ」
「そう」
マルグリッドは振り向きもせずにそう言うと、先頭に立って歩き出した。
「ここから国境の街までは徒歩だ、急ぐにも限界があるぜ」
「そう。どれくらいかかるの?」
「一週間ってところだ。運が良ければ、街に向かうキャラバンを捉まえられるかもしれんが」
「そう」
レオンには違和感があった。なぜレジメントではないこの女がいるのか。そもそも、どうして彼らだけが生き残ったのか。レオンは疑問を口に出すべきか考えていた。
 
すっかり夜となり、辺りは暗闇となった。荒野では気温も下がる。レオンは休憩を提案した。
「今晩はこの辺りで休もう。夜にうろつくのはよくない」
「いいえ、まだ進みましょう。あなたが問題でなければ」
「最低でも一週間はかかる道のりだ。焦っても仕方ないぜ。女のあんたもいるしな。ミリアン、どうする?」
「できるだけ進もう。マルグリッドへの心配は必要ない」
レオンは次に休めそうな場所を思い描きながら、暗闇を再び歩き出した。
 
暗闇を進む中、レオンはミリアンへレジメントの事を訪ねた。
「ベルンハルトやフリードリヒはどうなった?」
「俺達以外はみんな死んだ」
「《眼》は無くなった。ってことは、コアは回収できたのか?」
「俺達は敵に囲まれてな、コア回収後に脱出できなかった」
「でも、戻ってこれた」
「ああ、あのマルグリッドに助けられてな」
「あの女、何者なんだ?」
「エンジニアさ」
「お前、どこまでラームから話を聞いてる?」
ロッソが口を挟む
「何をだ?」
「何も聞いてないのか。なら、それ以上聞くな」
「俺はミリアンに聞いてるんだ」
レオンはロッソに言い返した。
「レオン、もう一度俺達と一緒に戦わないか?」
ミリアンが改めて切り出した。
「戦う?何とだ?渦は無くなったぜ」
「レジメントとしてではない。新しい戦いだ」
「話が見えないな。何のための戦いだ?」
レオンはミリアンの顔を見た。
「悪いようにはならない。今度は自分達のための戦いだ」
ミリアンの表情は、疲れてはいるものの真剣だった。
「詳しく話を聞きたいところだが……、やめとくよ」
レオンは肩を竦めるようにしてミリアンに答えた。
「面倒ごとには、ちょっと疲れててね」
「そうか」
ミリアンはそう言って前を向いた。再び、全員無言で歩き続けた。
 
それからの旅は比較的順調だった。互いにたいした会話もなく、淡々と荒野を進んだ。幸いに荒野の怪物達との出会いも無かった。
街まであと二日程度となった日、夜営に選んだのは、ずっと前に捨てられた小さな街だった。最後の水の補給を行い、残りの行程を乗り切らねばならない。
朝になり、井戸の前で水汲みを終えたレオンは休んでいた。そこにミリアンが来て水浴をはじめた。
レオンはその様子に構わず、ぼうっと横になって空を見上げていた。
「レオン、この前の話、考え直してくれんか」
水浴を終えたミリアンが話し掛けてきた。
「アーチボルトに同じように誘われてね。ひでえ目にあったよ」
「あいつは生きているのか」
「ああ、多分ぴんぴんしてるよ」
「ならよかった」
「よくねえよ。あの野郎、こんど会ったらただじゃおかねえ」
レオンは笑いながら答えた。
「お前のためになる話だ、街に着くまでにもう一度考えてくれ」
ミリアンはそう言いながら上着を羽織った。左腕の傷跡はまだ生々しいものだった。
 
出発の用意を整えて街を出る間際、レオンが切り出した。
「このまま南へまっすぐだ。ここが水が補給できる最後の場所だ。全部もっていっていい」
水筒を放り投げた。
「どういうことだ?」
ミリアンが聞く。
「分かれよう。ここからなら、もうあんた達だけでも問題ないだろう」
「報酬はどうする?いらないのか」
ロッソが言った。
「ラームには借りがあってな。これで貸し借りなしってことだ」
「そう、なら仕方ないわね」
マルグリッドはあっさりと認めた。ミリアンは納得がいかないといった表情をしている。
「じゃあな」
そう言ってレオンは荷物を持ち直し、別方向に歩き始めた。
ロッソが黙って銃を抜き、構えた。
咄嗟にミリアンはロッソの銃を払おうとしたが、その前にレオンは背中から撃たれた。
「なぜ撃った!」
「お前がドジを踏んだからだよ」
ロッソが言った。
「あなたの裏切りがばれたようね。仕方ないわ」
「行きましょう」
マルグリッドが踵を返して荒野を歩き始めた。
「念のために見てこよう」
ミリアンは倒れたレオンの傍に行く。ロッソはマルグリッドについて歩き始めた。
「急所は外れたな。黙っていろ」
レオンにミリアンが話し掛けた。
「……あんたが裏切るとはね」
「腕の傷か……。よく見ている」
ミリアンの傷は、レジメントだけが使うセプターによる傷だった。それにレオンは気付いていた。
「赦してもらおうとは思わん」
「……くたばれ」
「これが俺にできる最後の餞別だ」
ミリアンは銃を構えた。
そして、一発の銃声が荒野に響いた。
「生きていたのか」
ロッソが戻ってミリアンに言う。
「苦しませるのは忍びない。元々仲間だ」
「よく言うぜ」
ロッソの皮肉を無視して、ミリアンは歩き続けた。
 
三人が遠くに去った後、レオンはゆっくりと立ち上がった。
ロッソに撃たれた銃弾は幸いに貫通していた。
ミリアンはレオンを助けていた。ミリアンの銃弾は地面に穴を開けただけだった。
「ったく、俺は仲間に恵まれてるぜ」
思わず呟いた。
「このまま終わるわけにはいかねえな」
ゆっくりとレオンは歩き始めた

「―了―」

3394年 「ナイフ」

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朝霧が立ち込めた森には、穏やかな静けさが満ちていた。
「来たぞ」
傍らのアベルが小さな声で言った。数時間動かずにいたため、明け方の寒さが、レジメントの戦闘服を通してでも身体に凍みる。レオンは黙って頷いた。
二人は森の中にいた。レオンの片手にはライフルがある。夜明け前にレジメントを抜け出て、鹿狩に来たのだった。若い二人の、ちょっとした気晴らしだった。
森の静寂の向こう、100アルレ程離れた場所に、大きな角を持った牡鹿が見えた。
ずっと監視していた獣道で、ついに現れた獲物だ。二人は興奮した。それでも、じっと音をたてないように牡鹿の動きを見る。
レオンはそっとライフルを構え、スコープのレティクルを牡鹿の肩上に合わせた。そして呼吸を止め、引き金を引いた。弾は少し右に逸れたが、牡鹿の横腹を貫いた。銃声が森と山に反射している。スコープの向こうで、牡鹿は前足を空中でひと掻きして倒れた。
「やったな!」
アベルが肩を叩いた。二人は立ち上がって獲物の倒れた獣道に向かった。
倒した牡鹿のところに辿り着くと、牡鹿の息は絶えようとしていた。牡鹿の胴に血が飛び散っている。命が刻々と零れていき、大地に吸われ、そして地上から消えていった。
晩秋の森の冷たく湿った空気が、獣道を走ってきたレオンの肺を満たす。それと同時に、重い感情が胸に湧いた。
「どうした?」
アベルが聞く。
「いや、なんでもない」と言って獲物を縛るためにロープを腰から取り出そうとした時、レオンは自分の腹に黒い穴が空いているのを見た。
いつの間にか自分が森に横たわっている。腹からは黒い血が溢れ続いている。
藻掻くように脚を動かそうとするが、力が入らない。
黒い穴を手で押さえても血は溢れ続ける。アベルを探そうとするが、目の前にはいない。黒い血でべっとりと汚れた掌を見た。寒さに耐えられなくなってくる。目を強く閉じ、やってくる恐怖から心を閉ざした――。
 
――レオンはベッドの上で目を覚ました。見たことのない天井だった。狭くて見窄らしい廃屋のような場所だ。
「目が覚めたか?」
傍にいたのはアーチボルトだった。
「アンタ……よくも……」
ロッソに背中から撃たれた後の記憶は、大きな街道を指して
進んでいるところまでしか無かった。どうやら行き倒れたらしい。
「すまん。本当はもっと早くお前と合流するはずだった」
「理由、あるんだろうな?とんだ目にあったぜ」
傷の手当てがされている。それでも痛みがひどい。
「話すさ。だが、今はもう少し休んだほうがいい」
 
「いや、先に話を聞かないと、腹が立って眠れねえよ」
「そう言うな」
アーチボルトは薬を出してレオンに飲むように勧めた。レオン
はそれを受け取って飲み干すと、もう一度眠りに戻った。
二晩ほど休んでから、出発の用意を始めた。アーチボルトはレオンの傷の様子を確認する。
「行けそうか?」
「ああ、行けるさ。こんなもの……」
レオンの強がりをアーチボルトは遮った。
「間に合せの治療じゃどうにもならない。なるべく早く、お前を街まで送って行く必要があるな」
二人は一つの馬に乗った。
「揺れるが、我慢してくれ」
 
荒野の街道を進んでいると、空に小さな無数の光が瞬きはじめた。
夜通し進みたいところだったが、今のレオンの体力では難しいとアーチボルトは判断した。アーチボルトはレオンを抱きかかえるようにして馬から下ろし、横たわらせた。薪で暖を取り、二人は向かい合った。
「眠れないのか?」
「ああ……。話してくれよ。死にきれねえぜ」
レオンは顔を歪めながら身体を捻るようにして、薪が燃えるのをじっと見つめていた。
「らしくない台詞はよせ。確かに、話しておかなきゃならんな」
アーチボルトもまた、燃える薪を見つめながら語り始めた。
「俺はラームから声を掛けられた――」
アーチボルトは薪の燃えさしを取り出して煙草に火をつけた。
「俺には貸しがある男がいてな。パランタインっていうインペローダの護国卿で、エンジニアの力を後ろ盾に君臨してる。インペローダーへの戦略物資を横取りできれば、奴との取引を仲介してやる、って話を持ちかけてきた」
ラームはレジメント消滅の時、危険を冒してまでも生き残った騎士を逃がしてくれた、エンジニアの中でも特別な男だった。
レオンもラームのことを疑ったことは無かった。
「その仲介手数料代わりに、パランタインの持つ情報とレオン、お前が欲しいと言ってきた。元レジメントのお前が事を起こせば、ラームが地上に降りる理由ができると言っていた」
「黙ってラームに俺を差し出したわけか……。全部、前もって話してくれればよかったのによ」
アーチボルトの瞳は揺れる炎を見据えたままだ。
「万が一にも、俺との間で取引があることを他のエンジニアに気付かれたくない、と言っていた」
「俺が拷問くらいで口を割るとでも思ってんのか」
レオンは吐き捨てるように言った。
「ラームはそう思っていたのさ、とにかく、ラームはお前がインペローダに捕まり、呼び出される必要があった」
「裏切り者の三人が蘇ってくるって、アンタは知ってたのか?」
「ラームからは聞いていない。隊商を襲った後、俺は事の真相をパランタインから聞いた」
「ロッソ、ミリアン、もう一人は知らない女だったが、ジ・アイの向こうから帰ってきたんだぜ」
「ミリアンとはな……」
アーチボルトは煙草の火をにじり消した。
「俺はあいつらに殺されかけた。それに、あいつらは間違いなく俺達の仲間を殺してる。レジメントの消滅の裏であいつらは……」
「俺はミリガディアに向かう。奴らが探している人間がそこにいるからな。何としても阻止しなきゃならん」
「あいつらもミリガディアに向かっているのか?」
「いや、ラームにはこの情報を渡してないので、それは無いだろう。だが、いずれ見つかる」
「相手は最低三人か、俺達だけじゃ手が足りないな」
「それでも、やるしかない」
「ああ、そうだな」
レオンは目を閉じた。
 
明け方、日が昇る直前に、レオンはアベルへの手紙を書いていた。アーチボルトはまだ眠っている。アベルの大体の居場所はわかっていた。電信が使えれば、ミリガディアで落ち合うことができるだろう。
朝になって荷物を纏めると、二人は馬に乗って出発した。アーチボルトの後ろに乗ったレオンは、力なく掴まっているだけだ。
「大丈夫か?」
「ああ、進んでくれ」
アーチボルトは馬の速度を落として荒野を進んだ。
しばらく進むと、空模様がおかしくなってきた。アーチボルトは湿った空気の感じに、ひどく落胆した。レオンは辺りが暗くなってきたことにも気付いていないようだ。どこか休む場所が必要だと考え、アーチボルトは街道から外れることを決心した。
決心すると同時に、雨粒が空から落ちてきた。
「雨か……」
レオンは弱い声で呟いた。
「今すぐ雨が避けられる場所を探す。我慢してくれ」
開けた荒野の道から山側へと進路を変えたアーチボルトは、やっと休めそうな洞穴を見つけた。
すでに二人は随分と雨に晒されていた。
季節外れの嵐に会い、二人は山腹の洞穴に足止めされるような形となった。
「つくづく運がねえな。俺は」
横たえたレオンの前では、アーチボルトが湿った薪を相手に火を熾そうと努めていた。雨に濡れたレオンは急速に体力を失っている。
「いま火を熾す。身体さえ温めれば……」
アーチボルトは集めた薪に種火を移そうとしている。
「もういいよ、アーチボルト」
「もうすぐ火が付く。黙ってろ」
「……いいんだ、もう置いていってくれ。俺はここでいい。あんた一人なら、もっと先に進める」
「つまらんことを言うな。もとは俺のせいだ。見捨てることなどできるか!」
アーチボルトは、彼にしては珍しく、苛立ちを隠さずに言った。
「アベルへの手紙を書いておいた。あとは二人でやってくれ。時間が無いんだろ?」
レオンはポケットから出した手紙をアーチボルトの方に放った。
手紙は力なく地面に落ちる。
アーチボルトは黙って薪と向かい合っていた。
レオンの状況がよくないことは、瞭然であった。
「あんたも出身はストームライダーだろ?」
「生まれはな」
「荒野に生まれた二人がいて、嵐に巻き込まれるとは。笑い話だ、これじゃ。こんな終わり方はねえよな」
「もう喋るな」
アーチボルトはレオンを制止する。
「アベルに会えたらさ、これを渡してほしい。あいつに持ってて欲しいんだ」
レオンは、鞘におさまったままのナイフをアーチボルトに差し出した。
「そんなもの受け取れるか。渡したいんだったら、自分で渡せ」
「もういいんだ。もう、覚悟はついたんだ」
生気のないレオンの声に、アーチボルトはレオンの瞳を瞬きもせずに見つめた。そして、そのナイフを黙って受け取った。
レオンの手から力が抜けていく。
「アーチ、あんたが気に病む必要はねえ。あんたに鍛えられなきゃ、俺はレジメントで死んでた」
顔を上に向け、レオンは目を閉じた。
「レジメント……懐かしい。とても昔に思えるよ」
「ああ」
「俺達には使命があった。仲間がいた」
「今だっているさ」
「みんなもう、向こうさ。俺もこっちは疲れたぜ……」
アーチボルトはレオンを看取ると、狭い洞穴にレオンの亡骸を横たえたまま、別れの言葉も無く嵐の中を出発した。

「―了―」