人気者の妖精(ギュスターヴ)

Last-modified: 2018-09-22 (土) 11:57:27

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3248年「学び舎」

「ゾルゲの処分が完了しました」
「そうか……」
ユーリカの報告に、ギュスターヴは小さな溜息を吐いた。
今年に入ってから五人目の処分者だ。
今回のゾルゲを含め、処分された者達は皆、ギュスターヴの掲げる理念に共感していた。その上で、超越した力を与えた者達だ。
だが、彼らには過ぎた力だったのだろう。初めは組織の理念に感銘を受けた者であったのに、何かのきっかけで力に驕り、暴走し、破滅していった。
まだ組織の転覆を図った者こそ出ていないが、引き続き組織規模を拡充していく以上、この問題は憂慮すべきことだ。
脳そのものに手を加える実験も行っているが、成功率は低いまま上がらない。精神が常人である以上、他者を圧倒できる力は脳でも御し難い毒なのだろう。
ユーリカやコンラッドのように意志を強く持ち、適切に力を振ることのできる者は少なかった。
どうすればユーリカ達のように力に溺れることなく活動できる人材を確保できるのか。
組織のトップとして、目下ギュスターヴを一番悩ませている問題であった。
「……久々に視察へ行くか。ユーリカ、供をせよ」
「承知しました」
幾度目かの溜息を吐いた後、ギュスターヴは視察と称した気分転換に出掛けることにした。


障壁によって《渦》から脅かされることのないルーベスは、活気に溢れていた。
市場には食物や商品が所狭しと並べられ、行き交う人々は思い思いに買い物をしている。
荒れ野と化した大地に生活する流浪の民を支援し、ミリガディアの流通ルートを確保したのが奏功している。
休憩にと立ち寄った小さな聖堂。ユーリカは僧侶達の様子を観 察してくると言って、その場を離れていった。
ギュスターヴは供物を祭司と共に嗜むこととし、軽い雑談から近辺の状況を聞き出していた。
この聖堂を預かる祭司は祭司になって間もない若者で、組織の一員ではない。いずれそうなることが決定付けられてはいるが、それは未来の話だ。
大君の側近という顔を作った上で、祭司に周辺のことを尋ねた。気分転換とはいえ、表向きの行動は視察である。彼の担当する区画の治安が悪くなっているようであれば、警備隊の増員なりを大君に進言せねばならない。
「私の管理する区画での犯罪件数は、前回報告した時から増えていません」
「そうですか、それは安心しました。貴方が住民の皆様のご相談を真摯に受け止めていることの証拠ですね」
祭司はギュスターヴの言葉にはにかみを見せる。
「いえ、私などまだまだです。ただ……」
「ただ?」
「あ、いえ。ウェルザー様にこのようなことをお話しすべきかどうか……」
笑みが一瞬にして困惑に変わる。当人にとっては失言だったのだろう。それが表情から読み取れた。
「この国をより良くしていくことに繋がるのであれば、何でも話してみなさい。そのために私はいるのですから」
ギュスターヴは話を続けるよう促した。
「わかりました。実は、子を持つ者から、もっと子供に勉学をさせたいという相談を受けておりまして」
「聖堂が主催する勉強会では不十分だと?」
高度な学問を学べる場所は、確かに今のミリガディアには無い。聖堂が自主的に主催する、基礎教養の勉強会がせいぜいだった。
「はい。流浪の民から聞いたようなのですが、グランデレニア帝國には高度な学問を学べる場所があるらしいとのことです」
祭司は言葉を続ける。
「そこでは専門教育が受けられるようで、そういった高等教育を受けた者達が、施設や商店の運営指揮を執っているとのことなのです」
「なるほど。高等な専門教育を施すことで、民間からも国を良くしていくことができるということですね」
「又聞きですので、多少の間違いはあると思いますが……」
「これだけわかれば十分です。この件について、是非とも大君に提言を行いましょう」
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ、貴重なお話を聞かせていただきました。礼を言うべきはこちらです」
恐縮しきりな祭司に、ギュスターヴはにこやかに笑って返した。
その後も少し雑談をしたが、これといって問題となるような事件や事象は無さそうだった。


祭司が去り、ユーリカが入れ違いに戻ってきても、ギュスターヴは飲み物のカップをじっと見つめていた。
「学び舎……。そうか、その手があったな」
それはギュスターヴが生まれる前から当たり前にあったものだが、何故今まで思い付かなかったのか。まさに盲点とはこのことだった。
子の将来を憂いた親の相談が、一筋の光明をギュスターヴにもたらした。
「どうかなさいましたか?」
一人納得して額くギュスターヴを、ユーリカが不思議そうに眺める。
「ユーリカ、帰るぞ」
「承知しました」
ユーリカを気に留めることもなく、ギュスターヴは立ち上がった。


聖ダリウス大聖堂に帰還したギュスターヴは、二日ほど自室に籠もって計画を練った。
ミリガディア国内に専用教育の学び舎を作り上げることも必要だが、それは当代の大君に任せてある。国のことは大君に提案するだけで済むことだ。
だが、組織直下の学び舎は超人の育成機関として利用しなければならない。
これより作り上げようとしている超人の集団は、『特別』であらねばならない。特別であることを求めるのなら、より一層上質で高等な教育を施す必要がある。
何が必要で何が不要か。それを考え、計画を始動させるのは ギュスターヴの役目であった。


「学び舎、ですか?」
計画を提示されたコンラッドは首を傾げた。
彼はスラムの出身であり、学問や勉学とは無縁の人物であったため、余計に疑問に感じたのだろう。
「この計画はな、力を得た者が暴走することを、少なからず防ぐための計画なのだ」
「皆が皆、僕達のように力をコントロールできる訳ではないからね。しかし学び舎か……。どうして見落としていたんだろう」
クロヴィスは自身の迂闊さに呆れ返った。自身も薄暮の時代に基礎教養以上の勉学を行った身なのだ。
「成熟した者が他者を圧倒する力を得れば、強い意志なしには御できない。それは今までのことから明らかだ」
「だから、何も知らない子供のうちから『力を持つことが当然である』と教育するのですね」
計画書を読みながら、ユーリカが珍しく笑みを浮かべたように見えた。無駄に暴走する超人もどきの処分が減るのなら、それだけで歓迎に値するのだろう。
「そういうことだ。選ばれし超越した人間であると初めから教え込めば、暴走するリスクは減るであろう」
「なるほど。程度の差はあれ、子供は外部からの情報がなければ、学んだことを素直に受け入れるからね」
「時間は掛かるであろうが、そこは致し方がない。ただ傍観していても詮無きことよ」
計画書に記載した期間は年単位で、今までの中で最も長期にわたる計画だ。
子供の育成とはそういうものであると、ギュスターヴは理解している。
気の長い話ではあるが、自身の理想を体現するためには、どれ程の長い時間が掛かろうとも完遂せねばならない。
「うん。状況を改善できる可能性があるのならやってみよう。必要な人材は僕とユーリカで選定すればいいかな」
「では、場所は?」
「場所はもう決まっている。ローゼンブルグの山岳地帯に、吾が所有する土地があるでな。そこを利用しようと思う」
「いいのかい?」
「無論だ。コンラッド、土地の図面を用意した。建物の様式と土木作業の手配を任せる」
「承知いたしました。御意志に沿う最高のものに仕上げます」
コンラッドが深く礼をする。
「最良の結果を吾に提示せよ。皆の力に期待している」
「全ては大善なる世界のために」
その場にいた全員の声が重なる。
ギュスターヴは大きく領き、計画成功への決意を固めるのであった。


「―了―」