人気者の妖精(グリュンワルド)

Last-modified: 2018-09-08 (土) 19:24:35

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3386年「孤独」

訓練生達が演習弾を装填した突撃銃を構えている。
遠目に《渦》の魔物を模したハリボテが見えた。
「掃射!」
A中隊副隊長であるアーチボルトの号令と共に、一斉に突撃銃から銃弾が放たれる。
グリュンワルドも、号令に従うままに射撃訓練を行っていた。


射撃訓練はトラブルもなく終了し、その日の訓練項目は全て終了した。
ただ、グリュンワルドは突撃銃の分解清掃に手間取っていた。兵士としての日々の勤めというのが、王族出身のグリュンワルドには不得手であった。
今まで雑事に煩わされた経験など、あろう筈もない。
同じく分解清掃に手間取っていたのはブレイズだ。しかし、彼はとうに作業を終えていて、今は何とはなしにグリュンワルドの隣に座っていた。
「おう、どうだ?暇ならこれからゲームやろうぜ」
居残っていたブレイズに、先輩格のレオンが声を掛けた。
「だって。たまには君も行かないか?」
ブレイズはグリュンワルドに尋ねた。放っておくとずっと一人でいるグリュンワルドを気遣ったようだ。
「何故そんなことを聞く?行きたいのなら行けばいい。自分は行かない」
グリュンワルドは誘いをはっきりと断った。
「行けよ、お前の装備は自分が仕舞っておく」
「いいのかい?本当に」
「放っとけよブレイズ。無理に誘う必要はねえよ」
レオンは遠慮なしに言った。
「悪いね。ありがとう」
ブレイズは礼を言うと、レオンと一緒に立ち去った。
そう、それでいい。自分に関わる必要はない。グリュンワルドはそう思いながら自分とブレイズの装備を所定の位置に戻し、アーチボルトの所に向かった。
兵装保管庫は最後に立ち入った者が機材の損失や不備がないことをチェックし、上官に報告する規則になっていた。
「馴れ合いが苦手なのか?」
どうやらさっきのやり取りを聞かれていたらしい。
アーチボルトは、特定の誰かと関わりを持とうとしないグリュンワルドに質問をぶつけた。
「参加する理由もありませんので」
「そうかい」
そう告げると、アーチボルトはそれ以上、何も言わなかった。


グリュンワルドは一人で、早めの夕食を取っていた。他の訓練生達がゲームを終えて食事に来る前に済ませてしまおうと思っていたからだ。


王宮にいた頃、会話らしい会話をしたのはローフェンだけだ。王も、王妃も、兄達も、誰一人としてグリュンワルドと関わらないようにしていた。
加えて、幼少より王国内での権力争いに巻き込まれてきた身である。一人の大臣と返事程度の言葉を交わしただけで、「大臣が不気味な王子を利用しようとしている」などと意味のわからない噂が立つ始末だ。
何をしても、しなくても「不気味だ」と遠巻きにされ続けたグリュンワルドは、人との距離を測りかねていたし、誰かと懇意にすることにも抵抗があった。
連隊にはグリュンワルドを避ける者はいなかったが、ローフェンのように理解を示すような人物もいなかった。


「ここ、いいか?」
グリュンワルドの向かいに誰かがやって来た。顔を上げると、アーチボルトがいた。
「……構いません」
断る理由も無いので領くと、アーチボルトはカップを二つテーブルに置いて、グリュンワルドの真向かいに座った。
席が込み合っている様子もないのに、何故わざわざ自分の向かいにやって来たのか。保管庫の報告に何か抜けた部分があったのだろうか。そう考える。
「何かミスがありましたか?」
「いや、そうじゃない。ちょっとばかりお前と話をしたいだけだ」
そう言って、アーチボルトは片方のカップをグリュンワルドに寄越した。中身は暖かい紅茶だった。飲料といえば水か酒が主である連隊では珍しい。
「遠慮しないで飲んでくれ」
勧められるまま、グリュンワルドはカップを口にする。
適当に流れられたらしい紅茶は渋く、そして妙に濃く、お世辞にも美味しいとは言えない。
一口、二口と飲むうちに、グリュンワルドは段々頭がぼんやりとしていく感覚に囚われた。暖かい室内で暖かい飲み物を飲んだことで、熱が体に籠もったのかもしれない。
「自分の行動に何か問題がありますか?」
「なに、俺は説教できるほど立派な人間じゃない。ただ、少しばかり気になってな」
「副隊長が気にされる程のことではないと思いますが」
「一応、人を纏める立場なんでな。つまらん不和が原因で有望な部下を失うのは避けたいんだ。何か揉めているなら話してみろ」
「別に……人と関わるのが苦手なだけです」
「本当にそれだけか?」
「故郷では私に話し掛ける者などいなかったので」
ぼんやりとした頭では思考もままならない。アーチボルトに言われるまま、グリュンワルドはぽつりぽつりと言葉を返す。
「何かやらかした、ってわけか?」
「さあ。人によっては、自分の行動がそう見えたのかもしれません」
連隊に来てからは秘めた欲望について意識することは少なくなっていたし、それを誰かに話したい欲求もなかった。
「ま、お前さんが故郷で何をやらかしたとしても、俺達は気にしない。だが、ここで懲罰室行きのことでもやらかしたら、それは別だけどな」
グリュンワルドは連隊に来てから、訓練の時だけは周囲と同じように行動してきた。素行が悪いと言われるようなこともしていない。
ただ、他の訓練生や上官との関わりを避け続けていただけだ。
「それは、そうですね……」
「ここにいる連中はみんな同じさ。お前さんも含めて、少しばかり腕が立つだけの野郎共だ」
「だから、誰がどのような立場で、何をしてきたのかも関係ないと?」
確かに、連隊に所属する者達は皆、グリュンワルドを特別な目で見たりはしなかった。
それに、誰もグリュンワルドがどういった生まれで、どういった経緯で連隊に入隊したかなど知る由もない。
「そういうことだ。特別な奴なんざ、ここにはいない。ここでは王様だろうと僧侶だろうと、等しく扱われ、等しく死ぬ」
「等しく、死ぬ……」
「たったそれだけだ。ここはそういう場所なのさ」
アーチボルトはおどけた調子で言い募り、自分のカップの中身を飲み干した。


次の日の訓練終了後、アベルがブレイズを誘いにやって来た。
「おい、ブレイズ。暇なら昨日の続きをしようぜ」
「いいけど……、ねえグリュンワルド、君もやろうよ」
ブレイズは再びグリュンワルドを誘った。
「やめとけブレイズ。どうせ断られるんだ、誘うだけ無駄だぜ」
レオンが横から口を挟んだ。ゲームとやらは先輩格の者達が主体で開催しているようだった。
「……いや、自分も行こう。で、何をするんだ?」
グリュンワルドは少し考えた後、領いた。
「へえ。昨日は断っておきながらいい度胸だな。まあいいぜ」
レオンがニヤリと笑い、グリュンワルドの肩を叩いた。
「そうこなくっちゃな。お坊ちゃんの吠え面を見せてもらおうか」
アベルも意地悪く笑った。お坊ちゃん扱いこそするものの、その言葉には揶揄以外の何も含まれていない。グリュンワルドの出自を知らないのだから、立ち振る舞いだけで判断しているに 過ぎない。
「ルールさえわかれば、やってみせる」
「言ったな?覚悟しろよ」
王子として生まれ、昏い欲望を抱えて生きてきた。が、ここではそんな生まれながらの変えられない事実は問題にならなかった。
戦うこと、話すこと、交わること。そういった行動だけで互いを認め合う。
それがここでは『普通』なのだと、グリュンワルドは少しだけ理解した。


「―了―」