人気者の妖精(リーズ)

Last-modified: 2018-09-08 (土) 19:23:47

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3376年 「騙り」

連隊に入隊したリーズは、瞬く間に頭角を現すようになった。
 
「やるじゃねえか、お前」
手も足も出ずに打ち負かされた隊員がそう強がってきた。彼は リーズより一回りは体格が大きい。十代の前半から魔物との戦いに身を投じてきたリーズだ。戦い慣れをしており、こと戦闘においては同時期に入隊した誰よりも抜きん出ていた。
「運が良かっただけです」
リーズは首を横に振った。同期の者達は皆、カナーンの守備隊にいた頃の面子と比べても、遥かに強い者達ばかりだ。
「つまらん謙遜はやめろ、年齢は関係ない。もっと自信を持て」
世界中から集められた猛者の中にあっても、リーズは頭一つ抜けていた。
 
新隊員の入隊によって高まる期待と士気の中、リーズは何度かの作戦に参加していた。
初めの一、二回こそ未知の領域である《渦》の中に入るのだという緊張があったが、回数を重ねればすぐに感じなくなった。そして、カナーンの守備隊にいた頃では手も足も出なかった魔物でさえ、今はさほど苦労なく倒せる。
「大したことなかったな」
「ああ。これならコアの攻略も何とかなりそうだ」
配属されたE中隊の仲間達と軽口を叩き合う。クラスの高い魔物をいとも簡単に倒せる爽快感と優越感。自分達が作戦を遂行できさえすれば、どうすることもできない災害であった《渦》を消滅させられる。
カナーンの守備隊にいた頃に感じていた、終わりのない閉塞感。連隊に所属したリーズは今、それを晴らしていた。
 
リーズ達E2小隊の眼前に、狼の姿をした魔物の群れが見えた。
群れは異物であるE中隊に敵意を顕わにし、向かってきてい る。
狼の姿こそしているが、実際の狼よりも二回り程体格が大きい。
「突破するぞ!」
まずはアサルトライフルの斉射で魔物の動きを止める。その隙にリーズらセプターの扱いに長けた者が次々と群れの魔物を打ち倒していく。
クラスE程度の敵性生物であれば、リーズは意にも介さない。
もっと手応えのある魔物はいないのか。
リーズは無意識下にそんなものを探し、敵性生物を殲滅していった。
少しずつ、リーズを先頭としたE2小隊は隊列から外れつつあった。
撤退を見せる敵性生物の先に、第二陣と思しき群れが見えていた。眼前の群れと第二陣の群れに合流され、更に大きな群れに なることをE2小隊は危惧したのだ。
「E2小隊!前に出過ぎだ、下がれ!」
「大丈夫です!それよりも早くこの群れを仕留めてしまわないと、更に大きな群れが来ます!」
作戦指揮を執るヴィットの制止も気に留めず、E2小隊は軽やかに戦場を駆けていく。
「仕方がない......。E2小隊は引き続き群れの殲滅、E1小隊 はアーセナルキャリアの進路を確保!E1小隊、くれぐれも 分散するなよ!」
「了解!」
ヴィットの指示が各小隊に飛ぶ。その指示を聞いたリーズは、更に突出して群れの殲滅に走った。
「リーズに負けてはおられん。行くぞ!」
同じ小隊のローレンスが続く。彼もリーズに負けず、剣の腕には自信がある猛者であった。
「アイツにばっかりいいカッコさせてたまるか!」
リーズを追い掛け、競うようにE2小隊員達が続いた。
E2小隊は、ヴィットのいるE1小隊やアーセナルキャリアが進行している場所からだいぶ離れたところまで来ていた。
「少し離れすぎたか……」
「目標の群れは殲滅した、戻ろう」
E2小隊長であるベルキンの指示でエンジニアが周囲の様子を調べ、周辺に敵性生物の反応がないことを確認したその時だった。
ベルキンが持っている通信機から緊急アラートが鳴り響く。
『アーセナルキャリアより伝達。三時方向より敵性生物の群れが出現!至急応援を!』
「何だと!?」
『E2小隊、お前達が殲滅した群れよりも数が多い、こっちが本体だ!急いで戻れ!』
「まさか俺達は……」
気付いた時には既に遅かった。リーズ達 E2小隊が相手にしていたのは囮だったのだ。
『交戦開始する!』
通信機から怒声とも悲鳴とも付かない声が聞こえてくる。
「急いで戻るぞ!」
コルベットの守備についていたE4小隊が、撤退の援護にやって来た。
「撤退だ!」
撤退の号令が聞こえる中、リーズは一人、どうしてこうなってしまったのかを考えていた。
群れの合流阻止に固執し、E2小隊をE1小隊から分断させてしまった。それさえなければ、この失敗は防げたのではないか。
そんな考えに囚われていた。
「リーズ!急げ!」
撤退を支援するE4小隊のイデリハの声にはっとなり、リーズも撤退に加わった。
 
作戦は失敗に終わった。あまりに多い群れに対応しきれず、いつも以上に死傷者が多い有様だった。近くに座り込んでいる者達も、所属小隊はばらばらだ。とにかく生き伸びて帰還することが最優先だった。
帰還するコルベットの中で、リーズは俯いていた。
「こんなこともあるさ。命が助かっただけでもめっけもんよ」
E4小隊でコルベットの守りを固めていたディノがリーズの肩を叩いた。だが、リーズはその手を反射的に払い除ける。
「ふざけるな!俺がもっと……もっと周囲を見ていれば、こんなことには!」
――戦闘は臨機応変だといって、自分が突出しなければ。
――自分がもっと強ければ。
――自分がもっと周りを見ていれば。
――俺が、俺が、俺が。ああしていれば、こうしていれば。そんな後悔ばかりがリーズの胸中を支配した。
「ディノの言う通りだ。未知の脅威と戦う以上、予測できない事は多い。今は生き残れたことに感謝しよう」
「ヴィット中隊長……」
ヴィットが隣に座る。リーズは自然と居住まいを正した。ディノはその様子を見て何かを察したのか、別の場所に移っていった。
予想外の事態に可能な限りの対処と指示をし続けた所為か、ヴィットの顔に疲労が色濃く出ていた。
その顔もまた、リーズの中にある後悔の念を一層強くした。
「ヴィット中隊長、今回の失敗は全て俺の責任です。俺が突出しなければ、ここまで損害が出ることはなかった筈です」
気が付けば、ヴィットに頭を下げて謝罪している自分がいた。そんなことで済まされる筈はないけれど、謝らずにはいられなかった。
「……リーズ」
ヴィットはリーズの悲壮な形相を見て、大きく溜息を吐いた。
「今回の損害は中隊全体の責任だ。お前一人の所為でこんな損害になる訳がない」
「で、ですが、俺が命令を聞いて突出なんかしなければ――」
ヴィットの制止を聞いて、E1小隊から離れずに群れと対峙していれば、少なくともE1小隊の死傷者は減らせた筈。
リーズは強くそう思っていた。全ては自分がチームワークを無視して一人で突っ走った所為であると。そう思っていた。
「確かに、そこは猛省すべき点だ。だが、お前一人の行動だけが作戦の失敗を招いた訳ではない」
「どういうことですか?」
「お前が突出した時、他のE2小隊員は誰もお前を止めなかった。それどころか功を焦って競うように突出した。殲滅できるなら問題ないと、俺はそれを大目に見た」
ヴィットはリーズと目線を合わせ、諭すように言い続ける。
「いいか、今回の失敗はそういった判断のミスが重なった結果だ。お前が全てを背負う必要はない」
「……中隊全体の責任であると?」
全く納得しきれていない顔でリーズはヴィットを見ていた。その表情にヴィットは苦笑する。
「周りを見ろ、仲間がいるのがわかるか?お前は一人で 《渦》と戦っているんじゃない」
自責の念に凝り固まっていたリーズだが、その一言にはっとなった。
作戦が失敗してから今まで、自分一人の行動について、何が最善だったのか。それしか考えていなかったのだ。
「どうすれば、俺は……」
どうしても突っ走りそうになる自分を制御する術を、今のリーズは持っていない。
リーズは請うようにヴィットを見る。
「仲間を頼れ。仲間に頼られろ。お前はいずれ中隊を率いる立場になるだろう。それまで驕ることなく経験を積み、チームが何たるかを理解するんだ」
そこまで言うと、ヴィットはリーズの肩を叩いて立ち上がり、操縦席の方へ入っていった。
「チームか……」
リーズは周囲を見回した。戦果は惨敗である。だが、それでも生き残ったことに安堵し、安らかな表情で休息を取る仲間達の顔がそこにあった。
彼らは協力して《渦》の消滅を成し得る仲間だ。決して功績を競う相手ではない。
ヴィットの言う『チームが何たるか』、リーズは考え続けてい た。

「―了―」