人気者の妖精(C.C.)

Last-modified: 2018-09-13 (木) 21:45:21

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3375年 「想像」

「今日から一緒に学ぶC.C.だ。皆、よろしく頼む」
「……よろしくお願いします」
ローフェンに促されたC.C.は俯きがちに、そして呟くように言った。
教卓の前に机と椅子が並べられており、その一つ一つに C.C.と同じ年頃の男女が席に着いている。古い歴史の読み物でしか見ることのできない、正に前時代的な光景だ。
その光景を目にして、さらにこれからのことを考えたC.C. は、一層気分を落ち込ませていた。
(また辛い勉強が待ってるのかな……。いやだな……)
 
ことの始まりは、C.C.が特別教育プログラムの学習に付いていけなくなったことだった。
最初は単なる不慣れが原因であろうと当人も思っていた。しかし、理解が不十分な状態のまま習得すべき項目が次々に増え、求められる理解力も高くなっていく。
焦りはやがてプレッシャーとなり、C.C.の精神を追い詰めていった。
とても面白くてやりがいがあると感じていた兵装研究の勉強でさえ、単に辛いと感じてしまう。次第に摂食障害や睡眠障害などの症状が現れはじめ、日ごと安定を失っていくC.C.。
そんな彼女の様子を見かねた両親は、C.C.にカウンセリングを受診させるに至った。
カウンセリングの結果、原因は思いのほか簡単に見つかった。単に教官の学習方針とC.C. の相性が合っていなかったのである。
しかし、C.C.は既に教育プログラム自体に拒絶反応を示してしまっている。この状況では担当教官を変更したとしても改善は見込めない。となれば、教育プログラムを続けることそのものが無意味である。 優秀な遺伝子を継ぐ子供を守るため、C.C.は特別教育プログラムを一旦休止することとされた。
 
復帰治療の第一歩として、学習することに対して苦痛や恐怖の感情以外のものを覚えさせなければならない。そこでセインツは、ローフェンが主催する集団学習プログラムにC.C.を参加させてもらえるように頼み込んだ。
「ローフェン師、くれぐれも宜しくお願いします」
「はっはっは。他ならぬ君の頼みだ」
そんな会話が自宅で交わされていたのを、C.C.はよく覚えていた。
 
ローフェンが主催するこの集団学習プログラムは、個別教育が主流のパンデモニウムでは特段の変り種であった。
 
エンジニアの主務は研究なれど、教育プログラムが修了して社会に出れば、他人との議論や交流は避けられない。ならば、幼い内から多数の人間との交流を持ち、意見や議論を交わす訓練をする必要がある。
そういったローフェンの信条の元で主催されるこの学習プログラムには、分野を問わず多彩なエンジニア候補生が参加していた。
「しばらくはみんなの議論を聞いていなさい」
「あ……、はい……」
C.C.は一番後ろの空いている席に座る。
「それでは始めるとしよう。さて、今日のテーマは生活補助ドローンの機能改善についてだったな」
ローフェンの学習プログラムの概要は、至ってシンプルだ。
授業の終わりに次に議論するテーマを決定し、それについて個々が調査を行う。次の受講日に、そのテーマについて誰かと議論をする。そして、その議論によって出た答えを、簡単なレポート形式で提出する。
たったこれだけだった。
ローフェンの合図と共に、受講者達は手近な人物と議論を交わし始めた。
二人で議論を白熱させる受講者もいれば、四人ほどで意見を交換し、総意として纏め上げる受講者。様々だった。
 
C.C.はすぐ前の席に座っていた二人のエンジニア候補の議論を聞かせてもらうことにした。
一人はタイレル、もう一人はハカラと名乗った。
C.C.は議論を交わす二人をぼんやりと眺めていた。周囲もこのような感じなのかと見回してみると、やはり皆同じように熱心に議論を交わしている。
熱心なその様子は、どこか楽しそうでもあった。
教育プログラムを受けている間は自宅学習が主であり、他人と交流する機会なんて殆どなかった。会話をするといっても、教育プログラムの担当教官か両親がせいぜいだ。その両親でさえ、多忙であれば会話を交わす機会もない。
こうやって似たような年齢の人達と意見を交わすなど、絶対にあり得なかった。
「それは違うのでは?」
タイレルの強い語気に、C.C.は議論を交わす二人に意識を向け直す。
タイレルとハカラの議論が白熱してきていた。
「あまりに多機能では、個々の仕事への精度が落ちると思う」
「それを解決させるために、AIの性能を向上させようという話だよ」
専門外の分野だろうに、二人は白熱して意見を言い合う。
 
タイレルがああだと言えば、ハカラはすぐさま反論し、更に別の意見を提案する。
逆もまた然りで、議論には終わりが見えそうにない。
同じ年頃の二人が熱心に議論を交わす様は、C.C.の目にはとても鮮烈に映った。
熱心な二人の様子をじっと眺め、その意見に耳を傾けた。
そうする内に、二人の議論に対するスタンスや個性が見えてきた。
タイレルは自分の意見の正しさを熱心に説明する。逆にハカラは意見を通すために様々な反例を出し、それを潰していく方式を取る。
 
相反するようにも見える二人だが、こうやって白熱した議論を交わしながら互いのことを認め合い、そして友情を築いていくのだろう。
友情とは、交友の少ないエンジニアにとって掛け替えのないもので、特別なものだ。
これから進む道は違えども、会えばかつてのように議論を交わしあう。
そこで得た答えを胸に研究を続け、賞賛を受けるのだーー。
 
「どうかな?」
「あっ、ローフェン先生……」
ローフェンに声を掛けられ、C.C.ははっとなる。
タイレルとハカラはお互いに納得できる意見が纏まってきたようで、結論を整えるために意見を交換し合っていた。
「ははは、随分と熱心に聞いていたようだな」
「あ、それは……その……」
議論を聞く傍らに二人を見て空想を膨らませていましたとは、言える筈もなかった。
だが、不思議と憂鬱な気分は晴れており、タイレルとハカラが交わしていた議論もC.C. なりに理解ができていた。
「ははは。こういう場も悪くはないだろう?」
「そう、ですね」
「暫くは、こうやって人を観察するといい」
「観察、ですか?」
「そうとも。タイレルとハカラの議論を間近で聞いて、どう思ったかね?」
「えっと……、二人ともドローンの色んなことを想像しながら理論を並べてて、面白そうだなって思いました」
「面白い、楽しいと思ったこと、そういったことを続けるのはとても大事だ」
「そうなんですか?」
「そう。どんなことでも、苦痛と思えばそれ以上はできないだろう?」
それはそうだとC.C.は領いた。
「C.C.、君は想像することが面白そうだと言った。では、今度はそれを実践してみるといい」
「いいんですか?」
「もちろん。より良い研究のためには、想像し、それを立証することが必要だ。想像することは必ず研究に繋がる」
その言葉に、C.C.は思い当たることがあった。
特別教育プログラムが苦痛になる前は、父親の持つ兵装研究の書籍を見てあれこれ空想していたことを思い出したのだ。
(あれは楽しかったなあ……)
勉強が苦痛なのではない。学んだことを理解し、想像できなくなっていくことが辛かったのだ。
それをC.C.は理解した。
「ありがとうございます、ローフェン先生。次の授業は私も議論に参加してみたいです!いいですか?」
「もちろん、歓迎しよう」
ローフェンの言葉に、C.C.はそれまでずっと俯いていた顔を上げたのだった。

「―了―」