星の砂

Last-modified: 2018-09-07 (金) 21:02:00

bandicam 2017-08-10 21-10-31-625_0.png

「真夏の遊戯」

鬱蒼とした赤黒い樹海は、真夏のような熱気と湿気で重たい空気に満たされていた。
歩くだけでも汗が吹き出るようなこの場所で、シャーロット達はセイレーンと称される魔物と対峙していた。
導き手の指示により、ユーリカが前線へ踊り出る。
「シャーロットさん、人形をお願いします」
「あっ、はい!」
ユーリカが露ほども表情を変えずにハンマーを振り翳しながらセイレーンに向かうのを見届けて、シャーロットは導き手の手を取って後方に下がった。
「大丈夫でしょうか……」
シャーロットの問いに導き手は答えない。必要なとき、必要なことしか言葉を発することのない導き手は、堅く口を閉ざしていた。
戦闘はユーリカが優勢のようだ。無表情でセイレーンを叩き潰そうとハンマーを振るうユーリカは、頼もしくもあり、同時に怖くも見えた。
ややあって戦闘が終わった。ユーリカは魔物の返り血を丁寧にふき取りながら、シャーロット達の元へ戻ってきた。
「戦闘は終了しました。先に進みましょう」
「そう、ですね……」
ユーリカを先頭に、導き手、シャーロットと続く。
シャーロットは先程の魔物について考えていた。この世界に来る前に、セイレーンの名前を聞いたことがあった。
それがいつのことだったかと、思い返していた。
 
幼い頃、よく晴れたある夏の日。
シャーロットは育ての親であり、先生と慕うカレンベルクと共に海へ遊びに来ていた。
浜辺には家族連れと思われる人達が見受けられ、この季節特有の賑わいを見せていた。
足を海水に浸けて夢中で遊んでいるうちに、シャーロットは外れた場所へと来てしまっていた。
目の前には岩礁が広がり、遠くには灯台が見える。浜辺の端のような所だった。
人気のない場所なのに、歌声のような風の音が響いていた。不思議な光景であった。
「こら、シャーロット。先生のそばを離れたらだめだと言っただろう」
ぼんやりと風の音に聞き入っていると、後ろからカレンベルクの声がした。
はっとなって振り向くと、どこかほっとしたようなカレンベルクと目があった。
「あ……。ごめんなさい、先生」
「目を離した僕も悪かった。でも、どうしてこんな所まで一人で来ちゃったんだい?」
「わからないです、気がついたらここにいて、歌声みたいなのも聞こえてくるし――」
混乱して拙い口調であれこれと説明するシャーロットに、カレンベルクは少し考えを巡らせた。
「もしかしたら、セイレーンがいたのかもね」
「セイレーン?」
「そう。岩礁に座って船を沈める歌を歌う魔物と言われている」
「えっ、歌を歌うだけで船が沈んじゃうんですか!」
「セイレーンの歌声には人を惑わす力があるらしいからね。歌に惑わされた船乗りが、航行を誤って船を沈めてしまうんだ。」
「そんな魔物がいるなんて……」
「あくまでも伝承だよ。でも、もしかしたらシャーロットもその歌声に誘われたのかも」
「先生!」
シャーロットは堪らずにカレンベルクにしがみついた。
「ごめんよ、シャーロット。大丈夫、この辺は障壁器がちゃんと作動していて安全だからね」
「ごめんなさい、先生……」
怯えるシャーロットの頭を撫でながら、カレンベルクは申し訳なさそうに謝るのだった。
シャーロットはふるりと身震いした。今しがたユーリカが倒したセイレーンとお話のセイレーンが重なってしまったからだった。
あんなのがまた襲ってきたら……
そんな事を考えていると、腕のあたりを何かに引っ張られた。
「ひゃああああ!」
あまりといえばあまりのタイミングに、情けない叫び声を上げてしまった。
よく見ると、導き手がシャーロットの腕のあたりを掴もうと、その小さな腕を伸ばしていた。
悲鳴に気付いたユーリカが駆け寄ってきた。考え事をしている間に随分と距離が離れてしまったようだ。
「どうかしましたか?」
「いえ……ちょっとセイレーンについて思い出したことがあって……」
「そうでしたか」
特に何事も無かったことを確認すると、ユーリカは踵を返して再び先頭を歩き始めた。
それにしてもあの話は怖かった。先生にしてみれば、ちょっとした知識を教えようとしただけかもしれないけれど。
先生、今はどこで何をしているんだろう。どこかで元気に過ごしていればいいのだけれど。
そんな事を思いながら、シャーロットは空を見上げた。
そこには、暗く重い雲が立ち込める空だけが広がっていた。
「―了―」