炎熱の館

Last-modified: 2019-06-16 (日) 01:54:03

ファッキンホット.png

「納涼大作戦」

「よいしょー!」
レタの威勢のいい掛け声と共に、巨大な氷塊が持ち上がる。
「すごいな」
オウランはレタの様子を感嘆しながら見つめる。オウランの背後には、氷塊を持ち帰るための大きな荷車があった。
「どうだろう。これくらいで足りるか?それともまだ少ないか?」
「エンジニアの連中が言うより多めに持ち帰ろう。余ったら何か別のことに使えばいい」
オウランとアベルが荷車に積まれていく氷塊の量を確認していく。
「レタ、あと三つ、一抱えくらいの水を確保してくれ」
「はーい。じゃあ、次はここかな!」
アベルの指示に従い、レタは目の前の氷塊を持ち上げて荷車に乗せていく。
何故氷塊を運ぶことになったのかというと、話は前日の昼に遡る。
 
気候の変化がない等の聖女の館。だが、世界の気まぐれか、はたまた聖女の気まぐれか。
今の館の周囲は、茹だるような暑さに包まれていた。
 
「あーつーいー」
館の大広間でエンジニアが作った即席の冷風設備に当たりながら、レタは暑さへの不満を口にする。
「オウラン、この暑さは何とかならないの?」
「偉大な大熊猫のオレでも、これはどうにもならん」
ヴォランドが通り掛かったオウランに尋ねるも、あっさりと首を振られる始末。
「エンジニアの機械にも限界がある。何とかしたいところだな……」
「このままだと探索にも悪影響を及ぼしかねないわね。汗を掻くことはイイことだけど、ちょっとこれはね……」
フロレンスとノエラが領きあう。ノエラは幾分か涼しそうな顔をしているが、暑さが不快であることには変わりないらしく、眉を顰めていた。
「基本的には暑さが過ぎ去るのを待つしかないけれど、これではその前に全員が参ってしまうわ」
「何かいい対策案があればいいんだけどねえ」
冷風設備が止まらないように見ていたマルグリッドとリンナエウスも、重い溜息を吐く。
館周辺の暑さはここ数日続いており、全員が困り果てているのだった。
 
「冷風設備を増やせないんですか?」
「部品になる機械が足らない。これ以上増やすことは無理だろう」
パルモがウォーケンに尋ねるも、首を横に振るだけであった。
「井戸の水もお湯みたいだよ」
水を求めて井戸へ行っていたジェッドが、湯のようになった水を桶に入れて戻ってきた。
「氷でもあれば、まだ少しはましになるんだけど」
桶の中の湯を見て、エイダも溜息を吐く。
ああでもないこうでもないと意見のような愚痴のような話が飛び交う最中、イデリハがふと呟いた言葉に、周囲の目が輝いた。
「そうじゃ。氷といえば、オイの国に氷を削って甘い蜜をば掛けて食べる甘味があるがよ」
「おお、確か東方の銘菓だったな。あれは涼を取るに丁度よい」
かつて食べたことがあるのか、リュカも名案だと言わんばかりだ。
「でも、氷を取ってこなければいけないのでは?どこにそんなものがあるんでしょう?」
「以前、雪山に足を踏み入れたことがある。あそこに凍った泉か川があった筈だから、氷ならそこで手に入るだろう」
グレゴールの疑問に、エヴァリストがすかさず返す。
「導き手を呼んで来るか。探索のついでと言えば、彼女もOKするだろう」
「なら、荷車が必要だな。用意しよう」
レオンが導き手を呼びに二階へ行き、オウランがいそいそと倉庫へ荷車を探しに行く。
「氷が溶けないようにする入れ物が必要だねえ。タイレル、作るのを手伝って」
「わかりました。あまり大掛かりなものは作れないと思いますが……」
暑さを凌ぐため、更に東方の甘味がどんなものなのか興味が湧いた全員が、『氷を使った甘味』とやらを食すべく行動を開始する。
イデリハとリュカの証言からどういう風に氷を削っていたのかを聞き出し、道具を製作する部隊。
同じく二人の証言から、甘い蜜がどういったものかを再現する調理部隊。
そして、アベルの先導で氷を集めている部隊。レタはそこに組み込まれた。
重力を操る能力が水を荷車に乗せるのに適しているのではと、自ら申告したのだ。
 
そうこうして辿り着いたのが、この雪山であった。
山の頂上までが雪で覆われ、近くの川と泉は凍り付いていた。
いつから吹雪に晒されていたのか、泉の氷はかなり分厚く張っているようだった。
オウランの怪力で泉の氷を割り、レタがそれを荷車に積んでいく。そうやって、皆が食すには十分な量の水が集まった。
「足りそう?」
「これだけあれば大丈夫だろう。これ以上は身体が冷えてしまう。早く戻るぞ」
「わかった」
「はーい」
行きと同じようにオウランが荷車を引く。荷車の御者席には導き手がちょこんと座っており、その絵面はさながら、御伽噺の一場面のように見えた。
 
「ただいまー!もってきたよー!」
「お疲れ様、準備はできてるぞ」
いくつもの氷塊を館に持ち帰ると、エプロン姿のルディアが出迎えた。
ルディアは調理経験のある戦士達と共に、氷に掛ける蜜作りの陣頭指揮を任されている。
エンジニアの面々はイデリハの証言を元に、氷を削るための機械を完成させていた。
オウランはエンジニア達のところへ荷車を運ぶ。氷塊に危険な細菌などが混入していないかを検査するためだ。
「冷てぇなあ」
「早く運んでしまえば済む話です」
「もう少し厚手の手袋を選ぶべきだったか」
「…………」
エンジニアによる検査が終わったものを、フリードリヒやユーリカ、アーチボルト、マックスといった、腕に覚えのある面々が機械のある場所へ運ぶ。
「結構簡単に削れるものだね」
「ねえさまー、これ面白いよー」
「どんな食感なんだろう?」
運ばれた水はナディーンやポレット、クレーニヒ達の手によって削られ、ふわふわとした雪のようなものとなる。それに用意された蜜を掛けるのだ。
「そいな面倒なことをせんでも、ノミなりピックなりで削れば済む話……だったんじゃが」
「人の手でやってたら折角の氷が溶けちまうし、こっちの方が楽でいいぜ」
「まあ、そう……だな」
まさか水塊を削る機械まで作ってしまうとは思っていなかったらしく、呆然と機械を見るイデリハ。その肩をアイザックがぽんと叩いた。
館の庭にはいくつかの大きなパラソルが立て掛けられ、心地良さげな日陰を作っている。パラソルの下にはすでに戦士達が集まっており、氷を使った甘味を待ち望んでいるようだった。
「本当に食べても問題はないのか?」
削り氷を見たマリネラが不審そうな声を漏らす。
元は魔物が閣歩する雪山から運んできたものである。心配するのも尤もであった。
「マリネラは心配性だネェ。大丈夫、私達がちゃーんと検査して、安全だってことは確認済みだヨ!」
「……貴女が発言すると、余計に不安が募るのだが」
「成分表、見ますか?」
「そうだな。見せてくれ」
すかさずC.C.がデバイスに氷塊の検査結果を表示させる。
「問題はなさそうだな」
「信用ないなァ。みんなの口に入るんだから、細菌も含め、変なものが入っていないか、ちゃんと調べたのにぃー」
C.C.の示した成分表をみてようやっと納得したマリネラに、ジェミーは口を尖らせる。
「皆がこうまでしてくれているのだ、心配は無用だろう。マリネラ、お前は少し慎重に行動しすぎる」
「レッドグレイヴ様がそう仰るのならば……」
エンジニア達のやり取りを横目に、レタも器に盛られた削り氷を受け取ると、蜜が並ぶ場所へと移動した。
そこには檸檬や林檎、葡萄などの果実をジャム状にした蜜が並んでおり、どれもおいしそうだ。
「どれにしよっかなー?」
「まだまだ氷はいっぱいあるから、おなかを壊さない程度におかわりして、色んな蜜で食べてみたらどうだ?」
「おかわり!ステキな言葉!じゃあ、まずはコレにするね!」
悩むレタにルディアが提案する。おかわりという魅力的な響きを聞いて、レタはひとまず林檎の蜜を氷に掛けた。
「ボクは 檸檬にしたよ。お姉ちゃんと一口ずつ交換するんだー」
檸檬の蜜が掛かった器を持って、スプラートが嬉しそうにアインのところへ急ぎ足で歩いていく。
「さ、氷が溶けないうちに食べた方がいいぞ」
「うん、ありがと!」
器の温度がどんどん冷えていくのを感じながら、レタはその場を離れる。
ちょうど入れ違いに、メリーがやって来た。
「ルディアお姉さんも、ですわ。少し片付けて一緒に食べましょ?」
「私はここでいいよ。メリーはヴィルヘルムと一緒に食べるんだろう?」
「ううん、ダメです。三人で食べましょ?」
「だけど、ここを見てる人がいなくなるぞ」
「じゃあ、しばらくは俺達がここを見ててあげるよ。なー、ブレイズ」
困ったようなルディアに声を掛けたのはユハニであった。隣には引っ張られてきたらしいブレイズが不満そうに立っている。
「いや、私は……」
「ブレイズもいいってさ」
「待て、勝手に――」
四人の会話を背後に、レタは器を持って座れそうなところに移動した。
「んー、おいしー!」
薄く削られた水は甘い蜜と合わさり、さながらよく冷えたジュースを飲んでいるかのようだった。
氷の冷たさが暑さを忘れさせてくれる。美味しい提案をしてくれたイデリハにはあとでお礼を言おう。
そんなことを思いながら甘味に舌鼓を打っていると、ミリアンが葡萄色の蜜が掛かった器を持ってレタの隣に座った。
「レタ、隣いいか?」
「パパ!」
「よく頑張ったな」
大きな手で頭を撫でられ、レタは照れくさいような、そして嬉しいような気持ちが沸き上がった。
「えへへ。あのね、雪山すごかったんだよ!」
「ほう、どんな風にすごかったんだ?」
ミリアンはロッソやマルグリッドと何かをしていることが多いため、親子の会話をすることは滅多にない。かつて母親に「父の仕事や行動を邪魔してはいけない」と言い聞かせられていたということもある。
 
久しぶりの父親との会話はとても楽しい。
雪山での冒険談を語り終えると、レタは他愛のない話を続けるのだった。

「―了―」