Vickers Medium Mk. III

Last-modified: 2017-05-14 (日) 02:35:16

GB06_Vickers_Medium_Mk_III.png

Tire 3 イギリス 中戦車

公式紹介ページ

スペック

車体

HP250
車体装甲厚(mm)14/9/9
最高速度(km/h)48
重量/最大積載量(t)17.46/18.0
本体価格(シルバー)40,000
修理費(シルバー)

戦車パッケージ

パッケージ名
(必要経験値/購入シルバー)
Matilda
(3,900/140,000)
Medium III
(1,000/40,000)
Vickers A6E2
(990/9,600)
Vickers A6E3
(2,740/38,600)

詳細

パッケージ名エンジン武装履帯砲塔
出力弾種貫通力ダメージ総弾数弾代発射速度
照準時間
精度
旋回速度砲塔装甲旋回速度視認範囲HP通信範囲
Medium III2x Armstrong SiddeleyOQF 3-pdr Gun Mk. IIVickers Medium A6E1Vickers Medium A6E1250250
180

32
~
54
38
~
63
110

20
*
*
3014/14/1440310
Vickers A6E22x Armstrong SiddeleyQF 2-pdr Mk. IXVickers Medium A6E3Vickers Medium A6E3
180AP
APCR
HE
64
121
23
45
45
60


28.57
1.70
0.36
3214/14/1440330
Vickers A6E32x Rolls-Royce Phantom IIQF 6-pdr 8 cwt Mk. IVickers Medium A6E3Vickers Medium A6E 3
220AP
APCR
HE
57
72
29
70
70
95


20
1.70
0.43
3214/14/1440330

解説

時期は不明だが、名称が「Vickers Medium Mk.III」から「Vickers Medium Mk. III」に変更された。

史実

Mk.III中戦車(A6)は、重量が16tなので、ヴィッカーズ16t戦車とも呼ばれています。
1926年に1km先の敵戦車を撃破できる戦車として要求が出され、多砲塔のインディペンデント重戦車の簡易版(砲塔1基と銃塔2基を搭載)として1927年に試作車2両が完成しました。
イギリス軍のフラー大佐による、近代戦闘の基礎を提示した「作戦計画1919」に必要な快速中戦車として1930年代を通じて試験されましたが、予算不足などもあって、試作車3両と量産車3両のみが作られました。

A6E1は機関室を車体後部に位置させ、操縦室左右に303ヴィッカース水冷重機関銃2挺ずつ装備した副砲塔を置き、前面に火力を集中させました。 装甲は重機関銃弾抗堪で装甲厚14mmとなっています。
主砲塔上面に2基の視察装置を持ち、47mm速射砲1門と.303ヴィッカース水冷重機関銃1挺を備えていました。
エンジンはアームストロング・シドレー空冷V型8気筒ガソリンエンジン(180馬力)で、トランスミッションはアームストロング・シドレー社製4速、路上を最大時速40km/hで走行可能でした。

A6E2はE1のトランスミッションをスイスのウィンターザール/SLM社製に換えたものです。

A6E3は1928年に登場したタイプで、副砲塔の機銃を1挺に減らして操作性を改善、主砲塔上面の視察装置は車長用の1つのみとなっています。
砲塔後部に張り出し(バスル)を設けて無線機を搭載しており、砲塔上面に鉢巻き状のフレームアンテナを装備した指揮戦車型も作られています。
1930年にA6E3を小改良してMk.III中戦車という名称も付けられ、正式採用され量産が決定しました。
しかし、生産コストが高くつくため、3両を作った時点で生産が取り止めとなってしまいます。 
この当時は世界恐慌に陥っており、イギリスも大量生産するほど財政事情が良くありませんでした。

これらのMk.III中戦車は全て1934年に第1戦車旅団に配備され、この内2両は無線機を増備して指揮戦車に改造されました。
結局Mk.III中戦車は少数生産に終わったものの、その後ヴィッカーズ社はMk.III中戦車をベースにより軽量で安価な多砲塔戦車A9(後の巡航戦車Mk.I)の開発に生かされました。

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