ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第07話_後編

Last-modified: 2008-05-25 (日) 10:22:48

「しかし、ラクスは今は出かけております。何時帰ってくるのかも分かりませんので、お忙しい議長をお待たせする事は出来ませんな」
「そうか、それは残念だな。私もあまり長い間オーブに滞在する事は出来ん。もし時間が空いているのであれば、今夜にでもお会いしたいのだが」
「伝えてはおきますが、期待はしないで下さい。彼女も色々と忙しい様子なのでね」

 

 デュランダルとしては、ここでラクスには是非会っておきたいところだ。オーブへ来た最大の目的の一つが、ラクスとの接触なのだから。
 しかし、バルトフェルドとしてはデュランダルとラクスを会わせるつもりはない。ここで接触を持たせてしまえば、必ず彼はラクスを戦争に利用するだろうと考えたからだ。
そして、カガリがこうしてデュランダルをここへ招いたと言う事は、既に彼の術中に嵌りつつあると見ていいだろう。そうなれば、カガリを助ける為に、ラクスは自らを犠牲にしてデュランダルに賛同するかもしれない。

 

「どうなされたのですか?」

 

 その時、最悪のタイミングでラクスが帰ってきてしまった。しかも、キラも一緒である。彼を見られるのは、非常にまずい。

 

「おぉ、ラクス嬢ですね。私はプラント最高評議会議長のギルバート=デュランダルと申します」
「最高評議会の議長様で?」
「はい。今回オーブを訪問する事になりまして、その際に是非、あなたにもお会いしたいと思っておりました。私はあなたのお父上から引き継ぐクライン派でもありますので」
「まぁ、そうでございましたの」
「それで、少しお話をしたいのですが、お時間の方は宜しいでしょうか?」

 

 随分と勝手に話を進める人だ、とキラは見ていて思った。この人は油断ならない人物だろう。
 一方のラクスは、カガリをちらりと見やり、デュランダルに対してにっこりと微笑んだ。

 

「えぇ、大丈夫です。プラントのお話をお聞かせください」
「ラ、ラクス――?」

 

 あっさりと引き受けたラクスが、キラには意外だった。彼女なら、彼が油断ならない人物だと分かるはずである。それなのに、敢えて懐に飛び込ませるような真似をして、どういうつもりなのだろう。
 二人は、そのまま奥の来賓室へと入っていった。

 

「カガリ、どういうことなの?」

 

 キラは、佇むカガリに向かって厳しい視線を投げ掛ける。

 

「デュランダル議長がラクスに会いたいと言ったんだ。だから、私は彼をここに案内しただけだ」
「それがどういう意味か分かってるの、カガリは?あの人は君を利用してラクスに会いに来たんだ。それって、ラクスをプロパガンダに利用しようって考えてるってことなんだよ」
「話が飛躍しすぎだ、キラ」

 

 少し興奮気味のキラをなだめるバルトフェルド。しかし、キラには納得できない。そんなキラの心情を理解しているバルトフェルドは、彼に代わって質問を投げ掛ける。

 

「しかし、俺も意外だったぞ。何故彼をここに連れてきた?ラクスに接触したがるって事は、キラの言うような事を考えているかもしれないって可能性がある。いくら君でも、それくらいは分かるだろう?」
「あぁ、分かっている」
「なら、何故?」

 

 忘れ物をした生徒に先生が理由を訊ねるようにバルトフェルドは言う。その裏に、何か理由があると思っているからだ。
 カガリは、少しだけ黙った後、口を開く。

 

「…プラントと同盟を結ぶ事になるかもしれない」
「何?」
「今、大西洋連邦がオーブに圧力を掛けていることは知っているだろ?そして、今回のユニウス落下の騒ぎだ。これが発展していけば、いずれ戦争になる。そうなれば、オーブも無関係ではいられないんだ。
だからそうなった時、理念を守る為にもプラントと同盟を結ぶ選択肢は、有りだと思う」

 

 カガリの頭の中では、デュランダルとの会談が残っていた。いくら彼の甘言が怪しく思えても、理念を守る為の他の対策を立てようがない。今は、彼の言葉に従うのが一番の道に思えたのだ。

 

「条件は?」
「オーブに駐留軍を置くとはいっていたが、それ以外はノータッチだ。万が一戦争になったとしても、オーブは参戦しなくてもいいし、敵に攻め込まれてもザフトが守ってくれると約束してくれた」
「随分と虫のいい話だな」
「そう思う。でも、今はそうするのが一番いいと思う」

 

 カガリは、自信の無さからデュランダルに丸め込まれかけている。元気のない様子のカガリの表情を見るバルトフェルドの目には、そう見えた。だから、危険を予感しながらもデュランダルをここへ連れて来てしまったのだろう。
 しかし、バルトフェルドはデュランダルの策どおりにさせるつもりはない。後でラクスを説得するつもりでいた。

 

「少々お嬢ちゃんに不利になる事を言うかも知れんが、見逃せよ」
「あぁ。私としても、本当はどうするのが一番いいのか決めかねているんだ。そこは、お前に任せる」

 

 そのカガリの言葉を聞いて、バルトフェルドの表情が険しくなる。今のカガリは、国家元首に相応しくない。優柔不断な態度を見せる彼女は、為政者として確固たる信念を失っている。

 

「あのな――」
「カガリ!」

 

 バルトフェルドが厳しく説教してやろうと思っていたところに、先に一喝したのはキラだった。一応の姉弟であるカガリのあまりの不甲斐無さに、穏健なキラの我慢も頂点に達したのだろう。

 

「君がそんなんでは、ラクスが可哀相だよ!彼女は、もう二度と戦争に巻き込んではいけないんだって、分かってるだろ!二人でラクスを守るって、決めたじゃないか!」
「な……!」

 

 キラの凄まじい剣幕に、カガリは怯んだ。久しぶりにこんな表情を見た気がする。

 

「それなのにカガリは、理念が大事だからってラクスを利用するの!?君までラクスを利用したんじゃ、ラクスは一体誰を信じればいいの!?これじゃあ、カガリはまるで理念の為にラクスを犠牲にしているようなものじゃないか!」

 

 先日、慰霊碑の前でシンに言われた言葉が心の中に残っていたのだろう。キラは、理念を守ろうとするあまり、大事な事を見失っているカガリの利己主義的な態度が気に食わなかった。

 

「そ…そんな事お前なんかに言われなくとも分かってる!」
「いいや、カガリは分かってないよ!」
「分かってないのはお前の方だ!この状況で戦争になってみろ!どちらにしろ、お前達は戦争に巻き込まれるんだぞ!なら、少しだけラクスの力を借りたっていいじゃないか!」
「そういう考え、よくないよ!」

 

 憤るキラ。目の前の姉の情けない姿に、自分まで情けなくなったような気がした。

 

「そんなカガリ、オーブを治める資格なんてない!」
「何だと!?私の援助がなければ路頭に迷うしかないお前が、私のやることに口を挟むのか!」
「そこまでだ!」

 

 尚もヒートアップする両者を見かねたバルトフェルドが仲裁に入る。姉と弟、喧嘩するほど仲がいいとは言うが、これは違う。こんなところで二人を仲違いさせるわけにも行かず、取り敢えず落ち着けるしかない。

 

「二人とも言い過ぎだ。それに声が大きい。奥に居るラクスとデュランダル議長に聞こえるぞ」
「悪いのはこいつの方だ。先に私に喧嘩を吹っ掛けてきたんだぞ」
「カガリが情けないこと言うからだろ」

 

 二人の目が同時に光る。再び顔を見合わせ、火花を散らす。

 

「やれやれ……」

 

 バルトフェルドは呆れるしかない。この二人は、間違いなく姉弟だろう。偽の姉弟であるエマとカツもそれっぽかったが、キラとカガリは子供の喧嘩をする典型的な姉弟像に重なった。

 

 二人は、暫く睨みあう。と、その時カガリのポケットにしまってある携帯電話が鳴った。それに気付いたカガリは、一寸舌打ちをして、それを取り出す。キラは、それが気に喰わないのか、腕を組んでそっぽを向いた。

 

「私だ。…キサカか、どうした?」

 

 電話を耳に当て、話し始めるカガリ。荒れた声で、不機嫌な態度を隠そうともしない。しかし、少し話し込んでいると、急にカガリの様子が一変した。

 

「連合がプラントに宣戦布告!?」

 

 その場に居た全員が凍りついた。あまりにも急すぎる展開、そして無理のある展開。それを可能にしたのは、やはり先のユニウス・セブン落下事件に絡んでブルーコスモスが動いていたと言う事か。

 

「本当なのか、お嬢ちゃん!」
「テレビで確認してくれ!」

 

 バルトフェルドの問いに、カガリは電話を少し耳から離して応える。バルトフェルドは、急いでリビングにあるテレビに向かっていった。
 再びカガリは電話を耳に当て、話の続きをする。

 

「それで――大西洋連邦が同盟を求めてきているだと!?」

 

 戦慄するカガリの表情を見て、キラはとんでもない事が起こりつつあるのを予感した。予見していた事とはいえ、これ程急に戦争になるとは思わなかったからだ。

 

「――分かった、デュランダル議長にこの事を伝え、私も直ぐに戻る」

 

 暫く話し込み、カガリは電話を切った。その表情は深く沈んでいる。

 

「どうなったの、カガリ?」
「連合の一部がプラントに対して宣戦布告を行ったらしい」
「それって――」
「あぁ、ついに戦争になったんだ。それで、大西洋連邦がオーブに同盟を申し入れに来ている」
「そ、そんな!?」
「もう、オーブの領海の近くまで艦隊を派遣してきている。奴等、オーブの国力が小さいのをいい事に恫喝してきているんだ」

 

 オーブの戦力は決して大きくない。過ぎた力は自らをも滅ぼす事になると言うカガリの持論とユニウス条約の取り決めから、なるべく編成部隊数は増やさないよう指示してきたからだ。しかし、一部とはいえ連合軍側が本気になれば、そんな戦力などはひとたまりもないだろう。

 

「騒がしいようですが、何かあったのですか?」

 

 ラクスとの会談中であったデュランダルが部屋から出てくる。ただならぬ空気を感じたのか、気になって話しを途中で切り上げたようだ。

 

「デュランダル議長、連合がプラントに宣戦布告を行いました。戦争です」
「何と!連合がこんなに早く仕掛けてくるとは…」
「申し訳ありませんが、私は直ぐに行政府へ戻らねばなりません。議長もご一緒してください」

 

 しかし、カガリの申し出に、デュランダルはキラをちらりと見やると、首を横に振った。

 

「いえ、私は直接ミネルバへ向かいます。代表は先にお戻りください」
「しかし――」
「迎えのものは既に呼んであります。私の事はお気になさらずに」

 

 焦燥しているカガリに対し、デュランダルには余裕がある。これが器の違いと言う奴か。先を見越したデュランダルには、このような事態も頭の中にあったのだろう。

 

「分かりました。では、先に失礼します」

 

 そう告げると、カガリは近くに待たせてあった車に乗り込んで行政府へと向かっていった。
 その場に二人になるキラとデュランダル。と、そこへエマとカツがカガリと入れ違いになるように買出しから戻ってきた。

 

「エマさん、カツ君!」
「キラ君、聞いたわ!戦争になるんですってね」

 

 買出しの途中で、街頭テレビのニュースで宣戦布告の報を知り、慌てて戻ってきたのだ。

 

「キラ=ヤマトか」

 

 誰にも聞こえない声でデュランダルは呟く。デュランダルは、最初からキラの存在に気付いていた。しかし、目的はあくまでラクスだったので、彼には触れないで居たのだ。しかし、状況を鑑みるに、彼にも接触する必要性が出てきた。
 そして、今しがた帰ってきたエマとカツも気になる。この二人がキラやラクスと暮らしているという報告は受けていない。バルトフェルド同様に彼女達も素性を隠しているのかとも思ったが、報告人数を思い出す限り、ここ数日で新たに生活を共にするようになった住人だろう。

 

「君達、少し話を聞かせてくれないか?」
「え?…あ、あなたはプラントの議長の――」
「乗り遅れてしまってね、詳しい話を聞きたいのだが――知っている事だけでいい」

 

 デュランダルの姿にエマは驚いた。彼の事も、詰め込んだ知識の中に含まれている。そんな大物が、何故このような場所に居るのか。

 

「今は、オーブの領海の外に、同盟を求めて大西洋連邦が部隊を展開しています!これって、オーブに同盟を断らせない為ですよね?」

 

 戸惑うエマの代わりに、カツが応える。それに対し、デュランダルは手を顎に当てて考えている。

 

「ふむ…君の言うとおり、大西洋連邦はオーブを目障りに思っているのかもしれないな。このまま要求を拒むなり、返答を遅らせるなりすれば、彼等はオーブに攻め込んで来るかも知れん」

 

 この現状で実際にはそんな事はあり得ない。プラントと友好関係にあるとはいえ、まだ同盟を結んでいないオーブを敵性国家と見なすのは無理があるからだ。ならば、何故デュランダルがこんなことを言ったのかというと、彼等に危機感を持たせるためだ。
特に、デュランダルはキラに向かってこの言葉を発している。

 

「そうなれば、オーブの戦力では長くは持たないだろうな。二年前と同じ事が起こるかも知れん」

 

 そのデュランダルの言葉に、キラの表情が青ざめていく。二年前に起こったこととは、勿論オーブ防衛戦の事である。その時の悲劇は、カガリ達のみならず、あのシンと言う少年の心にも深い傷を残している。それが、また起きようとしているのか。

 

「ザフトはこの事態に動かないんですか!?オーブとは友好関係にあるんでしょう?」
「君が決めてくれるのなら、ミネルバを動かそうか?」

 

 逸るカツに、デュランダルは意味深げに話す。その不敵な表情に、カツは一瞬戸惑った。そんなカツに、エマが注意を与える。

 

「オーブの命運を、あなたが決めるつもり?それに、ザフトを動かすのは難しいわ」
「どうしてですか?友好国のピンチなんです、助けたっていいじゃないですか」
「今ザフトが動けば、連合はプラントとオーブが結託したと見なすわ。そうなれば、オーブは連合の敵性国家と見なされてしまう。何処とも同盟を結んでないこの国が、そんな状況に追い込まれれば――」
「じゃあ、プラントと同盟を結べばいいじゃないですか!」

 

 カツの言葉にデュランダルの目が光る。自分と同じ事を考えていると言う事は、この少年は自分の思想に賛成するかもしれない。

 

「君はいい事を言うな。名前を教えてくれないか?…そちらのご婦人も」
「あ…カ、カツ=コバヤシです」
「…私はエマ=シーンです」
「ありがとう。…実は、私もカツ君と同じ事を代表に提案したのだよ。まだ返事は貰ってないがね」
「本当ですか!」

 

 カツは目を輝かせる。デュランダルと同じ事を考えていたのが、単純に嬉しかったようだ。

 

「でも、それではどちらにしろオーブは参戦しなければならないのではないですか?この国の理念をデュランダル議長もお知りのはずです」

 

 疑問に思ったエマが口を挟む。エマがそう思うのも当然だ。しかし、実際にデュランダルの考える同盟は、オーブに戦争参加させない為のものである。だから、プラントからの同盟話にカガリはぐらついているのだ。

 

「同盟と言っても、オーブに戦いをさせるつもりはない。正直に言えば、私は敵を増やさない為にオーブとの同盟を考えている。大西洋連邦の思惑とは全く違うよ」

 

 デュランダルの言葉は多分本当だろう。このままオーブが大西洋連邦と同盟を組む事態になれば、間違いなくプラントと敵対関係になってしまう。そうなれば、戦争は長引いてしまうし、例えプラントが勝利できたとしても、余計な被害を被るかもしれない。
 デュランダルの頭の中の損得勘定は、オーブと連合が組むのは面白くないと判断した。だから、そうなる前にこちらと同盟を組ませて、参戦をさせないつもりでいたのだ。

 

「では、プラントはオーブと同盟を組んで、敵対する連合各国だけを相手にすると?」
「そうだ。その代わり、オーブはザフトに守らせる。これなら、文句もあるまい」

 

 きっぱりと言い切るデュランダル。エマは、そこに偽りは無いと感じたが、まだ納得できない事がある。

 

「しかし、そうなればザフトの戦力をオーブに裂く事になります。駐留軍を置くとなれば、戦力ダウンは否めないと感じますが」
「そこの問題も、彼が私に協力してくれることで解決する」

 

 デュランダルが顔を焦燥するキラに向ける。それに気付いたキラが、何事かと瞬きをして俯いていた顔を上げた。

 

「な、何ですか?」
「君に、頼みたい事がある、キラ=ヤマト君」
「僕…に――?」

 

 口の端を吊り上げ、デュランダルは笑みを浮かべる。その表情の意味を、キラは直ぐに察知した。デュランダルは、自分にMSに乗れ、と言っているのだ。
 その様子を眺めるエマとカツにもその事が分かった。そして、キラがそれに困惑しているのも分かった。

 

「僕は…」
「君の姉上の為でもある。躊躇う必要はないのではないかね?」
「あなたは、カガリと僕の事を――」
「昔の仕事柄ね――そういう噂には少し詳しいのさ」

 

 エマとカツには二人の会話の意味が分からない。それは、以前にカリダがエマに話せなかった内容に関係している。
 その時、外に車が止まる音が聞こえた。デュランダルの迎えが来たようだ。

 

「さぁ、私と共にミネルバへ来たまえ。君の相棒が待っているぞ」
「相…棒……?」

 

 デュランダルが手を伸ばす。その差し伸べられた手に、キラの腕が少しずつ上がっていく。

 

「ちょっと待ってもらえませんかねぇ」

 

 しかし、そこに待ったを掛けたのは、バルトフェルドだった。
 彼としては、このままデュランダルにキラを連れて行かれるわけには行かない。デュランダルは、キラを戦争の道具に利用するつもりでいるからだ。この屋敷をデュランダルが訪れた時から、彼はそうなる事を警戒していた。そして今、彼が想定していた事態が起こった。
今こそ、砂漠の虎が復活する時だろう。

 

「何だ、バルトフェルド?」
「キラにはもう戦う力なんて残っちゃいませんぜ。連れて行くなら、私じゃあないんですか?」
「フッ、君に彼の代わりが務まるのか?」

 

 このデュランダルの言葉は、バルトフェルドのプライドを刺激した。彼は、自分を侮っていると感じたからだ。
 自分はこの二年間、キラとは違い、戦争屋としての腕をずっと磨いてきたつもりだ。そんな自分が、今のキラに劣るはずがないのである。

 

「よぉく彼の顔を見てください。そんなしけた顔をした奴が、まともにMSを動かせるとお思いですか?」
「ふむ…」

 

 言われて、デュランダルは改めてキラの顔をまじまじと見つめてみた。…確かに、バルトフェルドの言うとおりである。戦争が始まろうとしているのにもか関らず、キラの表情に一切の覇気はなく、戸惑いの色を浮かべるのみである。
 しかしデュランダルは、MSに乗せればそんな事もなくなるだろうと考えていた。彼も男である。ここにラクスが居て、オーブが危険に晒されるとなれば、彼は自発的にMSに乗る事になるだろうと思っている。
 但し、今無理に乗せようとすれば、自分に対しての反感を育てる事になってしまうだろう。ただでさえ、ラクスを独り占めした自分を、彼は妬んでいる。出来るだけ、その様な感情は排除しておきたかった。

 

「分かった、砂漠の虎、君に任せよう。…キラ君はラクス嬢をお守りしてやってくれ。彼女は、我等プラント国民にとっても大切なお方だからね」
「は、はい……」

 

 バルトフェルドが頷き、デュランダルと共に連れ立って迎えの軍用車に乗り込む。
 去り行く車を見つめ、キラは考える。デュランダルは、自分がラクスに好意を抱いている事を知っていたのだろうか。

 

(いや…)

 

 しかし、そうでなければ自分に告げた最後の言葉の意味が通じない。きっと、彼はその事までも知っていたのだろう。自分の出生の秘密を知っていたくらいだから、そのくらい知っていても不思議ではないかもしれない。

 

「キラ…」

 

 ラクスが先程デュランダルと会談していた部屋から出てきた。表情は少し固い。何か言われたのだろうか。気になったキラはラクスに話しかける。

 

「議長と何を話してたの?」
「いえ、唯の世間話ですわ。でも――」
「何?」
「何となく、わたくしにプラントに戻って欲しいみたいな感じでした。それに、わたくしの顔を借りるとか――」
「顔を借りる?」

 

 妙な話である。ラクスの顔を借りるとはどういうことだろうか。まさかデュランダル自身がラクスの代わりを務めるわけでもあるまい。
 ラクスは、その可愛らしい見た目と不思議と癒される声によってアイドルたらしめていたのだ。キラには、プラントにもラクスの代わりとなる人物が居るとは思えない。彼女はある意味唯一無二な存在だ。
 ただ、そう思うとそのラクスを独占するような形になってしまっている自分がズルイ気がした。一人の女性として彼女に好意を抱いてはいるが、アイドルである彼女はプラント国民の恋人でもある。そう考えると、胸の奥がもやもやとしてきた。複雑と言うべきか。

 

「どうされたのですか?」
「え…いや何でもないよ」

 

 複雑な感情が表に出て表情を曇らせてしまったか。キラは自分の顔が不安で一杯になってしまっている事に気付いていなかった。それをラクスに指摘され、慌てて取り繕う。
 しかし、不安には違いなかった。既に連合国はプラントに宣戦布告し、大西洋連邦は艦隊を率いてオーブに参戦を迫っている。この状況で不安になるなと言う方が無理だ。
 バルトフェルドに任せるしかないキラは無力だった。あの場でデュランダルに付いて行ったとしても、碌に役に立てないだろう。MSも長いこと乗ってないし、キラはMSのパイロットであった自分を極力忘れようとしてきた。

 

 一方、エマとカツは、キラ達から少し離れた場所で話していた。こうなってしまった以上、最悪の場合自分たちもMSに乗ることになるかもしれない。しかし、できればその様な事態は避けたい。彼等は、軍人である事を隠して彼等と共に居るのだから。

 

「僕はMSに乗って戦うべきだと思います。この国には、身寄りのなくなった僕達を保護してくださったバルトフェルドさん達が居るんです。黙って見過ごせませんよ」

 

 カツは、大西洋連邦とオーブが戦闘になった場合は戦うつもりでいた。彼も裏切られ続けてきたせいか、人を信じる事に疑いを持っていたが、バルトフェルド達は信じてもいいと結論付けていた。
 対するエマは難儀を示す。こんな状況でも、いきなり自分たちをオーブ側が信じるとは思えなかったからだ。

 

「それは私も同じよ。でも、私達にMSを貸してくれるかしら?」
「それは…」
「それに、操縦系統だって不明なのよ。もし、私たちの使っていたMSとは全く系統の違うコックピットだったらどうするの?まともに扱えなければ、無駄死にをしに行くだけよ」
「僕は父の博物館で、それこそ連邦の旧式からジオンのあらゆる系統のMSを動かしていたんです。多少の違いなら、乗りこなして見せます!」
「若いわね……」

 

 カツの情熱に、エマは溜息をつく。勿論、呆れた溜息である。
 カツは、確かに様々なMSの操縦をしていた。養父であるハヤト=コバヤシが、MS博物館の館長だったからだ。その手伝いついでに、操縦の訓練をしていたぐらいだ。
 特にジオンのMSは、統合整備計画以前のものは操縦系統が機種によって違っていた。統合整備計画は、そんな操縦系統の違いに不満を持ったジオン兵士達の要望によって実行されたのだ。
 そんなMS達を扱ってきてカツには、MSの操縦に対する適応能力は経験として備わっていた。故に、彼は自信を覗かせる。

 

「それにしても、デュランダル議長って、何となくクワトロ大尉に似てませんでしたか?」

 

 唐突に話題を変えるカツ。デュランダルが気になっていたようだ。

 

「そうかしら?確かに声はそっくりだったけど、私には全く違う人に見えたわ。あの人は、クワトロ大尉とは本質的に違う人よ」
「僕は似ていると思いますけど」

 

 カツはこんな所でも対抗心を燃やしてくる。若い証拠だろうが、少しは状況を認識して欲しいともエマは思った。戦いの中に身を置いていたが、戦いがなければ生きていけないわけではない。平和な時を過ごした時間のほうが圧倒的に多いのだ。
 となると、カツは少しずつ戦いに引き込まれていたと言うわけか。

 

「取り敢えず、今はオーブがどう出るかね。それによってザフトがどう動くか――アンディはそれを確かめるつもりよ」
「オーブにとって敵になるか味方になるか…ですね?」
「私達もそれに倣いましょう。そうでなければ、カミーユを落ち着かせる事だって出来ないわ」

 

 カミーユは今、個室のベッドに寝かされている。容態が一向に良くなる気配の無い彼は、エマやカツが居なければどうする事も出来ない。

 

 オーブも今、カミーユと同じ状況に追い込まれているのかもしれない。プラントと大西洋連邦という二つの国から同盟を申し込まれ、そのどちらを選んでも、少し形が違うだけで戦争に関る事になるのは確かだ。その板挟みに、もがき苦しんでいるのが現状である。
 カガリにとっては、どちらとも結びつきたくない心境だ。理念を掲げる限り、中立の立場は死守せねばならない。亡き父の意志を守るだけでなく、オーブという国、ひいては国民の為にも。

 

 迷いはある。しかし、ここでカガリは国家元首としてどうにかしなければならない。そして、現状ではプラントか大西洋連邦かのどちらかを選ばなければならないのが心苦しかった。