ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第11話

Last-modified: 2008-05-25 (日) 10:51:52

『ミネルバへ』

 
 

 沿岸線を一台のスポーツカーが疾走する。オープンカーを運転するその男は、髪をはためかせ、サングラスで表情を隠す。
 ふと、ちらりと時計に目をやった。降り注ぐ陽気は午後の昼下がりに相応しい。

 

(何て伝えればいい……)

 

 その男、アスラン=ザラは、ザフトへの復隊を決意していた。デュランダルに誘われたのだ。
 カガリの護衛にはキサカが居る。別に自分でなくとも、彼なら十分に役割を果たせるに足る人物だ。それに、デュランダルには自分の正体がばれていた。
 当然といえば当然かもしれないが、やはり色眼鏡だけでは素性を隠し通すのは難しかったか。

 

《できれば、君と共に戦っていた者達にも協力してもらいたいのだが》

 

 デュランダルの声が頭に響く。その意味は、自分にエマとカツの協力を取り付けろという事だ。
 彼女達の素性を知っているとはいえ、今はオーブの一国民に過ぎない。 そんな彼女達を戦いに巻き込むのはどうなんだろうと自問した。
 しかし、明確な解答は見つけられなかった。カガリの、ひいてはプラントとオーブの同盟関係という手前があったからだ。
 ザフトにオーブを守ってもらう以上、彼の要望に応えなければ対等な関係は維持できない。

 

「聞いてみるだけさ…聞いてみるだけ――」

 

 呪文のように呟く。どうせ断るだろうと暗示をかけていた。エマ達を巻き込むのは、本意ではない。
 スポーツカーは走る。陽気に照らされ、心地よいエンジン音を響かせながら。アスランは、邪念を吹き飛ばすかのようにギアを一段上げた。

 
 

「君がザフトに戻るって…どうして!?」

 

 カガリの別荘に辿り着き、キラにこれからの身の振り方を伝えると、分かりきった反応が返ってきた。アスランの知るキラは、そう言う事を口にする人間だ。

 

「カガリのボディーガードはどうするの? 君が居なくちゃ、カガリは――」
「キサカ殿がついている。…俺は臨時の雇われみたいなものだったから――いい機会だと思ったんだ」
「そんな……」

 

 落胆するキラ。やはり、こういう感じになったか。分かりきっていたとはいえ、この空気は苦手だった。
 頼まれごとを断れないアスランは、いつも損な役割を回される立場に居た。今回ザフトに復隊するのも、デュランダルに頼まれたからだ。
 そして、それを引きとめようとしてくるキラに会えば、その決心に迷いが生じるのは目に見えていた。

 

「俺は、俺の居場所を求めてザフトに戻るんだ。二年前の俺の行動については、議長が不問にしてくれた。だから――」
「それでも、カガリは君に居て欲しいと思っているはずだよ。君はカガリの事が嫌いなの?」
「そんな事は無い。彼女の事は好きさ、しかし――」

 

 カガリのボディーガードだけをしていたのでは、彼女の力にはなれないと思っていた。カガリの為に何が出来るのか…そう考えた時、アスランはザフトに戻る決意をした。
 オーブとプラントが同盟を結んだのなら、ザフトで戦って勝利を得れば、その分だけ彼女の理想に早く近づける。

 

「男の決意だな、アスラン。僕は、そういうのは好きだがね」

 

 テレビを見ながら、バルトフェルドが言う。

 

「ただ、一つ聞きたいことがある。ザフトに戻るのは、君の意志か、それともデュランダルの入れ知恵か?」

 

 バルトフェルドはデュランダルに対抗心を持っている。確かに味方になったのには違いないが、その手段を選ばない手法に、不信感を持っていた。
 表面上は協力の姿勢を見せてはいるが、内心では彼を疑っているのだ。それは、砂漠の虎としての鼻が効いたのかも知れない。
 アスランは少し間を置いてから、口を開いた。

 

「…俺の意志です。このままカガリの側に居ても、彼女の手助けにはならない。それならば、俺は俺自身の手で少しでもこの戦争を早く終わらせる為に出来ることをしたい。
そして、それが彼女の為に出来る、俺の唯一の事なんじゃないかって…そう思ったんです」

 

 アスランの言葉を聞いて、キラは少し圧倒された。無力感に打ちひしがれる自分と違って、彼は何と前向きで力強いのだろうと。
 今の自分と比較してみて、その差を強く感じた。これが、昔からの自分とアスランの違いなのだろう。
 旧友であるアスランは、幼少の頃からいつも自分よりしっかりしていた。そんな彼を尊敬し、頼りにしていた自分。一度は肩を並べたと思っていた。
 しかし、長いトンネルの中に居るキラは、再びアスランとの溝を開けられてしまった。これでは、昔と何も変わっていない。

 

「意気込みは結構。しかし、お前は自分が戦争で命を落とす事を考えているのか?」

 

 コーヒーを一口飲み、バルトフェルドが振り返る。その目は鋭い。

 

「お前もお嬢ちゃんも、互いを大切に思っているのなら、一番は側に居る事だ。そうは思わないのか?」

 

 バルトフェルドは、二年前の戦争の時、アイシャという恋人を失っている。そして、それを奪ったのはキラだった。
 彼は、戦争だから仕方ないとキラに割り切って見せたが、私怨に関係なく、彼女の思い出を今も心の中にしまってある。
 だから、バルトフェルドはアスランに問う。本当にカガリと離れて良いのかを。

 

「…俺は、絶対に死にません」
「何故、そう言い切れる?」
「俺自身がカガリと一緒に居たいからです。必ず生きて帰って、彼女と共に理想を追求していきたい。そして、それが、二年前に死んでいった人達の供養になると信じています」

 

 アスランは真っ直ぐな視線で、睨みつけるようにバルトフェルドを見る。その真剣な眼差しは、彼の本気を伺わせるのには十分だ。
 バルトフェルドは一つ溜息をつく。

 

「それは根拠じゃあ無いな。お前の信念だ」
「……」
「だが、信念の無い者が戦場に出ても生き延びられない。お前のような信念は、生き残るに必要な、絶対不可欠の条件だ」
「それだけで生き延びられる保証が無い事は分かっています」
「いいさ。元々お前の決めた事に俺が口を挟む権利など無い。ただ、お前の覚悟を知りたかっただけさ。おせっかいな事聞いちまって悪かったな」
「いえ、俺も話していて決意が固まりました。正直に言います。今日、俺がここに来たのは、エマさんとカツ君をザフトに勧誘する為です」
「何?」

 

 それまでは穏やかな顔をしていた二人が、急に険しい顔つきに変わる。アスランの言葉に衝撃を受けていた。

 

「デュランダル議長からの提案は、俺と彼女達をミネルバに編入する事だったんです。先日の戦闘で俺と一緒に戦っている所を見ていたそうです」
「ちょっと待て。それはいくらなんでも勝手過ぎる。彼女達は軍人だったとはいえ、今は民間人だぞ」
「しかし、彼女達は既にMSに乗って戦闘をこなしました。バルトフェルドさんも間近で見ていたはずです」
「そりゃあ、そうだが……」
「エマさんもカツ君も、かなり戦闘慣れをしています。私情抜きで言えば、デュランダル議長が彼女達を自軍の戦力に加えたいと感じるのは至極当然の事だと思います」
「私情を抜きにすればなぁ……」

 

 確かにアスランの言うとおりだとバルトフェルドは思った。いきなり異世界のMSを操縦し、初めて組むアスランとコンビネーションを組めるセンスも持っている。
 それを考慮すれば、彼女達が優秀なMSパイロットであるという認識は出来る。仮に、自分がデュランダルと同じ立場であったのなら、彼と同じ事を考えたかもしれない。

 

「だが、それは彼女達の意思次第だ。それに、カミーユ君の事だってある」
「カミーユ? もう一人居るって言う――」
「そうだ。どういうわけか知らないが、彼は今病気で殆ど動けない状態にある」
「そうなんですか……では――」

 

「アスランさん?」

 

 その時、子供たちの相手から帰ってきたカツが彼等の会話に入ってきた。海岸で遊んでいたのか、顔や体に砂が付着している。鼻の頭を黒くしていた。

 

「カツ君か。この際だ、直接本人に聞いてみたらどうだ?」
「そうですね…」
「何の話です?」

 

 キョトンとするカツに、アスランが事情を説明した。その内容を聞いているうちに、カツの表情が複雑に変化する。

 

「もし引き受けてくれるなら、便宜上、君はバルトフェルドさんの元部下ということで、復隊という形でミネルバに乗り込む事になるんだが――」
「僕の力を必要としてくれるのはありがたいですけど、カミーユの事もあるし、エマ中尉に相談しないと…」
「そ、そうだよな…」

 

 カツ一人で決めるには難しい問題なのだろう。同胞がエマとカミーユしか居ない現状では、仕方の無い反応だと思う。

 

「エマ中尉は何て言っているんです?」

 

 カツはリビングを見渡してみたが、エマの姿が何処にも見当たらない。

 

「まだ話していない。偶々君が通りかかったから、聞いてみたんだ」

 

 バルトフェルドが応える。

 

「じゃあ、中尉も呼んでください。僕個人としては行ってもいいですけど、そういう問題じゃありませんから」
「分かった。エマを呼ぼう」

 

 カツはソファに腰掛け、バルトフェルドはエマを呼びに行った。キラは、一人複雑な顔をする。

 

「どうした、キラ?」

 

 アスランが話しかける。彼がそういう顔をする時は、決まって何かに悩んでいる時だ。不謹慎ながら、そういう所は昔から何も変わってないんだな、と懐かしむ。

 

「…みんな世界の為に何かしようとしているのに、僕だけ何もしないのはいいのかなって……」

 

 キラはそれぞれが行動を起こしていく中で、それに心を触発されていた。
 オーブを守る為にフリーダムに乗ることを決めたバルトフェルド、カガリの為にザフトに戻る決意を固めたアスラン、この世界に関係ないのに戦ってもいいと言っているカツ。
 皆が皆、輝いて見えた。
 そして、キラはその中で一人取り残された気分になっていた。疎外感を味わっているといってもいい。みんな何処かへ行ってしまうような気がして、寂しく思った。

 

「お前は今のままでいいさ。昔からお前は危なっかしいって言っていただろ? だから、全部俺に任せればいい。お前の気持ちの分まで頑張ってやるから」
「……」

 

 アスランの同情が苦しかった。まるで、彼が自分に頑張るなと言っているようで、悔しくもあった。
 もう、甘やかしを受けたくない。もう一度、彼等と肩を並べて一緒に歩きたいと思った。
 このままでは、一生彼等に頼ったままだ。

 

(自分を変えなくちゃ! もう一度、誰かに必要とされる僕になりたい――!)

 

 キラは拳に力を込める。無性に何かをしたい気分になっていた。

 

 そして、バルトフェルドがエマを連れて来る。アスランは、彼女にも事情を説明した。

 

「確かに、勝手な話よね」
「じゃあ、中尉はザフトに加わらないんですか?」

 

 難儀を示すエマに、カツが言う。彼はザフトに参加したいと思っていた。

 

「そうは言ってないけど、強引なやり方だわ。軍が民間人を当てにするなんて、考えられる?」
「カミーユを、当てにしたじゃないですか」
「それは――」

 

 カミーユは民間人上がりのMSパイロットだ。確かに、ガンダムMk-Ⅱを強奪したのは自業自得とは言え、平凡なハイスクールの生徒だったのだ。

 

「エゥーゴもザフトも同じなんですよ。僕等に声が掛ったって事は、それだけ僕等が注目されているって事でしょう?なら、それに応えてやりましょうよ!」
「でも……」

 

 エマは、異世界の人間である自分達が、この世界の争いに介入する事を躊躇っていた。
 この世界の争いは、その世界の人間が解決すべきであるというのは、何となく出てきたエマの正論だった。
 しかし、懸念する事もある。それは、以前バルトフェルドと話していた事だ。

 

「中尉、この間話したじゃないですか。僕等以外にも、この世界に飛ばされている人が居るかもしれないって。だったら、それを確かめに行きませんか?
 もしティターンズだったら、きっと戦場に出てくるはずです。そうなったら、それは僕等が止めるべきじゃないですか?」

 

 結局は推測に過ぎない。それが外れていたとすれば、イレギュラーは自分達だけという事になる。そうなれば、ザフトとして戦うのはエマとしては気が引ける。
 だが、推測が真実だった場合も考えられる。その場合、カツの言うとおり自分たちもザフトとして戦うべきではないのか。
 それを確認する為にも、ミネルバに乗る選択は、一つの方法として有りなのかもしれない。

 

「カツの言う通りかもしれないわ。でも、カミーユはどうするの? 彼を一緒に連れて行くことは出来ないわ」
「そ、それはバルトフェルドさん達みたいに事情を話せば――!」
「あ、あの!」

 

 エマとカツが議論を紛糾させていると、キラが急に声を上げた。その声に、二人は振り向く。

 

「ぼ、僕にカミーユさんを任せてもらえませんか?」
「キラさんが?」

 

 キラの突然の提案。カミーユの事で揉めているエマ達を見て、先程から疼いていた気持ちが爆発した。

 

「エマさんとカツ君はオーブを守ってくれました。だから、今度は僕があなた達の役に立ちたいんです。僕に、カミーユさんを守らせてください!」

 

 自分は彼等のように戦う力は無いかもしれない。しかし、カミーユを守る力ならあると思った。
 ヤキン戦役で、自分は他人より優れた力を有していると言われた。そして、それが人の闇を拡げる力だと断罪され、それは違うと今日まで自問してきた。
 その答は、もしかしたらこういう事なのかもしれない。キラは、戦うだけの力ではなく、誰かを守る為の力でありたいと願った。

 

「無理しなくていいのよ、キラ君。別に、私達は無理にザフトになりたいと言っている訳じゃないのだから」
「でも、中尉、やっぱり僕達はあの時の推測を確かめるべきだと思います。もしシロッコが居たら――!」
「カツ……」

 

 先程からムキになるカツを不思議に思っていたが、成る程そういうことか、とエマは思う。
 自分があまりにも渋るので、カツの口から思わず本音が出てきた。彼は、シロッコの可能性を懸念していたのだ。
 そういうことなら、彼に付き合ってあげようと思った。カツだけを行かせる事もできるが、彼だけでは不安もある。キラはこれまで生活を共にして信頼出来る人物であると判断した。
 ならば、カツの監督も含めてミネルバに乗るのが、これからのすべき事だろう。

 

「あなたの言いたい事は分かったわ。ミネルバに乗りましょう」
「中尉!」
「いいのか? 戦争に巻き込まれるんだぞ」

 

 決心するエマに、バルトフェルドが忠言を与えてくる。当然、彼としてはデュランダルの思惑に乗るのは反対だ。

 

「何かしなくてはいけないんです。いつまでも、ここでお世話になりっぱなしで居るわけにも行きませんから」
「…そうか、寂しくなるな」

 

 少し表情を落とすバルトフェルド。永遠の別れになるわけではないが、人が去るというのは寂しく思う。
 短い間の共同生活だったが、自分がエマ達の最初の理解者だっただけに、余計にそう思うのかもしれない。

 

「必ず帰ってきます。それまで、カミーユをお願いね、キラ君」
「は、はい!」

 

 エマに言われ、やや緊張気味にキラは返事をする。多少頼りない気もするが、他にもカリダやマリアもいるから大丈夫だろう。

 

「すみません、無理を言って…」

 

 アスランとしても、エマやカツを戦いに巻き込むのには抵抗があった。故に、せめて誠意だけでも示そうと、深く頭を下げた。

 

「いいのよ、私達にも理由があるわ。…それで、ミネルバの出航は明日だったわね?」
「はい。それで、早速で申し訳ないのですが、これから俺と一緒に来てください。デュランダル議長に紹介しますので」
「分かったわ」

 

 アスランに連れられ、エマとカツは外にでる。見送りの為に、キラとバルトフェルドも付いて来た。

 

「君達の私物は後で送っておく。死ぬんじゃないぞ」
「大丈夫です! 僕達は、二度も死にませんよ!」

 

 バルトフェルドの心配に、カツが豪気に言い返す。それに対してバルトフェルドは笑顔で返した。
 三人はアスランのスポーツカーに乗り込み、走っていった。

 
 

「ニュース、ニュース!」

 

 ミネルバのレクリエーション・ルームに、奇声を発するヨウランが駆け込んでくる。別段どこにも出掛ける気の無かったシンは、レイと共にビリヤードに興じていた。

 

「何だよ、ヨウラン? オーブの代表が辞任でも発表したか?」
「んな訳ねーだろ。そうじゃなくて、ミネルバにあのアスラン=ザラがやって来るらしいぜ!」
「アスラン=ザラが?」

 

 シンが盤上から目を離したその時、レイのショットが9番をポケットした。乾いた音が響く。

 

「俺の勝ちだな」
「……」

 

 反応してレイを見ると、キューの先端をチョークで擦り、シンを挑発するように言う。それを無視し、再びヨウランに顔を向けた。

 

「…それで、ヨウラン。それは本当なのか?」
「本当も何も、議長と一緒に居るんだよ、ここに」
「ミネルバに?」
「そう! 俺も最初は代表さんのボディーガードがアスラン=ザラだとは思わなかったけどよ、話している内容を聞いたら、あの人がそうだって分かったんだ」

 

 アスランはアレックスの偽名でカガリの護衛をしていた。シンも最初は彼がアスランだとは気付かなかったが、先日の戦闘の時、バルトフェルドの通信を聞いてその正体を知った。
 正直意外だった。英雄と呼ばれた豪傑が、あのような優男だとは思わなかったからだ。大気圏突入の時は、歳の割に老け込んでいる印象を受けた。

 

「な、ビッグニュースだろ? 議長って、もしかしてオーブと同盟を結んだのは、アスラン=ザラをミネルバに乗せる為だったのかなぁ」

 

(アスラン=ザラが何だ! あんな奴に頼んなくたって、俺達だけでやっていけるってのに!)

 

 浮かれるヨウランとは対照的に、シンは唇を噛む。
 折角バルトフェルドがミネルバに乗らないということが分かって喜んでいたのに、今度はよりによってヤキンの英雄である。
 しかも、カガリの護衛をしていた男である。そんな男と共に戦う気にはなれなかった。

 

「お、噂をすれば何とやらだ」
「……」

 

 ヨウランが、通路から入ってきたデュランダル達を見つける。釣られて、シンとレイもその方向を見やり、敬礼をする。
 デュランダルが連れて来たのはアスランだけではなかった。他にも、年上と思われる女性と、少年を伴っている。
 女性は赤服、少年の方は緑服だ。
 まさか、あの二人もアスラン同様にミネルバに配属になるのだろうか。
 デュランダルは女性と談笑している。

 

「いや、それにしてもまさか君達がMSに乗れるとは思って無かったよ」
「経歴はバルトフェルド隊長に抹消してもらいましたけど、二年前には彼の部下をしていましたので」
「ほぉ、カツ君もかい?」
「両親が連合軍の攻撃に巻き込まれて、それでカッとなってザフトに入隊したんです」
「そうか、若いのに大変だったのだな。…では、二人ともバルトフェルドの計らいでオーブに住んでいたわけか」
「はい」

 

 エマとカツの素性は、バルトフェルドの元部下という事にしておいた。
 その方が、色々と面倒な事が起きなくて済むし、バルトフェルドは彼女達の事情を知っているからだ。
 それに、ザフトに復隊という形にすれば、オーブにも迷惑を掛けなくて済む。

 

(…ん? あいつは確か――)

 

 シンは少年を見て、驚いた。よく見れば、あの少年は先日、何となく出かけた海浜公園で会った、不思議な病人を車椅子で押していた少年ではないか。
 シンが目を丸くしていると、デュランダルがシン達に気付いた。

 

「ちょうど良かった。彼等がこれから君達と共に戦う事になるMSパイロットの、アスラン=ザラ、エマ=シーン、それとカツ=コバヤシだ。
アスランは言うに及ばないが、エマとカツはナチュラルとは言え、かなりの腕前を持つパイロットだぞ」

 

 笑いながら言うデュランダルの紹介を受け、レイはキューを置いて背筋を伸ばした。

 

「ザフト艦ミネルバ所属、赤服のレイ=ザ=バレルです。ザク・ファントムのパイロットをしています」

 

 レイは前に歩み出て、アスランに握手を求めてきた。

 

「アスランさん、英雄と称されたあなたと馬を並べられる事を光栄に思います。そのお手並み、拝見させてもらいます」
「あ、あぁ。こちらこそよろしく」

 

 握手を交わし、応えるアスラン。何となくだが、レイはどこかで会った事があるような気がした。初対面のはずだが、妙な感覚がアスランの記憶を刺激する。
 レイは、そんなアスランの思考に関係なくエマとカツの前に来た。

 

「それと、エマさんとカツ、俺もあなた達と同じナチュラルです。共に頑張りましょう」
「えぇ」

 

 二人とも握手を交わす。その柔らかな印象と冷静沈着な物腰から、エマは少年らしからぬものを感じた。同じ年頃のカツに比べれば、遥かに彼の方が大人だ。
 ちらりとカツの顔を見ると、その視線の意味に気付いたカツが少々不機嫌そうな目つきをした。

 

「シン、どうした? お前も自己紹介をしろ」

 

 ヨウランは、既にアスランに自己紹介をし、エマとカツに話しかけている。
 しかし、先程からこちらの輪に加わろうとしないシン。不貞腐れたような顔をしている彼に、レイが呼びかけた。

 

「あっ! お前は――」

 

 カツは、レイの呼んだ方向にシンが居る事に気付き、驚きの声を上げた。カツもシンの事を覚えていたのだ。

 

「知り合いなの、カツ?」

 

 意外そうな顔をしてエマが訊ねる。

 

「え…はい、この間海浜公園で会ったんです――」

 

 あの時の会話は、とてもではないがこの場で話せる内容ではない。何かを言いかけてカツは口を閉じた。

 

「ん? 君と彼は面識があったのか?」

 

 デュランダルが怪訝そうに言う。
 世の中、案外と狭いものだと思った。自分はラクスに面会しに行った時にエマとカツに偶然出会い、シンもカツと面識があったのだ。
 こうして集ったのは、不思議な巡り合わせなのかもしれない。
 カツに気付かれたシンは歩を進め、アスランの前に立った。

 

「シン=アスカです…よろしくお願いしますよ、ヤキンの英雄さん…」

 

 ぼそぼそと気の無い声で手を差し伸べるシン。握手を求めている。

 

「…よろしく」

 

 不穏な空気を感じたのか、やや躊躇いがちにアスランは手を伸ばす。シンの顔は、歓迎してくれていると言う雰囲気ではない。

 

「く――!?」

 

 シンの手を握った瞬間にアスランがうめき声を上げた。シンがアスランの手を思いっきり握ったからだ。

 

「せいぜい、俺達の邪魔になるような事はしないで下さいね」

 

 すれ違いざま、シンがアスランの耳元に言葉を吹きかける。それは、シンのアスランに対する挑戦状だった。そのまま、シンは誰にも視線を合わせる事無く、ラウンジを後にしてしまう。
 その場の空気が、重く淀んだ。

 

「すみません、アスランさん。自分が後でシンによく言って聞かせますので」
「いや、気にしなくていい。彼の事は俺にも分かっているから」

 

 謝罪するレイに、手を擦りつつ応えるアスラン。以前カガリに食いかかった時に、シンのオーブに対する憎しみは知っていた。
 だから、シンがこの様な態度に出るであろう事は、ある程度の覚悟はしていた。

 

「それと、あともう一人居るのですが、生憎今日は非番ですので…帰ってきたらお三方に紹介します」

 

 その場を取り繕うように、レイは一言延べてシンを追って行った。

 

「ふむ…若者同士、衝突するのは結構だが、正直心配だな」

 

 言葉とは裏腹に、あっけらかんとした声で言うデュランダル。こういうことに関して、彼は余り気にする方ではなかった。
 そもそも、そんな気概がなければ、未だに一人身でいるはずの人間ではないのだ。
 デュランダルはシンの暴挙を咎めるわけでもなく、平然とした顔でアスランに向き直った。

 

「アスラン、この部隊の指揮は君に任せることになると思う。統制はしっかり執ってくれたまえよ」
「了解です」
「それでは君――」

 

 デュランダルはヨウランの方を向いて言葉に詰まった。彼の名前を知らなかったのだ。それに気付いたヨウランは、少し苦笑いを浮かべた。

 

「ヨウラン=ケントです」
「ヨウラン、彼等にミネルバを案内してやってくれ。私は、ホテルに戻る」
「了解しました」
「それでは、後は頼むぞ」

 

 そう告げると、デュランダルは宿泊先のホテルへ戻っていった。どこまでもマイペースな人だとアスランは思う。
 ただ、そういう性分でなければ、戦争参加拒否を謳うオーブから自分やエマ達を引き抜くような真似はしなかっただろう。

 

「デュランダル議長って、こんなに長く本国を離れていて大丈夫なのか?」
「議会を纏めるセンスは抜群だって聞いたぜ。多分、他の議会員の人に任せても大丈夫だって事じゃないか?」

 

 カツの疑問にヨウランが応えた。この二人は同世代という事もあり、早速仲が良くなったようだ。
 同世代の少年がいてくれて良かったとエマは思う。大人が殆どのエゥーゴにあっては、カツのような思春期の少年にはストレスにしかならなかっただろう。
 そういう意味では、カツが今後ミネルバで窮屈な思いを味わわなくて済む。
 それよりも、問題なのはアスランとシンという少年の方だ。レイは問題ないかもしれないが、あの態度を見ていれば、これから先の部隊内の関係が危ぶまれる。

 

「大丈夫、アスラン? あのシンって子、問題児かもしれないわよ」
「分かっています」
「手に負えない時は、私に言って頂戴。少しなら何とかできるかもしれないわ」

 

 アスランの深く沈んだ表情を見て、エマが心配そうに話しかける。どうにも彼は気持ちの浮き沈みが激しいような気がした。
 その不安定さは、部隊を指揮する人間には致命傷になりかねない。
 隊長は、いつでも平静を保っていてもらわなければ、隊員が困惑する事になるからだ。

 

「それじゃあ、行きますよ。ミネルバの中を案内します」

 

 不安を抱えるアスラン。シンが居るという事は、ミネルバに乗ると決めた時点で覚悟していたはずだ。
 しかし、それでも改めてあんな風に敵対心を露わにされると、やはりやりにくさは否めない。
 この先どうなるかは分からないが、今はヨウランに率いられてミネルバを探索する。気持ちが沈んだ時に気分転換をする場所を確保する為、それを捜していた。

 

 その翌日、エマとカツのムラサメを積んだミネルバは予定通りにオーブを出航し、カーペンタリア基地に向かった。アスランの分のMSはそこで受領する事になるらしい。
 そして、ミネルバの出航を待っていたとばかりに大西洋連邦軍が再びオーブを襲撃しようと艦隊を派遣していた。
 その艦隊の中には、二年前に不沈艦の異名を持ったアークエンジェルの姿もあった。