『プラント・オーブ同盟』
プラントへの宣戦布告、そして大西洋連邦が軍をオーブに派遣したのは、ジブリールの口添えによるものだった。ユニウス・セブン落下の真相を記録した映像を連合の代表者たちに公開したのだ。
「ジブリールめ、やはり戦争を始めよったな」
「分かりきっていた事だ。だが、奴は自らの責任を認めんだろうな」
そして、オーブと大西洋連邦との同盟締結交渉が失敗に終わり、ザフトと協力したオーブ軍に派遣艦隊が敗れたとの報告を聞き、ブルーコスモスの連面は溜息をついていた。ジブリールのやんちゃな行動に辟易しているのだ。
「宣戦布告は、結局はプラントとオーブの結びつきを早めただけだ。デュランダルはそこまで考えて動いておった様じゃな」
リモコンのスイッチを入れ、スクリーンに映像が映し出される。そこには、オーブ官邸で記者に囲まれたデュランダルとカガリが映っていた。
『この困窮した状況で、我々はとても心強いパートナーを得ました。オーブとは友好関係にありましたが、これまで以上に綿密な協力体制を構築していきたいと思っております。そして――』
「デュランダルの狸め、ほざきよるわ。最初からオーブを狙っておった癖して」
「だが、これで調子に乗せんことが大事じゃな。確かにモルゲンレーテは惜しいが、戦力差では我等地球軍の方がまだ上じゃ」
デュランダルの声明に、ブルーコスモスの一同が届かない野次を送る。
『プラントとは友好関係にありました。デュランダル議長閣下も私共の理念を理解してくれています。その上での今回の同盟締結の申し出は、こちらにとってもありがたい事でした』
続いてカガリが言う。その表情はやや強張っているが、ブルーコスモスの面々にはデュランダルを疑っているという風には見えなかった。
「この小娘も、何の抵抗も無くかどわかされおって」
「若いとはいえ、これでは国を支えていく事など出来んわ」
「オーブはくれてやって良かったかも知れんな。お荷物を抱えずに済んだかも知れんぞ?」
「下らないですね。もう良いでしょう」
と、唐突に姿を現したジブリールが画面を消した。自分の思い通りに行かなかった事が気に喰わないのか、眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げていた。それを見て、他の面々が声を殺して笑う。
「開戦の準備、ご苦労だったなジブリール?オーブとプラントが手を結び、パワーバランスが多少は拮抗したな」
「お主の目論見どおりじゃなぁ。これで戦争が少しは面白くなる。武器商人のお主にとっては、またとない好機であろう?」
粘着質な言い方で言葉を投げ掛ける老人達。ジブリールはそれを不機嫌そうな表情で聞いていた。
勿論、ブルーコスモスの面々は今回の一件がジブリールの望んだ顛末ではない事を分かっているし、彼ら自身も余り歓迎できる事態ではなかった。だからこそ、ワザと厭味に聞こえるように口にしているのだ。
それに対し、ジブリールは口を閉ざす。老人の若者いびりに付き合ってなどいられない。
「どうした、顔が強張っておるぞ?もっと嬉しそうな顔をせんか」
「そうじゃ。これでお主の与するロゴスも潤うというもの。我等を利用したのは、その為なのだろう?」
(くたばりぞこない共め――!)
ジブリールの口の端に皺が出来る。口の中では、堅く歯を食いしばっていた。
しかし、ここで感情的になってしまっては、老人達の思う壺である。必死に冷静さを維持し、椅子に腰掛けた。
「――さて、これからは暫く様子見です。戦争が始まった以上、連合とプラントのどちらかに変化が現れるまでは下手に手を加えられませんからな」
「出来るだけ戦争を引き延ばす為か。だが、勿論最後は地球側の味方をするのだろう?」
「当然です。コーディネイターなど、この世にあっては災いを呼び続けるだけです。ジョージ=グレンが現れて以降、奴等がもたらした災禍は数知れず。
コーディネイターの発現による混乱期に始まり、ニュートロン・ジャマーなどという物で地球経済、その他諸々を危機に陥れ、そして今回のユニウス落下です。我等の母なる地球を、何度奴等が踏みにじってきた事か…それを考えるだけでおぞましいですよ。蕁麻疹が出ます」
大袈裟な身振り手振りで、ジブリールはとくとくと説く。彼の演説染みた話には、いつもこのような動きが加わる。それが癖になってしまっているのか、彼自身も無意識に行っているようだ。
「よろしい。ならば、決まりだな」
「今回はこれで解散に致しましょう。いきなりの開戦で、皆さんお疲れでいらっしゃるでしょうから」
「その前に、ジブリール」
閉会を告げるジブリールに、ブルーコスモスメンバーの一人が待ったを掛ける。
「…何か?」
その老人は、確か以前面白い男を拾ったとか何とか言っていた人物だ。ジブリールは目を細め、じっと見つめる。未だにこの老人の思惑が掴めていなかった。
「そう睨むなよ。なに、この間の疑問に応えてやろうかと思うての。…入ってきなさい」
老人が振り返り、誰かを呼ぶ。その視線の先の影から、一人の男が姿を現した。
「本日はこの場にお招き頂き、誠にありがとうございます。私は――」
白い制服に身を包み、細身でやや背の高いシルエット。鋭い瞳に輝きは無く、肩に掛ろうかという長髪をなびかせている。オールバックの髪型は特徴的なリングで縛られ、前髪もそれで纏められている。
「パプテマス=シロッコと申します。あなた方の協力者として、やって参りました」
片手を腹部に添えるように曲げ、深く頭を下げる。その男は、不敵な声で名乗りを上げた。
大西洋連邦軍との戦いが終わり、再びカガリの別荘へ戻ってきたエマ達。そこには、既に避難していたキラ達が帰ってきていた。
「アンディお帰り!」
「エマもカツもお帰り!」
玄関に入ってくると、子供達が一斉に出迎えてきた。口々に感謝を述べ、笑顔を輝かせている。
「お疲れ様でした、皆様」
「アンディのブレンドコーヒーほどおいしくないかも知れないけど、お茶を用意してあるわ。早くリビングに来て」
更に、ラクスとマリアもやって来る。彼女達も緊張感から解放されたのか、安堵の表情を浮かべていた。
「ま、たまにはマリアの淹れたお茶を飲むのも悪くないか」
「あれ?キラさんは?」
バルトフェルドがマリアに率いられてリビングに連れて行かれる時、カツは不意にキラの存在が気になった。マルキオやカリダの姿まであるのに、何故か彼だけいないのだ。
「キラはお二階のカミーユ様のお部屋ですわ」
「カミーユの所に?」
カツの疑問にラクスが応えてくれた。
「避難中も、キラがカミーユ様を背負っていましたわ。きっと、あの方を気に入ったのでしょうね」
「キラさんがカミーユを…?」
ラクスの言葉にカツは考える。話をすることの出来ないカミーユを、何故キラが気に入るのか分からないが、気になっているだろうなとは思っていた。
それは、ユニウス・セブンが落ちてきたときの事だ。あの時、様子を見に行こうとしたキラに、カミーユがしがみ付いた。普通なら、それを振り払って出て行くところだ。足手纏いを連れて行っても、何もいい事があるわけ無い。
しかし、キラはカミーユを連れて行くと言った。それは、彼の表情の中に共感できる何かを見つけたからではないだろうか。キラはカミーユの気持ちを何となく理解して、それで一緒に連れて行くと言ったのではないか。
その考察の裏には、カツなりの根拠がある。二人を見比べた時に、何となく境遇が似ている様な気がしたのだ。共に偶然に戦争に巻き込まれ、様々な体験を積み、そして最後に疲れ果てた。
(キラさんもカミーユに何かを感じてるんだ…)
カツの直感から得た推理が、核心に近付いた気がした。
「ちょっと見てきます」
「あら?」
皆がこぞってリビングルームに向かう中、カツは踵を翻して、二階のカミーユの部屋へ向かう。カミーユを見るキラが、何を感じているのか確かめたかった。
階段を上り、廊下を歩いてある部屋の扉の前で足を止める。コンコンと二回ノックすると、中からキラが返事をしてきた。
「カツです。入りますよ」
「カツ君?」
ノブを回し、扉を開けると、ベッドに寝かされたカミーユと、その側で椅子に腰掛けているキラの姿があった。
窓が開かれ、斜陽の光が優しく差し込んでいる。揺れるカーテンとオレンジ色に染まった空間。幻想的な雰囲気を感じさせた。
「無事だったんだね、カツ君。ありがとう、オーブを守ってくれて」
「お世話になりっぱなしでしたから。何か役に立てる事があれば、やるつもりでいました。それよりも、カミーユの面倒を見てくれて、ありがとうございました」
「…あの中では僕が一番体力があったから」
少し疲れているのか、キラの表情は優れない。他のみんなは、災いが未然に回避できた事に喜んでいた風だったが、彼は何処か不安げだ。ふと、キラは顔を上げてカツの顔を見た。
「その…聞いていいかな?」
「何をです?」
「君やエマさんと、カミーユさんの事。まだ、詳しい事を聞いていなかったよね?」
不意に投げ掛けられた言葉に、カツは動揺した。キラは、自分達の事を疑っていると思ったからだ。バルトフェルドには全て話したが、あまりにも荒唐無稽な話故に、他の人たちには本当のことは黙っていた。
しかし、自分とエマだけならまだしも、カミーユまでやってきた事がまずかったのだろう。これ以上誤魔化し通すのは難しいようだ。
一方のキラとしては、単純に疑問に思っていただけだった。バルトフェルドが気を許している辺り、3人が自分たちにとって悪人ではないのは了承している。ただ、最初から挙動が怪しかったのと、カミーユとの関係がいまいち曖昧な点が、キラには不思議に思えたのだ。
「カミーユは、僕の知り合いで――」
「この症状、きっと二年前の戦争で辛い目に遭ったからだと思うけど、君達は3人ともMSに乗っていたの?」
説明しようとした所で、間髪入れずにキラが言葉を挟んでくる。曖昧に誤魔化そうとした考えが見透かされたと感じ、カツは何も言えなくなってしまった。
「僕が言えた事じゃないかもしれないけど、エマさんはともかく、君やカミーユさんがMSパイロットだったなんて、変だと思うんだ。だって、若すぎる」
「その訳は、話が長くなって――」
「もう話してしまってもいいわよ、カツ」
カツが言葉に迷っていると、いつの間にかやって来ていたエマが言葉を挟んできた。
「エマちゅ…さん」
「他の人にも全て話したわ。今、アンディが説明している所よ」
「何で――」
「アレックスって子が来たのよ。ほら、さっきムラサメに乗って一緒に戦った子。今、その子が訪ねてきてね、それでアンディの部下だって言ったのが嘘だとばれてしまったのよ」
「アスランが来てるんですか?」
キラが、エマの話に口を挟む。アレックスというのが、アスランの偽名であると知っていたからだ。
「アスランって…じゃあ、あの子があなたと二年前に共闘したって言うアスラン=ザラ?」
「えっ…あ、そうです」
口が滑った、とキラは思った。よもや、これだけ自分達に絡んでおきながら、アスランの事を知らないとは思わなかったからだ。今のアスランは、色々な事情を踏まえた上で、偽名を名乗っている。むやみやたらに正体をばらしていい身分ではない。
「で、でも、他の人には黙っていてください。アスランは今、カガリのボディーガードを勤めているから、名前がばれちゃうの、良くないんです」
「旧ザラ派総統のご子息ですものね。分かっているわ」
「すみません…」
エマに向かって頭を下げるキラ。それを見て、カミーユやカツとは違い、素直な少年だとエマは思った。
「それで、本当のことって――」
気を取り直し、先程の続きを訊ねてくるキラ。そういえば、話の途中だった。
「…信じてもらえないとは思うけど、私やカツ、カミーユは、この世界の人間ではないの」
「え……?どういう――事ですか?」
言葉とは裏腹に、キラの中の疑問が核心に近付いた。思い出したのは、エマがやって来た日にバルトフェルドが告げた言葉。彼が言っていた『別の世界』とは、この事だったか。
「私たちにも良く分からないの。ただ、気がついたら私達はここに居た――それだけしか分からないの」
「じゃあ、MSを動かせるのも――」
「ごめんなさい、怪しまれたくなかったから隠していたけど、私達は本当は軍に所属していたの。反地球連邦組織――通称エゥーゴに。そこでMSのパイロットをやっていたわ」
「エゥーゴ……」
「信じられないのも無理ないわ。でも、あなた達に敵対する意思は持っていない事は信じて欲しいの。今の私達は、あなた達に頼るしか出来ないから――」
この間まで読みふけっていた本の世界が、現実のものとなった。いや、にわかには信じることは出来ないし、もし真実だとすれば多少の畏怖もある。反面、面白くその本を読んでいただけに、高揚する気持ちもある事も気付いた。畏怖と興味で、胸の鼓動が高鳴る。
「じゃあ、カミーユさんは――」
「分からない。私達は、カミーユがどうしてこうなってしまったのか知らないの」
「どうしてですか?一緒に戦っていたのでは――」
「私達、本当は死んでいるはずなの」
「え!?だって――」
「何の因果かは分からないわ。――だから、その後に何か起こって、こうなってしまったんでしょうね…」
あっけらかんと信じられない事を話すエマ。キラは、その話に衝撃を受け、言葉を失った。視線の先のエマは、哀れむような目で焦点の定まらないカミーユの顔を見つめている。
「もしかして、カツ君も――?」
「岩にぶつけられて、そのまま――」
「そ、そう…なんだ……」
訊ねておいて、適当に相槌を打つしか出来なかった。自分もかなりきつい戦いを経験してきたが、この二人は一度死を経験しているのだ。その意味を、キラは消化できないで居た。
そして、カツはキラに対して軽い嘘をついた。本当は、岩に“ぶつけられた”のではなく、“ぶつかった”のである。その後に、ハンブラビに狙い撃ちにされて戦死した。その様子を見ていたエマはそのことを知っていたが、別段突っ込む気にもなれなかった。
この世界で元の世界の話をしても、意味が無いからだ。
「キラ、アスラン君が来ているわよ。カミーユ君は私が看ているから、顔を出してきなさい」
「母さん」
重い空気の中、カリダが部屋にやって来た。そして、エマとカツを見ると、優しく微笑んだ。
「アンディから聞きました。でも、悪い人ではないと信じています」
「カリダさん…」
「これからも、息子共々仲良くしてくださいね」
笑顔が素敵な婦人だとエマは思った。こんな女性に育てられたのなら、キラがこのような少年に育つのも道理だと思う。血の繋がりはなくとも、彼女達だからこそ、健全な養子関係を築けたのだろう。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
にこやかに言葉を返すエマ。カミーユをカリダに任せ、3人は階下に降りていった。
「それじゃあ、オーブはプラントと同盟を結ぶ事を正式に決めたんだな?」
「はい、セイランもその方向で納得しているようです」
リビングには、アスランとバルトフェルド、それにマリアとマルキオが居た。ラクスは、子供たちと外へ散歩に出かけていた。彼等の話の邪魔を子供たちにさせないためだ。
「あの親子にしては、あっさりとした対応だな。彼等は連合寄りだと思っていたんだが」
「彼等もオーブ臣民です。国の利益を考えた時、プラントとの同盟も有りだと考えたのでしょう」
「そうかな?俺には、デュランダルに誘導された風に見えたがね」
「そういう考えはよくないわ、アンディ」
アスランからの報告に、難儀を示すバルトフェルド。マリアは、そんな彼の疑り深い態度が面白くなかった。
「君はデュランダルに会った事が無いから分からんのさ。テレビの画面を通じてじゃあ、政治家の本音なんて見えてこないものだよ」
「だからって…折角カガリさんが決めた事なんだから――」
「それが危ないって言っているのさ。お嬢ちゃんは確かに志の高い政治家さ。だが、それが資質の高さに比例するわけじゃない。今の彼女を信用しすぎるのは危険だ」
「代表殿は、そんなに頼りなく見えますか?」
バルトフェルドの忠言に口を挟んできたのはマルキオだ。彼はSEEDの信者でもある。カガリにその素質を見出している彼は、バルトフェルド程カガリを不安に思っていない。
「導師、僕はあなたの言うSEEDの発現とやらを信じたいとは思いますが、現実問題はそんな理想を語っていられるほど優しくは無い。彼女の覚醒が、手遅れになってしまってからでは遅いのです」
「それは分かりますが、何もそこまで不安に思うことも無いでしょう。彼女の理想の高さは、間違いなく時代をリードする事になると思います。そして、今も成長は続けているでしょう」
「そうだと思います。ですが、僕はそんな悠長に構えてられない性分でしてね。彼女の成長を待ってられないんですよ」
少しイラついたように、バルトフェルドはカップの淵を唇に運んだ。それを見るアスランは、少し悔しい。彼自身もカガリはまだ頼りなく映っているが、彼女はいずれ良い政治家になるだろうと信じている。
加えて、自分に近しい人が他人に勝手な事を言われるのが、妙に腹立たしかった。自分が一番カガリを理解しているという自負があるだけに、バルトフェルドの言葉は無知なるがゆえの暴言だと思った。
「いらっしゃい、アスラン」
そんな風にして、バルトフェルドにチラチラと視線を送って睨んでいると、2階からキラ達3人が降りてきた。エマとカツの姿も確認し、立ち上がる。
「無事だったんだな、キラ。――それに、カツ君、先程はありがとう。お陰でオーブ本土を守る事が出来た」
「わざわざ御礼をしに来てくれたんですか?」
アスランの礼を受けて、カツは言う。律儀な青年だと思った。
「あぁ。そのついでに、色々と話を聞きに来たんだ。エマさんとカツ君…それともう一人居るとか?」
「じゃあ、もうバルトフェルドさんから聞いたんですね?」
「信じられない話だけど、バルトフェルドさんが言っているのだから本当のことなんだろうな」
アスランは視線をバルトフェルドに送る。それに気付き、カツは改めてバルトフェルドが周りから信頼されているんだな、と実感した。
「オーブはプラントと同盟を結ぶのよね?その後は、どうなるの?」
カツを押しのけ、今度はエマが訊ねる。
「5日後にザフトからオーブに駐留軍名義の守備隊が配属されます。デュランダル議長は明日帰られる予定でしたが、同盟が結ばれる事により、その部隊の到着を待ってから帰るそうです」
「ミネルバでは帰らないのかしら?」
「ミネルバは3日後にオーブを出て、カーペンタリア基地に向かうそうです。そこで新たな指令を受け取り、そのまま作戦行動に入ると聞きました」
「3日後?では、オーブの防御が2日手薄になるわね…カガリ代表はそれを了承しているの?」
「それが――」
ミネルバが明日発つというのなら、2日だけとはいえオーブは自前の戦力だけになってしまう。その時に再び大西洋連邦軍に攻め込まれれば、今度こそオーブの本土が戦火に巻き込まれてしまうだろう。
デュランダルは、それが分かっているはずである。今日の戦いも、ミネルバのタンホイザーが無ければ、オーブ軍だけでは敵の侵攻を防ぎきれなかった。万が一の事態が起こる可能性を考えれば、同盟を組んだ意味がなくなってしまう。
アスランもそれが分かっているのか、言葉を少し詰まらせた。
「デュランダルも考えちゃいるさ。その為に、あれを持ってきたのだろう?」
バルトフェルドは言う。アスランも彼の言う“あれ”が何なのかを知っているのか、首を一つ縦に振って先を続ける。
「フリーダムを置いていくと言っています。そして、バルトフェルドさん、あれにあなたが乗るようにお2人から伝言を預かっています」
「俺に再び軍人に戻れってか?」
「引き受けてくれますか?」
「そりゃあな、この日の為に俺は気持ちだけは維持してきた。覚悟は出来ているよ。…が、それもデュランダルの思惑の内ってのが面白くないがね」
「そんな事、言ってる場合じゃないでしょ」
隠す事無くデュランダルに対する不審を口にするバルトフェルドに、マリアが言う。このような状況で口にする言葉ではないと思った。
「こっちは利用されているようなものだ。この場で不満を口にしたぐらいじゃ、罰は当らんよ」
「そうではなくて――」
「やらないとは言ってないんだ。それとも、誰か他の奴が居るってのかい?」
バルトフェルドは面白くなかった。デュランダルは、キラをフリーダムに乗せるつもりでいた。そして、それは今も変わっていないはずだ。そうなると、彼にとって自分は代役、いわばキラが再びMSに乗る気になるまでの繋ぎに過ぎないのだ。
キラを争いから守るのを目的としてはいるが、それ以上に自分のプライドが傷つけられた気分になった。デュランダルにとって、バルトフェルドは思惑の範囲外にあるのだ。かつて砂漠の虎の異名を持っていた彼にとっては、屈辱だ。
「…引き受けてもらえるということで、報告していいんですね?」
「二つ返事で引き受けたと伝えてくれ。張り切っていたってな」
「分かりました」
バルトフェルドの魂に火が点いたのか、目つきが変わっていた。アスランはそれを見て少し笑う。彼が本気だと分かったからだ。
「それじゃあ、俺はそろそろ時間なので、帰ります」
「うん、またね、アスラン。カガリによろしく」
「あぁ、またな、キラ」
軽く会釈をし、アスランは自分の所有しているスポーツカーで帰って行った。
見送りの為、外まで出てきたキラは、ふと視線を海へ向ける。夕日が水平線の彼方に消え、一日の終わりを告げていた。
翌日、相談事があると言って、デュランダルがカガリの下を訪れていた。デュランダルがカガリの執務室に入ると、そこにはカガリと共に二人の男が居た。軍指令のソガと、カガリの付き人も兼ねるキサカだ。
(セイランは居ないか…彼等が居ないだけで、随分と話しやすくなるものだな)
ウナトとユウナが居ないのが、デュランダルには楽に思えた。彼等の存在は、デュランダルにプレッシャーとなっていたからだ。
「お取り込み中でしたか、これは失礼」
「いえ、大丈夫です。…下がっていいぞ」
デュランダルの来訪に合わせて、二人を退室させようと促す。これから訪れるであろう敵の襲来に備え、部隊の整備を話し合っていたところだった。
しかし、デュランダルは今やオーブにとって超VIPの立場にある人間である。故に、カガリはデュランダルとの会談を優先させようとした。
「お待ちください」
だが、デュランダルはそれに待ったを掛ける。
「見たところ、彼等は軍の関係者とお見受けしますが、違いますか?」
「その通りですが、何でしょう?」
引き止めるデュランダルの意図が分からない。こういう話は、出来るだけ人の耳を避けるのが普通だと思っていた。
「昨日の戦闘ですが、ミネルバからオーブ軍の戦いを拝見させてもらいました。急な事態にも関らず、中々のものでした」
「ザフトに比べれば、まだまだです。昨日は援護が遅れまして、非常に申し訳なく思っています」
デュランダルのお世辞に、ソガが応える。若干の皮肉も混じっているように感じられたが、ここは素直に言葉を受け止める事にした。
「彼が軍指令の方で?」
「そうです、ソガといいます。あちらがキサカです」
カガリが立ち上がり、手を差し伸べて2人をデュランダルに紹介する。するとデュランダルはソガに向き直り、彼に話しかける。
「では、ソガ殿。昨日の戦闘で、三機編成の変形MSを見たのだが、彼等が誰なのか分かるか?」
「三機編成…ですか?確かにトリオを組ませているのは何組か居ますが」
「インパルスとフリーダムと共闘した三機だ。彼等をザフトに転向させて欲しいのだが」
「転向…ですか?」
「そうだ。これからミネルバは独立部隊として世界中を回って任務を遂行していく事になる。その時に、プラントとオーブの融和をアピールする意味も込めて、その三人をミネルバに編成したいのだ」
「そちらがフリーダムとザフトの戦力をオーブに振り分けてくださるので、私の方ではお断りする事は出来ませんが、何分誰の事を仰っているのか分かりませんので…キサカ、お前は分かるか?」
難しい表情で考えるソガは、振り返ってキサカに問い掛ける。彼は先日の戦闘で、部隊の発進を指示していたはずである。思い当たる節があるのではないかと思ったのだ。
問われたキサカは、顎に手を当てて少し考え込む。思い出せるだけの記憶を辿り、口を開いた。
「確か、整備兵の一人が言ってました。ムラサメに、アレックスと民間人らしき二人を乗せたと。帰還した兵によると、彼等は三機で敵陣の奥に突っ込んでいったと言っていました」
「アレックス君が?なら、そうだな。いい動きをしていたのを覚えている」
(アスランを――!?)
デュランダルが転向させたいと言っているのは、アスランとエマとカツだ。デュランダルの意志を知り、カガリは複雑な思いに駆られた。アスランとは、単なるボディーガードという関係を超えた気持ちを抱いている。そんな彼と離れなければならないのは、彼女にとっては辛い。
「ちょっと待って頂きたい。デュランダル議長は、オーブの理念を理解していてくれるものと思っていたのですが?こちらから転向させるとなると、理念の一つである“他国の争いに介入せず”が損なわれてしまいます」
「おや?国際的に見れば、我等と同盟を結んだ時点で既に理念は崩壊していると見られているはずですよ。それを知った上で手を組んだと思っておりましたが」
「なっ……!?」
不敵に言い放つデュランダルに、カガリは目を丸くする。
オーブが連合と戦争状態のプラントと同盟を組むのは即ち、国際的見地から見れば戦争に介入しているという事になる。カガリは、自国が守られるという条件のみに目を奪われ、外からの目に気付いていなかった。
「そ、それでは約束が違います!あなたは我等の理念を守ると仰っていたではありませんか!」
「私はその様な事を言った覚えはありませんが」
「そ、そんな――で、ですが、我々が戦争に参加してしまっては――」
「しかし、あなた方だけが無関係で居る事は許されない。ヤキン戦役の時にも、クサナギ級の戦艦がザフトと連合の戦争に介入していたではありませんか。今更、それを無かった事にすることなど、出来ませんよ」
「しかし、それでは――!」
カガリは反論できない。確かに、ヤキン戦役では、エターナル、アークエンジェルと共にオーブ艦であるクサナギも戦闘に参加していた。それはつまり、他国の争いに介入したという事である。
カガリが狼狽していると、デュランダルは続ける。
「代表にとって理念とは、世間体を気にする為だけのものですか?」
身に覚えは無いが、グサッと来た。それは、カガリの中に知らず知らずの内に、そういう考えが生まれつつあったのを意味している。かつてシンに責められた時も、似たような気持ちになった。
「違います。平和を築く為の指標であると、思っています。決して、飾りではありません」
「そうです。理念というものは、その人の心の指標なのです。ならば今、この状況で真に何をすべきなのかをお考え下さい。時には、理念に矛盾するような行動も、後になって意味を持つ場合もあります」
「それは、理念の一つを崩せと仰っているのか?」
「その必要があると言っているのです。理念が代表の身を飾る為だけのモノでないならば、それを示して頂きたい」
「……」
カガリは目を閉じた。思い起こしたのは、ミネルバで出会ったシンという少年兵の言葉。“家族をアスハに殺された”――そう言っていた。恐らく、二年前のオーブ防衛戦での事だろう。
その時、父・ウズミは、中立の理念を守る為に最後まで連合の圧力に屈しなかった。そして、最後までその志を貫き通して死んでいった。その姿は立派だったと思う。だから、その志を自分も受け継ごうと思ってこれまでやってきた。
しかし、その背景で消せない痛みを背負った少年が居た事を、あれから二年経た今知った。彼は、謂わばウズミの理念の犠牲者とも呼べる存在。理念を貫き通す事で民を苦しめる事など、あってはならない事だ。
「完璧な理念などありえない…」
カガリは呟く。デュランダルが目を細めた。
「どんなに立派に見える理念も、所詮は一つの価値観に過ぎません。それに凝り固まるのは、独裁者のすることです。カガリ代表は、その様な人物ではないと、私は思っております」
デュランダルの言葉が突き刺さる。自分は、理念を守る事に対して、頑固になっていたのかもしれない。養父の最後を見たから余計に理念を大切にしなければと思い込んでいたのだろう。
心の中で“ごめんなさい”と呟く。ウズミのように初志貫徹は出来ないかもしれないが、オーブを守る為に、自分なりに考えてやっていく事を亡き父に誓った。
「キサカ、アレックスを呼んでくれ」
カガリが決断を下す。