ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第20話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 22:18:13

『アークエンジェル、ソラへ』

 
 

 カミーユを連れたボリノーク・サマーンはアークエンジェルへ向かう。試験的に散布したミノフスキー粒子の濃度も、そろそろ薄まってくる頃だろう。オーブの指揮系統も回復に向かっているはずだ。
そうなれば、少数精鋭で来ている自分たちは不利になる。アークエンジェルをまだ落とせていないとなれば、撤退だ。

 

「各機撤退してください。残りのミノフスキー粒子を全て撒いてかく乱します!」

 

 サラは通信を繋げ、ディープ・フォビドゥンに撤退の指示を出す。アークエンジェルを破壊できなかったのは残念だが、収穫はあった。それはレコアがオーブ側についたという情報と、カミーユを回収できたという事だ。
カミーユを条件に、アークエンジェルをオーブから引っ張り出す事が出来るかもしれない。

 

 サラからの撤退命令を受け、ディープ・フォビドゥンは撤退していく。その様子に安堵し、ヘルメットを脱ぐキラ。バルトフェルドも同じ事を考えていたのか、通信を繋げて来た。

 

『えらくあっさりと引いたな。連中は――』
「はい……あっ、バルトフェルドさん、通信が奇麗に繋がるようになってますよ」
『ん? 本当だな』

 

 それまで頑として繋がらなかった通信回線が、いつの間にか繋がる様になっている。しかし、レーダーには敵が去って行った方向が未だにジャミングが掛けられたままだ。この不思議な現象に、2人は疑問符を浮かべるばかりだった。

 

 そしてアークエンジェルへ戻り、ラミアスを連れてきたレコアのM1アストレイも着艦した。そこで、レコアの口からカミーユ拉致の報を知らされる事になる。ラミアスは狼狽していて、レコアもやや感情を乱している。
カミーユが攫われた事が、2人に影響を及ぼしていた。

 

「直ぐに助けに行きましょう! 今なら、追いつけるはずです!」
「それは無理だな。レコアの話が本当なら、ミノ…何とか粒子って奴の影響で、俺達には追撃は不可能のはずだ。それに、奴(やっこ)さんはソラに出るって言ってたんだろ? なら、アークエンジェルが動けないんじゃあ、話にならない」

 

 バルトフェルドに言われ、キラは表情を曇らせる。エマとカツにカミーユを任せてくれと言った手前、敵に拉致されてしまいましたでは合わせる顔が無い。このまま黙って見過ごすわけには行かなかった。
 しかし、現実は厳しいもので、例え敵の行き先が分かった所で、宇宙へ上がる為のアークエンジェルが動かせないのなら話にならない。
 一方でバルトフェルドは視線をラミアスに向けていた。相変わらず困憊の色を浮かべるだけで、彼女にはアークエンジェルの艦長は無理だと感じた。溜息をつき、腰に手を当てる。
レコアが先程から苛立っているように見えるが、成る程、彼女の気持ちも分からんでもないと思った。今のラミアスは狼狽するだけの状態。カミーユを大切に思うレコアから見れば、その思いもひとしおだろう。

 

 しかし、そんな風にバルトフェルドが考えを廻らせていると、急にラミアスは顔を上げて一同を見回した。何事かと思い、一同は眉を顰めてラミアスの奇行に目を配る。やがて、口を開いた。

 

「私、もう一度アークエンジェルに乗ります」

 

 いきなりの発言に、一同は目を丸くした。まさかラミアスの口からこのような言葉が出てくるとは思わなかったからだ。彼女にはやる気が無い――そう感じていただけに、彼女の突然の宣言には疑問が残る。

 

「あなたに出来るのですか?」

 

 即座に問うレコア。ラミアスに対していい感情を持っていない彼女は、不審がっていた。対して、少し伏し目がちにラミアスは返す。

 

「出来ます――と言うか、やらせて欲しいんです。このままでは、私はただの最低女になってしまいますから……立ち直るきっかけを与えて欲しいの」

 

 カミーユを拉致されたという負い目が彼女の自己責任能力を目覚めさせたのかどうかは分からない。ただ、そんなラミアスに対しても、レコアは訝しがるだけだった。女性として、弱い部分だけを見せる彼女にその様な気概があるとは思えない。

 

「それだけではアークエンジェルを任せられないな。君の自己満足のためだけに動かされたのでは、安心して任せられない。こっちは命を張って戦っているんだ」

 

 続けてバルトフェルドが突っ込む。それに対してラミアスは困った表情をしていた。
 バルトフェルドは彼女の気持ちの中に何か変化があったと感じていた。昼間の時点では拒んでいたのに、今になって急にやる気になったのは、きっと心の革新があったからだ。その変化を、バルトフェルドは知りたがっている。

 

「何故、アークエンジェルに乗ろうと思った? 本当の事を教えてくれないか」

 

 バルトフェルドが問い掛けると、一同が固唾を呑んで見守る中、ラミアスは少し間を置いて語りだした。

 

「カミーユ君が、私を見て泣いてくれたんです。レコアさんが出て行った後だったけど、一人残された私を見て、彼が涙を流していたんです」
「カミーユが?」

 

 少し身を前に出してレコアが問う。それに応えてラミアスは一つ頷くと、続ける。

 

「その涙に果たしてどんな意味があったのかは分からないけど、それを見て、彼は私の事を分かってくれるって、そう思ったんです。だから、私も彼を助けたい。私を分かってくれる彼にもう一度会いたいんです。
…いい年したおばさんが、こんな少女染みた感情を持つのは可笑しいとは思いますけど……」
「そんな事無いですよ、マリューさん。僕も、カミーユさんはとても優しい方だと思います。そんな彼を助けたいと思うのは、当然だと思うんです」

 

 自嘲するラミアスをキラが励ます。レコアと同じく、彼もカミーユ拉致に責任を感じていた。だから、ラミアスがやる気になってくれるのなら、これ程ありがたいことは無い。

 

「ありがとう、キラ君。…それにね、カミーユ君は私をアークエンジェルに乗せようと考えていたみたいなの」
「マリアさんをアークエンジェルに?」
「えぇ」
「どうしてそんな事が分かるんです? 浜辺で追いかけっこをしていたのと、何か関係があると言うんですか?」

 

 レコアが問う。謎だったのは、何故カミーユとラミアスがあんな砂浜に居たのか。レコアには検討もつかないことだが、彼女には何となく分かるようだ。

 

「カミーユ君が急に駆け出したから、私は慌てて追いかけたの。でも、不思議で、私を誘っている様に見えたわ。そして、あそこをずっと駆けて行っていれば、先にはアークエンジェルがあった。
…カミーユ君は、もしかしたら私をアークエンジェルに導いていたのかもしれないって、今になって思ったの」
「でも、カミーユは立つ事も出来なかったのに――」
「私の為に無理をしてくれたのね。だから、MSが降りてきて攫われそうになった時、何の抵抗も出来なかった。私は、そんな彼を助けてあげたいの。あなたには分かって欲しい、この気持ちを――カミーユ君を思うあなたには……」

 

 言われて、レコアは何も言えなかった。精神を病み、弱っていてもそれでも尚、人の為に一生懸命になろうとするカミーユの健気さに、ラミアスの母性本能が働いのだと思う。そんな感じ方をするラミアスを見て、レコアも同じ気持ちになっていた。
 確かにカミーユが拉致された原因はラミアスにあるかもしれないが、彼を任せて出て行ってしまった自分にも責任はある。一概に彼女を責める事など、今のレコアには出来なかった。
 2人が黙っていると、見かねたバルトフェルドが口を開く。

 

「気持ちは分かるが、しかし、君がアークエンジェルに乗ってくれる事になっても、今のオーブの情勢では外に出すのは難しいぞ。ザフトが降りてきてくれたとはいえ、アークエンジェルとフリーダム無しでは随分と違う。お嬢ちゃんが何と言うかだな」

 

 問題はそこだ。防御の薄いオーブにとって、アークエンジェルの陽電子砲は虎の子の武器だ。単純に兵器としても使えるし、不沈艦という2つ名は外交の切り札にもなり得る。
そんな戦艦を、たった一人の民間人を連れ戻す為に動かすとは、いくらカガリとはいえ到底思えない。

 

「でも、聞いてみなくちゃ分かりません。それに、カガリならきっと分かってくれると思うんです」
「そうかもしれないがな……それでは困るという意味もある」
「どういうことです?」
「いや、いい。とにかく、先ずはお嬢ちゃんに聞いて見なければ分からんという事だ」

 

 手でリアクションしながら、バルトフェルドは通信回線を弄り、オーブ官邸のカガリの下へ繋いだ。時刻は深夜を周ってはいるが、この騒ぎで彼女もまだ起きているだろう。これからの事を早急に相談しなくてはならない。

 

 出撃したキラ、バルトフェルド、レコアのお陰で、オーブの被害は殆ど無かった。デスクから飛び出しているモニターに向かって、カガリはバルトフェルドと話していた。

 

「――そうか、こちらで検討してみる」

 

 アークエンジェルとの通信を終え、カガリのデスクから飛び出しているモニターを引っ込める。何とかアークエンジェルを守る事に成功したようだが、その代わりに民間人の少年が攫われてしまったと言う。神妙な面持ちで肘をデスクの上に置き、両手を組んだ。

 

「どうでした、代表?」

 

 いつものようにカガリの執務室にはセイラン親子が居た。ソファに腰掛け、膝に肘を乗せて前かがみになっているユウナは、固い表情のカガリを見て、訊ねる。

 

「アークエンジェルの防衛には成功した。しかし、その際に民間人の少年が襲撃犯に拉致されたらしい」
「拉致?」
「そうだ。それで、アークエンジェルをソラに上げたいと言ってきているんだが――」

 

 カガリの表情が曇る。彼女としては、アークエンジェルの力は是非キープしておきたい所だ。

 

「しかし、代表は国の防衛の要であるアークエンジェルを外には出したくない――クサナギはまだ整備が終わってませんからねぇ。これは、宇宙での戦闘を予測していなかった我々のミスかもしれません」

 

 オーブにはクサナギ級という宇宙戦闘用の戦艦もあるが、彼等の第一目標は国の防衛である。理念にも他国を侵略しないというお触書があるし、主戦場が地球である以上、地上戦しか想定してなかったとしても仕方なかったのかもしれない。
 よって、今すぐに宇宙で運用の出来る宇宙戦艦は、アークエンジェルのみである。苦しい状況に、カガリの眉間に皺が寄る。

 

「代表、私はアークエンジェルをソラに上げても構わないと思いますが」

 

 黙っていたウナトが口を開く。その言葉に、カガリは疑問の表情を浮かべた。

 

「何故そう思う? アークエンジェルがあるお陰で、連合も迂闊に手を出せない状況になっているのだぞ。今日だって、それを疎ましく思ったからこそ、工作部隊を送り込んできたのだろう?」
「そうでありますが、ピンポイントでアークエンジェルを狙ってきたということは、彼等がそれだけアレに執心しているということです。逆に考えれば、アークエンジェルをソラに上げる事で、連合の目をそちらに向けさせる事が出来るかもしれませんぞ。
加えて、彼奴等(きゃつら)めもザフトへの対応で、我等に向ける目も緩くなっておりましょう」

 

 ウナトが言っているのは、アークエンジェルに囮を任せるという事だ。元々大西洋連邦が攻めてきたのも、同盟を断られた腹いせの意味もあっただろう。しかし、今は既にザフトとの戦争で、オーブにかまけている余裕は無いはずである。
だからこそ、少数の特殊部隊にアークエンジェルを狙わせたのだろう。
 そう考えれば、連合がオーブ攻略に大戦力を回す可能性は低いはずだ。部隊の再編成が終わってないとはいえ、ザフトも居る。小規模の戦闘なら簡単にこなせるだろう。
 しかし、カガリは思う。推論だけでは確証が無い。

 

「ザフトの協力があるとはいえ、オーブの守備は万全ではない。ウナトの言っている事が本当だとしても、アークエンジェルを打ち上げた瞬間に攻め込まれたのでは意味が無い。これをどうするつもりなんだ?」

 

 確証がなければ、アークエンジェルをみだりに打ち上げる事など出来ない。カガリは汗ばんだ手を解き、背もたれに体を預けてリラックスする。

 

「そこは私にお任せ下さい。その様なことが無いよう、情報操作で大西洋連邦の動きを牽制します」
「どんな方法でだ?」
「今は申し上げられません。しかし、これが上手くいけばアークエンジェルを安全にソラに上げる事が出来ます」
「確証は? あるのか?」
「十中八九、上手くいく方法です」

 

 ユウナの言っていることは本当だろうか。どのような手を使うのかが気になるところだが、それを問い質した所で彼がすんなりと手の内を公表するような性格ではないことをカガリは知っている。
 ただ、カガリの頭の中は民間人が拉致されたことで一杯になっていた。口では国防を出しても、心の内では民間人を巻き込んでしまった事に対して深い負い目を持っている。だから、何としてでもその人物を救い出したいと思っていた。

 

「本当に出来るんだろうな?」

 

 少し、カガリの目の色が変わったのを、ユウナは見逃さなかった。彼女も、何だかんだ言っても所詮は人情派。国民の危機に立ち上がらないわけが無い。今は、アークエンジェルの戦力を出し惜しみしているだけだ。
だから、その背中をちょっと押してあげれば、食いついてくると思っていたが、正にそのとおりだったようだ。

 

「今すぐにでも可能です。…が、その前に私の条件を聞いていただきたいのですが――」
「条件だと?」
「はい」

 

 ユウナの表情は何かを企んでいる顔だ。弱みにつけ込む安っぽい顔をしているように、カガリには見えていた。思わず体を強張らせて身構える。
 そんなカガリを見て、ユウナは拳を口元に当て、困ったように苦笑した。信用されてないのがショックだったようだ。

 

「そんなに構えないで下さい。私は、ただ代表に髪を伸ばして貰いたいだけなのです。その方が、あなたはより綺麗になれる」
「なっ――き、綺麗だと!?」

 

 驚きの声をあげ、カガリは思わず吹き出してしまった。そういう事を言われ慣れてなかったからだ。そして、こんな単純な、果たして条件とも言えるのかも分からない事を言ってくる辺り、何かを企んでいるのだろうと邪推する。

 

「政治家は容姿が大事であります。折角美しいブロンドヘアーをお持ちになっているのですから、ショート・カットでは勿体無いとお考えになりませんでしょうか?」

 

 口元に当てていた拳を広げ、それを返してカガリに訴えかける。確かにユウナの言うとおり、政治家は見た目も大事だが、本心ではカガリに彼好みの女性になって欲しいという思いがある。
アスランが居ない今、アプローチを掛ける必然のタイミングなのだが、このような状況で条件でも出さなければ、大雑把な彼女が髪を伸ばす事などしないだろう。
 これはある種、ユウナがカガリを本気で落としに掛かる、最初の一歩でもあった。立ち上がり、カガリを正面に見据えて真剣な眼差しを送る。

 

「考えん。長い髪など、邪魔になるだけだ」
「そう仰ると思い、取引を持ち掛けさせて頂きました」

 

 真っ直ぐに送ってくるユウナの視線が癪に感じた。カガリは両手でデスクを叩き、立ち上がる。

 

「やり方が汚いぞ。お前もオーブ臣民なら、取引などせずにだな――」
「それはそうでございますが、私はどうしても代表のお美しい姿を拝見したいのです。どうか、私のお願いを聞いて頂けませんでしょうか? 聞き届けて下されば、私はどんな苦難でも、代表のお望みどおりの働きをして見せましょう」

 

 立ち上がり、手を腹部に沿えてユウナは執事の様に丁寧なお辞儀をカガリに向かってした。そのユウナの態度に、カガリは喉を掻き毟りたい気持ちになった。言葉遣いもそうだが、ユウナの態度がキザったらしくていけ好かない。
こちらの心の内を見透かしたような、馬鹿にしたような仕草が、カガリを苛立たせていた。
 しかし、逆に対抗心のようなものも芽生えていた。こんな仕打ちを受けるのは、自分にそれだけの度量を感じてもらってないという事だ。つまり、彼等もカガリを舐めている。ここはグッと堪えて、気持ちを落ち着かせた。

 

「その忠誠心があるのなら、取引などせずにだ、やって見せるのがオーブ五氏族のあるべき姿じゃないのか? 父親の手前だぞ、ユウナ」

 

 強気に言い放つカガリ。このままでは、いつまでも傀儡のままだろう。その自覚が、彼女の中にも少なからずあった。

 

「父上は関係ありません。これは、オーブの未来にも大きな影響を及ぼす一大事であります。代表がお綺麗になられれば、民の耳により良く言葉が浸透するきっかけになります。その分だけ、代表の理想とされる未来が開けるのです」
「よくもそんな事が言える」

 

 引き下がらないユウナ。そして、カガリはウナトを見やった。彼は目を閉じ、じっと会話に聞き入っているようだ。息子のボンクラを矯正しようという気が無いのか、と思ったが、そういうつもりなら、敢えて彼等の思惑に乗ってやろうと思った。
その上で、いつか自分の力を思い知らせてやろうと奮起する。
 尤も、カガリに具体的な案など持てるはずも無く、ノー・プランな彼女は訳も無く自信を覗かせるのだった。

 

 カガリの執務室を退出し、官邸の廊下を歩く親子。電気は点いているが、既に深夜を周っているだけあって辺りは静かだ。絨毯の上を歩く、普段は聞こえないような篭った靴音が、静寂の中ではっきりと響く。
窓の外は風で木が揺れ、まるで黒い巨人が体を揺すっているかのようだ。葉が擦れる音が、それが木である事を証明してくれている。

 

「先程の件、ジブリールに連絡を取るつもりか?」

 

 先を行くユウナの背中を見つめ、ウナトは問い掛ける。その問いかけにも、ユウナの足音は揺らぐ事無く、規則正しく続けた。

 

「その通りです、父上。ジブリールにオーブに対する大西洋連邦の動きを押さえて貰い、その上でアークエンジェルをソラに上げます。連合が対ザフトに手を向けている今の現状で彼の圧力が加われば、そう難しい事でもないはずです」
「しかしな、ジブリールがこちらの言う事を聞くか? 多少の土産をくれてやっただけでは、動かない男だぞ」
「大丈夫でしょう。彼はブルーコスモスの盟主であると同時に、武器商人でもあります。オーブが崩されれば、戦争の規模が収縮すると分かっているはずです。
それに、父上も仰ったではありませんか? 一つの物事に拘るのは、馬鹿者のすることだ、って」
「そうだがな――」

 

 コーディネイターを殲滅しつつ、戦争に利益を求めるのがジブリールの基本的な概念だ。それを分かっているユウナは、彼が自分からの提案に乗ってくれると考えていた。
事実、ジブリールという男はその通りで、ユウナの提案を彼は受けることになる。
 地球圏にとって、ナチュラルとコーディネイターの融和が進んでいたオーブという国は、一方で平和の象徴のような側面も持っている。プラントと同盟を結んだとはいえ、いまだその影響力は大きく、それが滅ぼされたとなれば連合内のハト派の意見が強くなる。
そうすると、それに釣られた世論は反戦を望む声が大きくなるだろう。
戦時特需によって莫大な利益をロゴスにもたらし、それを母体としているブルー・コスモスのその後の影響力を更に拡大させようと目論んでいるジブリールは、そうなってしまっては困るのだ。

 

「しかし、髪を伸ばしてくれ…か。既に恋人気分だな?」
「僕にも男子としての面子があります。しかし、今の彼女では本気になれないとすれば、先ずは容姿から僕の理想に近付いてもらわなければ、口説くことも出来ません」
「フン、軟弱な息子だよ、お前は。だが、それで我等がオーブを導けるのなら、私はお前に賭けよう。この国の未来は、お前の双肩に掛っていると言っても過言ではないのだからな」
「滅相も無い。父上には、まだまだ働いていただきますよ」

 

 少し顎を引き、笑いながらユウナは言う。冗談を言う余裕があるのは、彼に自信があることの証明なのだろうが、そんな息子をウナトは頼もしく思った。
 2人の足音が、官邸の廊下に響いていた。

 
 

 翌日、カガリからアークエンジェルを宇宙に上げる許可が出た。これでカミーユ救出作戦が実行できるとあって、キラやレコアを初めとする面々は喜んでいた。
しかも、アークエンジェルが行動しやすいように、アルザッヘル基地の戦力に対してザフトが陽動を掛けてくれるように、カガリからデュランダルに頼んでくれたらしい。
デュランダルとしても同盟国の要求を無碍に扱うわけにもいかない様で、加えて折角手に入れたアークエンジェルを壊したく無いという事情もあった。カガリはそこを突いた様で、一言厭味を言われただけで承諾してくれた、とのことだった。
 しかし、こうして全てが上手く行っている状況で、バルトフェルドは逆に訝しがる。カガリなら、アークエンジェルをオーブから離すのに抵抗があるだろう。
しかし、それなのに許可を出したのは、きっと裏でセイラン家が何かをしたに違いないと思っていた。彼は、デュランダル同様にセイラン家の事も信用しきっていなかった。

 

 軍港で出港準備が整っていく中、新たに加わったノイマンやチャンドラの他にも、整備士であったコジロー=マードック他のメカニック達や、ミリアリアも協力を申し出てきた。
彼女は戦場カメラマンとして活動していたが、戦局が動いていく中で彼女も自分に出来る事をしようと考えたらしい。
 そして、ミリアリアが誘ってきた人物が居た。短髪のブロンド・ヘアーに色の入った眼鏡をかけた、インテリジェンスを感じさせるスマートな出で立ちの少年。
彼の名はサイ=アーガイル。他のメンバー同様、アークエンジェルのクルーだった一人だ。ヤキン戦役後は、彼もオーブに身を寄せていた。

 

「サイ!」
「キラ、俺もアークエンジェルに乗るよ。お前がまた戦うのなら、俺だって何かしなくちゃな」

 

 旧友の思わぬ参戦に、キラは驚きと喜びの表情を浮かべた。確かに民間に戻った彼を再び戦いに巻き込むのは気が引けるが、それでも同年代の男友達だけあり、嬉しい事には違いなかった。

 

「カズイも誘おうと思ったんだけど、彼、この国には居ないみたいだったから――」
「しょうがないよ。アイツは戦うの嫌いだったし、嫌な思いをさせてまで誘う事は無かったさ。アイツは、俺たちと違って戦いと関係ないところで普通の生活が出来る奴だ。そういう人が居なくちゃな、みんな戦う人だらけになっちまう」

 

 昔の仲間、カズイ=バスカーク。彼は悪く言えば臆病で意気地なしの少年だった。しかし、その感性は至極尤もなもので、普通の人というのは彼のような人の事をいうのだろう。それが、平和な世の中にあって一番まともな事だとサイは思う。
彼のように戦いを拒否する人が居なければ、誰が戦いの無い世の中を望むのだろうか。臆病でもそういう感性を持つカズイの事を、時々サイは羨ましく思うことがある。

 

「彼もアークエンジェルのクルーだったの? カミーユと同じ位の年じゃない」

 

 キラ達が久しぶりの再開を喜んでいると、それが気になったレコアが話しかけてきた。一同は振り向き、レコアを見た。サイがキョトンとした顔でレコアを見ている。

 

「この方は?」
「レコア=ロンドさん。今回救出するカミーユって人の……保護者って感じかな?」

 

 訊ねてくるサイに、ミリアリアが応える。サイは一言、よろしく、といって自己紹介をして握手を交わした。

 

「大変な旅になるかもしれないけど、よろしくね」
「こちらこそ、足手纏いにならないように頑張ります」
「サイなら大丈夫だよ」

 

 少し照れくさそうにするサイと、それを励ますキラ。レコアはそれを見て、微笑ましく思っていた。友情というものを、レコアは感じたことが無い。一年戦争時に孤児になり、ゲリラに参加して遂にはエゥーゴに参加した。
青春時代を激動の中で過ごしたレコアは、少しだけ彼等の関係に嫉妬しているのかもしれない。

 

「キラ、ちょっとこっちに来てくれ!」

 

 そんな風に会話に花を咲かせていると、バルトフェルドがキラを呼ぶ声が聞こえてきた。キラは一言だけ告げると、バルトフェルドの元に歩いていく。すると、そこではラクスも一緒に彼を待っていた。

 

「ラクス――? 何でしょうか、バルトフェルドさん?」
「キラ、俺は今回の作戦には参加せずにオーブに留まろうと思う。どうにもきな臭い匂いがして、お嬢ちゃん一人では不安なんだ」
「それって、デュランダル議長の――」

 

 デュランダルに対してバルトフェルドが不審を持っているのは知っている。だから、キラはその事で不安に思っているのだろうと思った。しかし、バルトフェルドは首を横に振って続ける。

 

「それも無いとは言えないが、今俺が問題に感じているのはセイラン家の方だ。俺達がオーブを留守にして、お嬢ちゃんを一人にするのは得策ではないと思う。彼女はまだ新米の政治家だ。惑うこともあるだろう」
「でも、ラクスに残ってもらえば――」

 

 チラッとラクスを横目で見やる。彼女はカガリの良き友人として、同年代で相談に乗れる唯一といってもいい存在だ。例えセイラン家に篭絡されそうになっても、彼女さえ居れば安心できるのではないかと思った。

 

「そうかもしれないが、彼女も一緒にソラに上がってもらう事になる。だから、それは出来ない相談だ」
「えっ!? でも、今回の作戦は彼女がついて来なくたって――」
「アスランからの連絡を聞いただろう? プラントにラクスの偽者が現れたっていう――それを確かめたいんだとさ」
「本気なの?」

 

 顔をラクスに向け、キラが問う。ラクスはいつもと変わらぬ表情で、しかし少し困惑したような表情で言う。

 

「はい。この間の訪問でデュランダル議長のお考えはある程度お聞きしましたが、途中で連合が宣戦布告を行ってしまわれたので、全部は聞いていないのです。だから、もう一度話をする為にプラントへ行きたいと思っております」

 

 デュランダルが偽者を用意しているのは知っていた。しかし、それがどういう意図でする事なのかは聞けて居なかった。何ゆえに自分の偽者を仕立てようと思ったのかを、ラクスは知りたがっている。
 不思議な気持ちだった。自分そっくりの偽者が、誰にも正体を悟られずに堂々とステージに立つのが、嫉妬とかそういう気持ちではなく、単純に不思議に思えた。
できればその偽者に会って見たいと思っていたが、そんなにそっくりなら、無闇に顔を合わせても混乱を巻き起こすだけだろう。だから、せめて仕掛け人のデュランダルから、その真意を聞きたかった。

 

「わかったよ。…じゃあ、アークエンジェルはプラントにも向かうんですか?」

 

 一言ラクスに言い、キラは再び顔をバルトフェルドに向ける。それにも首を横に振ると、腕を組んだ。

 

「いや、彼女にはソラに出たらプラントから迎えを寄越してくれる手筈になっている。だから、カミーユを救出したらアークエンジェルは直ぐに地球に戻ってくることになる」
「えっ!? ラクスを一人で行かせるんですか!?」
「大丈夫だ。ダコスタ君に迎えに来させる。ソラはザフトが優勢だし、心配する事は無いさ」
「そう…ですか……」

 

 ラクスの事が心配なのは間違いないが、彼女と別れなければならないというのが一番心苦しかった。いつでも支えてくれた彼女があったからこそ、立ち直れたといってもいい。しかし、暫くは一人で戦って行かなくてはならない。
 気落ちするキラは、顔を俯けて力なく声を出した。そんな彼を見て、ラクスは穏やかな空気を醸し出してそっとキラの手を握る。

 

「あ――っ」
「大丈夫です、キラ。ミリアリアさんだって、サイさんだって一緒に行ってくれるのです。キラは一人なんかじゃありませんわ」

 

 僕が言いたいのは、そういう事じゃなくて……そう言いかけてキラはハッとした。何も言わせない瞳で、ラクスは見つめてくる。彼女は気を遣ってくれているのだ。
 キラと心を通わせたラクスには、彼のちょっとした表情の変化からも、何を考えているのか分かる。だから、このような分かりやすい顔を見れば、即座にキラが何に不安になっているのか分かってしまう。
 ラクスはこうして、いつでもキラに優しい言葉を掛けていた。彼にとっては、それは途方も無い救いになっていたことだろう。

 

 別れる事になるとはいえ、宇宙に上がるまではラクスと一緒だ。それまでの僅かな時間を貴重に思い、キラはラクスを抱きしめた。それを見ていたバルトフェルドが迷惑そうな顔をして、ラミアスにオーブに残る旨を伝えに行く。

 
 

 やがて出港準備が整い、アークエンジェルはマス・ドライバーで宇宙に放り上げられる。加速が後方に重力を掛け、内臓を押し潰されるような感覚を味わう。
それが続いていたかと思うと、今度は逆に体の中まで浮遊感を覚える無重力帯に変わった。アークエンジェルが地球の重力を振り切り、宇宙に出たのだ。

 

 宇宙に出たアークエンジェルは、プラントからの迎えのシャトルと合流する為、ランデブー地点へと移動する。そこでダコスタにラクスを任せ、プラントへ送ってもらう手筈になっていた。
 しかし、アークエンジェルがランデブー地点に到着しても、まだシャトルの姿が無い。待ち合わせ時間は、既に過ぎているはずである。ラミアスは時間を間違えたのかと思い、時計に目を向けた。

 

「…おかしいわね。時間は合っている筈なのに――」
「あちらが標準時とプラント時間を間違えてるんじゃないですか?」
「アンディの部下なのよ? そんなイージー・ミスをするとは思えないわ」

 

 顎に拳を当て、艦長席に座るラミアスは首をかしげた。

 

「周囲に機影は?」
「やっていますが、どうやら連合に先を越されたのかもしれませんよ。ジャミングが掛っています」

 

 CIC席に座るチャンドラがレーダーと睨めっこしながら応える。サイに通信探索を頼もうかと思ったが、彼もインカムに手を当てて難しい顔をしている。彼の耳に聞こえてきているのは、恐らくノイズの不愉快な音だけだろう。

 

「どう思います、レコアさん?」
「ちょっとそれを貸してくれない?」

 

 ラミアスに意見を求められ、レコアはサイからインカムを受け取る。耳に当てると、滝の音のようなノイズが一定調子で流れていた。チャンドラの前にあるレーダーにも目を向けたが、同じく乱れている。
 レコアはインカムを外し、サイにそれを返すと険しい表情でラミアスに振り向いた。

 

「十中八九、ミノフスキー粒子の影響でしょうね。この乱れ具合を考えれば、戦闘濃度まで散布されていると見ていいかもしれない」
「戦闘濃度? じゃ、じゃあ――」
「お迎えは既に来ていて、敵に捕捉されている可能性があります。すぐに戦闘配置をした方がいいわ」

 

「――ん? 拾えました! ノイズが酷いですが、SOSです!」
「前方で光を確認! ビームの光と思われます!」

 

 レコアが言い終わると同時に、サイが声を上げる。それに振り向くと、続けてチャンドラが報告する。

 

「ブリッジ解放、カメラ射出!」
「了解!」

 

 本来アークエンジェルのブリッジは遮蔽されているのが普通なのだが、ミノフスキー粒子下では目視による索敵が最も確実となる。アークエンジェルのCICは優秀とはいえ、ミノフスキー粒子の下では性能を発揮しないのだ。だから前時代的な方法を取らねばならない。
 ラミアスが号令を掛けると、アークエンジェルのブリッジが解放され、光の瞬く場所を目掛けてカメラが射出される。すると、そこには弄ばれるようにして、シャトルが3機のウインダムから逃げているのが確認された。

 

「あれは――!」
「何とか確認が取れました。あのシャトルはダコスタさんのものです。救援を要請しています」

 

 ダコスタはアークエンジェルよりも先にランデブー地点に到着していたのだが、そこで運悪く連合宇宙軍の偵察部隊に出くわしてしまったのだった。

 

「了解。総員、第一種戦闘配置! キラ君のフリーダムは待機させてあるわね?」
「いつでも出せます」
「よし――!」

 

 ラミアスは瞳を閉じ、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。久しぶりのアークエンジェルの指揮に、緊張感が高まっている。ふくよかな胸にめり込む様に手を当て、心臓の鼓動を確かめた。
 そして、意を決して目を開き、少しだけ身を前に乗り出す。

 

「アークエンジェル全速前進! シャトルを避けつつ、5秒間の一斉射後、フリーダム発進!」

 

 アークエンジェルのカタパルトハッチが解放される。かつてザフトに足付と称された、特徴的なカタパルト兼ローエングリン部分である。
 アークエンジェルは加速を始めると、戦闘区域に向かって威嚇の艦砲射撃を放つ。

 
 

「始まったみたいだけど…大丈夫なの、ダコスタさんは?」

 

 カタパルトにフリーダムを設置させ、キラは呟く。宇宙での初めてのミノフスキー粒子下の戦闘で若干の緊張もあるが、それにしてもダコスタの運の悪さには同情を禁じ得ない。
せめてアークエンジェルが先に到着していれば、こんな危険な目に遭わずとも済んだのかもしれないのに、彼のこの間の悪さは素質なのだろうか。
 キラは苦笑しつつセッティングを続ける。

 

『キラ、お気をつけ下さい』
「ラクスも、気をつけて――」

 

 小さなサブモニターにラクスが映し出され、声が聞こえてきた。ラクスがプラントへ向かう前の会話は、恐らくこれが最後になるだろう。本当はもっと話をしたかったが、何を言えばいいのか分からなかった。
キラはそんな自分の不甲斐無さに自嘲し、思わずモニターの中のラクスから目を背けた。

 

『フリーダム、発進どうぞ!』
「了解。キラ=ヤマト、フリーダム行きます!」

 

 艦砲射撃で敵もアークエンジェルの存在に気付いただろう。ダコスタのシャトルもこちらに向かってきているはずだ。アークエンジェルから飛び出したフリーダムはフェイズ・シフト装甲を起動し、鮮やかに染まる。
 レーダーは相変わらず役に立たない。敵の数は多くないはずだが、これまでとは勝手が違う状況にキラにも多少の不安はあった。しかし、相手も同じ状況のはずだ。
対等の条件であれば、乗り慣れたフリーダムを駆る自分の方が有利かもしれない。
 そんな風に自分に言い聞かせ、キラは気持ちを強く持った。寂しい宇宙空間では、絶望を感じた者は動けなくなる。そして、動けなくなった者に待っているのは、死だ。

 

「……来た!」

 

 まだ距離は大分あるが、シャトルの姿を確認する事が出来た。ダコスタのシャトルが必死に逃げてくる後ろから、ウインダムが3機、追いかけてきている。
 キラはフリーダムにビームライフルを構えさせ、一番シャトルに接近しているウインダムに照準を合わせる。

 

「当れ!」

 

 ビームライフルから火線が伸び、ウインダムに向かっていく。しかし、それはギリギリの所で外れてしまった。

 

「外れた!?」

 

 それは、狙ったウインダムがかわしたというよりも、外れてしまったという方がしっくり来る。キラの百発百中の狙いが、外れたのだ。自信を持って臨んだが故に、軽くショックを受ける。
 しかし、それは尤もなのかも知れない。ミノフスキー粒子の影響で照準にも僅かな狂いが出ているのだから、目視で辛うじて見える距離では、飛び道具を当てるのは至難の業だ。
ましてや高性能な照準システムに慣れてしまっているキラでは、流石にいきなり合わせるのは難しかった。

 

『済まない、後は任せましたよ!』

 

 キラが軽くショックを受けていると、御礼の言葉と共にシャトルがフリーダムの脇をすり抜けていった。それを追ってくるウインダムの小隊を押さえなければならない。気を取り直し、襲い掛かる3機に対して身構えた。
 相手はノーマルのウインダム。特別な装備は無い。先程は攻撃を外してしまったが、ある程度接近した今ならもうあんなヘマをする事は無いだろう。それに、相手もこちらのフリーダムを見て少し萎縮している感がある。
連合側でも、フリーダムの戦績は、輝かしいのと同時に畏怖の対象となっていた。
 こうなれば、後の事はイージーに済む。フリーダムは、囲い込むように散開するウインダムの攻撃を掻い潜り、一番近くに居た一機のコックピットをビームライフルで正確に射抜く。

 

「ごめん……」

 

 パイロットが消失し、爆発するウインダムを見てキラは呟く。
 彼の戦いは人を殺さない戦いだった。しかし、その戦い方が許されたのは、あくまで圧倒的な力を持ったMSに乗っている時だけだと言う事を、オーブでの戦いで学んだ。
あの時、フリーダムに乗りながらも死を意識し、これまで自分に屠られてきた人の気持ちが初めて冷静に理解できた。そして、それまでの自分の戦いが、どれほど傲慢だったかを思い知った。
 人を殺さないのは確かに素晴らしい事だろう。普通は賞賛されて当たり前の事なのかも知れない。しかし、戦場で乗機が戦闘不能になるという事は、それ自体が死に繋がっていた可能性があったことを、キラは気付いていなかった。
動かなくなったMSの中でもがき苦しみながら死んでいった者も居たかも知れないし、帰還できたとしても生き恥を晒したと感じて屈辱に塗れる者も居たかも知れない。
 その全てが自分の傲慢のせいだとしたら――そう考えるとキラはいかに自分の事ばかりで、相手の事を考えていなかったのかを知った。

 

「これは戦い…仕掛けてきたのなら、落とします!」

 

 そして、これは戦争。自衛の為に懸命に戦わなければ、死ぬ事になるのは自分や仲間だ。
 かつて、一度死んだ事のある人間と出会い、キラの中の意識が変わった。エマやカツの死の経験を聞かされ、その時はピンと来なかったが、今なら何となく分かる。死は怖いし、寂しくもある。特にこの無限の漆黒に漂っていれば、尚更その思いを強く感じる。
 こんな気持ちが芽生えれば、キラとて必死にならざるを得ないのは確かだ。だから、もう彼は躊躇ったりはしない。仲間を、自分を守る為に、立ち塞がる敵は倒す。

 

 残りの2機のウインダムは、フリーダムが構えると慌てて身を翻して逃げようとしていた。こちらの力量を知り、勝てないと見込んで撤退をしようとしていた。
 しかし、ここで彼等を母艦に返すわけには行かない。出来るだけ敵に気付かれないように月まで行くには、偵察部隊である彼等には、例え僅かな情報であろうとも与えるわけには行かない。
それに、ダコスタのシャトルの事も知られていたのでは、尚更懸念が増えるだけだ。ラクスには無事にプラントへ辿り着いてもらわなければならない。

 

「レーダーは効かないけど、有視界戦なら――!」

 

 マルチ・ロックオンはミノフスキー粒子の影響か、まともに機能していない。しかし、目に見える相手ならば、手動で照準を合わせるまでだ。キラはターゲット・マーカーをマニュアルで合わせ、フリーダムが全ての火器を前方に集中させる。

 

「いっけえええぇぇぇ!」

 

 先程ビームを外した事も踏まえて、確実に落とす為に、ありったけの砲撃を逃げる2機のウインダムに向かって放った。圧倒的な量の攻撃が2機を襲い、それをかわし切れずに踊るように被弾しながら爆発した。
これで、少しは敵の情報伝達を遅らせる事が出来るだろう。

 

 キラは無事に撃墜する事が出来、安心してヘルメットを脱いだ。その下から出てきたキラの額には、大量の汗が噴出していた。割り切ろうと思っても、こういう戦いにはまだ慣れない。複雑な思いを噛み締め、この気持ちを糧にしようと深呼吸する。

 

「ラクス…行っちゃうんだな……」

 

 ヘルメットを膝に置き、体をずらして楽な姿勢になると、モニターが捉えるアークエンジェルを見た。そこでは、先程避難してきたダコスタのシャトルが接舷している。今、恐らくラクスがシャトルに乗り移っているのだろう。
 フリーダムをアークエンジェルに向かわせると、準備が出来たのか、シャトルはアークエンジェルから離脱していく。ほんの少しの差で、キラはラクスに顔を合わせる事が出来なかった。それを残念に思い、溜息をついた。
 しかし、シャトルは急にフリーダムへ進路を向けると、その周りを一周グルッと回って、それからプラント方面へ向かっていった。ダコスタが気を遣って、わざわざやってくれたのだ。

 

「あ……」

 

 フリーダムを回っている時、シャトルのコックピットからラクスの姿が一瞬だけ垣間見えた気がした。おぼろげだが、微笑んでくれている様に見えた。キラはダコスタに感謝し、フリーダムをアークエンジェルに帰還させる。

 

 これで、次はいつ彼女に会えるのだろう。確実なのは、カミーユを救出し、オーブへ戻ってもそこに彼女は待っていないという事だ。
 2年間いつでも一緒に暮らしていただけに、ほんの少しの間の別れでもこんなに寂しく思うのは、それだけ彼女に依存していたからだろう。そんな自分を知って、彼女は笑うだろうか、それとも、既に見透かされてしまっているのだろうか。
 とらえどころの無い、しかし自分のお尻を叩いてくれる面もある彼女を思い浮かべ、キラはかの歌を口ずさんでいた。