ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第21話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 22:19:01

『カミーユ、深淵より』

 
 

 大西洋連邦宇宙軍月面基地・アルザッヘル。現在、月に存在するザフトの一個艦隊が集結しているとの報を受けていた。それに対し、ザフトの一大作戦の可能性を懸念した基地司令は、それを牽制する為に同じく艦隊を発進させていた。

 

 サラに連れてこられたカミーユは、そこの病室に収容されていた。ベッドに横たわり、半開きの口を閉じる力も無く、無気力な眼差しで天井を見つめる。それをサラが見つめているが、カミーユは何の反応も示さない。
そっと、口の辺りに手を添えてみたが、僅かに呼吸をしているのが分かるだけだった。サラは諦め、横目でカミーユを眺めつつ、病室を後にしてシロッコの元へ向かって行った。

 

 病室を出て、通路を歩きながらサラは考える。オーブで感じた懐かしさは、間違いなくカミーユのものだ。何かを訴えようとしていたのは、きっと自分に会いたかったからだと思っていた。
 しかし、こうして会えたというのに、何も反応してくれないのは何故だろうと思った。宇宙に出たことで、カミーユのニュータイプとしての感覚は、より鋭さを増すはずである。それなのに何も語ってくれないのがどうしてなのか分からなかった。

 

「ん…来たか、サラ」

 

 アルザッヘル基地の発令所の自動ドアをくぐり、オペレーターを監視するように後ろで手を組んで佇んでいる長身の男が、肩越しに振り返ってサラに話しかけてきた。アルザッヘル基地の副指令を任されているパプテマス=シロッコだ。

 

「カミーユ=ビダンを捕獲したそうだな?」
「は、はい……」

 

 少し緊張の面持ちで応えるサラ。シロッコは体をサラに向け、そっと手を彼女の頬に添える。その仕草に、サラは余計に顔が熱くなるのを感じた。

 

「理由を…聞きたいな?」

 

 咎める風ではなく、優しく問い掛けるシロッコ。ともすれば、カミーユに嫉妬を感じてくれているのではないかと勘違いするような言い方だ。上気する顔の熱を感じながら、サラは口を開く。

 

「…カミーユ=ビダンを連れ出せば、彼を餌にアークエンジェルをオーブから引き剥がす事が出来ると思いました」
「それで?」
「そうなれば、大西洋連邦軍はオーブ侵攻が容易になり、そこを落とせればオーブと同盟を組み、駐留軍を置くプラントに対する大きな打撃になります。そうすればパプテマス様は――」

 

 サラの甲斐甲斐しさにシロッコは少し目を細め、しかし褒める風でもなく彼女を見つめている。彼の為になると思ってやったつもりだったサラは、その変化の無さに怪訝に思って眉を顰めた。

 

「あの……」
「成る程…しかし、民間の少年一人の為に国が戦艦一隻を動かすとは思えん。それも、アークエンジェルだ。今の話は、任務に失敗したサラ曹長の弁明に聞こえるな?」
「そ、それは!」

 

 シロッコの言う事も道理だ。レコアがカミーユの側に居たとはいえ、それがアークエンジェルを動かす決定機になるとは思えない。頭の中がレコアに対する対抗心で一杯だったとはいえ、サラの行った事は任務をおろそかにする行為だったのかも知れない。
 腕を曲げて拳を突き出し狼狽するサラを見つめ、少し視線を横に移してシロッコはそれでも尚、余裕の表情を浮かべていた。

 

「だが、サラの判断は正しかったようだ」
「え……?」

 

 シロッコはサラから手を離し、一言オペレーターに合図を送ると、正面の大型モニターに岩陰に潜むアークエンジェルの船体が映し出された。それを見つめ、シロッコは拳を口元に当てて含み笑いをする。

 

「小賢しくも、あれで身を隠せているつもりらしい。サラの思惑通り、カミーユ=ビダンを取り返しに来たようだ」
「どうされるのですか?」
「当然、あれをこのまま放置しておくつもりはない。それに、オーブがアークエンジェルを自由に動き回らせられるだけの力を得たとすれば…ジブリールが面白くないだろうな」

 

 モニターの中のアークエンジェルを見つめ、口の端を吊り上げ、笑みを浮かべてシロッコは鼻で笑う。
 カミーユの捕獲を報告したシロッコは、ジブリールから一つの任務を言い渡されていた。口では彼の身を案じるような口ぶりを見せているが、サラの思いがけない行動も、全て彼等の思惑に組み込まれることになっていた。
カミーユの拉致、それを利用して、ジブリールは更に戦火を大きくしようと目論んでいる。

 

「サラの任務はアークエンジェルの奪還、もしくはその破壊だったな?」
「はい……」

 

 アークエンジェルに対するオーブでの工作任務は、ジブリールとは違う、大西洋連邦軍の上層部からの命令をシロッコから受けたものだ。
 背中越しに話しかけてくるシロッコに、サラは若干体がすくむのを感じた。任務を果たさずに、カミーユを連れ帰った自分をシロッコは怒っているのか。そう思ったのも束の間、彼は振り返って微笑んでくれた。サラの中の警戒感が解け、安堵する。

 

「しかし、彼等はそう簡単な相手ではなかった……ならば、今度は私が手を貸す。共に、アークエンジェルを倒そう」
「は、はい! パプテマス様!」
「よし、私のジ・Oも出す。サラはパラス・アテネで出撃しろ」
「はっ!」

 

 アルザッヘル基地の戦力はザフトの陽動で多くなかった。しかし、相手はアークエンジェル単艦で、積載MSもシロッコ謹製のMSに比べれば大した事の無いものばかりである。
これならば、わざわざカミーユを拉致してきた意味が大いにあったというものだ。何故なら、オーブからアークエンジェルを引き離し、尚且つシロッコと共にそれを討てるのだから、これ程有意義な作戦は無い。
 期待に胸を躍らせ、綺麗に敬礼を決めると、サラは逸る気持ちを抑えつつMSデッキへと向かっていった。

 
 

 岩陰に身を潜ませ、じっとアークエンジェルは佇む。ミノフスキー粒子の影響で、こちらが見つかったのか、それとも既に迎撃の敵部隊が出撃しているのか分からない状況に、ラミアスは不安になっていた。
アークエンジェルが待機している地点では、それほどミノフスキー粒子の濃度が濃くないとはいえ、敵の発見は遅れる事になるだろう。
一応フリーダムとレコアのM1アストレイを出撃させ、臨戦態勢を保ってはいるが、これではカミーユを救出するのは難しいかもしれない。

 

「ザフトの陽動には引っ掛かってくれているわね?」
「先程大部隊が出て行くのを確認しましたが、どれだけの戦力が残っているのかは分かりません。アルザッヘル基地周辺は完全にミノフスキー粒子の海に溺れてしまっているようで、アークエンジェルのCICもお手上げの状態です」
「そう……」

 

 ならば、相手も同じ状況のはずである。自らミノフスキー粒子の海に溺れているのかどうかは知らないが、逆に考えればミノフスキー粒子を撒かなければならないほど戦力を放出してしまっているのかもしれない。
かなりの濃度を撒いているという事は、技術で劣るこちらの電子機器を無力化し、牽制している事の表れだ。
核融合動力のMSが量産されていればアウトだが、まだ試作機と思われるボリノーク・サマーンにしか遭遇していないし、量産されているのなら彼等もレーダーが効かなくなるまでミノフスキー粒子を撒く必要も無い。

 

 一方、臨戦態勢のまま機を窺っているアークエンジェルからの号令を艦外で待つキラ。コントロールレバーに手を添え、トントンと指でリズムをとる。
 ラクスを送り出し、何事も無くここまで来る事が出来たが、これから先が問題だ。カミーユが何処に囚われているのか分からないし、救出に時間を掛ければ掛けるほどアークエンジェルは窮地に陥る事になるからだ。
この作戦は迅速に彼を救出し、一目散に逃げるのが大きな肝となる。逸る気持ちもあるが、ラミアスが慎重になるのも無理ないことだと思った。

 

《――ッ》
「は……!」

 

 と、その時キラの頭の中を微かなノイズのような音が駆け巡る。明らかに電波を介して伝わってくる音ではない。驚きに一瞬体を痙攣させ、思わずバーニアペダルを踏み込んでしまい、フリーダムを急上昇させてしまった。
キラは慌ててフリーダムを下降させ、再び身を隠す。もしかしたら、今のでアルザッヘル基地に気付かれてしまったかもしれない。

 

『何やってるの、キラ? そんな事をしてたんじゃ、見つかっちゃうわよ』
「ご、ごめん……でも、気になることがあって――」

 

 通信回線からミリアリアの叱責が飛んでくる。キラは一言謝ってフリーダムを落ち着かせた。そして、そのままフリーダムをM1アストレイに接触させ、レコアに通信を繋げる。

 

「あの…レコアさんは何かノイズのような音が聞こえませんでしたか?」
『ノイズ……?』

 

 言われてレコアは考えた。ミノフスキー粒子の影響で通信にノイズが混ざるのは当然だが、それを知っているはずのキラがわざわざそんな事を繰り返し言うわけが無い。そう考えれば、そのノイズは別の因子によるものだろう。
何かに気付いた様にハッとし、一つ間を置いてから問い返す。

 

『まさか、あなたカミーユの声が聞こえているの?』
「やっぱりこれ、カミーユさんの声なんですか?」

 

 レコアの言葉を聞き、キラの予想が真実味を帯びる。これなら、何とかなるかも知れない。

 

『聞こえるのね?』
「はい。何を言っているのかは分かりませんけど」
『何の話をしているの?』

 

 二人のやり取りに、怪訝な表情を浮かべるミリアリアが加わってくる。

 

「マリューさんに繋げて欲しいんだ。この作戦、何とかなるかも知れない」
『本当に? …艦長!』

 

『何か良い案が浮かんだの?』

 

 ミリアリアがそう言うと、モニターにラミアスの顔が映し出される。ずっと頭を捻っていたらしく、いつもよりも多少老けているように見えた。眉間と口の端に寄った皺がそう見せているのだろうか。余計なことを考えつつも、キラはラミアスに進言する。

 

「カミーユさんの居場所が分かるかもしれません。さっきから、彼の思念波の様なものを感じているんです。この感覚を辿っていければ、最短距離でカミーユさんの所へ辿り着けるはずです」
『思念波?』

 

 ブリッジの艦長席で受話器を片手に眉を顰めるラミアス。急に電波な事を言い出したキラに心配になる。と、そこへレコアが割り込んできた。

 

『彼の言っている事は本当かもしれません。私も、何となくですが感じています』

 

 彼女まで訳の分からない事を言い出す始末。真に受けるのは危険だとは思うが、煮詰まっているラミアスはつい先を聞いてしまう。

 

「カミーユ君がエスパーだとでも?」
『それは…違いますけど、それに近い力を持っていることには違いありません』
「エスパーに近い力?」

 

 力を入れて聞いてくるラミアスに、レコアは少し困惑した。ニュータイプの事を話しても、この世界の人間には何の事なのか分からないだろう。

 

『病人を連れてきたのなら、病室に収監するのが当然だと思いますけど…その線を辿って行けば、少なくともここでずっと手を拱(こまね)いているよりはマシだと思いません?』

 

 視線を外し、誤魔化すように言うレコア。艦長を混乱させてしまったのでは、作戦に支障をきたす。

 

「それは…そうだけど――」

 

 両腕をアームレストに添えるように置き、ラミアスは目を閉じて考え込む。ここでの判断ミスはそのまま終わりを意味する。いくらザフトに陽動で支援してもらっているとはいえ、単独でアルザッヘル基地に攻め込もうと言うのだから、無謀もいいところだ。
 しかし、目的はあくまでカミーユの救出。もしキラやレコアの言うとおりに彼の居場所が分かるのなら、ここは思い切って突撃してみるのも一つの手ではないか。
相手の虚を突くことが出来れば、混乱の隙を突いて救出作戦が容易に進むかもしれない。ローエングリンを使えるのなら尚更だ。

 

「分かったわ。それなら、思い切ってアークエンジェルを突撃させてローエングリンを――」

 

 大胆な作戦に出ようとした時、急にアークエンジェルを振動が襲った。思わず前かがみになり、艦長席から転げ落ちてしまわないように懸命にしがみ付く。

 

「ど、どうしたの!?」
「敵MSのミサイル攻撃です! 機数1!」
「単機で――?」

 

『パラス・アテネ!? …どうやら、敵の方が先に動いてしまったようね。ラミアス艦長はアークエンジェルを動かして!』

 

 襲撃してきたMSを確認し、甲板で待機していたフリーダムとM1アストレイが飛び立って迎撃に向かう。単機とはいえ、パラス・アテネは核融合炉搭載のシロッコ製作のMSである。
それに、レコアの元々の乗機でもあった。火器をふんだんに装備し、大火力である事を知っているレコアは気を抜けない。

 

『はじめて見るMSだけど――』
「あれもボリノーク・サマーンと同じよ。でも、違うのはあれがボリノーク・サマーンの様に偵察が目的のMSでは無いという事。あなたのフリーダム同様に砲撃戦に特化しているわ」

 

 相手の出方を伺うキラに、レコアが一言アドバイスを送る。
 パラス・アテネは右腕部の2連ビーム砲を構え、2機の動きを牽制する様に放つと、そのままアークエンジェルに取り付こうとする様に機動する。まるで、最初からアークエンジェルのみを狙ってきているかのようだ。
 レコアはその動きに直感し、M1アストレイをパラス・アテネに接近させる。

 

「パラス・アテネのパイロット! 乗っているのはサラね!」
『やはりカミーユを追ってきたのね、レコア!』

 

 背後からパラス・アテネに組み付いて呼びかると、思っていた通りの声が返ってきた。アークエンジェルに執着するのは、彼女がオーブでの破壊工作に失敗しているからだ。
シロッコに付き従う彼女ならば、彼の為に何が何でも任務を遂行しようとするだろうとの予測は容易に出来る。

 

「止めなさい! カミーユをシロッコの毒気に当てておく事が、どれだけ危険な事なのか分かっているでしょう!」
『カミーユは私に会いたかったのよ! だから、オーブで私を呼んでいたの!』
「そんな勝手な理屈で――!」
『オールドタイプのレコアには分からない事よ!』

 

 背後から組み付くM1アストレイを振り解き、シールドミサイルで弾幕を張って来るパラス・アテネ。レコアは何とか回避し、アークエンジェルから引き剥がす為にビームライフルを撃つ。
 フリーダムもそれに加わり、パラス・アテネを引き剥がそうと躍起になっていた。

 

『アークエンジェルを――レコアさん!』
「キラ君はアルザッヘルに行きなさい! カミーユの声が聞こえているのなら、あなたが行かなければ助けられないわ! パラス・アテネは私に任せて!」
『で、でも――』
「――出てきた!」

 

 まごついている間にも、アルザッヘル基地から迎撃のMS部隊が出撃してくる。数は多くないが、これでは完全に敵に先手を取られた状況になり、当初予定していた迅速な作戦遂行には至らないだろう。
 ならば、ここはカミーユの声が聞こえていると言うキラに賭けるしかない。何とか彼を救出できれば、アークエンジェルの戦力を以ってすれば何とか逃げ出す事が出来るだろう。

 

「行って! あなたに何とかしてもらうしかないのよ!」
『くっ――分かりました! アークエンジェルをお願いします!』

 

 苦渋の声色で、キラが歯を食いしばっているのが分かった。フリーダムが身を翻し、アルザッヘル基地へ向かっていく。
 レコアは尚もアークエンジェルを狙おうとするパラス・アテネに向かってビームライフルを連射する。

 

「アークエンジェルを狙うのなら――サラはお帰りなさい!」

 

 ビームライフルを撃ちながらも、レコアは接近を続ける。背後から狙われているサラは、それを鬱陶しく思い、M1アストレイに正対するように向き直り、ビーム砲を構えた。
しかし、M1アストレイとアークエンジェルに挟まれるように位置しているパラス・アテネは、前後からの攻撃に苦戦することになってしまう。

 

「フリーダムはアルザッヘルに向かい、レコアは私に拘ってくる……なら、アークエンジェルを落とすには私がレコアを倒す! …後続はアークエンジェルに狙いを絞ってください!」

 

 強力な火器を生かせず、回避に専念していると、アルザッヘル基地からの後続の部隊がやってくる。
 ウインダムが5機程度。フリーダムに何機かやられてしまったようだが、防衛戦力がレコアのM1アストレイのみならば、パラス・アテネで彼女を押さえ込むことで他の部隊にアークエンジェル撃破に専念してもらう事ができる。
サラは一言後続の部隊に通信を入れ、M1アストレイに向かっていく。

 

「こちらを狙ってきた……サラ!」
『ここで決着を付ける! レコア、覚悟!』

 

 背部に4基残された大型ミサイルを全て放ち、シールドミサイルで弾幕を張りながら突撃してくるパラス・アテネ。
M1アストレイが後退しつつ、ミサイルをビームライフルで破壊しながらやり過ごし、シールドミサイルをシールドで打ち払いながらいなすのを確認すると、二連ビーム砲で攻撃をする。
 M1アストレイはシールドでそれを防ごうとしたが、メガ粒子砲の威力は凄まじく、アンチ・ビーム・コーティングのされているシールドが一撃で半分熔けてしまった。まともにメガ粒子砲を受けるのは無理だ。

 

「アークエンジェル、このままパラス・アテネを誘導します! そちらは大丈夫ですね? アークエンジェル!」
『――だ! こちらは何と――る!』
「了解。……頼んだわよ、キラ君」

 

 ミノフスキー粒子の濃度が薄いとはいえ、アークエンジェルとの通信はノイズが酷くて所々聞き取れなかったが、それでも何とか無事である事は分かった。
そして、一番危険なパラス・アテネを誘導するべく、レコアは後退をしながら誘い込むように砲撃を続ける。
 サラはそのレコアの意図に半信半疑ながらも、追撃をしていった。バッテリー駆動のMSなど、パラス・アテネの一撃を当てるだけで落とす事が出来ると言う過信があったからだ。
距離さえ詰められれば、レコアを倒す事が出来る。そう確信し、コントロール・レバーを握る手に力を込めた。

 
 

 途中、出撃してきたウインダムを何機か撃墜しながら、アルザッヘル基地へ向かうキラのフリーダム。基地の全容を視界の中に入れると、徐々に頭の中に響くノイズが大きくなってきた。

 

《――めだ! ここ――!》

 

 端々にであるが、理解できる言葉のようなものも分かってきた。そして、その声が何処から発せられているのかも、ノイズが大きくなる方向を考えれば察しがつく。
 アルザッヘル基地の戦力はやはり相当の数が出払ってしまっているらしく、MSも出てこない。トーチカからの砲撃だけが繰り返されているだけで、それを軽やかにかわしながら近付いていった。キラはフリーダムをアルザッヘル基地の寄宿舎と思しき建物に進路を向ける。

 

《すぐに――だ! あの男が――来る!》

 

「間違いない、カミーユさんはこの近くにいる――!」

 

 頭の中に響くノイズが、かなり鮮明になってきた。もう、ノイズと呼ぶには違うだろう。後は、彼が呼んでくれれば事が容易く済むのだが――

 

《来ちゃ駄目だ! 俺の事なら大丈夫だから、君はレコアさんと一緒に地球に帰るんだ!》

 

 拒むカミーユの声。しかし、キラはここで引き下がるわけには行かない。エマやカツと交わした約束を果たす為には、ここで何としても彼を救出しなければならない。そうでなければ、任せてくれた彼女達に申し訳が立たない。

 

「どうして僕を呼んでくれないんですか! あなたを助けられれば、すぐにでも僕達は地球に帰ります! だから、何処にいるのか教えてください!」

 

 コックピットの中、自分の声をカミーユに伝える手段の無いキラは大きな声で叫ぶ。どうしようもないからこそ、やけになったキラは無思慮に叫んだ。

 

《駄目だ――シロッコが来る!》
「シロッコ――?」

 

 そう聞こえた瞬間だった。突如背後からの敵の接近を告げるアラームが鳴り響いたかと思うと、振り向いたフリーダムの正面にいきなり大型のMSが迫っていた。
 尖塔のような頭部に、恰幅の良い丸い胴体。そして、大きなスカート・アーマーから伸びる脚部と、右腕に携えるのは一丁のビームライフル。黄土色でほぼ全身を彩っており、暗い宇宙空間に輝くようにして存在感を示す脅威のMS。

 

「何だ、あれは!? まるでスモー・レスラーのような――!」

 

 しかし、そのスモー・レスラーは、巨躯からは想像だに出来ないスピードで接近してくる。
 意表を突かれたキラは慌ててビームライフルを連射したが、そのMSは全身からとも思えるほど細かくアポジモーターを吹かし、バランスを寸分も崩す事無くフリーダムに接近し続ける。

 

「な、何なんだ…くそっ!」

 

 スモー・レスラーがビームソードを引き抜くのと同時に、キラもフリーダムにビームサーベルを抜刀させる。衝突寸前でビームソードを振りかぶってくる動きに合わせ、ビームサーベルを構えた。そして、シールドでビームソードを受け止める。

 

「くっ……これもレコアさんの言っていた他のMSと同じ――」

 

 明らかにフリーダムのパワーが負けている。何とか防げてはいるが、少しずつシールドがビームソードの負荷に負けて切れていっているのが分かる。腕も、徐々に押し込まれていた。

 

『ほぉ、このジ・Oの一撃を受け止めたか。フリーダムというのが、最強のMSと言われているのも頷ける話だ』
「あなたは!」

 

 接触回線で聞こえてきた声に、キラは背筋が凍りつく思いを味わった。心の底から冷たくなるような声に、戸惑いを見せるキラ。
ビームソードを防ぎながら必死にビームサーベルを逆水平に薙ぎ払うが、その前にジ・Oは凄まじい反応速度で距離を開けていた。

 

『だが、その程度のMSで、私とこのジ・Oに対抗できるとは思わんことだ、少年』

 

 今度は右腕に握られたビームライフルを構え、フリーダムに向ける。瞬間に察知したキラは、すぐさまフリーダムを後退させて距離を更に開ける。メガ粒子砲の一撃をまともに受ければ、フリーダムといえどもただでは済まないからだ。

 

「あんなMSが残っていたなんて――!」

 

 キラは直感的にジ・Oとそれに乗っているパイロットの危険性を察知した。ジ・Oを纏うオーラのような威圧感が、彼を慄かせた。先程カミーユが教えてくれたのは、この男の事だったのだ。
 今の自分とフリーダムではジ・Oに勝てない――そう悟りつつも、キラは何とかカミーユを救出する算段がないかを考える。しかし、時は無常なもので、それを考える時間すら彼には与えなかった。ビームライフルを撃ちながら、再びジ・Oが高速で接近してきたのだ。

 

『カミーユ=ビダンを取り返しに来たのか? 殊勝な事だ。が、貴様はここでアークエンジェルもろとも死んでもらう』
「そんな事は――!」
『出来るかな?』

 

 キラが何を言いたいのか分かっているように、シロッコはキラの発言を遮るように不敵に言う。
 ジ・Oの巨体には圧迫感がある。加えてその機動性の高さは、相対する者にとってはかなりの恐怖になるだろう。キラは集中力を高め、余計な恐怖を振り払おうと試みた。戦闘に集中しなければ、カミーユを救出するどころの話ではない。
 キラはエネルギー残量を確認する。ここまで来るのに使ったエネルギーは約4分の1。全ての火器を一度だけ一斉射すれば、残量は一気に半分にまで減る事になる。しかし、ジ・Oを相手に躊躇いは許されない。
迫ってくるジ・Oに向かって、全砲門を向ける。

 

「どいてください! 僕は、カミーユさんを助ける為にここに来たんです!」

 

 フリーダムの全火力を前面に集中させ、ジ・Oに向かってフルバーストさせる。ビームライフル、両肩のバラエーナ、腰部のクスィフィアス。驚異的なまでの数の火線が、真っ直ぐに向かって来るジ・Oに襲い掛かった。
 しかし、直線的なフルバースト・アタックでは、俊敏なジ・Oの動きを捉える事は出来ない。いとも簡単にその攻撃がかわされると、反撃で撃ってきたビームライフルでフリーダムの左のバラエーナを吹き飛ばされてしまった。

 

「くっ――!?」
『有視界戦で、そんな直線的な攻撃に当たるものか。素人め!』

 

 ミノフスキー粒子下での戦闘に慣れていないキラは、シロッコにしてみれば素人も同然。純粋な白兵戦に馴染んでいるシロッコには、フリーダムのフルバースト・アタックは無意味なものでしかなかった。
 尚も接近してくるジ・Oは、フリーダムに最接近するとビームソードを振り上げる。瞬間的にキラはシールドを構えたが、今度はシールドを両断され、左腕を切り飛ばされてしまった。
ジ・Oは更に止めを刺そうとビームソードをコックピットに突き立てようとしてくるが、キラは超反応でフリーダムを後退させ、何とか事なきを得る。

 

「フッ、いい動きをするじゃないか。だが、これで終わりだと思うなよ!」

 

 必殺の一撃を空振りしても、シロッコは尚も余裕の笑みを浮かべたままだ。すぐさま逃げたフリーダムを追撃し、ビームソードで切りかかる。

 

「ビームライフルを使ってこない? …発射回数に制限があるのか?」

 

 しつこく接近戦を迫ってくるジ・Oの挙動に、キラは怪訝に思う。ずっと右腕に携えているビームライフルは、数回使用しただけで殆ど効果的な使い方をしてこない。
射撃武器はあれだけだとは思うが、それだけジ・Oの機動性に自信があるということなのだろうか。
 それならば、距離を離しながら射撃戦に持ち込めば一方的な攻撃を加えることが出来るのだろうが、しかしジ・Oの機動性はフリーダムにそれを許さない。プレッシャーが、キラを身体的にも精神的にも圧倒していた。

 

「こ、このままじゃ――!」

 

 全く以って予想外だった。自分の腕に自信が戻ってきて、フリーダムを得たことによりどんなMSにも対抗できると思っていた矢先に、このようなとんでもない化け物が現れたのだ。
機体の性能差もあるが、それよりも敵のパイロットの性質が、今まで会ったどんなパイロットよりも異質なものを感じていた。
 目に見えない脅迫してくるようなプレッシャーに、感じたことの無い恐怖を煽られる。

 

《その男のプレッシャーは、人の心を飲み込む力を持っている。だから、自分をしっかり持つんだ!》
「カミーユさん!? …自分を…しっかり持つ……?」

 

 キラが狼狽していると、カミーユの声が聞こえてきた。その声に目を見開き、ジ・Oの動きに目を配る。

 

《奴の言う事に耳を貸さずに拒絶するんだ。そうでなければ、引き込まれる事になる》
「拒絶……」

 

 キラが敵を完全に拒絶したのは、ラウ=ル=クルーゼただ一人。つまり、シロッコは彼と同じ性質を持っているという事をカミーユは言いたいのだろうか。
 見ず知らずの相手。しかし、シロッコの言葉の奥に危険が孕んでいる事が何となしに分かる気がする。

 

「でも――!」

 

 しかし、相手は1枚も2枚も上を行く、まさに天才とも言うべき人物。カミーユのアドバイスのお陰で多少の落ち着きを得ることが出来たが、それだけで力の差が劇的に埋まるわけではない。
何度も胆の冷える思いをしつつも、紙一重でジ・Oが振り回すビームソードをかわしていく。

 

《俺は――》
「えっ……?」

 

「フッ…先程から言葉を奔らせているのはカミーユ=ビダンか。感情を振り回すだけの子供に、何が出来るものか」

 

 フリーダムを攻め立てるシロッコは明らかにキラを弄んでいた。ビームライフルを必要以上に使わないのは、それだけ余裕を持っている証拠だ。そして、同時に彼はカミーユが出てくるのを待っていた。

 

「だが、出てくるのなら歓迎しよう。しかし、それまでに貴様には死んでもらうがな」

 

「くぅっ――!」

 

 ジ・Oの動きに若干の変化が現れる。回避に専念するフリーダムに対し、ビームライフルを使ってきたのだ。今までは突撃一辺倒だっただけに、キラは唇を噛む。
 この先は、ジ・Oの猛攻を何とかして避け続けなければならない。最悪のシューティングゲームに、キラは全身の神経を集中させ、フレキシブルなビームライフルで牽制を放ち続けた。

 
 

 それは、夢の中なのか分からない。落ち込んだ暗闇の中に、淡く光る青が見えた。

 

<誘っている……?>

 

 吸い込まれそうな感覚ではない。しかし、カミーユの意識はその光に手繰り寄せられている。まるで、自分の意思は関係ないように、体が勝手に動いているような感覚だ。呼んでいるのは、誰だ。

 

<フォウ……?>

 

 光はおぼろげで、実態があるのかどうかも分からない。人の形をしているようで、全く違うような、唯の光のようで何かの形をしているような、酷く曖昧なものだ。ただ、その光の意識が、自分の知っている人のものだということが何故か理解できる。
 不思議な感覚だった。カミーユの目には青い光が儚げに映るだけなのに、それが人の心だとハッキリと分かる。そして、耳に聞こえない声が、頭の中に直接響いてくる。

 

<僕を…ここから出してくれるのか……?>

 

 ほの暗い自意識の底で、カミーユは束縛されていた。戦いで自分のした事が、何になったのかを考え込んでいた。記憶にあるのは人が死んでいく様と、それを止められなかった無力な自分。ニュータイプだとおだてられ、期待を寄せる人も居た。
しかし、それも今となっては意味のないこと。期待された人類のニュータイプへの革新の可能性は、皮肉にもその素養が高かったカミーユ自身の手で否定されてしまった。彼の能力の高さは、人の革新を急ぎすぎた結果だった。
 その自分を、光が呼んでいる。例えニュータイプの力に押しつぶされてしまった人間でも、失敗ではない。本当に正しいことに使えれば、決して無力なんかではないのだと、諭してくれている。
寧ろ、遅々として進まない人類の革新の中にあって、ある意味では進んだ人類であるカミーユだからこそ、出来ることもある。
 閉ざした心は、失った希望。挫折感に苛(さいな)まれ、それでもニュータイプは希望を見せるための光なのだと、もう一度感じられる気がした。

 

《人は、立ち止まったら終わり……カミーユは、まだ動けるわ。だから、あなたは――》

 

 光に目が眩む。強い光を放って、その意識は誘う。一度は手放したカミーユの希望を、何処かからか拾ってきてくれたように、そして、それを手渡すようにカミーユを包み込んでいった。

 

 アルザッヘル基地のある病室の中、カミーユ=ビダンの瞳の中に光が宿る。2、3度瞬きをし、軽く手を握り締めると、ベッドから体を起こして全身の感覚を確かめる。ずっと廃人生活を続けていた為か、体に思うように力が入らない。
 ベッドから降りて足元を確かめ、久しぶりに自分の足で歩き出す。病室を出て、ふらつく体を何とか動かし、壁に手を添えながら一歩ずつ踏みしめるように歩く。まだ頭の中を刺激する痛みが残っている。
それでもカミーユは歩く。地球から自分を迎えに来てくれた人たちに報いる為に。

 

 殆どの兵士が出払っている為、寄宿舎の中は静かだった。見張りの兵士も、アークエンジェルの襲撃で見る影も無い。カミーユは慎重になりながらも安心し、通路を歩く。何とかして格納庫まで辿り着き、MSを奪って逃げなければならない。

 

「シロッコ……もう一つ?」

 

 先程から感じている不愉快なプレッシャーは、恐らくシロッコのものだろう。アルザッヘル基地に連れてこられてから、神経を蝕むような感覚をずっと抱いていた。
 しかし、それとは別にもう一つ懐かしさを感じる感覚もしていた。それは、徐々に自分に近付いてきている。

 

「誰なんだ……?」

 

 神経を感覚に集中させ、横目で周囲を見渡す。感覚は、背後から迫ってきていた。その距離は、もうかなり近い。思い切ってカミーユは振り返った。

 

「やっぱり、お兄ちゃんだ!」
「ロザミィ!」

 

 振り向いた先に佇んでいたのは、淡い青紫のボリュームのある巻き髪の女性。顔は艶のある唇に、大人っぽい色気のある顔立ちをしている。しかし、その表情は顔立ちに似合わないちぐはぐな幼さがあった。意外すぎる再開に、カミーユは目を丸くする。

 

 カミーユがロザミィと呼んだその女性は、ロザミア=バダムという名を持つ。オーガスタのニュータイプ研究所で一年戦争でのコロニー落しのトラウマを利用され、強化処理を受けた彼女は、本来ならもっと攻撃的な性格をしていた。
しかし、それも度重なる強化処理で崩壊し、新たに刷り込まれた記憶と人格にカミーユを兄と思い込まされていた。
 その彼女も、グリプス戦役の最後には完全に精神が崩壊し、錯乱状態の中でカミーユに止めを刺された。その彼女がこうして再びカミーユの前に姿を現したのだ。

 

「どうしてここに――」
「あたし、お兄ちゃんのいる所なら何処でもわかるんだ」
「そ、そうか……」

 

 笑顔で言うロザミアは、余程カミーユに会えたのが嬉しかったのか、唐突に抱きついてきた。それに押される感じでカミーユはバランスを崩し、通路に転げそうになる。

 

「大丈夫、お兄ちゃん? どこか具合でも悪いの?」
「ちょ、ちょっとね」
「なら、あたしがお兄ちゃんをおんぶしてあげる!」
「え…ロ、ロザミィ――?」

 

 言うが早いか、ロザミアはカミーユに背を向け、無理やりに背中におぶった。破天荒な所は、アーガマで過ごしていた時と変わらない。それに、彼女の感覚を知る限り、以前よりも安定している感すらある。カミーユは、困惑しながらもそれを純粋に嬉しく思った。

 

「お兄ちゃん、何処に行きたいの?」

 

 ロザミアに背負われ、安堵していると振り向き加減に訊ねてきた。彼女がこの基地にいるということは、誰かがまた彼女を利用しようと考えていたのだろうが、しかしここから逃げるには都合がいい。
自分に希望を尋ねてくるのだから、彼女は恐らくこの基地の内部構造を知っているのだろう。

 

「ここから逃げたいんだ。外に僕を迎えに来てくれた白いMSが待っている。だから――」
「分かった! MSを盗んで、その白いMSの所に行けばいいのね?」
「出来るかい、ロザミィ?」
「勿論よ!」

 

 相変わらずのロザミアが、嬉しかった。そして、こうして彼女も連れ出せるのは純粋に運が良かったのだろう。もしここでロザミアに出会えなかったら、また戦う事になっていたかもしれない。
 嬉しそうに自分を背負って歩くロザミアに少し申し訳なさを感じつつも、カミーユはシロッコを相手に粘ってくれているキラを信じ、少し急ぐように一言告げた。

 
 

 シロッコのジ・Oを相手にするフリーダムは、所々を損傷し、既に両腕を失っていた。何とか猛攻に粘ってきたキラだったか、これ以上はいつ撃墜されてもおかしくない。

 

「よく、そこまで堪えたと言いたいところだが――往生際の悪さはシャアに似ているな」

 

 金色のMSに乗るパイロットの事を思い出す。コロニー・レーザーの中でハマーン=カーンのキュべレイと共に追い詰めた百式。しかし、高性能のMS2機を相手に、そのパイロットは驚異的な粘りを見せた。
 その時の記憶が、目の前のフリーダムの粘りと重なる。

 

「だが、その往生際の悪さは、奴と同じ俗物がすることだ!」

 

 時間は十分に稼げた。シロッコはジ・Oを満身創痍のフリーダムに突撃させる。

 

「来た!」

 

 対するキラは、まだ諦めていなかった。ジ・Oがビームライフルによる砲撃戦を選択しなかったのが、彼の唯一の勝機を生み出す事となる。接近戦を選んでくれれば、まだフリーダムには腰部のレールガンという武器が残されている。
ギリギリまで引き付け、そのどてっ腹に一撃を放り込んでやれば、いかにジ・Oといえども破壊できるはずだ。一歩間違えれば死ぬ事になるが、それしか方法が残されていないのならやるしかない。
 狙うのは最初の一撃を何とかかわし、わざとバランスを崩したように見せかけたところへ追撃を加えてくるであろう瞬間。油断しているであろうシロッコのジ・Oに、キツイ一発を叩き込むつもりでいた。

 

『終わりだ、俗物!』
「――えぇいッ!」

 

 充血する目に力を入れ、ジ・Oの動きをじっくりと見定める。そして、彼特有の超反応でフリーダムを半身にして、ジ・Oのビームソードを紙一重でかわす。そして少し上半身を仰け反らせ、バランスを崩したように見せる。
その瞬間のジ・Oは隙だらけ。しかし、ここからの反応速度が半端ではない。焦って即座に撃とうとすれば、それが相手に伝わってすぐに距離を開けられてしまうだろう。だから、ジ・Oが追撃の素振りを見せるまではじっと堪える。
 キラの目には全てがスロー・モーションに見えていた。そして、ジ・Oがゆっくりと振り向くのを確認した瞬間、クスィフィアスを腹に向けて突きつける。

 

(勝った――!)

 

 これでもう、後は手の中のトリガーを引くだけだ。至近距離で、しかも相手も勝利を確信して油断しているであろう時に、完璧なタイミングでクスィフィアスを構えられたのは、この上ない快感だった。相手は途方も無い化け物だったが、何とか倒す事が出来る。
 しかし、キラが勝利を確信してトリガーを引こうとした瞬間、突如ジ・Oのフロント・スカート・アーマーの内側から2本のアームが飛び出してきた。

 

「何っ!?」
『甘いな、俗物!』

 

 その2本のマニピュレーターからビームサーベルが発生し、そのまま無残にもフリーダムのクスィフィアスを切り落す。
 ビームライフルとビームソードのみというシンプルな武装のジ・O。しかし、その中でもとりわけトリッキーな隠し腕が、ジ・Oの最大のギミックである。普段はスカート・アーマーの中に隠されているそれは、こういう意表を突くときに最大の効果を発揮する。

 

 最後の希望も潰え、キラは頭の中が真っ白になる。シロッコは、先程フルバースト・アタックを仕掛けたフリーダムのクスィフィアスの事をしっかり警戒していたのだ。その時点で、キラの負けは決まっていた。
 ジ・Oは固まるフリーダムの頭部をビームソードで薙ぎ切る。続けて体当たりで機体を突き飛ばし、月面に墜落させた。その衝撃にキラは叫び、叩きつけられたショックで気を失ってしまう。
 それを追いかけ、月面に着地したジ・Oはビームライフルを突きつけた。フリーダムの装甲の色が、まるで機械が気を失ったかのように灰銀に戻っていく。

 

「暗器は、貴様のような小僧が勝利を確信した時に出すから効果がある。…これで終わりだな、フリーダム」

 

 惨憺たるフリーダムを見下ろし、シロッコは勝ち誇ったように言う。止めを刺そうとビームライフルのトリガーに指を添えた。
 その時――

 

《やめろおおおぉぉぉぉ!》
「――ッ! プレッシャー!?」

 

 シロッコの頭の中を鋭い感覚が突き抜ける。一瞬躊躇した彼は、おもむろにフリーダムからジ・Oを離脱させた。すると、一寸先までジ・Oが居た場所に、メガ粒子砲の一撃が着弾する。

 

『パプテマス=シロッコ! お前にそのMSをやらせるわけには行かない!』
「出てきたか――カミーユ=ビダン!」

 

 シロッコが射線の方向に目を向けると、アルザッヘル基地からやって来たのは黒いガンダムMk-Ⅱ。シロッコが大西洋連邦軍に核融合炉搭載MSを作らせる折に、基本とするべく造らせたMSだ。

 

「ロザミィ、シロッコは相手にしなくてもいい。あの灰色のMSを助ける事に専念するんだ」
「分かった、お兄ちゃん!」

 

 ガンダムMk-Ⅱを操縦しているのはロザミア。カミーユはまだMSを操縦できるほど回復していない。
 ジ・Oをフリーダムから引き離したロザミアは、カミーユの言うとおりにガンダムMk-Ⅱをキラの救出に向かわせる。しかし、ジ・Oがそれを許さないとばかりにガンダムMk-Ⅱに襲い掛かった。

 

「彼は気を失ってしまっているのか――右後方だ、ロザミィ!」
「分かってる、お兄ちゃん!」

 

 カミーユの言葉に即座に反応し、ジ・Oが振りかぶるビームソードを振り向きざまにビームサーベルで受け止める。

 

「下から隠し腕が出てくるぞ!」
「下から? …あれね!」

 

 ロザミアは少し視線を下に向け、ジ・Oのスカート・アーマー部分に目をやった。すると、左のマニピュレーターでジ・Oの頭部を掴むと、それを軸にバーニアを吹かしてクルリと一回転して背後をとる。
ジ・Oの隠し腕が空を切ると、そのまま背中合わせになったガンダムMk-Ⅱは離脱し、再び進路をフリーダムに向ける。その動きに、シロッコは驚かされていた。

 

「病み上がりのカミーユ=ビダンがあの動き……Mk-Ⅱを動かしているのは奴ではないな?」

 

 確かにカミーユの他にもう一人の気配をガンダムMk-Ⅱの中から感じる。シロッコはそれを確認する為、更に追撃を掛ける。

 

「まだ付いて来る……シロッコめ!」

 

 ロザミアの座るリニアシートの後ろで座席にしがみ付きながら後方を確認するカミーユは、しつこく喰らい下がってくるジ・Oに舌打ちする。ロザミアはフリーダムの元へ急ぎながらも、そんな彼の苛立ちを感じ取っていた。

 

(お兄ちゃんはあのMSに乗っているパイロットを邪魔に感じているんだ……それなら!)

 

 ロザミアは急にコントロールレバーを動かし、ガンダムMk-Ⅱをジ・Oと正対させる。突然の行動に、カミーユは驚愕させられた。

 

「戦おうと思っちゃ駄目だ、ロザミィ!」
「お兄ちゃんが不安がっているもの。あのMSは倒さなくちゃいけないんだ!」
「ロ、ロザミィ!? いい子だから――!」

 

 カミーユの言う事も聞かずに、ロザミアはシールド・ランチャーを構え、ミサイルをジ・Oに向けて放つ。シロッコはそれをビームソードで薙ぎ払い、爆煙の中から一つ目のモノアイを瞬かせ、飛び出してくる。

 

「ほぉ…こちらと戦うつもりになったか。私に正面から向かってくるとはいい度胸だ」
『離れろ、嫌いな奴! お前なんかにお兄ちゃんを不安にさせてなるものか!』
「女の声……? やはり、ジブリールが拾ってきたという強化人間の女か。カミーユ=ビダンと関係が有ったとの私の記憶が正しかった様だな」

 

 予想通りの声に、シロッコは満足げな笑みを浮かべる。まるで全てが思い通りに行っているとでも言いたげだ。しかし、それには理由があった。
 ジブリールがシロッコに興味を持ち、同じ様な境遇の人間を捜して見つけてきた人物は2人存在する。1人はサラ、そして、もう1人が最近発見されたロザミアだった。
彼はロザミアをエクステンデッドの研究資料として使うつもりだったが、そこでカミーユ捕獲の報を聞き、思い立ったシロッコがアルザッヘル基地に連れてきたのだ。

 

「未だにカミーユ=ビダンを兄と呼ぶ…世界が変わっても、強化人間であることには変わりないようだ。だが、まがい物の記憶に縛られている辺り、オーガスタのニタ研の技術も底が知れているな。エクステンデッドとか言うのと同レベルだ」

 

 鼻で笑い、シロッコは吐き捨てる様に言う。彼がロザミアをアルザッヘル基地に連れてきたのは、そこからカミーユをガンダムMk-Ⅱと共に連れ出させるためだった。
それは、ミノフスキー物理学を基礎とする技術を手に入れ、連合が圧倒的優位になってしまった戦争のバランスを、ある程度均衡させる為のジブリールとシロッコの策。
 そして、それを彼らがオーブに持ち帰れば、そこからザフトはミノフスキー物理学を独自に解析していく事になると考えていた。カミーユも協力するだろうが、試作機としての側面が強いガンダムMk-Ⅱから得られる技術などタカが知れている。
 しかし、それでも核融合炉搭載MSの技術は再び連合とザフトの技術レベルを接近させ、より戦争が泥沼化することになる。そして、満足と思ったところで一気にプラントを消滅させればいいのだ。それを可能にする手札を、ジブリールは用意している。

 

「さて、上手く気付かれないように逃がさなければな」

 

 ガンダムMk-Ⅱはシールド・ミサイルが切り払われたと見ると、腰の後ろのウェポン・ラックからバズーカ砲を取り出し、肩に乗せて照準を合わせてきた。次の瞬間、放たれる弾頭。
 シロッコはそれを見切り、ジ・Oに回避運動させる。しかし、ガンダムMk-Ⅱから放たれた弾頭は途中で拡散し、細かい礫が広範囲にわたって飛び散る。
ガンダムMk-Ⅱのハイパー・バズーカの2つの弾頭のうち、ロザミアは意表を突く意味で散弾を装填していたのだ。

 

「そちらの手か」

 

 ガンダムMk-Ⅱを造らせたのはシロッコ本人。勿論、散弾も使える事は百も承知である。いとも簡単に散弾を掻い潜り、ビームソードを振り上げる。対するガンダムMk-Ⅱも、左のマニピュレーターにビームサーベルを引き抜かせ、応戦する。
 ビームの刃が交錯し、光がほとばしる。ガンダムMk-Ⅱのコックピットに居る2人は目を細め、眩しさに唸った。

 

「シロッコ! お前はこの世界でも同じことを考えているのか!?」

 

 カミーユは目の前に接触するようにして存在するジ・Oに向かって叫ぶ。シロッコがこうして連合に与するのは、彼の信念によるところだろうと考えたからだ。全天周モニターに映し出されるジ・Oのモノアイが、怪しく光る。

 

『人類は、天才たる絶対者によってより良く導かれねばならん。そしてこの世界は、私達の世界と同様に人類同士で争いを繰り広げている。故にだ、その立会人たる私は、そう思うからこそ、俗物の間に収まっているに過ぎん』
「そういう傲慢が――人の心を大事にしない世界で、誰が喜ぶものかよ!」
『愚者の価値観だな、カミーユ=ビダン? 天才の手を離れた俗人が、真に優れた世界など創造できるはずもない! この世界でも、そういう事が過去に起こっているのだよ!』

 

 シロッコは過去に起きたジョージ=グレン暗殺事件を知っている。そして、その事件を契機にコーディネイターの人口が爆発的に殖え、ナチュラルと区別された人種が抗争を繰り返している現状も理解していた。
 ジョージ=グレンは、天才とも呼ぶべき優れた人間だというのがシロッコの感想だ。その人間が消えた時、今のC.E.世界は出来上がった。愚かに争いを繰り返すのは、それを纏める天才が居ないからだ。シロッコは、そう考えた。
 しかし、カミーユの考えは違う。根本から相容れない考えの彼は、過去にそういう事が起こってようとも、一握りの人間が支配する世界は間違いだと信じている。それは、お互いを分かり合うためのニュータイプとして覚醒した彼だからこその弁だ。

 

「それはお前の独善だ! 一握りの人間が喜ぶ世界に、何の意味がある!」
『ニュータイプは、天才が世を動かすために授けられた力だ! その意味を正しく理解しようとしない貴様が、私と同じニュータイプとは腹立たしい! 感情で動くニュータイプなど、地球の重力に魂を引かれた俗物と同じだ!』
「違う! ニュータイプの力は、人と人とが分かり合うためのものだ! それを吐き違えているお前に、人類の未来を憂う資格は無い!」
「そうだ、お兄ちゃんの言うとおりだ!」

 

 バルカンを連射し、ジ・Oの装甲を傷つける。シロッコは無理やりガンダムMk-Ⅱのビームサーベルを弾き飛ばし、隠し腕のマニピュレーターで脇を捕まえ、放り投げた。

 

「フッ! ニュータイプである貴様やアムロ=レイに何が出来た? ハマーン=カーンですら、ザビ家再興の為とか称しておきながら、無駄にシャアを追い回していただけに過ぎん。その中途半端なシャアに至っては、戦いしか知らんと見える!」

 

 ビームライフルを構え、ガンダムMk-Ⅱを狙う。ロザミアは投げられ、流されるままの機体のバーニアを無理やり吹かし、バランスを崩しながらもジ・Oのビームを避ける。

 

『それは、つまり貴様等がニュータイプの力の使い方を知らないからだ。戦いの道具として消費されるだけのニュータイプである貴様は、所詮は何も分かっていない子供と同じという事だ。そこの強化人間と同じでな!』
「ニュータイプの癖に分かり合おうとせず、最初から相手を利用する事しか考えていない男が!」
『サラは正しいと思ったからこそ、私を選んだのだ。彼女は賢い娘だよ』

 

 シロッコの言葉にカミーユは舌打ちをする。どう考えても相容れないニュータイプに対しての見解。自分がそう思っているように、彼もそう思っているだろう。やはり、同じニュータイプ同士でもどちらかを否定して滅ぼすしかないのだろうか。
 ジ・Oはビームライフルを連射し、ガンダムMk-Ⅱに反撃のチャンスを与えない。正確な射撃が、ロザミアの技量を上回る。

 

「このぉっ!」

 

 肩に担いでいるハイパー・バズーカの砲身を打ち抜かれる。ロザミアは頬を膨らませ、デッド・ウエイトでしかないそれを放棄した。
 ロザミアはまだシロッコと戦うつもりらしい。カミーユは彼女の横顔を見て確信していた。しかし、このままではいずれジ・Oにやられてしまう。

 

(は――!?)

 

 何とかならないかと考えていると、カミーユの頭の中にアークエンジェルの船体が微かに浮かび上がった。“足”の部分から砲門を突出させ、こちらに向かって放つイメージだ。

 

「負けないんだから!」
「待つんだ、ロザミィ! Mk-Ⅱを下に降ろして」
「どうして? 嫌な奴はまだ前に居るよ?」
「いいから――」

 

 後ろから手を伸ばし、ロザミアが手を置いているコントロールレバーを勝手に動かして、ガンダムMk-Ⅱを月面に着陸させる。その様子を確認し、シロッコは怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「諦めた? いや――」

 

 その時、ジ・Oの背後から2条の陽電子砲の光が突き抜けた。

 

「うッ! 待っていたのはこれか!」

 

 いきなりの事に思わず唸り声を上げるシロッコ。それはアークエンジェルから放たれたローエングリンの光。キラの帰りが遅いのを心配したラミアスが、思い切って撃ったのだ。

 

「ローエングリンとか言う奴か! アークエンジェル…粘っているようだな。…ならば!」

 

 ローエングリンの光は、アルザッヘル基地を大きく外れて、遥か彼方の月面に着弾した。ミノフスキー粒子でレーダーが効かないとあって、かなり大雑把な狙いだったが、それが逆にシロッコの意表を突く事になったようだ。
 しかし、いくら適当な狙いとはいえ、何回も撃たれたのではシロッコとしても堪ったものではない。いつかはアルザッヘル基地に命中するだろうと懸念した彼は、ローエングリンを黙らせる為にジ・Oをアークエンジェルに向かわせる。
アルザッヘル基地を失えば、折角取り入る事が出来たジブリールからの信頼を失くす事になる。それだけは勘弁願いたいところだ。

 

 一方、去り行くジ・Oを眺め、ガンダムMk-Ⅱのコックピットの中の2人は一先ず安堵していた。

 

「嫌な奴、行っちゃったよ?」
「あの艦に行くつもりか…? ロザミィ、MSを回収して、急いで後を追おう」
「うん」

 

 カミーユの言葉に一言頷くと、ロザミアはガンダムMk-Ⅱで座礁状態のフリーダムを抱え、ジ・Oの後を追っていった。

 
 

 アークエンジェルを取り囲むように飛び交うウインダム。しかし、最初5機居た数も、3機に減っていた。
 強固な装甲を持つアークエンジェルはタフだ。加えて、超一流の腕を持つアーノルド=ノイマンが舵を握っているのである。敵が攻めあぐねている内に、数だけは減らすことが出来ていた。
 その中でローエングリンを発射するという強攻策。イーゲルシュテルンを撒き散らし、ゴット・フリートやバリアントでウインダムに牽制を繰り返していたとはいえ、ラミアスも無茶をするものである。

 

「ローエングリンの効果は?」
「確認できません。相変わらず、ミノフスキー粒子の濃度が濃くて――」

 

 船体が揺れ、ブリッジが振動する。

 

「敵MSは?」
「2機は撃破しましたが、残りの3機は依然こちらに標的を定めているようです」
「続けて迎撃をお願い――レコアさんは?」
「まだ健在のようですが、通信は不可能の状態です」

 

 クルーの報告を聞き、ラミアスは唸る。技術は進歩しているのに、たった一つの未知なる粒子の登場のお陰で、半世紀単位で遡った時代の戦い方をしなければならないというのは、何て時代だと思った。

 

「キラ君はまだよね?」
「応答、ありません」

 

 ラミアスの問い掛けにミリアリアが応える。

 

「了解。ローエングリンの第2射を発射します。ノイマン、敵MSとの距離を離して――」
「か、艦長! 新たに接近するMSが1機! 機種は…不明です!」

 

 ラミアスがノイマンに指示を出していると、CIC席のサイが叫ぶ。機種不明という事は、恐らくまた新たなオーバ・ーテクノロジーMSが出てきたということだろう。

 

「ど、どうしますか!?」
「ローエングリン照準! 目標はアンノウンに向けて!」
「えぇっ!?」

 

 ラミアスの命令にチャンドラが振り向いて驚きの声を上げる。

 

「無茶です! アンノウンはMSとは思えない加速でこちらへ向かっています! 当てられやしませんよ!」
「有視界戦なら当てられるって思わせられればいいわ。このまま後手に回ってばかりじゃ、沈められるのを待つだけ!」
「で、ですが――」
「命令です!」

 

 ラミアスが語気を強めると、アークエンジェルの“足”から再びローエングリンの砲身が浮かび上がってくる。
 それを遠くから確認したMS――ジ・Oのコックピットの中でシロッコは、軽く舌打ちをした。

 

「あんな強力な兵器を何度も撃とうとする……! アークエンジェルの艦長はこちらが嫌な思いをする行動が読めているのか?」

 

 いくら当てずっぽうとはいえ、やたらめったらローエングリンを撃たせるわけには行かない。アルザッヘル基地に当ってしまえば、その時点でシロッコの左遷が決まってしまう。それでは、彼が目指す世界の構築は不可能になってしまう。

 

「俗物め……だが、それ故に考えを読むのが難しいが――ウインダム部隊は左舷のローエングリンを狙え! 2発目を撃たせるなよ!」

 

 シロッコはアークエンジェルの砲撃を掻い潜り、ローエングリンの砲身に向かってビームライフルを投げつける。そして、後を追うようにビームソードを投げ飛ばし、ビームライフルをローエングリンの砲身に突き立てて爆発させた。
 その爆発でローエングリンの右門は誘爆し、沈黙する。左門の方も、ウインダム部隊の奮闘で爆炎を上げていた。ブリッジでは、ローエングリンの爆発で船体が大きく揺れ、クルー達が歯を食いしばってその衝撃に耐えていた。

 

「ア、アークエンジェル後退!」

 

 更に追い詰めるような怒涛の攻撃が、3機のウインダムから放たれる。それに堪らなくなったラミアスが、慌てて指示を出す。
 シロッコはまるでブリッジの慌てる様子が見えているかのようにアークエンジェルを眺め、満足そうに笑みを浮かべていた。

 

『パプテマス様!』

 

 ジ・Oをアークエンジェルの側から離脱させると、シールドを失ったパラス・アテネがやって来た。シロッコはそれに気付き、パラス・アテネに機体を接触させる。

 

「サラか。レコアはもういいのか?」

 

 言われ、サラは体を硬直させて表情を落とす。どうやら、彼女はレコアを倒す事が出来なかったようだ。

 

『申し訳ありません…私は裏切り者を処分できませんでした……』
「構わんよ。今回はこれで十分だ」

 

 気落ちするサラだったが、シロッコの思わぬ一言にハッと顔を上げた。

 

『宜しいのですか?』
「フリーダムは落とした。これで、ローエングリンを失ったアークエンジェルは無力化したも同然だ」
『そうですけど――』
「ジブリールとの約束もある。アークエンジェルが引き下がるのなら、追撃はしなくてもいい」
『はい……』

 

 アークエンジェルのローエングリンさえ壊してしまえば、もうアルザッヘル基地が危険に晒される事は無い。後は、カミーユが勝手にアークエンジェルと接触するだろう。目的を果たした以上、既にアークエンジェルに用は無い。
 ジ・Oの頭部の先端が赤く十文字に輝く。それは、シロッコの出した撤退の合図だった。
 ジ・Oとパラス・アテネは身を翻し、アルザッヘル基地に戻っていく。3機のウインダムも、その光を確認して後に続いていった。

 

「敵が引いて行く……?」
「どうなっているんだ?」

 

 アークエンジェルのブリッジでは、突然の敵の撤退に呆気に取られていた。敵側にしてみれば、アークエンジェルを落とすチャンスだったはずだ。しかし、止めを刺さずに引き上げて行った。
 何故だろうと理由を考えていると、ボロボロになったM1アストレイが帰ってきた。ブリッジに近寄り、何とか残っている左のマニピュレーターを接触させる。関節がショートしているのが外からも分かる。

 

「レコア、無事だったのね?」
『えぇ、何とか――それで、カミーユは…キラ君は無事に帰ってきたの?』
「そ、それがまだ――」

 

「新たにアンノウン接近! また違うタイプです!」

 

 しどろもどろにラミアスが応えようとした時、また新たな機体の接近を告げる。今度は何だとばかりに乱れるモニターに映し出されるMSの姿を見つめた。

 

「アンノウン――の割には、GタイプのMSの様だけど…」
『Mk-Ⅱじゃない!』

 

 レコアが驚愕の声を上げる。彼女が驚いているということは、やはりGタイプのアンノウンもオーパーツという事になる。ブリッジの中の空気が再び緊張に包まれる。

 

「ちょ、ちょっと待って! あのMSが運んでいるのって、フリーダムじゃない?」

 

 しかし、モニターの中のMSの違和感にラミアスが気付き、クルーを制止する。その声に一斉にモニターに視線が集中し、各々がラミアスの言った事を確認した。
 そのMSは徐々にアークエンジェルに接近し、艦橋窓からも視認できるところまで近付いてきた。サイとミリアリアは、ガンダムMk-Ⅱが運んでいるズタぼろのフリーダムを見てショックを受けていた。

 

「フリーダム…ボロボロじゃないか……」
「あいつ、キラを人質にしようっていうの……?」

 

 2人が訝しがっていると、ガンダムMk-Ⅱはマニピュレーターの指関節から接触回線用のワイヤーを射出して、ブリッジに繋げてきた。

 

『こちら、ガンダムMk-Ⅱ。カミーユ=ビダンとロザミィ=ビダンです。MSを回収しました。着艦許可を願います』

 

 モニターに、座席に座る見慣れない女性。その後ろから身を乗り出して話しかけてくる見慣れた少年。少年は間違いなく今回の最大の目標であったカミーユ=ビダンだ。

 

『カミーユ!』

 

 アークエンジェルを介してその姿を確認したレコアが叫ぶ。驚きと、そして歓喜に震える声をしていた。

 

「ハッチはまだ生きているわね? 解放して迎え入れて。キラ君が心配だわ」

 

 何がどうなったのかは分からない。カミーユを救出する為に出たキラが、逆に彼に救われる形で帰ってきたのだ。しかし、それでも作戦は一先ず成功。
フリーダムの中破、それにローエングリンを失うという多大なる損傷を被ったが、目的は達する事が出来た。
 これだけの損害を与えておきながら撤退していった敵の思惑は分からないが、今は少しでも早く月から離脱しなければならない。追撃を受ければ、アークエンジェルには抵抗する力が残されていないからだ。

 

 アークエンジェルはハッチを開き、M1アストレイとガンダムMk-Ⅱを受け入れる。そして、そのまま月から逃げるように離脱し、ミノフスキー粒子の薄くなった所で陽動作戦を展開してくれているザフト部隊に向かって、作戦成功の報告をした。