ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第22話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 22:19:27

『クロス・ロード』

 
 

 カミーユを無事に救出し、地球への航路を行くアークエンジェル。途中、デュランダルの計らいで出張してきたザフトの補給部隊と合流し、傷ついた船体の応急処置と物資の補給を受けていた。

 

「――では、フリーダムの修理をプラントで行い、ガンダムMk-Ⅱの解析は地球でやるということですか?」
『そうだ。それがデュランダル議長の意向だ。今は地球の方が激戦区だから、当然だろうな。遠く離れたプラントでやるよりも、現場に任せたいと思っていらっしゃるのだろう』

 

 モニター越しに会話を重ねるラミアスと補給艦の艦長。ザフト製のフリーダムをプラントの工廠施設で改修し、連合製のガンダムMk-Ⅱはモルゲンレーテと協力して解析を行いたいというのは、デュランダルの弁だ。
彼はレコアやエマの存在に薄々ではあるが感づいてきているらしく、ガンダムMk-Ⅱの解析に彼女達の協力を取り付けたいというのが本音らしい。
 オーブには駐留軍と共に降りてきたザフトの技術スタッフが、モルゲンレーテ社に協力をしている。故に、解析を地球で行ってもプラントだけが技術的な遅れを取る事は無いと踏んだようだ。

 

「了解しました。それと…フリーダムのパイロットから済みませんでしたとの謝罪の言葉を預かっています。デュランダル議長によろしくお伝え下さい」
『そんな事を気にしてるのか、フリーダムのパイロットは? デュランダル議長はそんな事では怒りゃしない。寧ろ、ガンダムMk-Ⅱを手に入れられて喜ぶと思うがな』

 

 キラの言葉を伝え聞いた補給艦の艦長は、顎に蓄えた髭をワシャワシャと擦り、白い歯を見せて言う。

 

「そういうお方なんですか?」
『そういうお方さ。フリーダムは高性能とはいえ、既に2年前の旧式だ。それを量産しようと思っていらっしゃったようだが、連合の超高性能MSの出現報告でケツに火が点いちまったらしい。
既に開発に取り掛かっている次世代の高性能MSの開発も、大幅な修正が必要だって慌ててらっしゃる』
「慌てる? あのデュランダル議長が、ですか?」
『喜んでる、とも見えるがな。そこへ来ていきなり核融合炉搭載型MSの奪取だ。アークエンジェルには早く地球に降りてもらって、少しでも早くデータを届けて欲しいと思っていらっしゃるんじゃないか?』
「は、はぁ……随分とお詳しいのですね?」
『今はこんな補給艦の艦長を任されているがな、俺は元はMSの開発に関っていたんだ。その時に議長とは面識があってね。そういう子供みたいな人だって事は知っている』

 

 補給艦の艦長の言に、ラミアスはこそばゆい感覚を抱いた。デュランダルという人物は、そういう人なのだろうか。テレビで見た彼は、政治家としての威厳に満ちていた。
 何を考えているか分からない、油断のならない人物とはバルトフェルドの言葉。しかし、本当の彼は、この補給艦の艦長の言っているような人物なのだろうか。それとも、相反するようなその全てが彼の一面の一つに過ぎないのだろうか。

 
 

 補給を終えたアークエンジェルは補給艦と別れ、再び地球へ向かう。艦橋の窓から見える地球は、大気の層がまるでオーラの様に青く煙っていた。ラミアスは目を細め、2度目となるアークエンジェルでの地球降下へ向けて体を休める。

 

 地球へ近付き、そろそろアークエンジェルが降下準備に入る頃、キラは一人MSデッキを上から見下ろし、表情を落とす。頭には包帯が巻かれ、松葉杖を突いていた。
しかし、ジ・Oにいいようにされていた割には、軽傷で済んだのかもしれない。フリーダムのコックピットが頑丈だったという事もあるが、彼自身も相当丈夫な体に出来ているらしい。
 ただ、ジ・OというMSが圧倒的であったという記憶が、キラの頭の中にこびりついていた。まるで物理法則を無視したかのような相当なスピード、そしてパワー。その恐怖のMSの事が忘れられなかった。
 ふと、かつてのフリーダムに乗った自分も、敵にはそう見えていたのだろうかと考える。やはり、昔の自分は傲慢だったのか、と自嘲した。

 

「キラ…ヤマト君?」

 

 考え事を廻らせていると、横から声を掛けられた。顔を声の聞こえてきた方向に向けると、ロザミアに支えられたカミーユが居た。顔色は若干の蒼白に見える。意識を失っていた時の後遺症が、まだ少し残っているのだろう。

 

「あ…カミーユ…さん?」
「一言お礼を言っておこうと思って」
「お礼?」
「あぁ。俺がサラに捕まった時、一番最初に助けに行こうって言ってくれたらしいじゃないか? それに、MSを壊してまで俺のところに来てくれた。お陰で、こうしてロザミィと一緒に逃げ出すことが出来たんだ。ありがとう」

 

 恐らくレコアから聞いたのだろう。言われてキラは思い起こす。確かにすぐに助けに行こうとは言ったが、それが単純に彼のためを思って言った事なのか自信が無かった。
心の中に、エマやカツとの約束があって、それを果たせなかった焦りから、保身のために口にしたのではないかという思いがあったからだ。そのことが頭にあるから、今一自信が持てない。

 

「エマさんやカツ君と約束したから――それに、レコアさんだってカミーユさんをずっと心配してたし……」
「でも、キラ君も来てくれただろ?」
「呼び捨てでいいよ。僕たち、歳もそう変わらないみたいだし。それに、結局君に助けられる結果になってしまった……」

 

 救出に向かった自分が、事もあろうに救出の対象であったカミーユに助けられた。これでは立場がまるで逆だ。ジ・Oを相手に何もできなかった自分が、恨めしい。

 

「気にする事は無いさ。俺がこうして意識を取り戻せたのも、キラが来てくれたからだ。そのお陰で、ロザミィだって救われたんだ」

 

 カミーユがロザミアに向かって微笑みかけた。彼女はカミーユの妹という事らしいが、キラの目にはどう見ても逆に思えた。そういう顔立ちなのだろうか。
 彼女の存在も気になるが、きっと彼女もエマ達と同じ世界の人間なのだろう。兄妹というのは疑わしいが、しかし危害を加えてくる気配は無い。そんな事よりもキラは知りたいことがある。

 

「そういえば、カミーユに聞きたい事があるんだけど――」
「何?」

 

 キラはカミーユの存在が大いに気になっていた。フリーダムに乗ることになった時、そしてジ・Oと対峙していた時、気持ちを奮い立たせてくれたのは頭に響いてきた謎の声。今なら彼の声だと分かる。

 

「まだ君に意識が無かった時、何度か頭の中に君の声が聞こえた気がしたんだ。レコアさんは知ってるみたいだったけど、それって――」

 

 訊ねようとしたその時、急に館内警報が鳴り響いた。下の方で、コジローを初めとするメカニック達が騒然とし始めた。ハッとして3人も辺りを見回す。
 大気圏突入の時間まではまだ幾ばくかあるはずだ。オーブに直接降りられるウェーブ・コースには乗っていないはずである。だとすれば――

 

「敵襲!?」

 

 キラは叫ぶ。フリーダムはザフトの補給艦に引き渡してしまったし、レコアのM1アストレイの損傷も酷くて戦闘に耐えられる状態ではない。
ガンダムMk-Ⅱがあるにはあるが、整備もままならないし、何より今のアークエンジェルの位置は成層圏に近付いている。突入能力の無いガンダムMk-Ⅱを、こんな所で放り出すわけには行かない。
 歯を食いしばり、眉を顰めるキラ。先だっての戦いで、自分がフリーダムを壊さなければこんなに慌てる事は無かった。その自らの不覚に、拳を握り締める。

 

 一方のブリッジでは、ラミアスが同じく歯を食いしばって唸っていた。ミノフスキー粒子が撒かれてない宙域なだけに敵の発見も早かったが、しかし数が多かった。大部隊ではないが、傷ついたアークエンジェルだけでは如何ともし難い数だ。

 

「ロンバルディア級が2隻です!」
「距離8200! 敵艦からの艦砲射撃、来ます!」
「続けてMS隊の出現を確認! 機数、およそ15!」

 

 矢継ぎ早に伝えられる報告に、ラミアスは唇を噛む。チラリとノイマンに視線を送った。

 

「ノイマン、振り切れないの?」
「駄目です。機関出力が70%にまでしか上がりません」

 

 ノイマンが振り返り、苦渋の表情で告げる。エンジン出力の上がらないアークエンジェルでは、手練のノイマンといえども流石に難しいようだ。

 

「どうしますか、艦長!?」

 

 チャンドラが顔をラミアスに向け、尋ねてくる。出撃可能な搭載MSは皆無に等しい。最終手段として、核融合炉搭載MSであるガンダムMk-Ⅱが何とか出撃できるとは思うが、あれは出来るだけ無傷で地球に届けたい。
 そうなると、この傷ついたアークエンジェルで何とか逃げ切らなければならないのだが、肝心のメイン・エンジンの出力が上がらない。何と言ってもノイマンが駄目といっているのだから、駄目なのだろう。
 ならば、逃げる先は一つしかない。敵を振り切り、追撃を受けずにやり過ごす為の最善にして唯一の選択肢。それは――

 

「仕方ありません。これより、アークエンジェルは緊急降下を行います! 全艦、大気圏降下シークエンス開始!」

 

 意を決し、ラミアスは号令を掛ける。この危機を脱するには、これしかない。地球に降りてしまえば、宇宙艦の敵戦艦も追ってはこれないだろう。降下先に連合地球軍が待ち伏せている可能性もあるが、それでもやるしかない。
 それを受けてサイが驚く。

 

「今地球に降りるんですか!?」
「そうよ。それしか方法は無いわ」
「しかし、この位置で降下をすれば、オーブには直接降りられません!」
「分かってる。でも、やるしかないのよ……!」

 

 生き延びてオーブに戻るには、すぐさま地球に降りるしかないとラミアスは踏んでいた。もう直接オーブに降りるなどという贅沢は言ってられない。

 

「チャンドラ、今からの降下予測地点は?」
「ここからですと……出ました。丁度、ダーダネルス海峡の辺りに降りる事になります」
「ダーダネルス海峡? 確か、地中海とエーゲ海を繋ぐ海峡よね? …そこからなら、スカンジナビア王国が近いか――」

 

 ダーダネルス海峡はオーブからは遠い。しかも、ザフトと連合の勢力争いの激しい地域だ。降下先で戦いに巻き込まれる可能性は高いが、しかしオーブの友好国であるスカンジナビア王国も近い。彼らなら、事情を話せば匿ってくれるかもしれない。
それに、万が一それが叶わなくても、近くには適当なザフトの部隊も点在しているはずだ。そこへ助けを求めれば、デュランダルの意向を無視できない彼等はこちらの要求を呑んでくれるはず。

 

(でも、なんでこんな所に敵が? この辺一帯はザフトの勢力圏が近いというのに――)

 

 この襲撃の黒幕は、シロッコ。このまますんなりとガンダムMk-Ⅱを持ち帰られたのでは、連合が優位を示す前にザフトに余裕を与えてしまう事になる。
戦争を長く継続させるというジブリールの思惑に乗ってはいるが、しかしザフトよりも優位に事を進めたいと考えた彼の独断によるアドリブだった。
 アークエンジェルの予定航路をずらし、ガンダムMk-Ⅱの解析を遅らせる為のシロッコの差金。それは、もう一つの天使の名を冠する戦艦との邂逅でもあった。

 
 

 束の間の休暇を終え、ディオキアの街を出発するミネルバ。行き先は、ザフト地上軍基地の中でも最大規模のジブラルタル基地。航路は、黒海を出てエーゲ海を抜け、そこから地中海を横断して行く事になる。
その事を聞き、また暫くは美しい海を眺めながら航海が出来ると、エマは密かに喜んでいた。
 そして今はルナマリアと共にブリーフィング・ルームに向かっていた。これからの編成の件でアスランから話があるというのだ。

 

「何でですか!?」

 

 ブリーフィング・ルームの近くまで来ると、部屋の中からシンの怒鳴り声が響いてきた。何事かしら、と部屋の中を扉の影から2人して覗き込む。すると――

 

「俺をインパルスから降ろして、レイを代わりに乗せるって、本気で言ってんですか!?」
「今回だけだ。何もずっとお前をインパルスに乗せないと言っているわけじゃない」
「だから、それは何でなのか理由を聞いてんです!」

 

 そこには、前のめりに気性を荒立てるシンと、それに押されて少々困惑気味のアスラン、そしてそれを冷静に眺めるレイが居た。

 

「どうしたんでしょうね?」
「さぁ…彼をインパルスから降ろすって言ってるみたいだけど――」

 

 隙間から中の様子を伺う2人。どうやらシンが癇癪を起こしているらしく、大分立て込んでいるようだ。2人は少しの間、事の成り行きを見守る事にした。

 

「今の状態で、お前はインパルスの性能を100%引き出す事が出来るのか?」
「それ、どういうことです?」
「だから、それは――」

 

「コニールを失って、お前の精神状態が不安定になっているのではないかとザラ隊長は言っている。だから、少しお前を休ませて、気持ちの切り替えを図ろうという事だ」

 

 アスランが言葉に詰まると、レイが代弁をした。歯に衣を着せぬその言葉に、シンは大声で“何だと”と言って矛先をレイに向ける。

 

「ちょ、ちょっとレイ! ストレート過ぎるわよ!」
「彼、何処まで朴念仁なのかしら?」

 

 影から小声で突っ込むルナマリアに、冷静に観察するエマ。彼女達の心配を余所に、シンの怒りはヒート・アップするばかりだ。

 

「レイ、お前インパルスに乗りたいからって隊長に掛け合ったんだろ! 知ってんだからな、お前がインパルスのパイロットになりたかったって事!」
「止せシン! これはレイが言ったんじゃない、俺がお前の身を案じて決めた事なんだ!」
「何がコニールを失って精神状態が不安定だ! お前がインパルスに乗りたいからって、コニールの事を引き合いに出すな!」

 

 アスランの制止も聞かず、シンはレイに詰め寄る。感情を大きく乱すシンとは対照的に、レイの方は至って冷静だ。シンの暴言にも、表情一つ変えようとしない。

 

「俺がインパルスのパイロットに抜擢されたからって、僻んでるんじゃないのか、えぇ!?」
「そうではない。ザラ隊長は、お前の事を心配して今回の処置を決めたんだ。あくまで応急的であって――」
「ふざけるな! 何が応急だ!? インパルスを下ろされる方が、よっぽどストレスが溜まるんだよ!」
「そのストレスを解消する為の配置転換だ。ザクに乗ればルナマリアと共にミネルバを護衛する事になる。そうすればお前に――」

 

「ちょっと待ったぁッ!」

 

 レイが何かを言いかけたところで、ドアの隙間から様子を伺っていたルナマリアが血相を変えて飛び込んでくる。レイにこれ以上言わせていたら、何を言い出すのか分かったものではない。

 

「いい加減にしてよね、シン! たった一回インパルスからザクに乗り換えるだけで駄々捏ねて、それでチームワーク乱されたらミネルバは守れないのよ! あんた、分かってんの!?」
「な、何だよいきなり!?」

 

 つかつかと歩きながらシンに迫ってくるルナマリア。レイの言葉を誤魔化すように語気を強め、ピシッとシンの鼻っ面に指を突きつける。唐突な登場に、シンは呆気に取られ、困惑していた。

 

「ザ、ザクなんかに乗ったって、ストレスの解消になるわけ――」
「ザク“なんか”ぁ!? あんた、あたしの魂であるザクに向かってなんてこと言うのよ! それに、レイのザクはあたしのよりもいい部品使ってる高級機なんだからね! インパルスに乗ってるからって、贅沢言ってんじゃないわよ!」
「え…? いや、その、俺そういうつもりじゃ――」
「謝った方がいいわよ。あなたは気に留めてないかも知れないけど、ルナマリアはこれまで一生懸命ザクでミネルバを守ってきたんだもの。そんな言い方をされたのでは、怒って当然よ」

 

 怒涛の勢いでシンを攻め立てるルナマリア。そんな勢いに押され、先程まで爆発していた彼の怒りが風船がしぼむ様に急速に押さえ込まれ、逆に気が萎えていた。それを見かねたエマがルナマリアの気持ちを落ち着かせようと仲裁に入る。

 

「さぁ、彼女に頭を下げて、一言でいいから謝りなさい」

 

 実は、エマの声が聞こえた時、シンは喉から心臓が飛び出してきそうなほど驚いていた。以前受けた平手打ちがトラウマになっていたからだ。しかし、今回の彼女の言葉は母親のように優しい。意外な彼女の一面に、今は戸惑っていた。

 

「ご、ごめん……」
「レイにも謝りなさい。酷い事、言ったでしょ?」
「ごめん……」

 

 ルナマリア、続けてレイに向き直り、軽く頭を下げて力無く謝るシン。エマはそんな彼の背中に手を添え、優しくお辞儀を促す。

 

「2人とも、許してあげられる?」
「俺は気にしていません」
「シンが大人しくザラ隊長の命令に従ってくれれば――」

 

 この期に及んでもまだ平然とした顔つきのレイと、少しバツの悪そうなルナマリア。レイはともかく、ルナマリアは小さくなってしまったシンを見て、少し強く言い過ぎたと反省しているようだ。
 エマは頷くと、頭を下げるシンの背中をポンと叩き、背筋を伸ばすように言う。

 

「次の戦いでは、レイのザクに乗って出撃する――それでいいわね?」
「はい……。でも、本当に今回だけですよね?」

 

 エマの問い掛けに一言頷くと、顔をアスランに向けて聞く。アスランもシンの問い掛けに頷いた。

 

「リフレッシュの意味もある。インパルスを使いこなせるのは、やはりお前しか居ないんだ。だから、お前には万全で居て欲しいと考えての今回の処置だ」

 

 アスランの言葉に、シンは一応の納得を見せた。今回はインパルスを降ろされる事になってしまったが、それは自分が期待されてるからだと分かったからだ。

 

「レイ、次の戦いに備えて色々とザクの事を教えてくれくれないか?」

 

 レイに向き直り、シンは言う。レイはそんなシンに少し笑いかけた。

 

「俺もインパルスの事でお前に聞きたいことがある。今からデッキに行こう」
「ルナも、連携とか戦術の事で打ち合わせたい事があるから――」
「行くわ。シンに足引っ張られたくないものね」

 

 “何だと!”とルナマリアに食いかかろうとするシン。しかし、それを手で押さえて制止するレイ。どうやら、いつもの彼等の関係に戻れたようだ。
そして“失礼します”と一言アスランに告げ、3人は連れ立ってブリーフィング・ルームを出てMSデッキに向かって行った。その去り際の後ろ姿を見つめ、エマはカミーユやカツの事を考えていた。
 彼らにも、もっとシン達の様な同世代の仲間が居れば、あんな風に青春が出来たのだろうか。大人が殆どのエゥーゴにあっては、彼らのような思春期の少年には息苦しい場所だったのだろう。青春時代をそんな窮屈な場で送った彼らが、幾分か不憫に思えた。

 

「……駄目ですね、俺は」

 

 そんな風にして思いを廻らせていると、溜息交じりのアスランの声が聞こえてきた。自嘲しているつもりのようだが、全く笑っているようには聞こえない。振り向くと、海の底に沈んでいるかの様に暗い表情で佇むアスランがいた。彼も、エマの懸念の一つ。

 

「結局、俺の言葉じゃ彼等を纏める事が出来なかった。これじゃあ隊長失格ですよ……」

 

 フェイスとはいえ、彼もまだ18歳。シン達とも年齢はそう変わらない。そんな彼が隊長なのだから、最初は上手く行かなくて当然だ。エマはそう感じていた。

 

「焦っては駄目よ、アスラン。あざとく信頼を得ようとすれば、彼等はきっとあなたに見切りをつけてしまう。少しずつ、段階を踏むように彼らに歩み寄りなさい。そうすれば、彼らの方からも歩み寄ってきてくれるはずだから」
「出来るのでしょうか、俺に?」
「そうしなければいけないのよ、あなたは。もっと自信を持って、それでも言う事を聞かなかったら力づくでも従わせなさい。それが出来なければ、あなたにMSに乗る資格は無いわ」

 

 可能性の問題ではない。アスランは出来るか出来ないかという二択ではなく、やらねばならないという道しか用意されていない。それが、フェイスとして任命された彼の使命でもある。
 エマは、そんな彼を頼りないと思うが、それも彼が成長する為の試練でもある。時には無理矢理にでも命令に従わせられるだけの気概を見せてもらわなければ、いつまで経っても彼は隊長としての器に育たない。

 

「そうですよね……」
「あなたなら出来るわ。何よりオーブの彼女のために、敢えて茨の道に足を踏み入れたのだから、それだけの覚悟を持ってこの艦に乗り込んできたはずよ」
「はい……」

 

 エマに覚悟を問われ、アスランは視線を落とした。本来なら、彼女のような人が隊長を勤めるべきなのだろう。人間として経験に勝る彼女の方が、悩み事を引き摺る傾向のある彼よりも隊長に向いているのは確かだ。
 しかし、デュランダルから隊長に任命されたのは彼だった。恐らく、以前の立場を考慮して選抜したのだろうが、彼にはかつて大切な部下を失ってしまったという負い目がある。しかも、その部下の志を裏切ってまで向けた矛先は、事もあろうに故郷の父だった。

 

(ニコル……俺は今度こそ、お前や散って行った仲間のために、この世界に平和を築いてみせる――!)

 

 記憶のヴィジョンに浮かんできたのは、淡いエメラルド・グリーンの癖っ毛の少年。若干15才ながらザフトのエリートである赤服に任命された彼は、オーブ付近の無人島でのアークエンジェルとの戦いでその短い人生を終えた。
その時の相手はキラ。そして、彼もキラの親友のトールを殺している。
 あの時の後悔は、当時の隊長であった彼に熟考する時間ときっかけを与えてくれた。カガリと出会い、戦いの意味を深く考えさせられた。それがあったからこそ、今の彼がある。
だから、それを無駄にしないためにも、今の仲間を己の不甲斐無さで犠牲にするようなことはあってはならない。同じ後悔は、2度としてはならないのだ。
 それが、ニコル=アルマフィに生かされたアスラン=ザラの背負った十字架でもある。

 

 奇しくも、アスランは今再びザフトで隊長職を演じている。窓の外に見える地中海に連なるダーダネルス海峡を見つめた。エマは、少しだけ背筋の伸びた彼の後ろ姿を横目で眺めながら、ブリーフィング・ルームを後にした。

 
 

 ダーダネルス海峡を航行するミネルバ。それを待ち伏せていたのはインド洋で交戦したファントムペインの旗艦J.Pジョーンズ。そのブリッジでは、ネオ=ロアノークがレーダーに映るミネルバの機影を、仮面の下の双眸から見つめている。

 

「当ったようですな」
「あぁ。ガルナハンを落とし、ディオキアに入っていたミネルバはジブラルタルへ向かうために必ずここを通る。これで、インド洋での借りを返してやることが出来るさ」

 

 艦長席に座る職人気質で寡黙そうな細面の男が、隣の席に座るネオに話しかける。

 

「今回は勝てますかな?」
「勝てるさ。こちらには奴等から奪った3機のGと、それにガルナハンから合流して来たライラ達を加えたスローター・ダガー部隊も居る。アルザッヘルが取り逃がしたアークエンジェルが降りてくる前には片をつけるさ」
「パプテマス=シロッコとか言う男…砂漠に水を撒くかのごとくジブリール卿に取り入り、何を考えているのか分かりません。私は危険と判断しますが――」
「奴は私達に自分の不始末の尻拭いをさせる気なのさ。だから、アークエンジェルをここに落とした――頭だけは良く回る男だよ」

 

 ゲストシートを立ち、オペレーターの脇から身を乗り出して機器類の上に片手を乗せる。そして、水平線の向こうにいる筈のミネルバを睨みつけた。
 仮面を被るネオは目元を覆い隠し、表情を読み取るのが難しい。しかし、露出している口元や、声の抑揚を聞けば、彼が余裕の笑みを浮かべているのが分かる。

 

「よし、イアン、全艦に戦闘配置だ。天使狩りをするぞ」
「了解です。艦砲射撃後、MS部隊を出撃させます」

 

 イアンと呼ばれたその男は、ネオの号令に従って戦闘の開始を告げる。

 

 J.Pジョーンズから、MS部隊が飛び立っていく。甲板に出たスティング達の3機のGは、一目散にミネルバに向かって出撃していった。
彼等は相当ミネルバに拘って居るらしく、海上が戦場のメインだというのに、飛行能力を持たないガイアまでもが、僅かな陸路を足場に駆けて行った。

 

『子供の連中は元気がいいねぇ。あんなはしゃぎようなら、ジェリドは苦労したんじゃないのかい?』
「所詮は出来損ないの強化人間さ。功を焦って勝手に逃げ帰ってくるのが落ちだよ」

 

 甲板では4機のスローター・ダガーが出撃を前に佇んでいる。ジェリドが各種設定を確認していると、ライラが通信を繋げてきた。それに対してスティング達に対する嘲笑交じりの声で返す。

 

『おや? あたしの知っているあんたは子供達と同じだったと記憶しているが?』
『ジェリドは、ミネルバにカミーユ=ビダンが居ないってんでやる気が無いのさ』

 

 ジェリドの青さを笑うライラに、カクリコンが余計な解説を付け加えてくる。余計なお世話だと思った。

 

「俺だってあれから色々と経験を重ねてきたんだ。もう、あんたに蹴られてた俺じゃないさ」
『へぇ、言うじゃないか? なら、その経験とやらをこの戦いで見せてもらおうか』
「言われなくたって――マウアー、準備はいいな?」
『頼りにしているわ、ジェリド』

 

 呼びかけたマウアーまで話の流れに乗ってくるかのような台詞を言う。まるで、出来の悪い生徒のような扱いを他の3人から受けていることに、彼は内心で腹を立てていた。しかし、既にそれを表に出すような青二才ではない。
グリプス戦役で血の滲むような思いをして得た糧を、今こそ師匠であるライラに見せる時。

 

『よし、ダガー小隊出るよ! 3人は遅れるな!』

 

 ブリッジからの出撃命令を受け、ライラが号令を掛ける。その掛け声を聞き、ジェリドは一つ気合を入れると、一気にブースト・ペダルを踏み込み、飛び立って行った。

 
 

 連合軍艦隊を確認し、ミネルバからもMS部隊が飛び出してくる。エマとカツのムラサメに、レイが乗り込んだインパルス、そしてアスランのセイバーが先陣を切る。
シンはレイのザク・ファントムで、ミネルバの甲板でルナマリアのザク・ウォーリアと共にお留守番だ。
 飛び立っていく4機の後ろ姿を見据え、しかしミネルバを守るという重要な役割を意識しているシンは、不貞腐れる事無く適度な緊張感を持っていた。飛行できないMSとは、かくも頼りないものなのか、インパルスに慣れているシンはそう感じていた。

 

『シン、油断しないでね。敵は空からだけじゃなく、海の中からも出てくるから』
「分かってる。アビスだろ?」
『そ、アイツには、インド洋で散々苦しめられたんだから』

 

 足場の少ないミネルバの甲板で、相手は海中を自由自在に動き回る重火力MS。それに加えて空中からやってくる敵も相手にしなければならない。
ミネルバの戦力があるとはいえ、地形適応に難のあるザクでは、これに対処するのはかなり大変だ。

 

「……ルナもレイも、大変な事をしていたんだな」
『な、何よ急に?』

 

 まだ交戦していないのに、コントロール・レバーを握る手が汗ばむのが分かる。敵がやってくるまで待たなければならない戦いというのは、敵陣に切り込んで行くいつもの緊張感とは全く違う。シンは、そんな緊張感から多少の不安を抱き始めていた。

 

「いつも空中で戦ってたから、海がこんなに怖いものだとは思わなくてさ」
『今更? なら、あたしは慣れているから、今回はあたしがシンの先輩ね』
「ん…まぁ、癪だけど仕方ないか? 頼むぜ、先輩!」
『あたしを先輩と呼ぶのなら、舐めた口の利き方は止めて貰うわよ、後輩君?』

 

 得意気に言うのは、いつもレイに偉そうにされていたからだろうか。やけに上機嫌なのは、きっと自分が甲板での戦いに慣れていない事に対して優越感を持っているからだとシンは思う。

 

「……鼻を鳴らして調子付いちゃってさ」
『何か言ったぁ?』

 

 ポツリと呟いたシンの独り言にも、ルナマリアは噛み付いてくる。慌ててシンは口を閉ざし、早く敵が来ないかとレーダーに視線を落とした。このままでは、彼女のペースに巻き込まれて、普段から先輩風を吹かされそうだ。
 そんなシンの願いが通じたのか、警告を告げる音が鳴った。

 

「敵MS発見! 海中からこっちに向かって来るぞ!」

 

 最初に飛び出してきたのは、やはりアビス。空中戦力は前線に向かって行ったアスランたちが押さえ込んでいる状態でまだ静かなものだったが、海中を潜行するアビスの足は真っ先にミネルバにターゲットを絞ってきた。

 

「海に飛び込んじゃ駄目よ! そのまま引きずり込まれちゃうから!」
『撃ちゃいいんだろ! 動けないなら、手数で勝負だ!』

 

 海面から飛び上がり、ビームランサーを携えてブリッジを狙って来るアビス。それに対し、シンはビームライフルを連射して迎撃する。アビスはそれを軽くかわすと、そのまま何も出来ずに海中へ落下していく。
そこを、ルナマリアのガナー・ザク・ウォーリアがオルトロスで追撃するが、その前にアビスは海の中に消えた。

 

「チッ! あいつ等、また居やがる」

 

 海中に逃れたアビスのアウルは、前回も邪魔された2機のミネルバの護衛がいることに舌打ちした。何度もミネルバに決定的チャンスを見出しながらも、それをさせてもらえなかったのは、レイとルナマリアが必死に応戦していたからだ。
アウルにとって、2機のザクは小賢しい存在となっていた。

 

「けど、それも今日までさ! 俺達が本気になれば、お前等なんか敵じゃないって所を見せてやるよ!」

 

 アウルは叫び、アビスを急浮上させる。空中に躍り出ると、全砲門をミネルバに向けた。重火力MSの本領とも言える一斉射撃。

 

「これだけありゃあ、お前等だって防げないだろ?」

 

 全ての火器の照準をミネルバに定めるアビス。アウルは勝利を確信していたが、シンのザク・ファントムがアビスが飛び出してくるのと同時に飛び上がっていた。

 

「やらせるか!」
『何!?』

 

 シンのブレイズ・ザク・ファントムが背中のミサイル・ポッドからミサイルをばら撒き、アビスはそれを全弾受けて吹き飛ばされる。フェイズ・シフト装甲のお陰で衝撃だけで済んだが、お陰で照準を外されてしまった。

 

「こいつ――ッ!」
『これも取っておきなさい!』

 

 続けて放たれたザク・ウォーリアのオルトロスが、アビスの肩からせり出しているバラエーナを片門吹き飛ばす。

 

「やった、当った!」
「てえぇりゃああぁぁぁッ!」

 

 オルトロスの一撃がアビスを掠めたのを見て、ルナマリアは歓喜の声を上げる。そして、そのままブーストを吹かして、シンのザク・ファントムがアビスの胴体に蹴りを突き入れて海に叩き落す。
シンはルナマリアとのコンビネーションが決まり、心の中で“よっしゃ”と呟いていた。しかし――

 

『シン!』
「お? おぉ――ッ!?」

 

 ミネルバの甲板から飛び出したザク・ファントムは、そのまま海面に向かって落ちていく。シンはインパルスとの違いに気をつけていたものの、勢い余ってミネルバから離れすぎてしまったのだ。空中を自由落下する感覚に慌てるシン。
 一方、海の中に突き落とされ、アウルは歯噛みする。隙を見せた自分も悪かったが、しかし2機のザクの抵抗が腹立たしかった。

 

「何だよ、結局またチクチクやるしかないってのかよ!? このポンコツめ!」

 

 アウルは機体の性能にけちをつけ、激しくコンソールに拳を叩きつける。迂闊に飛び出せば、またザクの的にされてしまうだろう。
 そう思っていたら、アビスを追いかけるようにしてザク・ファントムが海に飛び込んできた。飛行能力もないザクが、アビスに突撃した時に勢い余って海に飛び込んでしまったようだ。
 アウルはそれを見て、これはチャンスとばかりにザク・ファントムにターゲットを絞る。片割れをここで始末してしまえば、残ったザク・ウォーリアに何が出来るものか。
巨大な砲身を持て余している、あの機体の砲撃を掻い潜るのは容易い。先ずは、フレキシブルな動きをしてきたカモを撃墜する。

 

「これで、ミネルバは終わりってね!」

 

 アビスはMA形態に変形し、海中での本来の姿に形を変える。海中で手足をバタつかせて溺れているザク・ファントムを弄ぶように、周囲を旋回して魚雷を撃ちつける。
 爆撃がシンのザク・ファントムを襲い、衝撃と爆発の煙で周囲が殆ど見えなくなってしまった。シンは慌ててコンソールを弄り、ソナーでアビスの位置を確認する。

 

「クソッ、動きが鈍い! アビスの動きが早すぎて、これじゃあ――!」
『アハハハハ! これでお前もおしまいだな! じっくり嬲ってやるよ!』

 

 アウルは簡単にザク・ファントムを撃墜するつもりはないらしい。今まで散々邪魔された恨みを込めて、じっくりと落とすつもりで居た。シンは、そんな弄ばれている状況に歯噛みし、自分が追い詰められていることを実感する。
 インパルスなら、こんな状況でも底力を発揮して切り抜けられるのに――そう考えて、それが自分の慢心である事に気付く。
 インパルスは確かに高性能のMSではあるが、ルナマリアやレイはこのザクでこれまでの戦いを切り抜けてきたのだ。同じ赤を着る者として、彼らに遅れを取りたくはない。
 弄ばれるようにして魚雷を撃ちつけられているザク・ファントムは、衝撃でまるで踊るように海中を舞っている。そのコックピットの中で、シンはそれでも何とかならないかと思案を廻らせていた。

 
 

 その頃、アスラン達の部隊はカオスと4機のスローター・ダガーに遭遇していた。

 

「ダガーが増えている! 例の部隊とガルナハンの戦力が合流したか」
『そう見て間違いないでしょうね。ジェリド、カクリコン、ライラともう一人――ティターンズのメンバーが揃っているわ』
「カオスも居るが、ガイアは――」

 

 センサーが陸路を行くガイアの姿を捉える。空戦能力の無いガイアはこちらには目もくれずに駆けて行く。恐らく、ミネルバに直進するつもりなのだろう。

 

「カツ、ミネルバにガイアが向かったと伝えてくれ。ビームブレイドに気をつけろとルナマリアに!」
『了解です』
「正面から接触する。仕掛けてくるぞ!」

 

 一言カツに言うと、アスランはコントロール・レバーを握りなおす。すると、カオスからファイア・フライ誘導ミサイルとカリドゥスを放たれた。固まって飛行していたアスラン達は即座に散開し、続けて飛んで来たスローター・ダガー小隊のビームを各個にかわす。

 

「数ではこちらが不利だが――」
『隊長機、覚悟!』

 

 周囲を見回し、他の面子が無事である事を確認するアスラン。そこに攻撃を仕掛けてきたのはカオスとマウアーのスローター・ダガー。
 カオスはMS形態に変形すると、機動兵装ポッドのビームを連射し、マウアー機はセイバーがそれをかわすとビームサーベルで切りかかった。咄嗟に肩アーマー部からビームサーベルを引き抜き、対応するアスラン。

 

『こちらに合わせろ、ガルナハン落ち!』

 

 それを見たスティングがマウアーに対して苛立ちをぶつける。カオスはアビスよりもスタンダードな装備だが、得意とするところはどちらかと言えば砲撃戦。ビームサーベルを所持してはいるが、前回シンのインパルスに腕を切り落されたように得意という訳ではない。
だからこそ、セイバーに組み付いたマウアーの行動を腹立たしく思った。

 

「こいつの動きは読みづらい。それなら、こうして組み付いてしまえば――ジェリド!」
『おう! 坊やは俺達の動きを良く見ておけ!』

 

 スティングが舌打ちすると、マウアーに押さえ込まれているセイバーに向かってジェリドが狙いをつける。

 

「やられる――!?」

 

 気合負けしている――アスランはそう思った。いまだ保守的な動きしか出来ないアスランは、押さえ込まれている現状に歯噛みする。目標とするシンの様な勢いは出せそうに無い。
 しかし、ここでやられるわけには行かない。左腕のシールドの先端でマウアー機の腹部を突き、引き剥がす。

 

「マウアー!」
『大丈夫よ、ジェリド。こいつはここから仕掛けてくるようなことはしない』

 

 心配するジェリドだが、マウアーの言うとおり、アスランは態勢を崩すマウアー機に仕掛けずに距離を離す。ネガティブな思考を巡らせすぎるアスランは、万が一の事ばかりを考えてチャンスを生かしきれないでいた。
 この戦いで何とか勢いを付けたいと思っていただけに、そんな自分の情けなさが腹立たしい。シンは、自分の言うとおりにザクで戦う事を受け入れた。ならば、規範を示す意味でも昔の様な切れを取り戻さなければならないというのに――

 

「俺はまた逃げた…逃げたんだ……! 何とかならんのか、この気概の無さは!?」

 

 一人苛立つアスランに対し、間髪入れずにカオスが攻撃してくる。機動兵装ポッドのビームと、ビームライフルによる攻撃をMA形態に変形してやり過ごす。

 

「回避ばかり上手くたって――!」
『アスラン、攻撃なさい!』

 

 そこへ援護にやって来たのはエマのムラサメ。戦闘機形態でミサイルをばら撒き、敵の3機に牽制を掛ける。

 

「エマさん!」

 

「ムラサメが来た――エマかガキか?」

 

 ムラサメのミサイルを軽くかわし、ジェリドは唸る。ムラサメに乗っているのがエマかカツかのどちらかというのは知っている。

 

『ジェリド、ライラ大尉はガルナハンでアーガマの女と接触した。ならば――』
「あぁ、仕掛ける! スティングはこちらの動きを援護しろ!」
『俺に命令するんじゃねぇよ! こっちは勝手にやらせてもらう!』

 

 ジェリドの命令を無視する形でカオスは単独で2機に向かっていく。

 

「あのガキ――!」
『こちらが彼に合わせましょう。強化人間なら、それくらいしなければ――』
「扱いきれないがな! くそッ!」

 

 いつもならここでジェリドはキレているところだが、しかし舌打ちしながらもマウアーの言うとおりにカオスに続いていった。マウアーもそんなジェリドの不機嫌を少しでも和らげて冷静にさせるため、一言なだめて落ち着かせる。
 一方、アスランのセイバーはムラサメに肩に手を置かれ、接触回線で会話を交わしていた。

 

「なんで攻撃しないの、アスラン?」
『気合が足りてないんです……今は――』
「そう――」

 

 アスランの動きに疑問を持ったエマが一言アスランに訊ねると、自信なさそうな声で返してきた。
 その声色にエマは成る程と思う。彼が今一、隊長として自信を持てないのは、MSのパイロットとして力量不足だと感じているからだ。彼は自分の不甲斐無さを知っているから、シンに対しても強く出れないのだろう。
 エマから見ても、アスランの技量というのは卓越したものを持っていると感じていた。それこそザフトのトップ・エースと呼べる程のパイロット・センスを持っているのに、何故こんなに迷いを感じさせるような動きしかしないのだろうか。

 

『来た!』

 

 カオスが接近してくるのと同時に、勇ましい声ではあるが、それとは裏腹にアスランはすぐさまセイバーを後退させながらフォルティス・ビームを撃つ。その行動に、エマは彼が恐れているのは撃墜される事だと感じた。
恐らく無意識の内に後退させてしまっているのだろうが、それはつまり死を恐れているからだ。
 アスランは堅実な戦いしかしない。それは殆ど被弾しないセイバーを見れば分かる。本人もそれを分かっているからこそ、動きに迷いが見て取れるのだろう。
理想のパイロットとしての自分と対極の動きをしてしまう現実の自分――そのギャップを埋めるために、シンに見習う所があると感じていた。
 しかし、エマはそれに気付けるほど勘が良い女性ではない。アスランの苛立ちが、一過性のものであると信じて彼に付き合うしかないのが現状だ。普通なら平手打ちの一発でもかまして気合を入れてやるところだが、生憎今は戦闘中。
言葉で叱咤して、多少なりともマシな動きをしてもらうしかない。

 

「男なら、自分で何とかして見せないさい!」

 

 後退するセイバーに振り向き、怒鳴り声を上げる。そして、再び襲い掛かってくる3機に対し、エマはコントロール・レバーのグリップを強く握り締めた。

 

 ライラ機とカクリコン機に対するのはレイのインパルスとカツのムラサメ。
 レイのインパルスは、シンの荒々しい動きとは対照的にスマートな動きをしていた。ビームライフルで正確に狙う彼のインパルスに、カツは感心させられる。
ガルナハンでのシンの激しい動きよりも、格段に上手な使い方をしているからだ。しかし、それとは逆に多少の物足りなさを感じる。カツは、無謀とも思えるほどのシンの挙動が何となく好きだった。
 その一方で相対するライラとカクリコンは舌を鳴らしていた。インパルスの機動が面白くなかったからだ。

 

「まるでお坊ちゃんのような動きだよ、インパルスは。動かしているのは機械かい?」

 

 流れるように機体を横に滑らし、等間隔でビームを撃ってくるインパルス。単調だが正確な射撃に、ライラとカクリコンは相手との距離を詰められずに居た。加えて、それに合わせるように戦闘機形態でこちらを旋回してミサイルを撃ってくるムラサメが厄介だ。
機動力で劣るスローター・ダガーでは、彼等の動きについていけない。

 

「これは、固まってるよりも散開した方が有利だ。中尉!」
『了解、ムラサメはこちらに任せてもらう』

 

 インパルスとムラサメが同時に狙ってきたところを見計らって、2人は一気に散開し、カクリコンはカツに、ライラはレイに向かって行った。
 対するレイはライラたちのその行動を予測していたようで、カツに通信を繋げた。

 

『来たな…カツ、敵のストライク・ダガーはエール装備だ。ストライカー・パックさえ壊してしまえば、敵は飛べなくなる』
「そ、そうか…真面目に撃墜する必要は無いんだ――了解!」

 

 カツの戦い方がはっきりとした。一対一でまともに戦ったのでは不利だという事は、インド洋での戦いで証明済みだ。だとすれば、ストライカー・パックに狙いを定めて、ムラサメの機動性を生かして常に背後からの攻撃を心掛けていればそうそう敵に捕捉される心配は無い。
 卑怯な戦い方かもしれないが、相手が自分の力量よりも上だと認識していれば、このような戦い方も立派な戦法の一つだ。生死をかけた戦いに、騎士道精神のような奇麗事は抜かしてはいられない。

 

『ム…こいつ――!』
「ティターンズは地球から出て行け! ここは、お前たちのような人間が好きにしていい星じゃないんだ!」

 

 カツ機が戦闘機形態のまま大きく旋回し、カクリコン機の背後を取ろうとする。カクリコンは瞬時にその意図を理解し、ムラサメに向かって機体を振り向かせた。

 

『小賢しい事を! 地球生まれの俺たちだ、地球に居て何が悪い!』

 

 カクリコン機が振り向いても尚、カツはスピードを落とさずに突撃する。ビームが何発も浴びせられたが、それを軽やかにかわしてカクリコンに狙いを絞らせない。G・ディフェンサーに乗っていたカツだけに、戦闘機の操縦は慣れたものだ。
 そのままカクリコン機とすれ違い、再び大きく旋回して背後を狙う。その機動を追うようにしてカクリコンはビームを撃ったが、相手は高速機動形態だけあり、掠りもしなかった。

 

「ちょこまかと――えぇい!」

 

 しかし、機動性では敵わないスローター・ダガーであっても、小回りでは圧倒的に上だ。細かく照準を追い、しつこく砲撃を続ける。
 対してカツも埒があかないことに気付き、しかしそれでもムラサメをスローター・ダガーに向かわせる。

 

「根競べのつもりか、こいつぁ!」

 

 再接近するカツのムラサメを鬱陶しく感じつつも、足を止めてカクリコンは撃つ。先程と同じ様にすれ違い、パターンのように去っていくものかと思っていた。
 しかし、ムラサメはすれ違ったところで変形を解き、MS形態になってカクリコンのスローター・ダガーに振り向いたのだ。

 

「何!?」

 

 不意を突かれたカクリコンは、一瞬回避行動が遅れてしまう。そこをすかさず狙ったカツのビームライフルが、スローター・ダガーの腰部を掠めた。

 

「直撃できなかった!? …もう一度だ!」

 

 変形から即座に振り向き、ビームを当てるられるほど、カツはまだ可変機にの扱いに長けていない。初めての試みに失敗したカツは反撃を受けない内に再び変形し、カクリコン機と距離を開いた。

 

「奴め…ずっと同じパターンで仕掛けてくるつもりか? ライラ大尉は!」

 

 カツが同じ戦法で仕掛けてくる限り、無闇に無駄弾を撃つ事は出来ない。狙うのは唯一カツが動きを止めるであろう変形の瞬間。その為、次のチャンスまでに時間のあるカクリコンはライラの方を気にしていた。
 そのライラは、相変わらず機械のような正確な動きのインパルスと交戦している。カクリコンの方とは違い、彼女の方は正面から火線を交えている。

 

「この動き…本当にガルナハンの時と同じ奴が動かしているのか?」

 

 戦闘記録を見ていたライラは、目の前のインパルスの動きが信じられなかった。インパルスは、もっと荒削りな動きをするものだと思っていたからだ。
それ故に相手のペースに巻き込まれ、泥仕合の様になってしまうことを懸念していたのだが、それが大きく狂わされた。今対峙しているインパルスは、ライラとの間合いを計って中距離からの砲撃を徹底している。

 

「つまらない動きだね。こちらが合わせてやろうってのに――!」

 

 間合いを詰めてもビームサーベルを引き抜こうとしないインパルス。定位置のように決まった間合いをすぐに開き、無味乾燥な砲撃を繰り返してくる。

 

「そんなんじゃ、あたしはやれないよ!」

 

 口元に笑みを浮かべ、ライラは機体をインパルスに突撃させてバルカンを放つ。それに対しインパルスはバルカンをかわし、ビームライフルを連射してきたが、ライラはそれを回避とシールドでいなすと、ビームサーベルで切りかかった。

 

「ム……!」

 

 レイはその動きに咄嗟にビームサーベルを引き抜かせ、対応する。そして、力任せに押し込んでくるスローター・ダガーの力を利用して、インパルスを後ろに傾けさせ、前のめりになるライラ機の股間を蹴り上げて後方に受け流した。

 

『こいつ!』

 

 回線からライラの声が聞こえてきたが、それを気にする事無く、バランスを崩して流れていくスローター・ダガーに向けてビームを放つ。
しかし、照準を合わせたにも関らず、ライラの機体はバーニアを吹かして一気に下降してインパルスの攻撃を回避した。

 

「かわした? インパルスを無傷でシンに返せると思っていたが――」

 

 インパルスを借りている立場にあるレイは、シンに無傷で返却するのが絶対条件であると勝手に決めていた。そうしなければ、あれ程インパルスから降りるのを拒んでいた彼に対して申し訳ないと思っていたからだ。
 反面、シンに対する対抗心のようなものもある。彼がレイに向かって浴びせた罵声は図星だった。当初、インパルスが彼の担当になると聞き、レイの中に釈然としない思いが生まれた。
 しかし、シンの拘りようを見ていれば、彼がインパルスにどれ程の情熱を傾けているかが分かる。インパルスのコックピット・シートを取られたのは悔しいが、孤児である彼の境遇に同情する気持ちを持つレイは、シンをインパルスのパイロットとして認めていた。
だからこそ、ここでインパルスを無傷で返し、いつも損傷して帰ってくる彼に対して、少しだけでも見栄を張りたいと思っていた。

 

「敵は手練のパイロット――性能だけでは勝てんということか」

 

 下降したライラ機は上昇しながらビームを撃ってくる。インパルスは身を翻してそれをかわすと、シールドを構えてビームを浴びせる。再びビームサーベルを構えて間合いを詰めてきたが、今度は真正面からビームサーベルを構えて突撃させた。
 インパルスを無傷でシンに返す――それは彼に対するささやかな見栄であり、単なる自己満足に過ぎない事も分かっている。そして、その事に彼は気付かないかもしれない。
しかし、それでもレイはかつてインパルスのコックピット・シートを夢見た身として、今その席に座っている自分の証を刻みたかった。

 

「やって見せるさ、俺は!」

 

 だからこそ、レイは相手が誰であろうと負けるわけには行かない。一時の夢であろうと、現実として今インパルスをコントロールしているのは自分だ。
 目の前のスローター・ダガーを睨みつけ、レイはコントロール・レバーを一気に押し込んだ。

 
 

 各員が敵と交戦している頃、シンは相変わらず海中でアビスにいいように弄ばれていた。致命傷には至ってないが、ザク・ファントムのシールドとビームライフルを破壊されている。

 

「何とか上に上がれれば――!」

 

 ザク・ファントムの上方にはミネルバが居る。アビスの砲撃を潜り抜け、何とか海面に出られればいいのだが、執拗な攻撃にそれをさせてもらえない。シンは詰まっていた。

 

『そろそろ終わりにしてやるよ、一ツ目!』
「クッ――!」

 

 そう言ってアビスが高速でザク・ファントムに向かい、変形を解いてMSになる。そのままランスを構え、コックピットを貫こうと後ろに引いた。海中で動きの鈍くなっているザク・ファントムでは、避けられない。
 しかし、その時アビスの上から爆撃が襲った。その衝撃に機体が激しく揺れ、バランスを崩す。

 

「今だ!」

 

 その一瞬にシンは目を光らせ、コントロール・レバーを動かす。ザク・ファントムはアビスの上に乗っかり、そのまま脚を踏ん張ってバーニアを最大出力で吹かす。

 

『こ、この野郎!?』
「いっけえええぇぇぇッ!」

 

 シンの掛け声と共に、アビスを踏み台にしたザク・ファントムが急上昇を始める。そして、そのまま海面に飛び出し、ミネルバの甲板に着艦した。

 

『良かった、シン! 無事だったのね!』
「ルナ!」

 

 ルナマリアからの呼びかけ。シンが海上に目を向けると、沈みそうになりながらノクティルーカ・ウィザードのザク・ウォーリアが着艦してきた。シンに浮上するきっかけを与えてくれたのはルナマリアだった。

 

「ちょっとやられたけどな……ルナ、後ろ!」
『え!?』

 

 ふっ、とシンがザク・ウォーリアに目を向けると、その後ろからガイアが飛び掛ってきていた。岩場から飛び上がってきたガイアが、背翼のビームブレイドでザク・ウォーリアに切りかかろうとしている。

 

「こいつ!」

 

 即座にシンはミサイルをばら撒き、ガイアを迎撃する。衝撃でガイアはバランスを崩してザク・ウォーリアに対する攻撃は失敗したが、ミネルバを足掛かりにして再び岩場に逃れていった。

 

「ルナはもう一度換装しろ! ノクティルーカじゃあ、不利だ!」
『だって、シンの機体には武器が無いでしょ!?』
「まだこいつがある!」
『ちょっと!?』

 

 そう言うと、ザク・ファントムがビームトマホークを取り出す。強気な事を言った割には、何とも頼りない武器である。ルナマリアは仰天して、冗談じゃないといった面持ちでシンに食いかかった。

 

「ミネルバの砲撃が使えるんだ! またすぐにアビスも出てくる。ガイアを迎え撃つにはルナの装備じゃ無理だろ?」
『そりゃあそうだけど――』
「なら、少しでも早く準備してきてくれ」

 

 渋るルナマリア機の肩をそっと押し、ミネルバの中に押し込む。そして、シンはミネルバの砲撃に追われる様にして陸地を駆けるガイアを見た。
 距離は離していない。だとすれば、また飛び掛ってくるつもりなのだろう。それを迎え撃つのにルナマリアが間に合うのか、それとも頼りないトマホーク一丁で切り抜けなければならないのか。

 

「…来るな!」

 

 海上を航行するミネルバとの距離が縮まり、いよいよ飛び掛ろうかと体制を低くするガイア。それを見て、シンは身構える。
 緊張で胸の鼓動が高まるのが分かった。ガイアだけならまだしも、アビスがタイミングを合わせてくる可能性が大いにある。ザク・ファントム一機だけと知っていれば、同時に攻撃を仕掛けてくるだろう。
それをトマホーク一本で防げるのだろうか。ミネルバの対空砲火は、あまり当てに出来ない。
 しかし、考えが纏まる前にガイアは勢い良く機体を弾ませ、ビームブレイドを見せびらかすようにして再度飛び掛ってきた。

 

「どうする? アビスが出てくるまで待って――」

 

 迷っていると、シンの声が聞こえていたかのように海面が盛り上がり、アビスが飛び出してきた。全身の火器を前面に構え、ミネルバを狙っている。
 正面に砲門を構えるアビス。そして、その後ろからビームブレイドを背に突っ込んで来るガイア――

 

「あれ?」

 

 自由飛行能力を持たないガイアが、アビスの後ろから飛び掛ってくる。そして、アビスは照準を定めているだけに身動きが取れない。その光景はシンの瞳に滑稽に映った。
 その理由は、アビスがガイアに追突されるという結果で明らかになる。

 

『何やってんだステラ!?』
『アウル、何で邪魔する!?』

 

 2機はクラッシュした勢いで絡まり、間抜けにも海中に落ちていった。その一連の流れに、シンは唯々呆然とするしかない。

 

「あいつ等、勝手に間抜けしやがった……」

 

 あまりにも盆雑な連携ミスをする2機に、シンはボソッと呟いた。

 

 一方、ミネルバを監視していたJ.Pジョーンズのネオは苦笑するしかない。折角ミネルバを撃沈するチャンスだったのに、まさか彼らが自ら墓穴を掘るとは思わなかったからだ。
 確かに、エクステンデッドとして調整された彼等の戦闘能力は高い。しかし、自らの能力に自惚れる彼等には、驕りがある。
ネオはそれを知りつつも、彼等のプライドを傷つけまいと自由にやらせてきた。その怠慢のツケが、このような場面で出てくるとは、彼も考えていなかった。それは、己の不真面目さゆえだと痛感する。

 

「何やってんだ、あいつ等は……」
「彼等を過保護にした大佐の責任でありましょう」

 

 ネオのぼやきにイアンが指摘する。少しカチンと来たネオは、隣に座る彼の顔を睨んでやった。しかし、彼は前線を見据えたままピクリとも反応しようとしない。大した軍人だよ、と心の内で舌打ちし、諦めた。

 

「今ので潰せないとなると――」
「艦長!」

 

 ネオが考えを廻らせていると、オペレーターの一人が振り向いて叫んだ。イアンが一言受けると、モニターにレーダーが映し出される。

 

「間に合わなかったようです。次の獲物が降りてきました」

 

 制帽の鍔(つば)を指先でつまみ、イアンが言う。その一定調子の物言いに、何処までも冷静な男だよ、と口にしつつも、ネオは立ち上がる。

 

「さて、掛った獲物はウサギか、はたまたオオカミか……飛び出してくるMSによっちゃあ、こちらが不利になるか」

 

 アウルとステラの攻撃が失敗したとはいえ、まだミネルバを追い詰めた状況にある。主戦力であるミネルバの空中戦力は、未だライラ達が押さえ込んでいる。ならば、高性能のGを2機向かわせているこちらの方が戦局は有利だ。
 そう考え、ネオは新たに現れた敵戦艦の機影を眺めつつ、顎に拳を当てた。

 

 対して、ミネルバのブリッジでもJ.Pジョーンズと同じく降下してくる艦影をキャッチしていた。メイリンが叫ぶ。突然の出来事にアーサーは慌てていた。

 

「何が降りてきた!?」
「データ照合中です。識別はオーブのモノなので敵ではないと思うんですが――」

 

(ソラからオーブ識別の艦――?)

 

 タリアは彼等のやりとりを聞いていて、不思議に思っていた。果たして、理念を掲げるオーブが宇宙から戦艦を、しかもこんなザフトと連合軍の抗争が激しい地域に降ろして来るだろうか。

 

「映像、間も無く捉えます。照合データは……アークエンジェル!?」
「何ですって!?」

 

 メイリンの報告にアーサーのみならず、タリアも体を前のめりにして驚く。オーブがアークエンジェルを大西洋連邦軍から奪取し、宇宙に上げているとは聞いていたが、こんな所に降下してくるとは聞いていない。間違いなくイレギュラーな事態が起こった。

 

「何故こんな所に足付が――あれはオーブに直接降りるはずではなかったんですか!?」
「知らないわよ。でも、現実としてアークエンジェルはここに降りて来ている。…不愉快だけど認めなさい」

 

 副長席で動揺するアーサーをなだめ、タリアは制帽の鍔を指先で摘まんで深く目元を隠す。自衛を強調するオーブの戦艦ならば、アークエンジェルの戦力は計算に入れられない。
 唯でさえ劣勢なのに、新しくお荷物が増えたとなればタリアの心境も穏やかではない。しかし、同盟を結んでいる以上は何とかしなければならないのだ。

 

「艦長、アークエンジェルから通信が入っています」
「正面モニターに」

 

 捉えた映像のアークエンジェルは船体を大分損傷している。特に、“足”の先端の焼け焦げた跡が激戦を潜り抜けてきた事を予感させる。

 

「ミネルバ艦長、タリア=グラディスです。援護の要請なら承ります」

 

 どうせ言ってくる事は分かっている。アークエンジェルがミネルバの姿を見れば、援護を要請してくるのは明白だ。しかも、理念を掲げるオーブ船籍なのだから、戦場に降りて来てしまえばそう言わざるを得ないだろう。
そして、同盟を結んでいるのだから、相手の要求を断ることなど出来ない。
 故に、開口一番に、要求してくるであろう用件を先に了承してやった。こんな所にわざわざ降りてきた不愉快さを表情に滲ませて。

 

『アークエンジェル艦長、マリュー=ラミアスです。貴官の援護に感謝します。こちらは、これからの戦局を左右する重要な物資の移送中です。無事に任務を遂行する為にも、先ずはこの場を何とか切り抜けなければなりません。どうぞ、よろしくお願い致します』

 

 アークエンジェルの艦長は人が良さそうな女性。やや童顔の、そして軍人とは思えない顔立ち。その顔は、以前オーブの整備工場で見たことがある。
その時は思い出せないで居たが、彼女がかの有名な不沈艦伝説を築き上げたマリュー=ラミアスか。タリアの目には、そんな凄い艦長には見えなかった。

 

「了解です。ですが、そちらもできるだけ戦闘に巻き込まれないように気をつけてください。こちらは敵艦と交戦中ゆえ、上手く援護できないかもしれません」
『わ、分かりました…』

 

 自分が不機嫌オーラを出しているのが伝わったのか、ラミアスは少し気後れした感じで通信を切った。なるほど、確かに見た目どおりに人柄だけは良さそうである。

 

「不沈艦を援護ですか…ミネルバの名が上がりますね?」
「集中なさい、アーサー」

 

 副長席から身を横に乗り出して軽口を叩くアーサーに、重いプレッシャーをプレゼント。一瞬目を丸くすると、すぐさま顔を引っ込めた。タリアは溜息をつくと、J.Pジョーンズにアークエンジェルを狙わせないように指示を出す。

 

「でも…戦局を左右するほどのものって、一体何なんでしょうね?」

 

 ボソッと呟くアーサーの声が、背中から聞こえてきた。注意したにも関らず無駄口を叩くとはいい度胸だと思ったが、彼が怪訝に思う気持ちも分かる。
 本当にその様なものを積んでいるのなら、それは一体何なのだろうか。疑問には思うが、想像だにできない。戦局を左右するほどのものならば、核兵器に相当するような凄い物なのだろうか。
 そして、デュランダルはそれを欲しているはずである。それならば、彼に意見を仰いだとしても、是が非でもアークエンジェルを守れと言って来るだろう。どちらにしろ、アークエンジェルは守らねばならないのだ。

 

 アークエンジェルの登場で、戦場は一時騒然となる。その中で、エマとカツはそこに居る誰かの気配を微かに感じ取っていた。