ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第22話後編

Last-modified: 2008-05-25 (日) 12:31:09

『クロス・ロード』後編

 
 

 一方、海の中に突き落とされ、アウルは歯噛みする。隙を見せた自分も悪かったが、しかし2機のザクの抵抗が腹立たしかった。

 

「何だよ、結局またチクチクやるしかないってのかよ!? このポンコツめ!」

 

 アウルは機体の性能にけちをつけ、激しくコンソールに拳を叩きつける。迂闊に飛び出せば、またザクの的にされてしまうだろう。
 そう思っていたら、アビスを追いかけるようにしてザク・ファントムが海に飛び込んできた。飛行能力もないザクが、アビスに突撃した時に勢い余って海に飛び込んでしまったようだ。
 アウルはそれを見て、これはチャンスとばかりにザク・ファントムにターゲットを絞る。片割れをここで始末してしまえば、残ったザク・ウォーリアに何が出来るものか。
巨大な砲身を持て余している、あの機体の砲撃を掻い潜るのは容易い。先ずは、フレキシブルな動きをしてきたカモを撃墜する。

 

「これで、ミネルバは終わりってね!」

 

 アビスはMA形態に変形し、海中での本来の姿に形を変える。海中で手足をバタつかせて溺れているザク・ファントムを弄ぶように、周囲を旋回して魚雷を撃ちつける。
 爆撃がシンのザク・ファントムを襲い、衝撃と爆発の煙で周囲が殆ど見えなくなってしまった。シンは慌ててコンソールを弄り、ソナーでアビスの位置を確認する。

 

「クソッ、動きが鈍い! アビスの動きが早すぎて、これじゃあ――!」
『アハハハハ! これでお前もおしまいだな! じっくり嬲ってやるよ!』

 

 アウルは簡単にザク・ファントムを撃墜するつもりはないらしい。今まで散々邪魔された恨みを込めて、じっくりと落とすつもりで居た。シンは、そんな弄ばれている状況に歯噛みし、自分が追い詰められていることを実感する。
 インパルスなら、こんな状況でも底力を発揮して切り抜けられるのに――そう考えて、それが自分の慢心である事に気付く。
 インパルスは確かに高性能のMSではあるが、ルナマリアやレイはこのザクでこれまでの戦いを切り抜けてきたのだ。同じ赤を着る者として、彼らに遅れを取りたくはない。
 弄ばれるようにして魚雷を撃ちつけられているザク・ファントムは、衝撃でまるで踊るように海中を舞っている。そのコックピットの中で、シンはそれでも何とかならないかと思案を廻らせていた。

 
 

 その頃、アスラン達の部隊はカオスと4機のスローター・ダガーに遭遇していた。

 

「ダガーが増えている! 例の部隊とガルナハンの戦力が合流したか」
『そう見て間違いないでしょうね。ジェリド、カクリコン、ライラともう一人――ティターンズのメンバーが揃っているわ』
「カオスも居るが、ガイアは――」

 

 センサーが陸路を行くガイアの姿を捉える。空戦能力の無いガイアはこちらには目もくれずに駆けて行く。恐らく、ミネルバに直進するつもりなのだろう。

 

「カツ、ミネルバにガイアが向かったと伝えてくれ。ビームブレイドに気をつけろとルナマリアに!」
『了解です』
「正面から接触する。仕掛けてくるぞ!」

 

 一言カツに言うと、アスランはコントロール・レバーを握りなおす。すると、カオスからファイア・フライ誘導ミサイルとカリドゥスを放たれた。固まって飛行していたアスラン達は即座に散開し、続けて飛んで来たスローター・ダガー小隊のビームを各個にかわす。

 

「数ではこちらが不利だが――」
『隊長機、覚悟!』

 

 周囲を見回し、他の面子が無事である事を確認するアスラン。そこに攻撃を仕掛けてきたのはカオスとマウアーのスローター・ダガー。
 カオスはMS形態に変形すると、機動兵装ポッドのビームを連射し、マウアー機はセイバーがそれをかわすとビームサーベルで切りかかった。咄嗟に肩アーマー部からビームサーベルを引き抜き、対応するアスラン。

 

『こちらに合わせろ、ガルナハン落ち!』

 

 それを見たスティングがマウアーに対して苛立ちをぶつける。カオスはアビスよりもスタンダードな装備だが、得意とするところはどちらかと言えば砲撃戦。ビームサーベルを所持してはいるが、前回シンのインパルスに腕を切り落されたように得意という訳ではない。
だからこそ、セイバーに組み付いたマウアーの行動を腹立たしく思った。

 

「こいつの動きは読みづらい。それなら、こうして組み付いてしまえば――ジェリド!」
『おう! 坊やは俺達の動きを良く見ておけ!』

 

 スティングが舌打ちすると、マウアーに押さえ込まれているセイバーに向かってジェリドが狙いをつける。

 

「やられる――!?」

 

 気合負けしている――アスランはそう思った。いまだ保守的な動きしか出来ないアスランは、押さえ込まれている現状に歯噛みする。目標とするシンの様な勢いは出せそうに無い。
 しかし、ここでやられるわけには行かない。左腕のシールドの先端でマウアー機の腹部を突き、引き剥がす。

 

「マウアー!」
『大丈夫よ、ジェリド。こいつはここから仕掛けてくるようなことはしない』

 

 心配するジェリドだが、マウアーの言うとおり、アスランは態勢を崩すマウアー機に仕掛けずに距離を離す。ネガティブな思考を巡らせすぎるアスランは、万が一の事ばかりを考えてチャンスを生かしきれないでいた。
 この戦いで何とか勢いを付けたいと思っていただけに、そんな自分の情けなさが腹立たしい。シンは、自分の言うとおりにザクで戦う事を受け入れた。ならば、規範を示す意味でも昔の様な切れを取り戻さなければならないというのに――

 

「俺はまた逃げた…逃げたんだ……! 何とかならんのか、この気概の無さは!?」

 

 一人苛立つアスランに対し、間髪入れずにカオスが攻撃してくる。機動兵装ポッドのビームと、ビームライフルによる攻撃をMA形態に変形してやり過ごす。

 

「回避ばかり上手くたって――!」
『アスラン、攻撃なさい!』

 

 そこへ援護にやって来たのはエマのムラサメ。戦闘機形態でミサイルをばら撒き、敵の3機に牽制を掛ける。

 

「エマさん!」

 

「ムラサメが来た――エマかガキか?」

 

 ムラサメのミサイルを軽くかわし、ジェリドは唸る。ムラサメに乗っているのがエマかカツかのどちらかというのは知っている。

 

『ジェリド、ライラ大尉はガルナハンでアーガマの女と接触した。ならば――』
「あぁ、仕掛ける! スティングはこちらの動きを援護しろ!」
『俺に命令するんじゃねぇよ! こっちは勝手にやらせてもらう!』

 

 ジェリドの命令を無視する形でカオスは単独で2機に向かっていく。

 

「あのガキ――!」
『こちらが彼に合わせましょう。強化人間なら、それくらいしなければ――』
「扱いきれないがな! くそッ!」

 

 いつもならここでジェリドはキレているところだが、しかし舌打ちしながらもマウアーの言うとおりにカオスに続いていった。マウアーもそんなジェリドの不機嫌を少しでも和らげて冷静にさせるため、一言なだめて落ち着かせる。
 一方、アスランのセイバーはムラサメに肩に手を置かれ、接触回線で会話を交わしていた。

 

「なんで攻撃しないの、アスラン?」
『気合が足りてないんです……今は――』
「そう――」

 

 アスランの動きに疑問を持ったエマが一言アスランに訊ねると、自信なさそうな声で返してきた。
 その声色にエマは成る程と思う。彼が今一、隊長として自信を持てないのは、MSのパイロットとして力量不足だと感じているからだ。彼は自分の不甲斐無さを知っているから、シンに対しても強く出れないのだろう。
 エマから見ても、アスランの技量というのは卓越したものを持っていると感じていた。それこそザフトのトップ・エースと呼べる程のパイロット・センスを持っているのに、何故こんなに迷いを感じさせるような動きしかしないのだろうか。

 

『来た!』

 

 カオスが接近してくるのと同時に、勇ましい声ではあるが、それとは裏腹にアスランはすぐさまセイバーを後退させながらフォルティス・ビームを撃つ。その行動に、エマは彼が恐れているのは撃墜される事だと感じた。
恐らく無意識の内に後退させてしまっているのだろうが、それはつまり死を恐れているからだ。
 アスランは堅実な戦いしかしない。それは殆ど被弾しないセイバーを見れば分かる。本人もそれを分かっているからこそ、動きに迷いが見て取れるのだろう。
理想のパイロットとしての自分と対極の動きをしてしまう現実の自分――そのギャップを埋めるために、シンに見習う所があると感じていた。
 しかし、エマはそれに気付けるほど勘が良い女性ではない。アスランの苛立ちが、一過性のものであると信じて彼に付き合うしかないのが現状だ。普通なら平手打ちの一発でもかまして気合を入れてやるところだが、生憎今は戦闘中。
言葉で叱咤して、多少なりともマシな動きをしてもらうしかない。

 

「男なら、自分で何とかして見せないさい!」

 

 後退するセイバーに振り向き、怒鳴り声を上げる。そして、再び襲い掛かってくる3機に対し、エマはコントロール・レバーのグリップを強く握り締めた。

 

 ライラ機とカクリコン機に対するのはレイのインパルスとカツのムラサメ。
 レイのインパルスは、シンの荒々しい動きとは対照的にスマートな動きをしていた。ビームライフルで正確に狙う彼のインパルスに、カツは感心させられる。
ガルナハンでのシンの激しい動きよりも、格段に上手な使い方をしているからだ。しかし、それとは逆に多少の物足りなさを感じる。カツは、無謀とも思えるほどのシンの挙動が何となく好きだった。
 その一方で相対するライラとカクリコンは舌を鳴らしていた。インパルスの機動が面白くなかったからだ。

 

「まるでお坊ちゃんのような動きだよ、インパルスは。動かしているのは機械かい?」

 

 流れるように機体を横に滑らし、等間隔でビームを撃ってくるインパルス。単調だが正確な射撃に、ライラとカクリコンは相手との距離を詰められずに居た。加えて、それに合わせるように戦闘機形態でこちらを旋回してミサイルを撃ってくるムラサメが厄介だ。
機動力で劣るスローター・ダガーでは、彼等の動きについていけない。

 

「これは、固まってるよりも散開した方が有利だ。中尉!」
『了解、ムラサメはこちらに任せてもらう』

 

 インパルスとムラサメが同時に狙ってきたところを見計らって、2人は一気に散開し、カクリコンはカツに、ライラはレイに向かって行った。
 対するレイはライラたちのその行動を予測していたようで、カツに通信を繋げた。

 

『来たな…カツ、敵のストライク・ダガーはエール装備だ。ストライカー・パックさえ壊してしまえば、敵は飛べなくなる』
「そ、そうか…真面目に撃墜する必要は無いんだ――了解!」

 

 カツの戦い方がはっきりとした。一対一でまともに戦ったのでは不利だという事は、インド洋での戦いで証明済みだ。だとすれば、ストライカー・パックに狙いを定めて、ムラサメの機動性を生かして常に背後からの攻撃を心掛けていればそうそう敵に捕捉される心配は無い。
 卑怯な戦い方かもしれないが、相手が自分の力量よりも上だと認識していれば、このような戦い方も立派な戦法の一つだ。生死をかけた戦いに、騎士道精神のような奇麗事は抜かしてはいられない。

 

『ム…こいつ――!』
「ティターンズは地球から出て行け! ここは、お前たちのような人間が好きにしていい星じゃないんだ!」

 

 カツ機が戦闘機形態のまま大きく旋回し、カクリコン機の背後を取ろうとする。カクリコンは瞬時にその意図を理解し、ムラサメに向かって機体を振り向かせた。

 

『小賢しい事を! 地球生まれの俺たちだ、地球に居て何が悪い!』

 

 カクリコン機が振り向いても尚、カツはスピードを落とさずに突撃する。ビームが何発も浴びせられたが、それを軽やかにかわしてカクリコンに狙いを絞らせない。G・ディフェンサーに乗っていたカツだけに、戦闘機の操縦は慣れたものだ。
 そのままカクリコン機とすれ違い、再び大きく旋回して背後を狙う。その機動を追うようにしてカクリコンはビームを撃ったが、相手は高速機動形態だけあり、掠りもしなかった。

 

「ちょこまかと――えぇい!」

 

 しかし、機動性では敵わないスローター・ダガーであっても、小回りでは圧倒的に上だ。細かく照準を追い、しつこく砲撃を続ける。
 対してカツも埒があかないことに気付き、しかしそれでもムラサメをスローター・ダガーに向かわせる。

 

「根競べのつもりか、こいつぁ!」

 

 再接近するカツのムラサメを鬱陶しく感じつつも、足を止めてカクリコンは撃つ。先程と同じ様にすれ違い、パターンのように去っていくものかと思っていた。
 しかし、ムラサメはすれ違ったところで変形を解き、MS形態になってカクリコンのスローター・ダガーに振り向いたのだ。

 

「何!?」

 

 不意を突かれたカクリコンは、一瞬回避行動が遅れてしまう。そこをすかさず狙ったカツのビームライフルが、スローター・ダガーの腰部を掠めた。

 

「直撃できなかった!? …もう一度だ!」

 

 変形から即座に振り向き、ビームを当てるられるほど、カツはまだ可変機にの扱いに長けていない。初めての試みに失敗したカツは反撃を受けない内に再び変形し、カクリコン機と距離を開いた。

 

「奴め…ずっと同じパターンで仕掛けてくるつもりか? ライラ大尉は!」

 

 カツが同じ戦法で仕掛けてくる限り、無闇に無駄弾を撃つ事は出来ない。狙うのは唯一カツが動きを止めるであろう変形の瞬間。その為、次のチャンスまでに時間のあるカクリコンはライラの方を気にしていた。
 そのライラは、相変わらず機械のような正確な動きのインパルスと交戦している。カクリコンの方とは違い、彼女の方は正面から火線を交えている。

 

「この動き…本当にガルナハンの時と同じ奴が動かしているのか?」

 

 戦闘記録を見ていたライラは、目の前のインパルスの動きが信じられなかった。インパルスは、もっと荒削りな動きをするものだと思っていたからだ。
それ故に相手のペースに巻き込まれ、泥仕合の様になってしまうことを懸念していたのだが、それが大きく狂わされた。今対峙しているインパルスは、ライラとの間合いを計って中距離からの砲撃を徹底している。

 

「つまらない動きだね。こちらが合わせてやろうってのに――!」

 

 間合いを詰めてもビームサーベルを引き抜こうとしないインパルス。定位置のように決まった間合いをすぐに開き、無味乾燥な砲撃を繰り返してくる。

 

「そんなんじゃ、あたしはやれないよ!」

 

 口元に笑みを浮かべ、ライラは機体をインパルスに突撃させてバルカンを放つ。それに対しインパルスはバルカンをかわし、ビームライフルを連射してきたが、ライラはそれを回避とシールドでいなすと、ビームサーベルで切りかかった。

 

「ム……!」

 

 レイはその動きに咄嗟にビームサーベルを引き抜かせ、対応する。そして、力任せに押し込んでくるスローター・ダガーの力を利用して、インパルスを後ろに傾けさせ、前のめりになるライラ機の股間を蹴り上げて後方に受け流した。

 

『こいつ!』

 

 回線からライラの声が聞こえてきたが、それを気にする事無く、バランスを崩して流れていくスローター・ダガーに向けてビームを放つ。
しかし、照準を合わせたにも関らず、ライラの機体はバーニアを吹かして一気に下降してインパルスの攻撃を回避した。

 

「かわした? インパルスを無傷でシンに返せると思っていたが――」

 

 インパルスを借りている立場にあるレイは、シンに無傷で返却するのが絶対条件であると勝手に決めていた。そうしなければ、あれ程インパルスから降りるのを拒んでいた彼に対して申し訳ないと思っていたからだ。
 反面、シンに対する対抗心のようなものもある。彼がレイに向かって浴びせた罵声は図星だった。当初、インパルスが彼の担当になると聞き、レイの中に釈然としない思いが生まれた。
 しかし、シンの拘りようを見ていれば、彼がインパルスにどれ程の情熱を傾けているかが分かる。インパルスのコックピット・シートを取られたのは悔しいが、孤児である彼の境遇に同情する気持ちを持つレイは、シンをインパルスのパイロットとして認めていた。
だからこそ、ここでインパルスを無傷で返し、いつも損傷して帰ってくる彼に対して、少しだけでも見栄を張りたいと思っていた。

 

「敵は手練のパイロット――性能だけでは勝てんということか」

 

 下降したライラ機は上昇しながらビームを撃ってくる。インパルスは身を翻してそれをかわすと、シールドを構えてビームを浴びせる。再びビームサーベルを構えて間合いを詰めてきたが、今度は真正面からビームサーベルを構えて突撃させた。
 インパルスを無傷でシンに返す――それは彼に対するささやかな見栄であり、単なる自己満足に過ぎない事も分かっている。そして、その事に彼は気付かないかもしれない。
しかし、それでもレイはかつてインパルスのコックピット・シートを夢見た身として、今その席に座っている自分の証を刻みたかった。

 

「やって見せるさ、俺は!」

 

 だからこそ、レイは相手が誰であろうと負けるわけには行かない。一時の夢であろうと、現実として今インパルスをコントロールしているのは自分だ。
 目の前のスローター・ダガーを睨みつけ、レイはコントロール・レバーを一気に押し込んだ。

 
 

 各員が敵と交戦している頃、シンは相変わらず海中でアビスにいいように弄ばれていた。致命傷には至ってないが、ザク・ファントムのシールドとビームライフルを破壊されている。

 

「何とか上に上がれれば――!」

 

 ザク・ファントムの上方にはミネルバが居る。アビスの砲撃を潜り抜け、何とか海面に出られればいいのだが、執拗な攻撃にそれをさせてもらえない。シンは詰まっていた。

 

『そろそろ終わりにしてやるよ、一ツ目!』
「クッ――!」

 

 そう言ってアビスが高速でザク・ファントムに向かい、変形を解いてMSになる。そのままランスを構え、コックピットを貫こうと後ろに引いた。海中で動きの鈍くなっているザク・ファントムでは、避けられない。
 しかし、その時アビスの上から爆撃が襲った。その衝撃に機体が激しく揺れ、バランスを崩す。

 

「今だ!」

 

 その一瞬にシンは目を光らせ、コントロール・レバーを動かす。ザク・ファントムはアビスの上に乗っかり、そのまま脚を踏ん張ってバーニアを最大出力で吹かす。

 

『こ、この野郎!?』
「いっけえええぇぇぇッ!」

 

 シンの掛け声と共に、アビスを踏み台にしたザク・ファントムが急上昇を始める。そして、そのまま海面に飛び出し、ミネルバの甲板に着艦した。

 

『良かった、シン! 無事だったのね!』
「ルナ!」

 

 ルナマリアからの呼びかけ。シンが海上に目を向けると、沈みそうになりながらノクティルーカ・ウィザードのザク・ウォーリアが着艦してきた。シンに浮上するきっかけを与えてくれたのはルナマリアだった。

 

「ちょっとやられたけどな……ルナ、後ろ!」
『え!?』

 

 ふっ、とシンがザク・ウォーリアに目を向けると、その後ろからガイアが飛び掛ってきていた。岩場から飛び上がってきたガイアが、背翼のビームブレイドでザク・ウォーリアに切りかかろうとしている。

 

「こいつ!」

 

 即座にシンはミサイルをばら撒き、ガイアを迎撃する。衝撃でガイアはバランスを崩してザク・ウォーリアに対する攻撃は失敗したが、ミネルバを足掛かりにして再び岩場に逃れていった。

 

「ルナはもう一度換装しろ! ノクティルーカじゃあ、不利だ!」
『だって、シンの機体には武器が無いでしょ!?』
「まだこいつがある!」
『ちょっと!?』

 

 そう言うと、ザク・ファントムがビームトマホークを取り出す。強気な事を言った割には、何とも頼りない武器である。ルナマリアは仰天して、冗談じゃないといった面持ちでシンに食いかかった。

 

「ミネルバの砲撃が使えるんだ! またすぐにアビスも出てくる。ガイアを迎え撃つにはルナの装備じゃ無理だろ?」
『そりゃあそうだけど――』
「なら、少しでも早く準備してきてくれ」

 

 渋るルナマリア機の肩をそっと押し、ミネルバの中に押し込む。そして、シンはミネルバの砲撃に追われる様にして陸地を駆けるガイアを見た。
 距離は離していない。だとすれば、また飛び掛ってくるつもりなのだろう。それを迎え撃つのにルナマリアが間に合うのか、それとも頼りないトマホーク一丁で切り抜けなければならないのか。

 

「…来るな!」

 

 海上を航行するミネルバとの距離が縮まり、いよいよ飛び掛ろうかと体制を低くするガイア。それを見て、シンは身構える。
 緊張で胸の鼓動が高まるのが分かった。ガイアだけならまだしも、アビスがタイミングを合わせてくる可能性が大いにある。ザク・ファントム一機だけと知っていれば、同時に攻撃を仕掛けてくるだろう。
それをトマホーク一本で防げるのだろうか。ミネルバの対空砲火は、あまり当てに出来ない。
 しかし、考えが纏まる前にガイアは勢い良く機体を弾ませ、ビームブレイドを見せびらかすようにして再度飛び掛ってきた。

 

「どうする? アビスが出てくるまで待って――」

 

 迷っていると、シンの声が聞こえていたかのように海面が盛り上がり、アビスが飛び出してきた。全身の火器を前面に構え、ミネルバを狙っている。
 正面に砲門を構えるアビス。そして、その後ろからビームブレイドを背に突っ込んで来るガイア――

 

「あれ?」

 

 自由飛行能力を持たないガイアが、アビスの後ろから飛び掛ってくる。そして、アビスは照準を定めているだけに身動きが取れない。その光景はシンの瞳に滑稽に映った。
 その理由は、アビスがガイアに追突されるという結果で明らかになる。

 

『何やってんだステラ!?』
『アウル、何で邪魔する!?』

 

 2機はクラッシュした勢いで絡まり、間抜けにも海中に落ちていった。その一連の流れに、シンは唯々呆然とするしかない。

 

「あいつ等、勝手に間抜けしやがった……」

 

 あまりにも盆雑な連携ミスをする2機に、シンはボソッと呟いた。

 

 一方、ミネルバを監視していたJ.Pジョーンズのネオは苦笑するしかない。折角ミネルバを撃沈するチャンスだったのに、まさか彼らが自ら墓穴を掘るとは思わなかったからだ。
 確かに、エクステンデッドとして調整された彼等の戦闘能力は高い。しかし、自らの能力に自惚れる彼等には、驕りがある。
ネオはそれを知りつつも、彼等のプライドを傷つけまいと自由にやらせてきた。その怠慢のツケが、このような場面で出てくるとは、彼も考えていなかった。それは、己の不真面目さゆえだと痛感する。

 

「何やってんだ、あいつ等は……」
「彼等を過保護にした大佐の責任でありましょう」

 

 ネオのぼやきにイアンが指摘する。少しカチンと来たネオは、隣に座る彼の顔を睨んでやった。しかし、彼は前線を見据えたままピクリとも反応しようとしない。大した軍人だよ、と心の内で舌打ちし、諦めた。

 

「今ので潰せないとなると――」
「艦長!」

 

 ネオが考えを廻らせていると、オペレーターの一人が振り向いて叫んだ。イアンが一言受けると、モニターにレーダーが映し出される。

 

「間に合わなかったようです。次の獲物が降りてきました」

 

 制帽の鍔(つば)を指先でつまみ、イアンが言う。その一定調子の物言いに、何処までも冷静な男だよ、と口にしつつも、ネオは立ち上がる。

 

「さて、掛った獲物はウサギか、はたまたオオカミか……飛び出してくるMSによっちゃあ、こちらが不利になるか」

 

 アウルとステラの攻撃が失敗したとはいえ、まだミネルバを追い詰めた状況にある。主戦力であるミネルバの空中戦力は、未だライラ達が押さえ込んでいる。ならば、高性能のGを2機向かわせているこちらの方が戦局は有利だ。
 そう考え、ネオは新たに現れた敵戦艦の機影を眺めつつ、顎に拳を当てた。

 

 対して、ミネルバのブリッジでもJ.Pジョーンズと同じく降下してくる艦影をキャッチしていた。メイリンが叫ぶ。突然の出来事にアーサーは慌てていた。

 

「何が降りてきた!?」
「データ照合中です。識別はオーブのモノなので敵ではないと思うんですが――」

 

(ソラからオーブ識別の艦――?)

 

 タリアは彼等のやりとりを聞いていて、不思議に思っていた。果たして、理念を掲げるオーブが宇宙から戦艦を、しかもこんなザフトと連合軍の抗争が激しい地域に降ろして来るだろうか。

 

「映像、間も無く捉えます。照合データは……アークエンジェル!?」
「何ですって!?」

 

 メイリンの報告にアーサーのみならず、タリアも体を前のめりにして驚く。オーブがアークエンジェルを大西洋連邦軍から奪取し、宇宙に上げているとは聞いていたが、こんな所に降下してくるとは聞いていない。間違いなくイレギュラーな事態が起こった。

 

「何故こんな所に足付が――あれはオーブに直接降りるはずではなかったんですか!?」
「知らないわよ。でも、現実としてアークエンジェルはここに降りて来ている。…不愉快だけど認めなさい」

 

 副長席で動揺するアーサーをなだめ、タリアは制帽の鍔を指先で摘まんで深く目元を隠す。自衛を強調するオーブの戦艦ならば、アークエンジェルの戦力は計算に入れられない。
 唯でさえ劣勢なのに、新しくお荷物が増えたとなればタリアの心境も穏やかではない。しかし、同盟を結んでいる以上は何とかしなければならないのだ。

 

「艦長、アークエンジェルから通信が入っています」
「正面モニターに」

 

 捉えた映像のアークエンジェルは船体を大分損傷している。特に、“足”の先端の焼け焦げた跡が激戦を潜り抜けてきた事を予感させる。

 

「ミネルバ艦長、タリア=グラディスです。援護の要請なら承ります」

 

 どうせ言ってくる事は分かっている。アークエンジェルがミネルバの姿を見れば、援護を要請してくるのは明白だ。しかも、理念を掲げるオーブ船籍なのだから、戦場に降りて来てしまえばそう言わざるを得ないだろう。
そして、同盟を結んでいるのだから、相手の要求を断ることなど出来ない。
 故に、開口一番に、要求してくるであろう用件を先に了承してやった。こんな所にわざわざ降りてきた不愉快さを表情に滲ませて。

 

『アークエンジェル艦長、マリュー=ラミアスです。貴官の援護に感謝します。こちらは、これからの戦局を左右する重要な物資の移送中です。無事に任務を遂行する為にも、先ずはこの場を何とか切り抜けなければなりません。どうぞ、よろしくお願い致します』

 

 アークエンジェルの艦長は人が良さそうな女性。やや童顔の、そして軍人とは思えない顔立ち。その顔は、以前オーブの整備工場で見たことがある。
その時は思い出せないで居たが、彼女がかの有名な不沈艦伝説を築き上げたマリュー=ラミアスか。タリアの目には、そんな凄い艦長には見えなかった。

 

「了解です。ですが、そちらもできるだけ戦闘に巻き込まれないように気をつけてください。こちらは敵艦と交戦中ゆえ、上手く援護できないかもしれません」
『わ、分かりました…』

 

 自分が不機嫌オーラを出しているのが伝わったのか、ラミアスは少し気後れした感じで通信を切った。なるほど、確かに見た目どおりに人柄だけは良さそうである。

 

「不沈艦を援護ですか…ミネルバの名が上がりますね?」
「集中なさい、アーサー」

 

 副長席から身を横に乗り出して軽口を叩くアーサーに、重いプレッシャーをプレゼント。一瞬目を丸くすると、すぐさま顔を引っ込めた。タリアは溜息をつくと、J.Pジョーンズにアークエンジェルを狙わせないように指示を出す。

 

「でも…戦局を左右するほどのものって、一体何なんでしょうね?」

 

 ボソッと呟くアーサーの声が、背中から聞こえてきた。注意したにも関らず無駄口を叩くとはいい度胸だと思ったが、彼が怪訝に思う気持ちも分かる。
 本当にその様なものを積んでいるのなら、それは一体何なのだろうか。疑問には思うが、想像だにできない。戦局を左右するほどのものならば、核兵器に相当するような凄い物なのだろうか。
 そして、デュランダルはそれを欲しているはずである。それならば、彼に意見を仰いだとしても、是が非でもアークエンジェルを守れと言って来るだろう。どちらにしろ、アークエンジェルは守らねばならないのだ。

 

 アークエンジェルの登場で、戦場は一時騒然となる。その中で、エマとカツはそこに居る誰かの気配を微かに感じ取っていた。