『ガイアの少女』後編
偵察任務から戻り、タリアの居る艦長室で報告を行うレイ。研究施設から持ち帰った資料を提示する。
「アーサー、これは研究班に回して頂戴。それと、本国にデータを送るのを忘れないでね」
「了解いたしました」
資料を手渡され、アーサーは退室する。
「…じゃあ、レイが見つけたのは連合の強化人間研究の施設だというの?」
「そうだと思います。そして、取り逃がしたガイアに乗っていた少女――ステラ=ルーシェはあそこの出身者であると思われます」
「根拠は?」
「資料の中に、彼女のものと思われるレポートを見つけました。こちらがそうです」
数多ある資料の中から一枚だけをピック・アップし、差し出す。タリアはそれを手にとって読み始めた。
その間にレイは考える。ステラがあの研究施設の出身者と考えたのには、レポートの存在もあるが、最も強く根拠に感じていたのは、ステラがまるで、あの研究施設を守る為にやって来たような感じを受けたからだ。
激昂する叫び声は、自分たちが施設を破壊するかもしれないと考えたからではないか。
「…流石に、こんな紹介文だけの一枚じゃ詳しい事までは分からないわね」
呟き、タリアは頬杖をついて、深い溜息をついていた。
「エクステンデッドか……」
「詳しい事は、研究班の結果待ちになると思いますが――」
「分かっているわ。アーモリー・ワンでは、コーディネイター用にセッティングされたガイアを奪って、いきなり動かして見せたんですもの。強化人間だって考えなきゃ、納得できないものね」
アーモリー・ワンで新型の“G”3機を奪取したのは、強化人間エクステンデッド――そう考えれば、納得がいく。これまで奪還できなかったのも、苦戦を強いられてきたのも、全ては戦闘に特化した彼らが使っていたからだ。
いくらコーディネイターが優秀でも、人の限界を超越した人間を相手に、優位に戦えるわけがない。
レイは敬礼をすると、退室していった。
「エクステンデッドだなんて……」
帰還したカツから研究施設やステラの事を聞き、カミーユは顔を顰める。目の前の食事にも、手がつかなかった。
「カミーユ、あなたは今は自分の体のことを考えてなさい。他人の心配が出来る体では無くてよ」
エマは気付いていた。カミーユが顔を顰めたのは、エクステンデッドという強化人間を生み出したものへの怒りなのだろう。それは、ロザミアの時だってそうだった。
その力は強化人間の救済に注がれ、しかし、結局報われる事は無かった。そんな悲劇を体験してきたから、彼は一時心を閉ざしてしまったのだろう。
「僕も2年前に、同じ様な人達と戦った事がある」
「レイダー、フォビドゥン、カラミティか」
実感のこもった声で言うキラとアスラン。2人は、前大戦で呼称こそ違うが、ステラと同じ強化人間と戦いを繰り広げた事がある。
クロト、シャニ、オルガ――“ブーステッド・マン”と呼ばれた彼等は、エクステンデッドの前身である。彼らに“ブロック・ワード”は存在しなかったが、代わりに特殊な薬を服用しなければまともで居られない不安定な体質だった。
そのお陰かどうかは分からないが、何度か危機を脱した事がある。
そして、共通するのは、強化された彼等はどこかしら精神に異常を持っていたということ。体を薬に汚染され、精神的暗示を受けた後遺症とでも言うべきだろうか。それが、強化人間研究の悲劇でもある。
「あんな風にされて、戦いを強要されるなんて――」
「あなたがそういう事を言うのですか?」
背後から声を掛けられ、ハッとして振り向くキラ。そこには、トレイを持ったレイが立っていた。
「どういう事?」
「御自身の体に聞いてみればいいではないですか」
冷たい視線を感じた。上から見下すように見つめるレイの目には、明らかに敵意が込められている。長い髪に少し隠れ、覆う影がそれを際立たせていた。
「レイ……!」
「ザラ隊長、セイバーに傷をつけてしまい、申し訳ありませんでした」
レイの言葉に何か気付いたアスランが立ち上がると、彼は一言謝罪し、キラを一瞥して去っていく。その佇まいには、反論を許さないといったプレッシャーが込められているように感じる。アスランは諦め、席に座った。
「彼、どうしたの?」
普段は理知的で冷静なレイが、珍しく感情を表に出すような素振りを見せた。エマは彼の素行を怪訝に思う。
「俺も意外です。しかし――」
アスランは思う。キラに向けて放ったレイの言葉――もしかしたら、キラの素性を知っているのかもしれない。言葉の意味を深読みすれば、そういう可能性も出てくる。しかし、何故知っているのか。
アスランには、それ以上の事は分からない。普段から自身の事を話さない彼の考えている事など、知る由もなかった。それは、シンやルナマリアも同じなのかもしれない。
一方のキラもレイの言葉の意味に気付いているらしく、顔を俯けていた。しかし、その事で彼と自分の間に何があるのかは分からない。敵対心を持たれる覚えはないはずだが、もしかしたら2年前の戦争に関係があるのだろうか。
自分に誰かが殺されたとか、屈辱を味あわされたとか、気付かない所でそういう恨みを持たれていても仕方ない事をしてきた。自分が身勝手だった事を自覚した今なら、そういう事を振り返って考える事が出来る。
「僕は、彼に嫌われているみたいだね……」
自嘲気味に呟くキラ。アスランはそんな彼に掛けてあげる言葉が見つからない。
そのまま食事が進み、食べ終わる頃、カミーユはふと思い立つ。
「ちょっと、ロザミィの様子を見てきます。検査を受けさせて、そのままでしたから」
「そう? 1人で大丈夫?」
重い空気を誤魔化すように言葉をかわすカミーユとエマ。
「戦艦での生活にも大分慣れてきましたから、大丈夫ですよ。…それじゃ」
適当にキラとアスランを見やると、カミーユはトレイを配膳台に乗せ、ダイニング・ルームを後にした。
J.Pジョーンズに帰艦したカクリコン。損傷したガイアを抱えて逃げ切れたのは、一重に彼の実力だけではなかっただろう。夜に紛れ込むかのようなスローター・ダガーの黒い機体色は、敵の目測を誤らせたのかもしれない。
「ステラ!」
帰艦してすぐさま駆けつけてきたのはネオだった。指揮官が少女の為に血相を変えるその様に、カクリコンは少しだけ呆れた。
「中尉、ステラは無事なんだな?」
「問題無いと思われますがな。ダメージを負っている事には変わりないと思いますぜ」
「チッ! 直ぐに救護班を呼べ!」
慌てているのは、エクステンデッドというものが金を掛けて造られたからではないだろう。ネオは、ステラのみならずに、エクステンデッドの3人に対して特別な感情を抱いている。それは、カクリコンには分かっている事だった。
父親代わりのつもりなのだろう。そういう父性が、彼のような歳に芽生えても不思議ではない。
やがて、ステラはガイアのコックピットから引き摺りだされ、担架で医務室に運ばれて行った。ネオが付き添って歩んで行く姿に、カクリコンは一抹の不安を掻き立てられた。
医務室に運ばれ、そこで専門の治療を受けるステラ。大分コックピットの中でもんどりを打ったのか、打撲による痣や裂傷が所々に見られた。然るべき処置を受ければ命に別状は無いが、暫くの療養が必要なようだ。
ネオはステラの治療が済むまでの間、医務室の外で待っていた。それだけ彼女の事を心配するのは、単に彼がロリコンの気質を持っているからではない。これがアウルやスティングであっても、彼は同じように心配し、駆けつけただろう。
そして、一通りの処置が完了し、ステラの意識が回復したという。ネオは医務室に入り、薄目を開けてこちらを見つめてくるステラに微笑みかけた。
「どうだ、ステラ? どこか痛むところは無いか?」
「大丈夫……」
弱弱しいが、ネオに心配を掛けさせまいと微かに笑うステラ。ネオはステラの傍らまで歩みを進めると、ゆっくりと傍にある椅子を引き寄せ、そこに腰を下ろした。
「ごめん……」
謝罪をするステラ。多分、自分に迷惑を掛けたと思っているのだろう。それを許すように、ネオはもう一度微笑みかけた。
「それにしても、どうして一人で出て行ったんだ? あそこにはミネルバとアークエンジェルがあると言っただろ?」
「あそこ、ステラの家だったから……」
レイとカツが見つけたロドニアのラボ。そこは彼等の予測どおり、エクステンデッドの養成所であった。そして、ステラにとっては唯一ともいえる過去の思い出の眠る場所。そこをザフトに好き勝手にされるのが、我慢できなかった。
「そうか…でもな、ステラ――」
「ステラッ!」
ネオが何かを言いかけた時、アウル、続けてスティングが飛び込んできた。ステラが驚いて視線を2人に向けると、2人の方も目を丸くしていた。
「ど、どういう事だよスティング! 生きてるじゃネーか!」
「知るか! ステラがやられたって小耳に挟んだだけだっつーの!」
どうやら、アウルの早とちりだったようだ。医務室であることを忘れ、2人は喧嘩を始めてしまった。それを眺めるステラは、少し楽しそうだ。
(そうだ、ステラ。ラボでの思い出が無くても、お前には仲間が居る。お前達3人は、私の家族なんだ。それを、忘れるなよ――)
この関係を、いつまで続けられるのかは分からない。しかし、できるだけ長く続けられるように努力することはできるはずだ。それを可能にするか不可能にするかはネオに懸かっている。
噛み締め、ネオはアットホームな雰囲気のこの時間を、ほんの少しの癒しとして感じ取っていた。
ミネルバの通路を歩くカミーユ。あちこちをさまよい歩き、途中で歩みを止めた。構造をまだ殆ど把握できていない為、途中で迷子になってしまったようだ。
「参ったな……」
知らない艦は1人で歩き回るものじゃないな、と溜息をつく。流石にアーガマとは勝手が違うようで、一人でも何とかなると思ったのは思い上がりだったのかもしれない。
「どうしたんですか、こんな所で?」
そんな時、ルナマリアが声を掛けてくれた。振り返ると、隣には見慣れたようにシンが居た。
「あ、あぁ。ロザミィの様子を見に、医務室へ行こうと思ったんだけど、道に迷ったみたいで――」
「なら、あたし達が案内してあげますよ」
「“あたし達”って――俺もか?」
ルナマリアの提案に異議を唱えるシン。面倒には巻き込まれたくないといった顔をしていた。
「いいじゃない、別に。心配しなくたって、ご飯は逃げませんよ」
2人は食事をする為にダイニング・ルームに向かう途中だった。だからこそ、お腹の空いているシンは、カミーユの案内を渋ったのだ。
「2人きりのところ、邪魔をして悪いな、シン」
「冗談じゃないですよ。レイもカツも先に行っちゃうし、ヨウランとヴィーノは残業だったから、仕方なくルナと――」
「女っ気の無いあんたに、サービスしてやろうって心遣いじゃない? そんな贅沢言っていい身分なわけ?」
文句を言えばこれだ、といった表情で肩をすくめるシン。ルナマリアは、そんな彼を構っていないとばかりに歩を進める。
カミーユはそんな彼等を見て、微笑ましい気分になっていた。きっと、気の合う2人なのだろう。もしかしたら、ファ=ユイリィと自分の関係も、アーガマのクルーにはそういう風に見えていたのかもしれないと、今になって思えた。
2人に案内され、その部屋のドアの前に立つと、壁に埋め込まれたインター・ホンを押して中に入る。ロザミアが待っているのは、その隣の部屋だ。“失礼します”と一言艦医に挨拶すると、その部屋を目指す。
「あっ、お兄ちゃんが来てくれたんだ!」
ドアを開くと、ベッドに腰掛けて飴玉を頬張るロザミアが元気な声で迎えてくれた。患者服を着ているが、顔色も良い。一先ず安心できるという事だろう。
「あたし、どこも異常が無いって!」
「もう検査結果が出たのか。良かったな、ロザミィ」
「うん!」
じゃれ合っていると、艦医がドアを開いて入ってきた。カミーユは抱きついてくるロザミアを適当に引き離しながら、艦医に向き直る。
「本当に異常は無かったんですか? 精神操作や薬物の反応は――」
「色々調べては見たんだが、君の言うような類の異常性は見られなかった。身体的には、至って健康体といって良いだろう」
「本当ですか?」
カミーユは信じられなかった。以前アーガマでハサン医師に検査をしてもらった時は、歴然たる強化人間反応が出たと告げられていた。それなのに、この艦医は全くそれが見当たらないと言うのだ。
所謂ヤブ医者と呼ばれるような人種が、この様な最新鋭艦の医療を任されているとは思えない。だから、この人物は優秀なのだろう。
だとすれば、この世界に死んだ筈の人間がやって来ている事と関係が有るのだろうか。
「おいおい、だから、検査が早く終わったんだよ。検証する部分なんか一つもありゃしない」
「ホラね、お兄ちゃん。だからあたし、飴玉だって貰ったのよ」
舌を出し、赤い飴玉を見せびらかしてくる。無邪気な所が変わっていないのは、彼女の精神操作が解けていない証拠のはずだ。何かの弾みで、またカミーユを敵と認識するようになってしまう可能性は孕んだままだろう。
しかし、それでも良かった。こうして彼女を側に置いておければ、少なくとも2度と彼女を殺すような真似はしなくて済む。かつての世界では救ってあげる事が出来なかったが、今度はしっかり守り通そうと決意を改めて固めた。
「んなぁっ!?」
感慨に浸っていると、突然裏返ったシンの驚嘆の声が耳に飛び込んできた。
「ちょ、ちょっとシン! 目を閉じなさいよ!」
慌てて後ろから抱きつく様にシンの目を塞ぐルナマリア。ロザミアが着替えようと、急に服を脱ぎ始めたのだ。
「ル、ルナ! ちょ、こけるだろ!」
「見せるわけには行かないでしょうが!」
「分かったから! 歩けないだろ!」
「カミーユさんも、男子は部屋から出てって!」
突飛な出来事にルナマリアも混乱しているのだろう。手をあたふたさせながら、艦医もろとも3人を部屋の中から押し出す。
「あれ? どうなってんの、これ? 脱げないよ、お兄ちゃん!」
ホッと一安心してロザミアに振り返ると、顔の所まで脱ぎかけた服を必死に引っ張っている彼女が居た。どこかに引っ掛かっているのか絡まったのか――そんな緊張感の無い様子を見て、ルナマリアは深い溜息をついた。
一方、外に出されたカミーユとシン。似たような経験のあるカミーユは少し照れくさそうに後頭部を掻き、ビックリしたシンは顔を真っ赤にして目を見開いていた。
「何だよあの人――」
純情な少年である。免疫が無いのか、ロザミアの着替えを見て些か興奮気味だ。彼の心臓の鼓動は、かつて無いほど脈を速めているのだろう。表情から、容易に想像できる。
「いくら強化人間だったからって、無防備すぎやしませんか? そういうの、“兄”であるあなたがしっかりしてやらなきゃいけないんじゃないんですか?」
妹を持っていたシンには、あの様な、はしたない女性のまま放置してあるカミーユの無責任さが腹立たしかった。いくら偽兄妹とはいえ、その辺のしつけ位は済ませておいて貰わなければ困る。
(ん? 何が?)
この際、それについては深く考えない事にする。シンは頭を振って、カミーユを見据えた。
「俺はまだ体の調子だって戻ってないんだ。そういう事、彼女に言う時間が無かったんだよ」
「言い訳ですね! そんなんだから――」
シンはロザミアの着替えをモロに見てしまったわけだ。思い出したら言葉に詰まり、また顔が赤くなってきた。全身が鬱血している様な感覚に襲われる。
「何だ?」
「と、とにかく! 今度からはこういう事、無いようにしてくださいよ! そうでなきゃ――」
どツボに嵌るシン。せっかく取り繕おうとしても、一々思い出して悶々となる。この話題を繰り返している限り、恐らく無限ループとなって彼を悩ませ続けるだろう。この話は、これで終わりにすることにした。
「それにしても――」
カミーユが言う。先程までの話題を引っ張るような声ではなく、どこか不思議な響きだ。優しいというのだろうか、シンにはそんな風に聞こえていた。
「君達はロザミィが強化人間と知っても態度を変えたりしないんだな?」
カミーユはありがたく思いつつも、それが不思議だった。何故彼らがロザミアにこれ程寛容な態度で居られるのか。かつての世界では、強化人間といえば戦争の道具以上の目で見られることは少なかった。
「別に――」
カミーユの言葉にシンは考える。それは、もしかしたら自分たちコーディネイターが人工的に遺伝子を改良して生まれてきた人種だからかもしれない。
ただ、口に出す前に一瞬だけ踏みとどまった。それは、何となく違うような気がする。
「強化人間って言ったって、同じ人間だし、あの人は敵じゃないから……」
頭の中を上手く整理できず、口から出てきた言葉は当たり前の事だった。それも、どこか人間臭い感情を吐き出してしまった。要するに、自分には論理的な説明は向いていないということだろう。それは分かっていた事だが、いざ直面すると、なんとも情けない話である。
しかし、それで良かったと思った。小難しいことは、アスランやレイに任せて置けばいいのだ。自分は、インパルスで戦うのみ。連合軍と戦って、勝利を得ることが仕事だ。
そんなシンの言葉を、カミーユは好意的に受け取っていた。こういう真っ直ぐな表現が出来るシンは、信頼に値する人物だろう。彼の様な感性を持てない大人たちの間で戦ってきたカミーユには、彼の存在がオアシスのようにありがたい存在だった。
そんな彼だからこそ、カミーユは話したい事がある。もしかしたら、彼も自分の考えに賛同してくれるかもしれない。
「ありがとう。それで、カツから聞いたんだけど、エクステンデッドの事は聞いているか?」
「そりゃあ…聞いてますよ」
急に神妙な面持ちになったカミーユに、少し身構える。
「それがどうしたって言うんです?」
カミーユの言いたい事は、何となく分かる。ロザミアに拘る彼の事だ。しかし、それでも彼の言うことを聞いてみたいと思っていた。その訳は知らない。自分の事なのに分からないが、本能と呼ぶべきものが、シンにそうしろと囁いているようだ。
「彼等も、ロザミィと同じ強化人間だ。自分の意志に関係なく、戦いを強要させられている」
こういう事を言う人間なのだろう。かつて、オーブでカツが連れているカミーユを見た時、妙に自分の感性に引っ掛かってくる瞳をしていたのを憶えている。それはきっと、自分の感性に通じるものがあったからだと思った。
戦争で家族とコニールを亡くしたシンにとって、兵役に就いたのは力への復讐の為である。自ら力を身につけ、家族とコニールを奪った力への恨みを晴らそうとしていた。その為に、一度は揺らいだ戦いの決意を取り戻し、こうしてザフトに在籍し続けているのだ。
ただ、本当にそれでいいのだろうか。シンの中には、まだ釈然としないシコリが残ったままだ。
「エクステンデッドにだって、好きでなったわけじゃないはずだ。本当に倒すべきなのは、そんな彼等に仕立て上げた人間だ。だから、敵対する相手を見誤らないで欲しい」
遠まわしに、エクステンデッドは倒すべき敵ではないと言ってきている。その言葉に、ドキッとした。オーブを憎み、家族やコニールを殺した連合を憎む――そんな私怨は、いけないと言われているようだったからだ。
だからと言って、納得出来ないのがシンだ。それならば、カミーユはどうなのだろう。ダーダネルス戦後の交流会が終わった後、シンは密かにエマとカツに、気になったカミーユの事を聞いていた。
両親の死と2人の強化人間の悲劇――その内の一つはロザミアの事だと思うが、何度も悲劇を味わいながら、それでも目の前の現実に惑わされずに真の敵を見定めようとする姿勢は、果たして彼の偽善だろうか。
親を目の前で失うという、自分と似た境遇の彼がそういう生き方をしているのは、きっと戦いの中で悟った境地なのだろう。ザフトで戦う意味、それを、もう一度考えるきっかけを与えてくれているような気がした。
「でも、俺にはあなたのような立派な思想も無ければ、考える頭も無い。敵を見誤るなって言われたって、何をどうすれば良いのか分かんないじゃないですか? そういう哀れみだけで偽善ぶるのって、俺には出来ませんよ」
しかし、シンにはまだ目の前の現実だけで精一杯だ。本当の敵を見つけるどころか、直接的な相手にしか考えが及ばない。カミーユの言う事は、やはり偽善にしか聞こえなかった。
「人を人とも思えない連中は、自らのエゴを振りまいて増長を続ける――それは、やがて人類全体をエゴの奴隷に仕立て上げる事だ。だから、それをさせちゃいけない、分からないか?」
「しつこいです。そういう講釈は、もっと人を選んで垂れてください。俺は、戦う事だけが仕事の兵士なんです。思想運動をしたいのなら、別の所でやってくださいよ」
「君なら、分かってくれると思ったんだけどな……」
「それ、人を見下した発言ですよ。あなたがそんな服を着てなかったら、殴っていたところです」
「シン……」
「ルナには先に行くと言って置いてください。あなたの話を、これ以上聞いていたくないんです」
シンは辛辣に言うと、医務室を出て行ってしまった。妙に感性に絡んでくるカミーユの言葉が、鬱陶しく感じられたからだ。無意識にある感覚に、頭の中が沸騰しかけていた。
そんなシンに掛ける言葉も見つからずに、見送るしかないカミーユ。彼が出て行ったところで溜息をついた。
言われてみれば、先程シンに言っていた様な事を言われていたのが、昔の自分だ。その言葉に反発を覚える彼の気持ちは、良く分かる。カミーユも、素直に受け取れるようになるまで様々な経験と時間を費やしてきた。
(俺は、いつの間にか大尉と同じ事をしてしまっていたのか……)
自分が、滑稽に思えた。サングラスの男は、そんな自分を見たら失望するかもしれない。他人に考えを押し付けるのは、エゴを振りまく事に違いないのだから。
ニュータイプとは、他人と分かり合う為の能力――それを忘れて自らのエゴを押し付けようとしていた自分を、恥じた。
「あれぇ? シンは?」
ちょうど、ロザミアの着替えが終わり、ルナマリアが個室から出てきた。カミーユ一人しか居ない状況に、キョトンとしてしまっている。
「先に行ったよ」
「えぇ~!? ったく、何で先に行くのよ、あいつは!」
膨れっ面に、赤くなる頬と鋭くなる眼光。指揮官機の証であるかどうかは分からないが、頭部にそびえる角が隆々といきり立ち、怒りを顕わにする。
「とっ捕まえて、奢らせてやるんだから!」
置いてけぼりにされた事を怒り、ルナマリアは荒々しく医務室を出て行った。
「あの人、怖い……」
「はは…そういう子じゃないさ」
カミーユの袖を掴み、震えるロザミア。そんな彼女をなだめながら、女の癇癪と言うものは怖いものだと改めて思った。