ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第25話後編

Last-modified: 2008-05-25 (日) 13:01:01

『苦しみの突撃』後編

 
 

 カオスと交戦を続けるインパルス。そこへルナマリアも加わり、カオスは苦戦していた。
 カツは溜息をつき、ムラサメを加速させる。今のカミーユは、強化人間という存在に躍起になって盲目になってしまっている。それは彼のトラウマが原因なのだろう。
そして、指摘した所で彼が聞かない人間だというのは分かっているし、自分もそうだった以上、あれこれ言うつもりはない。そうとなれば、ここは彼の気が済むようにしてやらなければならないだろう。仮にエマなら止めようとしただろうが。

 

 カオスは機動兵装ポッドに搭載されている火力をふんだんにばら撒き、後退しつつ応戦している状態だ。シンのブラスト・インパルスの火力に、息の合ったタイミングで攻撃を仕掛けてくるルナマリアのM1アストレイ。
 特に、ルナマリアは空中戦に慣れてきたらしく、遭遇したばかりの頃とは動きの質が変わってきた。砲撃戦に特化したブラスト・インパルスに接近戦を仕掛けようとカオスを向かわせるも、そこへ必ず彼女の横槍が入る。
一度は接触できそうだったものの、M1アストレイのビームサーベルに阻まれたりもした。これでは、スティングは疲れるばかりだ。

 

「こいつ等――この俺がこんな奴らを相手に押されてんのか!?」

 

 ブラスト・インパルスのケルベロスが襲い掛かってくる。M1アストレイのビームサーベルが振り上げられる。カオスのビームライフルが切り刻まれ、慌てて放り投げてファイア・フライ誘導ミサイルで誤魔化す。
 そして、そこへ更なる窮地が襲い掛かる。ガンダムMk-Ⅱを乗せたムラサメが増援に駆けつけてきたのだ。

 

「や、やば…このままだと俺は――!」

 

 経験したことの無い焦りを感じるスティングの額には、粒のように汗が浮かんでいた。これまで、障害となるものは全て己の力で捻じ伏せてきた。研究所でサバイバルに掛けられた時も、襲ってくる敵は全て抹殺した。
勝ち残ったのはエクステンデッドとして優秀な証であり、研究所から出されてファントム・ペインに配属になったのは、実力が認められたからだ。
 それがこんな所で、しかも負けっ放しの相手に追い詰められていることが、スティングの心を大きく揺さぶっていた。自信が疑惑に変わり、己の不信感に繋がる。

 

「こうなりゃ……お前だけでもぉ!」

 

 冷静さを失い、感情的になる。爆発した感情はスティングの心の中で行き場を失い、遂に外へと吐き出された。その捌け口にされた相手――

 

「突っ込んできた!」
『ルナッ!』

 

 スティングはM1アストレイに進路をとり、最後のファイア・フライ誘導ミサイルを射出する。そして機動兵装ポッドからのビームで余計な反撃を受けないように弾幕を張った。

 

『逃げろ、ルナ!』
「――んなこと言ったって!」

 

 カオスの攻撃をかわし、ビームライフルで応戦するルナマリア。それをかわしきれずに被弾し、小爆発を起こすカオス。

 

「落ちるかよ!」

 

 攻撃して逃げるM1アストレイ。スティングの目はそれでも尚、M1アストレイを見据え、MA形態になって更に加速を掛ける。その加速に追いつかれ、ルナマリアはついに最接近を許してしまった。

 

「これで…お前を粉々にしてやるぜ!」

 

 MAに変形し、剥き出しになったカオスのカリドゥスが、至近距離でM1アストレイを捕捉した。これは、絶対にかわせない距離。カリドゥスに光が集中し、淡くM1アストレイを照らした。

 

「ルナァァァッ!」

 

 しかし、その時カオスを衝撃が襲った。思わぬ方向からの揺れに、スティングは顔を歪ませる。

 

「な、何だ!?」
『勝手に死に急ぐな、馬鹿が!』

 

 ジェリドのスローター・ダガーが、カオスを蹴り飛ばしたのだ。そして、そこへ放たれるブラスト・インパルスのケルベロス。ジェリド機はその一撃を受け、左脚部を損失する。

 

「ジェリド!」
『チッ――マウアー!』
『了解』

 

 マウアーのスローター・ダガーがシールドで体当たりし、M1アストレイを突き飛ばす。そして、ブラスト・インパルスに牽制のビームを放って後退させた。

 

『やれるな、ジェリド?』
『カミーユが来ているんだ。この程度でやられるかよ! …スティング!』

 

 もう少しで、スティングは犬死だった。ブラスト・インパルスに狙われている事にも気付けず、一心不乱にM1アストレイを追い詰め、そしてジェリドに助けられた。
 助けられたのは初めてかもしれない。これまで、アウルともステラとも一応の連携を取っていたが、こうして仲間を助けたりする機会は無かった。お互い、どこかで相手を信用し切れて居なくて、自分が一番優秀だと思っていたからだ。
ステラは少し違うかもしれないが、しかし――

 

『聞こえていないのか、スティング!』

 

 呼びかけてくる声。同僚で、女と連携を完璧にこなすちょっといかつい金髪リーゼントの青年の声。その声が、何故か血潮を滾(たぎ)らせる。その感情が何なのか、彼には理解できない。

 

『カオスはまだ出来るんだろうが!』
「あ――あぁ……」
『どうした? 敵はまだ目の前にいるんだぞ! 敵が増えたのなら、こちらがタイミングを合わせなきゃならんだろうが!』
「わ、分かってんよ!」

 

 これが、ライラの言っていた連携をやれということなのだろうか。おぼろげだが、彼にもその意味が見えてきた。不思議と湧き上がってくる感情が、スティングの心に再び闘志の炎を燃え上がらせる。
 一方のジェリドは、ティターンズのエリートとしての意地、そして何度も目の前で仲間を失ってきたという過去の経験が、自然と彼を突き動かしていたのだろう。それは無意識下の出来事で、彼は今の行動を特に意識していなかったようだ。

 

 突き飛ばされたM1アストレイは、インパルスがクッションになって支えられていた。コックピットの中で頭を振り、衝撃でぼやけた意識を取り繕う。

 

『大丈夫か、ルナ?』
「え、えぇ――あれは?」

 

 モニターが捉えた映像が、ガンダムMk-Ⅱとムラサメを映し出す。ガンダムMk-Ⅱはムラサメから飛び上がり、スローター・ダガーの砲撃を潜り抜けてカオスに飛び掛っていた。それを援護する様にムラサメが機動しているが、マウアー機の攻撃に晒され、思うように動けていない。

 

「シン!」
『あぁ、ルナはカツの援護に向かって! 俺はMk-Ⅱの方に向かう!』

 

 どうしてガンダムMk-Ⅱが出てきているのかは分からない。しかし、これでこちらの戦況も有利に働く。数で圧倒してしまえば、カオスは損傷しているし、スローター・ダガーの1機は先程片脚を吹き飛ばしてやった。
これで勝てなければ、いつ勝てるというのか。シンは確信し、絡むように交戦を続ける3機の間に割って入るために、機体を向かわせる。

 

 そして、カオスに絡みつくのはガンダムMk-Ⅱのカミーユ。所謂“G”と呼ばれるガンダム系MSに、エクステンデッドが乗っているのは分かっていた。

 

「カミーユめ…カオスにくっついて、こちらの盾にしようってのか!?」

 

 何とかカオスを巻き込まないようにガンダムMk-Ⅱに砲撃を続けるジェリド。しかし、そんな彼の努力を嘲笑うかのように、ガンダムMk-Ⅱはカオスに組み付いたまま回避し続ける。
 そんなジェリドの攻撃に晒されつつも、カミーユは接触回線でスティングに呼びかけた。ジェリドは食い止めなければならない相手だが、しかし自分の話に聞く耳を持たない彼に構っている場合ではない。まず先に止めなければならないのは、エクステンデッドだ。

 

「お前をそんな風にしたのは誰だ! 自分の意志で強化されたんじゃないんだろ!?」

 

 直感が、そう教えてくれている。カミーユの右脳に閃きがほとばしり、カオスに乗る少年の異常性を察知した。その感覚は、人為的に戦いに駆り立てられている者の苛立ちの様にも感じられる。

 

『余計なお世話だって言ってんだろ! 俺は、ジェリドやマウアーと昔から戦ってきたんだ! テメエのようなヤローに、何が言えんだよ!』

 

 しかし、カミーユの声は届かない。そういう精神操作を施され、スティングの心は偽物の記憶に支配されているからだ。ナマの声では、彼の心に響くわけが無い。

 

「昔からって――それが作られた記憶だって、何で気付かないんだ!」
『そうやって俺を混乱させようってのが、テメエの目論見か! そんなんで、俺が惑わされると思うなよ!』
「よく思い出してみろ! 研究所で何をされてきたか――分かるだろ!」
『――ッたく! ジェリド!』

 

 スティングにはカミーユの声が鬱陶しい。MS形態に変形させ、ガンダムMk-Ⅱを引き離す。態勢を崩したガンダムMk-Ⅱはバランサーで姿勢制御し、すぐに態勢を整えた。

 

「はっ――!」

 

 そこへ、ジェリド機が襲い掛かってきた。ビームサーベルをシールドで受け止めると、ジェリドの声が聞こえてくる。

 

『何をしようってんだ、カミーユ? 貴様のすることなど、俺が全て打ち砕いてやる!』
「邪魔をするな、ジェリド!」
『邪魔をしてきたのは、貴様だろうが!』

 

 ガンダムMk-Ⅱがビームライフルを構えると、ジェリド機はすぐさま離脱する。それを追いかけ、ビームを放ったが、今度は一旦は離れたカオスが切りかかってきた。左のマニピュレーターにビームサーベルを握らせ、対応する。

 

『ハッ! 俺とジェリドの連携から逃げられると思うなよ!』
「そんな事で――!」
『やっちまえ、ジェリド!』

 

「おうよ!」

 

 ジェリドがガンダムMk-Ⅱにビームライフルの照準を合わせる。

 

『させるかよ!』

 

 と、そこへジェリドの行為を阻害してきたのは、またしてもシンのブラスト・インパルス。ケルベロスがジェリドを狙撃し、次いでカオスを狙った。その一撃に回避行動を取り、集まる2機。
 後退したジェリドとスティングを確認し、シンはインパルスのマニピュレーターをガンダムMk-Ⅱに接触させた。

 

『何やってんですか、あなたは!? こんな戦場に出てきて――病み上がりならそれらしくミネルバで待っててくださいよ!』
「お前が話を聞いてくれなかったから、俺がやるしかないだろ!」
『ここは戦場なんです! 勝手な思い込みで乱されちゃ、堪んないんですよ!』
「迷惑は掛けない!」
『お、おい――!』

 

 ブラスト・インパルスを振り切って、ムラサメの背に乗る。そして、今度はJ.Pジョーンズに進路を向けた。それを追いかけるジェリド、マウアー、スティング。

 

「ったく、勝手なことを――ルナ!」
『行けるわ!』

 

 カミーユの暴走に振り回され、シンは仕方なく追いかけるしかない。絡んできたウインダムを撃墜し、加速を掛ける。

 
 

「敵の攻撃が、予想以上に激しいようですな」
「冷静に言ってくれる。しかし――」

 

 J.Pジョーンズ・ブリッジ、ネオはイアンの隣で首筋を掻き、立ち上がった。

 

「これ以上はやらせられんな。ガンダムMk-Ⅱはジブリールの肝いりだが、この艦が落とされては元も子もない。私も出る」
「了解しました」
「万が一の場合には、分かっているな?」

 

 ネオの言葉にイアンが頷くと、ブリッジを後にして格納庫に向かっていった。

 

「ミネルバの戦力は天井知らずか?」

 

 残されたイアン。ファントム・ペインが危機的状況に陥りつつあるというのに、全く動揺を表に出さない。背筋を伸ばして艦長席に座る彼の姿勢は、いつもと変わらないが、しかし心の内に焦りが無いわけではなかった。

 

「敵機、こちらに向かって来ます!」
「ウインダムに防御させろ。大佐の発進準備が整うまで、弾幕を絶やすな」

 

 ガンダムMk-Ⅱとムラサメの接近を察知し、なけなしの砲門が迎撃する。それをひらりひらりとかわされ、ビームライフルで甲板を攻撃された。艦全体が大きく揺れ、ウインダムに乗り込む寸前のネオはコックピットから落とされそうになった。何とか枠にしがみ付き、堪える。

 

「チィッ! ステラの回復がまだとはいえ、こうまで奴等の好きにさせるなど――整備班! 私の機体を出すぞ! スクランブルだ!」

 

 軽やかにコックピットに潜り込むと、ネオはすぐさまウインダムを発進させた。

 

 ムラサメに乗って空を翔るガンダムMk-Ⅱは、ビームの着弾を確認すると、ビームライフルのカートリッジを交換してエネルギーを回復させる。そして、後方から迫ってくるジェリド達に向けて牽制のビームを放った後、J.Pジョーンズに降り立った。

 

「カミーユめ…今度はJ.Pジョーンズを盾にしようってのか?」

 

 歯噛みするジェリド。マウアーもスティングも、手出し出来ずに手を拱いているしかない。

 

『インパルスが追いついてきた、ジェリド!』
「厄介な事になってきたぁッ!」

 

 惜しみつつ、振り向いて応戦する。ガンダムMk-Ⅱを載せてきたムラサメもインパルスとM1アストレイに合流し、再び交戦が始まった。

 
 

 甲板に降り立ったカミーユは周囲を見回し、悪意を探った。エクステンデッドを利用し、他人を意のままに操ろうとする人間には、シロッコと同様の悪意が混ざっているはずだ。カミーユには、そういう感覚を直感で探し出す能力が備わっている。

 

「のうのうとこの戦闘を眺めている奴が、ここに居るはずだ――ブリッジか!」

 

 ビームライフルをJ.Pジョーンズのブリッジに突きつける。すると、その時――

 

『やらせん!』

 

 突然現れる紫のウインダム。ビームサーベルを振りかざし、襲い掛かってきた。

 

「コイツが――!」

 

 間一髪で身を仰け反らせてかわし、バーニア全開で飛び上がる。バルカン・ポッドで牽制し、追撃しようとしたウインダムをJ.Pジョーンズの甲板に張り付かせた。
 カミーユの視線が、襲ってきたウインダムに貼り付けにされた。そのウインダムは明らかに専用機で、威風堂々とした佇まいと紫のカラーリングは隊長機の証だろう。
そして、今まで姿を現さなかったのは、それに乗っている男がエクステンデッド達を操っている元凶だからだ。そう確信した。しかし――

 

「けど、これは……」

 

 直感が鈍っているのか、そのウインダムからは元凶と呼べるほどの悪意を感じられなかった。寧ろ、現状に置かれている自らの不幸に抗おうとする、もう一つの意識があるように不安定なものに感じられた。
 それが何かの間違いなのか、カミーユにはそこまでは分からなかった。

 

 J.Pジョーンズを見下ろしていると、飛び上がって攻撃を仕掛けてくるウインダム。母艦を守ろうと必死になったネオの動きは、凄まじいものがあった。猛攻に晒され、苦戦を強いられるカミーユ。

 

『私の母艦はやらせんぞ! これには、ステラがまだ乗っているのだ!』
「ステラ――ガイアのエクステンデッド!」
『シロッコの造ったMk-Ⅱ如きが! 私をやれると思うなよ!』

 

 ネオのウインダムにも装備されている、ミノフスキー粒子加速器つきのビームライフルが火を噴く。必死にバーニアで機動を試みるが、かわしきれるほど曖昧な照準ではない。熟練したパイロットの正確な射撃が、ガンダムMk-Ⅱを襲う。

 

「くっ――!」

 

 避けきれないビームをシールドで受け止め、しかし2発、3発と受けたところで粉々に砕けた。気迫に押され、慌ててビームサーベルを引き抜く。

 

『沈めえええぇぇぇッ!』
「沈めるかぁッ!」

 

 ショルダー・アーマーを掠めるも、何とか回避するガンダムMk-Ⅱ。それを見て、ネオは驚愕していた。まるで、こちらが何処を狙っているか分かっているかのように正確な回避運動で、ガンダムMk-Ⅱは機動して見せたのだ。

 

「やつめ…特殊なコーディネイターだとでも言うのか?」

 

 空中では、圧倒的に機動性の落ちるはずであるガンダムMk-Ⅱを、あれ程までに鮮やかに操って見せるのは、乗っているパイロットが特別な証。その特異性をまざまざと見せ付けられ、焦らないはずが無い。

 

「しかし!」

 

 機体の性能が変わったわけではない。ガンダムMk-Ⅱが空中に逃れてくれたのなら、ネオのウインダムが機動性で上回る現実に変わりはないのだ。
 これなら、勝てる――そう思った時、頭を刺激する何かが駆け巡った。

 

「この感覚は――!」

 

 ガンダムMk-Ⅱを追撃しようとビームライフルを構えた時、不意に別方向からのミサイルが飛んで来た。それをひらりとかわし、射線の方向に視線を向ける。
 そこからやってくるのは、ガンダムMk-Ⅱを乗せてきたのとは別のムラサメ。

 

「私を追ってきたミネルバの白いザクか!」

 

 アーモリー・ワンで3機の新型Gを奪取した時、追いかけてきたミネルバのMSの中に特殊な刺激を受ける相手がいた。それが、白いザク・ファントムに乗ったレイだった。

 

「あれに乗っているのは、MAに乗っていた指揮官か?」

 

 一方のレイも、ネオの存在を認識していた。どこか懐かしいような、しかし知らない感覚。それが不愉快で、苛立ちを覚えたのを忘れていない。

 

「ラウ……? いや、違う。こんな感覚がラウであるはずが無い!」

 

 ムラサメはウインダムに進路を向けたまま、ロール回転しながらミサイルとビームを浴びせる。

 

「Mk-Ⅱ、誰が乗っている?」
『済まない、勝手に出させてもらった』
「あなたは…カミーユ=ビダン?」

 

 ウインダムの反撃のビームが襲う。それを加速で振り切ると、変形を解いて一気に間合いを詰める。ビームサーベルを取り出し、振りかぶった。

 

『よぉ、誰だか知らないが、元気だったか?』
「馴れ馴れしい口の利き方を!」

 

 ビームサーベルを振り下ろすと、ウインダムは軽やかに機体を半身にさせてかわしてみせた。そして、ガンダムMk-Ⅱから放たれるビームもかわし、間合いをとる。

 

「大立ち回りを演じて見せたいが――アウルか!」

 

 海面から飛び出してくるアビス。バラエーナとカリドゥスの一斉射で追撃してくるガンダムMk-Ⅱとムラサメを攻撃した。

 

「セイバーの相手はいいのか?」
『ライラが、ネオのお守りをしてやれってよ。それに、俺が任されていたムラサメはこっちに来ちまったからな。ついでみたいなもんだよ!』
「助かる」
『けど、J.Pジョーンズはもう駄目なんじゃねーのか? 煙の量が普通じゃねーぜ』
「冗談言うな。あれを守らなければ、私は大目玉をくらうんだぞ?」
『それが、ネオのお仕事だろ、ってね!』

 

 頼もしいアビスの火力。水中戦に特化しているが、重火力のそれは苦境を感じさせない威力を誇っている。ザフトの造ったMSにしては傑作だとネオは思った。

 

「アウルはJ.Pジョーンズと共に弾幕を張り続けろ。私は、あのムラサメを仕留める!」
『何でムラサメなんだ? 狙うなら、Mk-Ⅱとかって奴だろ』
「不思議な因縁を感じる相手でな…私が嫌いなんだよ!」

 

 ウインダムをムラサメへ接近させる。アビスネオが行ったとおりにはJ.Pジョーンズの甲板に陣取り、ガンダムMk-Ⅱを牽制し続けた。
 その動きに、レイは一つ舌打ちをした。折角の好機であっても、これでは容易にJ.Pジョーンズを沈める事が出来そうもない。指揮官機の命令に従っているのだろうが、そうであれば小癪なのは目の前のウインダムだ。

 

「もう少しで敵艦を落とせそうだが、アビスめ……!」
『よくここまで私達を追い詰めてくれた…と言いたい所だがな!』
「指揮官機――こちらを狙ってきたか!」

 

 メガ粒子砲の暴力的な威力。しかし、レイはカクリコンとの戦いでその性質を体験済みだ。特別な名前を持っていようが、所詮は普通のビームライフルと変わりない。かわし続ける限り、威力には目を瞑ることが出来る。それだけの自信が、レイにはあった。
 その一方で、レイを不思議な感覚が包んでいた。

 

「感覚が呼んでいる……あの指揮官は何だと言うのだ?」

 

 記憶の中に残る感覚。知らないはずなのに知っているような煩わしい感覚。相手は声だけ聞いたことのある、顔も知らない男。その男が、どうして自分と繋がるような感覚を持っているのか。

 

「ムラサメのパイロット……この不愉快さは、異常だ……」

 

 レイの意識した感覚と同じ思いを受け取るのはネオも同じだった。抜け落ちた記憶の片隅に、誰かの邪悪を思い出す。とてつもなく陰湿で、歯止めの効かない怨念。似たような感覚を、相手に感じる。しかし、誰なのかを思い出せない。

 

 お互いが感じる感覚。頭の中に浮かび上がる、靄(もや)が掛かって判別の出来ない表情。

 

『聞かせてもらおうか、お前が誰なのかを!』
「こちらが聞きたいな!」

 

 ビームサーベルが交錯し、明滅するコックピットの中。接近すると、その感覚がより強く伝わってくる。シンクロしているというのか、互いの動きが分かるようだ。それは、先程のカミーユの動きとは質の違う、もっと親近感的な感覚。

 

「これは――!」
『私達はお互いを知っている――!』

 

 もし、これが偶然だったなら、こんなに奇妙な事は無い。お互いが間合いを離し、同時にビームライフルを構えて、撃つ。それも、全てのビームがお互いを掠めるほどの正確さで撃ち続けているのだ。一挙手一投足が、気持ち悪い位に似ている。

 

『気味の悪いやつめ!』
「お互い様だ!」

 

 ネオ=ロアノークとしてやってきた自分の記憶には絶対の自信を持っている。何故なら、そういう記憶が確固として頭の中にあるからだ。
 しかし、ムラサメの少年の声には何故か聞き覚えがある。知らない筈なのに、過去にその声に酷く悩まされたような気がするのだ。

 

「私の記憶の中にいるお前は――」

 

 考えたくない事が、頭の中を過ぎった。これまで、スティング達エクステンデッドの精神操作はしてきた。しかし、それがもし自分の身にも起こっていた事だとしたら――

 

「だとしたら、“ネオ=ロアノーク”という人物は――」

 

 誰かに作り上げられた虚像。認めたくない感情が、混乱を呼び寄せる。震える声で呟き、戦慄する。やがて、激しい頭痛が襲ってきた。
 レイの目にもハッキリと分かる。ネオの動きが極端に鈍くなった。

 

「動揺した…何故だ? しかし――!」

 

 又とないチャンス。苦しめられてきたファントム・ペインの指揮官を、この場で撃墜する事が出来るのだ。
 レイは冷静にネオの動きを見定める。何故なのか分からないが、ネオの苦悩する感情が彼にも伝わってきた。それに自らの思考を重ね合わせ、ビームライフルを構える。

 

「そこだッ!」

 

 無我夢中に動くウインダムの軌道を見切り、発射されるビーム。致命傷こそ与えられなかったが、レイの放ったビームはウインダムの頭部と右腕部を破壊した。

 

『うおおおぉぉぉぉ――ッ!?』

 

 ウインダムは、ネオの咆哮と共に海面に墜落していく。そして、大きな水飛沫と共にその姿を消した。

 
 

「た、大佐!?」

 

 J.Pジョーンズのブリッジからその光景を目の当たりにし、珍しくイアンが動揺を表に出した。立ち上がって目を見開いている。

 

「くっ…戦況はどうなっている!」

 

 腕を薙ぎ払い、怒鳴り声を上げる。普段感情を表に出さない男が、息巻いている。

 

「ダガー小隊、G小隊共に交戦中! どこもやや劣勢です!」
「ミネルバから戻ってきたウインダムよりミノフスキー通信で入電! 前に出てきたミネルバがこちらに向けて陽電子砲を構えているとの事です!」

 

「止めを刺すつもりか…しかし、前に出てきたのなら――」

 

 ネオには、最初からこうなる事が分かっていたのかもしれない。奇襲を受けた時点で、ファントム・ペインの敗北を予感していたとイアンは推測する。しかし、指揮官たるもの、そういう不吉な事は口にしてはならない。
だからこそ、出撃前に自分に念を押したのだろう。万が一の事が起こった時に、ファントム・ペインの後を任せるという意味で。

 

 数箇所から黒煙を立ち昇らせ、J.Pジョーンズは満身創痍だ。ミネルバのタリアにも、J.Pジョーンズのクルー達が慌てて消火活動を行っている光景が目に浮かぶ。そして、恐らく自力で航行するのが精一杯の状態だろう。
このチャンスを、逃すわけには行かない。相手は既に虫の息で、カミーユの出撃というトラブルもあったが、敵MSもこちらのMS隊が押さえ込んでいる状態だ。止めを刺すなら今しかない。

 

 ミネルバの甲板で、周囲を飛ぶウインダムからミネルバを防御しているエマとレコアの目にも、ファントム・ペインの終焉が近付いているのが分かった。だからこそ、タリアはミネルバを前に出してタンホイザーで止めを刺そうというのだろう。
ミノフスキー粒子の影響で、正確にタンホイザーを命中させるには、艦を前に出さなければ決定的なダメージを与える事が出来ない。

 

「これで、終わるというの?」

 

 エマにはいまいち確信が持てない。これまで戦ってきたファントム・ペインは、しつこいくらい手強い相手だった。ジェリド、マウアー、カクリコン、ライラに加え、エクステンデッドの3人も居るのだ。それが、奇襲が成功したとはいえ、こうも簡単に決着がつくものだろうか。
 カメラの最大望遠で捉えるJ.Pジョーンズは、黒煙を上げて沈黙してしまっている。その周囲を、飛び交うMS達の戦いの光が彩っていた。あの中に、カミーユも居るのだろう。

 

 そして、ついにウインダムからの攻撃が止み、タンホイザーの砲身がチャージを始める。敵は諦めたのだろうか。それでも何故か、エマの胸騒ぎが止まらない。

 

「あれは――?」

 

 タンホイザーのチャージが終わろうとした頃、カメラが捉えるJ.Pジョーンズから、損傷の煙とは別の煙が上がった。それは幾筋もの尾をなびかせ、ミネルバに向かって来る。J.Pジョーンズが最後の力を振り絞って放ったミサイルだ。

 

『エマ中尉!』
「分かっています! ガナー・ザクの長距離砲なら――!」

 

 ファントム・ペイン最後の抵抗であるミサイルに照準を合わせ、エマはオルトロスのトリガーを引く。エマの放った複相ビームは見事にミサイルを破壊したが、しかし撃ち漏らした数発が尚も向かって来る。

 

「クッ――!」

 

 レコアが慌ててビームを撃つが、的が小さいだけに当らない。慌てたミネルバのイーゲルシュテルンが迎撃して、ようやく撃ち落す事が出来た。
 しかし、打ち砕いたミサイルの破片が、煌いている。それは礫(つぶて)となり、ミネルバに降り注いできた。

 

「な、何!?」

 

 礫はミネルバの装甲を突き破り、エマのザク・ウォーリアにも被害を与えた。そのダメージで駆動系を損傷したのか、動けなくなる。一方で、チャージ中だったタンホイザーが小爆発を起こしていた。先程の礫にやられ、爆発を起こそうというのだ。
 爆発を起こそうというタンホイザーの近くでうずくまるザク・ウォーリアは、身動きが取れない。エマは危険を感じ、恐怖した。

 

「こ、このままじゃ――!」

 

 ついに爆発をしようかというタンホイザー。しかしその時、レコアのザク・ファントムが跪くエマのザク・ウォーリアに覆い被さってきた。

 

「レ、レコア…何を!?」

 

 大爆発を起こすタンホイザー。モニターにはそれから守るように覆い被さるザク・ファントムと爆発の炎の色。激しい衝撃が襲い、コックピットの中で揺さぶられるエマの意識が遠のいていく。

 

<罪滅ぼしだと思われなくてもいい――でも、あたしにはこうするしか他に無いのよ……>

 

 消え行く意識の中、レコアの声が聞こえたような気がした。