ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第33話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 06:59:49

『降下点攻防戦』

 
 

 ベルリン攻防戦の最中のプラント首都コロニー・アプリリウス。とあるマンションの一室に、ミーアの住まいがある。部屋の中はピンク一色。貼られているポスターは、ラクスのものだ。

 

『ハロハロ、テヤンデイ!』

 

 化粧台の前に座り、いつものように肌の手入れを行う。そのミーアの周囲を、赤いハロがピョコンピョコンと跳ねてからかっているようだ。ミーアは視線はカガミに向けたまま、ハロを掴んで台座のようなところに押し付けるように置いた。

 

「今は手が離せませんから、ちょっと黙っててくださいねぇ」
『ハロ……』

 

 全く気にも留めない様子で、ミーアは肌の手入れを続ける。ハロの邪魔はいつもの事のようで、軽くあしらっているのはかなり手馴れた様子。ラクスの身代わりとして暮らしている内に、ハロの手懐け方も心得たようだ。

 

『ハロハロハロ!』

 

 ところが、今日は何故かいつもと様子が違う。普段ならおとなしくミーアを待つのに、余計にけたたましく電子音を鳴らせる。

 

「どうしたのかしら? うるさいですから、少し黙っててくださいね」
『ハロハロハロ!』

 

 注意しても黙る気配が無い。もしかしたら、故障だろうか。思い当たる節は、いくつかある。常に行動を共にするハロは、食事中も一緒だ。水分の苦手なハロに、誤って紅茶をひっかけてしまった事もある。いつも周囲を跳ねているから、思わず蹴ってしまったこともある。
精密機械の塊のようなハロだから、そういった出来事の積み重ねで不具合が生じていても不思議ではない。

 

「困りましたわね……」
『ハロハロハロ!』

 

 尚も叫ぶハロ。ミーアは電子機械の扱いは殆どしたことが無く、この様なときにどうすれば良いのか分からない。このまま鳴かせて置くわけにも行かないし、業者に来てもらって何とかしてもらうしかないのだろうか。

 

「え…っと、こういう時は――」

 

 ピンポーン――ミーアが手帳を取り出して連絡先を調べようとした時、不意にチャイムが鳴った。

 

「誰かしら? ――少々お待ちいただけますぅ?」

 

 来客に、髪留めのゴムを外す。見事なピンクの髪が、広がるように下りた。
 スリッパをパタパタと鳴らせ、玄関へ向かう。奥からは、ハロのけたたましい叫び声が続いたままだ。故障なら、それも止む無し。ミーアは見苦しいのを覚悟で扉を開けた。

 

『ハロ!』
「えっ!?」

 

 開いたドアの隙間から飛び込んできたのは、ピンクのハロ。突然の出来事に何事かと振り返るミーアを他所に、ピンクのハロはあっという間に奥の部屋へ跳ねて行ってしまった。

 

「な、何なの……?」
「もし……」

 

 奥を確認するミーアに、自分の声が聞こえてきた。否、自分の声ではないのに同じ声――ゆっくりと顔を正面に振りなおすと、そこには自分が居た。
 まるでカガミを見ているかのような違和感。即座にミーアはドアを閉めた。

 
 

(な…何で――ぇ!?)

 

 咄嗟の行動は、自分が居たからではない。そこに居たのが、紛れも無くラクス=クライン本人だったからだ。現実と妄想が混じったような奇妙な感覚に、ミーアは戸惑うしかない。

 

「もし、開けて下さいませんか?」
「へ? …いえいえ、は、はいッ!」

 

 余程テンパっていたのか、ミーアが勢いよくドアを押して開くと、ゴンという鈍い音がした。

 

「あぁ――ッ!」

 

 もう、慌てふためくしかない。開いたドアが、ラクスのおでこに直撃してしまったのだ。ミーアの視線の先には、額に手を当てて顔を俯けるラクスの姿があった。付き添いのダコスタが心配しておろおろしている。

 

「ちょ、ちょっと! なんて事をしてくれるんですか!」
「ご、ごめんなさいごめんなさいぃッ!」

 

 冷や汗を浮かべるダコスタに、すごい剣幕で怒鳴られた。勿論とんでもない事をしてしまったミーアはひたすら平謝りを繰り返す。

 

「…だ、大丈夫です。お気になさらないで下さい」

 

 そのダコスタを制止して、ラクスが顔を上げた。気になる額は、赤く腫れてしまっている。

 

(ひいいいぃぃぃぃ……!)

 

 ミーアの顔色が、青を通り越して白くなる。よもや、憧れのラクスの顔に傷をつけるなんて、彼女には想像も出来なかったことだ。これはやばい。

 

「突然訪ねたわたくし達が悪いのです。それに、このくらいでしたら直ぐに治りますから――寧ろ、貴方との区別が出来てダコスタさんには丁度いいのかもしれませんね?」
「冗談言わないで下さいよ。ラクス様のお顔にこれ以上傷が出来たら、隊長に合わせる顔がないじゃないですかぁ」

 

 ミーアが極限状態に陥っていると、そう言ってにっこりと微笑んでくれるラクス。細める目に、涙がうっすらと浮かんでいる表情を見たら、急に胸を締め付けられる思いに駆られた。ラクスに怪我を負わせておきながら、不謹慎にもトキメイてしまったのだ。

 

(か、かわいい!)

 

 急に上気する頬が、ラクスのおでこと同じ色に染まる。

 

「あ、あ、あ、あの! ずっとあ、あ、憧れていました! お、お会いできて…光栄でしゅッ!」

 

 まずい、舌を噛んだ。せっかく魅惑のラクス=クラインが目の前に居るというのに――

 

「ありがとうございます。それで、少し貴方とお話をさせて頂きたいのですが、お時間の方はよろしいでしょうか?」
「え? あ、はいッ! 勿論でございます! どうぞ、お入りになってくださいッ!」

 

 はたと気付いた。自分は、開口一番に何を口走っているのやら。こうして本人が訪れてきたという事は、無許可でなりきりをしている自分にとっては最大のピンチではないか。自分のやっている事は物真似なんかの類ではない。
デュランダルに薦められたとはいえ、彼女本人を演じてプラント国民を騙してきたのだ。こうして本人を目の前にしてしまえば、彼女を演じるのも終わりということか。
 リビングへの短い廊下を案内しつつ、ミーアはこれまでの事を思い返していた。走馬灯のように駆け抜けていくラクス=クラインとしての音楽活動。初めてのレコーディングは、緊張した。何度もリテイクをもらい、喉が潰れそうになるまで繰り返した。
ライブは一番の思い出。熱狂するファンを前に、自分がラクスなんだという思いに一番なれた瞬間だった。
 しかし、それももうお仕舞い。自分はミーア=キャンベルであってラクス=クラインでは決して無いのだから――

 
 

「ど、どうぞ。お掛けになって下さい……」

 

 少し気分が落ち着いてきた。2人をリビングに通すと、ソファに腰掛けるように促す。先に入ってきたピンクのハロは、自分の赤いハロと一緒に跳ね回っている。

 

 それからお茶を用意し、2人の前に差し出す。ミーアも対面のソファに腰掛けると、暫くの沈黙が続いた。カチコチと鳴る時計の音が、余計に場の空気を重くした。正面にはラクス。正視など、恐れ多くて出来るわけもない。
 チラリとダコスタを横目で見やるも、彼も黙ったまま何も言おうとしない。使えない男だと思った。きっと、合コンでも相手にされないタイプなのだろう。
 仕方なく、ミーアは決意を固める。この重い空気を打開するには、自分から話題を振らなければ。緊張に高鳴る心臓を御し、大きく息を吸い込んだ。

 

「あの……」 「あの……」

 

 最悪のパターン。2人が同時に声を発し、重なり合う声がステレオとなって静かな部屋に木霊した。

 

「も、申し訳ありません! ラクス様からどうぞ……」
「いえ、こちらこそお話があると伺っておきながら、黙ったままで居て申し訳ありませんでした」

 

 丁寧にお辞儀で返してくれる物腰の柔らかさ。

 

(あぁ…これが本物のラクス様なんだなぁ……)

 

 自分の持ち得ない、上流家庭独特の柔らかで気品のある出で立ち。所詮、平民の出で声が似ているからといってスカウトされた自分とは違うのだ。どんなに彼女を真似しようと思っても、遥か高みに居る人間になれるわけが無い。
これが本物だけが持つ独特の雰囲気なんだと思い知らされた。

 

「今日は――」

 

 ミーアが空想していると、ラクスの話が始まった。ふと我に返り、おずおずと彼女の顔を見る。そこには、まっすぐな瞳で自分を見据える彼女が居た。本物だけが持つ、人を魅せる瞳。吸い込まれそうな綺麗な輝きを放っていた。

 

「ミーアさんにお礼を述べに参上いたしました」
「お礼って――」
「今までわたくしの代わりにプラント国民の方々を元気付けて頂き、まことに感謝しております。そして、わたくしの我侭で迷惑された事を深くお詫び申し上げます……」
「そ、そんな! こちらこそ、貴重な体験をさせて頂いて――迷惑だなんて、とんでもございません!」

 

 予想外の出来事に、またも慌てるミーア。混乱が入り混じり、本格的に夢なのではないかと疑い始めた。

 

「無理して頂かなくても――」
「い、いいえ! お礼をさせて頂かなければならないのはわたくしの方です! それに、わたくしの方こそ勝手な想像でラクス様のイメージを壊してしまったかもしれないのに――」
「本当に、そう思って頂けるているのですか?」
「勿論です! む、寧ろわたくしのやった事がいけないことなのではないかと――」

 

 罪悪感は持ち続けていた。本来なら、自分のやっている行為は詐欺や侮辱に当たることは理解していた。しかし、それでも憧れのラクスの代役が出来るという自分の欲望が、それを上回っていた。彼女として過ごした日々は、本当にミーアにとっては夢のような出来事だった。
それを長く続けたいという欲求が、こうして本人に会うまでラクスを演じる行為を続けてしまった一番の要因だった。
 しかし、ラクスはそれを非難するどころか感謝を述べてきたではないか。まさかの展開に、ミーアは混乱の度合いを深めていく。思わず立ち上がり、大きく頭を下げた。

 

「あいたッ!」

 

 勢いあまってテーブルに頭を打ち付けてしまった。振動でカップが跳ね上がり、中身が零れてラクスの衣服を汚す。

 
 

「あ…あああ――わたくし…わたくし――」

 

 最早まともな思考は出来ない。一度ならず二度までもラクスに恥をかかせ、完全にミーアは狂った。
 突然走り出し、ベランダへ向かう。そのまま縁に脚を掛け、天を仰いだ。

 

「もも申し訳ありません! わわわたくし、死んでお詫びしますッ! これで許して下さいましぃッ!」

 

 奇声を上げ、涙ながらに叫ぶミーア。その様子に慌てて駆けつけるラクスとダコスタ。ベランダの縁に脚を掛けるミーアは今にも落下しそうだった。高層マンションの上層階から飛び降りれば、原形を留めないトマトになってしまうだろう。

 

「ダ、ダコスタさん!」
「は、はいぃッ!」

 

 慌てて抱きつき、ミーアを引き摺り下ろすダコスタ。尚も暴れるミーアは、ダコスタの頭を殴り、股間を蹴った。急所への一撃に悶絶するような痛みにも負けず、ダコスタは何とかミーアを取り押さえることに成功する。
 そして泣きじゃくるミーアをラクスが宥め、落ち着かせたところで再びリビングに戻ってきた。

 

 最初と同じ様に重苦しい空気が流れる。ミーアは、完全に印象を悪くしたと思って、激しく落ち込んでいた。

 

「こんなエキセントリックな女性だったとは…ラクス様と似ても似つきませんね」

 

 ダコスタの一言に、顔を睨みつけるミーア。しかし、未だ股間を痛そうに足を振るわせる仕草を見たら、急に申し訳ない気持ちで一杯になった。

 

「わたくしは少しミーアさんを羨ましく思いますわ。こんなに元気一杯で――アイドルならば、微笑んでいるだけではなく、こうして他人に元気を与えられるような人でなければならないと思いました」
「でも、それじゃあラクス様のイメージではありませんよ」

 

 やはり、見る人によっては違った風に見えてしまっていたのか。確かに、過去のラクスのイメージと比べても、自分のスタイルは変わったように見えてしまっても仕方がない。
しかし、本物のカリスマを持たない彼女がプラント国民を元気付けるには、ラクスの印象を崩してでも元気に振舞うしかなかった。

 

「あの…本当に申し訳ありません……こんな事は今日限りで辞めますので、どうかわたくしを許して頂けませんか……?」

 

 謝ってすむ問題ではないという事は理解している。既に今のプラントでは、ミーアのイメージが固まってしまっている。それでも、ミーアにはこうして真摯に謝る手段しか知らない。この罪は、決して消えることは無いだろう。
 ラクスはそのミーアを見て、少し意外そうな表情で見ていた。その視線が、ミーアには堪らなく不思議に思える。

 

「いえ、ミーアさんが謝る理由など無いのです。全てはわたくしが地球に下りて安寧の時を貪ってしまったから、デュランダル議長も貴方を担ぎ出したに過ぎないのです」
「でも――」
「今日はもう一つ、ミーアさんにお願いがあってお訪ねしました。今まで我侭を聞いて頂いておきながら恐縮なのですが、どうか、もう少しだけわたくしの代わりを続けて頂けませんでしょうか?」
「へ――えっ!?」

 

 ミーアの瞳が丸くなる。こんな展開は、全く以って予想外だ。

 

「わたくしは、これから地球へ降りてしなければならない事があります。これは、ナチュラルとコーディネイターの関係に関わる重大事なのです。ですから、この人種戦争とも呼べる争いが終わるまでのもう暫くの間、ミーアさんにはプラントの方々を勇気付けていて欲しいのです。
わたくしが地球に降りさえすれば、この戦争は直ぐにでも終わるはずです」
「そんな…わたくしなんかがラクス様の代わりなど――」
「今までもやって来れたではありませんか? 本当に勝手な押し付けで申し訳ありませんが、今しばらくわたくしに時間を作っていただけませんでしょうか?」

 

 ラクスが立ち上がり、手を前に添えて丁寧に深々と自分に頭を下げてくる。そんな有り得ない事態に、ミーアも慌てて立ち上がった。

 
 

「め、滅相もございません! ラクス様のお願いでしたら、不肖ミーア=キャンベル、喜んでお引き受けいたします!」

 

 慌てたミーアが引き起こすハプニングは、既にお決まりになってしまっていたのか。ラクスに頭を下げさせたままでは居させないとばかりに振り下ろした自分の頭が、今度はラクスの頭頂部に直撃した。頭と頭が衝突する鈍い痛みに、2人は俯いて悶絶する。

 

「き、気をつけてくださいよ!」

 

 茶番にダコスタが再三の注意を促してくる。しかし、ミーアにそれを聞く余裕は無い。

 

「平気です、ダコスタさん。わたくし、こういう事は初めてですので、少し楽しいですわ」
「何を悠長な事を――」

 

 笑顔で何事も無いように姿勢を正すラクス。上目でその様子を見るミーアは、彼女の表情にこれまでの罪悪感が薄れていくのを感じていた。しかし、それでは駄目だと直ぐに引き締めなおす。
 そして、ひとしきりラクスの心配をした後、ダコスタがチラリと時計を見やった。

 

「では、そろそろ時間なので、私達はこれで失礼させてもらいますよ」
「ミーアさんとお話できて、楽しかったです。また、いつかお会いしましょう」

 

 夢の様な一時は、あっという間に過ぎていくものだ。本物に会えた喜びが、ミーアを浮世の世界に誘っていた事は想像に難くない。別れを告げられ、無意識にミーアは口を開いた。

 

「あの! 今度お会いする時はわたくしと――」

 

 呼び掛けに振り向くラクス。やさしく微笑んでくれた。

 

「ミーアさんの歌、拝聴させて頂きました。元気で、とても癒されて――ミーアさんの歌、大好きです。ですから、次に会う時はわたくしと一緒に歌って下さいませんか?」

 

 途端に晴れやかに笑顔を弾けさせるミーア。ラクスも、自分と同じ事を思っていてくれた――決してその夢が叶わなくても、彼女のたった一言で十分だった。

 

「ぜ、是非!」

 

 2人がマンションを後にし、一人佇むミーアは夢心地のまま呆けていた。

 

「ハロ! ハロ!」

 

 その彼女の周囲を跳ね回るのは赤いハロ。普段は鬱陶しく感じるハロの鳴き声も、今は心地よく脳に響いてくる。

 

(わたくし…わたくし――何て幸せ者なんでしょう……)

 

 だらしない表情のまま、暫くの間立ち尽くしていた。

 
 
 
 
 

 デストロイとの戦闘を終え、ジブラルタル基地に帰艦するミネルバ。飛行不能になったアークエンジェルは現地に派遣される補給部隊が修理し、そのままオーブへの帰途へ就く事になった。

 

 シンはお気に入りの場所――ミネルバの甲板で空を眺めていた。ついこの間まで、カミーユの言葉は単なる偽善にしか思えなかった。しかし、ネオと交流し、彼の思いを知ってしまった今、カミーユの言葉はシンの心に深く刺さっている。
 エクステンデッド……一先ずは救うことが出来ただろうか。それは、脱走したネオに聞いて見なければ分からない。

 

「ここに居たのか」

 

 背後から誰かがやってきた。シンが振り返ると、そこにはアスランの姿があった。
 そういえば、以前もここでアスランと遭遇していたような気がする。あの時は確か彼の方が先に居たような気もするが――

 

「良くやったな、シン。お前一人でデストロイを止めるなんて、作戦前には考えられなかった」
「それ、俺がまだひよっこだって言うんですか?」

 

 棘を刺すような一言に、反感を示す。元々は、彼とキラがデストロイを相手にするはずだったのだ。それが敵の妨害で崩されてしまったとはいえ、デストロイを担当した自分達は死にそうになったのだ。
重症ではなかったとはいえ、今もレイやルナマリア、カツは療養中で動けない状態だというのに。

 

「いや、済まない。今回は完全に俺の目測が甘かった。そのせいでみんなに怪我を負わせてしまったことは申し訳なく思っているよ」
「ちゃんと慰安金は出るんでしょうね?」
「そりゃあ勿論さ。ザフトだって――」
「隊長からですよ」
「えっ!?」
「当然です。隊長の作戦のせいで、みんな酷い目に遭ったんだから――最初から隊を分散しないで一点集中を図っていたらこんな事にはならなかったかもしれないのに」

 

 意地悪を言いたくなるのは、それだけ苦しかったからだ。シン本人とて、まさか自分でデストロイを倒せるなどとは思っていなかった。基本的にバッテリー切れの心配の無いインパルスで死力を尽くさなければならなかったのは、それだけデストロイが圧倒的だったからだ。
 ただ、アスランは思う。彼の言うように一点突破を図っていたとしても、他の核融合炉搭載型MSに阻まれて、もっと厳しい展開になっていたのではないだろうか。シンの底力があったとはいえ、結果的に隊を分散させたのは間違いではなかったと確信している。
しかし、それを告げるには余りにも彼に世話になってしまっただけに、アスランは口を挟めないで居た。

 

「でも、まぁデストロイは倒せたし、パイロットも無事だったみたいだし、俺はいいんですけどね」
「ネオ=ロアノークとの約束か?」
「知ってたんですか?」
「趣味は悪かったと思うが――これも仕事でな」

 

 脱走したネオとシンの間には約束事があった。それは、デュランダルと共に監視していたアスランには周知の事実。本来なら注意を与えなければならないところだが、あの時のシンの情熱ぶりを見てしまえば、叱る気にはなれなかった。
 彼も、苦しい時代を生き延びてきた少年。家族を亡くし、コニールを亡くした彼が自分と重なって見えたのかもしれない。

 

「それにしても――」

 

 アスランが遠い目で空を見上げた。ベルリンの時は雪雲が低く見えていたが、快晴の今はとても高く見える。

 

「お前は確実に強くなっているよ、シン。もう、俺とタメを張れるくらいだ」
「本当ですか?」
「俺が保証する。デストロイ相手にあそこまで見事に戦って見せたんだ。俺だって、一人だったらあそこまで戦えたか分からない」
「じゃあ、俺の方が強いって事ですよね?」

 

 瞳を爛々と輝かせるシン。アスランはそれに対して苦笑をして返す。

 
 

「自惚れるなよ。デストロイに勝ったからといって、それが強さの全てではないんだ。お前は、もっともっと上を目指せる才能を持っている。慢心せずに、貪欲に行けよ」

 

 釘を刺すアスラン。正直、シンの実力を認める反面、負けたくないという思いがあった。それは、ヤキン戦役の英雄と讃えられたプライドのようなものだ。
 それに、シンはおだてると調子に乗ってしまう一面を持っている。だから、今は少し上からの目線で言うくらいで丁度いいのだ。

 

「そうすれば、キラ=ヤマトにだって勝てます?」
「何を言っているんだ。キラはもっと遥か上のレベルだぞ。お前にはまだ無理だ」

 

 冗談っぽく言ってきているが、彼は本気だろう。デストロイを倒したことで大きな自信を得た彼は、気が大きくなっている。やはり、少年っぽさを残す彼にはまだまだ指導が必要だろう。

 

(キラか――)

 

 アークエンジェルはようやくオーブへの帰途に就いた。そのオーブは今、どうなってしまっているのだろう。ここで心配しても始まらない事だが、カガリが心配なのはアスランの性分か。
 カガリの助けになりたいと思ってオーブを出たアスラン、アスランの負担になりたくないと思ってザフト転向を許可したカガリ。2人の思いやりが、少しずつ心を離し始めていた。

 
 
 
 
 

「エターナル降下地点にジャミング反応なんだな?」

 

 海洋を行くタケミカヅチ。オーブ軍が誇る巨大空母艦である。それを指揮するのは、部下からの信頼も厚いトダカ一佐。問い掛けに、オペレーターの一人が振り向いた。

 

「Nジャマーの影響ではないと思います」
「ミノフスキー粒子か。向こうもこちらの接近に気付いているな」

 

 少し身を乗り出し、艦内に警報を鳴らすように指示を与える。オペレーターが、戦闘配置の合図を告げた。

 

「艦長!」
「ん?」

 

 少ししてブリッジのドアが開き、バルトフェルドが入ってきた。トダカは顎を擦っている手を止め、後ろに視線を移す。バルトフェルドの表情は、少々困惑気味だった。

 

「ラクスの降下時間はもう直ぐだってのに、戦闘になるのか? このタイミングで連中と一戦交える事になると、エターナルが巻き込まれる。避けることは出来んか?」
「無理ですな。連合の動きは、タケミカヅチと連動していているように見える。恐らく、こちらの動きを察知して待ち伏せしているつもりなのでしょう」
「彼女はオーブのVIPだ。今の連合なら何が出てきても不思議ではないし、デストロイとか言う前例もついこの間あったばかりだ。万が一の可能性を考えれば――」
「不思議ではありませんか? 大西洋連邦は開戦当初、あれほど執拗にオーブを狙ってきたというのに、アークエンジェルがソラに出た途端に大人しくなった。ですから、機を覗って付近の海域に部隊を展開させていたのは十分予測の範囲内であったはずです。
しかし、オーブの国力が衰えているというのに、一向に攻めて来なかった事を考えれば、連合の用意した戦力もそう大きくないと考えることも出来るということです」
「しかしな――」
「あちらはミノフスキー粒子を散布して、既に交戦の意志を示しています。こちらから仕掛けなければ、エターナルを見失った挙句、撃沈される可能性があります。何にしろ、交戦は避けられません」

 

 寧ろ、不満を述べなければならないのは降下地点を間違えたエターナルの方だろう。報告では“ターミナル”とかいう旧クライン派の組織のスタッフが運用しているらしいが、こうして初歩的なミスを犯す辺り素人を搭乗させているとしか考えられない。

 

「そうか――じゃあ、出るしかないな」
「MS隊の指揮は、貴官にお任せします」
「了解。エターナルの救出を最優先で良いな?」
「突破されて、オーブへ向かわれるのだけは阻止してください」
「それは、やっちゃ見るがな」

 

 バルトフェルドは冗談交じりに告げると、ブリッジを後にした。

 

 カミーユの部屋で、ベッドに座り込んでしまっているロザミア。けたたましく鳴り響く警報に、カミーユは急がなければならないのだが、ロザミアが彼の袖を掴んで離さない。何かに怯えるように、顔を俯けて震えていた。

 

「ロザミィ、お兄ちゃんは出撃しなくちゃならないんだ。手を離してくれないか?」
「駄目…お兄ちゃん行っちゃ駄目――」

 

 震える手が、カミーユの目に儚げに映る。
 ロザミアが震えている理由――それは、カミーユにも見当はついている。遠くから迫ってくる感覚は、人工的にニュータイプ能力を覚醒させられた強化人間の波動にそっくりだ。この感覚がエクステンデッドに感じたものでない以上、新たな“イレギュラー”の登場と言える。
 そして、ロザミアが苦しんでいるのはそれが彼女が知っている人のものであるからだ。カミーユには誰の事なのかは分からないが、恐らくティターンズに関係した人物であることには違いないだろう。だからこそ、カミーユは出撃して確認しなければならない。
ロザミアを利用しようとしている人間が居る限り、彼はそれを排除し続けなければ一緒に行動している意味が無いのだから。

 
 

「誰か来るんだ…あたしを連れて行っちゃう誰かが――」
「ロザミィはお兄ちゃんが守る。だから、お兄ちゃんを行かせてくれ」
「怖いの! もし、お兄ちゃんが行っちゃったら、あたし――」

 

 ロザミアには自信が無かった。脳裏に刻み込まれた脅迫観念に似た精神操作の記憶。本人の表層意識には殆ど表れていないが、確かにその傷跡は存在しているのだ。その無意識下の恐怖が、逃れられない枷となって今でも彼女を苦しめる。

 

(ロザミィの怖がり方…普通じゃない――)

 

 触れるロザミアの手から、彼女の不安が伝わってきた。その先に居る誰かの影が、元凶だろう。緑の髪を横に流した、長身の男だ。

 

(ゲーツ…キャパ――?)

 

 感性が鋭くなりすぎている。自分でも制御できない力が、ロザミアの心の中を知り過ぎてしまった。瞬間的にロザミアはハッとし、カミーユの袖から手を離してしまう。

 

「お兄ちゃん……」
「そいつなんだな? ロザミィを苦しめるのは」
「ど、どういう事? 何でお兄ちゃんが2人も――」

 

 ロザミアの心に触れてしまったカミーユの手が、一片の記憶を呼び覚ます。その異種の感覚に戸惑い、ロザミアは目を大きく見開いてカミーユを見据えた。

 

(ロザミィ…この表情!)

 

 ロザミアを連れ出せただけで解放することが出来たと思っていたのは、どうやら早とちりだったようだ。こうして彼女を利用していた人間までもがこちらの世界にシフトしてきていたのなら、その障害を取り除かない限り彼女に安息は無い。
だとすれば、カミーユがやらなければならない事は一つだけ――

 

『カミーユ、急げ! エターナルの降下はもう始まっているぞ!』

 

 備え付けのモニターから、バルトフェルドの叱責が飛ぶ。彼等がタケミカヅチに乗っているのは、ロザミアが乗りたいと駄々を捏ねたからだ。それと引き換えに、カミーユもパイロットとして参加するという条件を言い渡されている。

 

「済みません、行きます」
「あ…お兄ちゃん――」

 

 モニターのバルトフェルドに一言返すと、カミーユは部屋を出た。それにロザミアが手を伸ばして止めようとするも、彼女の手は空を掴むだけだった。

 

 カミーユがパイロット・スーツに身を包んでMSデッキまでやってくると、バルトフェルドは既に出撃の準備を完了させていた。それに遅れまいと、急ぎガンダムMk-Ⅱのコックピットに飛び乗る。
 カミーユがリニア・シートに腰を埋めると、コンソール・パネルが自動で目の前に浮き上がってくる。それのモニターをタッチし、ガンダムMk-Ⅱを起動させると全天周モニターが機体の周囲を映し出した。それと同時に繋げられる通信画面。
先行して飛び出そうという黄土色のムラサメ搭乗のバルトフェルドだ。

 

『カミーユ、今回の戦闘は海洋上での戦いとなる。飛行能力を持たないMk-Ⅱは、ドダイに乗って戦ってもらうぞ』

 

 言われるまでも無く、ガンダムMk-Ⅱを用意されているドダイの上に乗せて立膝をつかせる。SFSでの戦闘なら、ジャブロー降下作戦から地球を転戦したときにたっぷりと経験済みだ。加えて、クワトロやアムロの戦いを目の前で見てきているのである。
その辺の一般機には負ける気がしなかった。

 
 

「了解です。…発進準備、整いました」
『よし、流石に手馴れたものだな? ――バルトフェルド機、出るぞ! 各部隊は遅れるなよ!』

 

 少し急ぎ気味でバルトフェルドのムラサメが飛び立っていく。確か、エターナルという戦艦の降下地点がずれて、こんな戦闘に突入したと聞いていた。それに乗っているラクス=クラインという女性が、それ程大事なのだろう。彼が焦るのも無理も無い話だ。

 

 ガンダムMk-Ⅱを乗せたドダイが、僅かに浮き上がってゆらゆら不安定に揺れて位置をキープしている。

 

「カミーユ、ガンダムMk-Ⅱ行きます!」

 

 そして一気にスロットル・レバーを押し込み、加速させた。

 
 

 連合軍艦船から飛び立つ一機のMA。前に2本のクローを出した、ヤドカリのようなフォルムに一つ目が瞬いた。灰色で纏められた機体色は試作機としての面影を色濃く残すが、それがゲーツ=キャパの乗るバウンド・ドックだ。
リニア・シートに腰を埋める彼は、全天モニターに囲まれ、正面を見据えた。

 

「2つ、感じる…一つはざらつく様な感覚で、もう一つは絡みつく様な懐かしい感覚――」

 

 高速機動形態のバウンド・ドックの加速力に、他のウインダムはついて行けない。辛うじて追いかけて来れているのは同じMAのザムザザーだけだ。チラチラと見回すと、再び視線を前に向けた。

 

「ロザミアめ……カミーユ=ビダンにのこのことついて行くから迷惑が掛かる」

 

 未だミノフスキー粒子をものに出来ていないオーブ軍は、丸見えだ。レーダーに視線を移すと、タケミカヅチから出撃した部隊は、正面から向かってきていた。バカ正直にがっぷり四つの取っ組み合いを挑んでくるのは、それだけ戦力に自信があるという事か。

 

「面白い。オーブ精鋭のタケミカヅチの力、見せてもらおうか?」

 

 ゲーツがスロットル・レバーを一番奥まで押し込むと、バウンド・ドックは更に加速した。

 

『お、おい! ゲーツ=キャパ! そんなに加速したら、我々がついて行けない!』
「そちらは3人乗りだからな。重量オーバーだ」
『冗談を言うな!』

 

 簡単に皮肉るように言うと、その速さにザムザザーも遂に置いていかれ、バウンド・ドックが単機で先行する形となってしまった。
 しかし、ゲーツには単機で先行しても何とかする自信がある。驚異的な加速力を誇るザムザザーであの程度なのだから、それよりも更に劣る水準のオーブ製MSに、バウンド・ドックはどうすることも出来ないだろう。

 

「待っていろ、ロザミア。お兄ちゃんが直ぐに迎えに行ってやる」

 

 ゲーツもロザミアに兄と思い込まされた人間の一人。近くまで寄って、彼女と共鳴すれば再び戻ってくるだろうと思っていた。
 バウンド・ドックの灰色の機体が、青空を切り裂くように飛行していた。

 

 その姿を正面から見たとき、バルトフェルドは大きな勘違いをした。

 

「新手のMAか!?」

 

 バウンド・ドックの灰色は、彼から見ればフェイズ・シフト装甲を起動させていない色にしか見えない。遂に連合はMAにもフェイズ・シフト装甲を採用したか、と考えていた。MAにしてはやや小さ目のフォルムも、連合製のMAの系統に酷似していると考えれば納得がいく。

 

「あのスピード――消費を恐れてエネルギーを抑えていると見えるな。…なら、組み付いてしまえば!」

 
 

 バウンド・ドックのスピードは、とてもではないがビームライフルで狙える範囲のものではない。それは、コーディネイターであるバルトフェルドですら困難な業だ。しかし、その分小回りは効かないはず。
ナチュラルの操れる範疇を超えた加速を見せるバウンド・ドックは、トップ・スピードで旋回させるようには設計されてないだろう。正面で待ち伏せして、一気に取り付いてビームサーベルを突き立ててやるつもりだった。

 

「……今だッ!」

 

 猛スピードで突進してくるバウンド・ドック。コーディネイターの中でも強い力を持つ彼でなければ、取り付くなんて芸当は思いつきもしなかっただろう。タイミングを完璧に合わせ、バルトフェルド専用ムラサメはマニピュレーターを伸ばした。しかし――

 

「なッ――何だと!?」

 

 猛スピードから急ブレーキを掛け、まるで滑るようにムラサメを迂回して再び加速するバウンド・ドック。ムラサメのマニピュレーターを全く触れさせないで回避し、目もくれずにタケミカヅチに直進を続けた。

 

「チィッ…寸分も接触できなかった! エクステンデッドというのが乗っているのか!」

 

 舌打ちし、MA形態に変形させて後を追うバルトフェルド。あのようなスピードで旋回運動をすれば、普通のナチュラルなら負荷Gで耐えられない。その動きを可能に出来るのは、連合軍が養成したと言われる強化人間“エクステンデッド”のみ。
 前方から新たにザムザザーがウインダムを引き連れて来ているが、バウンド・ドックを放置しておいてはタケミカヅチが危険だ。

 

「後続! 俺は今の新型MAを追走する! 敵の後続はお前たちに任せたぞ!」

 

 そう通信機に向かって怒鳴ると、バルトフェルドは更に加速を掛けた。

 

 一方、バルトフェルドを尻目にタケミカヅチに狙いを絞るゲーツ。ロザミアの波動が、より近くに感じられるようになってきた。

 

「先程のムラサメ…バウンド・ドックを捕まえようとしていたみたいだが、あんなもので接触が出来ると思っていたのか――」

 

 元バスク=オム指揮下の強化人間ゲーツ=キャパは、オーガスタ研の強化人間の中でも比較的安定した精神を持っていた。それは、ローレン=ナカモトの調整が上手かったからなのか、元々ニュータイプの素質があったからなのかは定かではない。
 そんな彼は、ロザミアと共鳴するように調整された。サイコ・ガンダムMk-Ⅱに乗る彼女を安定させる為だ。しかし、グリプス戦役末期、その彼女の死を以って彼の消息は以後不明となっている。
ロザミアと繋げられた意識が遮断され、バウンド・ドックのサイコミュ・システムが暴走を起こしたためだ。
 そのロザミアの息吹を、世界を超えて感じている。あの時のショックが後遺症として残ってしまっているからなのか、彼はロザミアを深く求める傾向を持っていた。

 

「バスク=オムの敵であったパプテマス=シロッコが用意したバウンド・ドックだが、サイコミュ・システムは上手く機能している……感じるぞ、ロザミアを!」

 

 バウンド・ドックは突き進む。ゲーツの目的は、ロザミア=バダム唯一人。他の火線には目もくれず、ひたすらにタケミカヅチを目指した。ロザミアの波動が、より近くなる。その時――

 

「ロザミアとの間に割って入るプレッシャーがある――カミーユ=ビダンか!」

 

 自分とロザミアの共鳴波動の間に割って入るような不愉快な感覚。ゲーツが注意を下方向に払うと、そこからメガ粒子砲が襲ってきた。高速で飛行するバウンド・ドックを捉えるその射撃は、間違いなくこちらの意図を読んだニュータイプのものだ。
 堪らずゲーツはバウンド・ドックをMSに変形させて迎撃体制をとる。モノアイ部分から内部に納められていた本体が飛び出し、身体を垂直に90度回転させる。モノアイ部分はそのままシールドとなり、MA形態のフォルムを決定付けていた部分はスカート・アーマーに変わった。
脚部は獣を思わせるような鉤爪(かぎづめ)状、右腕部は巨大なクローになっている。そして、頭部は狐の様な面影で、登頂からピンと耳のような2本のアンテナが突き出ていた。

 
 

「Mk-Ⅱか! シロッコのお陰で、まだΖは出来ていない様だな?」

 

 視線の先にはドダイに乗ったままビームライフルを構えるガンダムMk-Ⅱがゲーツを狙っていた。感じる不快感は、流石はエゥーゴのニュータイプといったところか。敵対心を煽られるのには十分な生意気さを感じた。

 

 そのガンダムMk-Ⅱの中、カミーユは迎えるバウンド・ドックを凝視し、歯噛みした。灰色のバウンド・ドックは、かつてもロザミアを連れ去った憎き相手。今回も同じ様に彼女を連れ出しに来たのなら、一切の容赦、妥協はしない。
余計な懸念を残さないよう、ここで殲滅するつもりで居た。

 

「お前だ! 毎度毎度ロザミィを苦しめて!」

 

 ターゲットはバウンド・ドックのみ。一機のウインダムがちょっかいを出してきたが、カミーユはビームライフルを向けると一撃で葬った。それに慌てたもう一機のウインダムが接近戦を仕掛けてくる。

 

「うるさいッ!」

 

 カミーユはガンダムMk-Ⅱをドダイから飛び上がらせ、ビームサーベルを引き抜いて水平に薙ぎ払い、ウインダムの左腕を切り飛ばす。
そして、続けざまに左のマニピュレーターに抜かせたビームサーベルをコックピットに突き刺すと、離脱してドダイの上に戻った。
 その一味違う動きに、ゲーツは目を見張る。

 

「天然のニュータイプは、あんな動きをするのか――しかし!」

 

 左腕のシールドから、拡散メガ粒子砲を放つ。目眩ましのような光のシャワーが、ガンダムMk-Ⅱを襲った。その一発一発は拡散されている分、普通のメガ粒子砲に威力は劣るが、C.E.世界のビーム水準に比べれば十分な貫通力を持っている。
 そんな中を、ガンダムMk-Ⅱはドダイに乗りながらもヒラリヒラリとかわして見せた。ガンダリウム合金の装甲とはいえ、当たれば致命傷という場面でカミーユは見事にガンダムMk-Ⅱを操って見せたのだ。

 

『こ、こいつ――』
「そこだッ!」

 

 反撃で放たれたガンダムMk-Ⅱのビームライフルの光が、バウンド・ドックを掠めた。続けて2発3発と火を噴くビームライフルは、ゲーツの予想以上に正確な狙いで襲い掛かってくる。
何とかシールドで防いだが、このままではMA形態に不可欠なシールドを破壊されてしまいかねない。バウンド・ドックを再びMA形態に変形させ、仕方なしにタケミカヅチから遠ざかるしかなかった。
 そして、それだけでは終わらせまいとガンダムMk-Ⅱは追撃を掛ける。このまま逃がしたのでは、懸念を残したままだ。ロザミアの怖がり方を見ていれば、この機会になるべく懸念を排除しておきたかった。

 

「この感覚――分かるぞ!」

 

 逃げるバウンド・ドックを追いかけるカミーユ。ビームライフルを構え、狙いを絞らせまいと不規則に機動するその動きにも焦りはなかった。トリガーを引き、伸びるビームライフルの光の筋がまたもバウンド・ドックを捉えた。
直撃こそ出来なかったものの、そのビームはバウンド・ドックのクローの爪を一本、吹き飛ばす。

 

「奴の次に動く向きが、見える!」

 

 カミーユのニュータイプとしての力が、未だに肥大を続けている。それは彼の“分かりあうための力”という解釈を超え、より実践的な能力となって感性を刺激する。ゲーツの行動が、考えている事が手に取るように感覚的に把握できるのだ。
 急に発揮したその力は、相手が人工的なものとはいえ、ニュータイプだからだろうか。パプテマス=シロッコの様な固いガードに覆われた感覚ならいざ知らず、ゲーツの様にその術を知らない者の心は、余りにも無防備に思えた。
それは、人工的にニュータイプへと調整された強化人間ゆえか。
 カミーユは、相手の心と通じ合うといった点については圧倒的な才能を見せる。死者とすら感応し合えるその驚異的な感性は、ある意味凶器となってゲーツの意識を捉えている。
だから、ゲーツがどんな動きをするのかも分かるし、何を目的にしているのかも分かってしまう。

 
 

「やっぱり、ロザミィを連れ出しに来たんじゃないか! このまま――」

 

 解放される感性が有利に働いている内に、一気呵成に勝負を決めてしまおうと思ったその時、急に背後からのアラームが鳴った。ハッとして振り向くと、そこにはザムザザーが急接近していた。

 

「何ッ!?」

 

 目の前のバウンド・ドックを追うことに夢中になりすぎていて、周囲に対する注意力が低下していた。加えて、カミーユは強化人間に引かれてしまう傾向があった。
それらの要因が重なり、ガンダムMk-Ⅱはザムザザーの2本のクロー・アームに抱きかかえられるようにして捕獲されてしまった。

 

「こ、このッ!」
『ふはは! 無駄だ、Mk-Ⅱ! このザムザザー、核融合炉搭載型に負けぬよう強化されているのだ! いくらMk-Ⅱであろうとも、これからは逃げられやせん!』

 

「よくやった! Mk-Ⅱはお前たちに任せたぞ! こちらは、ロザミアを取り返しに行く!」

 

 ガンダムMk-Ⅱがザムザザーに捕まった。それを見たゲーツは、これ幸いとばかりにバウンド・ドックを反転させて再びタケミカヅチへと進路をとる。

 

「ま、待てよ貴様! ――こいつ、離せ!」
『離せと言われて離す敵が何処に居る? Mk-Ⅱはこのまま押し潰させてもらう!』
「そんな事をさせるかよ!」

 

 しかし、流石にザムザザーの言うとおり、クロー・アームの力は思った以上に強い。捕獲されて手を拱いている間にも、ゲーツのバウンド・ドックはぐんぐんと距離を引き離しに掛かっていた。このままでは、ロザミアもタケミカヅチも危険だ。

 

『このままMk-Ⅱを引き千切ってやろう!』
「こいつ――!」

 

 コックピットの中にも、ぎしぎしとフレームの軋む音が聞こえてくる。必死に離脱しようともがくものの、ザムザザーのパワーはそれをさせない。これではロザミアを守るどころか自分の身さえ危ういかもしれない。
 そんな時、カミーユの感性に突き抜ける衝動を感じた。

 

「バルトフェルドさんが来る――?」

 

 戦場を駆け巡る人々の心の表情が、まるでカミーユに集約するように集まってくる。捉えた感覚は、バルトフェルドのものだった。

 

『ミノフスキー粒子というモノは、便利だな? お陰で、容易に接近できる!』

 

 ノイズで乱れた音声が聞こえた後、振動が襲った。途端にガンダムMk-Ⅱを捉えていたクロー・アームの握力が弱まり、するりと抜けるようにしてその呪縛から逃れられた。
反転してザムザザーの様子を確認すると、そこには背中にビームサーベルを突き立てるムラサメの姿があった。

 

「バルトフェルドさん!」
『ドダイはまだ海の上だ! お前は新型アーマーの後を追え!』
「了解です!」

 

 絡まるようにして落下していくザムザザーとバルトフェルドのムラサメ。海面に衝突しそうになった所で突き立てていたビームサーベルを引き抜き、ザムザザーから離脱する。
それを尻目に、カミーユはガンダムMk-Ⅱを再びドダイの上に着地させて飛び立っていった。

 

「さて、これでザムザザーが大人しくなってくれればいいんだが――」

 

 海面に溺れていったザムザザーは、大きな水しぶきを上げてそのままだ。しかし、バルトフェルドはまだ気配を感じていた。それは彼の軍人としての勘だ。

 
 

「やはり、そうもいかんか!」

 

 案の定、海面を盛り上げて飛び出してくるザムザザー。ムラサメのビームサーベルを突き立てただけで沈むようなやわな構造はしていない。ビーム砲を放ってくるそれに対して、バルトフェルドはムラサメをMA形態に変形させた。

 

 一方のゲーツはタケミカヅチを視界に捉える。ミノフスキー粒子の薄い海域に座するその空母は、レーダーを駆使するだけで簡単に発見できた。そして、それにロザミアが乗っていることを、ゲーツの感性がけたたましいほどに告げていた。

 

「間違いない。ロザミアは、あれに乗っている」

 

 周囲に張り付いていた護衛のムラサメやM1アストレイの攻撃など、強化人間として調整されたゲーツの前ではあくびが出るほど単純なものだ。タケミカヅチからも必死の砲撃が繰り返されるが、それをものともしない機動で回避を繰り返す。

 

「もう少しの辛抱だ。まずは、邪魔な奴から片付ける!」

 

 MA形態のバウンド・ドックはMSに変形し、手始めにM1アストレイを一撃で撃墜する。続けて3機編隊で向かってきたムラサメを、正面から拡散メガ粒子砲で一網打尽にした。更に背後から襲ってきたM1アストレイに振り向き、クローで頭部から捕まえて握りつぶす。

 

「なんとも呆気ない。手応えがあるのはカミーユ=ビダンただ一人か。…タケミカヅチ、噂ほどでもない」

 

 掴んでいるM1アストレイを放り投げ、ビームライフルで狙撃して撃破する。ゲーツは少し退屈そうに、尚も抵抗を続けるタケミカヅチを見た。

 

「チッ! ロザミアに意識を集中したいところだが、これでは――」

 

 編成されているMSは大したことがない。しかし、本体のタケミカヅチは味方の撃墜にも慌てずに効果的な砲撃を浴びせてくる。仕方なしにゲーツはバウンド・ドックをMAに変形させ、距離を開けてタケミカヅチを旋回してかく乱した。

 

「惑わされない――!?」

 

 ゲーツの予想以上にタケミカヅチは冷静だった。普通、バウンド・ドックが高速でかく乱を行えば、相手は焦るものだ。それも、はじめて見るMSが驚異的な機動力を見せれば、出会い頭の恐怖に混乱が生じるはずである。
しかし、タケミカヅチにはそれがない。きっと、余程優秀な指揮官が艦の統制を執っているのだろう。それにはゲーツも敵ながらに賞賛の言葉を送りたい気持ちになった。

 

「ロザミアを取り戻すまでは出来るだけ刺激は与えたくないが――」

 

 艦体にダメージを与えれば、何処に居るとも知れないロザミアに危害が及ぶ可能性がある。万が一彼女がバウンド・ドックの攻撃に巻き込まれるような事になれば、その時点でゲーツの思惑は失敗することになってしまう。

 

「この試作段階のサイコミュ・システムがどれだけの力を持っているか、それに賭けるしかないのか」

 

 地球連邦軍は、一年戦争後にジオン系の企業をところ構わずに吸収し続け、その際にニュータイプ研究の盛んだったフラナガン機関をも吸収した。その研究の成果を元に独自に開発したのが、オーガスタ研やムラサメ研の各ニュータイプ専用機だ。
勿論バウンド・ドックもオーガスタ研の試作機の一つで、強化人間用にサイコミュ・システムが搭載されていた。
 しかし、模倣品を更に模倣したC.E.のバウンド・ドックのサイコミュ・システムの性能がどれ程のものなのかは、未だに測りかねている。テストは幾度となく繰り返したが、実際には何処まで可能なのかは知らないままだった。

 

「一応の成果は出ているものの――ロザミア、聞こえるか、ロザミア!」

 

 追いかけてくるタケミカヅチの砲撃を掻い潜り、ゲーツはロザミアに交信を試みた。彼女がこちらの声をキャッチできれば、何処を狙えばいいのかがハッキリする。
 しかし、不愉快なノイズが入り混じり、ゲーツの集中力は削がれるばかりだ。これではロザミアに声を伝えられない。

 
 

「カミーユ=ビダンが近すぎるのか!? それなら、もっと近付くしかないじゃないか! ――やるしかない……!」

 

 ゲーツの苛立ちを更に高めようと、タケミカヅチは応戦する。ゲーツは遂に左腕を構え、拡散メガ粒子砲を放った。出力を最小限に抑えているとはいえ、タケミカヅチの装甲くらいは簡単に貫くことが出来る。運が悪ければ、ロザミアを巻き込んでしまうだろう。
 それでも、ゲーツはバウンド・ドックのサイコミュ・システムを信じて攻撃した。もし本当にシステムが機能しているのなら、ロザミアを避けてくれるはずだ。こうして時間を稼がれるのなら、何かしなければならなかった。

 

 タケミカヅチを襲う衝撃。バウンド・ドックの放った拡散メガ粒子砲が、装甲に突き刺さってダメージを負った。カミーユの部屋のロザミアにも、その衝撃が伝わってくる。辺りをキョロキョロと見回し、落ち着かない。

 

「お兄ちゃん…お兄ちゃん何処なの――?」

 

 不安から視線が泳ぎ、カミーユを求めてあたふたする。何となくだが、カミーユが戻ってきてくれているのが感覚として分かった。

 

「早く戻って――」

 

 その時、カミーユとは別の感覚が入り込んできた。それは、戦闘前から感じていた不安感だ。まるで自分の心に貼り付くほどの近さを感じた。

 

「お兄ちゃん……?」

 

 先程までの落ち着きのない動きを止め、ロザミアは背筋を伸ばしてやや上向きに視線を向けた。その先にあるのは部屋の角。しかし、彼女にはその先にある人間の姿が透けて見えるような気がした。
 何かを語りかけてくる人影。知っているようで知らない感覚は、以前輸送機でジブラルタル基地を目指していた時に襲ってきたアッシマーと同じだ。ただ、今感じている人間からは、同じ人種の匂いがした。

 

《――ザミア、ロザミア!》
「あたしを…呼んでいる? 誰なの……?」

 

 ゲーツの呼ぶ声。ロザミアは知っているはずなのに思い出せないその声の主に、吸い込まれるような瞳をしていた。

 

「これ…あたしはまた誰なのかを知っている筈なんだ……。でも…お兄ちゃん――?」

 

 こうして近くで感じてみると、最初に感じた様な不愉快感はなかった。寧ろ、暖かく自分を迎えに来てくれたような安心感を抱かざるを得ない。
 果たして、何が本当で何が真実なのか。ゲーツの干渉を受けて混乱する今のロザミアには、分からない。頭を抱えてしゃがみこむ事しか出来ない。

 

《ロザミア、お兄ちゃんの声が――か!? ――から出てくるんだ!》
「これ…お兄ちゃん? ――お兄ちゃんなんだ!」

 

 当惑するロザミアには、まともな思考ができる状態ではなくなって居しまっている。生気のない瞳に変わり、フラフラと部屋を退出しようと歩き出した。

 

「待ってて、お兄ちゃん。直ぐに行くから――」

 

 そして、ドアを開けようと開閉ボタンに手を伸ばしたときだった。

 

《行っちゃ駄目だ、ロザミィ!》
「お兄ちゃん!?」

 

 ハッとして出しかけた手を引っ込めた。強烈な思考の波動がロザミアを突き抜け、それは彼女に正気を戻させるのには十分だった。カミーユの強い波動が、サイコミュ・システムに乗ったゲーツの思念波を上回る。

 

 ゲーツのバウンド・ドックは、タケミカヅチの甲板の上に降り立ち、ビームライフルを艦橋に突きつけてロザミアに呼びかけを行っていた。より近くに寄る事で、少しでも彼女に声を届ける為だ。
 その試みが、あと少しで成就するというところで、カミーユが追いついてきた。彼の強烈なプレッシャーが、ゲーツの波動を一蹴する。

 
 

「おのれ! あと少しだったところを――!」

 

 ゲーツが振り向くと、ビームサーベルを構えて飛び掛ってくるガンダムMk-Ⅱを確認した。仕方なしにバウンド・ドックを飛び上がらせ、タケミカヅチに一撃を加えると即座にMAに変形して距離を開いた。
 カミーユはそれを目で追うと、一旦ガンダムMk-Ⅱをタケミカヅチの甲板の上に着地させ、バルカンで追い討ちを掛けた後に再び飛び上がってドダイに乗り移った。

 

「間に合ったのか――? …あいつめ!」

 

 ビームライフルを構え、逃げるバウンド・ドックを狙撃する。

 

「性懲りもなくロザミィを惑わせて! そんなに彼女を苦しめたいのか!」

 

 バウンド・ドックが反転して拡散メガ粒子砲を放ってくる。カミーユはシールドを構えさせ、それを受け流すとドダイから飛び上がってバウンド・ドックへと襲い掛かる。ビームライフルで牽制すると、MSに変形したバウンド・ドックに回し蹴りを叩き込んだ。
続けざまに蹴りを突き入れると、追い払うようにバルカンを一斉射する。

 

「同じ強化人間なら、何で彼女の苦しみを分かって上げられないんだ!」

 

 バウンド・ドックはビームサーベルを引き抜き、ガンダムMk-Ⅱに向かってきた。カミーユもビームサーベルを引き抜かせ、応戦する。

 

『カミーユ=ビダン! ロザミアは俺と同じオーガスタ研のニュータイプだぞ! 貴様の様な悪害が居るからロザミアも不安定になる! 彼女はこちら側に居るべき人間だ!』
「ロザミィを苦しめるゲーツ=キャパだろ! 何故敵になった!? 彼女が心配なら、お前が連合側に与する理由はないはずだ!」
『こいつ、俺の名前を――そうか、ロザミアの心を読んだな?』

 

 バウンド・ドックのクローに突き飛ばされ、カミーユはガンダムMk-Ⅱをドダイの上に戻した。尚も直線的に襲ってくるバウンド・ドックに、シールド・ランチャーで迎え撃つ。

 

『お前の様な強力なニュータイプは、ロザミアの負担になるだけだ! 近くに置いておく訳にはいかない!』
「オーガスタ研のニュータイプなら、何で一緒に居てやろうとしない! ここではティターンズの様なしがらみがないことくらい、分かっているだろ!」
『そんなものに縛られた覚えはない! ブルー・コスモスに拾われておいて、今更――!』
「ブルー・コスモス――やっぱり!」

 

 グレネード弾がバウンド・ドックに直進する。それを拡散メガ粒子砲で焼き払い、ビームライフルを撃つ。

 

「エクステンデッドの事を知っているだろう! ブルー・コスモスは、強化人間を人間として扱っちゃ居ない! ロザミィを大切に思うゲーツ=キャパがそんな所に居る理由なんてないんだ!」
『こちらの事情も考えずに説教を垂れてくれるのか!? この世界で生きていく術を与えられなかった俺がこうしてブルー・コスモスに拾われて、それで恩義を感じて何が悪い!』
「恩義? 運命だとでもいうのか――?」
『ロザミアは俺の妹だ! カミーユ=ビダンの操り人形なんかではない!』

 

 果たして、どちらの言い分が正しいのか。2人とも、この世界に辿り着いた経緯が違う。それは立場の違いに発展し、遂には争いあう間柄になってしまっている。それは、ロザミアを同じ守るべき対象として認識しているがゆえに対立の溝を深めてしまう。
ただ、どちらも同じ思いなだけに引くことが許されなかった。
 ブルー・コスモスに食べる場を与えてもらったゲーツには、今更彼等を裏切ることなど出来ない。恩義を忘れて生きて行く事は、理性のない動物が取る行動と同じだからだ。強化人間であっても、人を辞めたわけではない。

 
 

 カミーユの言葉に触発され、バウンド・ドックはガンダムMk-Ⅱに掴みかかった。組み付かれたガンダムMk-Ⅱは何とかビームライフルを取り回して引き剥がそうとするが、ドダイのバランスが著しく崩れ、2機とも海面に向かって墜落していった。
 コントロール・レバーを動かし、必死にもがこうとするカミーユ。バウンド・ドックがクローでガンダムMk-Ⅱの左腕を引き千切り、離脱していく。

 

「クッ――!」
『仕留める! カミーユ=ビダン!』

 

 ドダイから離れ、海面に向かうガンダムMk-Ⅱは無防備状態。そこをゲーツが見逃すはずがなかった。バウンド・ドックはビームライフルを構え、ガンダムMk-Ⅱに照準を合わせている。

 

 その時、彼方の海洋上で爆発が起きた。ハッとしてゲーツが気を取られると、そこから大きな黒煙が昇っていた。慌ててコンピューターで座標位置を弾き出すと、そこはゲーツの母艦が配置されている場所。
カメラを最大望遠で上空に向けてみると、そこからピンクの派手な戦艦が降下してきていた。

 

「ソラからの敵増援!? まさか、タケミカヅチは――」

 

 自分達は嵌められたのか。ゲーツの母艦は所謂巡洋艦で、オーブの監視が目的だった。ユウナとジブリールの秘密協定で手を出せない状態の大西洋連邦軍であったが、それでオーブから目を離すほど間抜けではない。
何を画策しているか分からないオーブは、彼等の重大懸念の一つだったのだ。
 その任務遂行の為、ミノフスキー粒子で隠れていたつもりだったが、そこへタケミカヅチが偶然にも近付いてきてしまったのだ。対ザフトで余裕の少ない状況で、ゲーツの部隊は戦力が乏しかった。
然れどもバウンド・ドックとザムザザーを擁していれば、タケミカヅチは何とかできると思っていたのだ。
 そこへソラからのエターナル降下である。2方向から挟まれれば、巡洋艦であるゲーツの母艦は致命的だ。

 

「撤退信号が上がらない? ――チィッ、通信も出来ない! ミノフスキー粒子の撒き過ぎだ!」

 

 あらゆる手段を講じてみたが、母艦との連絡は取れない。ゲーツは仕方なしにガンダムMk-Ⅱを捨て置き、撤退していった。母艦が危険である以上、ほんの少しの時間すら惜しい。

 

 ガンダムMk-Ⅱは海面に浮かぶドダイに這い上がり、バウンド・ドックの後ろ姿を見送っていた。ゲーツとこうして敵同士になってしまった事は、正直不幸だ。強化人間の彼はティターンズのようなしがらみに囚われず、純粋にロザミアを心配しに来ていたのに。
そんな彼と、これからも戦っていかなければならないのだろうか。

 

「分かり合えるだけの条件は揃っているはずなのに……」

 

 障害はハッキリしている。ブルー・コスモスがカミーユの戦わなければいけない敵ならば、それを排除すればゲーツも分かってくれるだろうか。

 

「あれがエターナル……」

 

 そして、カミーユはタケミカヅチに向かってくるエターナルを見た。そこに感じるのは、透明感のある女性のイメージ。柔和で、しかし毅然とした感覚を受ける。

 

「どうなるんだ、これから……?」

 

 噂のラクス=クライン。彼女がエターナルに乗って地球に降りてくる事は、バルトフェルドから聞いていた。余程の実力者であるらしいが、そんな人間がオーブに降りてきて何をするつもりなのだろうか。そこに、誰かの思惑を感じずにはいられなかった。

 

 カミーユの感性は、強化人間ゲーツとの接触、そして、彼と共鳴するロザミアの影響で拡大しつつあった。人の意志を感じすぎる彼のニュータイプとしての力は、何処まで解放されるのか。

 

《人の意志は絡み合い、そして世界を創っていくわ。人類の革新は、そこから始まるのよ》
「フォウ……」

 

 ふと、誰かの声が聞こえた気がした。