ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第38話

Last-modified: 2008-03-13 (木) 14:28:42

『オーブにさよなら告げて』

 
 

 雲の流れが速くなる。降り続けていた雨は止み、雲の切れ間から差し込んでいた光の柱は、徐々に束となってやがて大きな斜陽の光となった。夕暮れ近付くオーブ、その光は、果たして恵みの光となるのか。
アークエンジェルの来賓室で外の様子を見つめるユウナの目には、あたかも終末の光景に見えていた。

 

 神々しい光は、戦いを続けるMSを美しく照らす。幾何学的な線で構成された人型のロボットは、その宗教的な光の中で、人工的らしからぬ姿を輝かせていた。しかし、その成すことは、救世の類のものとはまるで逆、世界を破滅へと導く行為だ。

 

「何で僕がしんがりのアークエンジェルなんだ?」

 

 一人であることをいい事に、ユウナは歯に衣着せぬ独り言を呟く。父親のウナトが居れば、そんな甘言を漏らす彼を叱っただろう。しかし、その場に居るのは彼一人。モニター越しにでしか戦闘の様子を知りえないユウナは、カガリの所在さえ知らない。
何もかもが分からず、現在の状況がはっきりしない。モニターで外の様子を見ることは出来ても、鋼鉄の部屋に閉じ込められていれば、目隠しをされているようなものだ。本質的に臆病者の彼は、内心では不安で仕方ない。
不安で軋む歯、何かを警戒するように細かく動く眼球。居ても立っても居られなくなり、ロイヤル・ファミリーの御曹司は、らしからぬ貧乏揺すりが先程から止まらない。それは、臆病者の彼の気質なのか、それともいつも傍に居てくれた父親が居ないからだろうか。
どちらにしろ、ユウナには確固たる恐怖の確信があった。
 妙な胸騒ぎがする。このまま、何事もなく無事に宇宙に上がる事ができればいいのだが――ユウナは祈るように机の上に肘を付き、両手を硬く結んだ。

 

 アークエンジェルの側壁。追い縋るパラス・アテネを引き摺り、キラは先行していったバイアランを追いかける。バイアランは片腕を切り飛ばしてやったとはいえ、まだもう片方にメガ粒子砲が残っている。
ラミネート装甲をも無視するその威力に貫かれれば、如何にアークエンジェルとて無事ではすまない。
 後方から迫ってくるパラス・アテネは、囮。ストライク・フリーダムを執拗に追いかけ、意識をそちらに向けさせようとしているのだろう。そんな手には乗るものか、とキラは高速機動モードのストライク・フリーダムを更に加速させた。

 

「ドダイのスピードでも追いつけない! 全く、コーディネイターの肉体って奴は――」

 

 C.E.世界のMSのコックピットは、ライラから見ても明らかに旧式然としていた。U.C.世界のMSの様にリニア・シートや全天モニターの最新式ではなく、昔の戦車の様にモニターが左右正面にあって、狭い中でMSをコントロールする。
勿論、スローター・ダガーに乗っていたライラには周知の事実で、シートの座り心地もそれほど優れているといったわけではなかった。当然、MSが機動するに当たってパイロットに掛かる負荷の軽減もそれなりで、対ショック装備も彼女にしてみれば時代遅れだ。
 しかし、ストライク・フリーダムの機動力は、そのライラの目から見ても常軌を逸している。明らかに普通の人間には負荷が大きすぎるもので、それを操る人間は5分と持たずに意識を失くしてしまうだろうと思えるほどだ。
キラが特別とはいえ、その肉体の頑丈さに辟易したくなるのはライラでなくともそのはずだった。
 マス・ドライバー周辺のミノフスキー粒子濃度が、徐々に薄くなってきている。ライラはコンソール・パネルのスイッチを軽やかに押し、バイアランに通信を繋げた。

 

「聞こえているな、カクリコン中尉。フリーダムは、どうやらそちらを狙っている。アークエンジェルへの攻撃は、こちらに任せてもらう」
『――解した』

 

 流石に鮮明にとはいかないが、十分聞き取れる程度には通信が繋がる。カクリコンからの返答に一つ頷くと、周囲の機影を確認して続けた。

 

「しかし、フリーダムは機体もパイロットも伊達ではない。あまり無理はするんじゃないよ」
『俺だってティターンズのエリートなんだ。大尉が任務を遂行するまでの間は、囮を演じて見せるさ。こちらの心配はしてくれなくていい』

 

 簡単に言葉を交わすと、カクリコンはアークエンジェルの砲撃の中、艦をなぞるように機動し、ストライク・フリーダムから逃げていった。案の定、それを追いかけるキラ。ライラはそれを確認し、キラに気付かれないように徐々にスピードを落としていった。

 

「あんたは何時までも鬼をやってな」

 
 

 パラス・アテネが離れた事に気付くのは、何時になるだろうか。その時は、きっとストライク・フリーダムは後悔する事になるだろう。ライラは間抜けにもバイアランを追いかけていったキラの事を鼻で笑うと、2連ビーム・キャノンでアークエンジェルを攻撃した。
アークエンジェルの側壁に爆発が起こり、ドダイを華麗に操ってパラス・アテネは機動する。

 

「もう、2、3発同じところに当てられれば――」

 

 アークエンジェルに振り返り、2連ビーム・キャノンを構えた時だった。側面からの警告音が鳴り響き、リニア・シートのちょうどライラの頭の上に2つ並んでいる右のランプが光った。ハッとして顔を振り向けると、そこからワイヤーが伸びてくる。
咄嗟にパラス・アテネの右腕を振り上げ、構えたが、ワイヤーに絡め取られた2連ビーム・キャノンは取り上げられ、引き千切られてしまった。更に襲い掛かってくるビーム・マシンガン。ドダイを機動させ、回避して火線の方向を睨みつける。

 

「…空を飛ぶMS-07なんて、気味が悪いね」

 

 視線の先には、旧ジオン軍が使用していた地上戦用MS――にそっくりな、MSが佇んでいた。オレンジ色に塗装されたグフ・イグナイテッドは、不敵にスレイヤー・ウィップを引き戻すと、ソードを引き抜いて挑発するようにパラス・アテネに差し向ける。
その行為に、ライラは眉間に皺を寄せた。

 

『おうおう、好き勝手やってくれちゃって――これ以上は、このザフト特務隊フェイス・ハイネ=ヴェステンフルスが許しちゃ居ないぜ?』

 

 ミノフスキー粒子が通信可能な濃度まで下がってきているのをいい事に、そのグフ・イグナイテッドのパイロットは全周波通信で名乗りを上げてきた。調子に乗っているのか――
士官学校の教科書に載っているグフの代表的パイロット・青い巨星のランバ=ラルの人となりを思い返せば、余りにもイメージが違う。挑発行為にしか聞こえないその陽気な声に、ライラは苛立ちを募らせた。
 しかし、ライラとて数多居る連邦軍のパイロットの中でもその人在りと称されるほどのエース・パイロットだったのだ。ハイネの調子に合わせるように、彼女も全周波に通信回線を開いた。

 

「自己紹介とは、随分と舐めた真似をしてくれるじゃないか? けど――」

 

 余裕を見せるグフ・イグナイテッドに対し、不意を突くように唐突にシールドを構える。内蔵されていた小型のミサイルが、無数の弾幕となってグフ・イグナイテッドに襲い掛かった。

 

「おおっと!」

 

 ハイネも、余裕を見せていた割には、素早く回避してミサイルをやり過ごした。彼の言葉遣いは性分で、本当の彼は何処までも抜け目無い、慎重な性格だ。
 グフ・イグナイテッドは回避したその動きのままスレイヤー・ウィップを伸ばした。触れれば、MSの胴体をも容易く薙ぎ切るそれは、如何にパラス・アテネと言えども危険な武器。ライラはそれをビームサーベルで振り払った。
その一瞬を突いて、グフ・イグナイテッドがヒートソードを構えて突っ込んでくる。パラス・アテネはシールドで殴り飛ばすように腕を押し込み、防いだ。

 

「それなりに、自信はあるようだが?」

 

 艶のある唇の端を吊り上げ、ライラは不敵に笑みを零す。

 

『その声――お前、女か?』

 

 意外そうに返ってきたハイネの声に、ライラは面白く無さそうに口元を引き締めなおした。女性だからといって、驚いているのだろうか。もしそうなら、それは自分に対する侮辱だ。女性が戦場に居るのが気に食わない、時代遅れの男の思考をしているのなら、尚更負けられない。

 

「あんたは情けない男のようだけどね?」
『そうさ、男と女だ。俺とお前は。――よぉ、だからさ、こんな事止めて、俺とデートしないか?』
「何を言っている?」

 

 パワーだけならストライク・フリーダムとすら渡り合えるパラス・アテネは、グフ・イグナイテッドのそれの比ではない。強引に押し付けたシールドを薙ぐと、グフ・イグナイテッドのヒートソードを弾き飛ばした。
 慌てて後退するハイネ。ショートする右腕を引っ込める代わりに突き出した左腕から四連重突撃銃を撒き散らし、追撃できないように間合いを取った。

 

「戦場でナンパかい? けどね、残念ながらあたしはあんたみたいな軟弱者が嫌いなのさ!」

 

 スレイヤー・ウィップを切られ、ヒートソードまで失くしたグフ・イグナイテッドに、最早格闘武器は残されていない。パラス・アテネはビームサーベルを引き抜くと、ドダイに乗ったままロール回転してグフ・イグナイテッドに肉薄した。

 

『そうじゃない! コーディネイターがナチュラルと恋愛したっていいじゃないか? そういうお互いの偏見が、俺は気に食わないって言ってんだ! だから――』
「――だからと言って、馴れ合いをする気は無い!」

 

 ドダイから飛び上がるパラス・アテネ。そして、ビームサーベルに対し、シールドを構えるハイネ。しかし、グフ・イグナイテッドのシールドの耐久力が、パラス・アテネのビームサーベルに対して意味を成すことは無い。
叩きつけられたビームサーベルが、一瞬のうちにシールドを切り裂き、グフ・イグナイテッドの腕を切り飛ばした。ビームサーベルの光の粒子と、溶断されたグフ・イグナイテッドの装甲の破片がきらきらと舞う。

 

『待てよ!』
「待たないね!」

 

 そのまま勢い良く組み付いたパラス・アテネは、圧し掛かるようにグフ・イグナイテッドを押し込んでいった。ハイネの背後に迫る地面。このまま叩きつけられれば、衝撃でかなりの痛手を負うことになってしまう。

 

『何でだよ! お前も、コーディネイターは化け物としか見ていないのか!』
「化け物? ――ハッ! もし、あんたらコーディネイターが本当に化け物だったら、今こうしてあんたに止めを刺す事なんて出来なかっただろうね。所詮、遺伝子を弄ったところで人は人。それだけさ!

 

 問いかけた言葉に返ってきたライラの言葉に、ハイネはハッとした。その言葉の意図は別にして、彼女はコーディネイターを同じ人として認めてくれている。
 ハイネの心の中には、アークエンジェルに乗っていた大西洋連邦軍の艦長の言葉がずっとしこりとして残っていた。ブルー・コスモスの言葉に踊らされ、ナチュラルの先見から来るコーディネイターへの偏見から、話し合いすらまともに出来なかった。
コーディネイターに対する憎悪の積み重ねが、ナチュラルを凝り固めてしまった結果だろう。残念ながら、それは同様にコーディネイターにも言える事だ。その憎しみの輪廻が解消される日が、果たして本当に来るのだろうかとハイネは疑っていた。
 しかし、デュランダルの世界放送は、そんなハイネの疑いを多少なりともプラスの方向へと向けてくれた。ナチュラルは相変わらずとしても、コーディネイターのトップはあくまでもナチュラルとの共存を望んでいてくれたのだ。
それは、ハイネにとっては明らかな希望の光となった。力漲るその声を聞き、デュランダルを信じていけばいいと思いこませてくれたのだ。
 そして、ハイネはデュランダルの言葉を信じるままに、ナチュラルの中からもその希望を見出そうとした。このライラは、正にハイネの希望だ。彼女のようなナチュラルが居ると知ってしまえば、こんな所でやられている場合ではない。
自らの希望の結末を知らずして、ここで終わってはただの夢見損。夢は叶えて初めて意味が生まれる。ハイネは少年のように瞳を輝かせ、コントロール・レバーを硬く握り直した。

 

「だったら、尚更お前を口説き落としたいな! その声は、絶対に美人に決まっているぜ!」
『減らず口を――』
「聞くぜ? お前は、どうして俺と戦わなきゃならん? 男と女なら、絡み合うのはベッドの上が一番良いに決まってるだろ」
『あたしが兵士で、あんたが敵だからだろうが!』
「そうかい!」

 

 押し込まれるグフ・イグナイテッド。しかし、空中での機動力ならパラス・アテネよりも数段上だ。ハイネはパラス・アテネの下に潜り込む様にグフ・イグナイテッドを動かすと、そのまま体を入れ替えてパラス・アテネを地面に叩き付けた。

 

「ぐぁ――ッ!」
『そういう一本気で真面目なところ、崩してみたいもんだぜ!』

 

 叩きつけられた衝撃で、リニア・シートがショックを吸収しようと大きく前後左右に揺れる。パイロット・スーツのアタッチメントでシートに体が固定されているものの、目まぐるしく揺れる景色にライラは苦悶の声を上げた。
そんなライラを茶化すように、ハイネは一言投げ捨てると再び空中へと伸び上がる。

 

「おちょくりやがって!」

 

 リニア・シートがショックを吸収し終えると、即座にライラは上空を仰いだ。主を失ったドダイが、滑空するように宙を漂っている。ライラはブースト・ペダルを踏み込み、パラス・アテネを上昇させた。
 対するグフ・イグナイテッドの装備は、片腕の四連突撃銃だけ。何とかしてパラス・アテネを追い払いたいが、後退すればアークエンジェルが危険に晒される事になる。それだけは、絶対に避けなければならないことだった。
 アークエンジェルの砲塔は、のらりくらりとストライク・フリーダムを引き付けているバイアランを狙っているのだろうか。敵が居る割には弾幕の数が少ない。

 
 

 ガンダムMk-Ⅱとドダイに乗り、襲い来るウインダムをビームライフルで撃ち落す。腹部のコックピット付近に直撃したビームがウインダムの動力部に引火し、上半身と下半身を分断するように爆発が起こると、やがてMS全体を包む高熱の白球へと変わった。
 ハイネとライラの戦いを、カミーユは確認した。ドダイの上に飛び乗ったパラス・アテネが、両肩部の砲門から、拡散メガ粒子砲を放つ。グフ・イグナイテッドは、大きく機体を下降させてビームの雨を避けたが、よくもあのMSで戦えているものだと感心した。
 ハイネのグフ・イグナイテッドはカスタム機とはいえ、パラス・アテネとは決定的に性能が違う。動力の違い云々よりも、MS技術の歴史が、カミーユ達の方が圧倒的に長いのだ。それは、モルゲンレーテでΖガンダムの製作に携わっていたカミーユだから分かる。

 

 今カミーユが乗っているΖガンダムは、所謂ムラサメをベースにしたコピー機であるが、殆どの箇所の改修や補強が必要だったり、加えてカミーユ自身が本格的な技術畑の人間で無かったこともあり、不完全な機体として成り立っていた。
何しろ、彼等はマグネット・コーティング技術の事すら知らなかったのだ。MSの関節をマグネットで補強し、磁力で負荷を軽減、かつ反応速度を高めるものだが、最新鋭のストライク・フリーダムは、何とフェイズ・シフト装甲で駆動系の補強を試みようとしていたのだ。
確かに、それならば耐久力は上がるだろう。しかし、余剰エネルギーの排出で駆動部分が金色に発光する事から、必要以上に目立ってしまう。特にストライク・フリーダムの様な砲撃戦を主目的に置いたMSならば、出来るだけ地味な色合いの方が好ましい。
しかし、そこはキラ専用機としての意図が込められているのかもしれない。彼の神がかり的なパイロット・センスを発揮させ、囮にもなれるように配慮されているのようにも見える。そうでなければ、高速機動モードなど存在しなかっただろう。
ただ、超高性能汎用MSを実現させる反面で、機体重量の極端な増加が問題視されていた。核融合炉を搭載したとはいえ、機体の機動には多大なるエネルギーを消費する。フェイズ・シフト装甲の非採用や極限まで削り込まれた装甲は、そういった面からの影響もあった。
当たらなければどうという事はない、とは良く言ったものだが、キラのパイロットとしての潜在能力の高さを鑑みれば、それは現時点で考えられる最も現実的な結果だったのかもしれない。

 

 そういう迷走振りを見ているから、C.E.世界のMSが如何に発展途上なのかを知っているカミーユは、それに比べてある程度成熟している自分の世界のMSと渡り合えているハイネの力というものに、純粋に尊敬の念を示していた。
 しかし、そんな事は考えている場合ではない。アークエンジェルの発進準備は整っていて、後はカミーユ達が乗り込むのを待っている状態なのだ。
纏わりつく余計な敵MSを排除し、とっとと宇宙に上がらなければ援護にやって来たザフトにも迷惑が掛かるし、ハイネも離脱し損ねる。

 

「ロザミィはこのままアークエンジェルに戻るんだ」
『お兄ちゃんは?』
「俺は敵を倒してから行く」
『あたしも一緒に戦うわ』
「駄目だ。Mk-Ⅱの損傷具合じゃ、無理だ。いいな、お兄ちゃんの言う事を聞いてくれ」

 

 ロザミアに告げると、返事も待たずにカミーユはΖガンダムをドダイから飛び上がらせた。そして、ウェイブライダーに変形させるが、やはり以前使っていたものよりも変形に掛かるタイム・ラグが長く感じる。
機体構造自体はほぼ完成されているはずだが、各所のバランスが著しく悪いのだ。一言で言ってしまえば調整不足。ピーキーな特性をもつΖガンダムにマイルドで扱いやすいムラサメの操縦性を合わせようとしたのが、そもそもの間違いなのだ。
エリカがカミーユへの負担を配慮して扱いやすいように調整してくれたのはありがたいことだが、それが裏目に出たとは何とも皮肉な結果である。しかし、それでも何とかブランやゲーツと互角に戦って見せられたのは、偶然にも入手できたバイオ・センサーのお陰だった。
アークエンジェルがデストロイの残骸から回収してきたそれが、今のカミーユを救う、大きな助け舟になっているのは疑いようの無い事実だった。
 バイオ・センサーは、所謂ニュータイプ的な波動を発する人間が行う機体制御の補助デバイスとしての機能を有している。
つまり、機体とパイロットのシンクロを高次元で行うという事なのだが、そこに先鋭化されつくしたカミーユのニュータイプ的な勘が加わる事で、不完全なΖガンダムは想定スペック以上の性能を発揮できていた。
機体のマクロの実行速度の遅さも、カミーユの勘がほんの少し早く機体に伝わるだけでいい。それだけで、Ζガンダムは並居る強豪機と互角に戦えるのだ。

 

「この女性的な中に刃を秘めた感覚……ライラ=ミラ=ライラ!」

 

 ビームサーベルを片手に、グフ・イグナイテッドに襲い掛かろうとするパラス・アテネに向かって、カミーユはビーム・ガンを連射して牽制を放った。それに気付いたパラス・アテネは、振り向いてシールド・ミサイルを発射する。
しかし、そのミサイルも、Ζガンダムはヒョイと機体を傾けさせて回避した。パラス・アテネがシールドをΖガンダムに構えた瞬間、既にカミーユは回避運動を始めていたのだ。

 

「ハイネさんは後退して下さい! カーペンタリアからの回収部隊も待ちぼうけを食っています!」
『アークエンジェルの打上がまだ出来てないだろうが!』
「僕とキラで持たせます! 早く!」
『チッ!』

 

 カミーユがハイネに後退を指示すると、面白くないといった舌打ちをしてグフ・イグナイテッドは後退していった。寧ろ、カミーユにとっては傷だらけのグフ・イグナイテッドを捌けさせたのは足手纏いを追いやるという意味があったのかもしれない。
ハイネは、カミーユのそういった思惑が何となく分かったから不貞腐れていたのだろう。しかし、グフ・イグナイテッドがまともに戦える状態でない事も事実なので、大人しく従った。

 

「ウェイブライダー? あたしは、今何処に向かって攻撃をしたんだ?」

 

 ライラは、幻覚を見たような錯覚を抱いていた。それもそのはず。ライラが狙った先にΖガンダムは存在せず、ミサイルは明後日の方向に無駄に突き進んで行ったのだ。
 ライラの肌が、MSの装甲越しにカミーユの存在を警告する。パイロット・スーツの下の地肌が、震えるほどに鳥肌になってしまっていた。サイド1での戦闘――命を落とすことになったあの時に感じた感覚に似ている。

 

「コイツ――あの時のニュータイプ!」

 

 至近距離からのビームサーベルの斬撃を、凄まじい反応速度でガンダムMk-Ⅱを仰け反らせてかわし、反撃のビームでコックピットを貫いてきた。名は、カミーユ=ビダン。少し前まではグリーン・ノアでハイスクールに通っていた少年だった。
その少年にMS戦で圧倒され、反骨心を抱いたライラを焦らせた。そして、最後はその反骨心が自らをオールドタイプたらしめている証と悟って散って行ったのだ。

 

『ライラ大尉なら、こんな戦いを止めてください! あなたほどの人なら、ブルー・コスモスが30バンチ事件を引き起こしたティターンズと同じだと分かるはずだ!』
「この声、間違いない――サイド1でエマ中尉と一緒に居たカミーユとかいう少年!」

 

 通信回線から、少年の声が聞こえてきた。ライラの耳に残るその声の感じは、ガンダムMk-Ⅱを奪い、エゥーゴに投降した少年と同じもの。

 

『こんな力押しでオーブを制圧するやり方は、毒ガスを使ってスペース・ノイドを迫害したティターンズのする事と同じじゃないですか! そんな地球の重力に魂を縛られた人の言う事なんて――』

 

 カミーユ達の世界で俗に言う“30バンチ事件”――サイド1の30バンチで起こった連邦政府に対する抗議デモを鎮圧する為に、ジオンの残党狩りを名目としたティターンズが引き起こした大虐殺事件である。
30万人もの死者を出したその事件も、しかし、その実態は連邦内に於いても秘匿とされてきた。当時ティターンズの実権を握っていたジャミトフ=ハイマンが、事実が明るみに出るのを嫌ったためである。
それゆえ、ライラ自身も30バンチは単なる事故の起こった廃棄コロニーとしか認識しておらず、“30バンチ事件”もエゥーゴが流布したプロパガンダの為の虚言の類のものでしかないと思っていた。
 しかし、彼女が目の当たりにした30バンチは、正に死屍累々の惨劇の場で、まるでコロニー一機が巨大な墓場の様な状態であった。G3(毒ガス)で死に、放置されたミイラたちが日常生活を切り取ったように転がっているその様に、流石の彼女も動揺した。
ティターンズの実態を知り、ライラ自身はティターンズではなかったものの、同じ連邦軍としてそこに疑問を抱かざるを得なかったのは事実だった。
 しかし、だからと言って、この場で作戦行動を止める訳にはいかない。同じ地球であっても、ライラは誰とも知れない人々の間で生きていかなければならない身だ。カミーユの青い情に流されて、敵に情けを掛ける心情は持ち合わせていない。

 

「賢しい子供は、世界を股に掛けてお説教か? 戦場で白々しいと思え!」
『ライラ大尉!』
「オーブの制圧は、連合軍の結束力と力の誇示に必要な行為だ。デュランダルの演説で捻じ曲がった地球の世論を修正する為に、民衆に示しておく必要がある!」

 

 変形を解いてビームライフルを連射するΖガンダムの攻撃を、パラス・アテネはドダイを高速で機動させてかわす。
 その交戦を、ストライク・フリーダムを引っ張って丁度アークエンジェルを1周してきたバイアランのカクリコンが見ていた。

 

「ええい! 黒いガンダムがこちらにやって来たという事は、ジェリドもブラン少佐もやられたという事か!?」

 

 カクリコンは後方のストライク・フリーダムに牽制を放ち、チラリとアークエンジェルを見た。MSを受け入れるために開かれたカタパルト・ハッチに、ガンダムMk-Ⅱが入っていくのが見える。

 

「強化人間のゲーツが張り切っていた割には、失敗に終わったようだが――オーブの制圧も9割方は完了している。とすれば、残るはアークエンジェルか」

 

 ファントム・ペイン的には劣勢に立たされているものの、戦いの趨勢は連合軍の勝利でほぼ決まってしまっている。カーペンタリア基地からのザフト増援に背後から急襲を受けた艦隊の一部が壊滅状態と聞いたが、カクリコンは冷静に状況を整理し、ライラに通信を繋げた。

 

「大尉、マス・ドライバーの周辺が混戦模様だ。このままではどっちに転がるか分からん!」
『分かっているよ。アークエンジェルは、ガンダムの収容を待っている様に見える。このままあたし達でガンダムの足を止め、味方の増援を待ってアークエンジェルを沈めたいところだが、出来るか?』
「敵の数は多くないんだ。やってやれない事は無い!」
『ようし――!』

 

 カクリコンはストライク・フリーダムに向き直り、腕部のメガ粒子砲を連射した。急に反転し、交戦の意志を見せたバイアランに驚き、キラは一瞬だけ動揺し、反撃のトリガーを引く指を躊躇った。
しかし、直ぐに気を取り直すと、冷静にバイアランの狙いを見極め、ビーム攻撃をビームシールドで防御しつつ機体を上昇させて回避行動に移る。

 

「やる気になった? …アークエンジェルも火を入れ始めた――カミーユも来ているの?」

 

 混沌とした状況の中、キラは首をきょろきょろと振り回し、モニターで確認できるだけの情報を頭の中に叩き込む。
 カガリはアークエンジェルの中。ガンダムMk-Ⅱも、先程中に入っていくのを確認した。損傷していたグフ・イグナイテッドは後退していき、駆けつけたムラサメのような黒い機体はカミーユが開発に関わっていると聞かされていたMSにそっくりだ。
 対して、敵はパラス・アテネとバイアラン、そして、増援に駆けつけてくるウインダムを中心としたMS部隊がちらほら。時間を掛ければ、数はまだ増えることは分かっている。ミノフスキー粒子が薄くなりつつある事に気付いていたキラは、自軍の共通回線を開いた。

 

「カミーユ、あまり時間は掛けられない! パラス・アテネとバイアランだけでも撃退できればアークエンジェルの防御力で何とかなるけど――」
『フリーダムは援護を! それだけの砲門があれば、戦艦並の弾幕を張ることも出来るはずだ!』
「えっ!? でも、それじゃあ――」

 

 ストライク・フリーダムの砲門の数は、他の一般的MSに比べても多い方だ。しかも、連射性にも優れているので、カミーユの言うとおり、戦艦と同じか、それ以上の手数をばら撒く事も出来る。
 確かに、キラはストライク・フリーダムの全ての砲門を開けたとしても敵の急所を的確に突く事の出来る技量を持ち合わせているが、カミーユの動きは独特の癖があり、キラでも予測できない。ニュータイプの特徴的な動きは、状況によって順次変化し、確率論が通じないのだ。
だからこそ、キラはカミーユの提言に言葉を詰まらせた。ストライク・フリーダムで弾幕を張り、短時間で敵を追い払うような援護の仕方では、間違いなくΖガンダムに誤射してしまうという確かな予測が出来るからだ。
キラの性格では、味方を巻き添えにして攻撃する事など出来るわけが無い。

 

『早くしろ! このままジリ貧になりたいのか!』
「ほ、本当にいいの!?」
『タイミングはキラに任せる!』
「任せるって――知らないよ!」

 

 カミーユの急かす声に当てられ、キラは余裕無く一言断ると、正面にマルチ・ロックのレーダーをせり出させた。ミノフスキー粒子の稀薄化で、レーダーの効力も戻りつつある。バイザーに反射する敵のマーカーが一つ一つ定められていった。
 ストライク・フリーダムが両腕に握らせたビームライフルを突き出し、腰部にマウントされているクスィフィアス・レールガンが前を向く。腹部のカリドゥスにもエネルギーが充填されていき、砲撃の体勢に入った。
 その構えるストライク・フリーダムの前を、ウェイブライダー形態のΖガンダムが突き進む。コックピットの中で慎重に狙いを定めるキラの息遣いを感じながら、カミーユは敵の注意を引き付けるように機動させた。

 

「当たってくれないでよ、カミーユ!」

 

 キラの渾身のフル・バースト・アタックが火を噴き、圧倒的な火線がライラ達のMS隊を襲う。ストライク・フリーダムの砲門の数からは想像できないような圧倒的な光のシャワーが、MSを飲み込むように降り注いだ。

 

「こ、この数、何だって――」
『これだけの砲撃を放っておいて、狙い撃ちだと!?』
「中尉、上昇だ!」

 

 Ζガンダムに気を取られ、ストライク・フリーダムの攻撃に慄くライラとカクリコン。彼女達は流石のもので、キラの攻撃も済んでのところで回避し、射線軸から離脱できた。しかし、友軍のウインダム達は回避が遅れ、キラの攻撃の中に飲み込まれていく。
踊るようにもんどりを打ったMS達が、時間差で次々と火球へと変貌して行った。

 

「こっちも!」

 

 キラの視界の端に、向かってくるMS隊の群れが見えた。ストライク・フリーダムは一斉射し終えた後、その方向に向き直り、再びフル・バースト・アタックを放った。距離は大分あったが、何も正確に狙わなくてもいいのだ。
目に見えていれば、当てる事がキラには出来る。ストライク・フリーダムの放った一斉射撃は、マス・ドライバーの遠くの空を爆発の花火で彩った。

 

『戦力をもっていかれすぎた――!』
「中尉、もう悠長に構えている場合ではない! ガンダムは無視して、アークエンジェルを叩くぞ!」
『そうするしか無さそうだ!』

 

「行かせるかよ!」

 

 ライラ達がこぞってアークエンジェルに仕掛けようとしたとき、その間に機体を滑り込ませてビームライフルを撃ってくるMSが現れた。砲身の長いライフルを両マニピュレーターで保持し、追い払うように牽制を浴びせてくるのは、カミーユのΖガンダムだ。

 

『野郎!? あの砲撃の中を無傷で切り抜けられたってのか!』
「奴はニュータイプだ! そのくらい出来て、当然だろうよ!」

 

 Ζガンダムの砲撃に、間合いを取ろうと退避するパラス・アテネとバイアラン。背後から放たれるストライク・フリーダムの凄まじい火砲の中を潜り抜けてきたΖガンダムに、カクリコンは驚きの色を隠せない。
余程2人の連携がよかったのか、それともやはりニュータイプだからだろうか。
 ライラが含蓄のある言葉でカクリコンを宥めると、続けてストライク・フリーダムがやって来た。増援のMS隊はストライク・フリーダムのフル・バースト・アタックで壊滅。

 

「もう、やったのか!?」

 

 ストライク・フリーダムは、とんでもないMSだ。普通のMSの何倍もの作業量を、たった1機で事も無げに済ませてしまう。戦えない事も無い相手だが、殲滅型という見識では既に生ぬるい。ストライク・フリーダムは、MSサイズの戦略兵器だ。

 

「カミーユ!」

 

 ストライク・フリーダムが、2丁のビームライフルを交互に撃ち、牽制するかのように砲撃を仕掛けてくる。ライラ達の実力を分かった上での、キラの援護射撃だ。まぐれで当たれば万々歳、しかし、それが全てかわされても――

 

「でえええぇぇぇッ!」

 

 飛び掛ったΖガンダムが左のマニピュレーターに握らせたビームサーベルを、逆水平に薙ぎ払う。狙われたのはバイアラン、斜め後方に逃げるようにバーニアを吹かせて回避するも、即座に持ち上げられたΖガンダムの右腕からグレネード弾が発射される。
バイアランは一発をメガ粒子砲で撃ち落す事に成功するが、もう一発を仕留めきれずに右脚部に直撃した。

 

『うおおおぉぉぉぉッ!?』
「カクリコン中尉!」

 

 著しくバランスを崩し、まっ逆さまに墜落していくバイアラン。しかし、カミーユが撃墜した場所が悪かった。

 

「しまった!」

 

 バイアランが体勢を立て直そうと、各所アポジ・モーターで調整を図る。その真下には、アークエンジェルのブリッジがあった。カミーユが気付いたほんの少し後、カクリコンの顔に笑みが浮かぶ。

 

「ヘッ、しくじったな、ガンダム! これでアークエンジェルは貰った!」

 

「やられる――!」

 

 慌ててカミーユがΖガンダムを向かわせるも、バイアランは振り向いてアークエンジェルのブリッジに直接腕を向けてメガ粒子砲の発射態勢に入っていた。一撃で仕留めようと、慎重に構えるカクリコン。
 アークエンジェルでも、真上にバイアランが落ちてきた事を察知して騒然となっていた。カガリを収容できても、コントロール中枢のブリッジがやられてしまえば元も子もない。

 

「ゴットフリート仰角――」
「間に合いやしませんよ!」

 

 即座にラミアスが指示するも、チャンドラの声に遮られて言葉を失った。
 しかし、その時だった。アークエンジェルが、急に加速を始めたのである。エンジンは臨界に達し、いつでも発進できる準備は出来ていたが、余りにも唐突だった。

 

「何だと!?」

 

 発進する気配を見せていなかったアークエンジェルが突然加速した事に、当のカクリコンも目を丸くして驚いていた。まさか、こんなタイミングで発進するとは思わなかったからだ。
 一方のアークエンジェルのブリッジでも、ベルトの装着が十分でない者は座席から転げ落ちそうになり、必死にしがみついて慌てふためいていた。

 

「な、何が起こったの!?」

 

 気が動転し、ラミアスは状況が理解できていない。サイが冷静にブリッジを遮蔽し、モニターにはコンピューター・グラフィックスで表示される赤い景色が浮かんだ。

 

「マス・ドライバーのレールが加速をしている……?」

 

 ノイマンが加速する感覚を確かめるように、静かに呟く。彼もどうしてこうなったのか、どうにも要領を得ていないようだ。ラミアスが顔を振り、身を乗り出した。

 

「どうして!?」
「不明です! …しかし、メイン・スラスターの推力が十分ではありません!」
「それって――」

 

 加速を開始したはいいが、突然の事にアークエンジェルのスラスターの推力が待機状態になっていた。いくらマス・ドライバーの力でも、アークエンジェルの様な戦艦を単独の力だけで宇宙に押し上げるには力不足。成層圏を抜ける前に失速して、地球に戻ってしまう事になる。
恐らく、今が宇宙に上がる最後のチャンスだろうが、しかしラミアスは――

 

「キラ君とカミーユ君を置いていけって言うの!?」

 

 ここでスラスター推力を上げれば、即ち今も交戦中のカミーユとキラをオーブに残していく事になる。ザフトは既に撤退を始め、四面楚歌であるオーブに置いていく事は、如何に強力なMSに乗っている彼らであっても最悪のケースは免れない。
オーブ・ザフト軍は防戦に徹した結果、連合軍の戦力を殆ど削ぐ事が出来なかったからだ。

 

「キラたちには、何とかカーペンタリアの部隊と合流してもらうしか――」
「でも!」
「ここでソラに出られなかったら、次の機会は何時になるか分かりませんよ! そんな事をしていたんじゃ――」
「うぅ……祈る事しか出来ないの? 何て情けない艦長だろう、私は――!」

 

 顔を俯けてギュッと目を瞑り、切れて血が滲まんばかりに唇を噛み締めるラミアス。しかし、一度加速を始めたマス・ドライバーを、アークエンジェルは止める術を持たない。宇宙に出るか出ないかの二択しか選べない状況で、ラミアスは非情の決断を下すしかなかった。
 メイン・スラスターが白く発光し、レールを飛び出したアークエンジェルは真っ直ぐに空を昇って行った。その道筋を表す白い噴煙の軌跡が、ゆっくりと空気中に溶けて消えていく。

 

 アークエンジェルの突然の発進に驚いていたのは、カクリコンだけではない。それを守ろうとしていたカミーユやキラも同様に狐に抓まれた様な顔で呆気に取られていた。

 

「今のタイミングでソラに出られるの……?」
『防衛対象が行ってくれたお陰で戦いやすくなったって思いたいけど――』

 

 カクリコンのバイアランは、初期加速状態のアークエンジェルに跳ね飛ばされ、森の中に墜落した。戦艦にぶつけられたのだから、恐らくもう戦闘の継続は不可能の状況だろう。パラス・アテネも戦況が不利になったと判断して、バイアランを引き上げて撤退していった。
 しかし、敵は次から次へと湧いてくる。アークエンジェルを逃がしてしまった今、少なくとも、Ζガンダムやストライク・フリーダムだけでも排除しておこうと考えての事だろう。物量で押し込み、圧殺せんばかりの数だ。
 キラがストライク・フリーダムのフル・バースト・アタックで大部隊の一部を掃射してくれたが、それも焼け石に水。オーブの制圧が完了し、ザフトの殆どが撤退して行った今、残されているのはカミーユとキラだけだ。

 
 

『どうする、キラ? カーペンタリアの艦隊に接触したいところだけど――』
「この数の中を突破するのは――え? ちょっと待って、カミーユ!」
『どうした?』

 

 キラの耳に、何処からかの通信が聞こえてきた。作戦の成功を前に、連合軍の撒いたミノフスキー粒子の濃度が下がっているお陰か、少し離れた所からの通信が辛うじて届いていた。味方の通信コードを使用している事から、恐らくは友軍。
キラが耳を澄ますと、初老の男性と思しき声が聞こえてきた。

 

『私の声が届いているな? このカグヤ島には、まだ一基、大気圏離脱用のブースターが残っている。それを使えば、君等のMSもソラに出られるはずだ』
「大気圏離脱用のブースターって……!」

 

 薄くなっているとはいえ、ミノフスキー粒子の影響はまだ少し残っている。言葉は理解できるものの、声の主を特定するまでには至らない。キラは話を聞きながら、片方で誰の声なのかを考えていた。

 

『いいか、これから指定するポイントに至急向かいなさい。発進のセットは、私が済ませておく』
「貴方は誰なんですか?」
『…とにかく、急ぎなさい。私の居場所も、いずれ敵に嗅ぎ付けられる。このチャンスを逃せば、君等がソラに上がれる可能性は限りなくゼロになってしまう。時間が無いのだ』
「あっ、待って――」

 

 キラが制止する前に、通信の相手は回線を切った。すると、直ぐに何処からか指定ポイントが送られてきた。場所は、現在地から少し離れた、海に面する断崖の様だが――

 

『誰からだ?』

 

 カミーユが尋ねてくる。キラは釈然としない表情で視線を上げた。

 

「分からない……でも、この場所に向かえって」

 

 キラはパネルを操作し、今送られてきたポイントをΖガンダムに転送した。

 

『こんな所に?』
「うん。そこに、僕達のMSをソラに上げられる大気圏離脱用のブースターがあるみたいなんだ」
『ソラに出られるのか!?』
「オーブの通信コードを使ってたから、敵の罠じゃないと思うけど――」

 

 キラはチラリとその方向を見た。連合軍のMSは、艦隊から真っ直ぐに向かってきている。力押しの物量作戦を挑んでこようとしているのだろう。少数のMSを相手に些かやりすぎに見えなくも無いが、その自らの戦力の自信ゆえに、油断が生じている事も確か。
指定されたポイントの先の布陣が、明らかに薄い。カミーユとキラの2人が、海洋上のザフト艦隊と合流するしか手がないと踏んでの布陣だろう。正面ばかりが、やけに分厚かった。

 

「どうする、カミーユ?」
『どうするも何も――このままやられるのを待つだけじゃ、それに賭けるしか手は無いだろ』
「――だよね」

 

 尤もなカミーユの言葉にキラが苦笑すると、ウェイブライダー形態のΖガンダムを先頭に、ストライク・フリーダムが続いた。
後方からストライク・フリーダムが2丁のビームライフルであらかたの敵を攻撃し、撃ち漏らした、若しくは仕留め切れなかったMSをΖガンダムで止めを刺す。
 理想的な戦い方だとキラは思う。本来砲撃戦に特化したフリーダムは、味方機を援護してこそ本領を発揮する。これまではエース機としての自覚から、フリーダムが先陣を切る事が多かった。
しかし、カミーユが居てくれる事により、キラはフリーダムを本来の用途で使う事が出来る。
 まるで、こちらの考えを分かってくれているかのような一体感。アスランと組んで戦っているような、そんな錯覚を抱かせてくれるほどに息が合う。カミーユが、ニュータイプと呼ばれる超能力者だからだろうか。
奇妙な感覚を抱くまでに、キラは吸い込まれるようにΖガンダムの後を付いて行った。

 

「この辺りか……?」

 

 敵陣を抜けた先に広がる海。夕日の淡いオレンジ色を受けて、海の青と織り成すコントラストが美しく輝いていた。小波が絶えず光の反射加減を変え、後ろから射す西日が島の影を長く伸ばしていた。

 

『指定されたポイントはここで間違いないはずなんだけど――』

 

 カグヤ島は、それほど大きな島ではない。追撃部隊も、直ぐに追いついてくるはずだ。何の変哲も無い断崖だが、送られてきたポイントはそこで合っているはず。やはり、罠だったのだろうか。
 何か手がかりだけでも見つけようと、その周辺をグルグル旋回していると、ビームの光が2機を襲った。

 

「何、あれは!」

 

 2人が同時に火線の方向に振り向く。彼方から飛来してきた追撃隊は、ガブスレイが2機。MA形態に変形できるガブスレイが、追撃隊の先行部隊としてやってきたのだろう。カオスを無事に母艦に戻し、再び戦場にやって来たジェリドは、コックピットの中で舌なめずりをした。

 

「アスハにもラクスにも逃げられたようだが、まだ居てくれた!」

 

 スイッチを弄り、ガブスレイのコントロールをマニュアルに切り替える。Ζガンダムを視界に入れ、嬉しさに声を上げたくなる感情を御してヘルメットのバイザーを下ろした。
 ジェリドのやる気に呼応するように、マウアーからの通信が入る。

 

『気をつけて、あの新型のフリーダムは、中隊程度なら一瞬で葬れるだけの火力を持っているわ』
「手数が多いだけだろ? そんな単調な攻撃に当たっちまったら、減俸ものだぜ」

 

 マウアーの忠告に軽口で返すと、一気にブースト・ペダルを踏み込むジェリド。マウアーも続き、加速する2機のガブスレイがクロスしてΖガンダムとストライク・フリーダムに襲い掛かる。

 

『あの新型の2機は――』
「またジェリドか! ガブスレイだ、キラ!」

 

 フェダーイン・ライフルを撃ち放ちつつ接近してくるガブスレイ。カミーユ達は飛び上がるようにその突撃をかわすと、振り向いてビームライフルで狙った。しかし、ガブスレイは2手に分かれて大きく旋回してビームをかわすと、再び合流して向かってきた。

 

『僕が牽制を掛ける! カミーユは、敵が散開したらどちらか一機を!』
「了解!」

 

 Ζガンダムがウェイライダーに変形して射線から外れるように上昇すると、構えたストライク・フリーダムが一気に全砲門を解放する。飛び出した鮮やかな色の火線が、ガブスレイを目掛けて幾筋もの煌きとなって襲い掛かった。
 ストライク・フリーダムの圧倒的な火力を目の当たりにし、流石のジェリドも度肝を抜かれた。手数だけだと思っていたが、この砲撃の量は半端ではない。しかも、一発一発が明確にガブスレイの動きを捉えようと牽制と本命が入り混じっているのだ。

 

「こ、これは――マウアー、散開だ!」
『待って、ジェリド!』

 

 堪えきれずにジェリドがマウアーから離れるも、その先ではΖガンダムが待ち伏せをしていた。

 

「カミーユ!」

 

 ビームライフルを構えて狙っているΖガンダムに対し、ジェリドもガブスレイをMSに変形させる。連射されるΖガンダムのビームライフルを、伸び上がってかわすジェリド。それを追いかけるように徐々にビームライフルを上げていって狙うカミーユ。
 Ζガンダムのビームライフルが一発、ガブスレイを掠めた。続けざまに2発3発襲い掛かるビームの群れに気圧され、ガブスレイはバランスを崩して高度を落としていた。

 

「は――ッ!」

 

 カミーユが、何かを察知する。途端に攻撃の手を緩め、落ち着き無く周囲をキョロキョロと見回した。

 

「Ζが動きを止めた?」

 

 感覚に気を取られ、動きを止めたΖガンダム。マウアーはジェリドを気にしつつも、フェダーイン・ライフルを構えた。

 

『危ないッ!』

 

 静止するΖガンダムに向けて放たれるガブスレイのフェダーイン・ライフル。キラがそれに気付き、咄嗟にストライク・フリーダムをΖガンダムの前に滑り込ませて、ビームシールドでガブスレイの砲撃を防いだ。

 

『どうしたんだ、カミーユ!? 敵に隙を見せるなんて――』
「声が聞こえたような気がしたんだ――あ、また!」
『声って――?』
「…こっち!」

 

 キラの怪訝を余所に、カミーユは感覚の呼ぶままにΖガンダムを断崖へと下降させた。キラが一つ舌打をし、ガブスレイに足止めの砲撃をかましてそれに続く。

 

 マウアーはストライク・フリーダムからの砲撃を避け、ジェリドの方に振り向いた。Ζガンダムの攻撃で多少の損傷を許してはいるが、片腕を失っているマウアーのガブスレイほどではない。

 

『俺に構わんでいい!』
「大丈夫です。Ζとフリーダムの行き先はこちらで確認できています」
『逃げる先はザフトの艦隊しか無いはずなんだ。…けど連中、こんな所に一体何の用があるってんだ?』

 

 マウアーから、カミーユ達の行き先が送られてくる。彼等が中央突破を試みないでわざわざ遠回りとなるルートを選んだのには、連合軍の布陣が一番薄かったという理由があったはずだ。それが突破できたのなら、さっさとザフトに合流すればいいものを。
何らかの意図があるような気がして、ジェリドは疑問を持った。

 

 一方で2人は断崖に面する海に出ていた。夕暮れ時の逆光で、岸壁は黒く塗りつぶされている。

 

『確かに、この辺から聞こえたはずんなんだけど――』
「ん……?」

 

 呟くカミーユ。それを余所にキラが岸壁を注視すると、僅かな光が洩れているのが見えた。岸壁が黒くなって見え辛いから良く見えないが、明らかに人工的な灯りだ。キラは当たりを付け、カメラで怪しい部分を拡大して更に詳しく調べてみた。

 

「あれ…洞窟だ、カミーユ!」
『洞窟? …あッ!』

 

 微かに洩れていた光が、徐々に拡がっていく。岩の間から正体を現したのは、戦艦一隻が丸ごと納まる程の大きさの穴だった。少しして光に目が慣れてくると、その内部が人工的な洞窟になっていることが判明した。
 そして、それが開ききるのと同時に、キラの元に先程の男性の声が聞こえてくる。

 

『来てくれたか。ブースターの設置に多少時間が掛かってしまったが、慣れないもので申し訳ない。だが、今すぐにも発進できる』

 

 洞窟の中から、ブースターの先端がゆっくりとせり出してきた。カタパルトに設置されているそれは、やや上を向いている。

 

『さあ、これにしがみつきなさい』
「カミーユ!」
『分かった!』

 

 考えている時間は無い。カミーユとキラは有無を考えずにブースターに飛びついた。

 

『ソラではエターナルとアークエンジェルのランデブーが行われているはずだ。座標は分かっているな?』
「はい」
『よし、では――』

 

『そうはさせるかってんだよ!』

 

 男の声と共に、目の前に躍り出てくるガブスレイが2機。ここまで追い詰めておいて、今更カミーユを逃がそうなどとジェリドが考えるわけが無かった。

 

「マウアーはコントロール・ルームを潰せ!」
『了解』

 

 MA形態のガブスレイが洞窟の中に突入してくる。

 

「しまった!」

 

 カミーユが慌ててその後を追おうとした時、ジェリドのガブスレイが立ちはだかった。

 

『こんな所にブースターを隠して、ソラに出るつもりだったようだが、貴様はここで終わりだよ、カミーユ!』
「ジェリドめ!」

 

 ビームサーベルを振り上げ、ブースターにしがみ付くΖガンダムに躍り掛かる。仕方無しにカミーユもビームサーベルを抜き放ち、ブースターから離れて応戦するしかない。
 日が沈み、申し訳ない程度に電灯が点る薄暗闇の狭い洞窟の中、ビームサーベルを何度も切り結ぶΖガンダムとガブスレイ。その一撃毎にビームサーベルが激しく光を増し、薄暗闇の中を一瞬一瞬明るく照らす。

 
 

「こんなところまで追ってこられたんじゃ――」

 

 キラも暢気にしている場合ではない。ブースターから降り、奥へ向かっていったマウアーのガブスレイを追いかけようとコントロール・レバーを握り直した。その時――

 

『そのままで居なさい!』

 

 男性の声が、キラを思いとどまらせるように激を飛ばした。唐突な怒声に驚き、キラは一瞬体を硬直させてしまう。

 

「で、でも――」
『聞きなさい。カガリ代表は、まだ未熟だ。強く見せようとしていらっしゃるが、内心ではまだまだ躊躇いを持っている。私がオーブを放棄せよと進言したときも、表情にこそ出さなかったが、心の中は無念で一杯であったはずだ。
……残念ながら、私はこれ以上カガリ様の面倒を見てやれる事は出来ない。だから、カガリ様が一人前になるまで、身内である君やその仲間が支えてやって欲しい――』

 

 その頃、洞窟の奥に侵入し、モノアイを光らせて周囲を索敵するマウアー。レーダーを駆使し、探っていると、何処からか電波が発信されているのをキャッチした。

 

「何処から出ている……?」

 

 ゆっくりと歩を進め、用心深く探りを入れていく。

 

『貴方は――』
「もう、時間が無い。敵のMSがこちらに近付いてきている。……最後に一つ、息子に――ユウナに伝えて欲しい。男子らしく、強くあれ…と」

 

 通信回線越しに、キラはこの男が既に覚悟を決めている事を悟った。管制塔を潰された筈のマス・ドライバーが機能したのも、全てこの男のお陰だったのだ。男は、最初から自分が捨石になる事を望んで、そして最後に2人をソラに導いてくれる。
 今更ながらにキラは声の主に気付いた。今までどうにも思い出せなかったのは、接点があまり無かったからだ。それもその筈、男の声は偶然公務中のカガリに出くわしたときにしか聞いたことが無かったのだ。
 男の名は、ウナト=エマ=セイラン――オーブを影から支えた第一人者。彼が居なければ、今日のオーブは存在し得なかったと言っても過言ではない。
 ウナトとの接点は、正直なかったに等しい。そんな関係の薄い間柄なのに、キラは何故か無性にやるせない気持ちになった。俯き、ヘルメットの陰になった目元から流れる一筋の涙。
 洞窟の内部を一望できる窓から、マイクを片手にガブスレイの様子を覗っているウナト。キラに言伝を頼んだ瞬間、ガブスレイの頭部がこちらに振り向いた。

 

『分かりました……』
「さあ、もう一人を呼びなさい! ブースターを発進させるぞ!」

 

「コントロール・ルームは、そこか!」

 

 マウアーが気付いた瞬間、ウナトは拳を振り上げ、力の限りスイッチを叩いた。その刹那、フェダーイン・ライフルがウナトを目掛けて火を噴いた。

 
 

 オーブ五氏族としてのセイラン家。ウナトは、その名門一族の現家長である。古くからオーブの政策を取り仕切ってきたオーブ五氏族であるが、その半数は2年前のオーブ攻防戦で血統が途絶えた。
当時の国家元首であったウズミが、信念の下、国とその命を共にする事を選び、何人かがそれに賛同したからだ。ウナトはその時、ウズミと運命を共にしようとしなかった。戦後の事を考え、何年か後にオーブが復活する日に、必ず自分が必要になると思ったからだ。
 しかし、その日は思った以上に早く訪れる事になった。ヤキン戦役がカガリやラクスを中心とする第三勢力の介入により、連合とプラントの双方が休戦を結ぶ事で戦争が終わると、その後締結されたユニウス条約によって、世界の勢力図が戦争以前の状態に戻ったからだ。
そして、戦争で生き残ったカガリがオーブの英雄として帰還し、国家元首に選出されると、ついにオーブは復活した。オーブ国民は、大いに喜びの声を上げた。
 だが、ウナトを待っていたのは殺人的なまでの膨大な量の“後始末”だった。戦争の被害は思った以上に酷く、特にウズミの自爆によって出来たマス・ドライバーの修理が最も大変だった。ウナトは、この時ほど人を恨んだ事は無かっただろう。
もし、ウズミがこんなにも早く戦争が終わり、オーブが復権する日が来る事を知っていれば、自爆なんかしなかったのではないだろうか。そう思えば思うほど、ウナトの中にアスハ不審が広がっていくのが感じられた。

 

 ウズミの信念に傾倒していたオーブ国民は、当然のようにカガリの帰還を歓迎した。そして、当然のようにウズミの跡を継いで国家元首の座に就いた。
 こんな小娘に、一体何が出来るのだろうか――訝しげにウナトはカガリの隙を覗っていた。だからウナトは極秘にロゴスと繋がり、連合軍を主導する大西洋連邦などの国と太いパイプを用意していたのだ。
世界の情勢を見る限り、戦争の火種は燻ったまま。近いうちに、大小は問わずに必ず争いは起こる。そう踏んでいたウナトはオーブが巻き込まれた時、連合と組ませて戦争に参加し、カガリの理念を崩壊させて失脚させようと画策していたのである。
その上で次に権力のある自分が国家元首に就く事により、オーブの実権を握ろうと考えていたのだ。

 

 かくして、ウナトの読みどおり、ユニウス・セブンが地球に落下し、最悪的な人的被害を巻き起こした。その影響はほぼ地球全土に及び、ナチュラルの対コーディネイター意識が再燃したのは当然の流れだった。
 そして、予想通りに大西洋連邦がプラントとの対決に共同戦線を申し出てきた。これで、後一歩、もう少しでオーブの実権が手に入る。しかし、ウナトがそう確信していた時、意外な事態が起こってしまった。
何と、ユニウス・セブンの破砕作業に乗り合わせていたカガリを送り届ける為にオーブに寄港したザフトのミネルバ隊が、“オーブから”大西洋連邦軍に攻撃を仕掛けてしまったのである。それを指示したのは、何故かミネルバに乗っていたデュランダル。
全くのイレギュラーな事態に、ウナトの計画は寸前のところで崩れ去ってしまったのだった。結局、オーブはプラントと同盟を組まざるを得なくなり、ウナトは苦虫を噛み砕くしかなかった。

 

 そうなってしまえば、手は最早一つしか残っていない。予てから婚約をさせていたユウナを使うしかなかった。正直、軟弱者のユウナを嗾(けしか)けるのは不安だったが、計画が頓挫してしまった以上は文句を言ってられない。
ちょうどカガリと恋仲であると噂されていたアレックス(アスラン)がザフトに戻ったのをきっかけに、ユウナをカガリに接近させた。勿論、ユウナは殆ど相手にされなかったが、婚約を結んでいる以上、ウナト自らもカガリのプライベートな部分に接触する事が出来た。
しかし、その日々がウナトの心境を変える事になるとは、その時は全く考えもしなかった。

 

 ウナトがカガリに為政者としてのイロハを叩き込んでいる最中、彼女はひたすら真面目にウナトの弁を聞いていた。優秀な生徒ではなかったが、忍耐力はかなりのものだと感心したものだ。恐らくだが、国家元首としての責任にかなりのプレッシャーを感じていたのだろう。
若干18歳の少女が背負う一国の重責――オーブは小国であるが、それでもカガリのような小さな少女には余りにも重過ぎる。それだけ覚悟していたのだろう。息子のユウナにも見習わせたいものだと思った。
 そこで、ふと思い出した。カガリは、養父とはいえ父親を亡くしているのだ。悲しみに暮れる間も無く国家の再建に未熟ながらも尽力し、そして今も何とかオーブを守ろうと努力している。彼女は果たして、国家元首になってからウズミを思って泣いた事があったのだろうか。
ある時、ウナトは気になってカガリに尋ねてみた。

 

「そんな暇、あると思うか? それに、お父様なら泣いている時間があるのなら、その分国民の為に努力しろ、と言ってくださるはずだ。だから、私は泣かない。今は泣いている場合じゃないしな」

 

 カガリは、忍耐の人だ。何処までも諦めようとせず、しつこく食い下がる。以前は、それが悪い方にばかり出てしまっていたのだろう。暴走とも取れる彼女の行動力は、何とかしたいと願う気持ちが抑えきれなかったからだ。
 この時、ウナトは思った。カガリは、為政者と言う面では明らかに適性が無い。しかし、もしユウナと本当に結ばれるような事があれば、オーブは安泰なのではないだろうか。ユウナは、客観的に見ても政治家に向いているタイプだ。
親バカかも知れないが、頭もいい。ただ、唯一の弱点が精神的な脆弱さだった。しかし、そこにカガリのような肝っ玉の座った伴侶が付いてくれれば、正に理想の夫婦ではないだろうか。
 最早、ウナトの頭の中ではセイランやアスハといった家名は、どうでもいい事になっていた。それよりも、自分の夢想している理想が実現する事の方が大切に思えた。この夢想が実現すれば、オーブは安定する。
その安定をもたらすのが自分の夢想ならば、こんなに心踊る事は無い。一つの国の安定を、一人の夢想がもたらすのだ。政治家として、モチベーションが上がらないわけが無い。

 

 しかし、それも何処まで見届ける事が出来るかが唯一の心配事だった。プラントと同盟を結んでいる以上、連合軍とは敵対関係にある。地球上の勢力図は、圧倒的に連合軍の支配が強く、且つオーブと結びつきの強い連合各国も戦争には静観を決め込んでしまっている。
謂わば、オーブは地球上でたった一つのプラント勢力なのである。何とか誤魔化し誤魔化し連合の目を背けてきたが、その目がオーブに向かないわけがなかった。

 

 そして、遂にその時が来た。ウナトは覚悟を決め、2年前のウズミと同じ様にオーブと運命を共にする事を覚悟する。
 最後の我侭として、ユウナはしんがりのアークエンジェルに乗せた。少しでも長く、愛息との時間を共有したかったからだ。

 

 ウナトの強い思いが、カミーユに届いたのは必然だったのかもしれない。ビームサーベルを交わすガブスレイの向こうで、爆発が起こった。

 

『カミーユ、手を伸ばして!』

 

 火の点いたブースターにしがみ付くストライク・フリーダムが、Ζガンダムに手を差し伸べる。カミーユは躊躇わずにガブスレイを弾き退けると、急いでΖガンダムの腕を伸ばした。

 

『うッ――ブースターに火を点けられた!』

 

 マウアーの苦渋がジェリドの耳に聞こえた。コントロール・ルームは破壊できたが、寸でのところで間に合わなかったようだ。

 

「クソッ、逃がすかよ!」

 

 ビームサーベルを掲げ、ブースターに飛び付こうかというΖガンダムに襲い掛かる。しかし、ストライク・フリーダムのイーゲルシュテルンがガブスレイを狙い撃ち、頭部のメイン・カメラを破壊されてしまった。

 

『おのれぇッ!』

 

 ジェリドの叫びが聞こえる。Ζガンダムの腕をブースターの取っ掛かりに引っ掛けて固定させると、ビームライフルを撃ってガブスレイの脚を破壊した。ガブスレイはそのままバランスを崩し、奥の方へ転げていく。
 ブースターの振動が大きくなる。リニア・シートでも吸収し切れない微弱な振動が、カミーユにも伝わってきた。

 

『座標軸固定――これなら行けそうだ!』
「俺達は、命と引き換えにソラに出るんだ――負けられないぞ、キラ!」
『あぁ、分かってる!』

 

 洞窟の中から飛び出したブースターは、膨大な量の白煙を吐き、2機のMSを乗せてコバルト・ブルーと茜色のグラデーションの空を昇る。その先に存在する漆黒の大宇宙を目指して――ウナトの命を乗せて。