《第20話:払暁への代償》

Last-modified: 2020-06-16 (火) 14:50:05

『無理だと思ったら躊躇いなく福江基地は放棄しろ』
 予めそう木曾達に言われていた明石としては当初、まさしくそうするつもりだった。
 なにせ超弩級重雷装航空巡洋戦艦レ級率いる精鋭水上打撃部隊が、五島列島福江島の南南西70kmに位置する島嶼群であるところの男女群島周辺に停泊しているのだから。
 嵐の直前に観測できたその随伴は、空母ヲ級1、重巡ネ級1、軽巡ツ級2、駆逐ハ級2とかなり強力。
 深海棲艦ですら強引に航行できない嵐が弱まり次第に連中は北上し、福江基地を攻撃してくるに違いなかった。
 現状基地唯一の戦力であり、直接的な艦隊戦に向いてない【阿賀野組】ではあまりに荷が重すぎる敵が侵略してくるのならば、逃げる他ありえない。正面から立ち向かっても蹂躙されるだけ、完全無欠にキャパオーバー。だから最初は、福江島から脱出するつもりだったのだ。
 とはいえ無計画に、闇雲に逃げるわけにもいかず。
 福江基地は佐世保鎮守府防衛の要衝。だがこれまでの戦闘で有線通信を失い、Nジャマーのせいで無線通信も、嵐のせいで伝書鳩代わりの艦載機も封じられている現状で、誰も知らないうちに基地が消滅しましたなんてことになったら今度こそ佐世保はお終いだ。
 防衛力のない鎮守府も、沖縄へヴァルファウ追撃に赴いた主力艦隊もやられてしまう。
 そこで明石達は、こういった事態を想定してあえて【阿賀野組】を残した木曽達の言う通りに、佐世保艦隊では二人しかいない潜水艦娘の伊13(ヒトミ)を佐世保方面へ、伊14(イヨ)を沖縄方面へ先行させることにした。
 嵐のせいで海面がどんなに荒れていようとも海中はいつも穏やかで、潜行時と浮上時にさえ注意すれば、潜水艦はこの環境下でも長距離航行ができる。ヒトミとイヨが直接、二階堂提督と主力艦隊達にメッセージを伝えるのだ。
 提督に危機が伝われば、もしもの為にと五島列島と九州本土の間にありったけ敷設した、対深海棲艦用の纏繞機雷や音響探査式自走機雷をアクティブにしてもらえる。その上で明石達は嵐が弱まり次第に、燃料弾薬資材をしこたま積んだコンテナ船と共に沖縄方面へ脱出、きっと凱旋してくれる主力艦隊と合流する作戦だ。
 さしものレ級艦隊といえども機雷原の突破には時間が掛かるはず。そこを全力で叩ければ、ギリギリ全てを守り切ることができる。
 そう考えて、彼女達は作戦を実行に移した。
 ヒトミとイヨを見送り、脱出の準備を進めようとした。

 
 

 その直後だった。
 呉から川内と、喫茶シャングリラのマスターを名乗る黒髪紅目の男が基地へやって来たのは。
 工廠奥で鎮座していたストライクに、キラからの救難信号が入っていることに気づけたのは。

 
 

 呉の青年の助言もあって、脱出プランは一転、救出プランへと変わった。
 レ級艦隊はキラ達を追跡してきたのかもしれない。明石達が脱出したら、キラ達は死んでしまう。敵の攻撃開始よりも前に速やかに、彼らこそを脱出させなければならなかった。
 彼ら四人が潜伏している町から福江基地へは直線距離で10km、阿賀野と酒匂と春雨なら15分程度でたどり着くことができる。単純に考えれば往復で約30分。
 30分。
 長すぎる。
 これまでの戦争で蓄積してきた敵艦の推定スペックが正しければ、レ級の最大射程はおおよそ25マイル(約40km)、艦隊としての速力は最低30ノット(約55km/h)。男女群島を発ってから砲撃開始までの猶予は約30分しかないのだ。
 救助してから敵攻撃圏外まで離脱することは、できない。
 レ級艦隊との戦いは避けられない。
 しかし当然、真っ正面から戦うことはできない。既にヒトミとイヨが離脱しているのだから、残った阿賀野と酒匂と春雨の三人だけでは最早、まともな戦闘に持ち込むことさえ不可能。時間をかかればかかる程に撃沈される危険性は高まる。
 勝算は一つ、キラのストライクが早期参戦して初めて、レ級撃退の可能性が1%以上になる。

 
 

 となれば、勝利条件はいっそ単純明快。こうも絶望的状況で切り札が一つだけならば、考える手間も省けるというものだ。

 
 

 【阿賀野組】の残存三人だけで、軽巡と駆逐が本領発揮できる夜間に奇襲奇策に徹して、レ級艦隊を足止めして。
 その間に、人間達が操る小型高速哨戒艦【いぶき丸】が明石と共に町近くまで急行して。
 また、救助される側であるキラはデュエルで響達を【いぶき丸】に移送した後、ついで哨戒艦に遅れて航行するコンテナ船に合流、積載されたストライクに搭乗して対レ級戦に参加する。
 さらにコンテナ船が金剛達との合流を果たせれば、そこまでの全てが繋がれば、今にも千切れそうな縄をダッシュで渡りきれれば、なんとかなる。
 これが明石と青年が考えた唯一無二。か細い道だった。不確定要素が現れた瞬間に完全破綻してしまう、最善という名の過酷だった。
 これを実現する為に、大半が更地になった福江基地の全リソースを集中して、明石達はストライクの修理に奔走した。
「本当なら、俺がストライクで戦えればいいんだけどな」
「んー? 滞在延長する? いっそこのまま逃避行しちゃおうか?」
「バカ言え、せっかくの工作が無駄になる。昼までに呉に戻らなきゃ責任を問われるのは天津風なんだよ」
 11月16日、4時34分。予測通りに嵐が弱まり、明石達が出航した救出作戦決行の刻。
 そんな彼女達を見送って福江基地から去らねばならない黒髪の男――いや、もうボカす必要もないだろう、似合わないサングラスを胸ポケットに差したシン・アスカは悔しげな声を滲ませた。
 そう、シン・アスカ。
 本来ならば彼は、ここには居られない筈の、公式には「いない者」として扱われ行動範囲を著しく制限された人間である。
 けれど現実に今、彼はここにいた。
 キラがMIAになったと聞いていてもたってもいられなかった。何か行動したかった。キラのことなんて嫌いだけど、大っ嫌いだけど、絶対に赦せないけど、こんなところで死んでいい奴じゃないから。
『俺が殺せなかった奴だぞ。アイツがこんなんで・・・・・・くたばるわけないだろ!』
 それにまだ、キラにはシンと共にやらねばならない使命があるのだ。勝手に記憶喪失なんかになった挙げ句、勝手にそれを投げ出すなんて、認めない。奴の死をこの目で直接確認しない限りは絶対に認めてやるもんかと叫んだ。
 故の、軍令部に感づかれてはならない、ハイリスク・ノーリターン覚悟のお忍び日帰り強行軍。
 かなりの無理を押して、ここにいる。
 呉の提督を再度説得し、本物の喫茶シャングリラのマスターに影武者を頼みこんで、隠密のエキスパートと噂される川内を案内人として雇い、さながら忍者のように福江基地への潜入に成功して、ここにいる。
 生死も定かでないのに感情任せに突っ走って、ここに来たところで何ができるかも考えずに突っ走って、ワガママを貫き通したおかげで、ここにいた。
 結果シンは状況を打破する原動力となった。キラが生きていれば必ずストライク宛てにSOSを出すという読みが当たって、あの男の無事も確認できた。
 ミッドウェー包囲網の時と同じように全てが好転し、絶望の運命を切り拓くことができたのである。
 ただ、これでシンの言う通りに、彼がストライクでレ級艦隊と戦えたら一番安心確実なのだが・・・・・・残念ながらそこまで干渉することは不可能だった。彼は万能なデウス・エクス・マキナではないのだ。
「それに。だいたい川内、アンタだって舞鶴に戻んなきゃなんないだろ」
「ま、そうなんだけどさ。じゃー予定通り、あとは成功を祈るだけ祈って、お暇させていただきますかね私達は」
「・・・・・・アンタ、本当にノリ軽いよな。キラの奴と一緒にいる夕立っての、アンタの弟子なんだろ? 心配じゃないのかよ」
「ぜんぜん」
「はぁ?」
 かくして状況は確定した。
 あとは明石達とキラの頑張りと幸運が、未来を紡ぐのだ。
 魔法の時間は終わり、シンがここで出来ることは無くなった。もう呉に帰らなければならない。
 もどかしくないと言えば嘘になる。
 あとほんの少しの猶予があれば、自分だって戦えるのに。
 でも今すぐここを発たねば、天津風とプリンツと提督の偽装工作が無駄になってしまう。この世界で「これからも続いていく日々」の為に、それだけは避けなければ。ここでシンが戦ってキラ達を無事救出できたとしても、願う未来には届かないのだ。
 本来短気なシンにとって、この状況下でおとなしく帰るなんて行為はかなりのストレスだけれど。同じような立場にいるはずの川内が飄々としてるのも癇に障ったけれど。
 だが。シンが願う未来と、キラが掴む未来が、希望ある未来として交わる為ならば。
「あの子らがこんなんでくたばるわけがない。そりゃイザとなりゃ全部ほっぽり出して仇討ってやるって思ってたケド、お兄さんのおかげでまだ生きてるってわかって、生きていく為の命綱も作れた。それだけでもう十分なのよ」
「・・・・・・俺はそこまで割り切れない」
「割り切れないから、ここまで来ようと思ったんでしょ。なんでも割り切ればいいってもんじゃないって」
「そういうもんか?」
「そういうもん。さ、行くよ。帰るまでがデートって言うし、気を抜くにはまだ早いかんね」
「お前その設定いい加減やめねーか」
 その来るかどうかも解らない、不確定な明日の為に、シンはあえて戦場を背に去る覚悟を固めた。
 想い人の仇であるキラと、その周囲に在る人達を信じると決めた。
 そうして愚痴と軽口を叩きあいながら、二人の姿は人知れず闇へ融けて。表舞台は「元々そこにいた者」達だけのものに戻って。
 これが合図だったかのように。
 福江島の海は、戦場となった。

 
 
 
 

《第20話:払暁への代償》

 
 
 
 

 おさらいをしよう。
 艦娘と深海棲艦との戦闘の基本は、有視界戦闘である。
 航空機やレーダーを利用しないかぎり、その戦闘距離は約5km以内に収まってしまう。少女達の身長で見える水平線までの距離と直結しているのだ。
 また共通して、夜目が利かない。普通の人間よりは幾分かマシだが、ヒトデナシだからといって暗視能力を持っているわけではなく、意外なことに闇夜の海では味方との衝突事故という危険性とも隣り合わせだ。
 そういう制限が存在する。
 だが現実に、艦娘達は水平線越しの砲撃戦をするし、闇夜でも一糸乱れぬ統制でもって艦隊戦を演じることができる。そうして5年も戦争をしてきている。
 そう、航空機やレーダーだ。それらを利用すれば、制限を悠々と超えることができる。
 逆に言えば、この広すぎる大海原で艦隊戦をするには高度な索敵能力が必要不可欠である。まず敵を捕捉できなければ話にならない。
 戦闘能力とは高い索敵能力があって初めて発揮されるもので、彼我の索敵能力に大きな差があった場合、戦闘が一方的な展開になることはわざわざ想像するまでもないだろう。

 
 

 その要であるところの航空機やレーダーすらも制限してしまうのが、この九州の夜の海だ。

 
 

 まず単純に、夜間では航空機の運用が困難となる。特別な訓練を積んだ艦と機体でなければ、発着艦も偵察も満足にできない。これは夜目が利かない両者に共通する基本事項であり、夜間航空機運用能力を備えている者は一握りのエリートだった。
 これに加えて、何度でも飽きるぐらい繰り返すが、ここはNジャマー影響下。従来のレーダーは全て封じられている。この場で使用できるものはNJ環境下前提で造られたMS用高出力短距離レーダーだけだ。
 つまり一律に、艦娘も深海棲艦も無差別に、索敵能力の殆どを喪失してしまうのがこの九州の海なのである。
 そうした状況下での艦隊戦とはいわば、目隠しをしたまま砂漠で一本の針を探すようなものだろう。

 
 

 これから【阿賀野組】が挑む戦いとは本来、そういう戦いだ。

 
 

 敵は強大な射程と索敵能力を備えたレ級艦隊。恐らく、随伴の空母ヲ級は夜間航空機運用能力を備えているだろう。
 其奴らを相手に奇襲を仕掛けなければならない。
 逆に【阿賀野組】は航空機を使用することができない。いや、正確に言えば、阿賀野は夜間偵察機を操ることはできるのだが、しかし航空機はどうしたって音が出てしまう。飛行音のせいで己が「存在する」ことを敵に教えてしまうリスクがあった。
 奇襲とは当然、敵に己の存在を知られてはならない。敵を先に捕捉して、その懐に飛び込んで先制攻撃しなければならない。そして足止めしなければならない。
 一見して誰もが不可能と思うだろう。
 阿賀野達がレ級艦隊を発見できるかも怪しいし、発見できる可能性があるとしたらレ級艦隊による砲撃音を聞いてようやく、町への先制攻撃を許してようやくといったところか。むしろ先に阿賀野達が発見されてしまう可能性のほうが大きい。

 
 

 だが、この状況でなら可能と判断した。可能だからこそ奇襲という手段を採る。

 
 

 そのサポートをするのが、いや、その成否の鍵を握るのが、キラの最初の役割だった。
 11月16日、4時53分。
 嵐は去って波風落ち着けども、まだまだ明ける気配を見せない漆黒の空、漆黒の海をモニター越しに睨んでいたキラは静かにフットペダルを踏み込んだ。
 エネルギー節約のためにレーダーは使わず、その時、デュエルの光学カメラに敵影はおろか接近を知らせる予兆すら映っていなかったのに、機体に跳躍を命じた。残り少ないエネルギーの大半を脚部スラスターに集中、満身創痍のデュエルが空高く舞い上がる。
 ほぼ勘、いや、100%勘による判断だ。根拠なんて何もない。二度目のチャンスはない大博打に出た。
 ただの、C.E.のエースパイロットの勘だった。
「・・・・・・いた!」
 高度150m。
 目視できる水平線までの距離は約45km。
 アクティブセンサーの出力を上げてデュアルアイを煌めかせたデュエルが、漆黒の海を進む7つの熱源を捕捉する。倒すべき敵が、漆黒に融け込むように黒い敵が、豆粒よりも小さくモニターに表示される。
 彼我の距離は約38km、今にも福江島を、キラ達が隠れていた町を砲撃しようとしているレ級艦隊である。
 果たして、勘は見事的中していた。
 このギリギリのタイミングを、左手に握ったレールガン・シヴァが届くギリギリの距離を、キラは勘だけで手中に収めた。かつては宇宙空間を縦横無尽に飛び回る小型攻撃端末――ドラグーンの猛攻すら凌ぎつつも撃ち落としまくった彼だからこその直感といえよう。
 その事実に安堵することなく全神経を集中させて、たった一瞬の滞空時間で照準を合わせ、躊躇いなくトリガーを引いた。
「間に合え!」
 大事なのは誰よりも何よりも、デュエルからの先制攻撃である。
 一度レ級達が攻撃を始まれば、奴らだって警戒を厳とする。その砲撃音で位置を割り出せたとしても、阿賀野達が奇襲できる隙はなくなる。そうなる前に敵を混乱させるのだ。
 レールガンが紫電を迸らせて3発の弾丸を射出する。
 ソレはただの弾丸ではない。
 というか、通常弾頭は先の戦闘で使い切っていた。今レールガンに装填されているものは、射出したものは、攻撃力なんて微塵も持ち合わせていない。それでも、いや、だからこそソレは状況を打開する鍵となる。
 もう遠い過去のようにも感じるが、そもそもキラ達がこのような危機に至った原因を思い出そう。たった2日前の早朝のことだった。響と演習する為に、数々の試作兵装を実戦形式でテストする為にたった三人で海へ出てしまったことこそが、あの敗戦の原因だった。
 つまりだ。
 今、レールガン・シヴァには演習用の模擬弾と、試作の新型戦闘補助弾が装填されたままなのだ。まさかソレがこんな風に使われるだなんて、誰が想像しただろうか。
「後はお願い・・・・・・!」
 【阿賀野組】の奇襲を成功に導くべく放たれた鍵、弾丸は三種類。
 その名を演習用蛍光ペイント弾と閃光弾とジャミング弾といった。

 
 
 

 
 
 

「ッ!? 弾着確認! 敵艦隊を発見しました!!」
「ひゃぁ、すごい・・・・・・!! ほんとにあの距離で当てるなんて!!」
「よぉーし酒匂、春雨、全速前進ー!! 追加でじゃんじゃん撃ちまくるよぉ! 阿賀野に続いてぇ!!」

 
 
 

 
 
 

 神業としか言いようのないキラの長距離狙撃。
 これによりレ級艦隊は一時行動不能に陥っただけでなく、漆黒色のマントを纏ってこっそり航行していた【阿賀野組】にその位置を晒した。
 絶対的な強敵を相手取る際は、いかにして敵の行動を封じられるかが重要となる。
 例えるならコンピュータゲームでいうところのデバフだ。敵の攻撃力や防御力や素早さなんかを低下させるアレだ。古今東西、敵の行動を制限することこそが戦闘の鉄則、理想である。
 それを現実に可能としたのものこそ先ほどキラが撃った、そして現在進行形で少女達が撃ちまくっている戦闘補助弾頭であった。
 他にも、対象を絡め取る粘着性ネットガンや拡散式焼夷弾まで用意している。相手が艦艇ではなく、人間と同等のサイズで、四肢を持つ人型だからこそ有効な装備の数々だ。ぶっつけ本番の実戦投入だったが上手く機能してくれたようで、敵は五感の殆どを奪われた状態である。
 通常弾頭と補助弾頭を織り交ぜた波状攻撃で、たった三人の【阿賀野組】はレ級艦隊を翻弄し、かつ削っていった。
 最適射程まで近づけば魚雷を放ち、早速ヲ級とツ級を1隻ずつ大破させる。ついで、ワイヤーに触れた対象に絡みつく性質を有した纏繞機雷を複数連結したうえで設置し、敵艦隊の進路を狭めていく。普通の艦隊相手ならこれだけで決着が付く。
 だけどそれでも、一方的な展開にはならない。
 ここまで徹底的に用意してもそもそもが3対7、光と炎と網に蝕まれようとも戦意の衰えない敵を完全に封じるまでには至らない。やはりレ級旗艦の艦隊は、有象無象とは練度が違う。姫級旗艦艦隊に匹敵する奮闘が、阿賀野達の優位性を崩していく。
 時が経つにつれ、目に見えて【阿賀野組】の命中率が、攻撃頻度が下がっていった。
 だがこれも明石達にとっては最初からわかっていたこと。だからこそ足止め第一。尋常な砲撃戦になれば瞬殺されてしまうから、少女達は時間を稼ぐべく必死に戦う。
 全ては、キラ・ヒビキがストライクに乗るまでの時間稼ぎなのだ。
 では現在、当のキラがどうしているかといえば。
「くッ・・・・・・! エネルギーが足りない・・・・・・!?」
<と、届かないってことっ?>
「届かないと――どうなるっぽい!?」
 アラート鳴り止まぬ喧しいばかりのコクピット内にて、顔を青くしていた。
 その膝の上、抱きかかえられた瑞鳳色の響がビクリと震え、夕立が泡食って叫ぶ。
 このままでは、ストライクに届かない。
 このままでは、沈む。
「キラ・・・・・・!」
「!! くそ・・・・・・!」
 レ級艦隊への先制攻撃を成した後、響と夕立を収容したデュエルで滑るように海上を爆走していた。哨戒艦【いぶき丸】に少女達を預けるためだ。しかし、その中途。
 敵の砲撃がデュエルを襲った。駆逐ハ級が所々を蛍光ペイント弾で仄かに光らせながらも、弾幕を突破して【阿賀野組】をも置き去りにして単艦、デュエルへ向け一直線に突進しながら砲撃してきたのだ。
 結果としてその砲撃そのものは、虚しく海に消えたけれども。機体には当たらなかったけれども。
 当たらなかったけれど、確かにキラに回避行動を選択させた。スラスターを噴射して躱した。
 更にハ級が砲撃。その弾道は、デュエルが回避すればその先にいる哨戒艦にも命中するコースであると直感、これをも狙った位置取りだったのかと驚愕しつつビームサーベルで砲弾を切り払い、勢いそのままサーベルを投擲してハ級を撃破した。
 だから予定よりも早く、エネルギーが尽きた。
 此方に向かって航行している【いぶき丸】を見ることすら叶わず、推力を失ってしまう。このままではコクピットに収まったキラ達は、デュエル諸共海底に沈む。
 そんなことは。
 けど、どうすれば――
「ハンモックを張るとか、なんとかなんないっぽい!?」
「帆船じゃないんだから・・・・・・、・・・・・・いや、そうか!」
 ――夕立の突飛な提案に、閃くものがあった。
 彼女としてはかつての第三次ソロモン海戦の夜に、ハンモックを帆代わりにしてでも戦闘続行しようとした経験からの発言だったのだろう。諦めるな、なんでも使えと。確かにそうだ、デュエルの装備を思い出せ。
 機能停止まで10秒もない。モタモタしてられない。
 キラは素早く幾つかのスイッチとレバーを操作して、素早くシートベルトを取っ払いながら叫ぶ。
「三人とも飛ぶよ。しっかり捕まって!!」
「え、飛ぶって・・・・・・ひゃわ!?」
「ぽいぃ!?」
<キラさんそれってまさか――きゃあー!!??>
 両脇に少女二人を抱えて、コクピットハッチを開放したかと思えばなんの躊躇いもなく闇夜に躍り出た。
 高度約10m。直下は当然、海。
 建物なら大凡3階から4階相当な高さからの跳躍。いくらキラが特別なコーディネイターとはいえ、少女二人分の質量を抱えたままでは自殺行為に等しい蛮行。
 三人分の悲鳴と共に、キラは暗闇へと落ちていく。

 
 
 

 
 
 

 墜ちる、溺れる! とすぐに到来するであろう衝撃を覚悟して、響は力一杯目を瞑って息を止めた。
 しかし。
「・・・・・・?」
 たたん、と軽い着地の感覚。ついで再度の浮遊感、そして着地。
 どれも覚悟していたものよりもずっと軽々しく、溺れそうな雰囲気もまるでなく。恐る恐るゆっくり目を開ければ自分たちが、自分たちを抱えているキラが暗闇の上に、海の上に立っていることを知った。
 まるで艦娘のようだと思った。この世界でこのように在れる者は、艦娘と深海棲艦だけ。ヒトデナシとはいえいつのまに自分たちと同じ能力を得たのだろうと少女は首を捻るが、その疑問はすぐに解消された。
<び、びっくりしたぁ・・・・・・。もう、そうするならそうするって言ってよっ!!>
「危うくショックで死んじゃうところだったっぽい・・・・・・」
「ごめんね。でも急いでて」
 海上に揺蕩う、デュエルのシールドの上だった。
 砲弾やビームを防ぐ機動兵器用大型シールドは、その面積のおかげで浮力も充分。簡易的な浮島としたそれに、キラは機体のマニピュレーターを経由して飛び移ったのだ。
 抱っこされたままの響と夕立から、瑞鳳の意思を表出する携帯端末から、大きなおおきな安堵の溜息が吐き出されては闇色の波に融けていく。ともあれ、なんとか当面の危機からは脱したようだ。
 振り返れば、周囲にはもう何もない。
 ハッチを閉じたデュエルだけが、海底へと沈んだ。
 本当なら、あの機体は自分たちを【いぶき丸】に預けた後に、コンテナ船までキラを連れていくはずだったのに。仕方の無いことだけどこうなった以上、戦闘終了後に回収するしかないだろう。
(・・・・・・ありがとう。後でまた会おうね)
 それまで敵潜水艦に発見されることのないよう祈り、また、これまで自分たちを守ってくれたキラの第二の愛機に敬意を込めて、響は心の中で敬礼した。
 やはり身体は動かないから、せめてとばかりに瞠目する。
 相手はモノ言わぬ鋼鉄の機械人形だけど、かつて自分たちもモノ言わぬ鋼鉄の艦艇だったからこそ、いつか心が通じると信じて。
 けど、ここからどうしたものか。
 確かに自身の危機は脱したが、作戦は継続中だ。はやくキラがストライクに乗って対レ級戦に参加しなくてはならないのに、浮島と化したシールドでは身動きできない。
 響には解決策なんてなにも思い浮かばなかった。
「・・・・・・今度こそハンモックの出番っぽい?」
「はは、あれば良かったんだけどね。・・・・・・懐中電灯ならあるから、なんとかしてみる。見つけてもらうしかない」
<発光信号? 明石さん哨戒艦でこっちに来てくれてるのよね。それなら・・・・・・って、あれって!?>
 だからこれは、ただただ恵まれていたのだろう。キラが懐からマグライトを取り出す前に、それは来た。
 勢いよく波を掻き分けながら此方に向かってくる影を、響は目にする。一瞬深海棲艦かと戦慄したが、なんてことはなく、それはただの小型ボートだった。
 【いぶき丸】に積載されていた、明石の操る最新鋭軍用高速ボートである。
「キラ、響、瑞鳳、夕立!! よくぞご無事で・・・・・・!」
「明石さんっ!! すいません、デュエルが!!」
「わかってます! こうなったらコイツでコンテナ船まで行きます!! 急いでください、思ったより早く阿賀野達が押されはじめちゃって!!」

 
 

 感動の再会とはいかなかった。

 
 

 2日ぶりに見ることになった明石はすっかりやつれ果てていて、目の下には大きく色濃い隈を作っていた。髪もボサボサで、きっと肌もボロボロだろう。そうさせてしまうほど、自分たちは心配と苦労をかけてしまったのだ。
 でも、それでも気力で魂を奮い立たせ、ギラギラ光る眼光で状況を覆すべく頑張っている。
 どうしてここにと問えば【いぶき丸】甲板上からでもデュエルが攻撃されたのが見えたらしく、エネルギー枯渇を危惧した明石が単独で迎えに行かなければと判断したらしい。「大当たりでしたね」と、明石は無理矢理ドヤ顔を見せてくれた。
 また【いぶき丸】は戦域から離脱するよう要請したようだ。元々あの艦に寄る必要性があったのは、工作艦明石が一刻も早く響と瑞鳳と夕立を診るためであって、こうして合流したからには省けるプロセスなのだ。
 今はともかくストライクを積載したコンテナ船への合流が急務。
 そんな彼女の意を組んだキラは素早くボートに乗り込むと、明石に代わって操縦席へ。一目で操縦方法を把握すればアクセル全開、五人にして四人を乗せた小型艇は一気に最高速40ノットまで加速する。
 すると後部座席へ来た明石は無言のまま、今にも泣き出しそうな貌で、瑞鳳色の響を抱きしめた。
 頼もしいキラとはまた違う、暖かくて柔らかい抱擁。
 もう大丈夫だよと、言われた気がした。
「明石、先生・・・・・・」
 あの朝の出撃から今までのことが、改めて走馬灯のように脳裏に蘇る。
 事ここに至ってようやく「帰れるかもしれない」という実感が追いついた響がまず感じたものは、思ったものは、恐怖と後悔と寂しさがない交ぜになったもので。それがたまらなく嫌で、一気に視界がぼやける。
「明石っ、せんせいぃ・・・・・・! わたし、わたしは・・・・・・!」
 そこから先は言葉にできなかった。
 この2日で色々なものが変わってしまった。【強い私】ではなく【弱いわたし】として初めて接する明石に、なんて言えばいいのか解らなかった。
<ごめんなさい明石さん。心配しないでって私、言ったのに・・・・・・>
「響、瑞鳳・・・・・・よく頑張ったね。ちゃんと、絶対、直してあげるからね!」
「瑞鳳さんが謝ることなんて何もないっぽい。それだったら夕立だって・・・・・・、・・・・・・ねぇ先生、あたしは少しなら動けるから、響の修理お手伝いするっぽい!」
「ありがと夕立。それにしても響、話には聞いてたけど本当に貴女達・・・・・・てか二人とも裸みたいな格好じゃないの!? ああもう、とりあえずこれ羽織って!」
 感傷に浸れる時間はつかの間。
 二人して包帯をぐるぐる巻いただけでほぼ裸みたいな恰好であることに気づいた明石が素っ頓狂な叫びを上げると、慌てて取り出した毛布を強引に被せられた。その途中に彼女が操縦席の方をキッと睨付けたのが、それに察知したのかキラもビクッと震えたのが妙に印象に残った。
 いや、彼もちゃんと着られる服を探してはくれたんだよと擁護しようとしたが、明石は「カーテンかなにかで外套ぐらい作れたでしょうに」と聞く耳なしで。
 まったくもって「それどころじゃない」間抜けな会話に、なんだかこそばゆい気持ちになった。
「・・・・・・コホン。えーっと、じゃあ響。さっそく診させてくれる? 転送できる?」
「うん大丈夫。ちょっと待ってて。・・・・・・瑞鳳姉さん?」
<せーのでやるよ響。タイミング合わせてぇ・・・・・・!>
 目尻を拭ってもらいながら響は深呼吸を繰り返し、精神を整える。
 コンテナ船までは、まだ少し時間が掛かる。その間にやるべきをやろうということだ。
 明石がここまで来てくれたのは、手ひどく損傷した響達を修理する為。異邦人キラにより前代未聞のニコイチ修理された響鳳を分離できるか診断する為。工作艦明石が持参した工具類を傍目に、響は集中する。
 今ここに、修理すべき二人の艤装はない。
 デュエルに積めなかったから、あの隠れ住んでいた廃墟に置いていたのだ。
 だから艦娘が生まれつき持っている超常能力、日常的に行使している不思議を顕現させる。
「来い!」
<来て!>
 艤装転送。
 艦娘の本体――魂であり心臓である艤装――を、意思総体を司る肉体のもとへ、どんなに離れていようとも意思一つで召喚する不思議。いや本体たる艤装が、自由移動できる肉体を媒体に空間跳躍しているといったほうが正確か。
 そういった仕組みで以て、青い光の粒子を伴って、ボート後部座席に歪な鉄塊が突如現れた。
 響と瑞鳳の艤装を合体させた、響鳳(きょうほう)としての艤装だ。
 これに驚くことなく、明石は早速診断に取りかかる。そのサポートとして夕立は毛布で簡易テントを作り、光が外に漏れないようにしてから懐中電灯で明石の手元を照らす。
 数分ほど、ボートの上でガチャガチャと作業音が響いた。
「どれどれぇ・・・・・・うは、なんつー無茶苦茶な・・・・・・、いやでも? んん? っあーなるほど。嘘でしょ、一見ぐっちゃぐちゃスパゲッティなのに見れば見るほど合理的って・・・・・・でも不安定、ちょっとしたことで崩壊するかもじゃないこれってば。・・・・・・ひとまず響鳳として安定させなきゃ危険か」
「なんとかなるっぽい?」
「っぽい。ここをこうして・・・・・・よし、これなら鎮守府工廠でちゃんと分離可能! んで今は響鳳として身体を動かせるようにしてみたよ、動けないってのはマズイからね。どう響?」
 工作艦として【先生】として面目躍如。あっという間かつ正確な処置だった。
 バチンとスイッチが切り替わったかのように指先に、四肢に、身体に意思が漲る感覚。歪だった鉄塊もほんの少しだけ艦艇のようなシルエットになって、これまで不安定だった響鳳という存在が確定した瞬間だった。
「・・・・・・動く。動くよ! ありがとう先生」
「ん? スパシーバ(Спасибо)じゃなくて? まぁいいけど。んじゃ次は夕立ね」
「ぽい!!」
<良かったね響。もう少しの辛抱だよ>
 そして。
 機を同じくして。
「・・・・・・? あれって・・・・・・【いぶき丸】!? なんでこっちに!」
 キラが驚愕の声を上げた。
 見れば、南東へ向かい走るボートの9時方向、北の水平線に、本来キラ達が合流するはずだった――そして明石から離脱するよう言われていたはずの小型高速哨戒艦の影が見えた。
 艦首を此方に向けて、みるみるうちに大きくなるシルエット。間違いなく全速力で戦闘海域に突入しようとしている。
 何故?
 答えは、誰もが予想もしなかったところから飛来してきた。
「くぅ!?」
 まるで此方を嘲笑うかのように、後方から、2発の砲弾。
 戸惑う少女達に警告を放つ暇すらなく、キラはボートを急旋回させ危ういところで回避した。
「ッきゃあ!?」
<至近弾!?>
「この音、小口径砲っぽい! 5inch砲!!」
 更に大きな水柱が連続で上がり、余波で船体がぐらぐらぐらりと傾ぐ。
 やっと自由になった身体全身でとっさにボートの縁のしがみつき、耐える。もしも明石が覆い被さってくれていなかったら海へ放り出されていたかもしれないほどの酷い揺れだ。それ以前に、もしもキラが操縦者じゃなかったら転覆、いや撃沈していたかもしれない。
 最高速で蛇行するボードに容赦なく降り注ぐ艦砲。
 とても片手間とは思えない砲撃精度に、全員が目を剥いた。
「敵の砲撃? まさかもう立て直されたんですか・・・・・・!? どんだけ無茶苦茶なんですか、レ級艦隊ってのは!」
 まさか、もう【阿賀野組】は瓦解してしまったのか? 振り向けば南西へと走るボートの遙か後方で、縺れあうように戦っている影達から突出するものがあった。
「あの艦影・・・・・・ハ級!!」
<阿賀野達は!?>
「三人ともまだ健在っぽい!! やられてない! でもあれじゃ!!」
 駆逐ハ級。
 先ほどデュエルで撃沈した敵と同種の艦が、またしても【阿賀野組】を躱してボートを追ってきている。
 後方の戦闘をよく見てみれば、敵艦隊の残存はレ級、ネ級、ツ級のみと3隻までに減っていたが、むしろその残存艦隊のほうが逆に、阿賀野達を足止めするような格好になっている。
 此方にとっては対レ級だけでも命がけなのだから、その隙を突かれた。
 敵は最優先目標を理解しているのだ。
 状況は加速的に悪くなる。流れはレ級艦隊に傾いている。

 
 

 これを妨害するように、此方に突入してくる【いぶき丸】の艦砲が火を噴いた。

 
 

 自衛用にと申し訳程度に装備していた小口径速射砲と機銃での弾幕が、迫る駆逐ハ級を猛然と襲う。
 【いぶき丸】には最初から見えていたのだろう、あのハ級が単身突撃してくる様を。当たり前な話だが肉眼に限れば、通常艦艇のほうが艦娘よりも遠くを視ることができるのだ。だから非戦闘用にも関わらず、ボートを援護すべくやってきてくれたのだ。
 しかし当たらない。回避される。
 ハ級の大きさは大体ボートと同じ程度で、通常艦艇で狙うにはあまりに小さすぎる。ましてや夜間、ドリフトするように波を蹴立てる敵駆逐艦は易々と弾幕を躱して、哨戒艦へ反撃しながらボートを追跡してきた。
 なんという執念か。
 その様に響は怖気を覚え、また瑞鳳は違和感を覚えた。
<まさか・・・・・・敵はこっちが見えてるの?>
「っぽい。この精度、そうとしか思えない。じゃなきゃこんなのあり得ないもん」
「マズイですよ!? これじゃコンテナ船と合流できたとしても!」
 夕立が同意し、明石が危惧し、キラが唇を噛む。
 レ級艦隊は確かに精強で、そのうえ阿賀野達より数が多いが、それにしたって動きが良すぎる。なにせ敵艦隊は何も見えない夜ではなく、まるで太陽の下でなにもかもを見通しているかのように、易々と此方の狙いの上を征くのだ。他の要因があるとしか思えない。
 深海棲艦は夜目が利かないという基本事項がある。でも、もしそれを克服していたら? もしC.E.の技術を、例えばMS用センサーやレーダーだとかを巨人【Titan】を通じて取り入れていたら? そう考えれば辻褄が合う。
 先ほどキラが実演してみせたように、先制の長距離狙撃をしてみせたように、モビルスーツにとって夜の暗闇は「暗闇」ではないのだから。同じく閃光弾とジャミング弾の効果も半減してるだろう。だから戦闘補助弾頭をもってしても、新型の機雷を仕掛けても敵艦隊の動きを封じきれなかったし、デュエルやボートがほぼ正確に攻撃されたのではないだろうか。
 敵の増援として【Titan】やモビルスーツ、スカイグラスパーが来るかもしれないと覚悟していたが、まさか敵全体が強化されていようとは。人類側はまだ響一人を中途半端に強化して、ささやかな特殊兵装を製造するだけでも手一杯だったというのに。
 ならば台湾の深海棲艦は全て、特装試作型改式艤装と同等以上の性能を持っていると認識を改めなければならない。
 人類側のC.E.技術担当の二人は悔しげに顔を顰める。
 侮っていたつもりはないが、最大限警戒していたが、敵は予想以上に強く、賢い。
「チィ、どうする!?」
 キラが迷うように吐き捨てる。
 このまま【いぶき丸】に全てを任せて離脱するか、まずハ級を撃退すべく協力するかという逡巡が響にも伝わってきた。
 佐世保側の誰かが一人でもやられてしまう前に、キラがストライクに乗らなければならない。それが今作戦の前提。だが、かといって。
 ハ級と正面から戦えば【いぶき丸】は確実に沈む。
 通常艦艇ならば乗組員がいる。面識こそないもののアレには人間達が乗っている。そして通常艦艇といえども、まだ認識されていないだけで、もしかしたら艦娘と同じように魂が宿ってるかもしれないのに。見捨てることができない気持ちは痛いほど共有できた。
 その時、艦首に直撃を受けた哨戒艦【いぶき丸】艦橋から光が瞬いた。
 発光信号。
 ススメ。ココハマカセロ。
「!? ・・・・・・ごめん!」
 ハ級とボートの中間に、まるで壁になるように滑り込んだ哨戒艦に鼓舞されてボートは進む。前方には遂にコンテナ船の巨大なシルエットが見えていた。
 あそこに辿り着けさえすれば。速く、早く。誰もが一心に願う。
 はやる気持ちが伝わったかのように、ボートのエンジンが甲高く咆哮を響かせて。
 40ノットは伊達じゃない。決死の激闘を背にたったの3分弱でコンテナ船への横付けに成功した。
「こうして見ると大きい!」
「キラ、あのクレーンへ!! あれで甲板上まで引揚げてもらう手筈です!」
 ボートごと籠付きクレーンに突っ込んで、引っ張り上げてもらうこと十数秒。
 久々に立ち上がることができた響は、その足で広々とした甲板を踏みしめた。普段は何十何百というコンテナを積んでいるというのに今はガランとしていて、中央に佇む大きな人型を強調しているように思えた。
 ここまで来るまでに、一体どれだけのモノを費やしたのか。【阿賀野組】と【いぶき丸】のおかげで、みんなのおかげで、ようやくだ。
 【GAT-X105 ストライク】。明石達が8割まで修理してくれたキラの愛機が、かつてデュエルと戦ったという機体が、ここにいる。
 同じ場所まで、やっと来ることができた。
「行ってきます。明石さん、みんなを頼みます!!」
「頼まれましたよ! ご武運を!!」
 まだ【阿賀野組】と【いぶき丸】は健在。まだ間に合う。彼が救える。
 交わす言葉も少なく、キラ・ヒビキが走り出す。
 残された少女達は皆、戦場へ戻る彼を見送った。

 
 

 そうなる、はずだったのに。

 
 

「――・・・・・・え?」
 何故?
 何故だろう?
 思わぬ光景に、想像していなかった展開に頭が真っ白になった響は、ただただ現実に問うばかりな無意味な疑問に、思考を占拠された。
 わからない。どうして?
 何故、彼はわたし達のところに戻ってきたのだろう?
 何故、彼はわたし達を突き飛ばすのだろう?
 何故そんな、さっきまでよりずっと怖い顔をして――

 
 

 ――そして、響はソレを視た。視てしまった。

 
 

 現実味のないスローモーションのなかで。
 砲弾の直撃でめくり上がった甲板や様々な残骸の数々に、呆気なく呑込まれていくキラの姿を。

 
 

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