《第19話:おはなしをするおはなし》

Last-modified: 2020-04-16 (木) 20:40:27

『Bitte entschuldigen mich――っじゃなくて、ごめんくださいっ! マスターさんはいらっしゃいますか!?』
『あ、プリンツちゃんいらっしゃい・・・・・・、どうしたの? さっき出前に行っちゃったとこだけど』
『そんな・・・・・・、・・・・・・あのっ! その、突然ごめんなさい、実は私達マスターさんにお願いしたいことがあって・・・・・・すっごく身勝手なのはわかってます。今度お店の手伝いでもなんでもやりますっ。だから・・・・・・!』
『うん、わかった。とっても大変な、大事なこと、なんだね? 今呼んでみるからちょっと待っててね』
『・・・・・・Besten Dank』

 
 
 

 
 
 

 なんということでしょう。
「お待たせ、とりあえずだけどご飯できたよ。食べれそう?」
<え、っあ!? キラさん今入っちゃダメぇ!?>
「へ?」
 いつもの笑みを浮かべて、ようやっと少女らの待つ寝室へと戻ったキラを出迎えてくれたものは、素っ頓狂な瑞鳳の悲鳴と、素っ裸な夕立だった。
 薄暗い部屋の中、傷だらけだけれども尚美しい白い肢体、戸惑いに揺れる紅い瞳が浮かび上がっている。
 夕立は全駆逐艦娘の中でも上位に食い込むほどの、スタイルの良い少女だ。推定14歳相当と熟成には程遠いものの、神懸かったバランスでスレンダーとグラマラスを両立しているような、もう少し背が高ければモデルとして紙面を飾れそうな、つまるところ男受けの良さそうな躰の持ち主なのである。
 そんな少女が、局部を一切隠すことなく無防備に、そこにいた。
 元々包帯をぐるぐる巻いただけでほぼ裸みたいな恰好だった彼女だが、何故にこんな。
 Why? 意味がわからないデース。
「・・・・・・え、ちょ、なん・・・・・・?」
 間の抜けた声で大気を震わせ、ついで「ごめん」と言いかけ、しかして男の悲しい性か思わず剥きだしの大きな乳房に目を奪われて。右手にお盆、左手に鍋を持っている男はそこでフリーズ、それ以上のリアクションを起こせず。
 彼だって歴とした、同性愛者でなければ童貞でもない20代前半の男なのだ。
 不能となり性的欲求が失せて久しいものの元来女体への興味は人並ぐらいにある。またこの世界に来てからは努めて異性というものを意識しないよう、意識させないよう生きていた男が、油断していたところに突如襲撃してきた艶姿を注目してしまうのも致し方ないことだと思いたい。思わせてほしい。自称非ロリコンだとしてもだ。
 そんなキラと目と目がバッチリ合ってしまった夕立も、戦場での機敏俊敏な雄姿から程遠く、時が止まったかのようにピッタリ停止して。
 そんな二人を呆然と交互に見やる響と、絶句する瑞鳳。
 凍った空気。
 あまりに古典的、いやもはや神話的ですらあるハプニングシチュエーション。アツアツなはずのレトルト食糧と鍋から冷気が立ちのぼっているような気さえして、青年はゴクリと喉を鳴らす。感じたものはほんの少しの昂ぶりと、身を引き裂かんばかりの悪寒。
 走馬燈のようにある事件が脳裏を過ぎる。
 実は以前、福江基地で生活した頃、鈴谷がキラと衝突してちょっとオトナな下着を晒してしまった事案があったのだ。あの時でさえ、天に誓ってキラは何も視ていなかったにも関わらず大きな騒動になりかけたというのに、今回は完全無欠な直視、満場一致でアウト以外の判定は有り得ない。
 これは非常に、マズいのでは?

 
 

 新地球統合政府直属宇宙軍第一機動部隊隊長、C.E.の英雄【蒼天の翼】キラ・ヒビキ、覗きの容疑で逮捕。

 
 

 世が世ならそういった見出しのニュースが速報として、面白おかしくあるいは悪意をたっぷり上乗せして全人類に周知されることだろう。
 不条理。
 理不尽。
 いつの世どの世においても、男が女の裸を見ることを起因とする騒動では、男の立場は著しく低くなるものだ。またそれがたとえ誤解、冤罪だとしても一度貼られた悪いイメージを払拭するには大変な苦労を要するもので。
 ましてや相手が艦娘ともなれば。
 艦娘達はその特殊な出自故に、羞恥心の程は人それぞれなれど、裸を見る見られることの意味をちゃんと教育されている。
 そしてキラは異世界からの客人であり強力貴重な戦力であり、かつ艦娘達の信頼を勝ち取って素行にも問題がないと判断されたからこそ、提督同様の制限付きで共同生活を「許されている」立場なのだ。
 即座に直接的な沙汰になることはないが、事と次第によっては居場所を失ってしまう可能性も充分ある。
 四面楚歌。
 裸の夕立とのエンゲージによって始まったこの状況、もしもけんもほろろで取り付く島なく問題視され悪い方向へ転がれば、最悪のエンディングを迎えることも覚悟せねばならなくなるだろう。
 そんな危惧が一瞬で駆け巡り、あまりの急展開に頭がパニックになりそうだった。
 おかしい、こういうラッキースケベ展開はシン・アスカの専売特許だったはずなのに――
(――・・・・・・、・・・・・・いや裸の子を前にして思い浮かべるのがシンとか嫌すぎるでしょ!?)
 しかしどんな幸運か因果か、えらく風評被害な偏見のおかげですっごいテンション下がって若干の冷静さを取り戻せたキラである。
 キラ・ヤマトの宿敵兼相棒なだけあって、アンタにラッキースケベなんかさせねーぜとばかりに脳裏に出没してきやがった。まぁシンは夕立とそっくりな紅い瞳だしわりと子どもっぽいし、おまけに実は戦闘スタイルも結構似通っているものだから、咄嗟に連想するものとして妥当なのだが。
 そう、シンの存在そのものが希望だ。現に彼はこれまで数多のラッキースケベに遭遇しながらも生き残っているし、聞けば天津風とのファーストコンタクトもお互い全裸だったらしいじゃないか。あの男にできて自分にできないはずがない!
 よし落ち着くんだ。考えろ、まずどうすればいい。
 そうだ! 冷静に、理由を訊こう!

 
 

Q.夕立さん。見たところ裸のようなのですが、何故なのでせう。
A.ごはんの匂いがして立ち上がったらなんか解けちゃった。

 
 

 時が動き出し、暴かれるは不幸な真相。
 そっか。不慮の事故だネ、うん、不慮の事故。
 よくよく見てみれば足下に包帯が落ちている。結びが甘かったのか立ち上がった途端にとのことで、そのタイミングに帰ってきてしまったのだ。あぁ、これは全面的に僕に非があるね?
「ごめんね」
 頭を下げて心から謝れば、耳まで真っ赤にして立ちすくんでいた夕立が小さくコクリと頷いて、なんとか事なきを得たと確信する。
 よかった、これで解決ですね。
 取り付く島はありそうで、これからの交渉次第で和解可能だと内心胸を撫下ろし――
<って、いやいやいや。キラさん!? なんでずっとガン見してるのよぉ!? そこしっかり目を逸らさなきゃダメなとこ!! 夕立もいい加減隠しなさいッ!?>
 この瞬間、遂に、これまで沈黙を貫いていた瑞鳳が噴火した。古ぼけた折畳み式携帯端末が飛び跳ねんばかりの怒濤のツッコミ。
 なんということでしょう。男キラ、まさかの裸をガン見しっぱなしである。
 全然そんな気はなかった。っていうか無自覚だった。なるべく真摯的かつ紳士的たらんと心掛けたつもりが、目を逸らすことさえ忘れていたとか不覚・・・・・・ッ!! いやこれ弁明の余地ないわマジで。あれ、これホントにヤバくない?
 嗚呼。
 遠い記憶、いつだったかマリュー・ラミアス艦長に銃殺刑を告げられたことがあったが、それと同じかそれ以上のプレッシャーを彼女からありありと感じられる。結果的に不問にしてくれたとはいえ、あの時は本気で死を覚悟したものだ。
<ッ!! ・・・・・・キラさんの、すけべぇー!!!!>
「うぐ!!」
 そして瑞鳳がいつもよりずっとずっと甲高い声で叫んだ、その正統な糾弾に人生初のジャパニーズ・ドゲザでもって誠心誠意お詫び申し上げるキラ。
 敗走後のサバイバル中とはまったく思えない、実に平和的なやりとりだった。

 
 
 
 

《第19話:おはなしをするおはなし》

 
 
 
 

『へぇ・・・・・・北上、これが?』
『そうだよ~夕張、シンの世界で使われてたってゆーモビルスーツと装備一式。霊子金属化したこの子達の研究と修理と複製が、天津風から託された私らの仕事だねぇ。これ、明石センセの報告書』
『キラ・ヒビキによる通常兵器からのコンバート、霊子金属化かぁ。私達が血眼になっても届かなかったモンがこうもポンっと実現されるなんてね。・・・・・・、・・・・・・ねぇ北上、一つ疑問なんだけど』
『んー?』
『元はフツーの人間なんでしょ、キラって人? コンバートとか同化とか、ましてや戦闘とか、どうしてそんなことできるのかしら』
『ああ、それねー。みんなスルーしちゃってるけど、なんでだろね?』
『そういうものだからって思考停止してるからよ。元々わかりっこないものを考える必要ないから、当たり前なんだけどさ。それに佐世保には考えてる余裕なんて無いだろうし』
『だね。球磨ねぇ達もよく持ちこたえてくれるけど・・・・・・ま、あのキラって人が本当に謎だらけなのは間違いないね~。一回挨拶したことあるけど、正直不気味だったし』
『ふぅん?』
『完全な異物の筈なのに、あまりに自然体で馴染み過ぎててさ、本当に異世界からやってきた普通の人間なのかと疑ったわけよ。それにこの世界で偽名使い続けてる意味もわかんないしさー』
『アンタにそこまで言わせるとなると相当ね』
『佐世保のキラ・ヒビキって、本当にC.E.のキラ・ヤマト本人なの? なんて、思わず問い質したくなるぐらいには変な人だったわー。・・・・・・それに』
『それに?』
『コンバートとか同化とかってさぁ、まるで――みたいだよねぇ?』

 
 
 

 
 
 

「・・・・・・なんか複雑な気持ちっていうか、割とショックっぽい・・・・・・」
<げ、元気出して夕立。そう、犬に噛まれたようなものだと思えば良いのよっ>
「瑞鳳姉さん、流石に失礼じゃ・・・・・・それによくよく考えればわたし達ってもう見られちゃってるんだよ、裸。治療したり包帯巻いたりしたのってキラなんだし・・・・・・」
<いやいやいや、そういう問題じゃないでしょ響? 現に夕立は裸見られて傷ついて――>
「すッッッッごい恥ずかしかったのに、キラさん割とノーリアクションってなんか悔しい!!」
<――え、そっちなの?>
 濡れタオルで全身を拭い、しっかり包帯を巻き直して、毛布にくるまって。キラが用意したレトルト食糧をモリモリ食べながらの夕立の発言が、この廃墟にまた新たなるカオスを生みだそうとしていた。
「夕立、これでも躰にはケッコー自信あったの。白露型で一番ないすばでぃかもって由良が褒めてくれたし、密かな自慢だったっぽい。でも・・・・・・でも! 由良以外の誰にも見せる気なかったけどっ!! もっとこう、見たからには派手なリアクションとってくれないとって思うっぽいッ!!!!」
「えぇ・・・・・・」
 フクザツな乙女心、というやつだろうか。
 なにやら由良なる人物とただならぬ、懇ろな関係を匂わせる訴えに、黙々と動けない響の口におかゆを運ぶだけの作業を続けていたキラはなんとも微妙な顔になった。これは、それこそどんな反応をすれば良いのだろう? どうリアクションしても地雷にしかならない気がする。
 っていうか由良って誰だっけと内心首を傾げるキラ。ゆら、その名前は確かに聞き覚えがあるのだが、どうしても双子のきょうだいであるカガリ・ユラ・アスハを連想してしまう。
 すると、
「座礁したわたし達を救助してくれた人だよ。防衛戦の最後で、ポニーテールの」
「あ、あぁ・・・・・・あの人。ありがとう響」
 助け船は響より。察してくれたのかボソリと小さな声で教えてくれた少女にお礼を伝えると、そんなこともあったなぁと懐かしい気分になった。呉所属の軽巡艦娘だったか。
 後に聞いた話だが、半年前までは佐世保の第一艦隊所属で、夕立ととても仲良しだったらしく何かと一緒に行動していたとか。・・・・・・いや、仲良しってレベルじゃないと思うよそれ絶対。
 艦娘も恋をする。
 話には聞いていた。唯一の対深海棲艦戦力であり国の所有物である彼女らも人間と同じように恋愛するし、軍令部による厳しい審査付きとはいえ交際の自由は保証されていて、なんなら艦娘同士でカップルになることもそう珍しくないと。たとえば鈴谷は熊野とお付き合いをされているそうで、例の件で鈴谷が激怒したのはやはり熊野への愛が所以なのかもと榛名が言っていた。
 だからこそなのだろう。
「師匠的にはガン見ってノーカウントなの?」
「驚いてフリーズしてただけだもん。真顔だったし。ぜったいに別のこと考えてて上の空だっただけだもん!!」
<あの状況でなんでそんな冷静に観察できてるのよぅ・・・・・・。てか派手なリアクションされたらされたでもっと恥ずかしくなったと思うわよ?>
「それはそれ、これはこれっぽい!」
 恥ずかしさは別として、その由良に認められた躰をただの裸としてしか認識されなかったというのは、彼女的には我慢ならないことのようだった。羞恥と怒りに加え、己に魅力がないのかもという不安がない交ぜになった貌で夕立がプイとそっぽを向く。
 藪から棒にまったく意外な一面に面食らうが、つまりこの普段ぽいぽい言ってる天真爛漫でうっかり屋な娘かと思えば、戦場では無敵と謳われ無類の格闘センスを発揮する夕立は、実は恋する乙女でもあったらしい。
 本当に、どうリアクションしても地雷にしかならない気がする。が、ここでスルーすると更に厄介なことになる予感に襲われて、一応のフォローをいれるべくキラは覚悟を固めた。
「えっと、大丈夫(?)だよ夕立ちゃん。その・・・・・・すっごく魅力的だと思う。ホントにビックリするぐらい・・・・・・ってか本当にビックリしちゃったから僕は・・・・・・」
<・・・・・・>
「ほんと?」
「う、うん。本当に。誓って。きっとモデルとしても働けると思うよ、うん。いや由良さんって人は見る目あるなー」
 沈黙と目線が痛かったが思ったことを正直に、どもりながらも早口に告白。普段だったら絶対に口にしない歯の浮くような台詞っていうか恋人持ち相手には不適切すぎる口説き文句に顔から火が出る思いになったが、背に腹は代えられない。
 そもそも全面的に悪いのはキラなのだし。えぇいなんて罰ゲームだ。
 だがその甲斐あってか、
「よかったぁ」
 ふわりと花開くような笑顔を見せてくれたものだから、現金にも言って良かったなどと思ってしまうのであった。
 ご立腹な少女の機嫌を良くできたから、予想していた地雷によるダメージが最小限だったから、ではなく。
「・・・・・・大好きなんだね、そのヒトのこと」
「うん。大好き」
 紛うことなく、愛だったから。
<あーはいはい、ごちそうさま。ってか単純すぎない?>
「愛の為せる所業っぽい! んふふ、やっぱり夕立がナンバーワン!」
「白露が聞いたら悔しがるんじゃないかな、それって」
 コロコロ表情を変える少女がなんだか本当に魅力的に思えてきて、それ以上に羨ましく思えてキラは参ったな頬を掻いた。
 こんな風に無邪気で一途な気持ちを目の当たりにしたのは、生涯で初めてで。好きだ好かれた惚れた腫れたの恋バナは端から聞いていて気恥ずかしくすらあったけど、存外心地よいもので。
「・・・・・・いいな、そういうの」
「? キラ?」
 振り返ってみれば、キラという男は、先天的な遺伝子改造を施された人工子宮生まれの自分は、それでも他の誰とも変わらないただの人間だと信じている自分は、ついぞ誰かを本気で好きになったことがなかった。
 確かに、かつて憧れを抱いたフレイと肉体を重ねたことはある。己の心を解してくれたカガリに親愛の情を感じたこともある。でもあれは愛でなく、己の弱さに起因する依存に他ならなかった。彼女達には自分なりの愛情をもって接したのは確かだが、その彼女達を護る自分という構図によって己の精神を安定させていた側面も確かにあったのだから。
 唯一自分と対等であるシンを除き、他の誰にもそれらと同等並の感情を持てたことすらなく・・・・・・、・・・・・・? なんだろう、何か大事なものを忘れている気がする。まったくこれだから記憶喪失は。
 ともあれ。
 己という人間はまともに人を愛したことがないばかりか、好きになったことがないのだ。ただの人間と自認しているというのに聞いて呆れる。
 だから素直に愛を表現できる夕立がとても眩しかった。その点で言えば瑞鳳にも同種のものを感じていたが、こう改まって熱烈にストレートに伝わってくるとむしろ尊敬の念さえ沸いてきて。
「どうしたの、キラ?」
「突然シリアスな顔して、どうかしたっぽい?」
「え、あ・・・・・・や、できれば聞かせてほしいなって思って。夕立達のこと」
<興味あるの? 意外・・・・・・>
 だからか、ついついこんな提案をしてしまった。
「まぁ、ね。夕立みたいに誰かに恋したことなんてなかったからさ、いいなって思って」
 それは本音混じりだったが夕立へのフォローの、最後の一押しのつもりの希求だった。元々が彼女の裸を見てしまってから始まったこの状況で、これで全てを水に流してくれるだろうと期待しての言葉だった。

 
 

 後悔した。

 
 

「キラさん、恋したことないっぽい!?」
<嘘!? だってすっごくモテそうなのに>
「姉さん、モテるのと好きになるのって違うんじゃ・・・・・・? ・・・・・・え、キラってモテそうなの?」
<そりゃそうでしょ。間違いなく優良物件だし、私だって・・・・・・げふんげふん! とにかく! キラさんみたいな人なら恋人の一人や二人いるほうが当たり前だと思うわよ>
「勿体ないっぽい! 好きな人がいるってとっても素敵なことで、すっごく力と元気が沸いてくるっぽい。それに命短し恋せよ乙女――命短しって由良も言ってたし!」
「強調する所そっちなんだ」
<あ。もしかして女の人の裸を見たのってさっきが初めてだったの? それであんなマジマジと・・・・・・>
「むむ、なら夕立のカラダは毒だったっぽい? えぇと、なんだっけ・・・・・・そう! そーいう人って、どーてーさんって言うんだっけ?」
「Что это? なにそれ」
<それはちょっと意味が違うわよぅ夕立ってか誰から聞いたのそんなの。えっとね、ど、どーてーさんってのは・・・・・・えー、まぁうん。でもキラさんは、そう、なのかな・・・・・・?>
「ねぇ、どーてーさんってなに?」
 迂闊だった。好きだ好かれた惚れた腫れたの恋バナは女性の栄養素である。
 艦娘も例外でなく、しかも普段女の園である鎮守府で生活している彼女達には、劇物にも等しい話題だった。
 なによりこれまで誰もが聞こうとして聞けなかったキラの「その手の話」が遂に解禁され、それも漫然と「恋の経験があるだろう」と思っていたのになんと経験なしと発覚したのだから、普通に男女間の恋愛に理解がある瑞鳳と恋人持ちの夕立が爆発した。
 それにね、今ってばめっちゃ暇だしね、時間だけならタップリあるのに他にやれることがないなら、そこに食いつくのも当たり前だよね。気持ちはわかる。
 なお響は置いてきぼりの模様。
 故に嵐のような、外の本物の嵐にも負けない唐突怒濤なマシンガンガールズトークで恋愛を勧められ、誤解され、童貞扱いされかけ、
「ちがっ・・・・・・! 童貞違うし!」
<ほう>
「ぽい?」
「?」
「あ」
 あろうことか、無意識にいらん意地を張った挙げ句の、自爆である。

 
 

 地雷の炸裂であった。

 
 

 空気が「マジ」なやつになった。
 意図せず猛獣に餌を与えてしまったかのような気分。冗談やネタでは済まされないぐらいにリアルな男女間の営みを想像させる単語が現実感を伴って、一連の会話を生々しいものに変貌させた。
 瑞鳳の声色が一段低くなり、夕立の瞳が興味本位に輝き、響は首を傾げ。3秒後に尋問される未来がありありと見える。
 この自爆による開示は、キラ・ヒビキは人を好きになったことはないが女性との「経験」はあるという意味を示唆して。嗚呼、概ねその通りであるのが非常に痛い。今この瞬間に、この事実よりも彼女らの興味を持たせるものは果たして存在するだろうか、いやない。
 つい先程に瑞鳳から頂戴したスケベの烙印が更に重くなった気がする。
<その話>
「詳しくっぽい!!」
 対極的な姿勢から同一の意図をもって発せられた要望に、無言で後じさるキラ。
 ちゃんと詳しく説明するにはキラとフレイの関係はあまりにも複雑で不明瞭で淫靡で憎愛と打算と裏切りに満ちていて、そして当時の自分の弱さ浅はかさ全てを曝け出すことになってしまうから、正直なところかなりの抵抗がある。アレをこの娘らに話すとか冗談じゃないよ?
 しかしこれを退けることは到底できそうになかった。
 なにせ時間だけはタップリあって、暇だから。全てを話すのと彼女達の興味が尽きるのと、どちらが先だろう?
 長く苦しい戦いになりそうだった。

 
 
 

 
 
 

『うーん良い夜だねぇ。月明かりを覆い隠すブ厚い雲、漆黒の空。夜戦にも隠密にもピッタリな良い夜♪』
『ッ・・・・・・お前、いつから俺の背後に・・・・・・?』
『川内参上! お兄さんが今日のお客さん? どうする、さっそくイケないことしちゃう?』
『誤解を招くような言い方すんなよ! ・・・・・・はぁ、アンタが天津風が言ってたエキスパートってやつ?』
『如何にも。軽巡だけど大船に乗ったつもりでまっかせて! さっそく日帰りデートと洒落込もうよ!』
『アンタ、軽いなぁ』
『こんぐらいのテンションのほうが都合良いんだってイロイロ。そんな眉間に皺寄せてばっかだとハゲるよ? ほぉらリラックスリラックス』
『・・・・・・まぁ、俺が思い詰めてても仕方ないか、確かにさ。人混みに紛れるならデート装ったほうがバレないのかもな』
『そーいうこと。・・・・・・で、あまつんは? お兄さんの保護者なんでしょ?』
『留守番。アイツがここにいなきゃ偽装工作の意味が無くなる』
『相変わらず健気で献身的だねぇあの娘は。んじゃ、そういうことなら時間ないし行こっか』
『ああ。よろしく頼む』
『頼まれたよ。さぁ、いざ佐世保! 夜の川内の本気見せてあげよーじゃん!』
『だから誤解されるような言い方すんなって!!』

 
 
 

 
 
 

 フレイ・アルスターという少女を語ることは、生半可でなく。
 これまで二階堂提督以外に自らの世界について語ってこなかったツケが遂に回ってきたわけだ。
 二人の関係をさわりだけ簡単に説明してお茶を濁そうとしても結局、三人からの相次ぐ質問によってC.E.の成り立ちやナチュラルとコーディネーターの対立からキッチリ説明することになるとは正直苦笑するしかなかった。それも根掘り葉掘り重箱の隅をつつくような質問ではなく、純粋な「どうして」という疑問の積み重ねによるものなのだから、あの世界がどれだけ歪んでいたのか改めてよく分かる。
 そう、それだけ歪だったのだ。コーディネイターを忌むナチュラルの少女と、コーディネイターでありながらナチュラルの為にコーディネイターと戦う少年が、鐚一文の愛もなく肉体を重ねるまでに至ってしまったあの状況は。ラブロマンスの欠片もなく唯々哀しいばかりだった、あの復讐物語は。
 そんなわけでお堅く真面目に始まったキラの女性遍歴暴露大会だが、しかしそれは意外にも開始数分、フレイとの出逢いからコロニー・ヘリオポリス崩壊を経て地球連合軍第八艦隊先遣隊が全滅――フレイの父が死んだ戦闘である――したところで中断されることになった。
 突如、瑞鳳の携帯端末からピロリロリン♪ という軽快軽薄な電子音が鳴り響いたのだ。

 
 

 それはデュエルがストライクからの通信を受け取った合図。
 福江基地の誰かがキラ達の救助要請に気付いてくれた証明。

 
 

 サバイバルとは名ばかりの短すぎる四人の共同生活が終わりを告げる音だった。
 寝室の空気がまた一変し、キラはデュエルの元へと走る。
「こちらデュエル、キラです! 明石さんですか!?」
<うわっ!? ホントに出た!!>
「明石さん! 良かった・・・・・・そっちはどうなってますか、大丈夫なんですか!?」
<こっちの台詞だから!! ちゃんと生きてる!? 響達は!?>
 コクピットに乗り込み通信回線を開いて、しばし二人して噛み合わない問答をした末にようやくお互いの状況を把握すれば、二人とも絶句するしかなかった。
 キラは、己が置かれた状況の全容を知って。
 明石は、響と瑞鳳が融合した容態を知って。
 二人して想定を遙かに超えた現実に、頭が追いつくまで少しの時間が必要だった。
<結論から言うと>
「はい」
<直接診てみないことには何も言えないわ、響と瑞鳳については>
「そう・・・・・・ですか・・・・・・」
<そりゃそうよ! ニコイチなんて有り得ないって思ってたのに、それを分離するとか考えたこともなかったですよ! それに二人を分離するにしても響鳳として修理するにしても基地の施設じゃ無理だろうし、勘だけど時間が経てば経つほど分離は難しくなるでしょうね。急がなきゃ>
「でも沖にはレ級が待ち構えてるんですよね? どうすれば・・・・・・」
<響達はともかく、夕立はどれぐらい動けそうです?>
「航行不能です。そこまでしか直せませんでした」
<ならそっちの四人は【いぶき丸】で輸送するしかなさそうね>
 情報を交換した結果、問題が生じていることが発覚した。
 前提として。
 まず響と瑞鳳についてだがこれは明石が述べた通り、早急に彼女に診てもらって鎮守府工廠で処置しなければならないことがわかって、為すには当然すぐにでも響達を移送せねばならない。
 キラが逃げ込んだ廃墟、福江島南西部にあった廃れに廃れた無人の町は現在、嵐に見舞われている。使えそうな車両等は発見できず、すぐに発つなら徒歩で陸路を行くしかないと思っていた。
 これを阻害する問題が山積みだったことが、発覚したのだ。
 まず一つ。
 この地区は既に土砂崩れ等の影響により道路が寸断され、陸の孤島になっていたということ。徒歩での脱出は不可能だ。おさらいだが、ここはNジャマー影響下である為に既存の通常航空機が使えず、嵐が去ったとしても海路しか選択肢はない。
 次、二つ目。
 この町の近海に、戦艦レ級率いる敵艦隊が陣取っている。福江基地守備隊の【阿賀野組】曰く、嵐の直前に偵察機が発見したとのことで、航路はまっすぐキラ達がいる町を目指していたと。今なら解るが、間違いなく追撃戦力だろう。嵐が去って、夜が明ければすぐに攻撃してくる可能性が極めて高い。
 三つ目。
 福江基地の戦力は、阿賀野ら第三艦隊三番隊しかおらず、他はヴァルファウ追撃戦の為に出払っている。主力部隊の帰還がいつになるかは、まだ連絡がつかないらしい。
 道は一つしかなかった。
<嵐は夜中に通り過ぎる見込みなの。レ級に阿賀野達をぶつけて時間稼ぐから、その間に強行突破しかないでしょうね>
「そんな!?」
 明日の夜明け前に、脱出戦を敢行するしか。
 戦力は直接的な艦隊戦に向いてない【阿賀野組】のみ。言うまでもなく響と夕立は戦えず、キラの力であるデュエルもエネルギー切れで動けず、深海棲艦にとっては大きい的でしかない通常艦艇を用いての救助作戦。勝てる見込みのない賭けだ。
 いやそもそも救助が、強行突破が成功したとしてレ級艦隊はどうなる? こう言っては失礼だが事実として、阿賀野達が敵を退けられるとはとても思えず、下手したらやられてしまう。そのまま福江基地や佐世保鎮守府だって襲われてしまえば元も子もないじゃないか。
 無理だ、危険過ぎる。別の方法を探そうと提案しようとしたところで、
<キラ、ストライクの修理は8割までならいけるわ>
「えっ!?」
 思いも寄らない明石の言葉に、キラは驚きとも歓喜ともつかない素っ頓狂な声をあげた。
 ストライク。キラの本来の力。
 8割までの修理ということは、最初の防衛戦参戦時よりかは幾らかマシな性能だ。それで敵を追い払うことができれば、できなくても囮として動けば、そうすれば全員の生存率はかなり上がる。
 自分とストライクこそが作戦成功の鍵なのだと理解して、久方ぶりに全身が引き締まる思いになる。
 しかし。
「いけるんですか?」
<ギリ。ちょっちこっちで面白いことがありましてね、おかげで修理を進められそうなの>
「? それってどういう・・・・・・?」
<細かいことは気にしない! とにかく動力回りとフレームはバッチシ仕上げてみせるから、輸送船に乗せて洋上待機させますよ。全員の命、預けます>
「・・・・・・! はい、今度こそ必ず!」
 キラが最後に確認した限り、愛機の修理は6割までしか終わっていなかったはずで、キラが指揮しなければ彼女達は修理を進められないはずなのだが。いったいどんな魔法を使えば8割までも進められるのか。
 その面白いこととやらこそ知りたいが、これ以上聞いてもはぐらかされるだけだろうし、なにより時間が勿体ない。ともあれ喜ばしいことに違いはないのだから言及は後回しでなんら問題ない。
 方針が決まったのなら走るだけだ。そして今度こそ自分が皆を護るのだ。護って、無事に鎮守府まで帰るのだ。
 自分達の救助にかなり危険な賭けにでてくれること、それだけ自分達に価値を感じてくれていることに感謝した。
 ならば今の自分にできることはなんだろう?
 そう考えてキラはふと、ある可能性を鑑みて明石と相談しながら組んだ計画を思い出して、もしかしたら必要になるかもと思った。幸い、起動実験こそしてないものの理論上は、完成している。
「そうだ明石さん。もしもに備えて、L計画の実装も進めてください」
<もしもって・・・・・・>
「有り得るかもじゃないですか。だから使える手は全部用意しとかないとです」
<・・・・・・そうね、確かに。了解。データは例のディスクに?>
「インストールさえしてくれれば。中身は完成してますし、切り替えはボタン一つでできるようになるはずなので」
 その後も阿賀野を交えて作戦会議をして、秒単位のスケジュールを詰めていって。絶望的な状況からの脱出を少しでも確かなモノにする為に、やるべきことは全てやった。
 あとは明石達を、彼女達が決行する作戦を信じて今は待つしかない。
<絶対助けるかんね。もうちょっとの辛抱よ>
「響と瑞鳳と夕立は僕が必ず連れて帰るから。明石さんも阿賀野さんも、気をつけて」
 決行は約14時間後、11月16日の4時30分。
 通信を切ったキラはそのまま、デュエルのコクピット内で機体の最終調整を行った。もう動けないと思っていたコイツにも最後の最後まで頑張って貰わなければ。
 絶対に成功させる。その為ならなんでもやる。
 それにしても、いきなりこんなに状況が変わるとは。明石が通信に気付いてくれたことも含めて、運が回ってきたのかもしれない。
 廃墟で待たせている響達に知らせたら喜んでくれるだろうかと、気付かぬ内に笑みを浮かべていたキラだった。

 
 
 

 
 
 

「・・・・・・さぁて、言い切っちゃったですよ。8割までいけるって。今更だけど確証はあるんです?」
「俺達はアイツがやろうとしたプランをなぞるだけでいい。こんだけ機材とデータがあるんだ、やってやれないことはないだろ。あとは根性だな」
「簡単に言ってくれちゃってまぁ、なら指揮をよろしくお願いします。わたし達にはやっぱりまだモビルスーツは手に余る存在で、貴方達の知識が必要不可欠なの」
「わかってるよ。だから作業が止まってたんだろ? それと指揮するのはいいとして、今の俺は呉の喫茶・シャングリラのマスターで、それ以上でもそれ以下でもないってのを忘れんな」
「そのサングラスは変装の一環?」
「似合うだろ?」
「似合ってないです。ぶっちゃけ」
「・・・・・・川内、あの野郎!」

 
 

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