「実験隊のシンフォニー」

Last-modified: 2014-08-11 (月) 18:40:15

眼下に巨大な地球を置いて、ルードウィヒが衛星軌道を進む
初めての技術試験を間近に控え、整備士や同行する白衣のデータマンも黙々と確認作業を行う
ランドがアデルの換装作業をなんとなく見ていると、後ろから肩を叩かれる

 

「お!スパロー装備か、気合入ってるねぇ!」
「俺じゃないジェノだ、2番って書いてある」
「あぁホントだ、なんだよお前改造して貰わなかったの?」

 

新しく本部からアデルMk2と十分な量以上の資材が提供され、ハンガーでは個人の慣性に合わせた改修作業が行われていた
アデル系の(元を辿ればガンダムの)のフレーム構造は円滑な改修作業の手助けをしている
全員待機室入りとなったパイロット達だったが、ランドとピットは外を歩き回っていた

 

「逆にお前は何かやってもらった?」
「俺なんてキャノン付けて貰ったよ、凄ぇんだよ付けるのに5分も掛かんなかったぜ?」
「盾とライフルあれば十分だろ、あぁそういえば細かいスラスター増やしてくれって言ったら断られたな
 可動域とベクトルの計算が必要だし装甲の整形に時間掛かるとかなんとか」
「曹長!ダメですよ勝手に歩き回っちゃ!」

 

各機の改修を見て回っているところにヘンゾが息を切らして注意しにくるが
作業してるただ中で走ってる方がよっぽど「ダメ」だ、と二人とも顔をしかめる

 

「30分もしたら出撃ですから、待機命令に従わないと」
「いいじゃんか当の小隊長殿が何も言ってないんだから、見ろよクールぶってバウンサーパック付けちゃって大人気ない」
「聞きたかったんだけどなんで最後に入った俺が5番でお前が6番なんだ?」
「自分は伍長で階級一番下なんで、本当はダニエルも伍長なんで5か6付けさせるつもりだったんですけど」

 

おかしなところで気を使う部下と話込み、結局巻き込んで3人で改修作業を見て回る
グダグダと一通り見て回った所で、ランドは白衣の人間が10人程でミーティングをしているのをみつける
指揮を執っている女性はよくドラマや映画で見るようなキツイ女リーダーな感じではなく、淡々と話を進めている

 

「おいピット、あの人もプロジェクトの人?」
「俺たちは見たの2回目だな、この艦の改修作業だってあの人が指示してたんだ」
「テレーゼって言うんですって、美人って程じゃないですけど全然いけますよね」

 

下らない言葉にため息を吐いたピットがヘンゾの後頭部を引っ叩いて待機室に戻っていく
ランドも同じ所を強めに叩き、頭を押さえたヘンゾと後を追う

 

試験開始の時刻を迎えたが、ブリッジのテンションは冷静なラインを上手く保っている
それだけ優秀な人間が揃っているのだと艦長のブキャナンは安心した
キャプテンシートの横には連邦政府の局員が立ち、ワザとらしくメモ帳を開いている
本格的な戦争状態となったヴェイガンと政府の間での癒着をフリット・アスノが暴いて以来数年
政治犯罪に手を染めた者は端から弾劾され、ヴェイガン絡みでなくともついでと言わんばかりに
再起不能(勿論公人として)にされた者は両手じゃまず数えられない
夢物語の理想論を民衆が納得できる形まで実現した彼の影響は、時間を掛けて悪い方に受け継がれた
あるいはその意思がただ薄れていたのかもしれないのだが
その結果の一つが艦長の隣で今メモ帳に何かを書き込んでいる仕事に過保護な男だ
査察だなんだと分刻みにスケジュールに口を出し、打上後の戦闘でもやかましいったらなかった

 

「MS展開完了、光波索敵システム起動確認、サーチ開始します」
「バレオ小隊は感知できてるか?」
「レーダーに大型反応6、問題ありません。バレオ隊バルーンを展開してください」
『了解、バルーン出します』

 

新たにルードウィヒに取り付けられた光波のレーダーは順調に数を数え、位置関係もピタリと合わせる
遠目からは戦艦が態々クリスマスでも教えてくれているかのように、取り付けた各所の器材が点滅している

 

「いくらパトロール艦隊の通り道だからって、理解できませんな」
「最大望遠100km弱か…」

 

早々に無視のカードを切ったブキャナンだったが、その声にはレーダーへの不満が入らざるを得なかった
作戦開始前から課題だとテレーゼに告げられた索敵距離、近くにパト艦隊がいるのは分かっていても少し怖い
いつ?どこから?何機?奴らのステルス装備をこの実験で破れなかったらかなり不味い状況である

 

「艦長、バルーン間もなく圏外です、MS隊が発砲許可を」
「どうせタイマーで割れる、隠れ場所もないし派手にやって構わん」

 

少し間を置いてから3本の光線がどこからともなく放たれ、また異なる場所から3本放たれる
1体は遠くで命中したのかただ破裂したのか、モニターにはバルーンの爆発が表示される
オペレーターが退屈な実験の終わりを期待した時、爆発のマークの延長上に通常のレーダーが反応を見つける

 

「あ!敵!敵です!」
「やっぱり見つかったじゃないですか!」

 

思わず八つ当たりしたくなるのを堪えてブキャナンは戦闘配備の指示を出した

 

珍しい事があるもので、電飾巻いたちんどん屋のような戦艦程ではないが
外に出ていたMS隊が受け取ったデータには「多数のガフランタイプ」とあった

 

『旧式の機体です!パトロール艦隊が来るまでもないですよ!』
『奴らに旧式なんて考えは通用しないぞ、2・3番機続け右翼に出る、残りは左翼だ』
「俺はペーペーと一緒かい」
『曹長!左翼に出ましょう!向こうより多く落とせばいいんですよ!』

 

サッと艦砲の軌道を開けて両翼に打って出るMS
数は向こうの方が上だが、ライフルの射程までに何機砲撃を抜けられるか
ランドはドッズライフルを精密モードに切り替えてスコープで群れを観察する
さすがヴェイガンと言ったところか、距離の付いた攻撃はスルッと掻い潜ってきている
右翼に展開した3番機のピットも既に外付けのロングキャノンで狙い始めている

 

「勝手ながら俺たちで先手頂こうかな」
『自分の6番機はキャノンウェアです!自分も撃ちます!』
「よぉし、4番機は敵が接近してきたら俺と左翼前衛だ!」
『4番機ダニエル了解!俺の獲物取らないで下さいよ!あと2機でエースなんですから!』
「全部お前のでいいよ、行くぞ!」

 

ランドの5番機のライフルとほぼ同時に4番機の肩からドッズキャノンが放たれる
慌てて回避したガフランの一機が主砲の軌道に飛び込んでしまい、半身が飲まれて吹っ飛んでいく
精密モードのライフルは命中したが決まりが浅く、先頭の機体の翼に弾かれた
左翼に遅れて右翼も攻撃を始めいよいよお互いMSの有効レンジに入ってくる
予定通り、左翼からはランドとダニエルが前進をかけ、ガチガチにカスタムされた右翼も素早く散開した

 

『1番機から各機、陣形の横腹を突くんだ!真っ直ぐ行くと艦の邪魔になるから気を付けろよ!』

 

上手く回り込んでコの字に敵が入るような形になる、前方に向いた対空ビームが起動して一気に弾幕の雨あられと化す
ガフランが抜け出そうと外側のアデルを狙うが、瞬間的に突破できずに足が緩むと、放火に晒され爆散してしまう

 

『後続は分散してくるぞ!両翼から抑え込め!』

 

多数と報告されたガフランの群れも、気が付けば片手で数えられる程に減っていた
敵が無策のまま特攻まがいの陣形を敷いたのは謎のままだが
途中までレーダーにも掛からなかった辺り、デブリか自前のハリボテでやり過ごすつもりだったのだろう
運悪く6発もの火線を向けられ気づかれたものと誤解してしまったらしい

 

もはや逃げ惑うような敵の動きを見て、ランドは考える

 

(ガフランタイプの群れが個別に行動?しかも衛星軌道でとは、何かあるな)
「おいちょっと1匹捕まえてくるから、お前ら援護してくれ」
『どうしたんですか急に!』

 

ペダルを踏み込んで戦場の上を目指すが、既に先客が同じ目標を観察していた
ジェノが操るスパローがシグルブレイドを持ち、防御姿勢でゆっくり後退するガフランの真上をトレースしている
ランドは共通した目的を果たす為、再びドッズライフルを精密射撃モードに変える
2番機がサムズダウンで合図し、手足のスラスターで素早く上下を反転、逆手の刃を向ける
すぐに反応したランドはスコープをズームして左の肩口にトリガーを引く
同時に存在しない壁を蹴るようにしてスパローが弾幕の中に飛び込む
真上からの攻撃に反応できなかったガフランは片手を削がれ、直後に首を撥ねられる

 

『おぉ!お見事!』
『ホントに取ったんですか!?』
『1番機から全機、撤収ださっさと引くぞ』

 

仲間からジェノへ賞賛の言葉を掛けるが、隊長がすぐ指示を出して流れを切った
無防備に逃げていく敵を追えないのは惜しいが、深追いすることは無い
数で劣ったこの状況でこれだけ一方的に勝てただけで、まず奇跡と言える初陣なのだ
部隊に参加している多くの人間がそう納得している間に全機無事着艦し、整備士たちはお祭り騒ぎで迎えた

 

『まるで英雄だな、手でも振っておくか?』
「俺はいいや、さっさと降りて休もうぜ、緊張して疲れた」
『じゃあまずは飯だな』

 

MSから降りて格納庫の出口まで、近づく人全員に声を掛けられる
ランドとしては悪い気はしなかったが、ドッと疲れて休みたいと考えていてあまり耳には入らなかった
近くで持ち帰った敵MS頭部の解析が進んでいたが、これも後でいいだろうと通り過ぎた

 

帰還したMS隊の面々は点呼はおろか集合もせず各々解散した
ジェノは一人、MSから降りず持ち帰った頭部の調査作業を呼びかけた
上から手で押さえるように地面に置き、特殊な機械を持った作業員が頭部をあちこちからイジり回す

 

『表面傷多く、電気系統に損傷は見られないが稼働している部分は見当たらない』

 

作業無線から報告が流れ込んでくる、正面と両脇のモニターにも作業員が映る
床に置かれた頭部からはまだ巨大な手が離されていない
上手い事切断できたとはいえ、ヴェイガン系MSの自爆装置が生きてるかどうかは分かっていないからだ
もし部位ユニット毎に設定されているなら傍でハンディスキャナーを当てている作業員はまず助からない
爆発しても破片が方々に行かないように、できる事は上から抑えておくことだけだ

 

(それにしてもあいつら、全くやる気がないようだな…)

 

帰還して早々に居なくなったランドとピット
整備士に自慢話を続けるヘンゾとダニエル
ミーティングの一つもせず解散させた小隊長のバレオ
自分の他に5人もいて作業を手伝っているのは自分だけ、この状況に苛立ちを隠せない
確かに、特別に任務を与えられた自分とランド以外からすれば、今回の実験兵器の部隊は一種のお払い箱である
戦闘の続く宇宙で、連邦の勢力圏とは言え単艦のテスト部隊など、普通なら既に全滅している所だ

 

『開きます!温度からして中のパイロットは死亡している模様!』
「俺も下に行こう、手をどかすから全員下がれ」

 

こんなところで自分一人真面目にやることがバカらしいのかもしれない、そんな思考を切り捨てて操縦桿を引く
ゆっくりとアデルが立ち上がり所定の位置に歩いて行く、素早くコクピットの点検を終えると
ジェノは飛び出して作業場に戻っていった

 

「やっぱり死んでましたよ、打ち所が悪かったみたいで」
「あれだけシェイクされて打ち所も糞もないだろう、俺が欲しいのは中のデータだ」

 

運び出される死体に目もくれず、コクピットに入って色々イジっているがやはり反応は無い
少しして作業用のバッテリーが運び込まれて、切断面の辺りにコードがいくつも差しこまれる
上手く言ったようで、電源を入れるとコンソールにゴチャゴチャと表示が為される

 

「分かるんですか?」
「感だ、アデルの操作と照らし合わせながらやるしかない」

 

嘘か真かジェノはスイスイと作業を進め、機体に残された戦闘データを発見した
ヴェイガンのこの部隊はどうやらどこからかの帰り道のようで、遠目にルードウィヒを捉えていた

 

やり過ごす為に浮遊するデブリに身を潜めた彼らは、幸か不幸か新兵器の実験に鉢合わせる
そこから都合の悪いことに、実験用のバルーンが真っ直ぐ彼らに向かってしまった
ダミーの爆破を捉える為、撃たれたビームは彼らの緊張を刺激するには十分である
結果彼らは先制を許した物と勘違いしMSを起動、半端な距離から身を乗り出してしまったのだった

 

「本当に、運が良かったんだな」
「運も実力の内と言うでしょう、後は解析班がやりますから」
「ちょっと待て…このフライトデータだけ貰いたい」

 

頭から出ると話を聞いていたのか作業員からすぐにコピーデータを渡される
格納庫を後にしたジェノは食堂に向かった、道中不自然な程人と会わないのはやはり忙しいからだろう
人の少ない食堂でプレートを受け取り、データの入ったディスクも置いて自室に向かおうとするが

 

「君、どこへそれを持って行く気だ?」
「うん?…俺の部屋だが」

 

声を掛けてきたのは場違いなスーツの男、連邦政府の役人である
第一声の問いに反射的に答えてからジェノは考える、「それ」はどっちのことを言ってるのか

 

(食堂のプレートを持って行く奴は普通にいる、俺の別の仕事を知ってるのか?)
「勝手に持ち出してはいかんと思うが?」
「俺がこいつを外でぶち撒けない限りはアンタに関係のあることじゃない」
「他のクルーにも迷惑がかかる…汚れがつくしな」

 

どうやらプレートの事を言ってるようでジェノはため息を吐く
スパイ映画でもないしそんな都合よくバレる訳がないと自分に呆れ、まだ何か喋っているのを無視して食堂を出た
片手で抱える様にプレートを持つと連絡用の端末でランドを呼び出す

 

『ランドだ、どうした』
「任務について話があるから部屋に来い」

 

ジェノは特に恨みがあるわけでもないが、プレートの事で呼び止めた男に急に嫌悪感を抱いた
部隊の人間でも無いのに注意されたことが腹立たしかった

 

(どうせお前ら「背広」は見てるだけだろうが)

 
 

【戻】【第2話】