「連合兵戦記」6章 2

Last-modified: 2016-11-15 (火) 20:42:35

同じ頃、地球連合側の指揮官であるハンスは部下の機甲兵部隊と共に着用しているパワードスーツ ゴライアスの補給作業が完了した時であった。
パワードスーツは、一般的に歩兵同様に余り電力を消費しないと見られているが、それでも電力で動いている。
パワードスーツを動かすモーター、パワードスーツの繊細な動きを可能とする、全身に張り巡らされた人工筋肉、
装着者の健康状態を一定に保ち、内部の環境を快適な状態にしておくことで継戦時間を延ばす生命維持装置やそしてそれらに装着者の意志を伝達する操作機器も電力を消費する。

 

ちなみにパワードスーツがエネルギー切れになった場合は、自動的に着脱モードに移行して直ぐに脱げるようになっている。

 

災害救助や後方での建設作業等では、部隊に所属する機甲兵の一部のパワードスーツに小型バッテリーを背負わせたタンカー役にすることが出来たが、
戦場でそれをやるのは無謀すぎた。
またパワードスーツを着用している人間の問題もある。
かつて再構築戦争期の〝最後の核〟の直後には、放射能汚染された地域でも活動可能なように鉛の板や放射能遮蔽装置等が装備され、装着者は、高温と生理的不快感に耐えることになるような
人間工学を鑑みないパワードスーツが試作されたこともあった。
それらは、運用時間が、2時間が限度であるということと鈍重さが問題視され、採用されることは無かった。

 

流石にゴライアスを含め、現在のパワードスーツの大半は、軍用、民間用問わず宇宙服に採用されている生命維持装置と同じものが搭載されている。

 

それによりスーツ内の着用者は、寒波吹き荒れるシベリアの様な極寒の大地でも、灼熱と砂嵐が吹き荒れる北アフリカの砂漠でも、蒸し暑いジャングルでも、毒ガス兵器や細菌兵器が散布され、死者の街と化した市街地でも、
全てのインフラが破壊された都市の様な場所でも快適な状態を維持して戦うことができる。
しかしそれでも数時間にわたって着用し続けるのには限度がある。
その為、こうして整備、補給の際には、着脱している兵士も少なくなかった。

 

ハンスは、補給作業が完了するまでの数分間、ヘルメットを外しただけで、カロリーバーとイオン飲料を間食として摂取する時も、着用し続けていた。
いつ敵が現れてもおかしくないからである。
幸いパワードスーツ ゴライアスのマニュピュレーターは、人間の生身の腕と遜色ないと言われる程の精密な動きとパワーの調節を可能にしていたので、
彼がカロリーバーを握りつぶすとかイオン飲料のプラスチック製容器を粉砕するといった事態は起こらなかった。

 

「ハンス大尉!」
通信部隊から報告が入った。その若い通信兵の声には狼狽と恐怖が感じられた。

 
 

「市内に侵入したシグーはどうなった?」
部下と共に補給作業中だったハンスは、偵察隊からシグーが1機だけで突入してくるという報告と、その直後にゲーレン中尉の部隊が迎撃に出たという報告を受けていただけで、
その後の戦闘の結果は、まだ知らなかったのである。

 

敵を撃墜するのは、無理だろうが、短時間で撃破されることはまず無い…そう彼は考えていた。
だが、同時に彼は、戦場に絶対などというものは無いということを彼は知っていた。

 

そしてその考えの正しさは、今この時実証されたのである。

 

「…ゲーレン中尉の第1特別防空隊は戦力の過半数を喪失、ゲーレン中尉は戦死したとのことです。」
「…」

 

ヴォルフラム・ゲーレン中尉、大西洋連邦軍が残存部隊を再編してユーラシアの戦場で臨時編成した第1特別防空隊の指揮官となっていたこの男は、
整った顔立ちと目の覚めるような金髪が特徴的で、任務以外の時も、共に酒場に繰り出したり、トランプゲームを楽しんだこともある掛け替えのない戦友の一人であった。
そしてたった今、彼は、死者の列にその名を連ねた。

 

深い悲しみがハンスの心を一瞬支配した。しかし死者を弔うのは、戦いが終わってからである。
兵士として訓練を受けたハンスは、戦友を突如として喪失した悲しみに沈むよりも、戦友の敵を討つことを選択した。

 

「!!短期間にゲーレンの部隊を壊滅させるとは…奴はエースパイロットだな」
ハンスは直感した。この敵は、先程までとは違う、都市に仕掛けられたトラップや潜伏した歩兵等では対処できる相手ではないと…

 
 

「そろそろ潮時かもしれんな…」
ハンスは、ゴライアスの正面モニターのタイマーの時刻を見ると、部隊の脚である輸送トラック部隊に撤退の準備を命じた。
これで、彼が撤退命令を下せば、いつでも脱出が出来るようになるはずであった。古今東西の歴史をひも解いても、戦争で最も損害を出すのは、撤退戦の時である。

 

このことは、歴史が記録される以前の石器時代の人骨からも判明していることであった。
いかに壊走ではなく、部隊を統制と戦闘能力を維持した状態で退却させるかは、部隊を率いる指揮官の優秀さに掛かっていた。

 

「どうしますか。隊長!」
「…〝トゥームストン〟でいく。まず、その為には、12地区に誘い込む」
「…やってくれるな、ディエゴ曹長」
ディエゴ曹長の率いる機甲兵部隊は、中隊内では、指揮官であるハンスの部隊に匹敵する技量を持つ小隊であった。

 

「やってやりますよ!隊長殿!」
ディエゴ曹長は、笑顔で答える。
まるで、彼の好きなチームが出るベースボールの試合を観戦しに行くときの様に。
先程の戦闘で、市内の下水道を利用して郊外に展開していたザフト軍の車両部隊を襲撃、
大損害を与えて帰還した彼の機甲歩兵部隊は、ハンスの部隊とは別の地下の補給施設で補給作業を受け、それが完了したばかりであった。

 

ディエゴ曹長率いる機甲歩兵部隊と地球連合軍部隊は、防衛陣に入り込んだシグーを撃破すべく、行動を開始した。

 
 

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