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「PHASE01」

Last-modified: 2013-02-02 (土) 23:24:28
 

 ―春―、それは出会いの季節。

 

社会という文化の枠組みからだと、入園式・入学式そして入社式などその場その場で異なる呼び方がされるであろう。

 

しかし、大事なのは呼び方などでは無くそれぞれのコミュニティー〈社会〉に存在〈あ〉る新たな出会いによって広がる人格の形成となるだろう。

 

そして、この物語の主役〈ヒーロー・ヒロイン〉となる少年少女達もまた……

 

これから紡がれていく物語の中で各々が、自身の回りで形成・変化していく、社会・世界の中で自身の役割を作り、確立していく事になるだろう。

 

今、その《原初》の物語が幕を開く……

 

 ――――この《原初》の物語は桜が芽吹き、出会いの季節となる春から始まるのである――――

 
 

     魔導戦史リリカルSEED 1st〈Magical History Lylical SEED the first 〉「PHASE01」

 
 

 「……う…ん…」

 

カーテンの僅かな隙間から漏れ出す陽光が齢僅かな黒髪の少年の肌を照らす。

 

春という季節に似合わない、まるで新雪のような肌色を持つ少年の意識は、その少しばかり漏れ出している陽光によって意識を覚醒させる。のそのそと上体を起こした少年は確認の為、備え付けてある目覚まし時計にて時刻を確認する。

 

 ―――現在、午前6時13分―――

 

いつも起きる時刻より幾許かは早いが、こんなものだろうと少年が思考し、ベットから出ようとする。すると、自身の腹部に【ナニカガオカレテイル】違和感を感じた。だが思案し、内心溜息を吐きつつ自身に掛けている敷布を捲る。

 

そこには暗い部屋でも把握出来るほどの栗色の髪をした少女が少年の隣ですやすやと寝息を立てていた。その彼女の華奢な腕が自分の腹部に当たっていたのだ。彼女の姿を把握するとまた一息、溜息を吐き彼女の腕部に手を置き揺する。

  
 「なのは、もう朝だぞ、起きろ」

 

少年からかけられた声によって、少女―なのはの寝息が、起床を示すくぐもった声があがる。目を薄っすらと開き少年の姿を確認すると、花が咲いたようになのはは微笑み…

 

 「おはよう、シン君」

 

と声を上げたのだった。しかし、

 

 「おはよう、じゃないだろ。一体いつになったら1人で寝てくれるんだ?」

 

シンと呼ばれた少年からかかる言葉は少女の挨拶に対して辛辣な言葉だった。なのはからすればこの様に言葉掛けられる事は予想出来ていた。しかし、この言葉に対してなのはも負けじと抵抗する。無駄ではあるが。

 

 「だ…だって、1人で寝るのって凄く心細いし…それに春とは言っても朝はまだ寒いんだよ?」

 

 「心細いってのなら、近くにあるぬいぐるみでも抱き締めれば良いだろ?それに…」

 

寒いのなら毛布を上から敷けば良いじゃないかと返され、なのはが懸命に上げた抗議の声は大した成果は上がらなかった。そもそもなのは自身の主張として、4月とは言っても朝はまだまだ肌寒いのは事実であるし、ぬいぐるみを抱き締めろと言っても、人肌恋しくなるのも理由となる。

 

人肌が恋しくなるのを解消の方法が無い事も無い、シンの他にも家族は当然いる。

 

この少女の家の家族構成としては――父-高町士郎、母-高町桃子、長男-高町恭也、長女-高町美由紀、次女-高町なのは、そして養子として【1年前】から一緒に暮らしている、高町シン――という構成となってる。

 

この家族構成の中で父母の間に割って入るのは正直勇気がいる、何故なら夫婦間は良好過ぎる位だし、食事の際でも時々呆れる程の仲のよさを見せ付けられる。年の離れた兄や姉を頼るのは正直気が引けるのものだ。更に、なのは自身【幼少時】に体験したある出来事が起因となり、「一緒に寝て」などと家族に申し出ることが出来ないのである。ここでは割愛することになるが。

 

黒髪の少年、シンと茶髪の少女、なのはとの間で日常茶飯事で行なわれている遣り取りをしていると、目覚し時計のアラームが鳴り響いた。何処にでもある時計だが、けたたましいアラーム音はユーザーを起床させる音声としては充分に機能するだろう。時計が指し示す時刻は現在午前6時15分。会話が中断したのをを皮切りにシンはベットから抜け出し、本日学校に持っていく荷物の準備をする。

 

 「まぁ、すぐには無理だろうけど、
  もう三年生なんだから1人で眠れるように努力しろよ?四年生になったら
        修学旅行なんていうのもあるみたいだからな。あ、それから…」

 

洗面所は先に使っておいて良い、と矢継ぎ早に言いながらテキパキと学校に向かう準備を完了し、シンは自室を後にする。どうやら日課の早朝鍛錬を行っている兄-恭也と姉-美由紀を呼びに言くのだろう。部屋主が居なくなった部屋でなのははぽつんと呟いた。

 

 「……わかってるよ…」

 

しかし、その顔には不貞腐れた感情がありありと表れていた。

 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 

洗面所にて洗顔し、歯を磨き、髪を整え、それからリビングに入ったなのはの視界に映ったのは、キッチンにて朝食の調理に勤しむ母-桃子の姿であった。母親の姿を確認するとなのはは元気よく声を出した。

 

 「おはよう、お母さん」

 

かけられた声に反応した桃子は背後を振り返り、学校―私立聖祥大学付属小学校―の制服に身を包んだなのはを見やる。

 

 「おはよう、なのは」

 

母性溢れる笑顔でなのはの挨拶に桃子は答えたのだった。

 

それから、数分してなのはと同じ学校の男子制服に着替えたシンと家主の士郎、少し遅れて恭也と美由紀が入ってきた。どうやら、シンは恭也や美由紀を呼びに言っただけではなく、高町家の大黒柱の士郎の事も起こしに行っていたようだ。

 

こうして高町家全員がリビングに揃い、テーブルに腰を掛けて朝食を摂るのであった。

 

先程記した通り、高町家の家族仲は本当に良好である。取り分け夫婦間においては未だに(妻、高町桃子の見た目の若さも相まって)新婚夫婦と見間違うくらいの仲睦まじさである。食事の時でもそれは例外ではない。何故なら、子供が一緒に食事をしている最中でも食物を食べさせ合う行為が行われるのである。本当に仲の良い夫婦である。

 

朝食を摂っている今でさえ、その行為は目の前で行われている。子供達の目からすればこの行為は慣れたものであり、長女の美由紀も真似して恭也に食べさせるのである。但し、恭也の表情には照れがあり、精神的なダメージが高い事が窺える。ここで考えて欲しいが、今現在高町家は養子のシンも含めて6人家族だ。しかもシンとなのは以外の4人は食べさせ合っている光景がある。この光景を見て、なのはにも思うところがある。つまり…

 

 (…シン君にも…あーんさせて食べさせてあげたい…!!)

 

…というように考えている。しかし、このように考えていても今まで一度も成功した試しがない。毎朝のらりくらりと流されて、学校に向かう時間になってしまうのだ。だが、今朝はまだ時間に余裕もあるし、オカズの量も充分ある。食べさせる行為を行うなら今この瞬間しかチャンスは無いのである。

 

 「…シン君!」

 

大きくは無いが意を決した声で、なのははシンに声を掛ける。

 

 「……何だよ」

 

声を掛けてから数拍置いてシンからの返事が返ってくる。顔には出していないが、内心は面倒臭いと考えている事だろう。なのは自身が醸し出す様相にこの時ばかりは、他の父母も兄姉も食事を摂りながら様子を窺ってる。

 

 (簡便して欲しいな…毎朝毎朝)

 

正直な話シンには、なのは自身が回りの空気に当てられて自分もやってみたいというのが感じ取れる。そのような事に付き合わされるのは御免だからこそ、毎朝色々と誤魔化しているのに一向になのははそのことについて察してはくれない。まぁ、9歳児にそのような機微な反応をしろというのも無理なものであるが。

 

 (どう誤魔化してやろうかな……ん?)

 

本日もどの様にして、なのはからの恥ずかしい行為を強要されるこの事態を回避しようかと考えていると、なのはの「口元」に着目した。

 

これは、この事態を回避するにはうってつけだと。

 

 「なのは」

 

突如、シンから声が上がり自身の口元を突いた。何故そのような行動を取ったのか分からないなのはは首を傾げた。その仕草に一種の愛玩動物に似た何かをシンは感じ取ったのだが、さっさとこの状況を打破したいシンには些細な事である。

 

 「御飯粒、付いてるぞ」
 
 「御飯粒って……ふぇぇぇっっ!!??」

 

所謂「お弁当が付いている」というものだ、シンの指摘に顔を真っ赤にして慌てふためき、必死になって御飯粒を探し求める。そしてなのはの意識が「シンに食べ物を食べさせる」ことから「口元にある御飯粒を探す」ことにシフトしたのを見計らって、シンは残りの食事を片付けそれから使った食器をキッチン内のシンクに置いた。

 

リビングを出ようとしたシンはなのは達がいるテーブルの方を振り返り…

 

 「なのは、バッグは俺が持ってくるからさっさと朝食済ませちゃえよ?早く出ないとバス行っちゃうからな」

 

そう言い残しシンは2階に上がる、言ったとおりにシンとなのは二人分の荷物を持って来る様だ。

 

 「うう…」

 

なのはが唸る、今日も「シンにあーんして食べさせる行為」は失敗したようだ。因みになのはは父母、兄姉に迷惑が掛からないように一日一回というルールを自分に課し、行っているのである。

 

 「今日も駄目だったわね」

 

母・桃子が慰めの声を掛けるが時既に遅し。なのはは残りの食事を残念そうに口に運ぶのであった。

 

因みに、御飯粒はシンが指し示していた左頬側ではなく、右側に付いていたのだった。

 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 

 「…シン君、さっき御飯粒付いてたって言ってたけど、指差してたところ違ってたよね?」

 

仏頂面でなのははシンに抗議する、内容としては先程の頬についた御飯粒の件に関してである。

 

 「わかり易いように御飯粒付いてる位置を指差したんだけどな…」

 「あんな指の差し方じゃ勘違いするよ!左の方差してたから左にあるかと思ったのに!!」

 

まいったな、とシンは言葉を呑み込んだ。恥ずかしい行為を回避する事には成功したのだが、なのはが癇癪を起こしてしまったのだ。このような状況に陥ってしまった場合のご機嫌直しのパターンとしては3通りあるのだ。

 

一つは高町家で経営している喫茶「翠屋」の特製シュークリ―ムを奢らされる。二つ目になのはとシンのクラスメートの中でも特に親しい少女もとい、親友の二人に言いふらされる。最後は父・士郎がコーチ兼オーナーを行っている少年サッカーチーム「翠屋JFC」の助っ人をやらされる。

 

一つ目と二つ目の解決パターンはなのは自身にメリットがある事はシンは理解しているのだが、三つ目においては何故助っ人をしなければならないのか高町家で1年ほど過ごしても、シンには未だに理解できない。だが一番楽なパターンではある。身体を動かすのは苦にはならないし、良い気分転換にはなる。

 

次に楽なパターンは特製シュークリ―ムを奢る事だ。場合によってはなのはの親友の二人にも奢らないとならないが、金銭面での解決なので上手くやり繰りをすれば問題は無い。

 

しかし、二つ目の解決パターンは一番好ましくない、主に精神的な面で。女性を敵に回すのは末恐ろしい事は重々承知しているのだ。なのはに対しての今後の対応について先程の3つの選択肢から即座に対応策を練り上げ、シンは発言を試みる。

 

 「…今度翠屋のシュークリーム奢るよ」

 「…アリサちゃんとすずかちゃんの分忘れないでね?」

 「分かった」

 

真っ先になのはのご機嫌直しのためにシンが選択したのは、翠屋のシュークリームを奢る事だった。友人たちにも奢らなければならないが、3個程度であれば金銭的にもそこまで痛まないし、なのはの機嫌も良くなるので一番楽な方法だ。 

 

 「1人につき3個だからね」

 

 「な?!えっ!?…分かったよ…」

 

合計9個もシュークリームを奢ることになるとは予想もしなかった。シンからすれば手痛い出費にはなるが、言いふらされて余計な事で気に病むこともなくなったのでそれで良しとして納得するしかないだろう。決して、なのはの気迫に気圧された訳ではないのだ。なのはとの会話【取引】をしている内に学校に向かうバスが来た為、シンはなのはと二人で乗り込んだ。そして、そこには…

 

 「なのは!シン!こっちこっち!!」

 「なのはちゃん、シン君、おはよう」

 

バスに入るシンとなのはに突然掛かる声、この特徴的な声はシンには覚えが在り過ぎる位なのだ。乗り込んだバスの最奥部…シンはそこに見知った二人の姿を確認した。

 

腰元まで蓄えた長髪、茶髪がかった金髪、薄緑色の瞳が特徴の少女―アリサ・バニングス。

 

濃紫色の長髪に一際目立つ白いカチューシャ、群青色の瞳が特徴の少女―月村すずか。

 

二人ともなのはが小学一年生の頃から親しくしている少女達であり、現在小学三年生であるシンとなのはのクラスメートだ。

 

この4人の中でのリーダー格はアリサであり、クラスでも何かと行事の際にはクラスの舵取りを行ってしまう程に真直ぐな心情をした子である。ただし、暴走しがちになる事も稀にある。そのような時はブレーキ役を務めるのがすずかである。おっとりして物静かで相手の心を汲むことが大変上手な出来た子である。

 

意外に頑固ななのはと真直ぐなアリサが喧嘩した時など、すずかは良い緩衝役にもなる。

 

 (…何で今日に限ってバスに乗ってるんだよ)

 

このようにシンが考えるのも無理は無い。普段アリサとすずかの二人はバニングス家に仕えている鮫島という執事に運転手を務めてもらって一緒に登校している。しかし、時々鮫島からの送迎を断って二人だけで登校することが極稀にある。そして、そのような日に限ってなのはと喧嘩していたり、シンとなのはのどちらかが癇癪を起こしている状況が重なるのである。言うまでもないが今朝の朝食の一件でなのはは大分機嫌を損ねているため、今の状況はシンにとっては好ましくない状況となる。

 

 (まーた何かしでかしたわね。シンの奴)

 (本当に二人とも、良く飽きないね)

 

車内に入ってきたなのはとシンの表情を見て、「ナニカ」があったと確信するアリサとすずか。なのはとシンの二人は何かがあると本当に表情に表れ易くなるのだ。今もそうである、シンは嫌なタイミングで出くわした、といった雰囲気が表情からありありと伝わって来るし、なのはは相当おかんむりな様相を呈している。

 

大体この二人は根っこの部分でも似ているのだ、言い出したら絶対譲らない頑固なところ等が似通っている。そのため何かと衝突しがちなアリサは、どうしても解決しない時は譲歩するといった、大人な対処法を習得出来たといっても過言ではない。

 

 「二人ともそんな所でしかめっ面してないで、早くこっちに来なさいよ!」

 

バスの入り口付近で固まっていても迷惑になるだけだと、アリサの一喝によってなのはとシンの二人はアリサ達の席付近に歩き出す。アリサとすずかが着席している座席の前まで来ると、突然…

 

 「二人とも朝っぱらから喧嘩してるみたいだけど、私もすずかもその事について聞き出したりしないわよ?」

 

良いわね?と続けたアリサの言葉に、愚痴を聞いて貰えなくてショックを受けているなのはと助かったと言わんばかりに表情を明るくするシン。この二人は本当に分かり易い。

 

 「そんなアリサちゃ「Be Quiet!」…はい」

 

抗議の声を挙げようとしたなのはを無理やり黙らせるアリサ、有無を言わせる気は無いようだ。

 

 「私は児童相談所の職員じゃないから、
  あんたたちの喧嘩の原因なんて聞くつもりは無いわ。
  毎朝毎朝惚気話を聞かされる私やすずかの事を少しは考えなさい」

 

溜息混じりにアリサからとんでもない言葉が吐き出された。

 

 「なっ!何言い出すんだよ!!」「の、惚気てなんかいないよ!!」

 「黙りなさい」

 「「…はい」」

 「ふふ、息ぴったりだね」

 

突飛なアリサの物言いに今度はシンとなのはの二人で声を挙げようとしたが、それもまた無理やりアリサに黙らされる始末、シンとなのはの返事のタイミングがぴったりだった為、すずかに笑われてしまった。

 

 「大体何時もの事だから、
  何かしらのペナルティーを考えてあるんでしょう?
  それをさっさと言ってこの話題を終了しましょう」

 

その方が良いでしょう?とアリサから提案された為なるほど、とシンは頷く。確かに蒸し返すにしても心地の良い話題ではないし、先程のなのはとの交渉でペナルティーの方は確りと決めてあるので、何の問題も無い。渡りに船とはこの事だろう。

 

 「あっ…ああ。翠屋のシュークリームを三人に三個ずつ奢る事になってる」

 

アリサの提案に即答するシン、それに対してアリサは…

 

 「そう、でも一人で三個は多いわ。
  持ち帰ってママと食べるわ。パパは甘いのが苦手だから二個にして頂戴」

 

とっととこの状況を終了したいが為に簡潔に個数まで提示するアリサ。その手際の良さには感服する。

 

 「私は後でお姉ちゃんやノエルとファリンと食べたいから四個必要になるかな…。
  あ、でもシン君に悪いから、
  私の分は良いからお姉ちゃんやノエルとファリンの三個分を貰おうかな」

 

家族の分量を考慮して自分の分を遠慮するすずか。思いやり溢れる良い子である。

 

 「あ、それなら今私が差し引いた一個をすずかの分にすれば良いじゃない。
  そうすれば数も余らないし、すずかだけ遠慮するなんて必要もないでしょう?」

 

すずかの発言に対して、アリサが合いの手を入れる。確かに今しがた、アリサは二個で充分と言っており、アリサは四個必要だと言っていた。本来なら二人合わせて六個分なので、その中で個数を調整するのならば無駄は省かれる。

 

 (…そうだ、これなら…)

 

ここでシンは、ペナルティーを軽減する打開策を思いついた。

 

 「なあ、なのは」

 「ふぇ?…なに?」

 

やけに明るい口調で話し掛けるシン。それに対して若干困惑気味に反応するなのは。

 

 「アリサもすずかも家族の分を考えているなんて、偉いと思わないか?」
 
 「あ、そうだね」

 「…ところで、なのははなんで3個も必要なんだ?」

 「……あ」

 

正直な話なのは自身もシュークリームは3個も必要ない。1個あれば充分なのだ。しかし、朝食の一件で怒っていたため、冷静に考えず勢いに任せて「3個」と言ってしまったのだ。

 

それに実家で作っているシュークリームである。美味しい事は確かなのだが、多く食べたいかと言われるとそうでもない。その事を自覚した途端になのはは言葉に詰まってしまった。

 

 「…えっと」

 「どうなんだ?」

 

真剣なお面持ちでなのはを見つめるシン、その顔は切羽詰まっている。それもそのはずである。ここで個数を減らせる可能性があるのはなのはだけであり、それによって支払う金額も変わってくる。だが、実際購入するのは高町家が経営している喫茶店の特性シュークリームである。お願いすれば、お金を払わずに貰う事も出来るであろう。

 

しかしシンとしては養子として御世話になっている身であるし、しかも私立学校に通わせて貰っているのだ。元々三人の息子娘を抱えているのに、一体何処にそんな余裕があるのだろうと思うこともある。だからこそ、如何に些細なことでも、高町家に負担を抱えさせる様なことはしたくないし、少しでも負担を減らせるように放課後、翠屋の手伝いをしているのである。

 

だがそんなシンの思いが届いていないのか、士郎や桃子は手伝い分としてお駄賃を与えてくれるのである。お駄賃目的として手伝っている訳では無いのにも関わらず。しかし、折角頂いたお駄賃を無駄にする訳にはいかないので、貰った分は全部貯金箱に貯めている。大体使用する手段としては「ペナルティー」において、なのは達三人に何かしらを奢る時に使用する程度であり、奢る頻度も多い訳ではないので問題は無いのだが、金額を少なくするに越した事はない。

 

今、こうしてなのはを問い詰めているのは、そのような意味合いが込められているのである。

 

 「し…」

 「し?」

 「シン君の分?」

 

返答に窮していたが疑問形で返されては反応のしようがない。現にアリサに至ってはこめかみを押えているし、すずかも半笑いである。

 

 「それなら、俺の分は要らない。で、なのはは2個も食うのか?」

 「……1個で充分です」

 

交渉は成立した、証人としてもアリサとすずかがいる。当初の予定では9個の購入になる予定だった、アリサ達と思わぬ遭遇に会ったが特に主だったトラブルが無く、会話が順調に進んだのだ。その結果、交渉も常より早い段階で行う事が出来たため、当初9個購入になる予定だった翠屋のシュークリームが7個の購入予定に抑えることが出来たのである。

 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 

 ――――私立聖祥大学付属小学校――――

 

シンやなのは達が通う小学校で海鳴市にある私立学校の一つである。学校法人聖祥学園の一部であり、小学校から大学までエスカレーター式の私立学校となる。求められる学費や学力も他の私立学校と比べると、頭一つ抜き出ている事でも有名である。尚、ここの小学校の制服は白を基調としたものであり、学園特注の制服となる。この制服の人気も高いため、学費・学力にも関わらず、毎年多くの受験生が集まる。

 

この付属校では小学校の内は共学なのだが中学生以降大学に至るまでは男子校・女子高と別れるのも特徴だ。尚、送迎バス等もあるが、徒歩または自家用車で送って貰う生徒もいる。そのため、駐車場スペースが広く設けられている。また、公立の小学校と異なり校内の整備も整っており清掃に関しても、専門の清掃員と契約を結んで清掃に従事して貰っているため、目の届かないところでも隅々まで行われている。最も、生徒も教室等の清掃は行うため、清掃員の人々はその他の場所を入念に清掃する。しかも、清掃を行う時間帯は主に授業時間なので人目にも付きにくい。

 

そんな清掃・整備の行き届いた聖祥大付属小学校の屋上で、シンとなのは、アリサやすずか達は昼食を摂るために弁当を広げていた。

 

 「普通、小学校三年で未来の夢なんて決まってる訳ないじゃない」

 

アリサが弁当の中身を消費しながら、ふと呟いた。その内容については昼休み前に行われた授業の内容についてである。

 

内容といっても単純明快であり、「将来の夢」について考えて用紙に記入する事である。確かにアリサの言うとおり小学三年生、十歳にも満たない子供のうちから、自身が今後の人生をどうしていくか?などということは考えつかないのがほとんどである。

 

 「うん…でも、アリサちゃんとすずかちゃんはもう決まってるでしょ?」

 

アリサの言葉に対して、なのはが反応する。

 

 「でも、全然漠然としているわよ。
  パパとママの会社経営をあたしもやれたらいいなってくらいだし」

 

齢9歳という年齢で自身の父や母の会社経営を手伝いたいという考え、その発想に至れるアリサ自身の器量は相当のものであるが、如何せん仕事の内容そのものを理解しかねるのでシンは首を傾げた。

 

 「わたしもだよ。
  ぼんやりと出来たらいいなって思ってる。
  機械系とか工学系とか好きだからそういうのが出来たら嬉しいなって」

 

アリサに続き、すずかも自身の興味ある分野を挙げている。この若さで自身の方向性が理解出来ているのは中々のものであろう。

 

 「二人とも良く考えてるな」
 
 「そうだよねぇ」

 

アリサとすずかが考えている事を実際に耳にして、シンとなのはは思わず唸る。タイミングも見事にピッタリである。

 

 「大体あんたたちには翠屋継ぐって大事な未来が待っているじゃない!」

 

唐突にアリサが物凄いことを言っている、高町家が経営している翠屋を継ぐ。しかも、御丁寧に【あんたたち】となのはとシンを一緒くたににしている。余りにもあっけらかんと言っているため、なのはもシンも硬直してしまっている。

 

 「なんでいきなりそんな結論になるんだよ…大体、人の将来を勝手に決めるな…」

 

数十秒ほど固まっていたシンが漸く復帰し、弱々しくではあるが抗議の声を挙げる。正直何を言っているのか理解出来ていない様子だ。

 

 「あんたなんて、
  なのはの家に御世話になってから欠かさずに翠屋手伝っているじゃない?
  それになのはってよく翠屋の価格表やPOPを作成したりするし、
  あんたたちが翠屋の二代目になって継いじゃえば、
  士郎さんも桃子さんも安心するんじゃないかと思ったんだけど?」

 

アリサの言うとおり、確かにシンは養子として高町家に御世話になってからは欠かさず翠屋の手伝いに精を出している。だが、それは少しでも世話になっている恩を返したい一心であるし、自身の事で負担を掛けさせたくないから、という理由から来るものだ。いずれ自立出来る程に成長したら、御世話になった分の恩を返し、一人暮らしを行おうとも考えている。

 

 「あのな、今は御世話になっているけど自立出来る位の年齢になったら、
  一人暮らしして恩を返すって予定を立ててるんだ」

 

だから勝手に人の人生プランを決めないでくれ、とシンは言い放つ。しかし、アリサから言わせれば具体性もなければ、それこそ計画性も無いのに突拍子も無い事を言うものだと思案している。

 

 「まぁ、シンも御大層なことを言っているけど計画性も具体性もないわね。
  それじゃ私たちと同じよ。
  私やすずかだって他にも色々興味津々なことはあるし、何にも決まってないのと同じよ」

 

だから、なのはも気に病むことじゃないとアリサはなのはに言い切る。だが、当のなのはは心ここにあらずといった面持ちで返事を返した。しかし、すぐに立ち直り昨日視聴したテレビ番組の内容に話題を切り替えて、昼休み時間が終わるまでその話題で話し続けた。

 
 

 ――――――――――――――――――――――――――高町なのはには現在深刻な悩みがある。

 
 

 なのはの心の中には漠然としたものではあるが、「何かをしたい・やらなければならない」という気持ちに支配されているのである。それは焦燥である。ここで高町なのは、という少女について語らせて頂く。

 

 なのはの家族は健在であり、シンという同い年の、非常に近しい存在がいる。

 

               
 学校生活においても、いじめに遭ってる訳でもない。友人にも恵まれており、充実した日々を送っている。

 

 そして、放浪者・家無き子などでもない。明日の寝食に気に病む事無く、すくすくと成長している。

 

 だからこそ【おかしい】のである。―――【自身の心の中、胸の奥を占める、何故か寂しくなるこの感情が】

 

 寂しい、というのも正しい言い方では無い。もっと複雑に絡みあった【ナニカ】が在[あ]るのだ。寂しくもあり、悲しくもあり、そして苦しくなるような、行き場の無い気持ちが自身の心[胸の奥]を支配する。だが、この心の中に蔓延る【ナニカ】を解消する唯一の方法があることをなのはは理解している。

 

 ここ数年間でシンと一緒に居る間【だけは】この心の奥を占める複雑な【ナニカ】が緩和されるのである。

 

 但しなのは自身、いつから自分の身体の奥に在る【ナニカ】を自覚したのかは覚えていない。ある日、突然気づき始めたのである。あまりにも苦しくなるこの【ナニカ】は、【シンだけ】が和らげてくれるのである。だからこそ執拗に、なのははシンとスキンシップを取りたがる。一緒に寝たり、食べ物を食べさせ合おうとするのも実はそのことが起因である。シンとの位置が近ければ近いほど、自身の胸の奥の苦しみが和らぐからだ。

 

 だが、悲しいことにシン自身はなのはが自分に固執するのを良しとしない。ことある事に自立を促して来るのである。先程シンが語っていたこと――いずれ自立し、高町家を出て行き恩を返す。それが真実であるのならば、この上なく恐ろしい事である。勿論なのはとて利口であるし、シンの言っていることは理解出来る。しかし、自身の身体がその事実を拒むのである。

 

 【ナニカ】に苦しめられる身体を、唯一癒してくれる存在が間近に居るのに、手を伸ばすなという方が無理なのである。例えれば、自身を満たしてくれる媚薬の様なものである。だが、シンは大切な家族であり自身に最も近しい存在である。だから嫌われるような事はしたくない。その想いにも心を揺れ動かしているのである。

 

 ならば、シンに変わる【ナニカ】を和らげてくれる様な存在や【ナニカ】を忘れさせてくれる様な自分にしか出来ない事を探すしか方法は無い。そう、高町なのはは焦っているのである。この自分の中にある【ナニカ】を忘れさせてくれるほど、自分が夢中になれる【何か】を探し続けているのである。

 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 

 ――――海鳴臨海公園――――

 

海に隣接している臨海公園であり【自然と人工物の調和・融合を目的とした趣のある公園】というテーマの下、海鳴市が地元企業と提携した計画の下建設したものである。観光シーズンやクリスマスには夜間ライトアップされることで有名であり市内随一のデートコースとして情報誌にも掲載されるほどである。広大な敷地の中には、様々な世代に利用出来るように宿泊施設が完備されており、他にも展望レストラン、水族園、球戯場やウォーキングコースにサイクリングコース、観察湖、人工池も設置されており、人工池ではレンタルボートの貸し出しも行われている。

 

そんな広さを誇る公園のウォーキングコースをシン達は闊歩していた。始業式をつい先日終えたばかりで本格的に授業を開始するのが週明けになるため、早めの放課後をこの海鳴臨海公園を探策することで時間を潰していたのだ。

 

 「やっぱりあの屋台のたい焼きは美味しいわね」

 「うん。そうだね」

 

先ほど屋台で購入したたい焼きを食べつつ、今は周囲の自然を堪能しながら歩いている。行儀作法としてはお世辞でも良いとは言えないが、この自然溢れる中で美味しい物を食べるのも中々楽しいものなのだろう。

 

アリサ、なのは、すずかは雑談をしながらシンの一歩先を歩いている。話の内容としてはたい焼きの中身について語っているようだ。つぶあん派のアリサ、こしあん・クリーム派のなのは、すずかは割と好みの味が多いようだ。因みにシンが今食べているのはたい焼きとしてはかなり珍しい【カレー味】だ。このたい焼きを購入した屋台は味のレパートリーの豊富さでも有名であり、甘い物が苦手な人にも買い易いように中身の工夫がされているのだ。

 

 「それにしても、この先って何かあったか?」 

 

ふと思いつきシンがなのは達に声をかけた。探策という名目で散歩をするのは結構な事だが、行く場所が解らなくなって迷子になってしまっては本末転倒だろう。

 

 「あ、ちょっと待ってね。…えっと」

 

シンの言葉に反応し、すずかが海鳴臨海公園の広域詳細ロードマップを広げる。今まで通ってきた道筋や目印等の確認をした後に…

 

 「この先に行くと、人工池に着くみたいだよ。確かレンタルボートも借りれるみたい」

 「人工池…ああ、確かカップルばっかりのところか」

 

シンの言ったとおり、人工池はカップルの利用者が多いのが特徴的なスポットだ。その要因としては、やれ特定の行動をすると永遠の愛が約束されるだとか、意中の人と結ばれるだの、正直背中がむず痒くなるような根拠の無い噂話の特集記事が原因だろう。

 

大抵何処の出版会社も購買読者を募る為にありとあらゆる手を尽くす。海鳴臨海公園の特集記事が組まれた際に人工池の特集も少し組まれていた。しかし、内容としてはある成功の一例を上げてそれを皆その様に行動を取れば、同じ様に成功することを揶揄したものだったはずだ。但し、姉・美由紀が読んでいた雑誌の内容をシンは話半分に聞いていた程度なので詳細に覚えては居ないのだが。

 

 「あ、見えてきたよ。…あれ?」

 

人工池が見えて来たためなのはが声を挙げたが、そこには違和感があった。レンタルボートの貸し出しを行う小屋はボロボロであるし、ボートも数十隻あるが、その中の半分ほどは船体の中腹部分から折れ曲がっているものもある。そしてそれらの状況を纏めている警察官の姿が確認出来る。ここで何かしらの[事件]が発生したのだろうか。

 

 (…この光景…確か…どこかで見たような気がする)

 

シンは今自分達が見ているこの凄惨たる光景に見覚えがあった、だが同時に有り得ないとも思った。

 
 

 ――――何故ならこの光景は自分が昨夜から今日の朝にかけてまで見た【夢】の光景にそっくりなのである。

 
 

 【夢】の内容としては以下のようなものである。

 

 ――――見上げる空が、不気味な深紅に染まり上がった世界、自分達の日常では在り得ない現実から隔絶した光景の中、一人の少年が疾走しているのだ。その容姿は日本人とは異なる。その少年の容姿は、茶髪がかった金髪に翡翠色の瞳をしている為、シンやなのはの友人のアリサに近いであろう。

 

 ――――その少年は異形な何かを追いかけていた…どのような【物/者/モノ】かは把握し辛いのである。一言で言うのであれば、【ずんぐりむっくりした黒い影】を追いかけているのである。勿論ふざけてこのような表現をしている訳ではない、紛れも無い事実なのだ。実際に黒い影が凄まじい速度で疾走しており、少年から逃走している様に見えるのである。少年は息を切らしているが、それでも黒い影を逃すまいと全力疾走している。

 

 

 ――――黒い影が一際高く飛び上がって森を抜けた。少年もそれに続いて森を抜け、舗装された道に躍り出る。その先には小屋と数隻のボートが浮かぶ池があった。そしてその池の水面の上には空を浮遊する黒い影が存在していたのだ。 

 

 
 ――――肩で息をしながら少年が黒い影を見据える。黒い影が少年の方を振り向く、黒いだけの影かと思われたが、両の目が付いており口の様な物も見受けられる。一方少年は、手に持っていた赤い球体の宝石を向けた。宝石が少年の手から離れ、重力に従って落ちる……事は無く、宝石は空中に浮かび上がった。

 

 ――――少年が聞き取れない程の音量で何かを呟くと、宙に浮いている宝石が輝き始める。輝きが強まると同時に前方に円形のカタチをした、紋様がビッシリ書かれた何かが出現した。少年の瞳と同じ翡翠色をしたその円陣が、強い輝きを放つ。その強い輝きを黒い影が浴びると突如、青い菱形の宝石が浮かび上がった。黒い影が翡翠色の輝きを受けると、苦しみ始める。呻き声を上げながら、その黒い影は両目を限界まで見開く。黒い影の赤い両目が少年を捉えると、少年の強い輝きに打ち負かされないために自身の身体を巨大化させた。

 

 ――――妙なる響き、光となれ。許されざる者を封印の輪に――――

 

 ――――Preparing to seal――――

 

 ――――黒い影が巨大化したことに警戒した少年が、まるでRPGに出てくる魔法使いが唱える呪文の様な言葉を発する。すると、空中に浮かんでいる宝石に文字が浮かび上がり、宝石から声が響く。すると、黒い影が突然雄叫びを上げ池面のギリギリを滑る様に滑空する。黒い影は水を巻き上げながら、少年に向かって猛スピードで突撃を敢行してくる。そして少年の前方に出現している円陣に黒い影が衝突する。

 

 ――――円陣と黒い影が衝突すると、辺り一面、落雷が発生したかのような轟音が響き始める。翡翠色の円陣と黒い影の間には、激しい光が発生し、青い稲光が放たれ木々や建物を破壊していく。

 

 ――――ジュエルシード、封印!!――――

 

 ――――翡翠色の円陣を発生させていた少年がその言葉を発すると、今まで放たれていた光の中でもより一層激しい光が放たれたのである。

 

ここまでが、シンが見た夢の内容である。しかし、朝はこの夢の内容を思い返すことは無かった。何故なら、なのはがシンのベットに潜り込んでいるというトラブルが発生していた為だ。夢の内容を思い返す事無く、なのはに注意したり、朝に自分が行う日課や役割――兄・恭也や姉・美由紀の鍛錬を中断させて学校に行く用意を手伝ったり、父・士郎を起こしに行ったりする等――を実行していたのである。

 

だが実際にこの凄惨な光景を目の当たりにすると、鮮明にその夢の記憶を想起することが出来る。確かに、あの夢の中で発生した戦闘と目の前の光景は似通っている。但しある一点――紅い不気味な色をした空模様――は一体どういう原理であるのだろうか?実際にこの場所で、あの夢の内容と同じ事が行われていたとしたら、あの不気味な空の説明が付かない。

 

 「あの!ここで何かあったんですか!?」

 

シンが思考しているとアリサが警察官に向かって、この惨状の理由を聞きに行っている。しかし、警察もこの惨状についての目撃者が居ない為、状況を写真に収めたり、書類に記入している。そのため、特に原因が判っている訳では無いとの事だ。

 

アリサと警察官が話し込んでいる様子を窺っていたシンに突然…

 
 

 ――――――――――――……タスケテ――――――――――――

 
 

 (…!?な…何だ!?)

 

まるでシン自身の意識に直接語り掛ける様に、言葉が走ったのである。余りに突然の事であった為、シンは驚愕し、周囲を見回した。

 

しかし、周囲にはシンを除くと背後になのはやすずか、警察の話を聞いているアリサ、それと数人の警察官が居る程度であり、声の主――恐らく同年代の男の子の声――は見付からなかった。

 

 「な、なのはちゃん!?」

 

声の主を探しているシンの耳に、驚いた声を上げたすずかの声が届いた。背後を振り返ると、なのはがウォーキングコースを外れた林道の方に向かって走って行くのが見えた。

 

 「なのは!?すずか、一体どうしたんだ!?」

 「わ、わからない。突然走って行って」

 

すずかに問い詰めてみたが、どうやらすずかにも判らない様であった。埒が開かないため、なのはを追うしかない。そう判断するとシンも林道に駆けて行った。

 

 「え?…ちょっとシン!?」

 

背後からアリサの声が掛かるが、振り向かずにシンは林道を疾駆していく。なのはが走って行った林道を10M程駆けると、しゃがみ込んでいるなのはが見付かった。

 

 「なのは…どうしたんだ?そんな所にしゃがみ込んで」

 「あ…シン君…この子…」

 

なのはが振り返り、小動物を示した。どうやら怪我を負っているらしく、ぐったりと倒れている。

 

 「なんだ?その小動物…」

 

近所では犬猫の類はよく見掛けるが、なのはが手元に抱き寄せている小動物をシンは今まで見た事が無かった。学校や市営の図書館であれば動物図鑑等で調べられるであろうが、今はこの動物の種類云々よりも動物病院に連れて行くのが最善だろう。そのようにシンが考え込んでいると、シンより数十秒遅れてアリサとすずかがなのはの元に辿り着いた。

 

 「あんたたち、いきなり突っ走って一体何事よ!」

 

アリサから若干苛立ち混じりに問い詰められるが、なのはの抱いている小動物を確認するとその面持ちは成を潜めた。

 

 「それってフェレット…?」

 

すずかの呟きによってこの小動物の種別が「フェレット」と云う事が判明した。しかし、今はそれどころでは無い。急いで獣医に診て貰う必要があるだろう。大分衰弱している様であり、これ以上この場に留まるのも得策ではない。

 

 「それより、早く獣医さんに診て貰った方が良いだろ?見た感じ結構拙いんじゃ無いのか?」
 
 「そ、それもそうね。此処からなら、確か槇原動物病院が一番近いはずよ!」

 「そうか、それなら其処に行こう。アリサ道案内頼めるか?」

 

高町家自体が喫茶店を経営しているため、今まで動物・ペットの類を飼育した経験がシンやなのはには無い、だからこそこのような時は家でペットを飼っているアリサやすずかに道案内を頼むほか無い。二つ返事でアリサが了解すると、シンを含めた4人は槇原動物病院へと向かった。

 

そのフェレットが夢に出て来た少年と同じ様な宝石を首輪から下げている事にシンは終ぞ気付かなかった。

 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 

海鳴臨海公園にて「フェレット」という負傷している小動物を発見したシン達は、その後現地から一番近い槇原動物病院へと向かい「フェレット」を診察して貰った。幸いな事に衰弱はしているが、怪我自体は大した事は無いようだ。ほっと胸を撫で下ろしたところで診察料等が掛かるのでは無いかとシンは内心戦々恐々としていた。

 

しかし、この槇原動物病院では負傷動物を発見・保護した人々の駆け込み先として、真っ先に名が上がる。何故かと言うと、駆け込んで来た人に対して診察料を取らないということで非常に高い評判を得ているからなのだ。

 

何故そこまで急患の動物に対して破格の対応してくれるのかと、当然疑問にも思うであろう。様々な諸説があるが、一番有力な噂によると此処の動物病院の院長である槇原院長自身が相続者でありかなりの大地主のため、懐が広いのでは無いかと言われている。

 

何はともあれ、ここからが問題なのである。飼い主不明なため、「フェレット」を拾ったシン達の内、いずれかの家で「フェレット」の面倒を見なければならないのは想像に難くない。アリサやすずかの家では既に犬や猫を飼っているため面倒を見れないとの事である。また高町家では喫茶店経営(ただし、実際経営している喫茶店は海鳴駅駅前にある)をしているため衛生管理上、動物を飼うのは控えておかなければならない。非常に結論を出し難い状況となってしまったのである。

 

しかし、その日は日が暮れてしまったため、今日の内で結論を出すことが出来ず、一先ずのところ槇原動物病院に預かって貰った。そして明日以降なのは達四人で話し合うということになり、なのは達はそれぞれ帰宅する運びとなったのである。

 

なのはとシンは高町家に帰宅してから、本日「フェレット」を拾った出来事と動物病院に預けている事を家族全員に話した。それから飼い主不明なため面倒を見ても良いかということを両親に相談したが、返答はやはり予想通りのものであった。

 

夕食後、シンは自室で寛いでいたが、思い悩んでいた。「フェレット」の件は言わずもがななのだが、それに付随して海鳴臨海公園の人工池の惨状や【謎の呼び声】の件についても考えていた。人工湖の惨状と今朝まで見ていた夢が重なる事、そして、その夢に登場していた少年の声と自身に掛けられた【謎の呼び声】が似ている事についてである。夢という一般的には、あやふやなものとして片付けられてしまうものを覚えていられるものか、と思われるだろう。確かに確証はないし、証明出来る手段はない。

 

そこまで思考すると、シンは思考を切り替えた。これ以上フェレットの件や人工湖の被害に付随した関連事項について考えていても仕方が無い。シンにもしなければならない事が沢山あるのだから。

 

シンはおもむろに今まで腰掛けていたベットから立ち上がり、部屋のクローゼットを開けた。そこには、衣替えで仕舞い込んだ冬物用のジャンパーの類が何着か掛けられてある。しかし、それらに混じって他の衣類とは異彩な雰囲気を放つ服があった。

 

 
それは赤色を基調とし肩部・腕部その他随所に黒色をあしらった非常に作りの良いジャケットが存在する。

 

これはシンが【始めに着ていた服】だと聞いている。何故言伝で[聞いている]のかと言うと、正直な話シン自身が覚えていないからなのである。シンは【 記憶喪失 】という障害を患っているのである。

 
 

※   ※   ※   ※   ※   ※   ※   

 
 

 高町シンは今から遡る事、【約2年前】に私立聖祥大学付属小学校で発見された。その当時の発見者は【アリサ・バニングス】【月村すずか】そして【高町なのは】なのであった。

 

 【高町なのは】と【アリサ・バニングス】の両名が校内で取っ組み合いの喧嘩している最中、【月村すずか】が仲裁に入った直後に、突如として付近に眩しくて目も開けられない程の発光が発生したのだ。その発光した現象について、一体何が発光したのかと、好奇心に駆られたその三人は発光現象が起こった現場に向かった。すると、その現場には負傷した様子の黒髪の少年――後に【高町シン】と名乗る事になる――が発見されたのだ。これはシンを発見した当時のなのは達の証言であり、この時シンが【着用していた服】が件の【始めに着ていた衣服】なのである。しかし、その服は見た目も奇抜ではあるが、発見された当時も違和感が満載だったのである。

 

 何しろ発見された少年の背丈にまるで合っていなかったのである。

 

 今現在【高町シン】は年齢不詳であるが、推定九歳児と見なされている。それが発見当時なら約七歳児の少年である。しかし、彼が着用していた【奇抜な服】は、サイズは彼の背丈に比べて遥かに大きいものであった。十代後半の青年が着る様なサイズだったのだ。そのため当時の警察も何かしらの刑事事件に巻き込まれたのではないかと推察し、シンに対して事情を窺おうとしたのだ。

 

 しかし、発見当初のシンは事情はおろか、自分自身の名前すら覚えていない状況であったのだ。

 

 記憶も無い上身元の証明となるものを持ち合わせておらず、様々な情報媒体で呼びかけてもシンの保護者を発見する事が出来ず、いたずらに時間だけが過ぎていったのだ。更に状況は彼に対して不利な方向に転がるのだ。いくら子供といえど何時までも身寄りの無い少年の面倒を見ることなど、病院に置いて置く訳にもいかないので、シンにしても警察にしても八方塞がりの状態だったのだ。そこで、彼に対して一時的な保護という形で名乗りを挙げる者が現われたのだった。

 

 発見者の少女達三人は、彼の見舞いにかなりの頻度で訪ねていた。高町家の末っ子のなのはは年齢の近い彼の今後をかなり気に駆けていたのだ。そこで、行く宛が無いシンに対して真っ先に保護を申し出たのが【高町なのは】の父親であり、高町家の世帯主の高町士郎だったのだ。しかし、ここでまた問題が発生した。

 

 それは少年の名前なのだ、記憶喪失の為自身の名前が思い出せないのである。では、何故その少年は現在【シン】という名前を名乗っているかと言うと、これもまた【奇妙な服】が関連していた。【奇妙な服】の内側の内ポケット前に――――Shinn.A――――とネーム刺繍が施されていたのである。彼自身が自分の名前すら思い出せない当時の状況から、警察の人間が「自分の名前を思い出せるまで自身の事を【シン】と名乗ってはどうか」と提案したのである。勿論、刺繍の件をしっかりと説明をした上で。

 

 これについて彼は承諾し、自身の仮名としてシンを名乗る事としたのだ。そして、シン自身が発見されてから1年後の日に正式に【養子縁組】として高町家の住人となるのである。以上が黒髪の少年が【高町シン】と名乗っている理由である。

 
 

※   ※   ※   ※   ※   ※   ※   

 

#br  
この奇抜なジャケットを見る度にシンは決意を新たにするのだ。「このままではいけない」と。

 

保護をしてくれた上に養子縁組として、自分を迎え入れてくれた高町家の人々は本当に優しい。その事に対して感謝しても仕切れない位であるし、この恩を仇で返す様な真似は絶対にしたくは無い。だが、何時までも高町家の優しさに甘んじていたままではいけない。何処の馬の骨かも判らないままでは駄目なのだ。だからこそシンは自分がある程度成長しても記憶がこのまま戻らないようであれば、高町家を離れ自分の過去を求め海鳴の地から離れて旅に出ようとも考えているのである。その事を常に思考し、シンは胸元に吊り下げてある【白い装飾品】を握り締める。因みにこの【白い装飾品】も奇妙なジャケットの襟元に備え付けられていたものであった。

 
 

 ――――純白な羽根を想起させるデザインをしており、中央部には黄色の宝石が埋め込まれている。

 
 

シン自身宝石等の装飾品類には疎い方であるが、この装飾品は高価な代物だと考えている。事実高価だという評価を宝石商からも貰っている。一応、シンが発見当時身に付けていた奇妙なジャケットも装飾品も一度は捜査のため、警察に預けていたのだが、警察のその後の調査でも特に判明した事は何も無かった為、シン自身の記憶を蘇らせるキッカケになればという目的で警察から返還された。今では、シン自身の所有物となっている。

 

 「シン君…居る?」

 

シンが自分を巡る現在の状況、今後の事について様々な思考を張り巡らせていると、ドアをノックする音となのはの声が届いた。

 

 「ああ、居るよ。」

 「…入ってもいい?」

 

動物病院に預けたフェレットについて相談でもあるのかとシンは予想を付け、入室を促そうとしたその矢先に…

 
 

 ――――――――…聞こえますか!?―――…僕の声が、聞こえますか!?――――――――

 
 

 「何!?」「えっ!?」

 

人工池に居た時と同じように、シンの意識に直接語り掛ける様な言葉が走った。

 
 

 ――――――――――――――――…聞いてください!!――――――――――――――――

 
 

シンは脳内に響く声に驚くのだが、響いてくる声は絶え間無くシンも意識に言葉を走らせる。

 
 

 ――――…僕の声が聞こえる方、お願いです!!――――…力を貸して下さい!!―――――

 
 

シンは確信した。昨夜の夢は夢ではなく現実に起こったことであり、あの現実の中に居た少年は今でもあの怪物と闘っているのだと。ならば、悠長に構えている暇は無い。なのはには悪いが、フェレットに関する話し合いは後回しにする他無い。自分が行って何が出来るかは判らないが、誰かが助けを必要としている以上放って置く訳にはいかない。

 

 「なのは!!」「シン君!!」

 

なのはがシンの自室に勢い良く入室し、それを皮切りに二人同時に声を上げた。だが、その行為に二人同時に驚いてしまい、暫し沈黙してしまった。しかし、シンが直ぐに落ち着きを取り戻し、なのはに扉を閉めるように薦めた。シンの指示に従いなのははゆっくりと扉を閉める。そして、一呼吸置いてシンはなのはに言い聞かせるように言葉を発した。

 

 「悪い、なのは。
  俺ちょっと外出しなきゃならないから
  フェレットの件の話し合いについては後にしてくれ」 

 「…え?……シン君も?」

 

シンはなのはがフェレットに関連した話し合いをするとばかり思っていた。しかし、救援を求める声を無視する訳にもいかない。口調を考慮すると相当切羽詰まっているように聞こえる。だからこそなのはとの話し合いを後回しにして、助けを求める夢の中で化け物と闘っていた少年の力になろうと結論付けたのだ。そのため、声の出所を探りに外出しようと考えていたが、当のなのはもフェレット関連の相談を後回しにしたい様子だ。なのはの方も急遽決めた様に見受けられる。

 

 「…何?」

 「わ…私も外に出ないといけないからフェレットさんの事については後でいいって言おうとしたんだど…。」

 

なのはも突如外出するため話し合いの件を先延ばしにするのは確かなようだ。何故なのだろうか?と、シンは考えたがすぐに結論に辿り着いた。

 

 「…ひょっとして、なのはにも聞こえたのか?助けてくれ、力を貸してくれって声が。」

 「そうだけど…って、シン君にも聞こえたの!?」

 

どうやら二人して、夢の中の少年からの救助を求める声が届いていた様だ。ならば今朝方まで見ていた夢を見ているのか? また、人工池に居た時少年の声が届いたのか? その事実を確認したい所ではあるが、事は一刻を争う。少年の声の様子からしても、悠長に構えていられる余裕は無いだろう。

 

 「と、とにかく俺が様子を見てくるから、なのはは部屋で待ってろ。良いな?」

 「な!?なんで!?私も一緒に行く!!」

 

なのはに自室で待つように行ったが、なのははそれを拒否した。元々なのはは出会った当初から責任感がかなり強い子だという印象をシンは受けていた、その事に関してはなのはは大変良い人格が確立された子だとシンは考えている。しかし、今回に限っては一緒に行かせる訳にはいかない。もし、あの夢の通りに少年が黒い影の怪物と対峙していて、苦戦を強いられている為助けを求めているのなら、なのはにそんな危ないところに行かせる訳にはいかない。

 

 「なのは、言う事を聞いてくれ。危ないかもしれないんだぞ。」

 「でも、私聞いたんだよ!?助けてって。放って置く事なんて出来ないよ!!それに…」

 

シンにも危険が及ぶかもしれない、と反論された。このなのはの返答から、なのは自身も昨夜シンが見た夢と同じ内容の夢を見たのではないかと考える。確かに身の安全の保証が無いのはシンも同じだ。それになのはがこのように意固地な状態になっては、シンがどんなに言って聞かせても意味は無いだろう。そう結論付けると、シンは思わず溜息を吐き出した。

 

 「…分かったよ。部屋で待ってろ、なんて言わない。でも、危なくなったら直ぐに逃げろよ?」

 

シンの言葉になのはは緩慢な動作で顔を上下に動かして頷き、シンの部屋を後にした。どうやら外出するための服装に着替えるようだ。シンも椅子に掛けてあった上着を羽織り、一足先に玄関に赴きなのはを待った。やがてなのはが1階の玄関に到着すると、シンはなのはと共に高町家をこっそりと抜け出し、救助を求める声の方角に向かって駆けて行った。

 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 

 ――――――――暗闇に包まれた町を駆け抜ける影が二つ――――シンとなのはである。

 
 

自分達に響いた声の方角に向かって駆け抜けているが未だに何の変哲も無い光景があるばかりである。もしや、既に手遅れなのか。それとも方角が間違っているのか?進めど進めど、変化は訪れない。シンがそのように考えていると、突如として自身の身に違和感を感じた。

 
 

 ――――――――まるで【自分やなのはだけがこの空間に侵入を許された】かの様な感覚を得たのだ。

 
 

その様な感覚を得たシンがふと、空を見上げる。するとそこには、今朝見た夢と同じく空が【不気味な深紅に染まり上がった】色彩を彩っていたのだ。

 

 (夢の中で見たのと同じ空だ…じゃあこの先に…)

 

昨日の夢の中と同じ光景が広がっているのだろうか?とシンは考え、走りながら後ろのなのはに目を向けた。いざという時には自分が、なのはを守らなければならないと。自分が怪物を食い止めてなのはを逃がさなければならないと。

 

そう決意を新たにすると、シンはお守り代わりに持ち出した【奇妙な装飾品】を握り締めた。

 
 

 ――――――――この【装飾品】が淡い光を自ら放っている事には気づかずに。

 
 

シンとなのはが違和感を感じてから、暫く走っていると轟音が響いてきた。

 

 「なのは…」

 「うん…、シン君」

 

あの黒い影の化け物が近づいてきている、とシンは感じた。あの少年はどうなったのだろうかとも考えていた。夢の中の少年が化け物の手に掛かり、死んでしまったのでは無いかという最悪のパターンも考えた。そう思考した矢先、突然目の前の壁が崩れた。シンは咄嗟になのはの目の前に守るように立ち塞がった。

 
 
 

 「…まさか…来てくれたの?」

 
 
 

なのはの前に立ち塞がったが、何故か下方から声がした。しかも、その声は何処と無く夢の中の少年や自分達の意識に話し掛けた声と似ている様な気がした。下に目を向けると、夕方槇原動物病院に預けていたフェレットがそこに居た。なのはもシンの肩口から下を覗き込んでいる。

 

 「あれ?このフェレット抜け出してきたのか?」

 

シンは何故この場にフェレットがいるのか、その理由が皆目検討が付かない。なので、病院から院長先生の目の届かない隙に逃げ出して来たのではないかと、考えた。これでは槇原院長に迷惑が掛かってしまうため、どうしたものかとなのはと相談しようとした所で…

 

 「お願いです!!僕に力を貸して下さい!!お礼は何でもします!!」

 「何ぃ!?」「ふぇぇぇっ!?」

 

シンとなのはが同時に驚愕し、大声を上げる。それもそのはず、普通動物という種族は人類の様に言語を発する事が出来ない。実際友人のアリサやすずかが飼っている動物を見ても飼い主の躾くらいは理解出来るだろうが、言語を話す動物等居ないのである。だからこそ、目の前のフェレットが言葉を話したのは、シンやなのはの常識というもの覆しかねない程に強力だった。

 

 「お願いします!!力を貸して下さい!!もう、直ぐ近くまで来て…」

 

フェレットがシンとなのはが混乱しているにも関わらず、話を進め様としたところフェレットが表われた所とは別の場所の壁が崩れた。なのはとシンが崩れた壁の音がした方向に目を向けると、やはり居るべきモノ、恐ろしい存在がそこに顕われていた。そう、夢の中で少年と戦闘していた黒い影の化け物だ。一夜の内に成長したのだろうか、黒い影の怪物は夢で垣間見た時よりも途轍もなく大きくなっている。その佇まいは常軌を逸した威圧感に溢れていた。

 

 (やっぱり表われたか…しかも、夢で見たときより何か強くなってそうな感じがする)

 

シンの顔から冷や汗が流れる、手は白くなるほどに握り拳を作っている。なのはも緊張した面持ちで黒い影を見据えている。

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 「フェレット、お前力を貸してくれって言ってるけど何か打つ手があるのか?」

 

目は黒い影の怪物に向けたまま、シンはフェレットに確認する。こうして、怪物の目の前まで来たのは良いものの正直生身で闘った所で返り討ちにされるのは目に見えている。人を頼るからにはあの黒い影の化け物への対抗策が無ければ、自分もなのはもこの化け物の餌になって終わりだろう。

 

 「はい、対抗する手立てはあります。僕が所持しているデバイスを使って貰えば」

 

デバイスという聞き慣れない言葉を耳にしシンは疑問を感じたが、対抗策があるのならばそれで良しと心中で結論付けた。

 

 「なら、俺が囮になってあの化け物を引き付けるから
  なのははフェレットを連れて行って、そのデバイスっていうのを使え」

 「シン君!?そんな、危ないよ!!」

 

なのはの言う事は最もである。しかし、このままここに二人と一匹が化け物の眼前にいるだけでは、どれほどの手があっても打ち様が無いのは明白だ。デバイスとやらを使用するのには、使い方を知っているフェレットを頼るしか無い。喋る小動物に頼らなければならないのは、大変滑稽に見えるが止むを得ない。それになのははかなりの運動音痴でもあるため、化け物に対しての囮役などやらせる訳にはいかない。最も、いざという時には自分がなのはを守らなければ、と先ほど決意したばかりでもある。

 

 「いいから早く行け!!」

 

シンが叫ぶと同時に黒い影が咆哮し、シン達に向かって突進を敢行して来た。―――その速度は目視では動きを捉えられないほど速い。

 

 (…拙い…出遅れた。)

 

自分やなのは二人合わせても余裕で取り込んでしまいそうな程、黒い影の化け物は巨体だった。にも関わらず、その巨体の敏捷性は自身の常識外の素早さだった。あのような猛スピードで突撃されたら、自身もなのはも無事では済まない筈だ。シンの脳裏に終焉を意味する言葉――死――という言葉が過ぎった。

 
 

 (死ぬ? 後ろになのはが、守るべき家族が居るのに?)

 
 

自身が黒い影の手に掛かって死ぬ光景をシンは幻視する。しかし、それは駄目だ。自分だけが死に果てるならまだしも、なのはだけは守らなくてはならない。大切な家族なのだ。

 
 

 (死ぬ?まだ、高町家に何の恩返しもしていないのに?)

 
 

ここで化け物の手に掛かって死ぬ、それは出来ないとシンは断じた。それは常にこう思っているからだ。養子縁組として自身を高町家に迎え入れてくれた恩は必ず返すと、心に誓っているからだ。

 
 

 (死ぬ?自分が何者であるかも解からないまま?)

 
 

ここで死ぬ事は絶対にあり得ない、とシンの瞳に決意が宿る。何故なら、自身が何者であるか記憶を取り戻すまでは死ねない。この決意こそがシンの身に宿っている根源たる【力】なのだから。

 
 
 

 ――――――――死ねない。そう、絶対に死ねない―――――――― 

 
 
 

 ――――――――――――――だから…―――――――――――――

 
 
 

 「うおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 
 

シンは思わず駆け出した。何かしらの策がある訳でも無いのに。だが、何の抵抗もせずに終わるわけには行かない。足が竦んだまま、なのはも守る事も出来ずに死ぬわけにはいかない。勿論自身の生存も考慮に入れなければならない。だからこそ、この怪物に真っ向から挑むのである。

 
 

 そして、奇跡は起きるのだった。

 
 

 シンの【持つ奇妙な装飾品】が溢れんばかりの輝きを周囲に放った。

 

 『――――物理破壊型相当の魔力値を感知――――自動防壁を展開します――――』

 

機械音声の声色が響き、突如としてシンの眼前に光の幕が展開された。黒い化け物はそれに阻まれ、青い稲光とつんざく様な轟音が生じた。暫く拮抗したが、黒い化け物は光の幕に弾き出されたのだった。

 

 「な、何だ?何が起きた?」

 

予想もしなかった突然の展開にシン自身が情報の整理が出来ていないようだ。しかし、呆然としてはいられないのですぐさま視線を黒い化け物の方に向ける。しかし、その姿は光の幕によってかなり遠方に弾き出されたためなのか見当たらなかった。

 

 「まさか…そのアクセサリーはデバイスなのか…」

 

先ほど日本語を話せるフェレットらしき声が響く、この装飾品がデバイスというらしい。それなら化け物に対抗出来るものなのか?と、シンが思考する。

 
 

 『――起動……起動……システム起動――デバイス・デスティニー初期起動を開始します――』

 
 

シンが思考していると、再び機械音声が響く。自分の胸元を確認すると、確装飾品が神秘的な輝きを放っているのをシンはようやく気付いたのだ。

 

 『――デバイスの使用に伴い、
  マスターユーザーの認証、システム・武装の認証登録が必要になります
  ――まず最初にマスター認証を開始してください――』

 

このデバイスとやらを使用するには何らかの認証を行わなければならない様だ。だが悲しい事にシンには何をどうすれば良いのかさっぱり解らない。すると突然、シンの頭に鈍痛が走り、痛みに苦しみだした。目まぐるしく変貌する状況に困惑するなのはだったが、シンが苦しみ出す事で気を持ち直し、シンに声を掛ける。

 

 「シン君大丈夫!?どこか痛いの!?」

 

なのはの気遣いも届かないようで、痛みに苦しみ悶えるシンであった。少し苦しんでいると自分の意識と別に、口が動き出し何らかの言葉を紡ごうとしているのをシンは感じ取った。

 
 

 「―――Mobile Suit Neo Operation system ver.1.62 rev.29―――」

 
 

まるで【自身とは別の誰かが】自分の身体を使って、言葉を紡いでいるみたいだとシンは思った。自分の、高町シンとしての意識はハッキリとあるのに奇妙な感じだ。なのはも背後の方で、自分が妙な事を呟いているのを聞いて混乱している。

 
 

 『――マスターユーザー声紋認証確認――
  ユーザー名【シン・アスカ】と86.9%の確立で認定
  ――続いてシステム・武装の登録を開始してください――』

 

 (シン…アスカ…?)

 

今このデバイスという物体が自分の事をそう呼んだ。では、あの奇妙な衣服に刺繍されていた名前が自分の名前なのか?と疑問に思ったが、シンの唇は更に次の言葉を紡いでいた。

 
 

 「―――Gunnery
      United
      Non known energy
      Device charged energy
      Advanced
      Maneuver System.―――」

 
 

 『――システム登録認証…――…承認
  ――リンカーコアを主動力とする為
  ――デバイス内滞留魔力は未使用に設定します――』

 

 『――また、起動パスワード及びシステム認証の認証作業工程を同一に設定
  ――二度目以降のデバイス起動時間を短縮化します――』

 
 

自分の口から次々と、日々使用している日本語とは別の言語が発せられる感覚にシンは身を委ねる他無かった。黒い影の化け物は先ほどの光の幕に弾き飛ばされてしまったため、一向に戻ってくる気配が無い、自分が主体となれない意識の中でもそれは把握出来た。そう思考していると、デバイスは次の手順を要求してきた。

 
 

 『――システム設定完了――短縮化作業終了
  ――次に、武装の登録を開始してください――』

 
 

武装など自分には知る由も無いのだが、またもや意識に反して言葉が紡がれる。どうやら武装の種類が豊富なようだ、【登録】とやらに時間を取られると化け物が戻ってきてしまうだろうが、この幕が在る内は安全なのだろうとシンは結論付けた。

 
 

 「Light and Left Arm―MX2351 《Solidus Fullgoll beam shield device》
           ―《RQM60F Flash edge beam boomerang and bean sabel》」

 
 

発言している言語は難しい事には難しい。しかし、この言葉―恐らく英語であろう―の羅列をシンは理解していた。まるで心の中にすとんと落ちて、脳が把握しているような感覚に満たされている。本当に不可思議な感覚なのだが、何かしらの副作用があるようにも思えない。どちらにしろ今のシンにはこの感覚を享受する他無いのだが。

 
 

 「Light and Left Hands―MMI-X340 《Palma Fiocina beam cannon》」

 「Back Pack Weapon Luc
  Light―MMI-714《Aroundight anti battleship beam Sword》
  Left―M2000GX 《High-enegy Long Out-Range beam ballet》 」  

 「Back Wing System
  《Radiation Pressure-Powered Propulsion System》《Voiture Lumiere system》」

 「Etc.Weapon and Armer―
  MA-BAR73/S 《High-energy beam rifle》―《Variable Phase Shift Armor》」 

 
 

最後の武装まで言い切ったところで、意識が開放され【高町シン】を主体とした意識に切り替わったのをシンは感じた。思わず両手を閉じたり開いたりしてみたが、問題なく動くのを確認したところで顔に張り付いた冷や汗をシンは腕で拭った。

 
 

 『――全武装登録完了――
  デバイス・デスティニー起動準備完了――
  御唱和ください――《ZGMF-X42S DESTINY 起動開始》――』

 
 

奇妙な装飾品がそのように言い切ると白い外装が罅割れた、その中には真紅色の機械の翼を模したアクセサリーが顕われた。更に、シンが周りを見渡すと自身を中心として光で満ち溢れている様相を確認した。そして確信することになる。

 

 (…これが…今あの化け物に対抗出来る【力】なんだ…)

 

この【力】があればなのはをわざわざ危険な目に合わせずに済むかもしれない。ならば迷っている暇は無いはずだ。現にタイミングを見計らったかの様に、弾き飛ばされた黒い影の化け物が戻ってきた。

 
 

 「やるしかないのなら、やってやるさ!!《ZGMF-X42S DESTINY 起動開始》!!」

 
 

シンが【デスティニー】に促されるままに最後の起動メッセージを言い切ると、シンを中心に満ち溢れていた淡い光が一気にシンに集約し始めた。その目を焼かんばかりの光景になのはもフェレットも、堪らず目を背けるしか無かった…。

 
 
 

 ――こうしてこの世界は高町シンの魔導への覚醒によって、物語が始まる。
                        今ここに《原初》の物語の火蓋が切って降ろされた――