「PHASE03」

Last-modified: 2013-02-02 (土) 23:26:58
 

コツコツと黒板と白いチョークの擦れる音が室内に響き渡る。

 

ごく一般的に見られる学校の授業時における有り触れた光景である。教師が黒板に教科書の内容を黒板に書き記したり、口頭で説明を加えたりすることもある。授業の受け手である生徒は、その授業内容を自身が所持しているノート等に書き写す事で自身の脳内に授業内容をインプット≪in put≫し、来たるべき試験に向けてアウトプット≪out put≫出来る様に備えているのだ。

 

私立聖祥大学附属小学校3年1組においても、授業時間である現在は当然、その授業の光景に包まれているものである。しかし、数人を除いて、授業内容と余り関係の無い事に悩まされている、という事は付け加えておく。

 

 ――レイジングハート、聞こえる?――

 

 ――Yes, I can hear you.(聞こえていますよ)――

 

授業中であることを考慮して、なのはは思念通話によって首からぶら下げている紅玉のデバイス―レイジングハートに向けて会話を試みている。何故このような事を態々授業中に行うのかと言うと、なのはには如何しても疑問に思うことがあり、それに対してレイジングハートに質問を敢行して疑問を解消したいと考えているからなのだ。

 
 

ここでなのはは昨夜の事の顛末を思い起こした…

 
 
 

     魔導戦史リリカルSEED 1st〈Magical History Lylical SEED the first 〉「PHASE03」

 
 
 

昨夜、【ロストロギア】の異相体との戦闘における事の顛末は、なのはが放った直射型砲撃魔法によって事無きを得た。結論から論じてしまうと、たった数十文字で終わってしまうのだが、重要なのはここからなのである。

 
 

異相体に直撃した砲撃魔法の斜線上に存在していたのは、三つの綺麗な青い宝石だったのである。

 
 

なのはとシンは飛行魔法によって、異相体を射抜いた地点まで辿り着くと何とも言えない表情になったのだ。何しろ空中に浮かぶ不思議な宝石なのだ。レイジングハートと同じ様なデバイスなのかと勘繰ったりしたものだが、そこでなのはやシンを思念通話で呼び出した張本人―フェレットが二人に追い付いた。

 

「凄いですね…まさか砲撃魔法で異相体をまとめて封印するなんて…」

 

フェレットから賞賛の言葉が漏れるが、今はその様な事を聞いている場合ではないと考えたシンが口を挟んだ。

 

 「なぁ…そんな事より、この青い宝石は何なんだ?デバイスなのか?」

 

 「あ、すみません。
  えっとですね…それはジュエルシードと言います。先程の黒い怪物の元になった代物です」

 

シンからの質問に謝罪いれつつ、返答をするフェレット。この綺麗な宝石が、先程まで暴れ回った化け物の根源だと知ると、信じられないと言った表情をシンは浮かべるのだった。更にフェレットはなのはに対して「レイジングハートで宝石に触れる」ように進言する。その言葉どおりになのはは左手で持ったレイジングハートで、青い宝石の一つにコツンと触れた。

 

すると、三つの青い宝石とレイジングハートがそれぞれ輝き出し、青い宝石が、レイジングハートの紅い宝石の部分に吸収されて行ったのである。

 

 『――Internalize No.18,20,21.――』

 

レイジングハートが自身の内部に収納された青い宝石のシリアルナンバーを告げる。

 

『――防護服を解除します――』

 

デスティニ―からの発言を皮切りにシンの防護服が光に包まれ、なのはの防護服も続いて発光し始めた。少しだけ宙に浮いた二人の防護服が上半身部分から光の帯が発生し、元の服装に戻っていく。其処から段々と光の帯が下降していき、上半身と同じ様に元の服装に変化する。一通りの変化が終わると、杖の状態であったレイジングハートは元の紅玉の宝石に、デスティニ―は先程の真紅色の機械の翼を模したアクセサリーに戻ったのだった。

 

その後、フェレット自身が張り出した【封時結界】という魔法を解除すると、ジュエルシードを取り込んだ異相体との戦闘によって発生した惨状が、まるで時を巻き戻したかのように修復されていったのだ。その光景になのはもシンも驚かされた。しかし、ジュエルシードの異相体が始めに襲撃した槙村動物病院の惨状は修復する事が出来なかった。何故なら、異相体が襲撃して来た時点では封時結界が間に合わなかったため修復の対象に出来なかったのだと、フェレットからの説明をなのは達は受けた。

 

そんな槙村動物病院で発生した惨状を誰かが目撃したからだろうか、遠くからサイレンが鳴り響いた。このままこの場所に留まっていても、仕方無いので一度フェレットと共に高町家に帰宅しようとシンは提案し、なのはとフェレットはその事を承諾した。

 
 
 
 

この昨夜発生した魔法戦闘の顛末を一通り思い返した後、なのははレイジングハートに対して質問を掛けた。

 

 ――昨日のあれこれは、やっぱりレイジングハートのおかげ?――

 

 ――Yes,mostly.(そうですね、大半は)――

 

自身が疑問に思っていた事に対し、一切合切飾らずに返答してくれたレイジングハート。昨日、自身の身の内に起こった服装の変化、空を飛ぶ、魔法を行使する事や災厄の根源を抑止出来たこと、この出来事の大半がレイジングハートがあったからこそ成し得た事だと再認識して、なのはは感心で一杯になった。

 

 ――やっぱり高性能なんだ――

 

なのははレイジングハートに対して、純粋且つ率直に考えた事をこの様に評した。しかし、その評に対してレイジングハートは異を唱えた。曰く、自分自身は【乗り物】だと言っている。自動車・自転車など例を挙げるときりが無いが、単体そのものでは効力を発揮する事が出来ず、人間が持つ思考能力を駆使してようやくその性能を発揮出来る物だとレイジングハートは表現をしているのだ。

 

そもそも、レイジングハートを始めとした【デバイス】が担う主な役割としては、【魔法術式】を詰め込んでおく記憶媒体としての役割が一般的である。術者が戦況に応じて、使用する魔法を逐一決定してデバイスに魔力を注ぎ込み、魔法を行使するのである。そして【デバイス】そのものにも複数の種類が存在するのだが、ここではレイジングハートやデスティニーの分類となる【インテリジェントデバイス】について言及する。

 

【インテリジェントデバイス】とは、ミッドチルダ式魔導師の一部が扱う【意志】を持ったデバイスのことだ。魔法術式を詰め込む記憶媒体としての役割の他に、魔法の発動の手助けとなる処理装置や状況判断を行える人工知能≪ Artificial Intelligence ≫も保有している。意志を持つ為、その場の状況判断をして魔法を自動起動させたり、使用者の魔法性質を把握して自身の機能を調整することも可能だ。

 

高度な人工知能を有している所以もあって、インテリジェントデバイスは会話・質疑応答もこなせる。この点が最大の特徴となるだろう。デバイスとの意思疎通を図る事によって、魔法の威力・無詠唱による魔法の発動・使用魔導師との同時魔法行使など、実用性を凌駕する高いパフォーマンスが期待できるというものなのである。例えるなら1+1=2という固定観念な図式に当て嵌まらず、=5ともなったり=10にもなったりするポテンシャルを【インテリジェントデバイス】は秘めているのである。 

 

しかし、その一方【インテリジェントデバイス】の扱いは基本的に難易度の高いのも特徴だ。使用者の魔力総量が弱かったり、デバイスを扱う能力自体が無ければ、デバイスに一方的に振り回されて闇雲に魔力を浪費するだけの情けない魔導師となってしまうのである。

 

故にレイジングハートは自身がインテリジェントデバイスという性質そのものを危惧していたため、誰にも使用者登録を受け付けなかったのである。所有者であったフェレットでさえ【外部使用者;guest】扱いであり、一部機能(探索魔法・封印魔法)以外休眠状態での使用を許可された程度であったのだ。

 

そんな折に昨日のジュエルシード異相体との戦闘によって、レイジングハートは【高町なのは】という少女と出会う。その少女が保有する魔力総量・魔法戦闘のセンスを感知し、自身を扱い切れる可能性を見出したのだ。そしてレイジングハートは今まで誰にも、許可を与えなかった使用者登録を受け付け、高町なのは専用のデバイスとなったのだ。

 

だが、その様な事をなのは本人に告げる訳にもいかない。如何に自分が登録者として高町なのはを受け入れたとしても、結局の所レイジングハートを扱いたいというなのは自身の判断が無ければ、レイジングハートからの一方的な押し付けとなってしまう。だからこそ、レイジングハートは自身の事を簡潔に【乗り物】と安易ではあるが、分かり易い表現で自身の事を評したのだ。高町なのはに必要以上に警戒されない為に。

 

 ――私はレイジングハートの乗り手になれる可能性、ある?――

 

高町なのはのこの質問に、レイジングハートは『あなた自身の努力次第』と簡単に返答した。しかしその胸中には一先ずの安心感が漂っていた、ということにはレイジングハート自身は気付いていない。いや、気付かない振りをしているのだろう。拒絶されないで済んだのだから安心感があっても、誰にも攻められる訳ではないのだが、意外と奥手なこのデバイスは自分を誤魔化すということに関してはは器用に立ち振る舞っていた。

 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 

昨夜ジュエルシード異相体との戦闘の後、高町家に戻ったのだが夜遅くに外出していた事が完全にばれていた為、玄関に待機していた兄―恭也や姉―美由紀にこっ酷く叱られたのは言うまでも無いだろう。そして夕食時に話題に上げていたフェレットを病院から持ち帰ってきた旨を家族に報告したのだ。夜遅くに抜け出した理由を正直に言う訳にもいかない為、咄嗟に「病院に預けたフェレットが心配になって様子を見に行っていた」となのはとシンは言い訳をしたのである。

 

実家が喫茶店を経営している為、ペットの飼育は極力控えたいところではあるのだが、今後もジュエルシードの異相体が出現しても可笑しくは無い。町の住人が被害に会うのを防ぐ為にもフェレットの協力は必須だとなのはもシンも考えていたのだ。

 

夕食時に一度はやんわりと断りを入れた父―士郎と母―桃子は、なのはとシンの眼差しに決意の表れを感じ取り、またフェレットの賢く、知能の高い様子を見て翠屋の中―特に厨房内には立ち入らせないことや、フェレットの世話を学校以外ではしっかりと見る事を条件にフェレットの飼育を許可されたのであった。

 

そんな昨日から明けて、今日の授業時間中に高町なのはとレイジングハートが念話によって会話している頃、高町シンはデバイス・デスティニ―と昨日から飼う事を許可されたフェレット基いユーノと、これまた念話によって情報の整理を行っていた。

 

昨夜回収した青い宝石、【ジュエルシード】は管理世界ではロストロギアと総称されている。因みに【ロストロギア;Lost logia】とは過去に滅んだ超高度文明から流出する、特に発達した技術や魔法のことを総称している。そのロストロギアの大半は危険な効果を及ぼす物も存在し、これらの物体・技術を管理・保管しているのが【時空管理局】なのである。

 

ここで話に上がった【時空管理局;Adoministrative bureau】を簡潔に説明すると、次元世界における司法機関のことである。第1世界ミッドチルダを始めとする複数の次元世界が連盟して運営をしている。司法機関と言えども、各世界の文化管理や災害救助を積極的に行う部署も存在するとのこと。次元世界の崩壊を起こしかねないロストロギアについては、最優先で対処を行う部署も存在する。

 

このユーノの弁に対して、デスティニーは昨日のジュエルシードが人を襲う怪物に変異させてしまう様な能力を備わっているのに危険ではないのか?何故、時空管理局は回収に人員を出さないのかと質問した。その質問に対してユーノは【時空管理局】の管理の及ばない世界【管理外世界】においてロストロギア絡みで捜索任務を行うには、その【ロストロギア】がその管理外世界に存在すると言う確実な証拠が無いか、もしくはロストロギアの危険性が証明されなければ管理局からの人員は基本的に割けないものだ、と返されたのであった。

 

そもそも異相体という怪物の魔力源となっていた【ジュエルシード】とは古代の文献等によると「願いを叶える」宝石と記されていただけであり、攻撃性の高い異相体に変異させてしまう等という事は発掘した段階では判らなかったと、ユーノは弁解している。全部で21個存在するこのジュエルシードは遺跡探索を生業とする【スクライア一族】によって発掘されたものであり、この発掘作業の総指揮を行っていたのが昨日救い出したフェレットこと【スクライア一族のユーノ】であった。件の代物は発掘後の輸送時に原因不明の事故によって「第97管理外世界・地球」の海鳴市近辺に散らばってしまった、と事故が発生した直後では推測の域でしかなかったのだ。

 

輸送時の管理にはユーノ自身が直接関わっている訳ではなかった。だが、ユーノは自身がジュエルシードの発掘を指揮した事で責任を感じてしまったのだ。その為、独力でジュエルシードを回収しようと海鳴市に渡航し、探索を開始した。そして、一昨日に異相体と化したジュエルシードの捕獲に掛かるが、思いの他苦戦を強いられた。更に都合が悪い事にユーノは地球に存在する【魔力素】と魔力素を溜め込む器官【リンカーコア】が適合不良を引き起こし、行動不能状態になってしまったのだ。

 

そんな状態に陥ってしまったユーノを救出したのが高町なのはと高町シンであった、しかもこの二人には管理外世界では珍しく【魔力資質】を持つ者と判明したのだ。行動不能に陥ったユーノ自身は再度ジュエルシードの異相体と戦闘になった場合、成す術が無いため藁にも縋る思いで【広域念話】を活用し、なのはやシンもしくはこの二人の他に管理外世界に存在するかもしれない魔力資質を保有する人に救援を要請した、とのことである。

 
 

ユーノから簡潔に説明を受けたシンやデスティニ―の反応は寸分違わぬものだった。無理が過ぎる、と。

 
 

フェレットとしての見た目からは判別し辛いが、年齢の程はなのは達と同年代との事である。同い年であるにも関わらず、一族で生計を立てている第一線の発掘作業で指揮を任されるというのは、ユーノ自身がそのスクライア一族の中でも非常に優秀なのでは無いかと思えても来るし、実際にそうなのだろう。だが【若さ】というものはそれだけ経験がありとあらゆる場面で欠如して来るものでもある。今回の輸送事故から端を発するトラブルについては、少々の冷静さがユーノに足りなかっただろう。

 

何故なら、不慮の事故によって散らばってしまったジュエルシードを回収するという責任は無いはずである。如何に発掘に携わった者と言えども、発掘し終わってもしも報酬を受け取っていたら、その時点でスクライア一族としての仕事は完了しているだろうし、責任の追及や事故の検証も運搬にあたった者達にされるべき事でもある。

 

仮にユーノに責任が及んだとしても、たった一人で未知の世界に足を運ぶのは避けるべきだったはずだ。赴くとしても不測の事態が発生する事を予測し、出来る限り頼れる大人に救援を要請したり、探索にあたる人数を増やしてから臨んだ方が最良だっただろう。現に【リンカーコア】の器官が適合不良を起こし、自分自身で対処する事が出来なくなり、挙句の果てには現地人であるなのは達に頼らざるを得なくなる状況に陥っているのだから。

 

この事をデスティニーから指摘された事によって、思念通話によって会話していたユーノの声は段々と小さくなってしまったのである。落ち込んでしまった様子のユーノにシンは謝罪をいれつつ、またこのまま揚げ足を取っていても埒が開かない為、シンは早々に話題を切り替える事にして、自分が今最も気に掛けているデスティニーへの質問を行った。

 
 

 ――デスティニー一つ聞きたいんだが、俺は管理世界の出身なのか?――

 
 

シンがこの様に質問をするのも当然と言えるだろう。デスティニーやユーノには昨日の段階で、シン自身が2年前に発見された段階で記憶喪失という状態であり、1年前からは高町家で養子縁組としてここ海鳴市で生活している、という事情は説明している。また、昨日の戦闘によってシンが2年前から所持していた奇妙なアクセサリーがデバイスの中でも扱いが難しい【インテリジェントデバイス】で在る事がユーノの説明で判明したのである。

 

通常、管理外世界では魔導端末をお目に掛かる事など在り得ない。開発するにおいても、管理世界の魔導技術や専用の設備も無ければ作成する事など在り得る訳が無いのである。ならば導き出される答えは只一つ、高町シン基いシンが実は管理世界出身の人間であり、何らかの外的要因によって管理外世界に転移してしまい、尚且つ転移のショック等で記憶に障害が齎されてしまったのでは無いかという事である。因みにこの内容についてはユーノの推測によるものである。

 
 

 ――マスター申し訳ありません、私にも判りません――

 
 

デスティニーの返答は何とも期待外れなものであった。曰く、デスティニーが自身の魔導端末としての機能が覚醒し、シン専用の【インテリジェントデバイス】として認識したのも、昨夜のジュエルシード異相体による物理破壊型の魔力に反応したからであり、言い得て妙だが今のデスティニーは生まれたての赤ん坊と余り変わらないのである。デスティニーのその回答にシンもユーノも黙る他無くなってしまい、会話が途切れてしまったのだった。

 

何らかの情報が得られるかも知れないと、意を決して質問をしたが徒労に終わってしまった為、シンは内心溜息吐いた。シンの落ち込む様子にデスティニーが謝罪をするが、気にするなとシンはフォローを入れた。というのも、元々自分が記憶喪失なのも自分に落ち度が会ったからかも知れないし、易々と手掛かりが見付かると考えた事が浅はかでもあったとシンは反省したのだ。

 

それに全くの手掛かりが無い訳では無い。管理世界にしか存在し得ない魔導端末を自身が所有しているということは、即ち自分の存在を知り得る手掛かりが管理世界の何処かに在るかもしれないという希望が見付かったのだ。確証は無いため、希望的観測と言ってしまえばそれまでなのだが、何も進展の無かったこの2年間よりは、この2日間は自分にとって大きな飛躍となるだろう。

 

ここでユーノも、もし管理局の巡航艦がジュエルシードの危険性を察知し、自分に接触を図ってきたらそれと無く管理局の人達にシンの出身世界の捜索を掛け合ってみると言ってくれたためシンは是非、とお願いしたのであった。

 
 

 ――シン君、ちょっと良い?――

 
 

ユーノやデスティニ―との情報の整理が一段落した頃になのはからの念話が入った。その内容については今後のジュエルシードの回収についてどう行動するか、というものだった。正直な所、放課後以外に探索の余裕は無いと結論は出ているのであるが、なのはにもシンにもそれぞれ都合というものが在った。なのはには放課後は塾の時間に取られる事があり、シンも喫茶「翠屋」の手伝いもあるのだ。だが、町に危険が及ぶのに暢気にしている訳にも行かないだろう。翠屋の手伝いについては、シンが進んで手伝っている事もあって幸い都合が着くから大半はシンがユーノと一緒に探索に赴く事になるのだろう。

 
 

その事をなのはと確認し合っていると、終業のチャイムが聖祥学園に鳴り響き、授業が終了したのであった。

 
 

今後の事については一先ずの所後回しにし、今日の放課後はなのはもシンも予定は入れていないので、ジュエルシードの探索を二人にユーノを加えて行う結論に達したのであった。

 
 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 
 

 「それにしても本当に驚いたわ」

 

放課後のHR直後、なのはとシンは毎日の如くアリサ・バニングス、月村すずかと他愛も無い話しでお茶を濁していたが、唐突にアリサが呟いた。その【驚いた】事の対象としては今朝のニュースであり、昨夜のジュエルシード異相体との戦闘において被害に合った槙村動物病院の件だろう。

 

昨夜、ジュエルシード異相体との戦闘を終えた直後、なのは達はサイレンの音を聞き出して早々に帰宅したから判らなかったのだが、現場には目撃者らしい目撃者も居らず、犯人らしい痕跡も全く見当たらなかったため警察は事故として処理する事となり、報道においても地域局の報道ニュースでその様に放送されたのである。そのニュースを見た為か、今朝登校して来たアリサとすずかは槙村動物病院での事故の件をなのは達に朝一で伝えてきたのだ。

 

病院に預けたフェレット―ユーノ―を心配しての事だろう。気遣わしげな目をしていたが、フェレットを高町家で保護している事を素直にシンとなのはは話した。その事でアリサから説明を要求された。それもそうだろう、昨日の段階で父や母からペットの飼育をやんわりと断られた事はメールでアリサ達には伝えていたのだから。

 

フェレットの様子が心配になって、夜の内にこっそりと槙村動物病院に向かったのだが事故によってビックリして病院から逃げてきたフェレットを二人が偶然保護した、と家族に対して行った言い訳をリピートするようにシンとなのはは説明した。何とか魔法の事を話さずに済むように説明をするにはこの様にするしか無いとシンはなのはと念話で伝え確認し合った。

 

その説明をした時のアリサやすずかの様子と言ったら、本当に驚き、また心配もしていた為か心底安心をした様だった。だからこそ、放課後の今となってもこの様に会話の種として話題に出すのであろう。フェレットを病院に送ったのは自分達であるため、心配をするのは当然の反応と言える。

 

 「…でも、その事についてはちゃんと槙村先生に伝えないといけないね。心配してるだろうし」

 

すずかは当の被害者でもある槙村動物病院の院長、槙村先生の事について事情を説明する事を提案した。いくらフェレットが無事だからと言って呑気に喜んでいる訳にもいかない。預けたのは自分達なのだから、ちゃんと説明をしなければとおっとりとした口調ながらも言い放った。

 

 「…それもそうね、ちょうど今日は私とすずかはバイオリンの稽古で病院の近くに寄るから、事情を説明して来るわよ」

 

アリサはすずかの意見に頷き、説明役の任を請負う。今日はジュエルシードの探索のついでに槙村動物病院に立ち寄ろうとしていたなのはとシンは同席しようとするが「フェレットを預かっているなのは達はきちんと面倒を見なさい」と返された為、アリサの気遣いに礼を言いつつ、念話で海鳴市を巡回する箇所をシンはなのはと相談し合った。会話も一段落したところ、アリサやすずかがバイオリン教室に向かう岐路に差し掛かったため、なのはとシンはアリサとすずかに別れの挨拶を返し合い、高町家に帰る方角を迂回する様にジュエルシード探索に赴こうとした。

 
 
 

 ――――その瞬間、なのはとシンに戦慄が走った。

 
 
 

 ――――ゾクッという悪寒を感じ取り【ナニカ】が共鳴するかの様な魔力の高まりを二人は感じた。この魔力が高まる感じを二人は知っている。

 
 
 

 ――――そう、昨夜ジュエルシード異相体との戦闘になった際に感じた魔力の波長めいたモノそのものに感じ取れたのだ。

 
 
 

 ――――二人がその事を思い出す寸前に、二人に対して遠方からの思念通話が届いた。

 
 
 

 ――なのは!シン!大変だ!!ジュエルシードが発動した!!――

 
 
 

ユーノからの念話によって予感は確信に変わった。なのはは急いでその発動した場所に向かおうとした所でシンに止められた。何故止めるのかと言おうとしたなのはに対して、シンは「場所が判らないのに闇雲に探そうとするな」と言い伝えた。確かにその通りだ、ジュエルシードが発動した大まかな方角位は判るのだが、明確な位置はなのはは判らない。恐らくはシンも同じなのだろう。無闇に動き回って異相体との戦闘の前に疲労してしまっては本末転倒だ。

 

しかし、それでもなのはの気持ちは焦りで一杯であった。昨日の様な怪物が人を襲いうかもしれない。幸い自分達には魔法の力で脅威を払う事が出来たが、そうそう都合良く未知の脅威を撃退出来る能力を普通の営みを送っている人々は兼ね備えている訳では無いのだ。だからこそ、自分やシンでこの脅威に対抗しなければならない、となのはは幼いながらも魔法という力を持ったことに対して自分なりの責任感や覚悟を持とうとしているのだ。

 

二人の会話を念話越しで聞いていたユーノは不調の身で在りながらも探査魔法の術式を展開した。翡翠色の魔力が周囲に展開し、海鳴市の高町家を中心とした地図がユーノ自身の魔力光によって作り上げられ、空中に浮かび上がる。なのは達の魔力反応を魔力光で形成した地図で確認し、それからジュエルシードの発動した際の魔力変動の高まりを確認して、二人に念話で知らせた。

 
 

 ――二人とも、今探査魔法を使ってジュエルシードの場所を特定したよ!
   場所は桜台登山道・林道中腹だ!!急激な魔力変動が発生したから、
恐らくジュエルシードが物体か生命体を取り込んで異相体に変異しているから戦闘になるよ、注意して!!――

 
 

ユーノから続けて念話が入り二人は驚愕した。何故なら、その内容は二人にとっては今最も欲していた情報だった。どうやって調べ上げたのかとシンは目的地に駆けながらユーノに訊ねた。ユーノは地球に赴いた際に、なのは達と出会う以前に海鳴市近辺の地形を調べ上げ、何時でも自動的に、現在地と魔力の高まりを観測出来る様な術式を構築し、それを地図の様な形で探査魔法に組み込んでいたのだ。

 

この術式を作り上げた目的としてはジュエルシードの発動を感知したら直ぐ現場に迎える様にする為である。調べ上げた手段をユーノから聞いた事で【魔法】という力の利便性と、それを匠に使いこなすユーノの技量にシンは感心するばかりだった。ユーノ自身も現場に向かう旨をなのは達に念話で言い伝えると、探査魔法を解除して高町家の住人に気付かれない様にこっそりと抜け出した。

 
 
 
 

 ――もしこの時ユーノが探査魔法を解除するのが数秒でも遅れていたら【ある異変】にユーノは気付いた事だろう。

 
 
 
 

 ――ジュエルシードの魔力変動を観測した地点に【なのは達以外】の魔力反応が二つ、その現場に近づいている事を。

 
 
 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 

 
 
 

 ――桜台登山道・林道中腹――

 

この場所を遊び場所として数匹の子猫がじゃれ合っていた、大変微笑ましい光景である。もしもこの子猫たちが野良猫であれば、家で保護したいと申し出る少女が居ても可笑しくは無いだろう。それほどまでに、其処に在る光景は日常的でありながらも、心穏やかになる様な光景だったのだ。

 
 

 ――しかし、その穏やかな光景は一つの事象によって呆気なく終わりを迎えるのであった。

 
 

一匹の黒い子猫があるものに目が付きその場所まで近づく、まだ幼いから好奇心が旺盛なのだろう。其処には菱形の青い綺麗な宝石があったのだ。子猫は「これは一体何だろう」といった面持ちでソレを小突こうと、宝石に触れた。すると、その宝石は周囲を光で満たす様に輝きを放った。そして、その光の中に黒い子猫を取り込んでしまったのだ。周囲の子猫がその様相に気付いたのか、光眩い輝きに目を眩ませながらも見つめた。

 

やがて、その光が収まるとそこには異形の怪物が存在していた。

 

全長3M程の巨大で頑強な黒い体躯、所々に彫り込まれた白い刺青、巨大で在りながらもその俊敏性を誇る様な逞しい四肢、その四肢に備え付けられた鋭利な爪、骨を繋ぎ合わせた様な巨大な白い尾、外見的な特徴を上げればこの様になるだろう。どの動物の種族にも該当しない様な化け物は悠然と佇んでおり、咆哮を上げた。そう、この化け物もジュエルシードが内包する強力な魔力によって、愛くるしい子猫が変貌した異相体なのであった。

 

周囲の子猫は、凶暴な外見の異相体にその細身の身体を震え上がらせた。あの怪物の見た目のおぞましさ、正気を失ったかのような紅い両の瞳、その全てが生存本能に警鐘を響かせているのだろう。そんな異常な光景に包まれた桜台登山道の様子を二つの影が見つめていた。

 

 「ジュエルシードが発動していたか…一歩間に合わなかったみたいだな」

 

金色の髪を肩口まで生やした少年―レイ―が呟く。その様子には焦りというものが全く表われず、何処か余裕があるようにも見える。その少年の胸元には灰色の奇妙な形をしたアクセサリーが光沢を放っていた。

 

 「二人掛りは可哀想だから、私があの子を抑えるね。レイは其処で見ていて」

 

金髪の少年から一歩手前に金髪の少女―フェイト―が前に立つ。何故か異相体を気遣うかの様な口調で話しており、その様子には脅えが全く見られない。しかし、その様子には緊迫感が変わりとなって表われていた。

 

 「判った、だが油断はするな。足元をすくわれるぞ?」

 

様子見に徹するのだろうか、木の幹に身体を預けたレイはフェイトに万が一の事を考えて念を押す。その言葉に対して、フェイトは振り向きざまに微笑みながら頷く。すると、二人の獲物の匂いに反応したのか子猫を取り込んだジュエルシード異相体は少年少女に気付いており、様子を窺っていた。更にタイミング良く、フェイトがレイに向かって振り返っているその様子を見て好機と判断したのか、咆哮を上げながら飛び掛ったのであった。

 

その異相体の体躯が繰り出した速度は尋常では考えられない速度だった。まるで拳銃に込められた弾丸が発射されるかのような速度を繰り出したのだ、その速度は正に瞬きの間にフェイトの命を呆気なく葬り去る事が出来るだろう。

 
 
 

 ――もし、フェイトが何の力も持たない無力な少女であったなら、という仮定が前提ではあるが…

 
 
 

獲物に飛び掛った異相体とフェイトの間に、金色の術式方陣―魔法陣―が展開された。その時の異相体の表情としては、獲物まで後数cmといった所で防御魔法で邪魔をされたという苛立ちよりも、何が起こったのか判らないといった唖然とした様子をしているのだろう。

 

この防御魔法は【ディフェンサー;Defensor】と呼ばれるDランク相当の防御魔法。薄い防御膜を発生させ、魔法効率が高く高速発動が可能なのが特徴である。

 

その魔法によって、異相体の攻撃を防ぐ事はフェイトの考えでは予定調和であった。だからこそ余裕を持ってレイの方へと振り返っていたのだ、もし、他の魔導師が居れば、この場面を見ただけでもこのフェイトの魔法技術の卓越さを推し量る事は容易だろう。そしてフェイトは防御だけには留まらず、続け様に右手に魔法陣を出現させて魔力を放出し、その形状を刃の様に変化させた。手足もしくは何らかの武器に魔力を付与して攻撃を行うミッドチルダ式近接攻撃魔法をフェイトは展開しているのだ。

PHASE03.jpg
 

フェイトは展開した魔力刃を防御魔法の内側から、異相体に斬り付けた。斬撃による衝撃と共に斬り付けられた箇所から、電気ショックを与えられたかの様な【痺れ】の感覚を異相体は感じた。この現象はフェイトの持つ【魔力変換資質】によって、魔力刃に雷撃の属性を付与していた為、斬り付ける衝撃と電撃の双方のダメージを異相体に与えたからこそ発生した痛覚である。フェイトから与えられた損傷によって異相体は苦悶し、フェイトから距離を置いた。

 

 「バルディッシュ!!」

 

異相体が距離を開けると同時に、フェイトは自身が所有するデバイス・バルディッシュに防護服着用の指示を出した。

 

 『――Get set. Barrier Jacket, set up.――』

 
 

バルディッシュの発声と同時にフェイトの周囲は黄金の魔力陣が展開し、輝きを開放した。その輝きは、夕焼けの黄昏時の色に見間違う程の輝きを放っていた。その光に包まれたフェイトの衣服に変化が起こった。着用しているキャミソールが消滅し、防護服を形成し出した。

 

始めに、少女の身体のラインに合わせた黒いレオタードが出現した。所々には赤と黄のアクセントを施している。もし、その様相だけを見てしまえばフェイトに露出癖があるのかと勘違いしてしまいそうだが、これはフェイト自身の戦闘スタイルに合わせて防護服の設定しているからこそのものである。

 

脚部には動きを阻害しない様に、身軽な黒いニーソックスとブーツが同時に出現。腰部には焦げ茶色の頑強なベルトに、薄桜色のスカートが形成される。そして全身を覆う様な黒い外套を最後にフェイトの防護服の形成は終了した。

 

金色の魔導端末―バルディッシュにも変化が起こる。正三角形のアクセサリーはその形状を変化させ、何処からとも無く漆黒の金属を出現させ、柄や斧の形状を形作っていく。斧部分の中央には【バルディッシュ】の本体部分と見受けられる金色の宝玉が埋め込まれている、更にその全長はフェイトの身長以上の長さを誇る。正に【戦斧】と言い切っても過言ではない程の存在感を生み出す武器へと【バルディッシュ】は変化を終えた。

 
 

防護服・武装の形成を終えて、飛行魔法を使用してフェイトは空を舞う。レイはその光景を眺めながら周囲に人が紛れていないか確認する為に、【エリアサーチ;Area Search】中距離探索魔法に使用する情報端末を複数展開した。【サーチャー;Searcher】と呼ばれるこの情報端末は、術者が放ったこの端末の届いた範囲全ての視覚情報を術者に視認探索を可能とするものである。複数端末を展開する事によって広範囲とはいかないものの周囲の状況を隈なく探索する事が出来るのだ。

 

サーチャーを周囲に飛ばし、周囲の視覚情報を魔力で生成したモニターで確認しているとその直後に二人の少年少女が映った。その二人は空を見上げて驚いている様子だ。異相体と交戦する為に空に飛翔したフェイトを目撃したのだろう。

 

拙い事になった、とレイは思案した。レイ自身ある程度の補助魔法を使役出来るとは言っても、高度な結界魔法は未だ習得出来ていないため、結界魔法を使っていなかったのだ。更に言えば、人影も見当たらない山中であり、日も暮れてきたので誰かしらに出くわす事も無いと安易に考えていたのが裏目に出てしまったのだ。

 

レイが己の失態を悔やんでいると、そのモニターの情報はレイにとって別の意味合いを持つものとなったのだ。

 
 

 「――レイジングハート、これから努力して経験積んでいくよ!だから教えて、どうすればいいか!――」

 

 『――I will do everything in my power.(全力で承ります)――』

 
 

―魔導師と魔導端末―という言葉がレイの脳裏に過ぎった。そして、その光景は昨夜自分の言葉を確信させるものだったのだ。しかし、他のジュエルシードの探索者が、自分やフェイトと同世代とは思いも寄らなかった。更に腑に落ちない点が存在する、どう見てもモニター内の少年少女達はこの管理外世界の住人の服装を着こなしており、その服装には違和感が一切無い様子が見て取れる。

 

管理世界の住人が、如何に外見を管理外世界の住人に似せていても違和感が存在するのは当然なのだ、住んでいる環境もとい世界が違うのだから。判り易く言い換えるならば、日本に在住する外国人が和服を着用しているといった感じの違和感であろうか。しかし、モニター内の少年少女には、その類の違和感が見て取れない。どう見てもこの世界に長く在住している住人だとレイは考えた。

 

ならばサーチャーのモニター内に移るこの二人の少年少女に在り得る可能性としては、管理外世界の住人が何かしらの事態によって魔導端末を入手し、ジュエルシードを回収している。もしくは、管理世界の住人が諸事情によって管理外世界で生活しており、偶然ロストロギアの危険性に勘付いて対処に当たっている、とレイは予想した。可能性としては前者が最も高いとレイは考えていた。

 

レイがそのように結論付けた理由としては、対応が早過ぎるという一点に尽きる。この付近に居を構えてでも居なければ、魔導師と言えどこんな迅速な対応等出来る訳が無い。更に言えば、管理世界に縁のある人間が理由あって管理外世界に在住していても、その生活している場所近くに運良く(悪くと言ってもいい)ロストロギアが迷い込むとは考え難い。だからこそ、前者―管理外世界の住人が魔導端末を入手してジュエルシードの対応にあたっているという可能性が一番高いのである。

 

モニター内の少女が我先にと、防護服の展開を終えて空を駆ける。傍らに居た黒髪の少年は先に空へと舞い上がった少女に静止の言葉を掛けるが、時既に遅し、と言った状況だった。愚痴を言いつつ数拍遅れて少年が魔導端末を起動するため、起動パスワードを言葉にした。

 
 
 

その言葉をモニター越しで耳にした瞬間、冷静な面持ちを崩さないレイの表情は驚愕に染まり、その心境は計り知れない思考に苛まれただろう。それほどまでに今この黒髪の少年が言葉にした起動パスワードは意味が在るものなのだ。何故なら、自分の所有している魔導端末も少年が言葉にしたのと同じ起動パスワードを言葉にする事で、その機能を行使出来るからだ。モニター内の少年が防護服の形成を終了し、少女の跡を追って空を飛翔する。遠目から見た事とモニターを使用した映像から、一つの確信を持ってレイは自身の愛機である魔導端末に告げる。

 

 「…レジェンド、行くぞ」

 

 『――Yes. My master.――』

 

自身の魔導端末の灰色のアクセサリーを握り締め、レイは身体を預けていた木の幹から身体を離し、フェイトと少年少女が邂逅するであろう場所まで脚を運んだ。

 
 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 

 
 
 

手加減無しの全速力の飛行魔法、そしてその勢いの侭に高町なのははジュエルシード異相体に衝突した。その結果、轟音を鳴り響かせながら地面に激突した。なのはと虎に似た異相体の周囲には土煙が朦々と立ち上がった。なのははうつ伏せで倒れ付している異相体に跨る様に乗っかっていた。件の異相体はと言うと、なのはの全速力の衝突の被害に合った為、その全身は満身創痍であった。

 

何故なら、上半身は無事なのだが下半身等骨だけの状態となっており、見る者を不快な気分にしてしまうほどグロテスクな様相となっているのだ。この異相体の満身創痍な状態をなのはは好機と見たのか、昨日の封印直射砲の要領でジュエルシード異相体に封印魔法を施そうと試みる。なのはがレイジングハートを突き付けた瞬間、異相体は雄叫びを上げ、封印されまいと自身の身体に乗り上げているなのはから逃げ出そうとした。

 

まさか抵抗されるとは思いもしなかったなのはは、その異相体の抵抗に成す術も無く、乗り上がっていた異相体の身体から振り落とされてしまった。年齢相応の体重しかないなのはでは、自分の倍以上の体重を有しているであろう異相体に体積という面で敵わないのは致し方ない事だろう。

 
 

なのはから這い出した異相体は体勢を立て直そうと、逃走を図ろうとしたが、それは無意味に終わるのであった。

 
 

空へと逃げ出したジュエルシード異相体の目の前には何時の間にか、目と鼻の先まで接近してきた黒衣の少女が居た。その少女は自身のデバイスを黒い大きな鎌に変化させ、それを大上段に振り被り、異相体に向けて振り下ろした。この異相体にとってはその黒衣の少女が武器を振り下ろすその姿は、自身の命を、まるで花を摘むかの様にいとも容易く刈り取る【死神】に見えた事だろう。

 

 「ジュエルシード、封印!!」

 

デバイスから斬撃魔法を展開した大鎌を真直ぐに振り下ろし、異相体を真っ二つに切り裂いた。その直後に、切り裂いた地点から小規模の爆発が発生した。ほんの数秒だけ発生した黒煙が、周囲に吹き込む風によって胡散する。すると、その場所には高町なのはが昨夜封印したのと同じカタチの青い菱形の宝石―ジュエルシード―が浮かんでいた。名も知らない黒衣の少女の洗練された魔法戦闘になのはは目を奪われていた。自分の様な、行き当たりばったりな闘いとは別次元なモノだと思い知らされたからだ。

 

なのはの事など眼中に無いのか、黒衣の少女は封印処理を終えた背後のジュエルシードへと振り返り、自身が持っているデバイスで触れようとしている。

 
 

 「ま、待っ「待て!!」」

 
 

慣れない飛行魔法でようやく目標地点へと辿り着いたシンの静止の言葉がなのはの言葉をかき消した。自分が言おうとした言葉を先に言われ、憮然とした表情になったなのはは飛行魔法を使ってシンの近くまで飛翔した。なのは達に顔を向ける気は黒衣の少女には更々無いのだろうと判断したシンは金髪の少女に続けて言葉を投げ掛ける。

 

 「それを、ジュエルシードを如何するつもりだ!?」

 

投げ掛けたシンの言葉に何も返さず、此れが返事だと言わんばかりに黒衣の少女は自身の回りに魔力弾を形成した。つまり、話をする気など毛頭無い上、自分の邪魔をするなら二人を攻撃する事も厭わないといった所か。この少女の行動を見てシンは、頭を抱えた。それもそうだろう、怒鳴りながら問い質したこちらに不手際があるとしても、攻撃の下準備をする様な面倒臭い少女が目の前に居るのだから。恐らくこの様子では話し合い等徒労に終わるだろう。

 

シンが黒衣の少女の態度に辟易し押し黙っている所を見たなのはは、それを好機とばかりに、少女との距離を縮めようと近づきながらなのはは言葉を搾り出す。

 

 「あの、あなたもそれ……ジュエルシードを探してるの?」

 

なのははシンの飛翔している地点よりも数cm程身を乗り出して黒衣の少女に自分が感じた素朴な疑問を投げ掛けた。しかし、なのはの純粋な疑問に対しての少女の返答は身体全体をジュエルシード側に向けたままこれ以上近づくなという、氷の様に冷たい拒絶の言葉が紡がれるだけであった。黒衣の少女の冷たい返答に負けじと、なのははこちらに交戦の意志が無く話をしたいだけという意図を少女に伝えようとするが、聞く意志が少女に無い為なのはの口に出す言葉は虚しくも大気中に消えていくばかりだった。

 

 ――少し、話をしたいが良いか?――

 

一向に状況が変化しないだろうと、予測していたシンに念話が届いた。そしてその念話は何もシンだけでは無く、黒衣の少女やなのはにも届いていたようだ。念話の送信者に向けて黒衣の少女が、同じく念話によって会話をしている。念話の送信者と会話が終わったのか、黒衣の少女はなのは達の方へ振り返り、二人―特にシンの方に―に目を向けた。すると、黒衣の少女の表情は先程までの冷静な態度とは異なり、驚きに包まれたのだ。

 

 「…っ!本当だ…レイの防護服とそっくりだ」

 

 黒衣の少女はゆっくりとなのは達の方へ振り返り、シンの防護服を見て驚きながら小声で言葉を発した。少女が呟いた言葉が聞き取れなかった為、シンは思い返そうとしたが、再び発せられた念話によってその思考は遮られた。

 

 ―― 一つ聞きたい事がある。そこの黒髪、その魔導端末を何処で手に入れた?――

 

黒髪と言われると、該当するのはシン以外にはこの場には存在しない。だが、幾らこちらが初対面で更に名乗りを上げていないとは言っても、余りにも失礼な物言いに先ほどの黒衣の少女の態度に苛立っていたシンは内心腸が煮えくり返った。念話を発した張本人を何としても見つけようとシンは周囲を探したが、直ぐに見付かった。シンとなのは、そして黒衣の少女が飛んでいる地点から見て下方に位置する場所に、念話の張本人であると推測出来る人物が居た。

 

その人物は自分達や黒衣の少女と同年代程だと見て取れた。その外見は黒衣の少女と同じ様に金髪なのが目を引いた、黒衣の少女と家族なのかとシンは予想をしたが、それを一時中断して金髪の少年の質問に対して返答を行った。

 

 「手に入れたも何もこの端末は始めから持っていたんだ!!
    俺が何で持っているか何てこっちが知りたい位だ!!」

 

念話では無く、言葉を発してシンは少年の質問に応えた。その言葉に先程発生した怒りを追い出す為に大声を挙げて回答した、その御蔭で少しは怒りが晴れすっきりとする様な気分に包まれた。突然の大声に隣のなのはは驚いた様子を見せるが、こればかりは簡便して貰いたいと心の中でシンは謝罪した。こうでもしないと突発的に湧き上がった怒りを静めて、自分の心の切り替えなどシンには出来なかったのだから。

 

自身が発した言葉を聞いて期待した返答では無い為か、その金髪の少年は少しだけ落胆した表情を見せたが、直ぐに冷静な面持ちに戻した。何故、唐突に自分に質問したのかとシンは考えたが一つの【可能性】が浮かび上がった。今度は此方から逆に金髪の少年に質問しようとした所で、なのはの問答によって遮られてしまった。

 

 「あ、あのお話聞かせてください!
  あなた達も魔法使いなの?とか、
  何でジュエルシードを持って行こうとするの?とか」

 

自身が今現在感じている疑問を言葉に紡ぎ出し、なのはは黒衣の少女と金髪の少年を交互に見つめる。少女は応える気は無いのか、一切油断の無い状態を保ったまま、周囲に魔力弾の形成を維持している。自分が始めに会話を提案したからか、金髪の少年は律儀に返答の為に念話を行使した。

 

 ――魔法使い?魔導師の事か?
   その様に質問されても、
   魔導師として教育や訓練をして来たから
   魔法に精通しているのは当然だ、としか答え様が無いな。
   ああ、それと二つ目の質問についてだが悪いが黙秘させて貰う――

 

納得の行く答えが、得られなかったなのはは金髪の少年の方へと身を乗り出そうとした所でシンに遮られた。何故遮るのかとなのはは念話によってシンに抗議した。なのはの抗議に対してシンは、目線を黒衣の少女に向ける事で応えた。此方が妙な動きをすればあの少女は何の躊躇いも無く魔力弾を撃ち出すだろうとシンは小声で応えた。

 

 ――もう話は終わりにしよう、これ以上は時間の無駄だ。
       そのジュエルシードは俺たちが貰い受けるぞ――

 

このまま睨み合いの状態が続くことを良しとしないのか、金髪の少年は自分達に念話で宣言した。これで話しはおしまいという意味で言い放ったのだろう。それを体現する様に金髪の少年は右手に握り締めていた灰色のアクセサリーを構えた。あのアクセサリーが少年の魔導端末―デバイスなのだろうと確信に近い予測をシンは立てた。あの少年も黒衣の少女に加勢して、邪魔者である自分達という障害を排除しようという魂胆なのだろう。

 
 

 「―――Starting Password.
    Gunnery
    United
    Non known energy
    Device charged energy
    Advanced
    Maneuver System.―――」

 

 『―――起動パスワード承認
  ――マスターユーザー声紋認証確認――
  ユーザー名【レイ・ザ・バレル】と90.0%の確立で認定―』 

 
 

金髪の少年が発した【起動パスワード】にシンは自分の耳が幻聴を聞いたのでは無いかと疑い、少年の方を凝視した。しかし、続け様に少年が紡ぐ言葉に紛れも無い真実だと認識を改めさせられた。そして、あの少年が自分と同じ魔導端末を所有している事で、シンは先程自らの脳裏に浮かんだ【可能性】を確認したいという欲求が強くなった。

 
 

 「――Arms Limited Open.(武装、限定展開)――」

 

 『―――武装使用の制限を確認…認証します。―――』

 
 

だが、自分のその欲求を果たせる時期はとうに既に過ぎてしまった。更に思い返せば、金髪の少年は自分が所持している魔導端末の入手経路を聞いて来ただけなので、自分の思い浮かんだ【可能性】に必ずしも合致するとは限らない。ならば、今自分達が最もしなければならない事は、魔法の技量や魔力量において、恐らく自分達二人を遥かに凌駕しているであろう二人の少年少女から五体満足で居られる様に必死に抵抗する事だけだろう。

 
 

 「――≪ZGMF-X666S LEGEND≫ 起動――」

 

 『――Yes. My master. Barrier Jacket Equip.
  (了解です、マスター。防護服を装着します。)――』

 
 

金髪の少年の周囲に魔力陣と黄金の魔力光が発生した。数秒間の展開で魔力光は集束し、その後に悠然と佇んでいるその少年の防護服姿は、自分の防護服姿と異なる箇所は幾つかあるけれど、根本的な部分でそっくりだとシンは思考した。特に少年の左右の手甲部分、あれはどう考えてもシンの着用する防護服に備え付けられている【ソリドゥス・フルゴール】というシールドタイプの防御魔法を展開する発生装置だ。

 

金髪の少年の防護服が形成したのを確認すると、黒衣の少女は自身の周囲に待機させていた魔力弾をなのは達に撃ち出した。なのはは上空に飛翔、シンは真横に避ける回避行動を取った。なのはは自分達に向けられた魔力弾を避け終えた後、黒衣の少女が居た地点に目を向けた。しかし既にその地点に少女は居らず、シンは上空に回避したなのはに目を向けた。

 

 「…っ!なのはっ!!後ろだ!!」

 

何時の間にかなのはの背後に回りこんでいた黒衣の少女は両手で振り上げた大鎌をなのはへと振り下ろそうとしていた。シンの助言が早かったのか、なのは自身の勘が鋭かったのか、そのどちらかは判別が付き辛いがなのはは現在地から更に上空に飛び上がる事でギリギリで難を逃れた。だが、避けられる事を見越していたのか、黒衣の少女は下方から一気になのはとの距離を詰めた。

 
 

――速過ぎる、となのはとシンは同時に思い至った。

 
 

黒衣の少女の振り下ろす大鎌に今度は避けられないと感じたなのはは咄嗟にレイジングハートを盾にして少女の大鎌を喰い止めた。なのはと少女の魔力光が鬩ぎ合っているのか、両者のデバイスが克ちあっている部分では火花が散っている様にシンは見えた。このままでは拙い、とシンは考えなのはに加勢しようと試みたが…

 

 「――他人の心配をしている暇は無いぞ?黒髪」

 

自分の方に急速に接近して来た金髪の少年がシンの瞳に映った。シンは防御魔法を展開しようとするが、一歩遅かったのか自身が行動するよりも早く、金髪の少年の繰り出す蹴撃がシンの腹部を襲い、上空から木々が覆い茂る下方まで軽々と吹き飛ばされてしまった。腹部を蹴られたと同時に迫り来る尋常ならざる痛みに、シンは意識を手放しそうになったが、歯をぎりぎりと食い縛って持ち応えた。

 

しかし、体勢を立て直す事は間に合わずシンは地面に激突した。魔導端末のセイフティ機能が働いたので、何とかシン自身の身体は無事で済んだのだが、金髪の少年の不意を突いた一撃が身体に響いたのか、シンは立ち上がろうとするも思い通りに身体が動かせなかった。恐らく金髪の少年はデスティニーの機能を考慮し計算に入れつつも、シンが戦線に復帰不可能なほどの一撃を入れて来たのだろう。

 

 「シン君!!…っあ!ま、待って!!私達は戦うつもりなんてないっ!!」

 

なのはは自分達の考えを言葉にしようと試みるが、目の前の魔力が鬩ぎ合う圧力の前に上手く言葉が紡げないで居た。黒衣の少女と近くで見詰め合う状態になったなのはは相手の顔を見た。

 
 
 
 

――ほぼ黒一色に統一された身体に張り付く様な防護服と表面が黒・身体側の裏面が赤の外套。

 
 
 
 

――魔力の余波を受けて綺麗になびく長い金髪。

 
 
 
 

――整った、可愛い顔。そして透き通った、何処か吸い込まれてしまいそうな紅い瞳。

 
 
 
 

――そして、その奥にあるもの――それは…

 
 
 
 

 「だったら、私やレイそしてジュエルシードには関わらないで」

 

黒衣の少女から発せられた声になのはは目前の事象に意識を戻す。その内容に異を唱えなければならない、何故ならこのジュエルシードはユーノが責任を持って回収しに、一人でこの地に赴いたのだから。

 

 「だから、そのジュエルシードはユーノ君が……」

 

反論しようと紡ぎ出された言葉が意味不明なものとなってしまった、それは仕方の無い事なのだ。黒衣の少女からの魔力に抵抗しながら会話をする事等、魔法に触れて二日目のなのはには些か無謀な試みなのであろう。それでも、言葉を発しようとするが最早、この黒衣の少女からの魔力に耐えるだけで精一杯になってしまっている事にはなのはは気付いていない。

 

 「くっ!!」

 

なのは自身の頑強さに押し切れず、黒衣の少女となのははほぼ同時に弾き飛ばされてしまった。だが、なのはは必死に抵抗して後退を食い止めた。今シンが再起不能の状態な為、この場で自分が抵抗を見せないとこの二人はジュエルシードを封印し持ち去ってしまうだろう。なのはの抵抗の様子を見学していた金髪の少年は対して純粋に感心している。

 

 「苦戦している様だな、手伝うか?」

 

金髪の少年が黒衣の少女へ援護行動の要不要の確認を取った。その言葉を聞いて、なのはは青褪めた。唯でさえ自分よりも技量の高い少女と対峙しており、それに対処するだけでも精一杯なのが現状である。それに加えて、シンを一撃で再起不能にした金髪の少年が加わってしまっては抵抗のしようが無いからだ。

 

 「大丈夫、次で終わらせる」

 

金髪の少年の申し出に黒衣の少女は拒否の言動を呟いた。その内容としては、黒衣の少女が自身の勝利を信じて疑わないものだった。黒衣の少女の言葉を聞いてなのはは【負けられない】と決意し、自身の魔力を行使して防御魔法【Protection:プロテクション】を構築する。この【プロテクション】という防御魔法はバリアタイプのに分類される魔法だ、防御力そのものはシールドタイプの防御魔法に劣るものの、触れたものに反応して対象を弾き飛ばす効力を持つ、物理攻撃に対する耐性も高い。

 

この魔法の特性をレイジングハートから説明を受けていたなのはは、黒衣の少女への対抗策として真っ先にこの防御魔法を構築したのだ。この防御魔法ならば、例え、黒衣の少女が斬り掛かって来てもバリアの性質で弾き飛ばす事が可能になる。先程の魔力弾を使った一撃も魔力をありったけ注ぎ込めば、ある程度の射撃魔法なら耐えられるとなのはは思いついたのだ。

 

 『――Arc Saber.――』

 

妙齢の男性を模した機械音声がなのはの耳に届いた、そして黒衣の少女は機械音声を発したと見受けられる漆黒のデバイスを水平に振り切った。その行動と同時に刃の形となった魔力がなのはに向かって飛来して来たのだ。黒衣の少女が魔力弾もしくは直接攻撃を仕掛けてくるものと考えていたなのはは面を喰らったが、直ぐに落ち着き、防御魔法に魔力を込める。

 

突き出したレイジングハートの先から出現する桜色の防御魔法と金色の刃が激突した。先程の接近時の鬩ぎ合いと同様に、二つの魔力は拮抗し始めた。なのはは金色の刃に押し負けないように魔力を込めようとした。

 

―――しかし、次の瞬間…

 

 『――Saber Explode.――』

 

防御魔法を展開していたなのはの目の前で金色の刃が爆ぜた。そして、金色の刃に込められていた魔力の全てが周囲に拡散し、衝撃となってなのはを襲う。爆発と魔力衝撃の余波によってなのはは吹き飛ばされ、防御魔法も消滅してしまった。その様子をシンは地上から見上げるしか無かった、魔力量が膨大ななのはでさえも魔法技術に習熟している黒衣の少女には太刀打ち出来なかったのだと理解させられたのだ。そこで、ふとなのはを打ち負かした少女の方へとシンは視線を移した。

 

シンは目を見開いた、瞳孔さえも開いているのではないかと感じてしまうほどに、黒衣の少女を凝視したのだ。あの少女は、爆発と魔力衝撃によって意識を失いかけているなのはに対して、追撃を行うために魔力弾を形成しているのだ。シンはその光景を見てしまったのだ。「止めろ」と声に出そうとするも腹部に走る激痛の為、上手く話せない。

 

 (…ヤ、ヤ…メ…ロ…)

 

シンは有りっ丈の魔力を込めて飛行魔法を形成し念話すら忘れて、なのはの元へ飛翔する。しかし、身体のダメージが抜けていない為か常日頃の健康な状態での歩行よりも遅い。デスティニ―が念話でこれ以上速度を上げるのは危険だと警告を掛けるが、無視を決め込みシンは飛翔し続ける。シンは満身創痍で少女を確認した、魔力弾を形成し終えたのか、少女は手を振りかざしている。恐らくその行為が終わる事で魔力弾がなのはを襲うのであろう。

 

 (もう充分な筈だ!なのははもう闘えない。追い討ちを掛けるな!!)

 
 

――シンの背後に展開される桜色の羽根が輝きを増し、速度を引き上げる。 

 
 

 (遅い!これじゃ遅い!!こんな【速度】じゃなのはを庇ってやれない!!)

 
 

――シンの腰部・脚部に存在するスラスターの出力が上昇し、速度が倍増する。だが、その増加と同時に黒衣の少女は金色の魔力弾を射出してしまった。

 
 

 (速く!もっと、もっと速く!!間に合わない!!)

 
 

――このままでは追いつけない、なのはに迫る二つの魔力弾の方が早く着弾してしまう。

 
 
 
 

 (…間に合え間に合え間に合え………間に合えええええええ!!!!!)

 
 
 
 

 「――――――――――ッ!!!」

 
 
 
 

声に成らない叫び、辺りに響かない声を発しながらシン自身の身体全体に桜色の魔力が伝達、魔力の奔流が勢いを増した。その直後からシンが弾き出した速度は、それまでシンが使用していた飛行魔法とは比べ物にならないものとなった。桜色の弾丸となったシンは、その速度でなのはへと急速に接近し、黒衣の少女が放った金色の魔力弾が着弾する寸前になのはを全身で抱き締めた。それと同時に桜色の羽根が消滅し、シンを覆った桜色の魔力も掻き消えた。そして、なのはを庇ったシンの背中には黒衣の少女が放った金色の魔力弾が二つ着弾し、シンの背中部分にあたる防護服に穴を空けたのだった。

 

 「…嘘……」

 

シンがなのはを庇う行為を黒衣の少女は呆ける様にシンを見ていた、予想外の出来事だったので仕方無いだろう。だが、その一瞬に出来た隙を使って、なのはを抱きかかえたシンは最後の抵抗とばかりに自身の右手に簡易射撃魔法を形成し、黒衣の少女に放った。

 

特に魔力が籠められている射撃魔法では無いのだが、唯でさえダメージを患った身体で自身の限界以上の強化魔法を行使した上での反撃で在ったため、シンの意識は意識喪失【Black Out;ブラックアウト】を引き起こした。

 

シンの意識を手放してまでの反撃に黒衣の少女は対応が遅れた。自身の意識が、シンの予想外の行動のによって、フリーズしてしまった為だ。そして、シンの反撃に対応したのは黒衣の少女の様子を見守っていた金髪の少年だった。シンの簡易射撃魔法を右手、防御魔法など必要も無いかと云う様に素手(防護服に包まれてはいるが)で受け止める。数秒も持たずに、シンの最後の反撃は金髪の少年の右手によって握り潰された。

 

 「最後の最後まで油断はするな、あの黒髪の足掻きに足元をすくわれるところだったぞ」

 

少年の手厳しい発言に黒衣の少女は気落ちした。しかし、少年の忠告を素直に受け止め、黒衣の少女は次の行動に移った。自身の漆黒のデバイスを菱形の宝石―ジュエルシード―に向けた、すると漆黒のデバイスが宝石を吸収した。昨夜レイジングハートがジュエルシードを吸収したのと同じ様に、漆黒のデバイスに格納されたのだ。それをデバイスのセイフティ機能によってゆっくり下降し、意識を失っても尚、自身を抱えるシンに支えられながら、なのはは黒衣の少女の一挙手一投足を見つめていた。

 

なのはに見られている事に気付いた黒衣の少女は下降していくなのは達を見下ろしながら、警告の言葉を投げ掛けた。

 

 「今度は手加減出来ないかもしれない、ジュエルシードは諦めて…」

 

その呟きを最後に黒衣の少女と金髪に少年は夕闇の彼方へと飛翔し消えていった。なのはは彼方へと消えて行くまで二人、特に黒衣の少女の方に視線を向け続けた。

 
 
 

 ――こうして、少年少女達の初めての邂逅は終了した。だが、この闘いはまだ始まりでしかない。――

 
 
 

 ――同じ空に、同じ目的を望むのであればぶつかり合うのは必然【キッカケ】はジュエルシードなのだ。――

 
 
 

 ――そう、子供達の【闘いと相互理解の物語】はまだ始まったばかりだ。――

 
 
 
 
 

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