それは決別にあらず_短編

Last-modified: 2007-11-17 (土) 17:45:21

「ふ~……疲れた」

そこはよく言えば機能的、悪く言えば殺風景な部屋だった。備え付けのテーブルに棚、そしてベッド。
机の上にはノートパソコンや無数の書類が散らばり、椅子の背もたれに大きく身を預ける女性が居た。

「これで人事部に提出する書類は終わりっと……ブリッジクルーには挨拶したし……
後はパイロットね~新人や同年代は良いけど、十近く年が離れた人とかどんな挨拶しよう。
あんまり馴れ馴れしいのもアレだけど、硬すぎるのも悪いわね」

女性は年が二十歳前後、オレンジ色の髪を肩に掛からない程度のツインテールにしている。身を包む真紅の服が、彼女が何者でここが何処なのかを安易に示していた。
真紅の服は軍服、プラントの軍事組織『ZAFT』のMSパイロット、しかも訓練学校を優秀な成績で卒業したエリートだけが着る事を許されるモノ。
ここは戦闘艦の一室であり、彼女は……

「そうね……『自分がナスカ級グラムのMS隊、隊長を拝命したティアナ・ランスターであります。
 まだまだ若輩者ですが、協力と指導をよろしくお願いします』……ちょっと硬いかな?」

突然だが私ことティアナ・ランスターはこの世界の人間ではない。
ミッドチルダを中心とした多次元世界の治安を守る時空管理局所属の魔道士……四年ほど前までは。
実に単純な任務中での事故だったのだ。スカリエッティが起こした管理局地上本部壊滅から始まる一連の騒動が終息し、事後処理も終了した頃。
別に油断していた訳ではない。ただ発見した鏡状のロストロギアにいきなり吸い込まれた……不慮の事故。
その結果放り出されたのがこのCEと言う年号を起用する世界であり、遺伝子操作を受けた人達コーディネーターが住まう宇宙コロニー プラント。
ハッキリ言って直前までの最悪な運気が、今更ながらいい方向へと転んだ。
移民に紛れ込んで受けたコーディネーターかどうかの判定検査はなぜか問題なく通る。
後見人を買って出てくれた黒の長髪が似合う遺伝子学者は、記憶が無いと誤魔化した私にも優しかった。
とりあえず生きて行ける状態は整った。後は同僚や上司が迎えに来てくれるのを待っていればいい。
デバイスを失い、何かに阻害されて魔力の行使が制限されたこの世界では、私は余りにも無力だから……

「そんな私がいまやMS隊の隊長か……」

この世界が戦争をしている事は直ぐにわかった。しかも魔法とは違った力を使って。
最初はいつまでも後見人の脛を齧っていられなかった事もあったし、時たま彼のところに訪れる仮面の軍人の熱心な誘いもあった。

『君は実に良い目をしている。記憶喪失の難民などではない戦士の目だ』

戦死してしまったが、世界をバカにしたようなニヒルな笑みは忘れたくても忘れられない。
ソレに……『二度と帰れないのでは?』と言う思いが時間と共に強くなってくる。自分でも荒れていくのが解った。
そんなマイナスな思考を追い払う為、何か打ち込むものが欲しかったのだ。軍への入隊理由としては不順だが、当時はいたって真面目。
入学した先はもっともシビアなパイロットコース……荒んでいたのではなく、病んでいたのかもしれない。

「結局アカデミーを卒業して……あの戦争も生き延びて……」

その期間は約二年。こちらと向こうでは時間の流れが違うかもしれないが、とにかく此方では二年。
けど……誰も迎えには来てくれない。魔法の感覚を忘れ、MSの扱いだけが上手くなり……また二年も経過していた。

「ランスター隊長」
「ッ! なに?」

自分が思考の海に沈んでいた事に気がついて、私は慌てて通信機に手を伸ばした。今年アカデミーを卒業したばかりの未だに緊張感が抜けない声。
何だか管理局に入ったばかりの頃を思い出す。

「お客様が来ています」
「客? 進水式だから一般人も見学してるはずだけど……私個人の?」

現在私がMS隊の隊長に任命されたナスカ級宇宙戦闘艦 グラムはここアーモリーワンでメンテナンスの途中。
この後には新型艦の進水式に伴った軍事式典が予定されており、一般人に対しての情報公開を兼ねた施設見学も行われている。
確かにこの艦もその対象だとかで、やたら熱心に清掃をしていた。だけど私はこっちではほぼ天涯孤独。
知り合いと言えばアカデミーの同期や前大戦時の戦友、後見人くらい。
しかしアカデミーの同期はオーブに逃げ出したハゲを除けば、大方は忙しいだろう。
後見人に至ってはプラント一の忙しさ。アーモリーワンには来ているはずだが、こんな所に来るわけがない。

「え~と……青い髪をショートカットにした女性で『六課の者』と言えばわかると……」
「!?……そう。私の部屋に案内して」
「はい。どういったご関係で?」
「昔の戦友よ」

意外と冷静に判断している自分に私は驚いていた。

数分とたたずにティアナの私室のスライドドアが空気の抜ける音をさせて開く。
入ってきたのは報告通りの青い髪をショートカットにした女性。無理やり感情を抑えているし、大人びたが彼女の良く知る人物だった。
この世界で彼女を名指しし、六課の名を出して理解させる相手など居ない。つまりこの女性はティアナと同じで……

「ティア……」
「久し振りね、スバル」
「ティア~!!」

扉が閉まると無表情は一気に崩れた。涙やら鼻水やらを溢れさせ、ティアナにスバルと呼ばれた女性は飛びつく。
女性の名はスバル・ナカジマ。ティアナと同じく時空管理局、如いては機動六課と呼ばれるエース部隊の所属であり、彼女とは士官学校以来のパートナー。

「ちょっと、イタイ! アンタ加減しなさいよ!」
「だぁっでぇ~ティアが~どこか消えちゃって……」
「文句はあの鏡に言いなさいよ。それに……アンタだって来るのが遅すぎなんだから」
「うん! うん! ゴメン、ゴメンね」

そんな小さな反撃にも、スバルは本当に申し訳無さそうな声を出すものだから、ティアナはそれ以上自分が味わっていた孤独をぶつけてやる事もできなくなってしまった。
スバルの話からティアナが理解した事はこの世界がミッドチルダとは離れすぎた次元であり、座標の特定から実際の転送までで四年を費やしたと言う事。
そのために六課の面々は色々と無茶や無理を通してくれたと言う事くらいだろう。
そんな話をした後、スバルは満面の笑みで切り出す。

「帰ろう、ティア」

だけどソレを受けたティアナの顔は本当に悲しそうな顔で……言った。

「帰れないよ、スバル」
「……え?」
「私はもう優しい機動六課には戻れない」

一切の感情が抜け落ちるような驚愕の表情を浮かべるスバルに、ティアナは子供に言い聞かせるように話し出した。

「この世界は魔法が無いから、私たちが毛嫌いしていた質量兵器で戦争をしていた。
 もちろん非殺傷設定なんて便利なものは無い。つまり……戦えば誰かが死ぬ」
「……」
「ここ軍用ステーション、この艦は戦闘艦、そして私は軍人」
「……!」
「私は人を殺した」

『人を殺す』というのは軍人ならば通らなければ成らない修羅の道だろう。
だが魔法によって発展し、質量兵器を排除したミッドチルダ、特に管理局は非殺傷設定の遵守を徹底してきた。
そこで教えを受けたスバルやティアナも例外なく、人を殺す事に対して大きな禁忌を持っている。
だがティアナ持っていたと言う過去形の方が正しいだろう。
彼女は現在ザフトの軍人で、二年前の戦争を生き延びた歴戦の勇士であり、隊長に任命されるエース。
撃墜数、人を殺した数は計り知れない。

「どうしてその事に気がつかなかったのか……本当に解らないけど、当時の私は自分が戦う事で人が死ぬなんて考えても無かった」

『自分が戦えば人を守れる』としか考えて居なかった。恐ろしい事だが紛れも無い事実。
それこそ相手が如何なる重犯罪者であろうと命を奪わずに確保する管理局、如いては優しさの体現たる機動六課にいた『後遺症』。
ティアナは自分が戦い慣れていると思っていた。実際彼女は若年ながら、戦士として実力は高い方だろう。
だがそれ所詮犯罪者を取り締まる管理局の魔道士としてのこと。自分の力はいつも人の命を守っていると信じていた。

「初めての実戦……シミュレーターでやった通りに敵の攻撃を回避して、後ろを取った。
照準を合わせて、引き金を引く瞬間……気がついた。」

スバルのか細い吐息が恐怖を表現し、ティアナは夢を見るように遠くを見つめながら呟いた。

「あぁ……私は人を殺すんだ……って」

そのときの衝撃を思い出したように僅かに震えるパートナーを元気付けようと、スバルは手を強く握って叫ぶ。

「でも! ティアのせいじゃない!」
「そうね……私のせいでも、相手のせいでもない。じゃあ誰が悪いの?」
「それは……」

管理局と言う組織に属していると、戦う相手は強さや事件規模に違いこそあれ『犯罪者』になることが多い。
法に背いて他者をなんとも思わない悪人。それが犯罪者であり、ソレを取り締るのは当然の事だろう。
しかもそんな違法者をも管理局は殺す事無く確保し、公正な法の下で裁く。
ティアナはそこから離れてみて、あの場所が力を振るうのに正義が肯定される夢のような場所だと気がついた。
しかし戦争はそうではない。どちらも普通の人間であり、どちらも自分の正義を持っていて、どちらも守りたいモノを持っている。

「お互いの立場からしたら自分たちは正しく、相手がオカシイと思っている。それがごく自然な事で自分の正義を通すために力と命を賭けて戦う。
 そしてどちらが死ぬ。何も間違っていないのに、どちらも正義であるはずなのに死ぬ」

最初の撃墜から数日はティアナにとって地獄だった。自分は普通の人間を撃って殺したんだと脅迫的に認識させられ、毎日悪夢を見る。
殺した相手のこと、自分を汚い目で見る六課の面々、紅くに染まった手。

「それでも戦わないといけなかった! 殺した相手の分も、死んだ友の分も……私は!!」
「ゴメン! ティアのこと全然考えてなかった! ティアも大変なんだって忘れてた!! ゴメン!!」

いつの間にかティアナは泣いていた。スバルも先程の嬉し泣きとは違う冷たい涙が溢れるのを感じる。
縋りつくようにお互いを強く抱きしめて、静かに泣き続けた。

そんな空気を引き裂いたのは大きな振動だった。反射的にスバルを振り払うと、ティアナは通信端末へと駆け寄る。

「ブリッジ! 今の振動は何!?」
「六番ハンガーの新型が強奪されました! さらに港が襲撃を受けています!」

悲鳴のようなオペレーターの声にティアナは鋭く舌打ち。そして状況を把握して、判断を下す。
この船はドッグ入りしているので襲撃は免れたが、迎撃に出る事は不可能。そして現在配備されているMSも自分のモノだけ。
シフト表では艦長は外出中のはずだ。つまりここで命令権を持つのは自分。

「貴女は引き続き情報収集と乗員を呼び戻して」
「はっはい!」

緊張を隠せないながらもハッキリと返事をしたオペレーターに頷き、ティアナは再び端末を操作。
繋ぐ先はメカニックが溜まっているだろうデッキ。

「MSデッキ! 私のザクファントムを出撃準備。迎撃に出るわ」
「わかった……五分くれ」

答えるのは学科が違えど同期のアカデミー卒業であり、この船でもっとも長い付き合いのあるメカニックの声。
唯一の馴染みである人物にティアナも何時もの調子を取り戻した。

「三分でやりなさい。ウィザードはガンナーでよろしく」
「了解だ……ランスター隊長殿」

通信を終了し、再びティアナは視線をスバルに合わせる。
一緒に帰る事を拒絶し、手を振り解いて、今から戦闘に赴く自分を彼女はどう見ているのか?

しかし見てみればスバルはどこか優しげな微笑を浮かべている。『壊れたかしら?』とティアナが物騒な事を考えたりもする。

「ランスター隊長……か。ティアナ、隊長なんだね」
「えぇ、部隊の隊長じゃなくてMSの指揮を任されるって感じだけどね?」
「これも帰れない理由?」

驚いたように目を見開き、ティアナは盛大にため息。鈍いと思っていたパートナーに、言いたかった事を読まれるとは思わなかったのだ。
気を取り直して真剣な顔を作り、言い切った。

「そうね……隊長って事はそれなりの責任がついてくる。
その責任もたくさん殺してきた事も含めて、私はここで放り出したくない」
「……」
「もう行く。保安員に連絡しとくから安全な場所まで送ってもらって」

ティアナはもう会う事が無いだろうパートナーの顔をそれ以上見ていられずに視線を逸らした。

「さよ『ティア!!』 なによ……」

『さよなら』と言う言葉はスバルの絶叫に遮られた。背中越しで振り向く勇気が無いティアナにスバルは続ける。

「そんな悲しい事は言わないで……『またね!』って言って欲しいな」
「っ!?」
「こっち向いてよ、ティア」
「なによ……」

また溢れそうになっている涙を必死に拭いながらティアナは振り向く。その先では見事な敬礼をしているスバルが居た。

「ご武運を……ティアナ隊長」
「バカ……」

スバルの時空管理局式の敬礼に答えるのはティアナのザフト式敬礼。
ずっと同じ場所を歩いていると思っていた親友同士が違った礼でお互いを見送る。
だけどそれはきっと別れではなくて始まり。ティアナは踵を返すと今度こそ走り出した。指示した三分も近づいている。
だけどきっとまた巡り合える気がして、二人は意識せずに言葉を重ねた。

「「またね」」と……