アム種_134_004話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 15:33:34

部屋の中の空気は、重苦しかった。胃がきりきりと締め付けられるような、殺伐とした空気。

 本来、傷つき癒しを求める者がやってくるはずの、医務室という場所であるにも関わらず。対峙する二人の人間によって、静謐そのものであった空気は一転して刺々しい、息苦しささえ感じるそういったものへと変わってしまっている。



「堅苦しい前置きは、よしましょう。ジェナス・ディラ……だったわね」

「ええ。……何が言いたいんです、艦長さん?」

「あなたは一体……何者?何の目的で、この艦と接触したのかしら?」

「っ……!!」

「それを……ぜひとも聞かせて、もらいたくてね。話してもらうわよ?」



 女性の右手には軍用の自動拳銃が握られて、ジェナスのほうへとその銃口を向けていた。

 穏やかな口調とは裏腹に、彼女の声も、目も、表情も。

 一切は笑うことをやめた、冷え切ったものだった。











 ずいぶんとまあ、不躾な質問だ──……ジェナスは、そう思った。

 シンとあれから、話し込んでいて。そこにやってきた、白い軍服の女性。

 二言、三言自己紹介や、体調を気遣ってくる言葉をかけてきたとおもったらこれか。

 彼を鋭い目つきで睨むように見据えてくる目の前の女性は、この部屋に入ってきてすぐ、態度を豹変させたのだ。

 食えない人なんだろうな──あるいは、気を張っているか。根がまっすぐなのかもしれない。

 脇に追いやられた形のシンが唖然と目を瞬かせているところを見るに、普段からこういう態度の人というわけではなさそうだが。悪い人というわけではないようだ。



 彼の目には、そう映った。

 ジェナスが行った短時間での人物評は、目を覚ましてから何度目になるだろうか。

彼女でもう既に、二桁に達している気がする。

 ミネルバ艦長、タリア・グラディス──……自分の半分も生きていないような子供にそのように品定めされていると知ったら、彼女はどのような反応をするだろう。



「プラント本国に問い合わせた結果、ジェナス・ディラという戸籍は存在しない……

 パスポートやビザが通過した形跡もなければ、あなたの着ていたあのノーマルスーツ、あれも市販すらされていないもの。また、あなたが気を失っている間にさせてもらっ た身体検査の結果を見る限り、その身体能力はとてもナチュラルのものとは思えない ほど高い。かといって、プラントに住むコーディネーターでもなければ体内から薬物の反応があるわけでもない。つまりエクステンデッドとも違う───あなたは、何者?」

「か、艦長……!!なんで……」

「管理社会のプラントで、不法入国者や無許可労働者など、有り得ない。となると……」

「艦長っ!!何言ってんですか!?」

「お前は黙っていろ、シン」

「っ!?レイ!?ルナも!?」



 医務室の自動扉が開き、銃を構えた金髪の少年が入ってくる。

 レイ──シンがそう呼んだところを見るに、彼の話の中で出てきた、同僚という少年だろう。

 そしてそれに付き従うように、あのルナという少女──赤髪の少女も、心配げに眉根を寄せて、こちらへと照準を向けた銃を片手に一同を見比べている。



「そいつは、強奪犯の一味かもしれないんだ。離れろ、シン。……艦長、遅くなりました」

「いいえ。これから話を聞こうとしていたところよ。さあ、聞かせてもらえるかしら?」

「おいおい……聞かせるもなにも、こりゃ脅しだろ」



 冗談めかすようなジェナスの調子にも、不敵に笑うタリアは、その通りだとこともなげに言ってのける。

 そんなことは、百も承知らしい。どうしても、彼女はジェナスに口を割らせたいようだ。

 彼女は十中八九、ジェナスのことを敵だと思っている。

 異質であることを、感じている。敵かどうかは別にしても、その点に関しては、グラディスの読みは当たっている。



「仕方、ないな──……。けど、ひとつ前提があるのと。あと、こっちからもひとつ聞いていいか?」

「……言ってごらんなさい」

「一つ目。俺が何を言っても、驚かないで欲しい。……無理かもしれないが。少なくとも、俺は真剣だ」

「?……何を、今更」



 ごまかしたり、ふざけたり。

 妙な真似をすれば、向けられた二つの銃口からズドン、というこの状況であるというのに。



「かもな。でもな、多分俺の言うことはあまりに非常識で非現実的だ。それでいいのであれば、答える。次に、質問だ。いいか?」

「……こちらが答えられる範囲でなら」

「そうか」



 こちらの真意を計りかねたようなグラディスの答えに、一瞬ジェナスは息を吐いて呼吸を置いた。

 彼自身、確証のない現在の状況。信じたくはない、己が立てた仮説。

 それが立証されてしまった際の、ショックの大きさは彼自身、どれほど大きいものなのかは皆目見当もつきはしなかったから。

 そのための、心の準備だった。少なくとも数秒間はそのために必要とした。



「……ここは。いや、こう言ったほうがいいか。……『この世界は』、俺のいたところなのか?」

「……は?」

「この世界は、一体どこなんだ?」

「何を、言って───……?」



 ベッドサイドに座る女性の眉が、ぴくりと動いたような気がした。

 挑発にとられたかもしれないな、と、ジェナスは彼女の返事を待った。













──ゆっくりと、それは動き出す。



 幾条もの光の尾を引いて、落着すべき地を求めて。

 男達の怨念を載せて、ゆっくりと暗黒の中を進んでいく。



「行け……我らの想い、吐いた悲しみ、無念。そして命。すべてくれてやる……!!」



 ひび割れ、砕け。周囲にデブリや小惑星と化した岩塊を数多く漂わせた、

 スローモーションで進んでいく巨大な大地。



 その名を「ユニウスセブン」と言う。

 動くはずのないもの。動いてはならないはずのもの。

 コーディネイターとナチュラルの憎悪が最も目に見える形で、顕現した場所。



 静かに動き出したそれが目指すのは、地球。

 男達から、安寧に身を委ねた裏切り者たちの元へと送られる、

 死という付属品を伴ったあまりにも大きすぎる贈り物。

 黒き騎士達が、それを護るために付き従っていた。

 この大切なプレゼントを、しっかりと咎人達のもとへと送り届けるために。



「それら」は「そこ」で待っている。

 己が刃を振るうべき、蒼き戦士を。

 己を纏い駆るべき、まっすぐな少年を。



 誰にも気付かれず、知られぬまま。

 崩壊した大地を動かした、その者たちさえも知ることのないままに。

 密かに彼のことを、待っている────……。




 
 

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