第五話 傷跡は少年達に
「これは……確かに、同じものね……」
ミネルバ格納庫内。
慄然とした表情で手元の端末を見つめるタリアには、そう搾り出すのがやっとだった。
端末の先は、ケーブルを通してブルーのラインが入った独特の形状のノーマルスーツ、あの少年は「アムジャケット」と呼んでいた代物に繋がり──
彼女の空いたもう一方の手には、プリントアウトされた何かしらのデータが握られていた。
「……どうです。信じてもらえましたか」
彼女の部下──シンの肩を借りて、立ちながら。
これまた彼女の部下、レイとルナマリアに銃を突きつけられた状態で聞いてくる彼に、タリアは頷かざるを得ない。
「……議長、どう思われます?」
「ふむ、そうだね。私も研究者の端くれとして、エネルギー工学をかじったことはあるが──、確かにこれは見たことがない」
のこのここの艦に乗艦してきたときには、やっかいな人を乗せる羽目になったと思ったが、今このときばかりは、彼がいてくれてよかったと思っている。
スパイ容疑のかかった少年の主張が、あまりに荒唐無稽で。
彼の言うことが信じられないにも関わらず。
目の前に出されたデータがそれを、裏付けるかのように数値を示しているのだから。
格納庫へと場所を移したその時に、まるでタイミングを見計らったかのようにデュランダルがエレベーターからオーブのお姫様を連れて出てきてくれたことに、タリアは心底感謝する。
個人的感情としても、専門知識を持たない一人の人間としても、混乱する頭をフォローしてくれる彼の存在は、ありがたい。
「……どうされますか?」
「……。ジェナス君と言ったね」
その彼は暫し思案した後、赤服に囲まれた入院着の少年へとその穏やかな目を向ける。
「詳しく、話を聞きたい。私と一緒に……来てくれるかね?」
デュランダルの手にある、端末と記録用紙。
そこに表示された、unknownと表記されたエネルギーの波は。
寸分たがわず、同じ波形を描き出していた。
「アムエネルギー」……、彼は、そう呼んだ。
「しっかし、驚いたよなぁ。まさかジェナスがねぇ」
「言うなよ、俺だって未だに信じられてないんだから」
数刻後、休憩室に二人の少年の姿があった。
ギルバート・デュランダル議長に呼ばれ、艦長室にて尋問を受けたジェナス。
そんな彼に付き添い、彼の話した全てを聞いたシン。
缶のドリンクを片手に、二人は解放されたお互いを労いあう。
「びっくりしたよ、こいつ酸素欠乏症にでもかかってるんじゃないかと思った」
「ははっ」
「もう、笑い事じゃないでしょ。自分のことなんだから」
「まったくだ」
笑う彼に突っ込むのは、同じように缶を手にしたルナマリアとレイ。
ジェナスにはもう、彼らから銃口は向けられてはいない。
「ほんと、SFの世界だよな。平行宇宙──……なんて、さ」
「やれやれ、まいったわね。──平行宇宙、なんて」
銃を突きつけられながら、彼が語ったのは己の出自。
自分が「アムドライバー」であること、激しい戦闘の中、光に包まれたと思ったらこの世界に漂流していたこと。
シンたちの話す単語の意味が、ほとんど何一つ、耳慣れぬものであったということ。
聞いていたタリアたちがあっけにとられるほど、彼の言葉のひとつひとつが、嘘にしてもあまりに不可思議。
ドクターからのお墨付きがなければシンの言うとおり、酸素欠乏症とでも判断されたことであろう。
「なんなら、俺の着てきたアムジャケットを調べてくれてもいい。あんたらの技術体系とは似ていても、微妙に違うはずだ」
しかし彼は自信たっぷりにそう言った。少なくとも、タリアには彼に自信があるように見えた。
その時点で彼女の中では、彼が連合の工作員であるとする考えは消えた。
もし彼がそうならば、自分の着てきたものを積極的に調べさせるわけがない。
かといって彼女は彼の主張──「平行世界からやってきた」などとする言い分も、信じてはいなかった。
オカルトか、SFか。
そんなものじゃああるまいし、一体誰が信じられるというのだ?
だが、彼女はそれを信じざるを得ない事態に直面する。
ジェナスを立ち合わせ、行ったノーマルスーツもどきの解析の結果。
彼がアムジャケットと呼んだそれは、確かに間違いなくこの世界のノーマルスーツとは別物であり、また駆動に使用されているエネルギーはこの世界では存在しない、少なくとも発見されていないものであったからだ。
「彼の処遇……よろしいので?議長も、カガリ代表も」
更に彼女達を驚かせたのは、そのエネルギーの性質。
それは先刻プラント本国から送られてきた、地球圏各地で観測された謎のエネルギーの持つ波形と、完全に一致していたのである。
「ああ……我々はやっかいになっている身だ。デュランダル議長がいいというのならば、口出しはできん」
プラントからの報告によれば、エネルギーが観測され出したのは数日前──、それはアーモリーワンが襲撃され、またジェナスが発見された、まさにその日であった。
奇妙に、符合していた。偶然とは、思えない。
「仕方あるまいよ。怪我人を放り出すわけにもいかんし、何より彼が望んだことなのだから」
対話の場を艦長室に移し、全てを話し終えたあとでジェナスは言った。
元の世界に戻る方法がわかるまで、この場に置いて欲しい、と。
シンから聞いた話では、今現在この艦は強奪犯たちを追っていると聞いた。
また軍であるならば、あちこちに行くことになるのだろう。
これでもあちらの世界で戦場は経験している。
この世界を見て回って、少しでも情報が欲しい、と。
「戦場での経験があるのならば、この艦に乗っていてもパニックになることはあるまい」
「それはそうですが……」
「どうしても無理だというなら、オーブで亡命者として引き取るが……」
それをデュランダルは承諾し、彼らは今、ジェナスたちの退出した艦長室で話し合っている。
カガリの提案がベストのようにも思えたが、デュランダルは首を振る。
「アレックス君のときと同じように、ですか?姫」
「な……っ、それは!!」
「失礼、怒らせるつもりで言ったのではないですよ。ただ……」
デュランダルは立ち上がり、船窓から外を見つめながら言う。
「戸籍の捏造は、けっして褒められたことではありません。政治家とはいえまだ若いあなたが、口に出すことではない」
「っ……」
「無論、大人の勝手な正義感かもしれませんが」
矛盾していることを、デュランダルは自覚する。
戦争の経験があることを理由にミネルバで彼をひきとることを許可し、戦争という最も汚い世界に彼を──いや、若者たちを置いておきながら、若いカガリに、政治の汚さには染まるなという。
彼にしては珍しく、忸怩たる思いがあった。
この世界の現状を知り、またジェナスの話を聞いた者として、二つの世界を重ね合わせながら。
「彼の世界にも、戦争があったというが。今我々の世界も非常に不安定だ。いつ、戦争になるかもしれん。
皮肉だね、実によく似ているじゃないか。人はどのような世界にあっても、争うものなのだろうか……?」