アム種_134_015話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 15:37:49

第十五話 砥がれし牙



 青年は車に寄りかかり、茜色に染まる夕空を仰いでいた。

 その両目は、薄い色のサングラスに守られたその奥で細められ、

 悲しげな光を湛え虚空を彷徨う。

 心の中を、紅い瞳の少年の声が反響し続けていた。



『父も、母も、妹も。オノゴロで……殺されたんです。青い羽のMS──フリーダムに』



 知らなかったわけではなかった。考えないようにして、逃げていただけだ。

 戦争に巻き込まれた自分を被害者だと思い込み、正当化することで、

 自分が戦争へと巻き込み、犠牲とした者たちのことを。



『今でも、覚えてます……。父や母の、焼け焦げた匂い。マユの遺した……片腕』



 彼らを、後部座席に乗せていてよかったと思う。

 どちらか片方でも助手席にいたならば、シンの語る過去に対し、

 苦悶し顔を歪める自分がいるということを、知られてしまっていた。



「僕も立派に加害者で……罪人なんだ……」



 ひとりごちた彼の心は、冷たく冷え切って。

 撃ちたくなかった。でも、撃ってしまった。撃たざるをえなかった。

 だが、何のために?

 守るために撃って、その撃った弾が彼らを殺めて。

 彼らのように何の罪もない者を殺しておいて、一体、何を守ろうとしていたのだ?

 何ら明確なビジョンのなかった自分達に、その資格があったのか?

 自分達は、力を持つべき人間ではなかったのではないだろうか。



「僕らは……僕は。どうすればよかったんだ……?どうすれば、彼らを守れた……?」



 青年──キラ・ヤマトの呟きが、空に消えていった。

 彼の空虚な問いに答えてくれる者は、いなかった。







「やはり……状況は芳しくないのですね」



 特徴的なピンク色の髪は、アップにされていても非常に目立つ。

 おまけに彼女の着込んでいるタイトスカートのスーツも、ピンク色。

 ここが外から中を窺い知ることのできない、カーテンを引いた安ホテルの一室でなければ、人目をひいてしかたなかったろう。



 ザフト軍・カーペンタリア基地近くに位置する路地裏のホテル。

 そのうらぶれた場所には不釣合いな美女が、何枚もの書類を手に難しい顔をしていた。

 彼女の名は、ラクス・クラインという。

 かつてのプラント評議会議長、シーゲル・クラインの忘れ形見であり、今なおクライン派と呼ばれるプラント議会の一大勢力に強い影響力を持つ少女である。

 前大戦中は自ら艦隊を率いて戦った彼女は、戦後オーブへと移住。

 政治の表舞台から姿を消すとともに、時たまこうして軍内部のクライン派とコンタクトをとって最新の「生きた」情報へと目を光らせている。



(とはいっても、今回のユニウスを察知できなかったのは、不覚ですわね……)



 連合による廃棄コロニーの移設作業の進展、アーモリーワンの被害状況、

 プラント企業の株価変遷や、プラントにおける事件に対する反応、などなど。

 アナクロな紙資料としてではあるが、それはより確実に彼女のもとへ情報を届けるための配慮。

 こうして得た情報は大抵の場合が彼女のもとで眠るだけに終わるが、

 時と場合によってはあるいは婉曲に、あるいは直接、カガリへと伝えられる。

 ラクスなりに、その情報でカガリが少しでも動きやすくなれば、といった配慮だった。

 未だ立ち直れず、彼女のことを手助けすることのできないキラに代わって、という思いもある。

 スパイの真似事ではあるが、らしくないこと、汚いことをしているという自覚はあった。



「『ミーア』はどうなっていますか?」



 その単語に、情報を持ってきたクライン派兵士はぴくり、と反応した。

 あまり訊かれたくない話題のようで、わずかに眉を動かして、ただ一言「順調なようです」とだけ答える。



「そうですか……。彼女にも、苦労をかけますわね」



 この情勢では、自分が直接プラントへ赴いて、議長と話し合う必要性があるかもしれない──

 頬杖をつくラクスは、思案に暮れる。どうしても、悪い方向に進んでいくようにしか思えない。

 最悪、もう一度ラクス自身が偶像を演じる必要が出てくるだろう。



「例の、奇妙なエネルギーについてはもう少しかかるのでしょう?」



 ラクスが書類をまとめながら訊くと、兵士は頷いた。

 ドアのすぐ側にいた護衛の男が腕時計に目をやったのが、電源の入っていないテレビの画面に映っていた。

 ラクスの顔も、書類を収めたブリーフケースの表面に、逆さになって描き出されていた。

 それを見て、ラクスはあこぎさを身に付けた自分に向けて苦笑した。







 そこは、モニターがいくつも並び、ケーブルが何本も走る、薄暗い奇妙な部屋だった。



「どうだね?うちの諜報部の編集の腕は」



 男は部屋の真ん中に据えられた豪奢な椅子に陣取り、膝に乗せた猫を撫でてやっていた。

 自身に満ちた、さも愉快そうな声が閉鎖された空間によく響く。



「これで、いい。これで奴らを絶滅させる口実ができる」



 ロード・ジブリール。

 軍需産業から駄菓子の製造販売に至るまで、あらゆる部門を内包する一大企業グループ、ジブリール・グループの総裁にして、過剰なコーディネーター排斥を唱える団体、『ブルーコスモス』の二代目理事である。痩せ型で、銀髪。色白の肌と薄い色の唇が不健康そうな印象を与える。

 彼は今、出来上がった「映像」の完成度に、高笑いが止まらなかった。

 地球連合軍上層部にに強い影響力をもつブルーコスモス、その子飼いたる部隊、

『ファントムペイン』の功績によるところが大きい。



「彼らは実にいい仕事をやってくれたよ……そう思わんかね?」



 ジブリールは上機嫌で、後ろに無言で立つ男へと語りかける。

 肩幅の広いその男がみつめる先には、様々なMSが宇宙を駆けていた。



「別に、どうでもいい。その「コーディネーター」どもと戦うことができるならな」



 それは、ユニウスセブンで撮影された映像を編集したものに他ならなかった。

 カオスとインパルスの戦闘が、拡大される。



「それより、大丈夫なんだろうな、俺のギアのほうは」

「ああ、そのことか。それなら問題ない。例のエネルギー、『アムエネルギー』だったか──」



 言葉を切り、サイドテーブルのワインを一杯口に含む。

 上物のそれを、彼はゆっくりと嚥下する。



「───ミラージュコロイドの応用で、代用できるものがひとまずつくれそうだ。君一人分くらい問題ない」

「そうか」

「それと、先日から各地で観測されるようになった謎のエネルギー……あれもアムエネルギーらしいのだが、ね?」

「……ほう?」

「ひと月ほど前だったか、君が現れたのは。……君の他にもやってきた者がいるということかね?」

「……知るか」



 値踏みするようなジブリールの言葉を、男は一蹴する。

 全く以って無愛想な男だ。

 しかしよほど機嫌がいいのかジブリールは無声の音を喉から出して笑い、モニターを一旦停止させる。

 画面は、漆黒のジンが重斬刀を振り上げたところで止まっていた。



「まあいい。君にはファントムペインに合流してもらう。何かとそのほうが融通もきくだろう」

「本当にその「コーディネーター」共は、貴様が言うほど強いんだろうな」

「ああ、その点は保証しよう。あの化け物たちに、どれだけ悩まされてきたことか」

「ならいい」



 男は長髪を揺らして首を曲げ、肩の関節をごきりと鳴らした。

 軍服の上からでも、その筋肉がわかる。

 期待している──そう言ったジブリールに男は一睨みして言葉を返す。



「言われなくても、わかっている。そいつらが強いのならば問題ない」

「ならば、吉報を待っているよ。見合った対価を用意しよう。当面は少佐待遇で我慢してもらうが」

「……ふん、そんなもの、いるか」



 意外そうな顔をするジブリールに、男は吐き捨てる。

 心底、不用だと言わんばかりに。



「俺は強い奴と戦えれば、それでいい。強い奴を倒す、それだけだ」

「そうか──ま、いい。せいぜい頑張ってくれたまえ」



 再びモニターの映像に集中しだすジブリールを意に介さず、

 男は挨拶もせず踵を返す。



「ジェナス・ディラ……あいつがいないのなら、この世界の最強を、倒すまで……」



 部屋を退出した男のもとに、小さな鳥のようなものが飛んできて、

 その肩へと羽を下ろした。


 
 

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