アム種_134_020話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 15:39:34

第二十話 アンフォーギブン



「あなたは、本気で言っているのですか、ユウナ様」



 なんともきつい目を向けてくれるねぇ。

 夜中に叩き起こして呼びつけたせいかな?

 ユウナはテーブル越しに睨んでくる二つの刺すような視線に、コーヒーを口に含み内心思う。



「確かに、今の情勢でどちらからも攻められないためには、それしかないかもしれませんが───……」

「カガリなら、大丈夫。既にこの計画のことは伝えてある。すぐには納得できないだろうが……。

『彼ら』の扱いについても、はじめに受け入れる段階で念を押してあるしね。その点も確認済みだ」



 大きな懸念事項といえばあとは、君や彼らがこの案を受け入れてくれるかどうか。

 彼の言葉に二の句が継げず黙り込むアスランは、深く思案しているようだ。



 あの日交わした約束は、彼としては最大限譲歩したつもりだった。

 一つ。

 オーブの民として、キラ・ヤマトをはじめとするゲリラ艦隊(通称・三隻同盟)メンバーを受け入れる。

 一つ。

 彼らの身の安全を保障し、ある程度の便宜を図る。

 一つ。

 彼らの心身の状態が防衛行動に可能な程度にまで回復したと判断した場合に限り、ユウナ・ロマ・セイランは前述の三隻同盟軍メンバーをオーブ国防力として徴用することができる。



 それはカガリがオーブへと帰還し、ユウナのもとを訪れた際に交わされた密約。

 彼女の「兄代わり」であった彼が、「政治家」ユウナ・ロマ・セイランとして辛うじて渡る事を承諾することのできたぎりぎりの危ない橋のラインだった。

 二人はこの条件のもとに握手を交わし、遵守することを誓った。



 カガリは当然、この約束を守り、ユウナも同様に従った。

 彼らに岬に建設された旧アスハ別邸を与え、戸籍も与えた。

 一方で彼らの復帰に備え、大破していたフリーダムの修復も命じた。

 核エンジンのユニウス条約への抵触も考え、『彼』のかつての愛機をベースとしたストライクノワールをアクタイオン・インダストリーから購入した。

 競合相手のモルゲンレーテを擁するオーブに新型は売れないと断られたが、

 おがみ倒し、ごね倒してテストベッドとしてドックに残っていた試作の一号機を回してもらった。

 そうやって手に入れた機体を、敢えて彼らのもとに預けた。

 彼らに対し信頼を示し、抱きこむために。



 全ては、オーブを守るためだった。

 カガリの愛するこの国を、一度は焼かれたこの国を、二度と蹂躙されないために。



「……俺は、反対しません。というか、丁度いいきっかけなのかもしれない」

「へ?何が?」

「結局俺は、背中を押してもらわないと何もできない男ってことですよ」

「よくわからないけど、受けてくれるんだね?」

「はい。キラたちにも俺のほうから───」

「ゆ、ユウナ様っ!!」



 二人の間にあった緊張が解きほぐれたその間隙を縫うように、執務室の木製扉が乱暴に開け放たれる。

 転がり込んできた眼鏡の秘書官は、反対側に座るアスランには目もくれずユウナへと駆け寄る。



「どうしたんだい、そんなに慌てて」

「ぽ、ポイント202の岬において、戦闘です!!レーダーによってMSを数機確認!!爆発も目撃されていますっ!!」

「「!!」」

「み、民家を攻撃している模様で……」



 ポイント202の岬。そこにはベルネス邸がある。

 キラが、ラクスが。シンが、ジェナスが、皆が危ない。

 ユウナは彼らの利用価値を知る者として。アスランは彼らの仲間、友人として、直感的に狙われたのが彼らだと思い至る。

 アスランと顔を見合わせ、ユウナは秘書官へと即座に指令を下す。



「近くの基地のムラサメ部隊にスクランブル要請。防衛出動!!急いでよ」

「は、はいっ!!」



 入ってきたときと同じように泡を食って秘書官が出て行ったところで、ユウナはアスランに対しても命じる。



「君もセイバーで現場に。ムラサメ隊と合流したら現地視察ということにしてくれればいい。僕の名前も使って」

「はい」



 こういう時、腕前の確かな彼の存在は、配備が始まったばかりで訓練不足の機体を駆る兵を生半可に派遣するよりよっぽど役に立つ。

 アスランはソファに掛けてあった上着を羽織ると、早足で執務室から退出していった。

 ユウナもまた自分のデスクに戻り、ムラサメの出動や広報への対応に関する書類を作成するためペンをとった。今日もまだ、眠らせてもらえないようだ。







「……そだろ」

「シン」



 だらりと両腕を垂らし、閉じた扉の前で立ち尽くしていたシンは、ようやくそれだけ、絞り出した。

 気遣おうと手を伸ばすジェナスの肩をアンディが叩き、軽く首をふり、お前は下がっていろ、と顎で示す。



「嘘だろ、あいつが、キラが父さんたちを……」

「残念ながら、事実だ。シン」

「……」



 急激に、シンの身体が動いた。

 ふらり、と一瞬揺れたかと思うと、その左腕は隻眼の男の胸倉を掴んでいて。



「俺を……だましてたんですか!!あんたらも!!キラも!!」

「黙っていたことについては、謝ろう。だが、言って何になったね?」

「なんだと!?」

「シン、やめろよ」



 シンの剣幕に、ジェナスが見咎めるが、当のアンディは構わないという風にジェナスに向かいジェスチャーする。



「望んで人を殺すような性格破綻者なんて、兵士全体の中のごく一部ってことだよ」

「!?」

「戦争ってのは、撃つほうも撃たれるほうも、多くのものを失うもんだ」

「……何が言いたいんですか」

「そのことを知らず、そういった覚悟も持たずに戦場に立っていたのが昔のキラだ」

「……」



──まあ、これは元々正規の訓練を受けた軍人でもない彼には、無理もない部分ではあったんだが。

 俺だってんな素人同然だった彼に手加減なしに攻撃を仕掛けたわけだし。

 アンディの言葉に、シンは目を丸くした。



「軍人だったんですか!?アンディさん!!」

「お?──おいおい、それ本気で言ってるのかね。君、ザフト軍人だろう?」



 砂漠の虎、ってアカデミーで習わなかったかね。アンドリュー・バルドフェルド。

 聞いたこと、あるだろう?それ、俺。アンディってのは偽名な。



「あ、ええっ!?でも、顔!!傷とか……」

「あー、成程。キラにやられる前の写真しか教練本には載ってなかったわけね。……で、だ。話を戻すぞ」



 そんな彼を艦隊のトップ・エースに仕立て上げた俺達、周囲の人間にも問題があったのだろうが、彼は周囲の人間が考えていることが何か、噛み砕くことなくわかったつもりで平和を目指しはじめちまった。

 アンディ……アンドリュー・バルドフェルドの独白は続いていく。



「あくまで明確なビジョンのない、コーディネーターとナチュラルの融和による平和、なんていう甘い理想でな」



 どうやればいいのか。どうすればいいのかも知らなかったくせに、な。

 バルドフェルドは笑う。その笑いは傍から見ているジェナスにはキラに向けたものではなく、彼ら自身をせせらわらっている侮蔑のものであるような気がした。



「赦してやってくれ、なんて口が裂けても言えんよ。無論、お前さんに撃ち殺されても仕方がない。だがな」

「……」

「彼が戦後苦しみ、悩み続けていたことも事実だ。今でこそああだが、自殺を図ったのも一度や二度じゃない」



 自身の右の手首に、人差し指でラインを引いてみせるバルドフェルド。



『……ごめん。僕は行けない。行く……資格がない。行ってはいけないと、おもう』



 慰霊碑前での車でのやりとりが、シンの頭へと蘇ってくる。

 あれは他の何ものでもない、自身の加害者性に対する実感から出た言葉だったのかもしれない。



「ある意味、彼も被害者だ。そしてそれ以上に加害者だ。キラ自身、心のどこかでそのことは、自覚している」

「……けど」

「そんな彼がまたMSに乗った。どういった心境の変化かはわからんが。彼なりに答えが出たのかもしれん」

「何の、ですか」

「……償いの、方法。いや、一生背負い続ける十字架の、かな」



 もっとも、償って償いきれるものでもないが。

 君も兵士なら、自分が奪う側であることを理解しておいたほうがいいぞ。

 溜息交じりに言って、バルドフェルドは締めくくった。



「撃ちたければ、撃て。キラも納得しているだろう。あとは───君とキラとの問題だ」


 
 

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