第三十三話 血涙の戦士
「いっちまったな、あいつ」
「……うん」
少し寂しげに俯いたステラの頭を、スティングがやさしく叩いた。
シンを乗せた車は、あっという間に小さくなっていき、見えなくなってしまった。
「いーじゃん、また。戦争終わったら、会いにこよーぜ。あいつけっこーいい奴だったし」
きちんとお礼、もう一回言わねーと。
頭の後ろで腕を組んでいたアウルも、ステラを励ますように言う。
彼の言に、ステラはこくりと頷いた。
短い時間であったがスティングたちの知り合った少年は、彼らにとって数少ない同年代の友人、話し相手となっていた。
だが……と、スティングは思う。
アウルはああいったけれど、戦争は終わるのだろうか。
また、終わったとして自分達にそのような自由はまわってくるのだろうか。
どちらにせよ、生き延びなければはじまらない。
エクステンデッドたるこの身が、どれほど生きられるのかはわからないが、戦死だけはしたくない、ステラたちにさせたくないと、密かに思った。
「さ、飯食いにいこーぜ。ネオからはたっぷり軍資金もらってるしな」
「あ、俺ハンバーガー」
「却下。なんでここまできてファーストフードなんだ、お前は。豪勢にいくぞ」
「……アウル、貧乏……?」
「ちっげーよ!!いーだろ、好きなんだからさ」
エクステンデッドの少年、少女たちは今このときだけは、歳相応の笑顔と馬鹿話をしていた。
彼らは、知らない。自分達の知り合った少年が仇敵であるということなど。
「ほほう?これはこれは……まさか、あの二機が増援とはね?」
盟主が自信満々によこすわけだ。
ほくそ笑んでネオは納得した。
「ならば……パイロットの腕も、確かなんだろうよっ!!」
ビームサーベルを横薙ぎに。
黄色のムラサメは左手に保持していたビームライフルを切り裂かれ、ネオの二撃目を避けるべく変形し離脱する。
「さて……踊れよ?『被験体D』、『被験体T』?悪いな、本名を知らなくて……」
かつて鬼神とよばれた二機のMSが、援軍として自分の側にいる。
そして、かつての母艦を討とうとしている。なんとも皮肉で、滑稽ではないか。
ネオは、頬が酷薄に歪むのが止められなかった。
フリーダムと、ジャスティス。
その設計そのものは大戦末期、既にプラントから連合へと流れていたという。
前ブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエルの手に渡った、Nジャマーキャンセラーのデータとともに。
『だが愚かにも、前盟主は核をプラントに撃ち込むことにこだわり、それらは二の次として扱ったのだよ』
「……」
赤道連合の基地に停泊する、ガーティ・ルー。
その薄暗い部屋の中で、ディグラーズはジブリールからの衛星を介した通信をつまらなそうに聞いていた。
『結果、完成する頃には終戦、ユニウス条約などという下らないもののせいでお蔵入りというわけだ』
やれやれ、と鼻で笑うジブリール。
少なくとも彼の中に前任者に対する尊敬の念などは皆無であるようだ。
『おまけに開戦したと思えばあの化け物どもは核を無効化する新兵器を出してくるわ……』
とてもじゃないが、正規軍に配備できるような代物ではなくなってしまったのだよ。
再現できない部分もあってオリジナルより性能がやや劣るとはいえ、それでも扱えるほどの腕前をもつパイロットは、ごく限られているしね。
ディグラーズにとっては、それらはどうでもいい話でしかなかった。
『だが、ちょうどいいサンプルが君たちの世界からやってきたのでね?』
「……くだらん」
『まあ、そういうな。彼らは素晴らしいぞ?わずかな刷り込みと記憶の改竄、少量の投薬だけで……、
並のコーディネーターどころか、ソキウス、エクステンデッドたちさえも凌ぐ!!実に優秀な肉体じゃないか!!』
「気に入らんと言っている……!!」
『フフ……いいではないか。君も含めて、彼らの戦果を期待しているよ』
通信が、切れた。
ディグラーズはサイドテーブル上のグラスに入ったブランデーを一気に呷ると、氷だけになったそれを思い切り、暗転した通信端末のモニターへと叩きつけた。
グラスと氷が粉々に砕け散り、水分が辺りに飛び散った。
眠ったように電源をオフにしていたケケが、驚いたようにその目に当たる部分に光を宿した。
「く……なんで、ジャスティスとフリーダムが……!!」
『落ち着け!!Nジャマーキャンセラーのデータは連合に渡ってるんだ!!
あの二機のデータも一緒に渡ってたとしても不思議じゃない!!アスランも!!いけるな!?』
『は、はい……』
「はい……」
急ぎ艦へと戻り、ストライクノワールで出撃したキラであったが、やはりアスラン共々そのショックは大きかった。
捨てたはずの力。失ったはずの剣。自らの大罪の象徴。
目の前に浮かぶ二機は、二人にとって、それ以外の何ものでもないのだから。
『しかし、こいつぁ厄介だぞぉ……あの、二機が相手となると!!』
バルドフェルドが吐き捨てる。
まさに自分達は、あの二機の持つ性能を、身をもって知っている。
まさか、その力が自分達に向かいふるわれることになろうとは、思ってもみなかったが。
『無理に相手はしないで!!船のスピードで、なんとか振り切ります!!』
『了解!!シンとジェナスは!?』
『今、出します!!セラもジェナスから補給を受け次第、出れると!!』』
ブリッジとバルドフェルドのやりとりが、遠くのほうで聞こえる。
キラには、紫色に塗られたフリーダムしか見えなかった。
あれは、自分だ。かつての自分の亡霊だ。
力にのぼせあがり、多くの犠牲を生み出し続けていた頃の。
「なら、僕が……!!」
僕が、倒さなければならない。
『キラ』
「……アスラン」
『わかってるな?』
「……うん」
『あれは、俺達が───……』
倒す。皆まで言わずとも、二人の思いは同様だった。
あの二機は、自分達にとっての、大戦の亡霊なのだ。
この世に篭り、残ってしまった邪気は、自ら払わねば。
けれど、それ以上にかの機体を倒さねばおさまらぬ者がいた。
だからこそ、アスランの言葉は途中で途切れた。
『うおおおおおぉぉぉぉっ!!!!!こいつうぅぅぅっ!!!フリーダムうぅぅっ!!』
滞空するセイバーとストライクノワールの間を、真紅の稲妻が一条、切り裂いて突き抜けていく。
「インパルス!?」
『シン!?』
カタパルトのハッチが開くなり、飛び出したシンのインパルスだった。
その機体色の赤は、いつになく彼の放つ怒気を孕んでいるように見え。
『お前は、お前だけはあぁっ!!』
『駄目だ、シン!!戻れ!!そいつは……』
制止するアスランの声も届いてはいなかった。
怒りの狂戦士と化した赤き剣士・インパルスが、操縦者たるシンの激した心を乗せて向かっていく。
仇敵、フリーダムへと、憎しみをこめた刃を握りしめ。
『死ねえぇぇぇぇっ!!!フリーダムっ!!』
「シン!!いけない!!」
剣の連結を解いたインパルスは、微動だにせぬ闇色のフリーダムの頭部へ、
そのレーザーの光刃を寸分の狂い無く振り下ろした。