第三十四話 ロスト・ライフ
「───は?おいおい、寝惚けてんのか?」
自機のコックピットの中で、彼はあざ笑った。
僚機……相棒の駆るフリーダムへと襲い掛かる赤い機体の動きは
彼から見れば、あまりにスローモーで隙だらけに見えたからだ。
「そんなんじゃ……タフトはやれねぇぜ」
だから彼は、その敵機の動きも、仲間の危機も捨て置いた。
「あああああああああっっ!!!!」
二本の対艦刀が、フリーダムの身を、今にも切り裂こうと振り下ろされる。
討ち取った──シンの、歪んだ悦びの確信とともに。
しかし。
フリーダムは刃が機体に到達する、そのわずかな時間よりもはやく行動を起こし。
両の羽に装備された二門のビーム砲、「バラエーナ」プラズマビーム砲を跳ね上げ、それをインパルスの両腕へと押し当てる。
「何!?」
瞬間、発射。
両腕が灼熱のビームに焼かれ、二刀を保持したまま肘上から吹き飛ぶ。
『シン!!』
更には、腰のレールガンを展開、膝関節へと正確に狙いを定めたそれが直撃し、VPS装甲に覆われていない関節部を破壊。
膝から下が重力に引かれ落下していく。
「そん、な……!?」
一瞬、何が起こったのか自分でもシンは理解できなかった。
今まで出会い戦ったMSの動きを、目の前の仇敵は遥かに越えていた。
呆然とモニターを見つめる彼の視界が、コックピットめがけて蹴り出されたフリーダムの足裏に覆われていく。
直撃と同時に、シンの身体は激しい衝撃に襲われた。
四門の砲とビームライフルを展開したフリーダムがわずかに見えたかと思うと、
水の飛沫の中に消えていった。
バーニアを噴かすことも忘れ愕然とした彼を乗せたインパルスは、波間に沈んでいった。
「艦長!!戦闘です!!距離……25000!!地球軍と、アークエンジェル!!」
「なんですって!?領海線は!?」
「なんとか、越えてはいますが……!!」
インパルスが落とされた丁度そのころ、彼らの元に急ぐ一隻の艦影があった。
通信士や索敵班の報告に、ブリッジは急激に慌しくなる。
「インパルス……落下します!!」
「!!く……各フライヤーの発進を!!」
「届きません!!艦からの無線誘導の範囲からは、わずかに足りません!!」
『艦長』
と、パイロットたちの詰める待機所から、内線が入る。
『俺が出ます。グフならば……』
『あたし!!あたしが行きます!!シンやアスランさんがピンチなんでしょ!?』
通話機をとった彼女──艦長の耳に届き、画像に映るのは二人の男女。
赤とオレンジのノーマルスーツを、それぞれ着込んでいる。
『はあ?おいおい、お前さんの機体は飛べないでしょーが』
『シルエットフライヤーで!!あれでいきます!!非常時は有人制御できるって、前シンから聞きました!!』
「本気なの?」
彼女は驚く。
戦闘能力のない機体で戦場に向かおうとする少女の蛮勇に。
『はい!!やらせてください!!』
『……艦長、私からもお願いします。ルナマリアで不満なら、私が行きます』
彼らの隣に、更に白いパイロットスーツの少年が割り込む。
驚いたように彼らを見たオレンジの青年は、やれやれと小さく溜息をついてから彼らに同調する。
『どうやら、これがうちのパイロットの総意のようですよ?俺も護衛につきますから、許可してもらえませんかね?』
「……」
ええい、どいつもこいつも。
しれっと言ってのける青年に、彼女は、ミネルバ艦長、タリア・グラディスは手のかかる子供達を抱えた母親の気分になりながらも、許可を出す方向に考えを進めていた。
「何ッ!?」
アスランは、自分の目を疑った。
ジャスティスはかつての自分の乗機だ。
できることも、とるべき戦法も、熟知している。
なのに。
「宙返り……だとっ!?」
目の前の紫のジャスティスは、自分の考えつきもしなかった戦術を駆使してくるのだ。
分離したリフターでスノーボードよろしく、空中で一回転してこちらのビームライフルを避けつつ、反撃の射撃を返してくるなど。見栄えはよくとも隙の大きい、そのような戦法、正気とは思えない。
『あのトリックは!?』
驚く彼の耳に、ジェナスの声が聞こえた。
彼も艦の近くで護衛をしながらも、上空高く上下逆さに飛び上がったリフター騎乗の機体を見上げている。
「どうした、ジェナス!!」
『い、いや……。でも、まさかそんな……』
カットバック。大してボード競技に詳しくもないアスランがそのテクニックの名前を、知る由も無かった。
まして、かつてそれをジェナスに教えた者がいるということなども。
なんにせよ、キラがシンを救助してくるまでは彼抜きで、あの二機と対峙せねばならない。
「……負けた、のか?俺は」
四肢を失い、海底に沈んだインパルスのコックピットで、シンは目を覚ました。
それほど長い間気を失っていたわけではないようだ。
「くそ……」
真っ暗なコックピットで、わずかに光を放つコンソールを叩く。
「くそ、くそぉ……」
フリーダムを、討てなかった。
完膚なきまでに叩きのめされた。
なにもできなかった。恐怖すら感じた。
悔しい。
「!?」
何度も殴りつけたコンソールの上から、何かが落ちてくる。
「これ……マユ……」
ピンク色の、妹の遺品たる携帯。
出撃の度にコックピットに持ち込み、コックピットにぶらさげている形見だ。
ちょっとやそっとで落ちることのないそれが、今落ちてきた。
まるで彼に何かを、訴えるかのように。
「マユ……俺……」
諦めるな、と言いたいのか?
奴を倒してくれ、と言っているのか?
果たして彼女が生きていたとしてそういうことを言うだろうか、ということはわからない。
彼には少なくとも、まだ終わっていない気がした。
「そうだ……まだだ」
『シン?生きてる?』
「死んで……たまるか」
ようやく彼を発見したキラの通信も、耳に入らない。
『無事なの?』
「まだ、終わってないぃっ!!」
『シン!?』
色を失ったソードインパルスが、胴体と頭部だけのその機体を急激に浮上させる。
ストライクノワールをおきざりに、海面めがけ勢いよく飛び上がる。
「たとえ、刺し違えてでも!!お前は!!……!?」
飛び上がった先に、フルバーストモードのフリーダムが待ち構えていた。
両肩を、両足の付け根を。そして唯一無事であった頭部を、フリーダムの一斉射撃が粉々に撃ち砕いていく。
待ち伏せ?いや違う。フリーダムのパイロットはわずかな波の乱れでシンの奇襲に気付き、フルバーストモードに機体を変型させて対応したのだ。
その反応は、理解の範疇を超えていた。
砲撃形態を解いたフリーダムは、サーベルを引き抜きインパルスへと迫る。
落下するスピードよりはやく駆けた機体は、あっという間に残骸も同然の機体に追いつき。
コックピットへと垂直に、サーベルを突き立てるべく腕を引く。
(死ぬ、のか……!?)
ビーム刃の光が、彼にとっての死神の鎌であった。
刻一刻と迫るその鎌に、全身の毛が怖気立つ。
『シン!!脱出して!!分離するの、急いで!!』
死の世界にひきずりこまれようとする彼の意識をこの世に呼び戻すかのように、
久しく聞いていなかった勝気な少女の叫びが聞こえた。