第四十三話 フー・アムアイ
灰色のバイクが、乾ききった岩の大地を疾駆する。
乗るのは二人。
バイクに跨っていながらも長身であることを窺わせる男、そしてその身体にしがみつくように後部に座る、小さな少女。
どちらも砂塵避けに、ゴーグルをその目に付けている。
「あれか?」
男に言われ、彼の背中から少女は顔を出す。
彼らの目指す先には白亜とグレー、特徴的な形の二隻の艦が迫っていた。
その下には数隻の陸上戦艦。
「ああ、あれだ。まちがいない」
「よし」
石と砂を巻き上げ、バイクはスピードをあげる。
作戦の準備は、着々と進んでいた。
「レジスタンスとの協力?」
「ああ。今回の作戦は現地の協力者が、情報をもってきてくれるらしい」
作戦前のミネルバ・ブリーフィングルーム。
ここには今、ミネルバとアークエンジェル、両艦のパイロット。そしてジェナスたちが集められていた。
セラの疑問符に、隣に座っていたレイが簡潔に答える。
そして落ち着かない様子のジェナスには、ルナマリアが。
「どうしたの?ジェナス。さっきから変だけど」
「いや……なんていうか。ほんとに俺、軍人みたいなことやってんだな、って」
「違和感?」
「ん、そんなとこだな」
「うーし、お前ら揃ってんなー。はじめるぞー」
そうこうしていると、ハイネがアスランとともに入ってくる。
更に後ろには、ぱさぱさした感じの髪を結った、小柄な少女も。
(……子供?あれが協力員?)
「……子供じゃん」
ジェナスが思ったことをほぼ同時にシンが口走り、少女から睨まれる。
小さく溜息をついたハイネが近づき、彼の脳天にチョップを一発落としてから戻る。
頭を抱えたシンを尻目に、ブリーフィングが開始された。
灯りの落とされた室内のスクリーンに、峡谷のマップが投影される。
ハイネの頷きを受けて、アスランが説明をはじめる。
「ではラドル隊と合同で行う、ガルナハン・ローエングリンゲート突破作戦の詳細を説明する。
……これが渓谷の状況だ。この断崖の向こうに街があり、その更に奥に火力プラントがある。
こちら側からこの街にアプローチ可能なラインは、ここ。この一本道のみだ」
レーザーポインターでマップ上を指し示しながら、アスランの説明が続く。
「敵の陽電子砲台はこの高台に設置されており、渓谷全体をカバーしている。
ここが『ローエングリンゲート』と呼ばれる所以だ。隠れられる場所もこれといってない」
「おまけにここには、MS以外に陽電子リフレクター装備のMAが数機、配備されてる。
射程外から砲撃ぶちこんでも有効打撃は望めないわけだ。そこでだ」
アスランから言葉を繋いだハイネがリモコンを操作すると、
峡谷のラインのすぐ横に、別の細いラインが表示される。
「本隊とは別に、奇襲をかける部隊を用意する。本隊が陽動をしかけてMAを誘い出し、裸になった砲台を直接奇襲で叩く」
「このルートに、今は使われていない坑道がある。広さは、インパルスの分離形態でぎりぎり通れる程度」
「シン!!お前が作戦の鍵だ」
びしり、とリモコンを自分にむけられ、シンは一瞬固まる。そして。
「ええ!?俺ですか!?」
「そーだ。作戦の成否はお前にかかってる。責任重大だぞぉ?」
「インパルスのパイロットは、お前だからな」
大袈裟に驚いたシンへと、二人のフェイスは言い放つ。
ハイネはいたずらっぽい笑みで、アスランは淡々と。
「けど……いや!!ですが!!」
「セラもついていってやれ。坑道突破後のインパルスの援護に」
「はい」
シンの狼狽は完全にスルーされ。
アスランは少女のほうへと向かい、頷く。
「さあ、ミス・コニール。彼がパイロットです。坑道のデータを」
「……大丈夫なのか?」
「んだとっ!?」
「シン」
むきになるなよ。ジェナスが後ろから、立ち上がりかけたシンの両肩を押さえて座らせる。
相手が子供だと言ったのは自分だろうに。
ルナマリアとレイも止めこそはしないが、相変わらずだと言わんばかりの顔で額を押さえている。
「この前……ザフトの攻撃が失敗したとき。内通者狩りだっていって、町のひとたちがたくさんつれていかれた……」
「!?」
「今度は攻撃にあわせて、町でも行動を起こす。だから万が一にでも、失敗してもらっちゃ困るんだ!!
それこそ、今度失敗すれば、なにをされるかわかったもんじゃない!!ほんとにこいつで……!!」
「こいつ、だとぉっ!!」
「隊長はあんたたちなんだろ!?なら……!!」
「大丈夫ですよ。彼なら。やってくれます。だから、データを」
ずっと年下の相手にこいつよばわりされて、シンは完全に頭に血を上らせていた。
今度は三人がかりで──レイが右腕、ルナマリアが左腕。ジェナスが両肩を掴んで──押しとどめる。
対照的にアスランはやさしい表情で、コニールへとデータの受け渡しを促す。
少女は目を逸らし、しばらく戸惑い躊躇したあと。
恐る恐るといった様子でアスランの差し出した手にメモリーの入ったディスクを載せる。
ハイネに肩を叩かれるも、やはり完全に納得した顔はしていない。
「シン」
「……」
「シン!!」
「ハイネやアスランがやればいいじゃないですか。キラだっていいじゃないか」
一方でシンも、ふてくされて顔を背けていた。
目もあわせずに、アスランへと言い返していく。
「そいつの言う通り、俺よりそのほうが上手くやれる。あんただってどうせ、ほんとはそう思ってんでしょ?」
「お前……!!」
「失敗したら終わりだとか言って。どーせ俺は……」
「甘ったれたことを言うな!!」
アスランが、遂に怒鳴った。
びくりと身体を縮こまらせ、シンは彼を見上げる。
「生憎俺もハイネも、お前の心情とやらに配慮して、無理と思える作戦でもやらせてやろうと思うほど馬鹿じゃない」
「なっ……!!」
「無理だと思えば始めから俺たちでやるさ。だが、お前なら出来ると思った。だからこの作戦を採った」
ハイネもまた、静かに諭すように言う。
「この人選は、俺達二人の総意だ。しり込みして拒否なんて、ゆるさないぜ?」
「……!!」
「やるのか、やらないのか!!どっちなんだ!!」
「っ……やりますよ!!やってやる!!」
ディスクをひったくり、立ち上がり啖呵を切る。
ルナマリアとレイが、少し意外そうに顔を見合わせていた。
「よおし、ブリーフィングは以上だ!!作戦開始まで、一時解散、各自持ち場に!!」
同様にアスランとほっとしたような顔を見合わせていたハイネが告げると、自動ドアが開いた。
「コニール、うまくいったのか?随分と時間がかかっているようだが───……」
「ああ、申し訳ない。今丁度終わったところですので……」
そして入ってきた人間、その人物に、ジェナスとセラは我が目を疑った。
応対するハイネの声すらかき消すほどの仰天した声を、張り上げる。
「「ニルギース!?」」
「え?」
一同が二人と、入室してきた青年とを見比べる。
黒の上着を着た長身の彼は、だまってジェナスたちを見つめている。
「ニルギースだろ!?無事だったのか!?」
「あなたもこの世界に!?」
「あんたら、イヴァンの知り合いなのか!?」
二人の驚きようにコニールも唖然としていた。
しかしどうやら、その性質は彼らのものとは違うらしい。
「よく無事だったな、おい!!……おい?」
歩み寄り、ジェナスが肩を揺する。が、彼はあくまでも無反応だ。
「ニルギース?」
「きみたちは……私のことを知っているのか。なら、教えてくれないか」
「なんだって?」
言葉の意味を測りかね、首を傾げるジェナスとセラに、彼は言った。
「私は……イヴァン・ニルギース。覚えているのは、それだけだ。私は、何者なのだ?」