第四十五話 ガルナハン・ピープル
インパルスからシンが降りていくと、町はお祭り騒ぎの状態だった。
作戦と同時に行われた蜂起も、無事成功したらしい。
「……すっげーな」
騒がしい町の様子に、圧倒される。
と、向こうのほうから見知った顔が歩いてくるのが見える。
「君のおかげだ。感謝する」
「あ。えーっと……ニルギース、だっけ?」
あのコニールとかいう子は、イヴァンと呼んでいたが。
ジェナスが出撃前に繰り返し連呼していた印象のほうが強かったので、そう呼んだ。
「ああ。これで町は開放された」
「そっか。あんたはどーするんだ?ジェナスたちはあんたのこと、知ってるみたいだったけど」
ちらりと目の端に、ハイネとアスランがMSから降りてくるのを見つつ、尋ねた。
「迷惑でなければ、同行したいと思っている、彼らや君たちに。……なにぶん、他に手がかりがないのでな」
「ああ……記憶、ないんだっけ……っと」
言ってから、自分の発言がやや無神経なものであったということに気付き、口を押さえる。
かまわないという風に、ニルギースは首を横に振った。
──のを見た直後。
「いでっ!?」
ごん、と後頭部を力いっぱい、誰かに殴られた。
「誰だよっ!?」
怒鳴り、振り向くとそこにいたのは二人の上司。
先程MSから歩いてこちらにやってくるのを見た、ハイネとアスラン。
青筋を立てて拳を握りしめているあたり、犯人はアスランであろう。
「何するんですかっ!?」
「……ハゲで悪かったな、ハゲで」
「い!?」
「全部、聞かせてもらったよ。ん?なかなか面白いこと、言ってたじゃないか」
スマイルのアスランは、気味が悪い。なにしろ、目が笑っていない。
一歩後ろで噴き出すのを堪えているハイネも、助けてはくれまい。
「ひとまずはお疲れ様、と言っておこう」
「あ、はは……あの、えっと」
「せっかく成功したことを褒めてやろうと思っていたんだがな。君とはじっくり話す必要がありそうだ」
(俺、地雷踏みました!?)
(ああ、それも特大のやつを)
ぽきぽきと指を鳴らすアスラン。それは一体、なんという肉体言語でしょうか。
話すよりも素直に褒めてほしいです、本当に。
ハイネとアイコンタクトで会話しながら、シンは思う。
「────やめろよっ!!!!」
だから一瞬、その叫びがアスランに向けられたものかと思ってしまった。
命知らずなやつもいるものだ、と。
だが、違うと気付いたその時、彼が見た先には───……町の住人たちと対峙する、ヘルメットだけを外したジェナスが肩を震わせて。その怒りを露わにしていた。
「やめろよっ!!!!」
コニールを連れ、町に入り。
シンたちを見つけ合流しようとしたところで、
瞳に飛び込んできたそれに向かい、思わずジェナスは叫んでいた。
「ジェナス!?」
シンも彼の様子と、周囲の雰囲気に気付いた。
ジェナスが叫んだのは、住民たちの行動を見てしまったから。
彼らに蹂躙され、集団で暴行を受ける敗残の連合兵たちの姿がそこにあったから。
とても見過ごしてはおけなかった。
「そんなことやったって、意味ないだろっ!!」
彼の声に、一斉に住人たちが振り返る。
一瞬、驚き。そしてすぐに反論の声をあげる。
むしろ、非難と暴言といったほうが近い。
口々にジェナスに向かい罵詈雑言が飛ぶ。
余所者が口出しするな。自分達は連合によって散々な目に遭わされてきたのだ。
同じ目に遭わせてやって、何が悪い。報復は当然の権利だ。
そのような意味の言葉が、次々と悪口雑言とともに浴びせられる。
「お前ら、自分の顔見てみろよ!!!」
だが、彼は怯まない。
粗野な男達に囲まれ、女達に非難めいた目で睨まれながらも、
拳を握り説く。
「お前ら自分が、どんな顔して何やってるのかわかってるのか!?」
彼はかつて、復讐の激情に駆られたことがあったから。
そして、笑いながら人を殺め傷つける人間を知っていたから。
今彼らのしている顔が、行動が。以前見たものと重なって見えた。
「勝ったら何やっても、いいのかよっ!!」
だから、止めた。ジェナスの剣幕に驚いたコニールは、町の人々と彼とを、おろおろと見比べる。
けれど興奮した人々は収まらず、止まらず。激昂し、幾人かの男が掴みかからんと
拳を振り上げ向かってくる。
──避けるべきか、受けるべきか。それとも素直に、殴られてやるべきか。
ジェナスは躊躇しつつもコニールだけは突き飛ばし、離れさせる。
ひとまず身構え、男達を待ち受ける。
「そこまでにしといてもらえるかなァ、町人の皆様方?」
「ジェナスも。もう下がっていろ」
「!?」
ところが瞬きするほどのわずかな瞬間に、影が二つ、割り込んだ。
赤とオレンジのパイロットスーツ。
彼らの間には、ハイネとアスランが拳銃を片手に立ち塞がっていた。
もちろん、銃口を向かってきた男達に向けて。
「ザフトも、慈善事業でやってるわけじゃないんでね?ルール違反はダメってことよ」
「あなた方の気持ちもわかるが───……この連合兵たちは我々が然るべき場所にて監視させていただく!!」
さすがに銃を向けられては、屈強な男達も黙って下がるより他にない。
不満たらたらの顔で二人を睨みつけてくるだけだ。
「捕虜は国際法に則った扱いをする。異論があるのならば俺達が聞く。ザフトはリンチに加担する気はない」
「これ以後、捕虜たちに暴行などの狼藉をした者がいた場合、プラント本国に報告させてもらう」
ルナマリアやレイのザクも、見下ろすモノアイを光らせる。
キラのストライクノワールが、拳銃を引き抜いた。
MSの威容に圧倒され、町の人々がたじろぐ。
彼らに同調するように、ゆっくりとニルギースが町人たちに歩み寄り、言った。
「もう、いいだろう。町は解放されたのだ。連合のことなど、覚えていても気分を害するだけだろう」
そう言って、受け止めたコニールの頭をやさしく撫でた。
『それではこれよりジュール隊、護衛の任を第三軌道艦隊に引継ぎ後退いたします』
「うむ、ご苦労だったね。ジュール隊長。隊員の皆を労ってやってくれ」
『はっ。議長閣下や、ラクス様方もお気をつけて』
デュランダルが秘書官に無線機を返すとほぼ同時に、船窓から大きく見えていた
青いザクがバーニアを吹かし、遠ざかっていく。
それを見届けてからデュランダルは、並んでシャトルの座席に座る二人の少女へと向き直る。
「そういえば、ジュール隊のジュール隊長やエルスマン君とは確か」
「ええ。よく存じ上げておりますわ」
ピンク色の髪の少女、ラクス・クライン。そして彼女の隣に座るのもまた、
瓜二つ……というよりも、まったく同じ顔の少女。
服装の違いがなければ、区別がつかないほど、二人の顔はあまりに類似している。
「どうなさいました?ミーアさん」
「あ!!あの、いえ。あたし、地球に降りるのはじめてなものですから……」
ラクスそのものの顔でびくびくと、緊張の色を隠せないでいるのは見ていて実に新鮮だった。
同じ顔の持ち主である、ラクスとしても。
このように表情が豊かであるのを羨ましくさえ感じる。
「大丈夫ですわ。地球はよいところですし」
「ラクス嬢の言うとおりだ。ミーア、気を楽にもちなさい」
「は、はい……」
二人からやさしく諭されて、ミーア・キャンベル──それが彼女の名だ──は頷いた。
「さあ、参りましょう。私たちにできることを、するために」
ラクス・クラインとミーア・キャンベル。
二人の「ラクス」、同じ顔を持つ少女達は、地球を目指しシャトルに揺られていた。