アム種_134_046話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 15:48:50

第四十六話 見えぬ真実



──ミネルバ・航海日誌のある一ページ──



 堅牢な守備を誇った連合の要塞、ガルナハン・ローエングリンゲートは我が艦隊所属のMS・インパルスとそのパイロットであるシンアスカの活躍によって無事陥落に成功した。



 一撃でも加えられれば壊滅は免れないというぎりぎりの状況の中、他のMS隊や共に戦線を構成したマハムール基地・ラドル隊の奮戦もめざましいものがあり、各員の力が一つになった結果としての勝利といえるだろう。

 だが、基地陥落後の混乱において、現地住民による連合軍敗残兵たちへの無法行為が行われ、咎めた部隊員たちとの小競り合いが発生。なんとも後味の悪いものとなってしまった。また目撃した各隊員たちの心に及ぼした衝撃も、けっして少なくはない。



 次の寄港地、ディオキアではある程度まとまった休暇(といってもこの戦況では微々たるものであることを覚悟せざるをえないが)を得られると聞いている。

 若い隊員たちの受けた心理的ダメージが少しでも癒されんことを願う。



ミネルバ副長 アーサー・トライン







「えー……と。未だによくわかってないんだけど」



 ガルナハンでの作戦を終えて、はや三日。加えて幾許かの時間が経つ。

 ディオキアのザフト軍駐屯基地を間近に見下ろす、街の高級ホテル。

 そのテラスにある屋外レストランにて、シンはつぶやくように言った。



「俺達が今待っているのが、議長と『ラクス・クライン』なんだよな?」

「ええ、そうよ」



 アスラン、レイ、ジェナス。そしてキラに、タリア。

 彼ら、彼女らとともに待ち人の到着を待つルナマリアが、シンの疑問に頷く。



「じゃあ、あれは?基地で今ハイネとライブやってんの」

「あれは『ミーア・キャンベル』」

「……顔、同じだったぞ?」

「あんた、ヨウランやヴィーノにそれ言ったらぶん殴られるわよ?いい、だから───……」



 丁度あんたはオーブにいたから、知らないのも無理もないのかもしれないけどね。

 もったいをつけてルナマリアは、えらそうにシンへと説明をはじめた。



 このディオキアにいる、二人の「ラクス・クライン」について。



 開戦直後、プラントの国民感情は最悪だった。

 いきなり核を撃たれたのだから、無理もないのだけれど。

 激昂する国民達をなだめるように、突如として彼女はプラントに舞い戻ってきた。

 ラクス・クラインが。瓜二つの顔の、彼女曰く腹違いの妹を連れて。



「それがあの、ミーアなんとかさん?」

「ミーア・キャンベル!!彼女、人気なのよ?おしとやかなラクス様とは逆に、元気で溌剌としてて。

 互いを補いあうっていうか、陰と陽って感じがして、あたしもあの二人のコンビ、好きだなー」

「ふうん……いたんですか?妹、って」



 オーブにいた彼女をわずかながら知っているシンは、一応(?)元婚約者のアスランのほうへ首を曲げる。



「さあな?いたって不思議じゃないと思うが?異母妹……仲がいいのはいいことじゃないか」



 微笑を意味ありげに浮かべながらのアスランの答えは、微妙にはぐらかすものだった。

 言外にそれ以上の詮索はするな、と言っている。そんな感じに受け取れた。



「ほら、シン。それくらいにしておきなさい。もうすぐ議長たちがお着きになるわ」

「あ、はい」



 母親のようにタリアが言って、シンは身を正した。







「やあ、おそくなってしまったかな?」



 ほどなくして、ラクスと、護衛らしき三人の兵を連れたデュランダルが姿を現した。

 一同の敬礼──ジェナスやセラはややぎこちないが──に、楽にするよう言って返すと、席に腰を下ろす。流れのまま、その場は食事会へと進んでいった。



「皆、頑張ってくれているようで……感謝の言葉もないよ、本当に」

「戦況は、どうなっていますの?宇宙……月など」



 とはいっても話の内容は主に、戦争のことに自然となってしまう。

 その話題になるとデュランダルもラクスも、憂鬱そうな顔にならざるを得ないようだ。



「相変わらずだよ。時折小規模な戦闘はあるが、それだけだ。連合側は何一つ譲歩しようとしないし……」

「戦いを終わらせる、戦わない道を選ぶということは、戦うと決めるより遙かに難しいものですが……これでは」



 デュランダルと、ラクス。政治の世界に生きる二人の人間の言葉は、喜ばしいものではなかった。一同の空気が沈みかけたとき、察したデュランダルがジェナスへと話題を振り、話を変える。



「どうだね、ジェナス。なにか、てがかりとなりそうなものは見つかったかね?」

「……いえ」



 ジェナスたちは表向き、オーブからの離反兵という扱いになっている。

 艦隊メンバー以外でそのことを知り話すことができるのは、彼らだけだといっていい。

 だが、これといって成果もなく。せっかくの問いにジェナスは首を振る。



「そうか。……横のきみ、セラといったか」

「はい」

「きみも、ジェナスも。この世界のことはどのように感じた?」

「どのように、と言うと?」

「この世界の紛争……その性質、原因。色々さ」



 第三者の立場として、率直な意見を聞かせて欲しい。

 タリアのほうを見ると頷き促してきたので、ジェナスはデュランダルの問いにぽつぽつと答え始める。



「……まだ、うまく考えがまとまっているわけじゃないんですけど」



 もとより、考えるより行動に起こすタイプだという自覚もある。



「この世界の戦争は、いろんなことが混ざり合ってて、ごちゃごちゃで。

 単純に権力争いだった俺達の世界の戦争より……ずっと複雑な気がします」

「……ふむ」



 記憶さえ戻っていれば、ニルギースを連れてきたのだが。

 こういったロジックの面では彼のほうが遥かにジェナスやセラたちよりも成熟しており、説明が上手い。



「こんなことを知っているかね?戦争には種類があるということを」

「種類?」

「ああ、そうだ。戦争──いや。戦争を行う、目的の種類というべきかな」



 ひとつは、己の主義主張のため。これは宗教や意見の決定的な相違によるものだ。

 ブルーコスモスとコーディネーターの戦争も、これにあたる。



「二つ目は、利害関係の摩擦」



 戦争をやらぬより、戦争を行ったほうがより利益になると判断した場合の戦争。

 この場合は大抵において、国家間の争いになる。

 核攻撃という最大の損害、被害の危機に晒されたプラントが連合と戦うことになったのも、これだ。

 戦争によって10犠牲を出しても、プラントの100を生かす道を選んだということ。



「石油とか、技術力とか。そういった具体的な物的利害が原因の場合もあるがね」

「此度の戦争が複雑になっているのは……これら二つの戦争が、様々に絡み合っているからでもあります」



 加えて、地球各地の反連合地域のもつイデオロギー、利害関係も絡んでくる。

 あくまで評議会のトップというひとつの席をめぐって争われていたジェナスたちの世界の戦争とは、様相が明らかに異なってくるのも無理はない。続いて言うラクスも、沈痛そうな面持ちだ。



「……ちょ、ちょっと、待ってください!!」



 シンが、声をあげた。



「なんだね?」

「それじゃあ、なんです?利益のために戦争が起こって?人がいっぱい死んで得するやつらがいるってことですか?」

「……国家間、ならな。極論、相手国が復興に時間がかかればかかるほど、

 もう一方の国が得る利益も、つけることのできる技術格差も大きくなるんだからな」



 相手が、死ねば死ぬほど──……。

 デュランダルやラクスに代わり、アスランがシンに返す。

 シンは激昂し叫ぶ。



「そんな!!消費されるのは金でもない、人の命なのに!!利害だなんて!!」

「そう、なのだ。それが人の社会のやむをえない点であると同時に、救いがたい部分でもある」



 国家は、国民のためにある。

 そのためには最悪、他国民を犠牲とすることすらさえも選択肢に入れておかねばならない。

 そしてその血によって得た恩恵を受けるのは最終的に、国民だ。物的にしろ、人的にしろ。

 理屈の上では、それは間違ってはいない。



「平和っていったい、なんなんです!?そしたら!!」

「……全ての人々が、ある程度の我慢をし、妥協ができている状態、といったところか」

「そんな……」



 平和とはそれほどきれいなものではない。

 それは若く、純粋なシンには酷であったかもしれない。

 だが若いうちだからこそ、知っておいてもらいたいとデュランダルは思い、さらに畳み掛けるように言う。



「だがしかし、世の中にはどうしてもその妥協が、我慢ができない者というのもいてね」

「!?」

「利害のため、政治によって生まれる戦争。戦争によって生まれる利益がある。

 ならば政治をコントロールすれば、うまく立ち回れば自分達が利を手に入れることができる───とね」



 言ってみれば、戦争屋。くすぶる火種を煽って回る、放火犯。

 国家間に争いを生み、それを産業、生業とするものたち。



「ブルーコスモスの活動母体でもある。彼らの名は───『ロゴス』」


 
 

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