第五十一話 デスティニー・プラン
成層圏を抜けようとする、一機のシャトルがあった。
窓から見える内部キャビンは豪勢そのもの。白亜に塗り上げられた機体色、特徴的な識別マークとともに、それがプラント最高評議会議長の専用機だということが一目で見て取れる。
「いやはや。彼の能力にはまったくもって、驚かされますな」
対向座席に座するラクスに語るデュランダルの手には、ディオキア基地においてキラから提出された報告書があった。デスティニーと、レジェンド、二機のOS教育の進行状況について。
「たった三日で基礎的な土台の部分から、ここまで仕上げてしまうとは。
あとは時間をかければこちらの技師たちでも十分に完成させることができるでしょう」
キラのプログラムを手放しで褒める彼に対し、一方のラクスの顔色は優れない。
地球に残ったミーアが隣にいれば、心配そうにおろおろしていることだろう。
デュランダルとて、彼女の気の乗らない返事に気付いていないわけではない。
だから、弁解するように言う。
「……私は彼を『スーパーコーディネイター』として賞賛しているわけではありませんよ。
純粋に、彼のもつOS構築の腕前を評価しているに過ぎません。その、働きからね」
「……ええ、わかっていますわ」
わかってはいる。が、やはり神経質にならざるを得ない。
いけないことだとは思っていても。
「ラクス。あなたは『デスティニー・プラン』という言葉を聞いたことはありますか?」
「『デスティニー・プラン』?」
「ひょっとすると、お父上からお聞きしているかもしれませんが……」
彼女の憂い顔を察したのか、デュランダルは話を変える。
聞いたことのない単語に、ラクスが首を傾げると、彼は言葉を繋いだ。
「コーディネーターとは、要するに人間の能力を最大限、引き出したもの。そのことは知っていますね?」
「……ええ。それを嫌うナチュラルの方々も多いですが」
だからこそ、コーディネーターは高い能力を持って生まれてくる。
自然に生まれてきたならば、持ち得ないほどにその力を引き出されて。
その不公平さに、ブルーコスモスやナチュラルは噛み付く。
「ですが、あくまで我々コーディネーターとて人間です。どうしても向き不向きがあるし、その選択を誤れば当然、能力は完全に発揮することができず、満足いく結果は得られない」
「……」
「逆にナチュラルであっても自分が最高に能力を発揮できる事であれば、コーディネーターを越える能力の者も多い」
「なにがおっしゃりたいのですか?」
「つまり、こうです。コーディネーターとナチュラルの能力の差が対立の原因ならば、その差が埋まればよい。
自分が最大限能力を発揮できることを知ることができれば、それは達成される───……違いますか?」
「!?……それは───……?」
それは、そうかもしれないが。だが、どうやって。
「そのために自分の遺伝子から、己の才能を知る。そうすれば、全ての問題が解決される。
そうして提唱され、私が研究者時代携わっていたのが先程の『デスティニー・プラン』。
遺伝子解析による管理型社会の構築計画です」
「な……?」
「世の中のことを知らない、研究者たちの戯言と思ってくれてかまいませんがね。今となっては」
研究者たちにとっては、一見完璧なこのプラン。
だがそれは議会に提出されることなく終わり、終戦を迎え。
デュランダルは一介の研究者から議員を経て、プラント最高評議会議長となる。
「彼らも、私も。気付いていなかったのですよ。民衆とは自分達の気に入らない方向に、動こうとしないことに」
たとえ、遺伝子で適性のある能力が判明しようとも。
「意志、やる気なくしては十分な成果は得られない。そんな簡単なことに気付かなかった」
その行く末がけっして彼らの望むものでなかった場合、民衆がそれに従うとは限らない。
また、それを強制するような高圧的な政治が、行えようはずもない。
特に戦中、パトリック・ザラの暴走を招いたプラントにおいては専制に対するアレルギーは根強い。
「仮に導入できても、続きはしない。ジェナスから彼らの世界の話を聞き、改めて思い知りました。
強引な手段による世論誘導、管理世界。それらが永久に続くわけなど、ありえないということをね」
「議長」
「それにね。ジェナスたち、異世界から来たという者たち。彼らを見ていて、
もう少し信じてみる気になったのですよ。人間のもつ潜在能力、その可能性を」
彼らはナチュラルであるにも関わらず、コーディネーター以上の能力を持ち、
生身に近い装備でMSと渡り合っている。身体の構造そのものは何一つこの世界の人間と何ひとつ変わらないというのに。
それらはすべて、彼らが己を磨き続けたが故。
己の意思に従い、自らを高みに導く努力をしたから。
能力の高いコーディネーターと同等以上の力を得た。
異世界の人間である以上にそれは、彼らに先入観を与えない。
彼らは自分達が他の誰かよりも強くなれるということを、知っている。
「彼らに出来て、この世界の人々にできないはずはない。我々とて、自ら努力や精進していけるのだ、と」
いい年をして、青臭いと思われるかもしれませんが。
そういって、デュランダルは少し気恥ずかしそうに頭を掻いた。
ラクスは彼に首を振って、そんなことはないと告げる。
「無論、人々の選択の参考程度には、このプランを導入する可能性もまだ残っていますが。
キラが、自分の意思で立ったように、人々が自らを動かす助けとなるよう、補助的なものとして」
ナチュラル、コーディネーターかかわらず。全ての人間が自分を生かす権利がある。
キラも同様に。彼の能力が高いのは事実であっても、そのことは同じだ。
他人がどうこうすべき、言うべきものではない。だから、あまりそうぴりぴりしないよう。
デュランダルが言い終わると同時に、シャトルは地球の引力を完全に脱した。
無限の宇宙が、シャトルを包み込む。
──同じ頃、遥か遠く。彼らの目指す護衛部隊との合流地点において、
いくつかの光が瞬き、そして消えた。
「デュランダル議長とラクスが……危ない!!」
アスランが通信機に向かい、叫んだそのとき。
『危ない!!アスラン!!』
「……えっ?」
一発の長距離ミサイルが、彼の眼前に着弾し、水しぶきをあげる。
当てようとした弾ではない。そのことだけははっきりとわかったが、
突然のできごとに、彼は呆然と身体を硬直させる。
『前方に、大小の艦影多数!!連合……それに、オーブ軍艦隊です!!』
管制のメイリンの声がパイロット全員に伝わるのとほぼ同時に、彼らもまた自らの目でそれを確認した。
後続弾はなく、かわりにゆっくりと迫ってくる艦隊の群れ。
その中でも一際大きく目立つ三隻、ガーティ・ルー、J・P・ジョーンズ、そしてタケミカヅチ。
『……あー、アークエンジェル並びに、オーブ軍より離反した貴君ら反乱兵たちに告げる』
ミサイルを放った張本人であるタケミカヅチから、全開にされた回線で海域全体に流されるのは若い男の声。それはシンやジェナスはもちろん、キラたちアークエンジェルクルーには忘れるはずのない声だった。
『こちらは、オーブ派遣軍最高司令官、ユウナ・ロマ・セイラン。今からでも遅くない、
オーブへ帰順せよ。中立の理念を破る貴君らの行為は国家元首の夫として看過できない。
繰り返す、我々オーブ軍に帰順せよ』
自分達を国から送り出した、張本人の声。
その持ち主による、事実上のアークエンジェルに対する降伏勧告であった。