第六十三話 フル・ウエポン
やられた、と思った。
ハイネの仇もとれず、トダカの復讐もできず。
圧倒的な力の前に、死を覚悟した。
その時、声が聞えた。
血染めで朦朧とした意識の中にも、はっきりと。
聞き覚えのある少女の声が、聞き違えようのないほど、耳の奥底を貫いていった。
『ダメえええぇぇっ!!シン撃っちゃ、ダメっ!!』
「───え」
一瞬、自分の耳が信じられなかった。
けれど、それは確かに、間違いなく。
『シン、逃げる!!ステラ、シン守る!!』
「ステ……ラ……?」
自分が、守ると約束した少女の声。
殆どが死んだコックピットの計器が辛うじて拾った、敵機からの最大音量での叫び。
「うそ……だ、ろ……」
黒い機体が、紫の機体を遮り立ちはだかっている。
ステラが、あの機体のパイロット。
ガイアの、強奪犯。
幾度となく殺しあった相手だったなんて。
大量の出血に消えゆく意識は、その事実を認めようとはしなかった。
だが、このような極限状態だからこそ、より深く刻み込まれてしまう。
ステラが、敵だった。
あのか弱い少女が、敵。
守るべき存在は、殺しあう相手。
「ステ…………」
嘘だと、言ってくれ。
叫びたくても、声なんてもう出やしなかった。
守るべき者と敵の逆転。その残酷な現実に、シンは絶望を抱きながら、真っ暗な意識の深層へと埋没していった。
その黒い色は、血の色にも似て、ほんのり赤みを帯びていた。
『おいおい、嬢ちゃん一体、どういうつもりだ?』
ダーク、だっただろうか。野太い男の声が尋ねてきた。
「ステラ、シン守る。死ぬのはダメ、シン殺して、死ぬのダメ」
『ああん?……おいおい、そいつは敵、なんだぜっ!!』
「っ!!」
返事が、気に食わなかったのだろう。紫色の機体はビームライフルを一発、発射し、ガイアの右肩へと直撃する。
避けるわけにはいかない。後ろには、シンを乗せた半壊状態の機体がその機能を停止しているのだから。
ステラは耐える。
『そこをどきな。あと一発ぶちこみゃ終わるんだから』
「いやっ!!」
『おい、ステラ!!何をやって……』
ネオが言い終わる前に、今度は右膝に一撃。
片膝をつくガイアに、それでも彼女は盾を構えさせ続ける。
『ダークのおっさん!!待ってくれ!!ステラは、あいつは……!!』
スティングも、シンのことに気付いたらしい。
だがガイアのだらりと垂れ下がっていた右腕が、ビームによって完全にふっとぶ。
コックピットの計器にスパークが走り、小さな爆発と衝撃にステラは身をすくめた。
『もう一度言うぜ。さっさとどきな。敵をかばうなんざ、裏切り者のすることだ』
『D!!ステラ!!よせ!!俺たちの任務は……』
『ザフトぶっつぶすことだろうが、最終的には。裏切り者も同じだ』
二門のビームキャノンを受け、シールドが爆散する。
頭部へと、ビームライフルが撃ち込まれる。
あっという間に、インパルス同様ガイアが無力化される。
それでもステラは退かなかった。
『さあ、どきな』
「やだっ!!ステラ、シン守る!!守らなきゃ死ぬの!!死ぬはダメ!!」
『ステラっ!!』
『……てめえ』
ネオの声に、はじめてステラは従わなかった。
死ぬのは嫌、死ぬのは怖い。
シンが死ぬのは、ダメ。
『ステラ、よせ!!おっさんも!!これには事情があって……』
『お前ら、俺たちの任務はだなァ……』
スティングのカオスが降りてきて、ダークをなだめるように言う。
ネオも、なんとかステラから彼の矛先を外そうとしているのがわかる。
今のステラは、彼らの説得のおかげで生かされているようなものだ。
シンも。
『くくっ……反応、反応ッ!!敵!!敵!!戦艦戦艦戦艦んーっ!!』
揉める彼らを静観するように、じっと滞空していたフリーダムから歓喜のごとき叫びがあがる。
同時に、ステラを含む他のパイロットたちも表情を一変させる。
『戦闘!!戦闘撃つぞ撃つぞ撃つぞあおおおおおおおんんっ!!!!!』
スクラップと化した、インパルスを目指し。
また、ロドニアの彼らが目前に見据える研究施設を目指し。
白亜とダークグレー、二色の戦艦、旧敵たる艦隊が、近づいていた。
結果的にその遭遇戦ともいえる状況が、シンとステラの命をこの場において救ったのだった。
『ジェナスたちはシンの救助!!急げよ!!』
『了解』
『レイは俺と一緒に基地の確保を最優先だ。いいな』
『はっ』
バルドフェルドの指示を聞きながら、キラは機体を立ち上げていく。
『キラ、アスラン。お前らは少々きついかもしれんが……あ───』
「フリーダムとジャスティス。あの二機を施設に近づけないように」
『そうだ。頼むぞ』
「はい。アスランも」
『ああ……やつらは俺たちで』
ノワールの機体がアームに持ち上げられ、カタパルトへと移動していく。
だがしかし、その装備は、普段のそれとはいささか異なるものとなっていた。
どこか、見慣れた者が見れば違和感がある。そんな感じだ。
「うん、やろう。アスラン」
『ああ』
肩の鋭角的な突起状のパーツが、取り外されているのだ。それだけで大分イメージが変わる。
「……シン」
待っていてくれ。
思う彼を乗せたストライクノワールが発進位置へと就き、左右のハッチが開いて装備すべき武装がせり出してくる。
本来装着されるべきパーツを外された両肩に装備されるのは、それぞれ右はモスグリーンの重機関銃、左は水色のビームブーメラン。
左腕に、アンカー兼用の小型盾。後ろ腰には、慣れ親しんだ形状の57mm高エネルギービームライフルがマウント。
そして、右手にはMSの身の丈ほどはあろうかという、対艦刀を。
左手には、強大な火力を持つ超射程のビーム砲、アグニをしっかりと保持する。
もちろん、機体の機動力と戦闘力の要たる、ノワールストライカーパックが背中にはある。
「フリーダム。昔の僕……」
蘇った幻影。
それは、自らの手で倒さなくては。
同じように、アスランもセイバーのコックピット内で思っていることだろう。
かつて、キラが使用した事のあるストライクの武装のほぼ全てが、そこにあった。
己の過ちを体現するあの機体。その幻影を、拭い去るために。
「キラ・ヤマト。ストライクノワール・フルストライカー。いきます!!」
黒ではなく。
純白に染まった機体が、空に舞った。