第七十一話 自由よ再び
「グラディス艦長!!待ってください!!この任務は無茶です!!」
ブリッジを出て一旦艦長室へと戻ろうとするタリアへ、アスランは食い下がる。
「この戦力であの黒い機体とやれと!?即刻中止を申し立てるべきです!!もう一度司令部に……」
既に、ベルリン駐留軍はほぼ壊滅状態だという。
かなりの大規模を誇る部隊ですらそれなのだ。
今の、ムラサメ一機しかないミネルバとアークエンジェルでどうにかなるものではない。
殆ど生身に近いジェナスやセラたちをあの化け物にぶつけろ、とでも言う気か?
「そんなことはわかっています!!でも、これは命令なのよ」
「……そ、それは」
「勘違いしないで。『フェイス』といっても、軍の命令は絶対……!!」
ない袖であっても、振れと言われれば振るしかない。
アスランとて、それはわかっている。だが、これではみすみす死にに行くようなものではないか。
「機体がないのも、重々承知よ。けれど──」
「しかし!!これでは!!」
「機体なら、あります」
二人のやりとりを遮り、静かな声が背後から届く。
振り向いたそこには、キラがいて。
「機体なら、あります。もう一機」
「ある、ってお前……」
「ムラサメは、アスランが使って」
「まさか!?お前ひょっとして」
詰め寄るアスランに、キラは頷く。
そして、一言。
「僕は、スカイグラスパーで出る」
「おまっ……正気か!?」
自身の想像が正しかったことを知り、彼は親友の肩を掴んで、激しくゆすった。
それこそ、自殺を志願しているようなものだ。
MSですら一撃で撃破する機体を相手に、旧式の、しかも脆弱な装甲しかもたない戦闘機で挑むなど。
大体、キラはいままで殆ど戦闘機など乗ったことはないはずだ。
「大丈夫。昔、少しだけどムウさんに教わった」
「そうじゃないだろ!!無茶にもほどがあるぞ!!」
言い争う少年二人に、タリアも困惑の表情で推移を窺うしかない。
無茶を言っているのはキラのほうだとわかる。
だが、少しでも戦力は欲しい。
いずれにせよ、出撃はせねばならないのだ。
命令が出ているのだし、友軍や罪のない一般人がやられていくのを、黙って見過ごすわけにはいかない。
「か、か、艦長!!」
と、そこへ。
ブリッジから泡を食ったアーサーが転がり出てくる。
「どうしたの?」
「き、基地管制塔からの連絡で───……」
さっさと出撃しろ、か?
それとも、なにか別の緊急事態か?
だが残念ながら、彼女の予想は外れる。
「ミネルバ隊への補充機体を積んだ輸送機が到着するから、受領次第発進せよとの命令が!!」
まぎらわしい言い回しをした彼を、タリアは思わず次の瞬間、おもいっきり殴りつけていた。
-ベルリン市街-
「……ふん」
瓦礫と化したビルの上から、自らの指揮するバイザーバグの部隊を俯瞰し、ディグラーズは気のない溜息をついた。
よくもまあ、これだけの数を揃えたものだ。
あのようなつまらぬ人形を。
顔をあげた先には、あの金髪の小娘の乗る──デストロイと言ったか──黒い機体が街を破壊し続けているのが見える。今ではもう、ザフトの攻撃は散発的だ。
護衛に周囲を飛ぶ、緑と赤紫の二機。
そして、壊滅した街を、バイザーバグの編隊が制圧する。
作戦としては、間違ってはいない。人道的には問題があれど、合理的ではある。
しかし。ディグラーズはどうにもつまらなかった。
「でてこい、ジェナス・ディラ……このようなくだらん戦いのために俺はいるのではない」
このように戦わぬ者たちを一方的に叩き潰して、何が楽しい。
強者を叩き潰してこそ、その力に酔うことができるというのに。
「くだらん……ん?」
彼が再び溜息をついたとき、見慣れた二隻の艦の姿が、空の向こうにみえた。
「来たか」
そして発進した一機のMSが、同時に五体ものバイザーバグをこの世から、消滅させた。その機体は───蒼い、二対の翼をその背に持っていた。
『キラ、本当にいいのか』
「───……うん」
機体の感触を確かめるように、操縦桿を握り、撫でる。
間違いない、この馴染むような感じ。
まさに、あの機体。二年前と、なんら変わらない。
『……わかった。正直、お前が頼りだ。ムラサメではどこまでできるかわからない』
絶対的な火力も、機動力も。あの化け物が相手では役に立つかどうか。
親友の言に、キラは頷き返す。
もう、二年前のようなことはさせない。
オノゴロの戦いを。シンの慟哭を。彼から浴びた怒りの拳を、思い出して。
「僕がまだ、お前にふさわしいとは思わない」
お前のもつ、その名前に。自分はまだけっして、相応ではあるまい。
「けど、今は」
シンの紅い瞳。憎しみと悲しみの同居する眼光が、閉じた瞼の裏に浮かぶ。
「今は、力を貸してくれ」
もう二度と、彼のあの目を、生み出さないためにも。
今度は生み出さない、お前にけっして生み出させはしないから───……!!
「フリーダム。いや」
その故郷において新たな力を授かった、生まれ変わった自由の翼。
自由を求め、「闘い、打ち破る」ための力。
「“ストライク”フリーダム」
新たなる鋼の天使が、背中の蒼き翼を広げ空を舞う。
マルチロックオン。弾けた種子の破片が、脳裏に散る。
両腕、腹部、両腰の銃口、砲門が輝いた。
それぞれは、それぞれの向けられた方向へとまっすぐに飛んでいき。
逃げ遅れた親子、金髪の少年。あるいは負傷し取り残された兵、
その看護師や何も知らぬ子犬へと襲いかかろうとしていたバイザーバグたちを焼き、蒸発させていった。
───同じ頃。
ルナマリアが戦闘の様子をモニターする、遠く離れた病院の個室において。
昏睡を続け指一本動かすことのなかったシンの瞼が、微かにぴくりと反応した。