第七十二話 ゴースト・ボイス
──赦してくれ。お前達を救えない、俺を。
両断したバイザーバグから噴出する、脳を収めた培養液の噴出が、彼にとっては素肌を焼く硫酸だった。
いや。素肌ではなく心だ。心が焼かれ、焦がされ。苛まれていく。
「ピープルを、守る……」
セラが、ブーメランで切り裂き。
ニルギースがモトバイザーからバーレスクで撃ちぬいていく。
「なのに俺たちはお前らを……守れなかったんだ……」
こうなる前に、なんとかできなかったのか。
いや。そもそも自分達が。あの男がこの世界にこなければ……!!
「せめて、俺たちが……俺たちが楽にしてやるから……!!」
心を軋ませながら。
ジェナスは6機目のバイザーバグを、切り捨てていった。
目覚めた世界は、不思議な色に包まれていた。
辺りを見回しても、なにもない。上下感覚すらあやふやなそこは、わずかに宇宙に漂う感覚にも似ていた。
「ここは……どこだ?」
状況が掴めず、シンは呟いた。
自分は、どうしてこんなところにいるのだ?
レイや、ルナマリアは。キラやアスラン、ジェナスにセラは?
それに、インパルスは───……
「!!」
そう、だ。
自分は、インパルスで奴らに……あの部隊に戦いを挑んで。負けて。
「ステラが、敵だったなんて」
あの声は、あの叫びは。間違いなくステラだった。
彼女は自分をかばって、それからどうなったのだろう?
いや、それ以上に。
「俺は……ステラを殺そうとしてたんだ」
守る、などといっておきながら。
その実、敵として、幾度となく。
アーモリーワン、デブリ帯、ユニウスセブン。地球に降りてからも、何度も。
知らなかったから、で済ませてしまえればよかった。
けれど、もうそうはいかない。
「また……戦うのか、俺は。ステラと」
そんなの、できるわけがない。この手にステラをかける。あるいは、ステラの手を、自分の血で汚すなど。
『よお、悩んでるみたいだな?』
「!?」
頭を抱え悩み苦しむ彼は、突如としてかけられた声に、びくりと怯えたように恐る恐る振り向く。
『よかったら、話してみないか?』
そこにいたのは、顔立ちの整った。緑色の服を着た、一人の男であった。
「っく!!ビームは弾かれる!?なら!!」
陽電子リフレクター。あるいはビームシールドか。
一撃、ビームライフルを放ち判断したキラは、腰のレールガンによる砲撃に切り替える。
しかしそれも、黒い巨体の前に出現する光の壁によって阻まれ、そこで爆散する。
弾かれて街に被害を出すビームよりはましだが、決定打とはなりえない。
『キラ!!接近できるか!?援護する!!』
「やってみる!!」
二丁のビームライフルを、腰へ。かわりにサーベルを引き抜き、ビームの弾幕の合間を縫って接近を試みる。
この火力をこれ以上、街に向けさせるわけにはいかない。
機体を上空高く、舞い上がらせて。
「この……邪魔、しないでくれっ!!」
右の砲塔へ斬撃をたたきこもうとしたところを、紫のウインダムに妨害される。
あと、もう少しというところで。
アスランが即座にビームを乱射して牽制するものの、彼もカオスと性能の劣るムラサメで乱戦を演じており、完全に追い払うには至らない。
なにより、この絶え間のない膨大な量の弾幕に、息つく暇もないのだ。
鉄壁の防御に、止むことのないビームの雨。
射撃、砲戦主体のストライクフリーダムでは相性の悪い相手だ。
「それでも!!」
これ以上、やらせるわけにはいかないのだ。
『そうか、守りたいと思ってたやつが敵だった……か』
バルドフェルドからシンのことを聞いたという男は、彼の話を何も言わず聞いてから、呟いた。
ステラを、守りたい。
ステラのような子を、助けたい。
ステラと同じような子を、生み出させない。
それらはみな、あの金髪の儚げな少女から始まっていた。
軍に入った理由が家族を喪ったが故、力を欲した結果であるならば、今までシンが戦ってこれたのは、心の底辺にその土台があったから。
その、もっとも根幹をなす部分が、脆くも崩れ去った。
『……ちっとばかし、つまらん話をするか』
「え?」
自分の内面に関わることだというのに、シンはこの男に語ることについてさほど抵抗を感じなかった。
バルドフェルドの名を彼が出したからかもしれないし、あるいは、この今自分がいる場所のもつ、非現実感からかもしれない。
『昔、な。一人の男がいた。そいつは……言ってみれば道化だった。だが、戦わなければならない立場でもあった』
「道化?」
『聞いてろ。……そいつには、心を許せる仲間がいた。常に自分を導いてくれる女性がいた。
彼女がいたからこそ、その男は成功を収め、彼女に向かっていけば常にうまく行くと信じていた』
道化が、戦う?変なことを言う男だと、シンは思った。
「……」
『だがあるとき、男とその女は、離れた。仲間もどこかに行ってしまった。
そして再会したとき───……女は、男に前に敵として現れた。かつての仲間達と共に』
「え?」
『ほんの少し前まで、隣にいた連中に命を狙われるんだ。仲間だと、信頼していた人間に。
本心からいえば、戦いたくなどなかったろう。逃げ出したほうが男にも楽だったろうよ。
でも、男は戦った。自分の命が、奪われるまで。何故だと思う?』
男に尋ねられて、シンは答えに詰まった。
仲間と、したくもない命のやりとりをして死んだ男の考えたことなど、わかるはずもない。
わかるのは、目の前の男がこの話を通して、自分になにかを言おうとしていること。
そして自分もまたこれからさき、ステラと戦うことを望んでいないということだった。
『そいつはな。「止めたい」と思ったんだよ。仲間たちや、自分を導いてくれた女性が、
道を踏み外そうとしているのを。自分の手で、なんとしても』
「止める───……?」
『ああ。大事な仲間だからこそ、止めたい。それが男の戦う理由だった』
言い終えて、細身の男は立ち上がった。
話はこれで、おしまいということだ。
『お前が戦う理由……もう一回、考えてみな。じゃあな』
「あ、あの。ちょっと……!!」
『ジェナや───セラによろしくな。ファインに決めろ……ってな?』
「あ、あんたは一体───!?」
『憎しみに捉われるなよ?止めるほうが頭に血を上らせてちゃ、意味がない』
男の姿が、世界を包む様々な色をした靄の中に、かき消えていく。
彼の話に、一体どんな意味があったというのだ?一向に掴みきれぬまま、伸ばした手は彼の後姿に届くことはなく。
「───シン!?」
代わりに掴んでいたのは、ルナマリアの右手。
「……ル、ナ?」
見開いた目が、覗き込む彼女の顔を確認し。
ようやく彼は、自分が今目覚めたのだと知った。
「あれは……フリーダム!?」
ルナマリアから、大筋の事情を聞き。
彼女の見守っていたモニターに目を向けて、シンは驚愕する。
白い身体。蒼き翼。連合のやつらとも違う、あの二年前の機体が、空を舞っている。
「後継機だそうよ。ノワールが壊れたから、キラさんが代わりに。アスラン……隊長もムラサメで出てる」
「たった、二機で!?あんな化け物を相手にか!?」
極太のビームが、フリーダムのいた空中を薙いでいく。まるで、象に人間の子供が立ち向かっていくようにしか見えない。
──俺が。俺があの時、勝手な行動をせずにいれば。インパルスもセイバーも、ノワールも健在で、
バルドフェルド隊長だって死ぬことはなかったはずなのに。
包帯に覆われた拳を、握りしめる。
「……?」
「ルナ?どうした?」
「いや……変なの、フリーダムの動きが」
「え?」
言われ、再びモニターに目を向ける。
「遮蔽物のある街を利用しながら戦ったほうが、やりやすいはずなのに……。
上空から、降りようとしないの。あれじゃ的にしてくれって言っているようなものだわ」
「!!」
確かに、フリーダム……ストライクフリーダムは、上空を飛び回るだけでけっして街には降りなかった。
撃ってこいとでも言うかのように。空中を飛び回り、ひたすらビームを避け時折、ミサイルの流れ弾を迎撃する。
そして、シンにはすぐにその意図が理解できてしまう。
(キラは……「あの時」のことを、繰り返さないために……!?)
シンが家族を喪ったときのように、万が一にも砲弾やビームが市街地を襲わないように。
MAの放ったミサイルを、反撃もせず全てに優先して撃ち落していることからも、間違いない。
(キラ……あんたは……!!)
行かなければ。
彼を望まぬ機体に載せ。苦しい戦いをさせているのは、自分なのだから。
画面の隅に映るカオスを見て、その思いは一層強くなる。
「あれ、は」
敵が、あの部隊ならば。ステラもいるかもしれない。
ならば彼女を「止めなくては」。
守りたい存在だからこそ、彼女を。この手で、止めなくては。
仲間達を助け、大切な少女を止める。
シンの心と身体を衝き動かすのに、これ以上の理由はいらなかった。