第八十三話 真実の歌のために
「なあ、お前さん、ミネルバとかいう船に乗ってたんだったな」
「は?」
二人の男に先導され、レイが到着したのはアプリリウスにある中でももっとも小さいであろう、人気のないドック。
一応軍のマークが各所に見えるからには軍の管理するものなのだろうが、このような場所があったとはレイも知らなかった。
「なんでも、ついこの間新型が強奪されることがあったんだろ?それでそれからは、
コロニー内では新型やわけありの機体はここでテストしたり、整備したりしてるそうだ」
あまりその存在を知られていない、この場所で。
元々は、『フェイス』専用のドックとして建造されたものらしい。
だが議長直属の部隊にそれほどの優遇をしては指揮系統の乱れやクーデターを引き起こす恐れがあるということで議会からの反対を受け、つい最近まで凍結されていた場所であるとも。
「……ま、全部デュランダルの旦那と、歌姫さんからの受け売りだがな」
「議長は生きていらっしゃるのですか!?」
男の物言いに、僅かな希望を抱き声を上げる。
だが、残念ながら男は首を振り。
「……前に、一度だけ会った。俺達はまだ病院だったがな」
「そうですか……病院?」
沈むレイは、気になる単語に眉を顰める。
病院にいたのか?彼らは最近まで。
「で、だ。さっきの質問。ミネルバに乗ってたんだな?」
「え?はい。自分はミネルバに所属していましたが……」
「そうか。なら───……」
自動ドアのロックを解除するテンキーを叩き、男達は顔を覆っていたヘルメットを外す。
「……いや、やめとこう。他の連中とも、合流してから」
「?」
言いかけて男がやめたところで、扉がスライドする。
彼らについて、レイもその先に歩を進める。
「さあ、ついたぜ」
「これは……!!」
彼の足を踏み入れたその先、その眼下には。
鮮やかな緋色に染め上げられた流線型の艦が、再び目覚める時を待ち、鎮座していた。
二年前には行き慣れていた通路を、彼女はブリッジに向かい進む。
また、再びこの艦に乗ることになろうとは。
プラントに返還した時点で自分とこの艦との接点とは、なくなったと思っていたのに。
人の行く道とは、わからないものだ。
だが、今回は違う。
漠然と何をすればいいのかもわからず、
明確な目的も手段も見つからぬまま出立せなければならなかった、二年前とは。
責任も、重みも。かつて裏切りも同然にプラントを出たあの時とは話にもならない。
伝えなければ、プラントの現状を。
ブリッジに続く自動ドアがみえてくる。
開いたそれをくぐった彼女の視界には、懐かしき艦橋が広がり。
自分と同じ顔をした少女が、こちらを振り向くのを捉える。
「ラクス様っ!!」
少女は叫ぶなり、胸の中に飛び込んでくる。
華奢なその身体を抱きとめて、ラクスはブリッジクルーたちに目礼を送った。
「ご無事で、なによりですわ。ミーアさん」
「あ、あたし……もう、なにがなんだかよくわからなくって、それで……」
「怖い思いをさせてしまったようですわね」
亡き父・シーゲルとその血を引くラクスを妄信する現在の急進的なクライン派にとって、自分の妹を名乗る(名乗らされている)ミーアは当然、排除すべき対象となるであろうことは
ラクスもデュランダルも予測はしていた。だからこそ一時的に人目のつかない場所に避難させ、その間に彼女を守る手立てを用意していたのだが。
予想よりもあちらの動きははやく、こちらは後手に回らざるをえなかった。
間一髪で議長や自分の送ったメンバーが間に合って、よかった。
その指揮を任せていたダコスタはラクスの目線に気付くと、頷いてみせる。
「出航の準備は完了しています。あとは───」
『ブリッジ、こちらダーク。坊主の奪還に成功、到着した』
「───いつでもいけるようです」
ラクスはミーアを引き離し、微笑みかけてから後ろを振り向く。
彼女の後ろに部下と共に付いてきていた、“新しい艦長”に。
「だ、そうですわ」
「ええ。……ディアッカ、シホ。MSで待機していろ、追撃が予想される」
白服の彼はキャプテンシートに身を滑らせながら、指示を出していく。
「なにしろこっちは向こうの脛にある傷をありったけ、暴露しにいくんだからな。
おまけに奴らの旗を奪っていくんだ。シホは俺のグフを使え」
銀髪の若き新艦長───イザーク・ジュールは宣言する。
「エターナル、発進する!!友軍艦隊と合流後、ミネルバ艦隊との会合点を目指す!!」
中継されるアメリカ大陸の様子は、あまりに無惨だった。
瓦礫、瓦礫、瓦礫。
上空からヘリを使い中継しているのであろう、
一面の瓦礫が続き。レポーターの声にも色がなく、空しい響きしか感じられない。
「くそっ!!ガン・ザルディ!!」
ジェナスは思わず、力任せに壁を殴りつけた。
「繰り返そうっていうのか……この世界でも、同じことを!!」
憤懣をその全身に漲らせているのは、彼だけではない。
ラグナも、セラも。ガン・ザルディの過去の行いを知る人間たちは皆、一様にその怒りに拳を握りしめ、俯いている。
デスティニー・プランも、今こうしてプラントの頂点にいることも、奴にとっては、ひとつの手段にしか過ぎない。
すべては、自分が神となるための。
「あのヤロウ……こっちでも、神気取りかよ……!!」
ラグナの吐き捨てた声が、彼らの思い全てを表していた。
キラやアスランといった、ジェナス達の話からでしか知らぬ者たちもまた、行われた惨劇に言葉を失っていた。
「……ジェナス、教えてくれ」
そして、記憶のないニルギースも。
「奴は、何者だ」
「ニルギース」
「私は、奴が何者かは覚えていない。だが」
画面の向こうのガン・ザルディを睨みながら、言う。
「疼くのだ。奴の名と。そして、あのシャシャというアムドライバーの名を聞くと」
彼らを止めろと、肉体そのものが囁いてくる、と。
ニルギースは目を伏せた。
「それで、逃げられたってわけぇ?ばっかじゃないの?」
『言うな。奴らはラクス様を拉致している。これがどういうことかわかるな』
眼帯の女は、有無を言わさぬ態度で迫ってくる。
通信越しだというのにそれが、鬱陶しくてしかたがない。
「わーかってるって。墜とすんじゃなくって、拿捕しろってんだろ?」
『そうだ、それでいい。なんとしても取り戻せ。貴様もいいな?』
「ああ」
なんだかんだで腐れ縁の長い少年のほうも、異存はないようだった。
「しっかしネオのやつはいつこっちに戻ってくんのかね?なんだかんだでしばらく見ないけどさ」
『俺が知るか。大方、別々に引き離すことで双方への人質にしてるつもりなんだろ』
「なァんだよ、そりゃあ?意味ないぜ、それ」
『だからつもりなんだろっつってるだろうが。時間だ、いくぞ』
「へーいへい」
少なくとも今までとやることは変わらない以上、少年達に文句はなかった。
別に人質がとられていようといまいと、関係ない。
自分たちは「戦争」していればいいのだから。
レバーを引き、少年達は各々に与えられた新しい機体を発進させる。
『スティング・オークレー、シラヌイアカツキ、いくぜ!!』
「アウル・ニーダ、オオワシアカツキ、出るよ!!」
二人の駆る機体は、黄金に輝いていた。それぞれ異なる形状のバックパックを、その背に装備して。
漆黒の宇宙に飛び出た金色のボディが遮るもののない太陽の光を直接に浴びて、きらきらと輝く。
『ORB-01・アカツキ』。その二機は、オーブによって開発された最新鋭のMS。
ウナトの命とともにロゴスへと、ブルーコスモスへと差し出されたそれらはその搭乗者たちと同様に、数奇な運命を辿り異端者たちの軍へとその身を置いていた。
『これより、エターナルを追撃する!!』
「見え次第、つっこむ!!ぐずぐずしてっと、置いてくからねぇっ!!」
位置的には、追撃というよりも進路を遮る形になる。
黄金色の二機を囲むようにザクが、そして無数のバイザーバグたちが周囲に寄り集まってくる。
いわば、MSとバグたちで作られた、得物を捕らえるための「網」。
彼らは、待つ。
得物が───それも、とびきりの大物が、網に飛び込んでくるのを。